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カテゴリ:「わかる」をデザインする
「高いところからの眺めは、なぜ良い景色?」
人は高いところに上ることが好きだ。
理由を人に尋ねてみると、色々な答え(仮説)が返ってくる。
・小さくなるので汚いものが見えなくなり、全てがキレイに見える。 ・遠くまで見渡せた方が敵(動物)に襲われ難いので心理的に安心。 ・全体像が見えると的確な判断ができるので心地よい。 ・全体を支配できるような気がするので快感を感じる。 ・ チマチマした眺めは工芸品などのように模様として美しく見える。 などなど・・・
必ず心地よく見える、美しく見えるものがあるということは不思議だ。 おそらく必ず汚く見える、醜く見えるものもあるのだろう。
美しいと醜いの境目は何か? 何がそれを分けるのか? お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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ずっと考えていました。
教えられていないのに、初めてそこに来たのに・・・どうして、嫌な気持ち、心地よい気持ちが生まれるのだろうか???・・・・ということを。 今まで、写真や実物を見たことも無い子供がどうしてそういう気持ちになるのか??? 人間だけじゃなく動物も始めて見た火を怖がるのは何故だろうか? いままでの情報ではなくはじめての情報に敏感に反応します・・・。 私の結論・・・イニシアさんならお分かりでしょう? 多分、この後の更新で続くと思いますので、結論は言わないことにしておきます。 (Sep 15, 2007 03:28:25 PM)
昔、遠藤周作のエッセイで、行った事ないのに、『懐かしい』と感じる風景がある・・・
というのがありました。 それと近い感覚でしょうかね? 確かに不思議です。続きを楽しみにしています♪ (Sep 15, 2007 07:20:27 PM)
「自分が見える」場所だからかな、と思います。
「自分に内在している諸々のもの」と素直に向き合える場所。 現実的に「高所恐怖症」の私は高い所は足下不安定でとても安心して見晴らすことはできません。 でもいつも「空」を見上げます。 でも「見晴らすこと」と「見上げること」はちがうのでしょうね。笑。 (Sep 16, 2007 10:17:26 AM)
一等さん
>ずっと考えていました。 > >教えられていないのに、初めてそこに来たのに・・・どうして、嫌な気持ち、心地よい気持ちが生まれるのだろうか???・・・・ということを。 > >今まで、写真や実物を見たことも無い子供がどうしてそういう気持ちになるのか??? > >人間だけじゃなく動物も始めて見た火を怖がるのは何故だろうか? >いままでの情報ではなくはじめての情報に敏感に反応します・・・。 > >私の結論・・・イニシアさんならお分かりでしょう? >多分、この後の更新で続くと思いますので、結論は言わないことにしておきます。 ----- 最近、昭和30年前後の街並み再現したお店がはやっていますが、その時代に生きていなかった若い人たちもなぜか懐かしく感じるそうですね。 これも不思議な話ですね。 文化に対する感性が遺伝するのか、文化が文化的に遺伝するので同じ感性でとらえられるのか。。。 (Sep 16, 2007 10:39:17 AM)
加藤裕子さん
>昔、遠藤周作のエッセイで、行った事ないのに、『懐かしい』と感じる風景がある・・・ > >というのがありました。 >それと近い感覚でしょうかね? > >確かに不思議です。続きを楽しみにしています♪ ----- 最初から心地よく感じる何かがそこにあるのでしょうね。 昔別の人たちが感じたように初めてみた人も感じるというのは不思議です。 (Sep 16, 2007 10:49:45 AM)
ねこブタ50さん
>「自分が見える」場所だからかな、と思います。 >「自分に内在している諸々のもの」と素直に向き合える場所。 > >現実的に「高所恐怖症」の私は高い所は足下不安定でとても安心して見晴らすことはできません。 >でもいつも「空」を見上げます。 >でも「見晴らすこと」と「見上げること」はちがうのでしょうね。笑。 ----- そういえば、悪い景色という人はいなくても高所恐怖症の人はいましたね(笑) (Sep 16, 2007 10:50:40 AM)
醜いは、別の漢字の書き方で見難いと書きます。意味は整っていないということです。美しいは、逆に細部まで整っているということです。高いところから見渡せる景色は、細部まで整理整頓されている様子に美しさを感じるのでありましょう。ちなみに、戦争跡の焼け野原を飛行機から眺めて、美しいと感じる人はいないと思います。とすると、大自然であれ、人工物であれ、乱れていたり、汚れている様子があれば、美しくはないということです。
(Sep 18, 2007 02:47:23 AM)
◇結論は、整って見えるか、見えないかになります。ととのうは、他に調うという字もあります。調和されているか、どうかも関係があります。
(Sep 18, 2007 03:03:42 AM)
〆飄飄さん
>醜いは、別の漢字の書き方で見難いと書きます。意味は整っていないということです。美しいは、逆に細部まで整っているということです。高いところから見渡せる景色は、細部まで整理整頓されている様子に美しさを感じるのでありましょう。ちなみに、戦争跡の焼け野原を飛行機から眺めて、美しいと感じる人はいないと思います。とすると、大自然であれ、人工物であれ、乱れていたり、汚れている様子があれば、美しくはないということです。 ----- そすですね。 英語でもFINEが微であり、美ですからね。 焼け野原が飛行機から美しく見えないとすると、一見当たり前のようですが、それもなぜなのか興味深いですね。 心情的に許せないものは美しく感じないのですね。 人間はそもそも受け入れたいものを美しいと感じるということでしょうね。 (Sep 20, 2007 01:00:44 AM)
