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カテゴリ:建築
網走か流氷以外にはほとんど見るべきものはないよとの答え。飛行機の時間の都合も あるので、近場を捜すと宣教師の家があるという。 そこで残雪を踏みながらたどり 着いたのは眺望のよい丘に立つ小さな洋館。 こじんまりした作りながら居心地のいい住宅で、暖炉やオルガンや本棚が当時の雰囲気 のまま残っています。客は私一人で、管理人さんがストーブの前でいろいろ話してくれ ました。 この北見は幕末に四国(土佐)からの移住民が来て、屯田兵として開拓していましたが、 大正に入ってからアメリカの宣教師がこの土地にやってきたそうです。冬は恐ろしい程 の寒さに閉ざされる寒村での宣教活動は大変だったようです。しかし長い年月ののち、 このピアソン夫妻は村の人々に受け入れられ、丘の上にこの家を建て、文化センタ-の ような役割で使われていたとのことです。 この小さな家は地元の大工達が建てたそうですが、最近その設計図が見つかり、そこに ウィリアム・M・ヴォーリズのサインがあったと、図面を見せてもらいました。 ヴォーリスは日露戦争の直後に英語教師として来日し、メンソレータムで有名な近江 兄弟社を設立したり、YMCAの活動を広めたりしながら、宣教活動を行いました。 そして建築事務所を作り、日本全国に1600もの西洋建築を遺しました。凄い数です。 そこいらの設計事務所をはるかにしのぎます。それも住宅ばかりでなく、学校、百貨店、 オフィスと実に多彩。山の上ホテルや主婦の友社ビル(現・御茶ノ水スクエア)、大阪 の大丸心斎橋店も彼の作品です。彼のパワーの大きさに感心してしまいました。 先日、東京の汐留ミュージアムで彼の沢山の作品をじっくり味わいましたが、そこで 懐かしい滋賀県の近江八幡市が頻繁に出てきました。ここは私の父の里。その地を愛した 外国人のおかげで、鄙びた町が注目を集めるなんて、嬉しくなりました。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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