NOと言える三多摩～言泉「やまと」後悔日誌

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• ［VOYAGE-481］　読書／自分を生かす古武術の心得。

  晴れ時々曇りといったところ。三多摩の府中のアメダスによれば、日最低気温は10.5℃（06:20）、日最高気温は19.1℃（15:00）。妙にマッタリとした暖かさである。さて、まずは別件から。私の目に留まった社説対決を取り上げてみよう。社説：宙に浮く年金　不信解消の道がまた遠のく（毎日ｊｐ　2008年3月15日）社説２　年金記録回復、粘り強く丁寧に（NIKKEI NET　2008/3/15）【主張】年金記録照合　今後もあらゆる手尽くせ（MSN産経ニュース　2008.3.15 03:39）年金の記録―いつまで足踏みするのか（朝日新聞社説＝asahi.com　2008年03月16日）年金記録名寄せ　権利をしっかり確認したい（読売新聞社説＝YOMIURI ONLINE　2008年3月16日01時23分）この件に関しては、各紙はあまり対決していない。政治の世界の言葉に重みがなくなり、一段と信用が失われていく状況（言葉と信用のデフレ・スパイラル）に対して、警鐘を鳴らす内容となっている。このままでは、もはやガラパゴス化やマダガスカル化にとどまらず、海中に沈没してしまうのではないか・・・といった危機感を覚えるのは、私だけであろうか。それでは、今日の本題である。2月20日（水）に川崎で購入した新書3冊のうち、2冊目をようやく読破した。そこで、その印象などを述べてみたい。多田容子氏の『自分を生かす古武術の心得』（集英社新書）である。第一章　手裏剣術との出会い　甲野善紀先生の関西稽古会　見ても分からない世界　新しいものは古く、古いものは常に新しい　マンツーマン手裏剣術教示　世に伯楽あり、然る後、千里の馬あり　老若男女に実践可能第二章　指南法を工夫する　実技は半分　日常と稽古の架け橋　言い方は優しく、内容は厳しく　褒めて、おだてて、やってみせ第三章　稽古者の心理と型の理解　恐怖心に気づく　一打に責任をもつ　フォームは無数で、型は五本　基本の型は最後にできたもの　同じ型ほど差がみえる第四章　武術で身体を見直す―軸と重心の話　二十代で六十代といわれた身体　やっかいな筋肉ブレーキ　四股の意味とは　腰痛をネタに動作を工夫第五章　身体内外の環境とストレス　衣類と健康の関係について　外反拇趾にも勘違いが！？　心理的イライラと体感　赤ちゃんがぐずる訳は？　ちょうどよく、ふさわしいということ　腹式呼吸の「順」「逆」二種　リトマス試験紙にならないこと第六章　古武術健康法　膝を痛めない足さばき　自己流、肩凝りの治し方　腰痛の改善をあきらめない　最近の気づき―足と腰のつながり　外反拇趾、O脚にも五本の軸第七章　新境地を得る心の持ちよう　「脱皮する」とはどういう意味か　刺さり過ぎる「病」、書けてしまう「病」　手裏剣教室　教えることの醍醐味　「目から鱗」を取り続ける本書の帯には、女性ながら武道袴姿で木刀を構えている著者の写真がある。正直に告白すると、この凛々しい著者の写真がなければ、私は本書を手に取っていなかったに違いない。それはともかく、著者は実は私と同年生まれ。京都大学経済学部を卒業し、数年間の会社勤めを経た後に、時代小説作家に転じたという才媛である。剣豪小説を書くうちに、柳生新陰流を習ったり手裏剣術に熱中したりした（いや、今もしている）経験から、そこでの発見を記したものである。「古武術」というタイトルからは、身体の動かし方についての秘伝を期待してしまう。確かに、そうした記述もある。しかし、それだけにはとどまらなかった。身体をうまく動かすためには、身体感覚を静かに研ぎ澄ますことが不可欠らしい。いわば、動と静の双方が必要なのである。さらに、身体の動静は、心の動静と密接にかかわっている。執着心があると身体の動きも固定して伸びなくなるというような、身体の動きと同様に心のありようについても、示唆に満ちている。以上は個人の内面に属する指摘であるが、「個人と個人の関係」あるいは「個人と環境との関係」に関しても多くの言及がある。このように、古武術は、実にさまざまな「理論」を内に含むものらしい。とは言え、そうした理論は、何かの教典のように、必ずしも文字化されていない。身体の動きや感覚などは文字で伝えきれるものではなく、弟子の実際の様子を見ながら、その理解度に応じて、経験豊富な師匠が口伝によって指導していくことになる。うーむ。奥が深い。その奥の深さの一端を、本書は示してくれるはずである。私にとってとりわけ興味深かったのは、やはり学習とか教育といった側面であろう。著者は単に教えを受けるだけではなく、自ら教室を開いて初心者を指導したりしているが、そのくだりから一部を引用しておく。　「習うこと」「自ら工夫すること」「教えること」―この循環を、総合的に行うと、稽古は加速するようである。自らが主宰する稽古会をもつとき、一方通行で教えるだけか、自分の研究にも役立てるかで、長年のうちに大きな差が出そうだ。　講師としてやっていると弊害もあり、ついつい先生などといって立てられることに安住したり、逆に、実力を見せなければとプレッシャーを感じたりして、心が不自由になりやすい。だが、考えてみれば、受講者に何かヒントを提供できたり、本人の技が伸びたりすればよいだけで、別に絶対的な上下関係を築く必要もないし、完全な技を商品のように売る必要もない。完全な技などこの世に存在するとはまず思えないし、そういうものを求めて、自分の芸の落ち着き先を探すと、たいていは視野が狭くなり、稽古は滞るようだ。＜p.194＞ともあれ、本書は身体と心を健康に保つためのヒントが多く、日常生活のあらゆる場面で応用できそうな含蓄に富んでいる。そういうことに興味のある人には、ぜひ一読を勧めたい。

  2008.03.16

• ［VOYAGE-473］　読書／日本の色を歩く。

  今日は晴天の一日。三多摩の府中のアメダスによれば、日最低気温は-1.3℃（04:20）、日最高気温は13.8℃（14:40）。今季39日目の冬日であった。さて、まずは横道の小さなエピソード。2日前の［VOYAGE-471］では、鉄道ネタに関して、また、新幹線車内アナウンスは、東海や西日本じゃなくて東日本であれば、私の食指も動いたであろうに。と書いたけれども、何気なく検索していたら、新たな事実に気づいた。実は、そういう目覚まし時計は、既に商品化されていたのである（！）。新幹線メロディ＆ボイスクロック＜ＪＲ東日本エディション＞（えきねっとショッピング）新幹線メロディ&ボイスクロック　東北・上越新幹線（JR東日本エディション）（ハンズネット）うーむ。八戸駅到着前アナウンス「はやて 八戸行き」よりは、むしろ東京駅発車後アナウンス「Maxやまびこ 仙台行き＆つばさ 新庄行き」とか同「あさま 長野行き」のほうが魅力的に感じるものの、思わず食指が動いてしまった・・・。送料を比較してみると、前者が税込600円、後者が税込525円。また、商品到着の日時指定は、前者が5日目以降、後者が4日目以降とのことであった。どちらが好都合かは、もはや火を見るよりも明らかであろう。勝負あり（！）ということで、後者で注文してしまった次第である。それでは、今日の本題に移ろう。このところ新書三昧が続いているが、今度は2月20日（水）に川崎で購入した新書3冊のうち、最初の1冊目を読み終えた。そこで、その読後感などを記してみたい。吉岡幸雄氏の『日本の色を歩く』（平凡社新書）である。第一章　朱の色を歩く　　1　備中吹屋への旅　─朱と弁柄についての考察　　2　姫路書写山と根来寺に赴く　─室町期の「朱」を見る第二章　赤の色を歩く　　1　紅花紀行　─伊賀と山形の紅花を訪ねる　　2　奥多摩・御岳山にのぼる　─古社にのこる茜染の鎧　　3　正倉院宝物　─天平の美を伝える　　4　ペルー紀行　─コチニールとの出会い　　5　古都の「赤」散策　─紅葉の彩りと蘇芳第三章　藍の色を歩く　　1　石清水八幡宮に赴く　─山藍の青と緑　　2　阿波徳島藍紀行I　─吉野川が育む藍　　3　阿波徳島藍紀行II　─藍造りの苦労　　4　ジャパンブルーの美　─小泉八雲と筒描第四章　黒の色を歩く　　1　瓦の彩りと職人の魂　─奈良元興寺散歩　　2　燻し瓦の黒を訪ねる　─藤岡市の瓦工場へゆく　　3　丹後紀行　─冬の季節に墨色を思う　　4　吉岡憲法黒の色彩　─京都の染屋の歴史をたどる　　5　石清水八幡宮に黒を求める　─紙衣と八幡黒第五章　白の色を歩く　　1　熊野火祭に参加する　─白の装束が火に映える　　2　東京の地名から古代の色を探る　─麻布と白の発見の旅　　3　別府温泉紀行　─明礬の白を訪ねて　　4　「胡粉」の白　─琵琶湖竹生島と法隆寺第六章　黄と黄金の色を歩く　　1　日本人と「黄金」　─金を用いた美術作品　　2　伊吹山紀行　─刈安の黄を求めて　　3　宇治万福寺で思うこと　─黄蘗の薬効と色彩　　4　黄の染材を再考する　─梔子の花と実　　5　蓮から糸と色を取り出す　─蓮華寺の幡、袈裟の制作に携わって　　6　四国・西予市野村町を訪ねて　─霊木「桑」との自然風土第七章　紫の色を歩く　　1　京都「紫」散歩　─陽春の色を訪ねて　　2　高貴なる紫を追って　─帝王紫と紫草　　3　戦国武将から江戸紫まで　─紫好みの系譜　　4　紫草の復活に向けて　─大仏開眼一千二百五十年法要の「紫衣」本書の著者は、1946年京都市生まれ。早稲田大学卒業後に美術工芸の書籍編集や広告の仕事に携わり、40歳を過ぎた頃に家業の植物染屋「染司よしおか」を継いで5代目当主となったとのことである。化学的な合成染料には出せない日本の伝統色の現場を訪ね歩くのが、本書の目的らしい。著者の職業柄から、何らかの作品を制作する現場に関する文章が中心ではあるが、それだけにとどまらない。雪舟（1420～1506）の『天橋立図』にヒントを得て、そうした水墨画のような冬景色を求めて丹後半島を訪れたり、あるいは熊野の火祭に参加した折に、氏子の白装束を着せてもらったエピソードを紹介したり・・・と、色にまつわる旅の随筆集といった様相を呈している。印象としては、司馬遼太郎氏の『街道をゆく』に似ているかもしれない。過去の歴史的な事象についてあれこれと想像を含めながら解説しているかと思えば、今度は現代に戻って著者の目で見たままの旅の風景を記述したりして、視点が実に自由自在なのである。司馬遼太郎氏のペンネームをもじって「コシバさん」とでも名乗ればいいのに・・・などと、馬鹿なことをふと考えてしまった。私自身は何度も書いてきたように、伝統工芸のようなものが好きである。本書を購入した直後に「全国工芸職人展」なる催し物に足を運んで、桜染の淡いピンク色に心を奪われたエピソードからも、そのことはお分かりいただけると思う。そうした私にとっては、カラーの口絵があるのもうれしい限りで、非常に興味深い内容の1冊であった。

  2008.03.08

• ［VOYAGE-470］　読書／不機嫌な職場。

  二十四節気の一つ、啓蟄（けいちつ）である。とは言え、私自身は既にミツバチを見ているので、何をいまさら・・・といった気分かもしれない。なお、今日は曇り時々晴れ。三多摩の府中のアメダスによれば、日最低気温は3.0℃（24:00）、日最高気温は10.2℃（12:20）であった。さて、今日の本題は読書ネタである。未読の本が次々と「積ん読（つんどく）」の状態になっているものの、1か月ほど前に購入した新書4冊のうちの3冊目を数日前に読み終えたので、その感想などを記してみよう。それは、高橋克徳氏＋河合太介氏＋永田稔氏＋渡部幹氏の共著による『不機嫌な職場　なぜ社員同士で協力できないのか』（講談社現代新書）。第一章　いま、職場で何が起きているのか第二章　何が協力関係を阻害しているのか　　1　進む組織のタコツボ化　　2　評判情報流通と情報共有の低下　　3　インセンティブ構造の変化第三章　協力の心理を理解する第四章　協力し合う組織に学ぶ　　1　グーグル　　2　サイバーエージェント　　3　ヨリタ歯科クリニック第五章　協力し合える組織をつくる方法　　1　役割構造に対する工夫　　2　評判情報に対する工夫　　3　インセンティブに対する工夫最終章　協力への第一歩の踏み出し方上の見出しを見ての通り、第一章では「現状の確認・整理」、第二章では「原因分析」、第三章では「現状とその原因に対する社会心理学的考察」、第四章では「先進事例研究」、第五章では「問題解決の方法論」、最終章では「行動への第一歩」といった流れになっている。で、第二章の原因分析を要約すると、以下の3点にまとめられるであろう。1）成果主義の導入によって個人個人の成績評価に結びつきにくいグループワークが軽視されていく一方で、顧客からの要求が高度化することによって仕事の専門化・細分化が進み、組織のタコツボ化が起きる。2）社員旅行や社内運動会などは、それ自体がもはや魅力を失っていることもあり、効率性を追求するマネジメントによって削減の対象とされてきた。その結果、社員の多面的な人物情報が流通する場や機会も少なくなり、人的ネットワークの機能低下により、お互いを個人的によく知らないために社員同士で協力関係を構築することが難しくなっている。3）以前は「一生同じ会社にいる」ことが当たり前であり、同じ会社に居続けられるような行動を取ろうとする動機付けが機能していた。しかし、昨今ではそうした長期雇用が保証されていないため、社員は自らを守る必要から、社外でも通用するスキルアップを期待するようになっている。この原因分析を、第三章では理論的に、第四章では具体的な事例を通じて、それぞれ検証を試みている。その上で、第五章ではこれらを工夫することによって問題解決を図ろうとしているのである。このような変革に際しては、リーダーの果たすべき役割が重大ではあるが、社内のルールだけを改善すれば済む問題ではなく、社員一人一人の意識にも働きかけていかなければならない。当然、一朝一夕にできるものではなかろう。取材した会社は、社内の関係性が明らかに変わりはじめたと感じるまでに「三年くらいかかった」と口を揃えて言う。＜p.145＞と、具体的な時間の目安を示してくれているところも、興味深かった。いやぁ・・・本書は、読んでいて楽しくなる内容ばかりではないけれども、鋭い指摘が多く、いろいろと考えさせられた。これは会社組織に限った話ではなく、学校や地域といった日本社会全体に応用できそうな気もする。不機嫌な日本社会をほぐすためには、一体どんな「せんたく」が有効なのであろうか？

  2008.03.05

• ［VOYAGE-461］　読書／平成人。

  今日も晴れ。三多摩の府中のアメダスによれば、日最低気温は-0.6℃（05:50）、日最高気温は8.5℃（14:00）。今季35日目の冬日を観測した。さて、まずは余談から。私の目に留まったニュースを、ちょっとだけ。桜便り、気象庁リストラ　測候所無人化で予測地半減（asahi.com　2008年02月24日03時10分）雑記帳：今日は鍋日和？　日本気象協会は…（毎日ｊｐ　2008年2月25日）今年の桜、早い？遅い？…激しさ増す開花予想競争（YOMIURI ONLINE　2008年2月25日15時49分）冷え込みの中、梅花祭開かれる　京都・北野天満宮（MSN産経ニュース　2008.2.25 12:56）粉雪舞う梅の北野天満宮にぎわう、２５日は道真の命日（YOMIURI ONLINE　2008年2月25日14時03分）梅の花の下、舞妓さんがお点前　北野天満宮（asahi.com　2008年02月25日17時11分）上段は、民間気象会社のサービスをめぐる話題。下段は、北野天満宮でご祭神の菅原道真公の命日を偲ぶ「梅花祭」が催された件。では、今日の本題。2月1日（金）に購入した新書の2冊目、酒井信氏の『平成人（フラット・アダルト）』（文春新書）を読了したので、その感想などを記してみよう。第一章　「平成人（ヒラのせいじん）」の時代第二章　「平成人（フラット・アダルト）」の由来第三章　「平成人」の価値第四章　「平成人」の未来著者は「平成元年度に小学校を卒業した」とある。私は平成元年（昭和63年度）に高校を卒業したので、著者と私との年齢差は6～7歳といったところであろうか。私自身はバブルがはじけつつもその余韻が残っていた時期にアルバイトを経験したりしているのに対して、この著者はそうしたバブルの恩恵に浴してはいないはずである。その意味では、世代が微妙に違い、根本的な部分で価値観が異なる可能性もある。といった背景を踏まえた上で、本書を一読した私個人の印象を述べてみると。内容自体としては、そんなに難しいことは書かれていない。とは言え・・・どことなくつかみどころがないといった感じで、結局何を主張したいのかがモヤモヤとしていて分かりにくかった。「あとがき」には一応、次のような文章があるので、それを引用しておこう。　平成という時代の風景から、立体的に論理が立ち上がるような文章を書きたいと思って、書いた。大げさにいうなら、平成の時代精神とでも言うようなものを、自分が生きてきた平成日本のとるに足りない風景から、批評という「文学」として立ち上げたいと思って、書いた。　私にとって批評というのは、同時代の人たちの多くにとってとるに足りないような風景の中から、誰もが忘却しながら足下を絡めとられているような「論理」を紡ぎ出す「文学」に他ならない。＜中略＞　私たち「平成育ち」は、このような平成という時代の大きな変化の中で、意識的か無意識的か新たな価値観を形成してきた。そして今日では、このような価値観は、同時代を生きる「平成人」全体へと、老若男女を問わず浸透している。　そして平成という時代が二十歳を迎えようとしている現在、私たち「平成育ち」だけでなく、同じ価値観を共有した「平成人」全体に成熟することが求められている。このため私はこの本を通して、第一に、新しい価値観が形成されるに至った条件を明らかにし、第二に、このような価値観が成熟していくための条件を明らかにしてきた。＜中略＞　とはいえ私たちは平成という時代の中で何もかもを失ったわけではない。昭和育ちの世代から見れば、「とるに足りない」と思われるかもしれないが、私たち「平成育ち」は、あふれかえるものや情報や人の荒波を、手に手を取り合って渡り生き残るための新しい価値観を練り上げてきた。本文中で記したように、この価値観は、外側に広がり行く世界の中で、内側に狭まり行くものであるが、「いき」という価値観を手がかりに、これから広がり行く世界の「外側」へと開いていくことができるものである。　歴史的に日本は「外側」の世界をうまく受け容れることで繁栄してきた。私たち平成人が、「内側に引きこもる価値観」から「外側を受け容れる価値観」へと転換することも不可能ではないはずである。＜後略＞この部分を読むと、どうやら「新しい価値観」が一つのキーワードとなるらしい。ただ、この「新しい価値観」が「成熟する」というのは、どういう意味なのか。本書では必ずしも明言していないようにも思われたが、引用部分の最後にある「価値観の転換」＝「成熟」なのであろうか。このあたりのことを、もう少しはっきりと言及してほしいような気がした。さらに難癖を付けるとすれば。「私たち平成人」という表現自体が、実に象徴的かもしれない。個人として独立するのではなく、何かとすぐに周囲の仲間と「談合」してKYを避けたがる世代ならではの言い回しで、ちょっと苦笑を誘うものがあった。その意味で、「新しい価値観」とやらが、ほかの世代にどれだけ浸透しているのか、疑問が残ってしまう。かなり浸透しているものと、さほど浸透していないものとに分けられるのではないか。また、現在起こりつつあることは、本当に「平成」という時代に特有のものなのか、それとも「昭和以前」から引き継いできたもの（の変種）なのか。あるいは、本当に「日本」という空間に特有のものなのか、それとも「世界」的に広がりのあるものなのか。そういう異なる時間・空間との対比において、何がどう新しいのかを検証する必要もあろう。と、厳しい突っ込みを加えたものの、「グローバリゼーション」や「アメリカの自然」などの問題提起については、非常に鋭い視座を示しているように感じた。本書における数々の指摘が、いろいろと考えさせてくれることは間違いあるまい。

