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2021年06月21日
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カテゴリ:鈴木藤三郎
森町の友人が「6月12日13日」開催の「日本経済思想史学会第32回大会」の資料をお送ってくれた。
花、自然、水域の画像のようです

青山学院大学の落合功氏が「鈴木藤三郎と岡田良一郎」について講演している。
鈴木藤三郎については、その思想の学問的研究はほとんどされておらず、静岡県内は別として全国的にはほどんど無名に近い。
学問的対象となって研究が進むことを期待したい。
レジュメより
鈴木藤三郎
 安政2年(1855) 古着屋平助の子として生まれる。
          その後、菓子商伊三郎の養子
 氷砂糖製造、精製糖生産を実現、日本精製糖会社設立(砂糖王)
 明治36年、37年、衆議院議員
 実業家、発明家
 醬油醸造業、製塩業などにおいても重要な発明(特許159)
 家を相続したころ(明治7年)尊徳思想に傾倒
明治39年、相馬家の倉庫に二宮尊徳の遺著一万巻、筆生20名、3年→今市町報徳二宮神社に奉納
 鈴木藤三郎と岡田良一郎
 同じ遠州出身
 報徳思想を具体化する実業家
 ところが
 鈴木藤三郎、氷砂糖工場への融資依頼、岡田良一郎、拒否
 岡田良一郎、遠江国報徳社を組織
 森町(鈴木藤三郎の故郷)、遠江国報徳社から分離、報本社を設立(明治28年)
 森町で報徳思想を学んだ鈴木藤三郎は自ずと岡田良一郎の思想と異なる。
 鈴木藤三郎と岡田良一郎の思想と行動の違いを、報徳思想の「正統か否か」ではなく、「どういう意味の違いか」を検討する。

 鈴木藤三郎の思想と行動
「私の如き浅学のものには、詳細に了知することも、説明することも、固より難事でありますから、それからの事は学者先生がたの任務として、私は自分丈の卑見を以て、ごく、簡単に実用的に解釈をしたのであります。」鈴木藤三郎「職務本位」(『報徳の研究』1907年)
→尊徳の思想・言説を忠実に解釈するのではなく、実用的に解釈(読み替え)
鈴木藤三郎の職分、誠心、勤労、分度、推譲
「人は職務を本位となし、一生懸命に、職務の為めに誠心を本とし、勤労を主とせねばならぬ。又分度を立て推譲の要としなければならぬ。」
 →分度、推譲の理解


鈴木藤三郎の「分度」
「凡そ事業を経営するもの。分度を確立せざれば、独立自営の体を為す能はず、たとえ誠心、勤労以て業を励みその得る所多きも、みだりにこれを私消し、または他方の用途に使用するあらば、本業の発展得て望むべからず。これにおいてか、、分度を確立し、純益の全部あるいは幾分を度外となし、職業の根本を培養するの資に供するは、最も肝要にして、これ即ち、斯道における積極的に事業を発展せしむるの原則にして、先哲未発の要法なり。然るに世間往々この分度の法を以て保守消極の制なりと誤認するもの少なからずと雖も、元来報徳の教において分度の制を尊ぶ所以は事業をして積極的に発達せしめんが為めに外ならず」(鈴木藤三郎「報徳実業論」『報徳の神髄』1908年)
→利益をどう出すか。つまり、利益となるものを全て配分したり、贅沢に他に使えば何も残らない。
 利益を精査し、さらに事業の糧に資するよう投下、さらに事業が発展する。
 分度とは限界を定めるという理解ではなく、むしろ事業を積極的に次の段階に発達するために資金を見出す法として理解すべき


鈴木藤三郎の「推譲」
「いずれの事業と雖も報徳の教えに従い、本主体用の趣旨に則り純益を制し、度外の財を推してこれを事業の根本に譲らば、何の業か発達せざるものあらんや。農業において、度外の財を肥培その他に推譲して、年々止まざるときは、人工を以て天然に勝ち、地質変換の如きも、また容易の業ならん。工業において度外の財を機械の改良発明の資とし、または職工の訓練奨励に推譲し、商業において商品売価の低廉または買客の便利に推譲し、かくて年々歳々絶えずこれを実行するときは発展の大なる真に計り知るべからざるものあらん。これ事業は事業の力を以て発展せしめるものにして、要は推譲にあるなり・・・親しくその事業を観察したるとき、彼らが成功の要は悉く推譲にあることを発見せり。(鈴木藤三郎「報徳実業論」『報徳の神髄』1908年)
「事業の根本に推譲」することが肝要。
「世間のいわゆる、単に勤倹貯蓄と称するが如き、消極の主義と、もとより同日の論にあらざるなり」と、節約するだけの意味ではない(貯蓄するという消極的な意味ではなく、次の発展のための事業への投資)


【その1】(鈴木藤三郎が好んで使う言葉)
「荒地を開くに荒地の力を以てす」

【その2】(鈴木藤三郎の実体験)
創業期
 菓子の売上高、1,350円(262円残額→50円残額→212円予算)
 翌年 2,000円売上高(70円残高)
 利益を2割ではなく、1割5分→1割へ
 売上高、3,500円→5年後1万2,000円
労働 決められた時間だけ勤務するのではなく、約束以上のことをしたりすることが「推譲」
(略)

終わりに
1,近代以降、尊徳思想を教条主義的に受け止めるのではなく、読み替えつつ自身の実践理論に位置付ける。
→鈴木藤三郎、岡田良一郎「財本徳末論」(一時的)
2,鈴木藤三郎、岡田良一郎 熱心な報徳思想家
「推譲」理念の理解の相違
鈴木藤三郎→「糖業ハ糖業ノ力ヲ以て開クノ大道ナリト信ズ」
(協同というより、国益=輸入防遏、殖産興業)
岡田良一郎→担保の必要、「報徳ノ道ニ在テハ、貯蓄ト云ハズシテ推譲ト云フ」推譲=貯蓄→社会貢献、殖産興業など
(社会への協同「常の道(子孫へ、明日に譲る)」相互扶助的な組合とも若干異なる)
(「信用組合(利益目的)」と報徳社の関係も)
財本徳末論(1881年)→貯蓄(信用組合を推進、1892年)→柳田国男と論争(1906-10ごろ)→社会貢献、公益

💛鈴木藤三郎の「報徳実業論」などに基づいた研究がやっと出てきた、体系的な鈴木藤三郎研究が進むことを期待します(^^)





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最終更新日  2021年06月21日 19時24分39秒



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