〆飄飄さん
>◇結論は、整って見えるか、見えないかになります。ととのうは、他に調うという字もあります。調和されているか、どうかも関係があります。 ----- いただいたご意見のやり取りで、私なりには、 「人間は受け入れたいものを美しく感じる」 という原理原則仮説に行き着いてしまいました。 ありがとうございます。 ・・・しかし、ではいったい人間はそもそも何を受け入れたいのか・・・??? これまた難問ですね。 らっきょの皮むきかも?(笑) (Sep 20, 2007 01:05:01 AM)
心が感じることを、頭で理解するのは困難なことであります。そのメカニズムが解明できれば、人工知能の開発に大きな進展になるでしょうね?!人間は何をもって美を感ずるのか…?心は考えません。感ずるだけであります。すると、心の成り立ちのメカニズムを研究する必要がありますね…。哲学、心理学、音楽、文学、美術、各分野で成果が上がっているようであります。しかし、手法・技法ばかり進歩して利用することに、何故か虚しく感じるときもあります。だから、芸術を五感に騙されることのないように提唱しているんです。真に美しいものは、その人間の心の中にしかありえないのですから…、要するに、見えた景色という料理を心が食べて消化して反応するんです。美しいのは景色ではなく、美しいと感じた心にある景色なんです。<川端康成の芸術論>
(Sep 20, 2007 02:09:00 AM)
イニシア先生の人間は受け入れたいものを美しく感ずるというのは、そのとおりだと思います。高いところから見えた景色が、その人にとって忘れたい記憶の景色に似ていたりしたら美しく感じたりしませんもの。(少数派だとは思いますが…)『汚れてしまった百合の花ほど汚ならしいものはない―ゲーテ』/そんなトラウマが無い限りにおいて、整理整頓されている幾何学的なものを人間は美しいと感じるみたいです。/類似した話で、赤ちゃんの笑顔は可愛いものです。誰でも、そう感じるはずです。でも何故、可愛く感じるのか…?!基本的に額から顎にかけて線対称で笑うからだそうです。ピースマークの口がどちらかに傾いていたら可愛くなくなるということです。心理学の本に記載されてました。
(Sep 20, 2007 02:32:15 AM)
〆飄飄さん
>イニシア先生の人間は受け入れたいものを美しく感ずるというのは、そのとおりだと思います。高いところから見えた景色が、その人にとって忘れたい記憶の景色に似ていたりしたら美しく感じたりしませんもの。(少数派だとは思いますが…)『汚れてしまった百合の花ほど汚ならしいものはない―ゲーテ』/そんなトラウマが無い限りにおいて、整理整頓されている幾何学的なものを人間は美しいと感じるみたいです。/類似した話で、赤ちゃんの笑顔は可愛いものです。誰でも、そう感じるはずです。でも何故、可愛く感じるのか…?!基本的に額から顎にかけて線対称で笑うからだそうです。ピースマークの口がどちらかに傾いていたら可愛くなくなるということです。心理学の本に記載されてました。 ----- 「美しい」と感じるのは、おそらく「受け入れたい」という心のサインですね。 (あばたもえくぼ) それにしても赤ちゃんはなぜかならず可愛いのか。。。。 高いところからの景色の議論と同じですね。 それが、最初からプログラム化されているからだと思います。 対称だからという説明だけでは、納得しきれないものがあると思いますね。 対称形でなくても可愛いものはありませんか。 鉄腕アトムとか。。。。 (Sep 21, 2007 01:44:19 AM)
〆飄飄さん
>心が感じることを、頭で理解するのは困難なことであります。そのメカニズムが解明できれば、人工知能の開発に大きな進展になるでしょうね?!人間は何をもって美を感ずるのか…?心は考えません。感ずるだけであります。すると、心の成り立ちのメカニズムを研究する必要がありますね…。哲学、心理学、音楽、文学、美術、各分野で成果が上がっているようであります。しかし、手法・技法ばかり進歩して利用することに、何故か虚しく感じるときもあります。だから、芸術を五感に騙されることのないように提唱しているんです。真に美しいものは、その人間の心の中にしかありえないのですから…、要するに、見えた景色という料理を心が食べて消化して反応するんです。美しいのは景色ではなく、美しいと感じた心にある景色なんです。<川端康成の芸術論> ----- 心と頭・・・ ご指摘のように難しいテーマですね。 最近の脳科学も発達していますが、判ったような気になることの危険を知るべきかもしれませんね。 ニュートンが運動方程式を発見したときも、世界のすべてがこれで分かった、という気に人間はなったわけですから。(ラプラスの魔物) 量子力学を知るいまの人類からすると片腹痛い、という話でしかないですが。 (Sep 21, 2007 01:46:35 AM)
◇美的感覚は、始めから脳にプログラミングされていたというのは面白い見解です。この空を飛べたらの歌に、人は昔は鳥だったのかもしれないね…こんなにも空が恋しいなんて歌詞があります。海を懐かしく感じたりすることも確かにあります。不思議な感性が宿っている。何なんでしょうか…?
(Sep 21, 2007 04:20:21 AM)
〆飄飄さん
>◇美的感覚は、始めから脳にプログラミングされていたというのは面白い見解です。この空を飛べたらの歌に、人は昔は鳥だったのかもしれないね…こんなにも空が恋しいなんて歌詞があります。海を懐かしく感じたりすることも確かにあります。不思議な感性が宿っている。何なんでしょうか…? ----- 最後は真善美とは何かという哲学的議論になりそうですね。 (Sep 22, 2007 02:56:23 PM) |