  2008.02.25

• ［VOYAGE-453］　読書／自転車入門。

  昨日同様、朝のうちはよく晴れていたが、昼前からは雲が多くなった。三多摩の府中のアメダスによれば、日最低気温は-3.2℃（03:00）、日最高気温は6.1℃（13:30）。今季30日目の冬日を観測した。さて、今日の記事では、久しぶりに読書ネタを取り扱ってみよう。2月1日（金）に衝動買いをした4冊の新書のうち、河村健吉氏の『自転車入門　晴れた日はスポーツバイクに乗って』（中公新書）を読破したので、その感想などを記したい。ただ、その本題に入る前に、自転車にまつわる個人的な記憶を述べておく。私がスピード狂であることは［VOYAGE-282］でも触れているが、その原点はおそらく、高校入学時に買ってもらったブリヂストンの自転車「ロードマン」に遡る。ドロップハンドルのスポーツ車で、私が乗っていたのは前輪3段×後輪6段＝18段変速。これでメチャクチャなスピードを出して走るのが、私は大好きであった。湘南育ちの私は江ノ電の沿線の高校に通っていたけれども、高校では自転車通学（校内への乗り入れ）が禁止されていたため、普段は実家から最寄りの藤沢駅近くの駐輪場まで自転車に乗っていた。ある日などは、遅刻しそうになって一つ先の石上駅まで自転車を走らせ、駅の脇に自転車を乗り捨てる（？）つもりでいたものの、ギリギリのところで間に合わず、電車が先に出発してしまった。ところが・・・石上駅から再び全力疾走で自転車を飛ばすと、江ノ島駅には私のほうが先に到着し、そこからその電車に乗って高校に向かったこともあった。江ノ電よりも速い自転車男・・・まさに伝説のスピード狂と言える。この愛車にまたがっていたとき、「（世界自転車選手権プロスプリント10連覇を成し遂げた競輪の）中野浩一選手みたい」と、見知らぬ人に声をかけられたこともある。この発話は、（同選手はアートネイチャーのCMに出演していたが）「髪の毛が薄い」という意味ではないと思う。また、ある年の初詣では、鎌倉の荏柄天神からの帰りに、そのまま自転車で三浦半島一周を試みたこともある。日付（というか、年）が変わった直後に実家を出発し、未明に神社に参拝したのであるが・・・地図を見ながら土地勘のない場所を走っていると、とんでもない遠回りをするなど何度も道を間違えて、実家に帰ったのは昼過ぎであった。半日かけて80キロほどを走破したことになるが、ヘトヘトに疲れてその後の数日間はまともに動けなかったことを覚えている。実家の近くに東急ハンズ藤沢店があったことも、一つの大きな要因であろう。自転車そのものは近所の自転車屋で買ってもらったとは言え、各種のパーツやメンテナンス用品などはここで自分で購入したものである。なお、1976年11月にオープンしたこの藤沢店は東急ハンズの1号店であったが、2006年12月に閉店してしまった。このような私と自転車の結びつきは、高校時代がピークであった。大学浪人中に甲状腺の病気を患って2か月半ほど入院を余儀なくされ、大学4年のときにその手術を受けた私は、そうした健康上の事情により自転車に乗るのを差し控えるようになっていた。やがて社会人になってから、この愛車「ロードマン」は泣く泣く粗大ごみに出されることになったのである。うーむ。実に懐かしい・・・。ここからが、文字通りの本題である。一章　ロードバイクを買うまで二章　スポーツ・バイクの事始め　1　スポーツ・バイクの種類　2　パーツ早わかり　3　フィッティングについて　4　変速機は何段がいいか三章　自転車に乗る　1　乗りかた、降りかた、走りかた　2　レッツ・トレーニング　3　便利な道具たち　4　保管、点検、クリーニング　5　自転車乗りの服装四章　自転車乗りの知恵　1　どこを走るか　2　自転車と健康　3　自転車の交通法規五章　自転車と暮らす　1　武蔵野を走る　2　藤沢周平が暮らした武蔵野　3　多摩川サイクリングロードを走る　4　晴輪雨読―晴れた日はスポーツ・バイクで本書は、還暦を過ぎてから自転車乗りの楽しみを再発見した著者が、初心者ならではの視点から、同世代の団塊の世代に向けて出版した入門書である。出版業界がどういう人々をターゲットにして企画を立てているかがよく分かる一例とも言えるが、いずれにせよ専門書ではない。自転車に関するいろいろな話題が、広く浅く展開されている。話題があちらこちらに飛ぶ上に、他の文献からの引用が多いので、すべてをじっくり読もうとすると疲れるかもしれない。気に入った部分だけを丹念に読むのが正解であろう。個人的に目からウロコが落ちたのは、かつて私がドロップハンドルの自転車に乗っていたときにしばしば腕が（足以上に）疲れたのであるが、その理由が分かったことである。いわく、スポーツ・バイクは体重はサドル、ハンドル、ペダルの三ヵ所に分散する。とのことであった。なるほど、そうであったか。また、著者は三多摩に住んでいるらしく、私にとっては身近な地名が多く登場する点も興味深かった。もっとも、日本語教師として突っ込みを入れるとすれば、文章は「だ・である」と「です・ます」が混在していて、読んでいて違和感を禁じえなかった。ただ、「です・ます」は「でしょうか」「ですね」のように話し言葉っぽい表現のみで使われていることから、おそらく著者は気さくな話し方をする人物なのではないか、と想像してしまった。本書を読んでいると、私自身としては楽しかった過去の記憶が甦り、また自転車に乗りたい気分になってしまう。しかし・・・本当にいい自転車は非常に高価で、本体だけではなく服装などにもお金をかける必要がある。今の私には「夢のまた夢」といったところであろうか。

  2008.02.17

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  ［VOYAGE-352］　読書／武士から王へ。【2007.11.09 10:45:36】

  今日は二十四節気の一つ、立冬である。暦の上では今日から「冬」が始まるわけである。ちなみに、今日の天気はおおむね晴れ。三多摩の府中のアメダスによれば、日最低気温は10.3℃（00:30）、日最高気温は20.0℃（14:40）であった。一昨日の記事ではハナミズキと桜の紅葉について述べたが、今日はイチョウの黄葉について。下の画像そのものは昨日撮影したものであるが、まだ緑色の葉が多い中で、気の早い（？）一部の木は色づき始め、銀杏特有の悪臭を漂わせていた。 うーむ。冬来たりなば春遠からじ（春唐辛子？）といった心境であろうか。ふゆきたりなばはるとおからじ【冬来りなば春遠からじ】［意味］いまは不幸な状態にあるけれども、やがてはきっとしあわせがめぐってくるにちがいない。だから、じっと耐え忍び、辛抱せよというたとえ。［注釈］寒くて暗い冬が来ているということは、暖かく明るい春がやって来るのもそう遠くはないはずだの意で、イギリスの詩人シェリーの『西風に寄する歌』の一節 If winter comes, can spring be far behind? から。『故事ことわざ辞典』ふゆきたりなばはるとおからじ【冬来たりなば春遠からじ】［意味］厳しくつらい時期を越えれば、幸福が訪れることのたとえ。［注釈］イギリスの詩人†シェリーの『西風に寄する歌』にある結びの一節。If winter comes, can spring be far behind? の訳。†シェリー（一七九二～一八二二）イギリスの叙情詩人。詩『雲雀（ひばり）に寄す』や劇詩『解放されたプロメテウス』など。『日本語「語源」辞典』余談ながら、冬（ただし、暦の上では春）生まれで物理的にも心理的にも「温暖さ」より「冷涼さ」を好む（吾輩は猫舌である！）私にとって、冬が「不幸」な季節であるとは思えない。冬には冬のよさがあるはずである。その点は見落とさないでもらいたい、と願う今日この頃であった。さて、それでは今日の本題に入ろう。6日前の記事に引き続いて、また日本史系統ではあるが、数日前に本郷和人氏の『武士から王へ─お上の物語』（ちくま新書）を読了したので、その感想などを述べてみたい。第一章　中世の王権　1　権門体制論　2　東国国家論と二つの王権論　3　王権は「自立」する　4　戦国大名というモデル　5　王権は「自律」する第二章　実情（ザイン）と当為（ゾルレン）　1　当知行ということ　2　実力主義　3　「上から」と「内から」　4　武家王権の成立第三章　武門の覇者から為政者へ　1　下文と下知状　2　統治への覚醒　3　直状と奉書　4　王権、第三の定義第四章　土地と貨幣　1　血か家か　2　貨幣の流入と商品経済の成立　3　「もの」への執心　4　徳政令と鎌倉幕府の自壊第五章　東と西　1　海の武士団　2　切断と接合　3　一つの王権へ　4　一三九二年、東の切断　5　一六〇〇年、東西の激突第六章　顕密仏教と新しい仏教　1　鎮護国家　2　顕密体制と朝廷　3　やさしい仏教と統治　4　武家の仏教第七章　一向宗、一神教、あるいは唯一の王　1　在地領民と農民　2　タテかヨコか　3　一向宗と一神教　4　王権の収斂─中世の終焉湘南育ちの私にとって、鎌倉幕府の成立から崩壊に至るまで、そして室町・戦国を経て、再び関東に江戸幕府が開かれる・・・という時代の流れには強い関心がある。そうした関心から読み始めたのが本書であるが、この内容を私自身の言葉で要約するのは容易でない。そこで、本書のカバーに記された文章を、そっくりそのまま引用する。天皇と将軍が並び立つ日本中世の「王」とは一体何者だったのか？　武士＝御家人の利益を守るために設立された幕府が、朝廷に学び、みずから統治者たらんとしたとき、武士から王への歩みが始まった。頼朝から戦国大名を経て、徳川幕府が完成するまでのプロセスを、貨幣経済の浸透、海の民の活躍、一神教のインパクトなどさまざまな観点から読み込み、ひとつの骨太な「物語」として提示する全く新しい日本中世史。「全く新しい」かどうかはさておくとしても、非常に刺激的であったことは間違いない。まず、現代に生きる我々は、どうしても近代（明治）以後の国家観で過去の政治体制を眺めてしまいがちであるが、本書ではそうした視点を断ち切ろうとしている。古代や中世や近世に、近代的な国家があろうはずもない。近代以後における「日本」は、それ以前の「日本」とは、多かれ少なかれ概念が違うのである。これは最も基礎的で極めて重要な指摘であると言える。その上で、武家政権がどのように誕生し、そしてどのように発展していったのか・・・ということを、書状の形式、動産・不動産の所有の名実、地域間の連帯・断絶、宗教の変遷、さらには組織形態のありようなど、いろいろな要素を多角的に検証しながら、紐解いている。その際のキーワードが、「王」なのである。古代の朝廷の王とは決定的に異なりつつも、それを模する形で、中世の幕府の王が自立（君臨）→自律（統治）していくという過程は、大変興味深い。私自身の研究テーマは「外国籍児童・生徒の多言語教育に向けた協働ネットワークの形成」であるが、ツリーとかリゾームといった組織形態論は、私の研究にもリンクする問題である。そういう意味で、本書の示唆は個人的に有益であった。また、「ザイン（実情）」「ゾルレン（当為）」といった社会科学全般に通用する概念で説明しようとしている点も、好意的に評価しておきたい。

  2007.11.08

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  ［VOYAGE-346］　読書／秀吉神話をくつがえす。【2007.11.03 06:07:00】

  どんよりとした曇天の一日で、夕方には一時的に雨もぱらついた。三多摩の府中のアメダスによれば、今日の日最低気温は13.5℃（24:00）、日最高気温は18.0℃（11:30）であった。さて、まずは余談から。私は元来スピード狂の傾向がある上に、［VOYAGE-194］や［VOYAGE-226］などでも示唆したような健康上の理由もあって、早足で歩くのを好むらしい。まあ、その日の気分や体調や天候などにも左右されるとは言え、ほかの人が「量産型」の速度であるとすれば、私の歩き方は「シャア専用」といったところかもしれない。ところが・・・今日は大学通りの歩道が非常に混雑していて、いつものようなスピードで歩くことができず、実にイライラさせられた。というのも、国立では今日から「天下市」なるイベントが開催されていて、数多くの出店が所狭しと軒を並べているからであった。うーむ。楽市楽座って、通行の自由を保障するものではなかったか？　などと皮肉なことを考えながら、いつもよりも狭くなっている歩道を通り抜けて、自宅から駅へと向かった次第である。ちなみに、今日は、こんな光景が見える場所に出かけてきた。パノラマの連続性を意識したレイアウトにより画像は縮小されているが、それぞれをクリックすると拡大して見ることができる。これらは、文京シビックセンターの25階にある展望ラウンジから撮影したもので、東京ドーム（一部）や小石川後楽園、新宿の高層ビル群などが目に入るはずである。高い建物からの眺望としては、東京都心では［VOYAGE-255］以来、ほかの都市も含めると［VOYAGE-318］以来となろう。なお、用向きとしては、先週と同様に、文京シビックホール26階スカイホールで開催された多文化協働実践研究のプレフォーラムに参加したのである。では、今日の本題に移ろう。今日は読書ネタである。5日ほど前になるが、大阪・京都・豊橋を経て浜松からの帰りに、藤田達生氏の『秀吉神話をくつがえす』（講談社現代新書）を読了したので、その感想などを述べてみたい。序章　「秀吉神話」の系譜第一章　戦国時代の「悪党」　1　出自の謎に迫る　2　織田信長の台頭　3　異例な早さの出世第二章　本能寺の変　1　西国支配をめぐる派閥抗争　2　筆頭重臣への画策　3　将軍推任・安土行幸　4　「中国大返し」の真実第三章　関白の「平和」　1　織田体制の破壊　2　ヒエラルヒーの確立　3　「天下静謐」の論理　4　「平和」のための侵略終章　軍国神話の現在本書のおおよその内容は、上記の目次からでも推察できると思われるが、以下に「はじめに」の文章を一部引用して補足しておく。　「秀吉神話」は、いまも歴史小説や時代劇などを通じて繰り返し再生産されている。「墨俣一夜城」をはじめ、そのほとんどが史実としては否定されているにもかかわらず、NHK大河ドラマでさえ採用しているのである。さらには、戦後の研究のなかから誕生した新たな「神話」が、秀吉像をさらに肥大化させている。　本書は、最新の資・史料を駆使して、秀吉の誕生した天文六年（一五三七）から、天下統一を果たす天正十八年（一五九〇）までの五十三年間を中心に、こうした「秀吉神話」の背後に潜む彼の実像に迫ろうとする試みである。　具体的には、まず序章で「秀吉神話」の成立と変遷の過程をくわしくみていったあと、次の三つの課題からアプローチしていきたいと考えている。　第一は、秀吉の出自にまつわる神話である（第一章）。たしかに秀吉が貧しく低い身分の出身であったことは間違いないし、彼がその大きなハンデを克服したことは評価されるべきであろう。しかし、本書では、それは必ずしもハンデであっただけではなく、その出自ゆえの有利さがあったのではないかという点を検討してみたい。具体的には、彼が百姓ではなく、差別を受け遍歴を繰り返す商人的な非農業民に出自をもつ可能性が高いこと、それゆえに伝統的な武士道徳からは自由であったことが、異常なスピードで織田家の重臣にのし上がった要因となったことを解き明かしたい。　第二は、本能寺の変にまつわる神話である（第二章）。秀吉が天下人となるうえでの決定的なターニングポイントは、本能寺の変の直後、ただちに兵を京都に返して明智光秀を破ったことにあった。この「中国大返し」は、数ある「秀吉神話」のなかでも、まさにハイライトといえる。だが、裏を返せば「神話」に覆われたこの間の経緯にこそ、秀吉の実像を知る多くの手がかりが隠されているのである。本書では、織田政権が天下統一に向けて次第に変質するなかで光秀が立場を失っていき、必然的に本能寺の変を起こし、秀吉に敗退するまでの過程を、そこに秀吉がどのように関与したかに注目しながらみていきたい。　第三は、「豊臣平和令」が紡ぎだす天下統一像にまつわる神話である（第三章）。秀吉の天下統一事業とは、現在は通説化されているように真実、「平和」を希求してのものだったのかを検証してみたい。「平和」という観念は、その語義の反面、戦争を正当化する場合もあることは現代の国際情勢を見ても知られるところである。いま、日本が将来に向けての平和国家像を本格的に議論すべきときだからこそ、秀吉以来の指導者が主張してきた「平和」の本質を追究することの意義は大きいと考える。＜pp.6-8＞細かい部分ではあるが、私が気になったところはフォントの色を変えて記載した。まず、上の文章では「百姓＝農民」という図式で語られているように見えるが、網野善彦氏らの中世社会史の研究を踏まえれば、そうではあるまい。また、「伝統的な武士道徳」とは、一体いつの時代のものを指しているのか不明である。江戸時代のそれを戦国時代に当てはめている印象も残ってしまう。そのあたりの定義が今ひとつ厳密ではないような気がした。と、重箱の隅をつつくようなコメントはさておき、織田政権ナンバー2の地位をめぐって、最大のライバルである光秀を失脚させるような政策を推進してきた秀吉は、その必然的な結果として本能寺の変が起きることを予想し、事前に「中国大返し」の準備をしていたらしい。光秀が毛利氏に派遣した使者が誤って秀吉方の陣所に入ったなどということはありえず、クーデターを事前に予想していた秀吉が独自のルートで誰よりも早く情報を入手したと考えるのが自然である・・・という推論には、目から鱗が落ちた。　極端にいえば秀吉は、可能なかぎり速く軍隊を上方に到着させること、それさえ実行できればよいと考えていた。自分がもっとも速く、主君の弔い合戦に駆けつけたこと、それを天下に誇示することを、何にも優先させたのである。　光秀との戦いは、すでに十分な勝算がある。彼がみていたのは、その先であった。この「中国大返し」を成功させ、宣伝によってこれを「神業」として広めさえすれば、きたるべき信長の後継者争いにおいて決定的に有利になる。数々の疑惑の行動も、「神話」さえ確立されればすべて帳消しになる。情報と宣伝が、政治や戦争に決定的な影響力をもつことを、秀吉は熟知していた。この時代の武将で、ほとんど彼だけがそれを知りえたのは、いったいなぜなのであろうか。＜p.161＞秀吉の出自のプラスの側面にしても、本能寺の変へと至る政治過程にしても、実に興味深い指摘と言えよう。ともあれ、秀吉の時代に秀吉自身が創作した「神話」もあれば、後世（現代を含む）に諸般の事情で生み出された「神話」もある。そうした虚像を見破り、いかにして実像を取り出すか、が問われているのである。学界では本書に対する批判もあるらしいが、歴史学の研究成果に期待したい。

