仙台散歩 : 「8月31日 脱原発みやぎ金曜デモ」、光っている!
今日の参加者は300人を越えたということだった。先週より少しだけ増えたということらしいが、数以上に勢いが増しているように思われる。みんな、どんどん元気になって行くようだし、薄暮のデモということで「光り物」も急にふえていて、視覚的にも賑やかになっている。 LEDライトが点滅する団扇もたくさん配られていたし、手作りの発光するビニール傘、仕掛けは不明だが蛍光塗料の文字が発光するフレームなどが登場した。 今日は集まりが早い。 (2012/8/31 18:10) 「おっ、iPadですね。」 「ちがいます。アンドロイド・タブレットです。」 私の光り物は、今日もタブレットPCである。今日は「スライドショー」を使って、いろんなプラカードが自動的に変わるようになった。じつは、「ギャラリー」に「スライドショー」の機能があることに気づかず、先週はプラカード写真を1枚ずつ標示しては掲げていたのだ。一人で使っているときは「スライドショー」なんて不要だったということである。 明るい繁華街、一番町に入っていくデモ。 (2012/8/31 18:47) デモが出発するころにはすでに暗くなりはじめている。一番町の灯りは眩しいくらいで、私のデジカメではなかなかよい写真が撮れない(カメラのせいではなく、このような場面でどの機能を使えばいいのか、分からないのである)。 しかし、毎週なのに参加者が減ることがなく、デモがどんどん活発になっていくのは、私のような年代の人間には少し驚きである。デモの性質が変わったのだ、と思う。根源的な場所で、「直接民主主義」の限界を身に染みて知ってしまったためだろう。 8月13日付けの朝日新聞(朝日歌壇)に次のような歌が選ばれていた(選者:高野公彦)。輸血するごとく原発稼働せり救はんとしてほふるや未来 (長野県)井上孝行 私たちは、「私たちの未来を屠らない、屠らせない」ために、仙台の街を歩きながら声をあげているのである。