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2009年06月06日
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カテゴリ:イマジン
次郎さんは奥さんに語った。
朝方から降り続いていた雨がやんだので、買い物にいって、次郎さんはリュックにつめこんで家に帰ったところだった。お湯を沸かして三角錐になったペーパーフィルターでコーヒーを入れる。コーヒーをすすりながら語らっていたのである。

「ヘミングウェイの作品の中に、ニック・アダムス物語という短編集があるんだ。
ヘミングウェイ自身を語っているような私小説的な味わいを持つ短編でね、その中に
『2つの心臓の大きな川』というのがあってね、戦争から帰ってきて日常の生活になかなか戻れないニックが、一人川の上流にわけいってマス釣りをする話なんだ。
ニックは川のほとりの平坦な場所にテントを張って、川から汲んできた水をブリキの器で沸かしてコーヒーを入れる場面がある。その火で豆料理を作って食べるんだけど、それがうまそうでね、コーヒーは香りたち、豆料理は池波正太郎の時代劇の朝餉の風景にも似てうまそうなんだ。

 今度ね、新採君を誘って、鉄の道をハイキングしようと思っているんだけどね、途中の広場で休憩してね、
コーヒー豆、そうだな。コーヒーのいい香りがまわりに広がる。登山用の湯沸しで、ペットボトルの水を沸かしてペーパーフィルターでコーヒーを作って、陶器の小さなコーヒーカップでふるまってやる。
木漏れ日がさして、爽やかな初夏の風が木々の間をかけぬけて涼やかだ。
ねっ、そう考えるだけでも素敵じゃない。

昔、馬事公苑にワインボトルとワイングラスを持っていって広い芝生の一画に座って飲んだことがあったねえ。」

「そんなこともあったわねえ、あれは結婚まもない頃で子供がいなかった頃ね。」と遠くを見つめるように奥さんは懐かしんだ。

「そうだったっけ、子どもも一緒にいたようだったけれども、きっとその後、何回か行って凧揚げしたりもしたからかなあ。あれもね、映画の中で、馬車にピクニックバックを積んで、丘の上でワインを飲み軽食する場面があったのを見て素敵だなあと思ったからだったねえ。」

「もう今は後片付けが面倒でそんな気持ちにはなれないわねえ。」

男はいつまでもロマンチストでもある。
次郎さんは図書館にヘミングウェイの『2つの心臓の大きな川』を借りにいったものである。
いつの日かこんなふうにコーヒーを沸かして飲んでみたいものだと。

『2つの心臓の大きな川』新潮文庫ヘミングウェイ全短編1 190ページ

 小高いその地面は木の生えた砂地で、草地と川の流れと湿地が見わたせた。ニックはザックとロッド・ケースを下して、平坦な場所を探した。すごく腹がすいていたが、食事をこしらえる前にテントを張りたかった。(略)
 あらためて空腹を覚えた。こんなに腹をすかしたことは、いままでにないくらいだ。最初にポークと豆の缶づめ、次にスパゲッティの缶づめをあけて、中身をそれぞれフライパンにあけた。
「文句も言わずに運んできたのだから、これくらいのものを食べる資格はあるさ」
ニックは言った。その声は、暗くなりつつある森に異様な響きを残した。それきりもう声は出さなかった。
 松の切り株を斧で割って何本かマキをこしらえると、彼はそれで火を焚いた。その火の上にグリルを据え、4本の脚をブーツで踏んで地中にめりこまさせる。それから、炎の揺れるグリルにフライパンをのせた。腹がますますへってきた。豆とスパゲッティが温まってきた。そいつをスプーンでよくかきまぜた。泡が立ってきた。いくつもの小さな泡が、じわじわと浮かび上がってくる。いい匂いがしてきた。トマト・ケチャップのビンを取り出し、パンを4枚切った。小さな泡がどんどん浮かび上がってくる。焚火のそばにすわりこんでフライパンを持ち上げると、ニックは中身の半分をブリキの皿にあけた。それはゆっくりと皿にひろがった。まだ熱すぎることはわかっている。その上にトマト・ケチャップをすこしかけた。豆とスパゲッティはまだ熱いはずだ。(略)
もういいだろう。皿からスプーンいっぱいにしゃくって、口に運んだ。
「やったあ」
ニックは言った。
「こいつはすげえや」
思わず歓声をあげた。
(略)
ザックの中から折り畳み式のキャンバスのバケツを取り出すと、ニックは小高い丘を降りた。草地の端を突っ切って、川の岸辺に歩を運ぶ。対岸は白い靄に包まれていた。濡れて冷たい岸辺にひざまづいて、キャンバスのバケツを川に沈ませた。すぐに大きくふくらんで、水流に激しく引っ張られる。水は氷のように冷たかった。バケツをゆすいで水をいっぱい入れてから、テントまで持ち帰った。(略)
 見ているうちに、コーヒーが沸騰してきた。蓋が持ち上がって、コーヒーとその滓(おり)がポットの外に流れ出す。ニックはボトルをグリルから下した。(略)
 ニックはコーヒーを飲んだ。苦かった。つい笑い声をあげた。頭が冴えてきはじめた。が、これだけ疲れているのだから、頭の働きには待ったをかけられるはずだった。ポットに残っていたコーヒーを火にぶちまけ、その上に滓を揺すり落とした。





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最終更新日  2009年06月06日 19時02分28秒
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