  2007.11.02

• ［VOYAGE-336］　読書／日本全国「県境」の謎。【2007.10.24 02:28:59】

  ありがたき幸せ。恐悦至極に存じ上げ奉る。このブログへの書き込みを開始してから336日目の今日、どうにか20,000アクセスをカウントした。20000　　2007-10-23　12:10:50　　*.ucom.ne.jp10,000アクセスを記録したのが184日目の2007年5月24日（木）であったことから、後半の10,000アクセスは152日で達成したことになる。「当社比1.21倍」のスピードアップといった感じであろうか。いずれにせよ、リピーターの読者諸氏には、厚くお礼を申し上げたい。ただ・・・修士論文作成の佳境を迎えつつあるため、このブログをいつまで続けられるかは、正直なところ自信がない。当面の目標としては、当ブログの元ネタである『沈黙の艦隊』が［VOYAGE-354］（「60億の出撃」）で完了していることを踏まえ、少なくとも11月10日（土）まではこのまま1日1件のペースを保ちたいと思っている。365日目の11月21日（水）まで維持できるかどうか・・・は、微妙なラインかもしれない。まあ、仮に続けることができるとしても、質・量の低下は避けがたいものと思われる。そのような場合には、ご寛恕を請う次第である。今日は晴れ時々曇り。三多摩の府中のアメダスによれば、今日の日最低気温は12.4℃（02:30）、日最高気温は23.1℃（12:50）であった。まずは横道で、私の目を引いたニュースから。「東京を目の敵は、日本沈没に」　自民の議員同士が火花（asahi.com　2007年10月23日14時30分）自民党に新設された地域活性化特命委員会が党本部で開かれ、地域間の財政力格差の解消をめぐって、東京と地方の党所属国会議員の間で激しい議論が繰り広げられたとのことである。独立国「やまと」を称しているように（？）、私自身は長い物に巻かれるのが嫌いで、したがって明治以来の東京一極集中には異議を申し立てる立場である。が、もはや既得権益と化している東京の利権を、自分から手放そうとするような奇特な人間は、そう多くはあるまい。「泣く子と地頭」が実質的な権力を有してきたこの国では、最高権力者といえども、こうした既得権益をめぐる対立の構図は解消できないのではなかろうか。海外から水軍が襲来した後で革命が起きるとか、戦争に負けるとか、そういう切羽詰まった状況でもない限り、ドラスティックな自己変革は難しいらしい。なお、この記事では、都政を牛耳るザビ家一門（？）が相変わらずの美しい親子愛を示している様子も読み取れる。「さすが」と言うほかはない。さて、それでは、ようやく今日の本題に移る。数日前に読了した書物があるため、今日の記事ではその本を紹介したい。それは、浅井建爾氏の『知らなかった！驚いた！日本全国「県境」の謎』（実業之日本社）である。Ｉ　「廃藩置県」から「四十七都道府県」の成立へ1．　明治維新が「県」を生んだ2．　「府藩県三治制」で三府四十一県が成立3．　廃藩置県のあとに誕生した藩がある？！4．　三府三百二県が三府七十二県に5．　繰り返された政府の強引な統廃合6．　なぜ県名に旧国名がない？7．　奈良県が地図から消えた8．　四国には愛媛と高知の二県しかない時代があった9．　石川県は人口日本一の大県だった10． 佐賀県が併合されたのは「佐賀の乱」が原因だった？11． 西南戦争を阻止するために、宮崎県を鹿児島県に併合12． 士族たちの貧困が鳥取県を独立させた13． 北海道にもあった「青森県津軽郡」14． 北海道に存在していた九州全域より広い県15． 驚くほど小さかった東京府ＩＩ　県境に秘められた歴史1．　実は徳島県だった淡路島2．　静岡県になりたくなかった伊豆3．　天草を長崎に引き寄せた「島原の乱」4．　瀬戸内海に浮かぶ小豆島は讃岐か備前か？5．　アイヌの勢力争いが十勝と釧路の国境を決めた？6．　神奈川県だった三多摩が東京に移管された本当の理由7．　伊豆諸島はなぜ静岡県ではなく東京都なのか？8．　長野と静岡の県境は毎年移動する？9．　秋田と山形の県境はなぜ不自然に歪曲している？10． 西東京市は埼玉県だった？ＩＩＩ　なぜそこに県境がある？1．　瀬戸内海の小島になぜ県境がある？2．　出羽国の中にある陸奥国3．　兵庫県は六つの旧国からなる合衆国4．　経済的、文化的なつながりの強さが「越県合併」を実らせる5．　交換条件で成立した越県合併6．　住居は福井県、裏庭は石川県7．　県境に建つ旅館、県境に建つ神社8．　日本一大きい飛び地はなぜできた？9．　幕藩体制が飛び地を生んだ10． 利根川の北になぜ千葉県がある？11． 福岡と佐賀の県境はなぜ複雑か？12． 川の対岸になぜ同じ地名がある？ＩＶ　ニッポン縦断　県境をめぐる争い1．　リフトの建設計画が蔵王山の県境紛争に発展2．　県境を確定させた中海の干拓と米子空港拡張3．　宿毛湾沖に浮かぶ沖ノ島に、かつて県境が走っていた4．　いまも語り継がれる「宇土崎沖の大海戦」5．　無人島の久六島をめぐる骨肉の争い6．　実現しなかった越県合併7．　「県境」のハードルは高かった8．　平成の大合併で越県合併を実現した唯一の村9．　日本一摩訶不思議な福島・山形・新潟三県の県境10． 埋立地はどこに帰属する？11． 県境を跨いで争われた水利権Ｖ　県境未定地の謎1．　県境未定地は全国にどれだけある？2．　青森と秋田の境界に横たわる十和田湖の県境はどこ？3．　日本のシンボル富士山は誰のもの？4．　東京二十三区にも境界未定地がある5．　市町村の帰属が決まっていない島6．　県境未定地ならぬ「国境未定地」興味深い内容がいろいろと書かれているけれども、ここでは紙幅の都合から一つだけ取り上げよう。このブログにも深くかかわる、三多摩移管の問題である。東京府民の飲料水になっている玉川上水の衛生管理と水源確保を図るため、当時の東京府知事が玉川上水流域を神奈川県から東京府に編入するよう大蔵省に申請したのは、1873（明治6）年のことであった。しかし、それは受理されず、1886（明治19）年にも内務大臣に申請したが、それも認められなかった。ところが、三多摩は政府と敵対する自由党の勢力が最も強い地域で、神奈川県議会も自由党に牛耳られていた。こうして、政府の警視総監と神奈川県知事と東京府知事との利害が一致し、自由党勢力の分断を図るために、三多摩を東京府に移管することが決まった。1892（明治25）年に東京府知事が内務省に上申し、その翌年に移管が実現したのである。このとき、三多摩の住民は「移管反対派」が圧倒的多数を占めていたらしい。とは言え、大正以後、東京市と東京府を統合して東京都に移行する案が出るようになると、三多摩の住民の多くは「東京都への編入に賛成」したようである。まさに既得権益化してしまった、とも言えるが、1943（昭和18）年に東京都制が施行された際には、三多摩もしっかりと加わっている。NOと言えなかった三多摩、である・・・。

  2007.10.23

• ［VOYAGE-314］　読書／日曜日に読む『荘子』。【2007.10.02 02:39:16】

  今日は10月1日ということで、郵便局株式会社（郵便局）・郵便事業株式会社（日本郵便）・株式会社ゆうちょ銀行（ゆうちょ銀行）・株式会社かんぽ生命保険（かんぽ生命）を擁する日本郵政株式会社グループが発足したり、気象庁が緊急地震速報の一般への提供を開始したり、といった出来事があった。その緊急地震速報が一般に提供される直前の今日02時21分頃、神奈川県西部を震源とするM4.9の地震があり、箱根町湯本（って、第3新東京市？）では震度5強を観測した。私の自宅でもガラス戸がガタガタガタと大きな音を発したが、葛城ミサトがヤシマ作戦でも強行したのであろうか（？）。と、冗談はさておき、今日は一日曇り。三多摩の府中のアメダスによれば、日最低気温は15.7℃（03:20）、日最高気温は19.9℃（13:50）。ここ3日ほどですっかり涼しくなってしまった。おかげで私個人としても体調は万全ではなく、特に気分的に優れなかった。今日から冬学期の授業が始まったが、初日から「登校拒否」になりそうであった。さて、今日は、昨日の記事に引き続いて読書ネタである。実は、昨日取り上げた『学校は誰のものか　学習者主権をめざして』よりも早く読み始めたのであるが、雲を掴むような内容で頭の中がモヤモヤしてしまったため、途中で上述の本に切り替えた・・・という、いわくつき（？）の書物を読了したので、それを紹介してみたい。それは、山田史生氏の『日曜日に読む『荘子』』（ちくま新書）である。日曜の朝、わたしは寝坊した。序章　荘子、夢で胡蝶となる─パラドックスの予感第一章　世界の眺め方　第一節　この現実を鵜呑みにしよう　第二節　因果という虚構は捨てよう第二章　言葉の使い方　第一節　基礎づけ主義は断念しよう　第二節　状況に応じて言葉を使おう第三章　知識の捨て方　第一節　概念図式の概念は忘れよう　第二節　あるがままに生きていよう終章　渾沌、七つの穴に死す─絶対的無分別の悲哀日曜の夜、まだ眠くないけど。本書は、「わたし」という一人称の主人公が、日曜日の朝から夜まで、好きな音楽を聴いて好きな酒を飲みながら好きな本を読む・・・という場面設定で、『荘子』の面白さについてひたすら語り続けるというスタイルをとっている。主人公の独り言（および心の声）を文字化しているため、基本的には口語体である。で、まずは回り道ではあるが、私の電子辞書からの引用を掲げておく。そうし【荘子】　サウ‥（曾子との混同を避けてソウジとも）1）荘周の敬称。2）「老子」と併称される道家の代表著書。荘周著。現行本は内編7、外編15、雑編11から成る。内編（逍遥遊・斉物論など）は多くの寓言によって、万物は斉同で生死などの差別を超越することを説く。外編・雑編は内編の意を敷衍（ふえん）したもの。唐代、南華真経と称。『広辞苑』そうし【荘子】中国、戦国末の思想家。老荘思想の源泉の一人。名は周、字は子休、河南の人と伝えるが、生没年・伝記不詳。著書とされる《荘子》33編（内編7、外編15、雑編11）は荘周学派の論説集で、奇抜な寓言（ぐうげん）で文明を鋭く批評し、人為を捨てて、無為自然に復帰することを説く。老子の思想を継ぎ、道家の思想を発展させたもので、中国禅仏教の形成など後世への影響が大きい。『百科事典マイペディア』そうし【荘子】生没年不詳戦国時代の思想家で道家の代表者名は周。宋の人。老子の思想を発展させた。無為自然の思想の上にたち、個人主義的または虚無主義的傾向が強い。その著『荘子』33編は、内編7・外編15・雑編11からなり、内編だけが彼の手になるといわれる。『世界史事典』荘子［ソウジ］（Zhuang-zi）中国、戦国時代の道家の思想家荘周（荘子〈そうし〉）、あるいはその著作。著作の場合は唐代以後に道教の経典に加えられて、荘周の作品を中心に道家の論文、寓話などを編集した書物。『南華真経』ともいう。33編。漢代には、荘周の遺著と伝えられていたものが52編あったが、これを改編整理する二、三の試みが現れ、現在は晋の学者郭象が、内編7編、外編15編、雑編11編に整理して注釈を加えた33編本が伝わっている。33編の各編は、いくつかの寓話、論文から成る。寓話は奇警、奔放、飄逸で、なかでも内編の文章がすぐれており、近代の通説では、これが荘周の自著と推定されているが、「逍遥遊」「斉物論」の2編は、道を体得したいわゆる至人の自由な境地を説いている。その他の諸編は、あるいは絶対的自由の境地を追って現象世界の一切の差別と対立の諸相（大小、長短、美醜、賢愚など）を1つに考えるべきだとし、変化こそを本質的あり方としている。あるいは道との関連で事物存在の真仮を問題とし、あるいは人間生存の真実態は素朴自足であるとして仁義礼楽を鋭く排撃するなど多様な問題を扱っているが、要は道家思想展開の種々相を示しているものである。その大部分は戦国末、秦初の作と考えられるが、一部には漢初の作を含むかもしれない。最後の「天下編」は秦、漢の間に成った諸学派の思想を知る一つの資料として知られる。『ブリタニカ国際大百科事典』以上の説明はかなり難解であろうが、本書を読み終えた今なら、ある程度は理解できる（ような気がする）。老荘思想と言えば、「無為自然」「あるがまま」というキーワードで説明されることが多い。しかし、この「無為自然」「あるがまま」というのは、単に「何もしない」ということではなく、「常識的な発想に毒された思考回路から、完全に自由になる」ことであり、実は相当に難しいのである。うまく説明する自信はないが、私としては、次のような例を示してみよう。たとえば、「文化相対主義」という考え方がある。あらゆる文化はそれぞれ独自の価値体系を持つ対等な存在としてとらえ、互いに優劣や善悪の関係にはないという態度である。しかし、あらゆる文化は対等であるとは言いながらも、ナチズムのような「自民族中心主義」の文化と相容れないのは、自己矛盾に陥って論理的に破綻しているのではあるまいか・・・。「知るも知らぬもない」と嘯いて、そうした概念図式からも自由であることを説くのが、『荘子』の真骨頂と言えよう。上の『百科事典マイペディア』の記述にもあるように、道教のエッセンスを取り入れた中国仏教は禅宗を発展させるわけであるから、『荘子』がなにやら禅問答のように見えてしまうのも至極当然のことである。本書を読んでいると、頭の中がグニャグニャになってしまうかもしれない。現に私は一度読んだだけでは十分に理解できなかったので、いずれ改めて再読したいと思っている。

