田中啓文 『ハナシがちがう!』
読み終えた本です。先日の日記でお話した、関西弁の本とはこちら。 ハナシがちがう!上方落語の大看板・笑酔亭梅寿のもとに無理やり弟子入りさせられた、金髪トサカ頭の不良少年・竜二。大酒呑みの師匠にどつかれ、けなされて、逃げ出すことばかりを考えていたが、古典落語の魅力にとりつかれてしまったのが運のツキ。ひたすらガマンの噺家修業の日々に、なぜか続発する怪事件!個性豊かな芸人たちの楽屋裏をまじえて描く笑いと涙の本格落語ミステリ。 関西には、常設の寄席がなく、落語は漫才や喜劇、コントに混じって演芸場で演じられたり、寺や神社、公民館などでの地域寄席や、大きなホールを借りてのホール寄席が多い…と本文中に繰り返して書かれています。それが数日前の読売新聞に、大阪市北区に落語の常設小屋《天満天神繁昌亭》がオープンしたとのこと。ちょうどこの本を読んでいるときに、この記事。何かのご縁かしらん!記事はコラム『編集手帳』中で見つけたのですが、かの夏目漱石は『三四郎』中に「小さんは天才である…彼と時を同じうして生きている我々は大変な仕合わせである」と語っている由。また、司馬遼太郎も文芸春秋掲載『以下、無用のことながら』にて「私は人生の晩年になって米朝さんという巨人を得た。この幸福をどう表現していいかわからない」と記し、小林信彦は「志ん朝と同時代に生きられるぼくらは、まことに幸せではないか」と『名人 志ん生、そして志ん朝』(朝日選書)に著しているそうです。これまで、落語に魅力を感じながら、(そして常設の寄席が数々ある首都圏に住みながら、)寄席に足を運んだ経験が殆どない自分が、不勉強にさえ思えてきてしまいました!気を取り直して、箸にも棒にもかからない上、言うことと望みばかりは大きいヤンキー青年・竜二を、中退した高校の担任が、落語の大御所・笑酔亭梅寿に弟子入りさせます。この先生、かつて落語が好きで好きで自身も梅寿に弟子入りしながら芽が出ず、教師を志すや落語は封印したという変わり者。不器用な男ですが、実に熱い。落語家になるなど夢にも思っていなかったヤンキー竜二は、勿論反発します。まして梅寿は酒びたりで投げやり。結局、先生の熱さに焙られるような形かたちで内弟子になってしまいます。『たちきり線香』『らくだ』『時うどん』『平林』『住吉駕籠』『子は鎹』『千両みかん』と、7つの短編には上方落語のタイトルがつけられています。(関東とは言葉ばかりでなく、色々違いがあるのですね。『時そば』が全国区だと思っていた私には驚きでした。)章中に演じられるその落語と、上演にまつわり起こる事件が、旋律をかさねるように描かれます。おきる事件は、小道具の不可解な故障から、殺人、誘拐、紛失物…といろいろ。これを、暴走推理で一件落着…と持って行きたい梅寿に、「あ、師匠、さっき俺にはこない言うてはりましたよね」と、竜二がフォローするかたちで解決します。まるで、眠らせる針を使わない『名探偵コナン』のようだし、ちょっと、『Oh,マイキー!』のボブ先生を思い出したりもして…(笑)不満たらたらで前座をつとめる竜二。(メインの出演者の前に、小ステージを披露して会場づくりをするのが前座だと思っていましたが、読むと、付き人兼走り遣いのような仕事をさせられる下っ端の弟子をこう呼ぶようです)ヘアスタイルはいつまでも、ヤンキー時代の金髪鶏冠頭のままです。けれども、どうにも憎めません。冷静な推理をするところからも、頭脳の明晰なのがわかります。育つ環境に恵まれず、我慢や努力を育てることができなかっただけなのかもしれません。短編を読み進めるにつれて、そんな竜二が、次第に落語に魅かれてゆき、夢中になっていく様子がわかるのですが、それと同時に、読者も落語の魅力にはまり、竜二を好きになり、応援せずにはいられなくなる…コージー・ミステリというジャンルがあります。「ハードボイルドのニヒルでクールなイメージに対して、家庭で日常的に使われるティーポットの保温カバーを意味するコージーを使用することにより、日常的、平和的なイメージを表現。…女性を読者対象としたコメディタッチの推理小説を主にコージー・ミステリと呼称する。 …最も多いパターンとしては舞台はアメリカやカナダなどの住人同士がほぼ全員顔見知りであるような田舎町で主人公の探偵役となるのはその町に住む女性である、という物があげられる。 主人公は癖のある周りの人々に振り回されつつ事件を解決するというのがパターンである。」(Wikipedia)アガサ・クリスティのミス・マープルシリーズや、ジル・チャーチルの主婦探偵ジェーンシリーズ、日本でも若竹七海の葉崎シリーズなど、事件があまり陰惨でなく、おいしいお菓子と紅茶でも片手にページを繰り、読了後本を閉じて、にっこりできるようなミステリ。私の大好きなジャンルでもあります。この『ハナシがちがう!』は、舞台も主人公も、上の解説とは違いますが、コージーと呼んでいいのではないでしょうか?もちろんお菓子はお饅頭です。そして渋いお茶がコワイ。実に楽しい一冊です。続編も単行本で出版されています。竜二ワールドの続きが楽しみでなりません。いつか寄席にも足を運びたい!と強く思っています。 ハナシにならん!