  2007.10.01

• ［VOYAGE-313］　読書／学校は誰のものか。【2007.10.01 19:22:59】

  早いもので、今日で2007年9月も終わりである。一刻一刻がナイアガラの滝のように流れ落ちていくかのような、そんな印象を禁じえない。前線が停滞しているため、今日はほぼ一日中、本格的に雨が降っていた。三多摩の府中のアメダスによれば、今日の日最低気温は14.8℃（01:10）、日最高気温は17.3℃（10:40）。日最低気温が15℃を下回ったのは6月2日（土）以来、また日最高気温が20℃を下回ったのは5月25日（金）以来である。ここまで冷えると、もはや屋内でも半袖短パンでは過ごしにくい。「涼しい」を通り越して「肌寒い」と言えよう。さて、今日の記事では、2日前に取り上げようと思っていながら結局は断念した、読書ネタに挑戦してみよう。戸田忠雄氏の『学校は誰のものか　学習者主権をめざして』（講談社現代新書）を読了したので、その印象などを述べてみたい。まずはカバーに記された、著者の略歴を引用しておく。戸田忠雄（とだ　ただお）一九三七年神戸市生まれ。東北大学教育学部卒業。長野県の私立、公立学校の教師、公立高校校長、長野予備学校校長などを歴任。退職後は教育アナリストとして活躍。内閣府規制改革・民間開放推進会議専門委員（平成十七、十八年度）。現在はNPO法人XYサタデースクール代表（http://xysaturday.hp.infoseek.co.jp/todatadao.html）、内閣府規制改革会議専門委員（教育・研究タスクフォース）。主な著書に『「ダメな教師」の見分け方』（ちくま新書）、『いま、「学校」から子どもを守るために親ができること』（講談社）、『女のメンツ男のしあわせ』『学校ってなんだ』（以上、日本教育新聞社）、『教育バウチャー─学校はどう選ばれるか』（共著、明治図書）などがある。で、あくまで私個人の理解による要約ではあるが、本書ではおおむね次のような内容が示されている。学校は教師（組合）、校長、教育委員会の馴れ合いによる「教育しがらみ共同体」であり、競争原理が働かず失敗してもほかの何かに取って代えられるという可能性がないため、社会保険庁などと同様に、自らの権威を保とうとするばかりで、サービスの向上に対する使命感・責任感が乏しい。こうした閉塞状況を打開するためには、学習者が教員の質を評価するシステムを確立した上で、学校を自由に選択できる「教育バウチャー制」を導入すべきである。教育学の世界では、この「教育しがらみ共同体」を守る側（御用学者？）と、攻める側で、見解が二分していて、両者の溝は深いらしい。世間に流布している言説を眺めるときには、こうした対立の構図を見抜く必要がありそうである。いずれにせよ、本書の内容に関しては毀誉褒貶はなはだしいらしいが、一人のインサイダーとして学校現場における馴れ合いの実態を見てきた著者による告発は、重く受け止めるべきであろう。日本語教育に関与する者の一人として、私自身が考えさせられたのは、学校の権威主義についてである。かつて私が非常勤講師として教えていた日本語学校では、教師はどんな場合でも（教師同士でも）「○○さん」ではなく「○○先生」と呼ぶことになっていた。しかし、この呼称は、教師が学習者よりも常に上位にあることを認識する（または、させる）ための言葉遣いでしかなく、なにやら権威主義の香りがして、私は好きにはなれなかったのである。この学校では、ほかにも、授業中に学習者の母語使用を禁ずるなど、権威主義的な傾向はそこかしこに見られたが・・・私自身も多かれ少なかれ権威主義的なところがあるため、そういうものには敏感なのであろう。まあ、ともあれ、こうした問題意識のおかげで、私の修士論文のテーマは「カナダにおける多言語・多文化主義」を経て「日本における外国籍児童・生徒の多言語教育」へと変遷したわけである。脱線したついでに、もう一つだけ余談を述べておこう。「教育（education）」と「学習（learning）」の違いに関してであるが、前者は指導者の存在が必須であるような感じがするのに対して、後者は必ずしも指導者を必要としないような気がする。「上から下へと教える・教わる関係」よりも「自律的な自学自習」のほうが、個人的には好きらしい。修士課程修了後は日本語教師に復職するよりも多言語・多文化教育コーディネーターになりたいと思うようになったゆえんは、このあたりの事情にあるのかもしれない。

  2007.09.30

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  ［VOYAGE-308］　読書／終わりの始まり。【2007.09.26 06:19:23】

  明け方まで弱い雨が降っていたが、その後は晴れて、気温が上がった。三多摩の府中のアメダスによれば、今日の日最低気温は19.2℃（05:40）、日最高気温は31.0℃（14:40）。3日ぶりの真夏日である。この暑さはいつまで続くのであろうか・・・。さて、まずは余談から。私の目に留まった新聞記事をいくつか並べてみよう。医療ナビ：尿路結石症　七転八倒の激しい痛み。防ぐにはどうしたらいいの。（MSN毎日インタラクティブ＝毎日新聞　2007年9月25日東京朝刊）国連気候変動会合：ゴア氏、シュワルツェネッガー氏が訴え（MSN毎日インタラクティブ　2007年9月25日12時51分）シュワ知事とゴア氏が「即時行動」呼びかけ　温暖化会合（asahi.com　2007年09月25日13時29分）富士山の大沢崩れ、アザミが防止…静岡大など効果確認（YOMIURI ONLINE　2007年9月25日14時37分）一番上の記事は、［VOYAGE-28］に始まり［VOYAGE-169］に至るまでの、私の健康状態に直結する話題である。実に興味深い。続く真ん中の二つの記事は、［VOYAGE-264］で取り上げた、アル・ゴア氏の近況である。相変わらずの活躍ぶりらしい。そして、一番下の記事は、［VOYAGE-98］や［VOYAGE-111］と関係がある。私の最初の海外旅行先は6年前の中国であったが、それは当時在籍していた大学の研究室を中心として、内蒙古自治区で「砂漠緑化フィールド研修」に従事してきたのである。その際、静岡大学農学部の学生も一緒であり、なおかつ植物が砂の移動を食い止めるということも経験した。そういう意味で、個人的にとても懐かしい気分にさせてくれる記事であった。※画像は北京から内蒙古へと向かう寝台列車の車窓。2001年8月に撮影。それでは、本題に移る。今日は読書ネタで、ちょうど300日前の［VOYAGE-8］の続編である。（蛇足であるが、300日前のブログの記事はこなれておらず、読むに堪えない内容かもしれない。とは言え、近頃の記事がこなれてきたかどうかは定かでないけれども・・・。）塩野七生氏の『ローマ人の物語29・30・31　終わりの始まり［上・中・下］』（新潮文庫）を読了したので、その読後感などを述べてみたい。巻名の「終わりの始まり」とは、言うまでもなく古代ローマ世界の「終わりの始まり」を指す。五賢帝最後のマルクス・アウレリウスの治世は、人々が賞賛するほどバラ色のものではなく、既に衰退が始まっていた・・・という意味である。前巻の主役はインフラストラクチャー（すなわち、モノ）であったが、本巻の主役は、皇帝マルクス・アウレリウス（在位、161～180 AD）皇帝コモドゥス（在位、180～192 AD）皇帝ペルティナクス（在位、193 AD）皇帝ディディウス・ユリアヌス（在位、193 AD）属州シリア総督ペシェンニウス・ニゲル属州ブリタニア総督デキムス・クロディウス・アルビヌス皇帝ルキウス・セプティミウス・セヴェルス（在位、193～211 AD）といった人物である。日本で言えば弥生時代に当たるが、西洋ではキラキラと輝く華々しい歴史のドラマが展開されていたのであった。※画像は202年に建てられたセヴェルス帝の凱旋門。2002年9月にローマで撮影。塩野七生氏の筆は冴え渡っている。この著者の面白さは、マキアヴェッリ（1469～1527）の著作に通じていることもあって、ただ単にエピソードを紹介するだけでなく、「人間社会の法則性」を明らかにしながら、さまざまな人物や事件などを説明しようとしている点であろう。たとえば、こんな感じである。　セヴェルスによる軍団兵の優遇策もまた、善意が必ずしも良き結果につながらないという、古今東西いやというほど見出すことのできる人間社会の真実の例証であると思う。いや、もしかしたら人類の歴史は、悪意とも言える冷徹さで実行した場合の成功例と、善意あふれる動機ではじめられたことの失敗例で、おおかた埋まっていると言ってもよいのかもしれない。善意が有効であるのは、即座に効果の表われる、例えば慈善、のようなことに限るのではないか、と。歴史に親しめば親しむほどメランコリーになるのも、人間性の現実から眼をそむけないかぎりはやむをえないと思ったりもする。＜下巻p.108＞本巻で私が最も興味深く読んだのは、言語や教育に関する部分であった。やや長くなるが、そちらも引用してみたい。　ローマ帝国は、ヨーロッパと中近東と北アフリカを網羅していた。ハドリアヌスの統治したローマ帝国がコスモポリタンな国家であったとは、後世の歴史家たちの一致した意見だが、別にそうと意識しなくても、教師の人選一つにもそれが反映していたのだ。ただし、興味深いのは、この人々が少年マルクスに教えたのは、それぞれの出身地方とはまったく関係のない学問であり、エリートとしての生き方にあったところである。バイリンガルだったローマ帝国の二大共通語はラテン語とギリシア語だったが、正しいラテン語やギリシア語を教える一方で、ラテン語でもギリシア語でも“ネイティヴ”でない生れゆえ、不純な言葉をはさんだり文法上の誤りを犯しがちな人の話も、不快感や軽蔑をあらわすことなく聴くよう教えている。最も重要なことは、相手が伝えようとしている内容を知ることであり、伝え方などは二次的なことだというのだ。相手の語法やアクセントの誤りは絶対に直してはならないという教えの理由が、統治者の前で沈黙するような人が多いようではかえって統治者側の利益にならない、というのだから立派だった。　このようなことを教えるのならば、帝国のどの地方出身などということは問題にならなかったはずである。青少年期のマルクスを導いた教授陣はその後もギリシアと中近東と北アフリカの出身者になるが、これも実力主義による選抜の結果にすぎなかったと思う。そして、この主義のおかげで登用された属州出身者のほぼすべてが、後代の歴史家が特筆するように、ガリア人、ヒスパニア人、ギリシア人、シリア人、北アフリカ人とはまったく考えず、ローマ人だと思っていたのである。自身はキングズ・イングリッシュを話しながらも、その点では問題がなくもない、植民地の人々の話す英語にも紳士的に耳を傾けた英国人は多かったにちがいない。だが、インドやシンガポールやエジプトの人々の中で、自分は英国人だと思っていた人はいなかったろう。これが、言葉ならば同じ「帝国」と呼ばれようと、ローマとイギリスの決定的なちがいであった。そして、少年時代という精神の形成期を、マルクス・アウレリウスは、ハドリアヌス帝によって絶頂に達した、コスモポリタンなこの雰囲気の中で過ごしたのである。だが、この後二年も経ない間に、マルクスの人生を大きく変えることが起ったのであった。＜上巻pp.46-47＞個人の使用言語とアイデンティティをめぐる問題は、2世紀のローマと現代の世界とでは、これほどまでに異なるらしい。こうした指摘はとにかく示唆に富み、いろいろと考えさせられるのである。

  2007.09.25

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  ［VOYAGE-288］　読書／戦国時代の大誤解。【2007.09.06 02:11:19】

  関東南部では、昨日の昼過ぎまでは晴れていたが、接近しつつある台風第9号（フィートウ）から南の暖かく湿った空気が流れ込んでいるために、昨日の夕方からは断続的に雷雨に見舞われている。三多摩の府中のアメダスによれば、昨日の日最低気温は22.1℃（05:50）、日最高気温は31.5℃（12:30）、そして今日の日最低気温は24.7℃（11:50）、日最高気温は27.9℃（10:30）であった。さて、実は一昨日の日帰り旅行に出る前に、一冊の書物を読了している。そこで、今日の記事では、その内容を紹介してみよう。鈴木眞哉氏の『戦国時代の大誤解』（PHP新書）である。時代小説やそれに基づくテレビドラマ（ひいては、世間一般あるいは学界ですら常識として信じられている歴史認識）には、史実とは異なる通俗的なフィクション（虚構）が数多く紛れ込んでいる。では、そうした通説はどこがどのように間違っているのか。その誤解の代表的な例を取り上げているのが本書である。第一章　怪しい人たち1．存在が怪しい人2．出自が怪しい人3．経歴が怪しい人4．名前が怪しい人5．風貌が怪しい人6．性格が怪しい人7．評価が怪しい人8．文字どおり怪しい人第二章　歪められたヒーローたち1．上杉謙信（一五三〇～一五七八）2．山中鹿介（一五四五？～一五七八）3．織田信長（一五三四～一五八二）4．明智光秀（？～一五八二）5．豊臣秀吉（一五三七～一五九八）6．前田利家（一五三七～一五九九）7．山内一豊（一五四六？～一六〇五）8．徳川家康（一五四二～一六一六）9．伊達政宗（一五六七～一六三六）10．宮本武蔵（一五八四～一六四五）第三章　ウソっぱちの名場面1．桶狭間の奇襲戦2．川中島の一騎打ち3．墨俣の一夜城4．三方原の戦いと家康神話5．騎馬VS鉄砲・長篠の戦い6．信長の鉄船7．高松城の水攻め8．「敵は本能寺にあり」と「是非に及ばず」9．天王山と洞ケ峠10．石垣山の一夜城11．勝つべくして勝った（？）関ケ原の戦い第四章　おかしな風景1．そうそう天下取りなど望まなかった戦国大名2．金銭を軽蔑しなかった戦国の武士たち3．「二君に仕えず」という観念はなかった4．百姓＝農民ではない5．めったに使われなかった実名6．種子島に初伝したわけではない（？）鉄砲7．竹槍・筵旗で一向一揆が勝てたはずがない8．戦国の馬はみなポニーだった？9．山城から平城への変化は鉄砲のせい？10．武士たちの食事は質より量第五章　不思議な合戦シーン1．敵はもとより味方すら把握できなかったらしい2．じつは長いあいだ戦場で威力を発揮していた弓矢3．槍は振りまわすもの、刀は片手で扱うもの4．鎧武者のチャンバラなどそうそうない5．石・礫をなめてはいけない6．馬上の槍働きはとても不自由7．甲冑着けて遠路の行軍？8．びっしり並んで鉄砲を撃つことなどできたのか？第一章の「怪しい人たち」って・・・ショッカー（世界征服を企てる悪の秘密結社）の改造人間を思い出してしまうのは私だけであろうか。それはさておき、たとえば今の大河ドラマでおなじみの山本勘助については、『甲陽軍鑑』には武田信玄の重臣として登場しているが、その『甲陽軍鑑』は勘助の息子が書いたとされ、軍師的存在として大活躍する勘助の実像は江戸時代からずっと疑問視されてきた。信玄の部将・山縣昌景の下にいた歩卒に過ぎなかったとの説もあったが、近年、古文書が発見され、信玄の側近の一人として他国の豪族に派遣されたことが確認されている。とは言え、戦国時代には、参謀長のような「軍師」ポストはまだ存在せず、後世の軍学者たちが自分たちに都合よく言い出したものであろう・・・と、本書では指摘されている。 で、この川中島の戦いに関しては、武田方の『甲陽軍鑑』と上杉方の「川中島五箇度合戦記」とで、前者が1561（永禄4）年9月10日、後者が1554（天文23）年8月と、時点からして違う上に、信玄・謙信の一騎討ちについても状況が異なる。前者の『甲陽軍鑑』では上の画像のように謙信が信玄の本陣に突入したことになっているが、後者の「川中島五箇度合戦記」では信玄の影武者（！）と謙信が川中に馬を乗り入れて馬上で一騎討ちをしたことになっているほか、信玄の本陣に突入して大将に斬り込んだのは謙信ではなくその家臣の荒川伊豆守であったとされている。が、どちらも信憑性に乏しく、後世の創作である可能性が否めない。そもそも当時の馬は今日ではポニー程度の大きさしかなく、重たい鎧武者を乗せて猛スピードで突進することはありえなかった。馬は戦闘手段というよりは、むしろ人や物を運ぶ輸送手段として役に立ったようである。鎌倉時代には文字通りの「騎馬武者」が馬上から弓を射ていたが、両手で操る槍の普及に伴って、戦国時代には戦闘に先立って下馬することが多くなったと考えられている。戦場で馬を使うのは、逃げる敵を追いかけるときと、自分が逃げるときくらいであったらしい。なお、本書ではないものの、かつて私が読んだ三池純正氏の『真説・川中島合戦　封印された戦国最大の白兵戦』（洋泉社新書y）によれば、武田方も上杉方も犠牲の多い決戦を望んでいなかったのに、濃霧の中でたまたま鉢合わせをした両軍が、偶発的に戦闘状態に陥って大量の戦死者を出してしまったのが真相ではないか・・・と述べてあったように記憶している。つまり、意図せざる乱戦の実態を隠蔽するために、粉飾されたストーリーが後で加えられた・・・というわけである。いずれにせよ、歴史的な事実というものは、面白おかしく伝える娯楽としての講談や、権力の正統性を示す神話などのように、（自分たちや権力者などの）誰かに都合のよい「物語」として、後世の人間によって書き換えられてきたのである。メディア・リテラシーというか、ヒストリー・リテラシーのようなものを、身につける必要があるかもしれない。「物語」は「物語」として受容（もしくは批判）しつつも、「史実」は別のところにあると考えるべきであろう。

  2007.09.05

• ［VOYAGE-281］　読書／アマチュア論。【2007.08.30 05:50:35】

  今日は曇りで、時々小雨がぱらついた。三多摩の府中のアメダスによれば、今日の日最低気温は22.7℃（06:40）、日最高気温は26.4℃（13:50）。今月に入って真夏日から解放されたのは、8月18日（土）、23日（木）に続いて3日目である。さて、まずは余談から。昨日から今日にかけて、目に留まった新聞記事を二つほど紹介しておく。牧太郎の大きな声では言えないが…：首相は「明和義人」を見よ！（MSN毎日インタラクティブ＝毎日新聞　2007年8月28日東京夕刊）大阪や東京、暑かった　熱帯夜が猛暑加速　８月平均気温（asahi.com　2007年08月29日11時57分）前者の毎日新聞の記事は、今から約240年前に、長岡藩で起こった歴史的事件についてである。1768（明和5）年、長岡藩に御用金延納の嘆願書を出そうとしていた新潟湊の町民・涌井藤四郎は、新潟町奉行所によって投獄される。それに激昂した町民たちが一斉に蜂起したことから、町奉行は藤四郎を釈放し、彼は藩に代わって町民自治を行ったのである。しかし、2か月後に藤四郎は藩の策略で捕らえられ、2年後に市中引き回しの上、斬首されてしまう・・・。この明和騒動を題材とした政令指定都市記念ミュージカル「明和義人」が、8月31日から9月2日までの3日間、新潟市民芸術文化会館（りゅーとぴあ）劇場で上演されるとのことであった。この記事の中で「パリ・コミューンより100年も前に町民自治が実現した」とあるが、戦国時代には博多や堺で、また江戸時代には酒田で、それぞれ町民自治（厳密に言えば「商人自治」か？）が実現していたはずである。そのあたりの言及に乏しいのがやや残念ではあるものの、こういう逸話は個人的には嫌いではない。後者のasahi.comの記事は、都市のヒートアイランド現象がこの夏の猛暑を一段と後押ししていることを、気象データによって実証するものである。私が書いたとおりで、思わずニヤっとしてしまった。それでは、今日の本題に移る。昨日に引き続いて、読書ネタ（第2弾）である。まるで、学期の再開を目前にして夏休みの読書感想文の宿題に追われている子供のようにも見えるかもしれない。が、別にそういうわけではない。読書をしながら、遠方から便りが到着するのを待っている・・・というのが、正確な心境であろう。それはさておき、勢古浩爾氏の『アマチュア論。』（ミシマ社）を読了したので、その読後感を記してみたい。「それでもプロか！」と言いたくなるような出来事は昨今、枚挙にいとまがない。こうした場合に必要なのは、「プロ意識」でも「プロ根性」でもなく、「アマチュア精神」である・・・と、著者は説く。では、その「アマチュア精神」とは何であろうか。それを論じているのが本書である。1　みんな「プロ」になりたい？2　生きる方法としてのアマチュア3　こんな「プロ」はいらない4　こんな素人もいらない5　こんなアマチュアになりたい6　これが負けないアマチュア的思考7　アマチュアは人間のゼネラリストである私は本書を読んでいて、問題提起そのものは悪くないと感じた（そうであるからこそ、私は本書を手に取ったのであろう）。しかし・・・その説明には、何か腑に落ちないものを覚えてしまった。その理由を以下に述べてみる。理由1．　定義の不明確さ本書では、最初に「プロ」の定義を確認しつつ、各界の論客の「プロフェッショナル論」を吟味している。それによると、「プロ」の定義は、（1）職業にしていること（その仕事で報酬を得ている）（2）人並外れた卓越した技量（知識を含む）を持っていることということになるらしい。で、世間一般では「プロ」と「アマチュア」は対概念であることから、プロアマチュア（P-1）報酬を得ている（A-1）報酬を得ていない（P-2）技量・知識が人並みでない（A-2）技量・知識が人並みであるとなるであろう。もっとも、技量・知識に関しては（A-2）レベルの「プロ」もいるし、（P-2）レベルの「アマチュア」もいる。ということは、「プロ」と「アマチュア」を分ける根幹の違いは（P-1）と（A-1）の差、つまり報酬の有無であろう。そこから派生して（P-2）と（A-2）の差、つまり技量・知識の差が出てくるわけであるが、それは枝葉の違いに過ぎないと言えよう。以上が世間一般での「アマチュア」の定義であるが、本書での定義はそうとは限らないようである。しかし、それは、本書全体を読み通せばおぼろげながら見えてくるとは言え、必ずしも明確な形では提示されていない。本書における「アマチュア」とは、結局のところ「プロ」＝　専門領域でのスペシャリスト（エキスパート）「アマチュア」＝　「人間」という総合領域でのゼネラリストというものを指すらしい。ここでの言葉の使い方（定義）は、世間一般とはかなり異なるのであるから、本書の早い段階で、もっと明確かつ端的な形で提示（定義）しておくべきであったと思う。理由2．　用語の混乱その「アマチュア」という用語を、本書の定義だけで使っていれば、まだ混乱は少ない。ところが、世間一般の定義（A-1またはA-2）で使っていると思われる部分も散見でき、本書を読んでいて「この“アマチュア”は一体どの意味で用いられているのであろうか？」と考えさせられる場面がしばしばあった。これは理由1．とも関係があり、「定義の不明確さ」が「用語の混乱」を招いている可能性も否定できまい。私なら、不明確さを避けるために、たとえば次のような用語を設定するかもしれない。（P-1）報酬を得ている＝　プロ（A-1）報酬を得ていない＝　アマチュア（P-2）技量・知識が人並みでない＝　玄人（A-2）技量・知識が人並みである＝　素人（P-1）プロ×（P-2）玄人＝　真のプロ（P-1）プロ×（A-2）素人＝　似非プロ（A-1）アマチュア×（P-2）玄人＝　ノンプロ玄人（A-1）アマチュア×（A-2）素人＝　真の素人本書で言うところの「アマチュア精神」とは、私の用語では「（P-1）プロ」か「（A-1）アマチュア」かを問わず、「（P-2）玄人」に「人間性・人格性」を加味したものになりそうである。理由3．　分類の不徹底第3章や第4章には「こんな「プロ」はいらない」「こんな素人もいらない」といった見出しがつけられているが、これらの章で俎上に載せられている「プロ」や「素人」はごちゃ混ぜである。「いらないプロ」は第3章に、「いらない素人」は第4章に、それぞれ分別・整理してから斬るべきであろう。ほかの章も同様で、章・節・段落といった組み立てをもっと意識して書けば、すんなりと理解しやすい文章構成になったのではなかろうか。理由4．　自己矛盾？本書は、「技量・知識」や「地位」や「金」などにモノを言わせて他人より自分を優先したがる人々をたしなめ、人間として当たり前のことができるような「アマチュア精神」を称揚するものである。その主張からは、倫理観とか美意識といったものが読み取れるに違いない。が・・・同時に本書では、他人のことを悪く言う場面が少なからずある。説明の都合上、やむを得ない部分もあるかもしれないが、本書自体がそうした「アマチュア精神」に反しているような気がして、ある種の自己矛盾を感じてしまったのである。他人のことを悪く言うのもほどほどに、といったところであろうか。また、本書では見落とされがちではあるが、「倫理観や美意識といったものは人それぞれ」という大前提も忘れてはなるまい。元・日本語教師の私は、作文指導の際、特に「文章構成」にうるさかった。文章全体での段落構成などが甘いと、辛い評価を下してしまう癖があるらしい。その片鱗は［VOYAGE-200］や［VOYAGE-258］でも見ることができるはずである。いずれにしても、この『アマチュア論。』（ならぬ『甘チュア論。』？）は、内容としては示唆に富み、それなりに感銘も受けた。ただ、文章構成の面でやや難があり、その示唆を得るためには相当に噛み砕く必要があるかもしれない・・・と、評しておこう。

  2007.08.29

• ［VOYAGE-280］　読書／「雲」の楽しみ方。【2007.08.29 05:18:45】

  今日は宵のうち（18時52分～20時23分）に皆既月食が見られるはずであった。2007年8月28日　「皆既月食どんな色？」キャンペーン：国立天文台AstroArts: 【特集】2007年8月28日 皆既月食ところが・・・関東南部には前線が南下してきているため、午前中は時々日が差したものの、雲の多い一日となり、19時過ぎには雷雨にも見舞われた。こうして、皆既月食の観望は絶望的な状況となってしまった。ちなみに、三多摩の府中のアメダスによれば、今朝の最低気温は24.6℃（04:20）、日中の最高気温は33.1℃（13:10）、そして日最低気温は23.6℃（23:30）。5日連続の真夏日であった。さて、今日の記事は、昨日書けなかった読書ネタである。［著］ギャヴィン・プレイター＝ピニー氏、［訳］桃井緑美子氏の『「雲」の楽しみ方』（河出書房新社）を読了したことから、それを紹介してみたい。著者はロンドンに住む英国人で、クラウドウォッチングを趣味とするあまり、2004年に「雲を愛でる会（The Cloud Appreciation Society）」を設立している。その会員から「何かお勧めの本はないか」と問われ、いろいろと探し回ったものの、いい本が見つからなかったため、自ら執筆してしまった・・・というのが、本書誕生のいきさつである。2006年に出版されるや否や、英国ではベストセラーになったとのことである。冬はめったに晴れることがなく、厚い雲が陰鬱な天気をもたらすはずの英国で、雲が好きな人などいるのか・・・と、私は意外に思ったものである。しかし、英国では天気が変わりやすく、好むと好まざるとにかかわらず、空模様は身近な話題になるらしい。で、本書の内容の紹介に入る前に、基礎的な用語を説明しておこう。例によって私の電子辞書からの引用である。十種雲形［ジッシュウンケイ］（ten typical forms of clouds）マクロに見た雲の形は1803年イギリスのL.ハワードによって分類され、96年それを基にして10種類の雲の基本形がつくられた。現在使われている分類は、世界気象機関（WMO）の1956年版の国際雲級帳に従っている。雲形を10種類の基本形に分類し、さらに種、変種として分類を細分化する。十種雲級ともいう。『ブリタニカ国際大百科事典』じっしゅうんけい【十種雲形】国際的に定められた雲形の分類のうち最も基本的な〈類〉としてあげられている10種。国際名、国際記号が定められている。雲の形を幕状と団塊状に大別し、次に出現する高さ、雲粒が水滴か氷晶かによって次の10に分類したもの。巻雲Ci、巻積雲Cc、巻層雲Cs、高積雲Ac、高層雲As、層積雲Sc、層雲St、乱層雲Ns、積雲Cu、積乱雲Cb。『百科事典マイペディア』本書では、この「十種雲形」の一つ一つを中心として、各章が構成されている。以下の表は、その目次の一部を兼ねるものである。部章類（10種雲形）俗称種変種副変種1）低層雲1対流雲積雲綿雲積み雲扁平雲並雲雄大雲断片雲放射状雲頭巾雲アーチ雲ベール雲ちぎれ雲尾流雲漏斗雲降水雲2積乱雲入道雲かみなり雲無毛雲多毛雲なし降水雲頭巾雲尾流雲ベール雲ちぎれ雲アーチ雲かなとこ雲漏斗雲乳房雲3層雲霧雲霧状雲断片雲不透明雲半透明雲波状雲降水雲4層積雲うね雲むら雲くもり雲層状雲レンズ雲塔状雲不透明雲半透明雲隙間雲二重雲波状雲放射状雲蜂の巣状雲乳房雲尾流雲降水雲2）中層雲5高積雲うろこ雲さば雲ひつじ雲むら雲層状雲レンズ雲塔状雲房状雲不透明雲半透明雲隙間雲二重雲波状雲放射状雲蜂の巣状雲尾流雲乳房雲6高層雲おぼろ雲なし不透明雲半透明雲二重雲波状雲放射状雲尾流雲降水雲ちぎれ雲乳房雲7乱層雲雨雲・雪雲なしなし降水雲尾流雲ちぎれ雲3）高層雲8巻雲すじ雲毛状雲鉤状雲濃密雲塔状雲房状雲もつれ雲放射状雲肋骨雲二重雲乳房雲9巻積雲うろこ雲さば雲いわし雲まだら雲層状雲レンズ雲塔状雲房状雲波状雲蜂の巣状雲尾流雲乳房雲10巻層雲うす雲毛状雲霧状雲二重雲波状雲なし第1部　低い空の雲第1章積雲─うららかな空にぽっかり浮かぶ「綿雲」第2章積乱雲─そそり立つ怒れる王「かみなり雲」第3章層雲─低くたれこめた幽玄の世界「霧雲」第4章層積雲─つぎつぎと衣装を替える千変万化の「くもり雲」第2部　中間の空の雲第5章高積雲─空に勢ぞろいする「ひつじ雲」第6章高層雲─朝夕に一瞬きらめくが凡庸な「おぼろ雲」第7章乱層雲─厚く空を覆って涙の滴を落とす「雨雲」第3部　高い空の雲第8章巻雲─氷の結晶がつくる繊細な天使の髪「すじ雲」第9章巻積雲─魚市場で見つけた小雲のさざ波「鯖雲」第10章巻層雲─高い空から光の微笑みを投げかける「うす雲」第4部　忘れちゃいけない……第11章変わり種や成層圏などの雲─地味だけど立派な雲の仲間たち第12章飛行機雲─雲界一の伊達男にして問題児第13章モーニング・グローリー─めったに見られない黄金の雲この種の本は通常、気象学のジャンルに属し、いかにも教科書的な説明に終始することが多い。ところが、本書は、そういう大気物理学の解説もあるとは言え、それに加えて神話伝説、宗教学、哲学、文学、絵画、音楽、映画、あるいは実際に起きた出来事など、それぞれの雲にまつわるさまざまなエピソードが満載されている。つまり、文系の人にとっても理系の人にとっても、ともに魅力的な内容になっているのである。まあ、初心者にはやや難解な部分もあるかもしれないが、気象予報士試験を目指すくらいの人であれば、十分に理解できるであろう。本書で異色なのは、第4部（第11章～第13章）である。「十種雲形」以外の要素をも取り上げている「教科書」はそんなに多くない。特に第12章の「飛行機雲」については、地球温暖化への影響にも言及があり、目からウロコが落ちた次第である。実は、私個人の過去の話になるけれども、仕事のストレスと残業代（超過勤務手当）がたまる一方であったサラリーマン時代に、それらを放出するために週末に飛行機に乗りまくっていたことがある。その際、機内から見える雲の種類が、上空の高さによってだいぶ異なることに気づいた。私が気象予報士の資格を取得しようと思ったのは、そうした多層的な雲の光景に接したのがきっかけであったと言える。ゆえに、飛行機には格別の思い入れがある私にとって、この章は非常に興味深く拝読した。いずれにしても、めったにお目にかからないレアな項目の記述も、本書では少なくないのである。ビジュアルはそんなに豊富ではないものの、内容（文章）の充実度は折り紙つきと言えよう。「行雲流水」あるいは「水の循環」などに興味のある人は、本書を一度ぜひ手に取っていただきたい。

  2007.08.28

• ［VOYAGE-258］　読書／世界共和国へ。【2007.08.06 20:48:03】

  今日も一日よく晴れた。三多摩の府中のアメダスによれば、日最低気温は23.5℃（02:00）、日最高気温33.5℃（12:00）。昨夜の雷雨のおかげで熱帯夜にはならなかったものの、6日連続の真夏日である。さて、今日の記事は、読書ネタである。柄谷行人氏の『世界共和国へ―資本＝ネーション＝国家を超えて』（岩波新書）を読了したので、この印象などを記してみたい。日本語教育に携わる私としては、「国民」とか「国家」といった存在を常に意識せざるを得ない（むしろ、「卵が先か、鶏が先か」ではないが、そういう意識を持っているからこそ日本語教育の世界に踏み込んだ、と言うべきかもしれない）。で、そうした存在がはらむ暴力性を、どうしたら克服（ないしは軽減）できるのか・・・というような問題関心から、本書を手にした次第である。なお、この本は、2007年6月5日に、『発信力』と同時に購入した、と私の金銭出納帳には記録されている。つまり、読み終えるまでに、実に2か月を要したことになる。速読（あるいは即読）主義の私にしては、随分とゆっくりとしたペースであった。この間に私自身が忙しかったせいもあろうが、なかなか読み進めにくい内容であり、読むのをしばらく放置していたこともその一因であろう。内容そのものについては、最初から最後まで読み終えてしまえば、そんなに難解ではないと思われる。ところが、この「最初から最後まで読み終えてしまえば」という条件を満たすのが容易ではなかった。要するに、構成の面で、ちょっと苦しいのである。以下にその一例を示そう。　人類はいま、緊急に解決せねばならない課題に直面しています。それは次の三つに集約できます。　　１　戦争　　２　環境破壊　　３　経済的格差　これらは切り離せない問題です。ここに、人間と自然との関係、人間と人間の関係が集約されているからです。そして、これらは国家と資本の関係に帰着します。国家と資本を統御しないならば、われわれはこのまま、破局への道をたどるほかありません。　これらは、一国単位では考えることができない問題です。実際、そのために、グローバルな非国家組織やネットワークが数多く作り出されています。しかし、それが有効に機能しないのは、結局は、諸国家の妨害に出会うからです。資本に対抗する各国の運動は、つねに国家によって分断されてしまいます。　では、どのように国家に対抗すればよいのでしょうか。＜以下、略＞この問いかけが本書の冒頭で示してあれば、読者としても本書の狙いを十分に把握した上で読み進めることができるに違いない。しかし、「あとがき」を除けば本文は全部で225ページある中で、上の文章は224ページから225ページにかけて（まさに最後に）登場するのである。順序が逆であろう。本書は何のために、どういう順序で書かれているかというアナウンスをほとんどしない（いや、していることはしているのであるが、読者には何のことやらさっぱり理解できない）まま、突っ走ってしまっている。ゆえに、最初から最後まで読み終えてしまえば、著者の意図は（多少の取りこぼしはあるにしても）どうにか理解できる・・・とは言え、読み終えるまでがとにかく一苦労であった。で、本書の内容としては、資本＝ネーション＝国家という結合体がそれぞれに異なる「交換様式」に基づいて成立していることを、人文・社会科学全般にわたる幅広い学説史・思想史などを参照しながら解き明かしている。資本制社会構成体の構図四つの交換様式Aネーション互酬（贈与と返礼）B国家再分配（略取と再分配）C資本商品交換（貨幣と商品）DアソシエーションX（現実に存在しているわけではないが、つねに理念としてありつづけるような形態） → 商品交換（C）という位相において開かれた自由な個人の上に、互酬的交換（A）を回復しようとするものその上で、この結合体を超える道筋として、カント（1724～1804）の「世界共和国」という考え方を紹介している。うーむ。原潜「やまと」ならぬ言泉「やまと」を名乗る私としては、海江田四郎や大滝淳などの思想に共通するものを覚えた。あるいは、かわぐちかいじ氏の『沈黙の艦隊』自体が、カントの影響を受けているのかもしれない。ちなみに、余談であるが、このカントのことを私の電子辞書で調べていたら、この人の祥月命日は司馬遼太郎氏と同じ2月12日であることが分かった。何という運命のめぐり合わせであろうか。最後に、「あとがき」には、本書では、学説史や歴史的な背景その他については簡単にしか触れていない。詳細については、『トランスクリティーク』やその続編などの著作を参照していただきたい。とある。確かに、それらについてはあまり整理されていないように感じた。それを整理するだけでも、学部向けの社会科学の教科書が一冊書けそうである・・・と思ってしまった。それほどまでに幅広い内容を網羅している本書は、とにかく読み応えのある一冊であると言える。

  2007.08.06

• ［VOYAGE-250］　読書／プリンシプルのない日本。【2007.07.30 06:08:51】

  ついに、参議院議員通常選挙の当日である。が、その件については、明日以降の記事でじっくりと取り上げたいと思っている。今朝は三多摩の府中でも夜間の気温が25℃以上で、今年初の熱帯夜となった。昼過ぎまでは時々日が差して気温が上がり、アメダスによれば、13時00分に日最高気温32.2℃を観測した。6日連続の真夏日である。しかし・・・その90分後の14時30分には、気温は22.7℃にまで急激に低下した。この間に、上空に寒気が流れ込んで大気の状態が不安定になり、激しい雷雨に見舞われたためである。その後、気温はいったん上昇に転じたものの、宵のうちにも激しい雷雨があり、24時00分に日最低気温22.4℃を記録した。降雨・止雨を司る水の神様は、なぜ、このタイミングで雨を降らせたのであろうか？この天気が選挙結果にどういう影響をもたらすのか・・・は、気になるところではある。さて、今日の記事は、読書ネタである。昨日、旧白洲邸・武相荘を訪れる直前に書店で購入した本を、一気に読了した。それは、白洲次郎氏の『プリンシプルのない日本』（新潮文庫）である。昨日の記事があまりに長くなりすぎることと、今日書き込むネタがなくなる可能性があることの、二つの理由から、昨日の記事では白洲次郎氏および武相荘についての説明を最小限にとどめた。今日の記事では、まず、本書の冒頭に収録されている今日出美（こん・ひでみ）氏による評伝「野人・白洲次郎」から、興味深いエピソードを引用しておこう。なお、下の文章中の「僕」は今日出美氏、「彼」は白洲次郎氏を指している。　僕は度々書いたが、彼は戦前日米戦争が不可避だと予言していた。その時は蒋介石を相手にせずと日本が言っていた頃である。そして日本人の大部分が米国と戦うなどとは思ってもみぬ頃である。そして必ず日本が敗北し敗北の経験のない日本人は飽くまで抗戦して、東京は焼野原になるだろうともいった。　そこで彼は地の理を研究して現在の鶴川村に戦前の疎開を敢行したのである。敗け込むと食糧難に陥ることも彼の予見で、百姓になって人知れず食糧増産に心がけていた。＜以下、略＞こうした読みに基づいて、鶴川村（現・町田市）の茅葺きの農家が購入され、「旧白洲邸・武相荘」となったのである。プリンシプルを尊重する人物ならではの、実に鋭い感性であろう。その鋭い感性は本当に研ぎ澄まされていて、彼の批評はさまざまな対象に向けられていく。本書は、彼が雑誌などに寄稿した直言を一冊にまとめたものであるが、そこでの「小見出し」を拾っていくと、彼が俎上に載せているものはおおよそ分かるはずである。以下に列挙してみたい。日曜日の食卓にて─日本人についての雑談イギリスという国／経済合理化未だし／電力会社／日本人気質あれこれ／吉田さんのこと／親譲りの傍若無人（『文藝春秋』1951年9月号）おおそれながら智恵なき国民／軟弱なら軟弱外交らしくせよ／小役人根性はやめろ／再登場の政治家たち／只見川水利権問題に寄す／新生活運動と時代感覚／政治家の「ハラ」ほど愚劣なものはない（『文藝春秋』1952年10月号）腹たつままに内紛より選挙民の気持を考えよ／私の気付いた憲法改正の要点／政府の解散権大いに結構／米人よ、御都合主義を止めよ／特需のダンピングは止めよ／経営者の小児病を笑う（『文藝春秋』1952年11月号）頬冠りをやめろ─占領ボケから立直れひとりよがりの馬鹿らしさ／八方美人が多すぎる／血税濫費の「御接待」／産業界の占領ボケ／国家補助金を当てにするな／もう一度戦争責任を考えよ（『文藝春秋』1953年6月号）だいなし─借り物民主主義から脱却しようトラックから落ちた!!／智恵のない超党派声明／私の輸出増進策／借り物「男女同権」／おくりもの憲法を改正せよ／法定選挙費廃止案（『文藝春秋』1953年7月号）嫌なことはこれからだ─勇気と信念をもって現実を直視しよう不幸続きの昭和二十八年／アブク銭の悪夢を捨てるべし／二度と造りたくない「国防国家」／保安隊と国家経済／米の輸入を国民は看視せよ／池田特使は成功した／イエス・マンを反省せよ／現実を直視する勇気と信念（『文藝春秋』1954年1月号）まっぴら御免─憤懣やる方なきこの頃の世の中汚職問題八つ当り／分派行動の出発的点／重光名総理論／反米思想の根因／思い上がった人間／世界は段々小さくなる／政府が金を出す大企業（『文藝春秋』1954年7月号）占領政治とは何か─己所不欲 勿施於人憂鬱な思い出／本国めあての対日政策／骨のある奴はいない／往復ビンタを喰った日本／食わしてくれて有難う（『文藝春秋』1954年7月臨時増刊号）聴け！　素人百姓の声─コンクリートのアゼ作り政府公認の兼業農家／呼掛けは現場でやれ／直結せぬ農事試験場／余暇こそ向上への道／労力省け面積ふえる（『日本経済新聞』、1954年11月18日）仏の顔も三度まで─他力本願の乞食根性を捨てよ早期辞職説の根拠／韓信またくぐり／もうけ放題のセメント／力には力で当れ／清新強力な政権／腹の立ちっぱなし（『文藝春秋』1954年12月号）政界立腹帖─一寸一言・八つ当り集日ソ交渉の重点／農相に礼をいうべし外務省／総裁公選は書生論／砂川事件の背後（『文藝春秋』1956年12月号）プリンシプルのない日本もっと安保を考えよう／新憲法は押しつけ／自由化に自信を持て／沖縄よ早く還れ（『諸君！』1969年9月号）吉田茂は泣いている近衛さんの強気と弱気／タフトとパールの正義感／「象徴」のはじまり／辞めどきをあやまった吉田老／マスコミの猛省をうながす（『諸君！』1969年10月号）「小見出し」のない文章は記述を省略したが、政治家・官僚・経済界・マスコミ・国民・諸外国に至るまで、あらゆる対象を斬りまくっていることが理解できよう。本書の巻末には、辻井喬（つじい・たかし）氏による「プリンシプルのあった人」という人物評が添えられている。その中から、私が同感したことを、いくつか引用しておこう。　ケンブリッジで学んだ白洲次郎は本質的には極めて礼儀正しい紳士であった。彼は「身分に関係なくお互いに人間的な尊敬を払うこと」を大切と考え、そうすることこそ「ほんとうの民主主義というもの」と考えていた。＜以下、略＞　精神的に貴族だと彼のことを見ていた人は、こうした意見を見て驚くに違いない。しかし、精神的に貴族だからこそ、欲得に目が曇らず物事の本質を見抜けるのだと考えることは出来ないだろうか。＜以下、略＞　こうした議論を通して現れてくるのは、白洲次郎という人格の大きさであり「自由度」の広さである。彼はどんな勢力にも人物にも、気兼ねをして自説を抑えたり、曲げたりするようなことを絶対にしない。＜以下、略＞　こうして、この著作集は、全巻至るところに鋭い文明批評があり、歯に衣を着せない批判があり、それでいてなんとも暖かく、いろいろな個性をも包み込む人間味を感じさせる。この『プリンシプルのない日本』におさめられている論文は、かなり昔に書かれたものも含まれているのだけれども、いずれもそのまま二十一世紀初頭の我が国への忠告として読むことができると思われる。　それは、白洲次郎が生きた時から、我が国が少しも進歩していないということなのか、あるいは、正しい見解というものは何時の時代にあっても通用する、いわゆる不易流行ということなのだろうか。おそらく、その両方の事をこの著作集は教えてくれるように私には思われる。＜以下、略＞自分の言葉を使わずに、他人の評論を長々と引用ばかりしていると、白洲次郎氏に叱られてしまいそうなので、この辺で止めておく。ともあれ、彼の指摘は必ずしも的を射ているとは限らないが、とにかく率直な言い方には一服の清涼剤のような爽快さがあり、ある種の感銘すら覚えてしまう。「お見事」と言うほかはあるまい。

  2007.07.29

• ［VOYAGE-223］　読書／評伝シャア・アズナブル。【2007.07.03 02:51:26】

  今日は午前中に雨がぱらつく時間帯もあったが、おおむね曇っていた。三多摩の府中のアメダスによれば、今日の最低気温は21.2℃（23:40）、最高気温は25.1℃（13:50）。ギリギリで夏日になったものの、実に涼しい一日であった。さて、今日の記事は、読書ネタである。数日前に、皆川ゆか氏の『評伝シャア・アズナブル─《赤い彗星》の軌跡─上・下』（講談社）を読了した。そもそも私が本書を読もうと思ったきっかけは、日本書店商業組合連合会の「春の書店くじ」で4等賞（100円＝図書購入時に充当）が当たったことである。その賞品引き換え期間が6月30日までであったため、「何か買わねば」と、書店の店頭で平積みになっていた本の中から急いで適当に探したところ、たまたま私の目に留まった・・・という因縁であった。それはともかく、本書の内容について。『機動戦士ガンダム』『機動戦士Zガンダム』『機動戦士ガンダム　逆襲のシャア』で描かれた《赤い彗星》シャア･アズナブルの人生にまつわる定説やさまざまな異説などをよく調べ、それらを一つ一つ丁寧に収録して集大成した物語である。未来の第三者が、過去の人物の言動とその歴史的背景を、時系列的に述べていく・・・という「評伝」のスタイルを採用している。面白いのは、本書での用語が、徹底して「シャアの視点」で選ばれていることである。たとえば、（一般的な呼称）（本書での呼称）　ガンダム→　『白いヤツ』　ホワイトベース→　『木馬』　セイラ・マス→　アルテイシアといった感じである。また、本書では、このシャア・アズナブルという人物を読み解くキーワードとして、『公』と『私』を挙げている。『公』『私』一年戦争（ジオン公国VS地球連邦政府）シャア・アズナブル：地球を保護するために宇宙に住む人類として「人の革新」を体現するエース・パイロットキャスバル・レム・ダイクン：父ジオン・ズム・ダイクンを暗殺したザビ家一門に対する復讐者グリプス戦役（エゥーゴVSティターンズ）シャア・アズナブル：「ジオン・ダイクンの遺児」にして「一年戦争の英雄」という政治的指導者（偶像）クワトロ・バジーナ：一人のMSパイロット第二次ネオ・ジオン戦争（ネオ・ジオンVS地球連邦政府）シャア・アズナブル：「全人類のニュータイプ化」という目標を掲げて地球寒冷化を進める傲慢なネオ・ジオン総帥シャア・アズナブル：自己に対する深い懐疑（「二流のニュータイプ」としての自覚）を抱える独りの男こうしたキーワードの設定が実に興味深い。『公人』と『私人』との間を揺れ動く仮面の男・・・であるからこそ、人間シャア・アズナブルは魅力的に見えるのであろう。本書はシャア・アズナブルを題材とした歴史小説とも言える。『機動戦士ガンダム』の世界観と一般的な「歴史小説」の双方が好きな人には、たまらない一冊（「上」と「下」で二冊？）になるはずである。

  2007.07.02

• ［VOYAGE-200］　読書／発信力。【2007.06.10 09:43:28】

  上空の寒気の動きが遅く、今日も各地で断続的に激しい雨が降っている。三多摩でも、山沿いの多摩西部のみならず、ほぼ全域で時々雨が降ったようである。なお、府中のアメダスによれば、気温は昼前をピークに下がり始め、最低気温は17.5℃（24:00）、最高気温は25.1℃（10:30）と、やや涼しい一日であった。さて、今日の記事は、久々に読書ネタである。樋口裕一氏の『発信力　頭のいい人のサバイバル術』（文春新書）を読破した。まずは少々長くなるが、その目次を引用しておきたい。まえがき第1章　これからは発信の時代である　これからは発信の時代である　情報社会では評価はアピールで決まる　あまりにひどい現代人の文章力　引っ込み思案の日本人　表現の意欲を持たない　掲示板　パクリ社会・日本　コミュニケーション不全社会の到来第2章　受信社会・日本　日本の集団主義の原因　オタク社会・日本　社会性を持たない日本人　社交性　出生率低下も受信のせい？　発信教育を受けない日本人　受信中心の国語教育　作文主義　発信力を奪う従来の作文教育　読書不足も発信力低下を招く第3章　発信社会を生き抜くための25の心構えとテクニック　今の自分をのりこえる！　　1.人間は可塑的である　　2.セルフイメージにこだわるな　　3.おもてに表れないものは存在しない　　4.外見を軽視してはならない　　5.君子は豹変するべきである　今の自分以上のものを示す！　　6.社交とは化かしあい　　7.アピールするのは義務である　　8.自分のことは棚に上げろ　明確に意見を言う！　　9.上手に自慢せよ　　10.反論するのは義務である　　11.イエス・ノーを明確にせよ　萎縮せずにどしどしアイデアを出す！　　12.面白半分の心を持て　　13.満点をめざすな　　14.「ヘタな鉄砲、数うちゃ当たる」方式で　　15.たたき台と思え　言うべきことはたくさんある！　　16.真実は一つではない　　17.待たないで、自分でコントロールせよ　　18.自分の立場をはっきりさせよ　　19.正義は方便である　発見せよ！　　20.問題発見能力をつけよ　　21.敢えてひねくれよ　うまく生きよ！　　22.ギブ・アンド・テイクを心がけよ　　23.人間との交際は利害重視に徹せよ　　24.やれば、相手は何も言えなくなる　　25.受信は盗むため第4章　発信力をつける　まずは小論文から練習せよ　小論文とは何か　　文体上の注意　　「型」を身につけよ　　小論文の型　　3WHAT、3W、1Hで物事を分析する　話をするときも、文章と同じ要領で　　空気を見て話をする　　相手の話をきちんと理解するあとがきこの目次を読めばお分かりのように、現代の日本社会が抱えている発信・受信の問題を「日本人論・日本文化論」や「教育論」の視点から指摘した上で、うまく発信・受信していくための心構えやテクニックを具体的に紹介する・・・というのが、本書の構成である。本書で述べられている「日本人論・日本文化論」や「教育論」については、同意できるような気もするし、できないような気もする。詳しく検討してみたいところではあるが、記事が長くなってしまうため、ここでは省略する。むしろ、私が難癖を付けたいのは、第4章における「小論文の型」である。●第一部……問題提起　全体の一〇パーセント前後。ここで、問題点を整理して、イエス・ノーを尋ねる問題提起をする。●第二部……意見提示イエス・ノーのどちらの立場なのかをはっきりさせる部分。全体の三〇～四〇パーセント前後。ここは、「確かに」と始め、反対意見についての目配りを書いた後に、「しかし」と切り返して、自分の意見を書くという形をとるとうまくいく。こうすることで、反対意見もきちんと踏まえ、論を深めることができる。ただし、ここで書き過ぎてしまうと、次の展開部で書くことがなくなってしまうので、ここでは自分の説と反対の意見を示すことに力を入れて、展開部で書くことを予告するくらいでやめておくのがうまい手だ。●第三部……展開小論文のクライマックス。全体の四〇～五〇パーセントくらい。第二部でイエス・ノーの立場を示したわけだから、ここでその理由を書く。自分の体験などを例にとって、イエス・ノーの理由を書いてもよい。また、イエスで答えたいときには、その対策を書くのでもよい。●第四部……結論もう一度全体を整理して、イエスかノーかを確認する。全体の一〇パーセント以下でいい。努力目標や余韻を持たせるような締めの文などは必要ない。確かに、こういう「4部構成」による書き方も不可能ではない。しかしながら、そもそも「起承転結」という古典文学的なスタイルに由来する「4部構成」では、小論文全体の論理構造がやや分かりにくくなってしまうため、初心者にはあまりおすすめできない。私自身は、大学の学部のときに、外国語科目としての英語教育（English Language Program）において「英文構成法（Academic Writing）」を徹底的に仕込まれた経験を持つ。その授業で使っていた『College Writing Skills』という教科書では、すべての文章の基本は「3部構成」、すなわちintroduction（序論）とbody（本論）とconclusion（結論）である。また、小論文ではbody（本論）を3つの段落に分け、1段落につき1つずつ、合わせて3つの論点を、具体的な根拠とともに示すべきである。と、習ったものである。ちなみに、私が日本語学校で中級～上級の学習者に教えていた「600字の意見文」の書き方は、以下のようになる。こちらも、基本的には「3部構成」である。A）書き出し：　読む人の興味を引くような出来事。B）問題提起：　その中で、自分は何が問題だと思っているのか。C）自分の考え・立場：　その問題について自分はどう考えているのか。D）理由＆具体例：　どうしてそう考えるのか。　1）「なぜなら、・・・からだ。」　2）「また、・・・からだ。」E）予想される反論：　自分の考えと違う考えの人の意見。F）Eの意見への反論：　違う考えの人をどう説得するか。　1）「確かに、・・・。」（Eの意見を認める）　2）「しかし、・・・。」（それでも自分の意見のほうが正しいことを言う）G）結論：　EFも考えて、もう一度自分の意見をまとめる。　1）「だから、・・・。」こうした「3部構成」のほうが、論理構造がすっきりしていて、理解しやすいと思われる。まあ、上の「600字の小論文」のDとEFの順序をひっくり返せば、本書の「4部構成」とほぼ同じになる。ただ・・・自分の主張を展開する前に他人の主張を批判するのは、どうであろうか。口頭での議論などであればそういうスタイルも十分ありうるが、（初心者向けの）小論文の型としては賛成しかねる。いずれにせよ、細かい部分ではあるものの、本書における小論文の書き方については、私にはちょっと異論がある。発信することの重要性を説く本書の全体的な価値を否定するものではないが、受信する側の理解力をもっと考慮した発信を心がけるべきであったと思う。

  2007.06.09

• ［VOYAGE-158］　読書／戦争指揮官リンカーン。【2007.04.29 02:02:12】

  今日はゴールデンウィーク（GW）の初日である。私自身は夕方から、所用で湘南の実家に帰省している。午前中は晴れていたが、午後から曇ってきて一時的に雷雨が通り過ぎ、その通過の際に気温が5～8℃ほど一気に低下した。上空に寒気を伴う気圧の谷が、北西から南東へと駆け抜けたせいであろう。さて、今日の記事では、昨日読み終わった本の紹介をしたい。内田義雄氏の『戦争指揮官リンカーン　アメリカ大統領の戦争』（文春新書）である。序章　アメリカにとって「正義の戦争」とは？第1章　リンカーンはなぜ勝つことができたか？第2章　首都に危機せまる　～カーネギーがつくった戦争省電信室～第3章　「わが軍敗走中」　～電信が初めて伝えた戦争・ブルランの戦い～第4章　戦わぬ将軍はクビだ　～リンカーンの将軍操縦法～第5章　「無条件降伏せよ！」　～北軍にグラントあり～第6章　電信で戦争を指揮できるか？　～リンカーンの挑戦～第7章　奴隷解放も戦争だ！　～「奴隷解放宣言」前夜～第8章　「戦争はむごい方がいいのだ」　～リー将軍の北部侵攻作戦～第9章　一通の電信が北軍を救う　～ゲティスバーグの戦い～第10章　「リーをなぜ捕らえないのか！」　～打電されなかった大統領の電文～第11章　電信不通　～グラント将軍のミシシッピ川隠密作戦～第12章　「とことん噛みつき噛み殺せ！」　～リンカーンの最後の賭け～第13章　「神と人間性の名において抗議する」　～南部壊滅作戦の代償～終章　「現実の戦争は書かれることなし」　～「正義の戦争」の誤算～太平洋戦争＝第二次世界大戦（1941～45）にしても、ベトナム戦争（1964～75）にしても、現在のイラク戦争（2003～？）にしても、アメリカ合衆国が戦争を行う際には大統領が「自由と民主主義のための正義の戦争」であることを主張し、そうした大統領の戦争を国民の大多数が支持してきた。そのパターンの原型を作り出したのが、南北戦争に勝利した第16代大統領リンカーン（1809～65）であった。本書では、アメリカ合衆国の戦争観を理解する上で重要な、南北戦争の経過を振り返る。特に、大統領が自ら、当時の最先端のITであるモールス電信を駆使して戦争を指揮していた、という事実に注目している点が興味深い。［VOYAGE-68］および［VOYAGE-73］でも告白しているように、（奴隷を解放した）理想主義者の先達として、また誕生日が同じというよしみからも、私はリンカーンに深い関心を寄せていた。が、本書を読み終わってみると、リンカーンといえども単なる理想主義者ではなく、極めて現実的な政治家であったことが理解できた。別に失望したわけではなく、人の世は所詮そういうものなのである、と納得した次第であった。いずれにせよ、本書は、戦記モノとしても読み応えがある。歴史や政治に興味のある方には、一読をおすすめしたい。

  2007.04.28

• ［VOYAGE-130］　読書／東アジア共同体をどうつくるか。【2007.04.01 16:52:02】

  大学通りのソメイヨシノは9分咲き（ほぼ満開）といった感じで、ヤマザクラやオオシマザクラなどとともに、見ごろを迎えている。今日は土曜日ということもあり、おかげで大学通りはたくさんの人や車で混雑していた。ただでさえ歩行者の数がいつもより多い上に、花見客の足取りは非常に遅く、加えて「今が書き入れ時！」とばかりに通りの店舗が歩道にはみ出して商品を並べたりしていたため、歩道はとても歩きにくかった。また、迷惑な路上駐車やスピードを落とした余所見運転も目立ち、中には車同士の接触事故などもあったりして、車道の渋滞もひどかった。ちょっとした騒動である。さて、今日のお題は、久々に読書である。カナダ＆アメリカへの旅行の際に読み始めていた、進藤榮一氏の『東アジア共同体をどうつくるか』（ちくま新書）を読了した。第二次世界大戦後のヨーロッパでは、共同で戦後復興を推し進めていく必要から、ベネルックス（オランダ・ベルギー・ルクセンブルグ）の三つの小国が1948年1月に「関税同盟」を発足させた。その後、フランス・ドイツ・イタリアの三つの大国を加えた6か国は1952年7月に「ヨーロッパ石炭鉄鋼共同体（ECSC）」を発足させ、それはやがて1957年3月に「ヨーロッパ経済共同体（EEC）」へと発展していく。しかし、この時点では、とりわけドイツとフランスとの間で歴史的な感情のしこり（相互不信）があり、50年後に経済・軍事安全保障・政治の領域でヨーロッパが一つに統合されることになろうとは、誰一人として予想していなかった。こうしたヨーロッパの歩みを振り返ってみると、今から50年後には「東アジア共同体」ができていると予想することは、決して妄想（夢のまた夢）ではないことが分かる。そうした東アジアにおける様々な分野での協力や統合に関して、経過と現状を分析したのが本書である。アセアン10か国はかつてのベネルックス3か国の役割に、そして日本・中国・韓国はかつてのフランス・ドイツ・イタリアの役割に、それぞれ似ている・・・という本書の指摘は、非常に興味深かった。アセアン諸国という小国連合が、歴史的な感情のしこりを残す大国（日本・中国・韓国）の間の「接着剤」または「潤滑油」として機能する可能性は、十分にありうると思われる。しかし、その一方で、本書も指摘しているように、日本にとっては難しい問題もある。現在、東アジアの一体感を支えているのは「興隆するアジア」というイメージである。つまり、米国流のグローバリズムの脅威から解放されて、経済成長を続ける豊かなアジアのイメージである。ところが、日本にとっては、米国は依然として経済・軍事安全保障・政治の領域における重要なパートナーであり、それと距離を置こうとする東アジアのリージョナリズム（地域主義）には同調しがたいものがある。しかも、東アジア全体が興隆すれば、日本が東アジアで担ってきた主導的な地位（既得権益）を脅かされることになる。こうして、東アジアの一体化が進めば進むほど、日本では逆に民族主義的な反発を招いてしまうのである。今日の安倍内閣の「反動的な迷走」も、その表れと見てよかろう。このように、本書はヨーロッパ統合の歴史を念頭に置きつつも、東アジアの過去・現在・未来を冷静かつ真摯に見据え、日本が進むべき道を指し示している。個人的には大変参考になった。ちなみに、本書の出版には、かつて外務大臣を務めた故・安倍晋太郎氏（現在の内閣総理大臣・安倍晋三氏の父君）にちなんで創設された安倍フェローシップが寄与している。何と皮肉なめぐり合わせであろうか。

  2007.03.31

• ［VOYAGE-94］　読書／日本語はなぜ美しいのか。【2007.02.24 17:55:51】

  今日は風が強いせいか、鼻がムズムズする上に、目も痒い。昨日髪を切って髪が目にかからなくなったことも、その一因であるかもしれない。さて、今日のお題は読書である。このところ何かと忙しくて、非常にゆっくりとしたペースで読み進めていたが、黒川伊保子氏の『日本語はなぜ美しいのか』（集英社新書）をようやく読破した。本書のタイトルを最初に見たとき、私は生理的なレベルで不快感を覚えてしまった。日本語（あるいは、ある言語）が美しいと感じるかどうかは、人それぞれのはずである。にもかかわらず、「なぜ美しいのか」と、日本語の美しさがア・プリオリに前提条件となっているのは、一体どういうことであろうか。国粋主義もしくは原理主義的な、危険な香りを感じたのである。それゆえに、一度目の遭遇では、本書のタイトルを一瞥しただけで買わなかった。が、二度目に遭遇したときは、孫子の「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」という言葉を思い出し、敵がどのような理論武装をしているかについて知っておくことは悪くなかろう・・・と考えて、手に取った次第であった。第1章　母語と母国語第2章　日本語の危機第3章　母語形成と母語喪失第4章　脳とことば第5章　母語と世界観第6章　ことばの本質とは何か第7章　ことばの美しさとは何か第8章　ことばと意識結び　日本語への祈り読み終わってみると、それなりに悪くない内容も書いてあることが分かった。しかし、基本的な部分で疑義があり、読む際には注意が必要であるとも思った。まずは好意的な解釈から始めよう。本書の最大の狙いは、「早期英語教育の危険性」を説くことにあるらしい。であれば、『早期英語教育はなぜ危険なのか』というタイトルに改めるべきではなかろうか。まあ、タイトルの当否はさておくとしても、では、なぜ危険なのであろうか。著者はいくつかの理由を展開しているが、とりあえず私が読み取ったエッセンスを手短に並べてみよう。* 仮に人類が「声」を持っていないとしたら、何かの事物を示す際には、その事物の本性を模倣するような動きを、手や頭やその他の身体の部分を使って表現するはずである。同様に、「声」を使う場合でも、その事物の本性を模倣するような口の動きで表現するはずである。つまり、「ことば（事物の名前）」は、音声による「事物の模造品」なのである。* 「風土」と「人々の意識」と「ことば」は密接に関連している。「風土」から切り離された「ことば」（つまり、外国語）を使えば、「人々の意識」も「風土」から切り離されてしまい、その土地に根ざしたあらゆるものを壊してしまう。* 日本語やポリネシア語は母音主体で音声を認識する言語である。これは世界的には少数派で、他の欧米やアジアでは子音主体で音声を認識する言語が圧倒的に多い。* 母音主体の言語を使う人々は、母音（および音響波形の似ている自然音）を言語脳＝左脳で処理する。一方、子音主体の言語を使う人々は、母音（や自然音）を非言語脳＝右脳で処理する。* 母音主体の言語を使う人々は、無意識のうちに他者（自己以外の存在＝自然などを含む）と融合しやすいため、曖昧な会話を好む。他方、子音主体の言語を使う人々は、自己と他者の境界線を意識しやすいため、明確な表現を好む。* 自己と他者の違いを前提とする後者の言語文化では合議制（民主主義）が発達するが、前者の言語文化で合議制を導入すると、融合できない異質な存在を排除する傾向が強まる（その端的な例としては「いじめ」の横行）。* 何かを感じたり考えたりする上で、言語が果たす役割は非常に大きい。したがって、脳が発育途上にある子供の言語獲得に関しては慎重に対応すべきである。「風土」と全く異なる「ことば」を覚えさせたり、あるいは複数の言語を同時に覚えさせたりするのは、やむを得ない事情がない限り、言語獲得の臨界期である8歳（または、子供の脳が大人の脳に変容する12歳）に達するまで差し控えるべきである。人工知能の開発に携わる中で「脳」と「ことば」の関連を研究してきた著者ならではの発想であり、内容自体は（上記のエッセンスだけでは読者諸氏に伝わらないかもしれないが）そんなに破綻していないように思われた。しかしながら、本書の問題点を指摘するとすれば、本書で言うところの「ことば」が「音声」に偏りすぎていて、「語彙」「（形態・統語などの）文法」「文字・表記」などをほとんど考慮していない点が挙げられる。個人の言語獲得および人格形成（ひいては社会の文化形成）の問題を「音声」の面だけで論じきることは、果たして可能なのであろうか。日本語の成立過程には諸説あるものの、私自身のイメージとしては、まず最初にマライ・ポリネシア方面から人々の移動とともに「音声」と「語彙」が定着し、その後アジア大陸からアルタイ語系の騎馬民族（弥生人？）が支配階層としてやって来た際に新たな「語彙」と「文法」が追加され、さらには中国大陸や朝鮮半島から来た渡来人によって別の「語彙」と「文字（漢字）」がもたらされ、やがては独自の「文字（カタカナ・ひらがな）」を生み出していく・・・といった流れがあるような気がしている。こうした日本語の成立過程を考えたとき、「音声」だけに着目してしまうと、日本語の多様な側面をゆがめてしまう可能性がある。また、古くからある「和語」に加えて、呉音・漢音・唐音・宋音といった「漢語」や、室町時代以後に欧米諸国との交流から生まれた「外来語」などを、どう考えるべきであろうか。これらの「ことば」と「風土」の結びつきについても、今ひとつよく分からない。そのあたりの説明が弱いように感じた。その点こそが、『日本語はなぜ美しいのか』と大仰なタイトルを掲げるのではなく、『早期英語教育はなぜ危険なのか』という題名に改めるべきである・・・という、私の主張の根拠でもある。発達心理学や認知言語学の立場から論点を整理すれば、もう少し読みやすい書物になったかもしれない。

  2007.02.23

• ［VOYAGE-83］　読書／ニューヨーク散歩。【2007.02.13 02:07:08】

  詳しい事情については今はまだ明かせないが、どうやら春休みはあまり休めそうもないらしい。ゆえに、休めるときは思いっきり休む（←矛盾した表現？）ことを心がけつつあり、今日も映画を3本見てきた次第である。本来なら、今日の記事はその映画に関してであろう。しかし、それは明日の記事に回すことにしたい。というのも、今日は司馬遼太郎氏が亡くなってからちょうど11年目の「菜の花忌」であり、そのことに触れておきたいからである。そういうわけで、今日のお題は、10日ほど前に読み終えた、司馬遼太郎氏の『ニューヨーク散歩　街道をゆく39』（朝日新聞社単行本・文庫版・ワイド版）である。やや余談ではあるが、まずは個人的なエピソードから始めよう。朝日新聞社主催のフォーラム『苦悩する世界－いま何が求められているか－』が有楽町朝日ホールで開かれたのは1993年5月17日のことであった。当時、大学4年生であった私はたまたま中央付近の客席に座ることができ、そこで壇上にいた司馬遼太郎氏としばらく視線が合ってしまった経験がある。そのときの氏の感慨深げな表情が印象的で、私のような若い世代にこの国の行く末を託しているかのようにも感じた。氏がどういう思いで私を見ていたのかはさておくとしても、このフォーラムでの邂逅が最初で最後のご縁であった。その3年後の1996年2月12日に氏は亡くなり、以来その日は「菜の花忌」と呼ばれるようになったわけであるが、上のフォーラムが開催された頃に『週刊朝日』に連載されていたのが本書『ニューヨーク散歩』であった。取材そのものはその1年前に済んでいたようであるが・・・ニューヨークと氏と私を結びつける、何か因縁めいたものを覚えてしまうのである。さて、それでは本題に移ろう。本書が執筆されたのは、ドナルド・キーン教授がコロンビア大学を定年退官するにあたってお祝いの会が開かれた際に、著者もそこでの講演に招かれたことが直接の経緯であった。ゆえに、ドナルド・キーン氏やその恩師の角田柳作氏らにまつわるエピソードが本書の大半を占めている。が、もちろんそれだけではなく、この旅先で出会った人々にまつわるエピソードも数多く記されている。たとえば、ニューヨーク市内を車で案内してくれた運転手一家やコロンビア大学院生のこと、ブルックリン橋を建設したジョン・ローブリングのこと、教育長としてニューヨーク市立大学を設立した後で外交官として来日し日米修好通商条約の締結に尽力したタウンゼント・ハリスのこと、などである。実は私自身は著者の「小説」をまともに読んだことがなく、この『街道をゆく』などの「随筆・紀行」ばかりを読んだに過ぎない。が、読んでいていつも感じることは、著者は人間の生き様を描くのが好きらしい・・・という点である。本書でも、様々な人間のエピソードが満載であり、人間賛歌あるいは人間中心主義とも言うべきスタイルを保っている。ああ、そうか。今、ちょっと分かったような気がする。氏は私のことを、そうした「人間観察の対象」として見ていたのかもしれない・・・。

  2007.02.12

• ［VOYAGE-76］　読書／近くて遠い中国語。【2007.02.05 22:46:00】

  昨日決着をつけた海外旅行の代金を、今日インターネットバンキングで振り込んだ。まさに一件落着である。が、そのとき、あることを急に思い出してしまった。実は、先月末は課題に追われていたために、今月の家賃を振り込むことをすっかり忘れていたのである。1週間遅れで、あわてて振り込んだ次第である。大家さんには申し訳ないことをしてしまった。反省・・・。さて、今日のお題は読書である。阿辻哲次氏の『近くて遠い中国語』（中公新書）を読了した。本書の著者は長年、大学の教養課程で外国語科目として中国語を教えている。そうした視点から、日本語と中国語の違いや、中国語の言語学的な特徴などについて、ざっくばらんに論じているのが本書である。第1章　大学の中国語第2章　中国語はどのような言語か第3章　簡体字と繁体字第4章　中国人と筆談は可能か第5章　中国語の発音について第6章　中国語は「見たらわかる」か？─『人民日報』を読んでみる現代中国において、文字表記（すなわち漢字）の簡略化（繁体字から簡体字への移行）や、発音表記システムとしての「直音」「反切」「注音符号」「ピンイン」の普及などが、どのような過程を経て進められてきた（あるいは、今もなお進められている）のか・・・といったことが書かれていて、個人的には非常に興味深かった。私自身が面白いと感じたのは、特に次の2点である。1）様々な地域差があること。そもそも大きく分けると7つの方言がある上に、香港や台湾といった行政的に別の歴史を有する地域では特殊な事情が多い。大陸では簡体字＋ピンイン、台湾では繁体字＋注音符号と、かなりの違いがある。しかし、大陸の「普通話（標準語）」は、もともと中華民国時代の「國語」がベースになっているため、台湾でも基本的に通用するようである。また、大陸と香港・台湾との間で経済的な交流が活発になるにつれて、香港では「普通話」学習ブームが起きる一方で、大陸の経済界では「繁体字」への回帰現象が見られつつあるとのことである。2）時代差も大きいこと。かつては「漢文」（中国語で言うところの「古文」）が東アジアに広く普及していたため、たとえば江戸時代には朝鮮通信使と日本の在野の知識人が漢字で筆談することも可能であった。いわばヨーロッパにおけるラテン語のような国際言語の役割を、「漢文」が果たしていたのである。ところが、書き言葉としての「漢文」は古典を読む（さらには科挙制度を維持する）必要から保存されたのに対して、話し言葉は時代によって変容していく。こうして、かつての「漢文」と現代中国語とでは、発音・文字表記・語彙・意味・文法が大きく異なるのである。現代の日本人が『枕草子』を音読できるとしても意味は完全には理解できないのと同様に、現代の中国人も「漢文」を（簡体字に直せば）音読できるとしても意味を理解するのは難しいようである。したがって、現代においては、相互の言語の知識がない限り、日本人と中国人が筆談することはほぼ不可能であるらしい。結局のところ本書は、中国語という一つの言語を題材として、言語一般の普遍的な趨勢（あり方）を述べているような印象がある。中国事情や中国語を学びたい人だけではなく、日本語教育学や言語学全般に興味がある人にも、一読を推奨しておきたい。

  2007.02.05

• ［VOYAGE-69］　読書／本の読み方。【2007.01.29 11:36:26】

  今週は学期の最終週で、授業は変則的に行われている。レポートの嵐が近づきつつあり、戦々兢々の日々である。さて、そうした嵐の前の静けさが保たれているうちに、新書を1冊読み終えた。平野啓一郎氏の『本の読み方　スロー・リーディングの実践』（PHP新書）である。「10冊の本を闇雲に読むよりも、1冊を丹念に読んだほうが、人生にとってはるかに有益」というのが、芥川賞作家としての著者の持論であるらしく、そうした「丹念な読み方」とはどういうことか・・・を解説したのが、本書である。基本的な心構えを述べた第1部「基礎編」、実際のテクニックを述べた第2部「テクニック編」、そして夏目漱石『こころ』、森鴎外『高瀬舟』、カフカ『橋』、三島由紀夫『金閣寺』、川端康成『伊豆の踊り子』、金原ひとみ『蛇にピアス』、平野啓一郎『葬送』、フーコー『性の歴史Ｉ　知への意志』を教材とした第3部「実践編」で構成されている。で、私自身の読後感としては。確かにご高説はごもっともなのであるが、頭では理解できても、何か心に響かないような気がした。なぜであろうか・・・と、自問した結果、次の4点を指摘できそうである。1）速読は否定すべきものか？本書では、巷に流布している「速読」の効果に疑問を呈し、そのアンチテーゼとして「スロー・リーディング」を提唱している。が、速読は本当に「百害あって一利なし」なのであろうか。確かに、相手の真意をまともに理解しようとせずにブログが炎上したりすることなどもしばしばあって、速読による早合点の弊害は小さくないと言える。しかし、速読を全面否定するのはやりすぎではなかろうか。小説などは速読に向かないと思われるが、ジャンルによっては速読に耐えられるものもあろう。また、学生にしても社会人にしても、忙しい現代人にとっては、少しでも多くの情報量を得るための手段として、速読をせざるを得ない場面が多々あるはずである。そうした人々へのシンパシーを本書から読み取ることができなかったために、今ひとつ共感できなかったのかもしれない。2）肯定すべきものは遅読か？本書では、「スロー・リーディング」すなわち「遅読」を、「知読」であるとして称揚している。が、日本語教師の経験を有する私にとっては、額面どおりに受け取ることができなかった。なぜなら、読解の授業で黙読する時間をたっぷり与えても、スキルのない学生は、見当違いの読み方しかできないからである。時間さえあれば、つまり、闇雲にゆっくり読みさえすれば、より丹念に読めるようになるかと言えば、必ずしもそんなことはないのである。ゆっくり読むことではなくて、むしろ、より深く読むこと（「ディープ・リーディング」、「深読」あるいは「精読」）が求められるはずである。本書のサブタイトルの付け方にクレームを付けておきたい。3）多様な読み方に対する自己矛盾？「小説の読み方に「正解」はない」とか、「読書で大切なことは、自分の感想を過信しないことだ」などと、著者は自信たっぷりに語っている。しかし、あまりに自信たっぷりに書いてあるため、「これこそが私の読み方である！」とばかりに、本書で示された以外の「多様な読み方＝多様な解釈」を否認しかねないような印象を覚えてしまった。著者は決してそんなことは書いていない。が、どういうわけか、そういう高飛車な印象を受けてしまうのである。私の読み方が悪意に満ちているのであろうか。4）オーディエンス・デザインの失敗？本書は「新書」である。新書というものは、あるテーマについての知識・情報がコンパクトにまとめられているため、多くの場合は「速読」に耐えられるはずである。また、そうであるからこそよく売れて、出版界の稼ぎ頭となっているのであろう。この新書の読者層と、スロー・リーディングにふさわしい小説などの読者層が、完全に一致するかと言えば・・・疑問が残る。少なくとも私自身について言えば、新書は多読するものの、小説はほとんど読まない（読まない代わりに、映像化された映画作品の形でよく見る）のである。そうした新書の読者層に対しては、まずは小説の深読みの面白さを説得することから始めるべきではなかろうか。私が編集者なら、本書のタイトルを『小説の読み方　ディープ・リーディングのすゝめ』とでも改めて、そういう内容で再構成してしまうかもしれない。

  2007.01.29

• ［VOYAGE-53］　読書／紐育　ニューヨーク！【2007.01.13 20:39:20】

  前の日曜日にNHK大河ドラマ『風林火山』の本放送を見たのであるが、課題に追われてテレビには集中していなかったため、ストーリー展開や登場人物などが今ひとつ飲み込めなかった。そこで、今日の昼過ぎの再放送をじっくり見ようと思っていた。現に見ていたのであるが、途中で「地震速報」のテロップが流れ、その数分後の13時37分には番組自体が中断されてしまった。そう、北西太平洋（千島海溝付近）でM8.3の地震が発生し、津波警報および津波注意報が発表されたためである。この地震の情報に関しては、若干の混乱が見られた。防災科学技術研究所のHi-net 高感度地震観測網では当初、2枚の地図が表示されていた。一方の「最新震源情報」では地図上の震源地を三陸沖と表示していたが、他方の「AQUAシステム震源速報」では震源地を国後島の付近としつつも地震の規模をM2.9（？）と表示していたのである。また、米国地質調査所（USGS）の発表では、当初M7.7であったが、その後M8.2に変更されている。テレビでは壊れたレコードのように同じ情報が繰り返され、途中で打ち切られたドラマの続きが見られる可能性はもはや皆無であったことから、テレビのスイッチを切り、読みかけの本の続きを読むことにした。それが今日の本題である。鈴木ひとみ氏の『紐育　ニューヨーク！』（集英社新書）を読破した。私がニューヨークにこだわっていることは［VOYAGE-42］や［VOYAGE-50］などでも既に紹介しているが、なぜ私がここまでニューヨークにこだわるのか・・・が、この本を読んで氷解したような気がする。それは、ニューヨークが「異なるものに寛容な街」であるから・・・かもしれない。本書では、ニューヨークの発展過程と同じく、街を南から北に向かって歩き、この場所にはこんなエピソードが、その場所にはそんなエピソードが・・・といった具合に、歴史的な経緯と今の様子を報告してくれるのである。これを読んでいると、ツアーガイドから説明を聞きながら実際に街を歩いているような錯覚に陥りそうである。ますます行ってみたくなってきた。著者がこの街に愛着を持っていることは、本書に出てくる無数の小さなエピソードから読み取れるはずである。米国独立戦争のときに司令本部が置かれていた建物は現在、1階がレストラン、2～3階は博物館になっていて、そのレストランで2004年9月に開かれたG8蔵相会議の晩餐会で、生粋のNYッ児である当時の国務長官コリン・パウエル氏が独立戦争の光景を見てきたように語り、「ほら、みなさんが座っている、すぐそこに砲弾が落ちたんですよ」とスピーチしたのが大受けした・・・という話は、「62へぇ～」くらいであろうか。ほかにも、ユニオン・スクエアのガンジー像の話や、ジョン・レノンが凶弾に倒れたときの人々の反応、さらにはグラウンド・ゼロをめぐる話など、興味深いエピソードが満載である。旅行（あるいは居住）を考えている人にとっては、絶好のガイドブックとなるであろう。そう言えば、余談ではあるが、司馬遼太郎氏の『街道をゆく』（朝日新聞社単行本・文庫版・ワイド版）にも「ニューヨーク散歩」という作品があったことを思い出した。私自身はまだ読んでいないため、こちらも読みたくなってしまった。

  2007.01.13

• ［VOYAGE-17］　読書／Newton 2007年1月号。【2006.12.08 02:30:02】

  書店の雑誌コーナーをふらっと歩いていたら、気になる見出しが目に飛び込んできた。「気温」「気圧」「水蒸気」の３つでわかる気象の決定版地球と気象のしくみがみるみる理解できる天気図がすぐ読める赤い彗星・・・ではなくて、赤い表紙でおなじみの科学雑誌『ニュートン』の2007年1月号である。この「決定版」というフレーズにひかれ、思わず手に取ってレジに直行してしまった次第である。かつて私は大学を卒業した後、社会で7年ほど働いた。その後、再び別の大学に編入学し、2002年1月の気象予報士試験に1回で合格してから、（大学卒業後は正社員になることを前提に）民間の気象情報会社でアルバイトをしていた経験がある。もっとも、その会社は業績が思わしくなく、私が大学を卒業する直前に破産宣告を受けて消滅してしまい、再就職先を失って「流浪の民」と化した私はめぐりめぐって日本語教師の仕事にたどり着いたわけであるが・・・と、その放浪記はさておき、気象の話に戻ろう。アルバイトの採用面接の際に、部長（ベテランの気象予報士）から「気象現象をとらえる上で最も根源的な原理・法則は何だと思いますか？」と問われたことがある。私は「アジアや太平洋といった広い規模のマクロスケールと、一部の狭い地域に限られた局地的なミクロスケールの、相互作用でしょうか」と答えたのであるが、その人は「重い空気は下に向かい、軽い空気は上に向かう」と、禅問答のような極めてシンプルな見解を示してくださった。確かにその通りで、この原理があらゆる気象現象の出発点と言える。そのことを、豊富なビジュアルでもっと丁寧に解説しているのが本誌である。オールカラーで内容が充実しているのに、税込みの定価が1000円というのは実にお買い得。気象予報士試験を目指す人には、強力な副読本になるはずである。ただ、ちょっと残念なのは、いまだに日本式の地上天気図を多用していることである。気象予報の現場では、日本式の表記を使わない。国際式の表記が基本である。また、地上天気図は予報の「結果」でしかなく、予報の「過程」にはほとんど役立たない。国際的な観測網を経て気象庁のスーパーコンピュータがはじき出す、高層天気図（数値予報）の理解が不可欠なのである。NHKラジオ第2放送の『気象通報』もそれなりに価値はあるが、インターネットの時代には、北海道放送の『専門天気図』のほうがはるかに有効である。著名な科学雑誌であればこそ、そうした事実を普及・啓発すべきではなかろうか。なお、余談であるが、特別付録の「最新版・太陽系両面カレンダー」を見て、冥王星が惑星のカテゴリーから除外された事実を改めて思い知った。科学的知見を得てしまうと、その分、何か（夢やロマンといったもの）を失うことになるのかもしれない。

  2006.12.08

• ［VOYAGE-13］　読書／頭がよくなる照明術。【2006.12.04 02:20:26】

  駅から大学にかけての「大学通り」には桜とイチョウの並木があり、今はイチョウの木が見事な黄金色の葉を散らしつつあるところであるが、先日、一部のイチョウの木に大型クレーンで電飾を施す工事が行われていた。それが点灯している様子はまだ見ていないものの、あの姿かたちからすれば、明らかにクリスマスツリーのイルミネーションであろう。また、私は大学院への進学にあわせて、今年４月から、大学の近くの高級住宅街（の一角にある、しがないワンルームマンション）に住んでいるが、ご近所の家庭でも、サンタクロースやらトナカイやら単線状のものなどの、さまざまなイルミネーションを見かけるようになった。クリスマスが近いことを実感させられる光景である。さて、今日のお題は「読書」である。結城未来氏の『頭がよくなる照明術』（ＰＨＰ新書）を読んだ。この「頭がよくなる」というフレーズにひかれて本書を手に取ったのであるが、正確には「頭や身体などが悪くならない」と表現すべきかもしれない。本書の紹介としてはやや遠回りになるが、私自身の個人的なエピソードを披露しておきたい。現在住んでいるワンルームマンションは角部屋で、東と南に大きな窓がついている。これとは対照的に、ここに引っ越す前の横浜のワンルームマンションも最上階の角部屋であったが、窓そのものは完全に西向きであった。引っ越してからしばらく経って、私は睡眠障害に陥った。大学院で演習や講義に参加している時間はそんなに長くないものの、課題が多くて予想以上に忙しく、自宅では昼も夜も関係なくＰＣに向かい、コマ切れに睡眠をとることが多かった。実は以前からそうした変則的な生活には慣れていたのであるが、なぜか次第に体内時計が狂ってきて、眠りたい時間に眠れず、起きていたい時間に眠くなるという異変に見舞われたのである。本書を読み終わった今になって考えると、このエピソードは容易に理解できる。人は朝日を浴びると体内時計がリセットされて、24時間サイクルの生活に順応できるようになる。引っ越す前の私は、朝の直射日光が遮断される環境にあった。それゆえに、変則的な生活を送っていても、私の体内時計は何ともなかったのである。ところが現在の部屋では、夏至の頃なら朝４時台に明るくなり、天気さえよければ直射日光が差し込む。つまり、そうした環境で変則的な生活を送ろうとするのは明らかに矛盾であって、私の身体が悲鳴を上げてしまったのも無理はないと言えるのである。このように、光の加減は人間の行動や心理に大きな影響を与えている。その原理を解明し、よりよい生活のために光環境をどうコントロールすべきかを提案しているのが本書である。目覚めるときなど、活動的な気持ちを高めるためには、日中のような青白い色（昼光色）の照明を高い位置（垂直方向）から点灯するのが効果的。他方、眠るときなど、気持ちをリラックスさせるためには、日没のようなオレンジ色（電球色）の照明を低い位置（水平方向）から点灯するのが効果的とのことである。目からウロコが落ちそうな提案ではなかろうか。ちなみに、冒頭のイルミネーションは、チカチカと点滅して人の気配がするため、「ドロボーよけ」という防犯効果が生まれる。地球環境にはやさしくないが、人にはやさしいのである。

  2006.12.04

• ［VOYAGE-8］　読書／すべての道はローマに通ず。【2006.11.30 03:39:13】

  私は古代ローマに強い関心がある。イタリア半島および地中海を中心として、東はユーフラテス河から、西は大西洋に至るまで、南はエジプトおよびサハラ砂漠から、北はイギリスおよび北海に至るまで、実に広大な版図を有した多民族・多宗教・多文化の国家であった。にもかかわらず、繁栄の中で「パクス・ロマーナ」と呼ばれる平和な世界を確立していた。暴力の連鎖を断ち切れない現代人の目から見れば、ほとんど奇跡に等しい時代であろう。単に平和な時代であっただけなら、日本の江戸時代も負けてはいない。しかしながら、鎖国政策によって他民族・他宗教・他文化との交流を最小限に抑制した徳川幕府とは異なり、古代ローマは多民族・多宗教・多文化の共生を積極的に推進していた。そういう意味で、古代ローマには、現代の地球社会が直面する諸問題を考える上で何らかのヒントが隠されていると思われるのである。この古代ローマの盛衰に関しては、塩野七生氏の『ローマ人の物語』という壮大な作品が新潮社から刊行されている。全15巻の単行本は間もなく完結する見込みであるが、後追いの文庫本は単行本10巻目までが既刊である。その文庫本の最新作『ローマ人の物語27・28　すべての道はローマに通ず』を、遅ればせながら読破した。その読後感を記してみたい。本巻の主題は、ローマ人が築き上げたインフラストラクチャーである。具体的には、道路・橋・水道といったハード面や、医療・教育といったソフト面が述べられている。「すべての道はローマに通ず」という言葉が残されているように、ローマ人は街道や上下水道などのインフラ整備に熱心であった。しかも、一つ作れば終わり、ではない。何らかの非常事態で一つが不通となっても機能するように、二つ三つと複数の回路を設けてネットワーク化していた。さらに重要なのは、単に作りっぱなしではなく、不断のメンテナンスによって機能の維持を怠らなかったことである。ローマ人はなぜここまで熱心であったのか。作者の塩野七生氏は、当初から本巻の内容を書きたいと思っていたが、専門化・細分化された学問研究を目の前にして、あまりに広範なテーマで叙述が困難であることに気づき、執筆を断念しかけていたという。しかし、本巻の執筆動機を改めて次のように書いている。古代に生きたローマ人は、「公」と「私」の区分を、どのように考えていたのか。そして、この疑問への解答は、これらローマ人が、「人間らしい生活をおくるためには必要な大事業」と定義していた彼らのインフラをとりあげることで、得られるのではないかと考えたのである。＜上巻p.26＞つまり、どうやら、人間が人間らしく生きるためにはインフラが不可欠であり、そのためにはインフラを公的に整備していく必要がある・・・と考えたローマ人の合理主義に起因するものであるらしい。言い換えれば、私的生活の充実のためには公的基盤の整備も厭わないという「公私のバランス感覚」が、古代ローマでは健全に発達していたのであろう。自分さえよければといったミーイズムでもなく、かと言って「美しい国」に代表されるようなナショナリズムでもなく、個人性と公共性のバランスをどのように保っていくのか。本巻では、ローマ人のインフラストラクチャーを通じて、一つの答えを示唆しているように思えた。しかし、その古代ローマは、なぜ崩壊してしまったのであろうか。早く続きが読みたい・・・。

  2006.11.29

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