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2017.10.29
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10月の連休を利用して ロシアに行ってきました。

今まで ロシアと言えば どちらかというと 良いイメージを持っていなかった。

ソビエト連邦時代のスターリンだ。 日本はポツダム宣言を受諾しているにもかかわらず 日ソ中立条約を一方的に破棄して参戦してきた。

そして日露戦争の勝利。小村寿太郎の頑張りでポーツマス条約で日本の領土となった南樺太。さらに千島列島を勝手に占領していた。

今でも 南樺太は 日本の領土だと思っている。

KGB・ 軍隊の行進・ 寒さが厳しい極寒の地  どうしても 暗いイメージが漂う。

だから 一度 ロシアに行ってみなければ ・・・・・・・

成田から モスクワを経由して サンクトペテルブルクにへ 入った。

現地ガイドの K氏は とても日本語が堪能で ユーモアもあり いかにも日本が好きという感じだった。

 

ピョートル大帝夏の宮殿の庭園

サンクトペテルブルクの西 25km フインランド湾に面するピョートル大帝の夏の離宮。

1705年にピョートル大帝が訪れて 1710年に小さな宮殿を建て、1714年からベルサイユ宮殿を模して1725年に完成しました。

その後も 手を加えられています。

音楽とともに 一気に噴水が 吹き上げてきました。





小高い丘の上に建つ大宮殿。 外観は美しく壮観です。

贅の限りを尽くした離宮。 宮殿の噴水を通してフィンランド湾が臨めます。

紅(黄)葉が が 庭園を 覆っていました。





分かりにくいかも知れませんが、「ライオンの口を引き裂くサムソン」という噴水です。

勇士サムソンが ライオンの口を裂いています。 その口から 大きく噴水が吹きあげています。

これは スェーデンとの戦争で勝利したことを称えており、サムソンはロシア、ライオンはスェーデンを表しているのだそうです。






アダムの噴水

アダムが噴水に隠れてしまいました。 アングルが悪くて 申し訳ありません




太陽の噴水

ポールの先から 円形を描くように水が噴き出ています。



いたずらな しかけのある噴水もあります。

何か所か設置されていますが、椅子の前を通ると自動的に水が噴き出して濡れてしまいます。

ロシア人にも 遊び心が あるのですね。


 



「ローマの噴水」

バチカンのサンピエトロの噴水がモデルだとか。




庭園を散策します。

真っ直ぐ続く並木が美しい。

よく手入れがされていました。





​​
エカテリーナ宮殿
​​

サンクトペテルブルグの南、プーシキンにある女帝エカテリーナ2世の夏の離宮です。

ピョートル大帝が妻エカテリーナの為に造ったといわれる宮殿です。

青い壁と白い柱を交互に配したバロック様式とロシア伝統の建築様式が特徴的なロココ建築の宮殿です。

k氏は 1791年、日本人の漂流民 大黒屋光太夫が帰国を願うために、エカテリーナ2世に謁見した場所ですと 教えてくれた。

井上靖の『おろしや国酔夢譚』は この大黒屋光太夫を描いた歴史小説ですね。 




南側、庭からの眺めです。




内装も贅沢で 見事な部屋が続きます。

これでは 落ち着いて 食事なんて できませんよね。





金箔と鏡で埋め尽くされて大広間

この空間なら 自然と 社交ダンス??? でも 踊りたくなります。

絵になりますよね。






「琥珀の間」は撮影禁止でした。

k氏が その理由は 中国人の観光客が フラッシュ撮影をやめないからだと 言っていた。

この日も 中国人が 撮影していたので 係員に 注意されていました。

壁一面に 琥珀が埋め込まれていました。







美しい陶器で出来た 巨大なペチカが 多くの部屋にありました。


 





​聖イサク大聖堂​

ソビエト連邦は社会主義国家であり 科学的無神論を 国是としていました。

マルクスは 「宗教は人民のアヘンである」と言っています。

つまり アヘンを吸うように現実逃避をするだけということでしょうか・・・

レーニンは マルクス主義的無神論者であり、正教会を反革命の温床とみなしていました。

「宗教は毒酒である」と言葉を残しています。

「ソビエト政権は 教会における冠婚葬祭の禁止、聖堂の接収。もしくは破壊、聖職者・修道士・信徒たちの逮捕や処刑といった手段で ロシア正教会に激しい弾圧を行った」 ウキペディアより

このイサク大聖堂はロシア革命後はソビエト政権下で博物館となっていました。

第二次大戦中には ドイツ軍によるレニングラード包囲戦で、大聖堂の黄金のドームが標的となり得るため、ドームは灰色に塗装されていました。

ソビエト連邦の崩壊後は、 大聖堂としての活動が戻り、祭日には奉神礼が行われています。

ロシアの教会と言えば 玉葱型ですよね。

キリスト教にも,カトリックとプロテスタントの二大教会の別がありますが

ロシアにビザンティンから正教が入った当初のキエフ時代、ロシア正教会はコンスタンティノープル総主教の管下にありました。

イスタンブールにある アラソフィヤのような ドーム型の教会です。

私のふるさと 函館には ハリスト正教会があり やはりドーム型ですね。







​血の上の救世主教会​


皇帝アレクサンドル2世が暗殺された場所に建てられています。

なので 「血の上の教会」と 呼ばれています。

1883年着工 1907年完成
 
ソ連時代には、宗教が禁止されていたため食料庫として使われていました。

ソ連 と ロシア 説明を聞いていると 別の国 みたいです。

ソ連は 1991年12月25日に崩壊しました。

まだ 経った 26年前の出来事なのですね。

ちなみに ロシア革命は 1917年 今からちょうど100年前なのです。

 




八端十字架

ドームの上の 十字架を 見てください。

ロシア正教会で 使われている 八端十字架です。







ロシア美術館の前にある広場です。

広場の中央には プーシキン像が立ち その背後にロシア美術館が 観えます。



昼食後 現地ガイド K氏にお願いをして スターバックスに連れて行ったもらった。

目的は 日本では レアものの マトリョーシカのタンブラーなのです。

ネフスキー大通りには多くの観光客が行きかっていて 結構混んでいました。

通りの周辺には 沢山の聖堂や博物館などがあります。

道幅の広い大通りをバス、タクシー、路上に 電線が 張られたトロリーバスなどが走っています。

服装は 地味でした。

 


毎日 日経電子版を 読んでいたので 最近のニュースは 日本にいるのと変わりません。 

K氏に 日経電子版に記載されていた 「サンクトでの デモンストレーションがあったので 今日の予定が変更されないか心配しました」と言ったら

K氏は そのニュースを 知らなかった。

ロシアでは デモのニュースが流れていないようで 彼は 信用してくれなった。

そして 西側は いつも 大げさに ニュースを流すと 少し 怒っているようだった。

まずい 気配を感じつつ スタバに入った。

ロシア人は あまりコーヒーを 飲まないらしく 混んではいなかった。

私は 奥の棚に 並んでいる タンブラーを ロシア仕様と サンクトペテルブルク仕様と 分けて 10個 抱えて レジに向かい 精算した。




奇異な目で 見られていたかもしれない。

K氏は レジの 若者と 何か 会話をしていた。



エルミタージュ美術館

1764年 エカテリーナ2世がドイツから美術品を買い取ったのが エルミタージュコレクションの始まりです。

その後もコレクションが増加したため 美術品展示室が建てられた。

ロシア革命後 貴族から没収したコレクションの集積場となり 現在のエルミタージュ美術館として統合された。

世界三大美術館の一つに数えられている。




宮殿広場

エルミタージュ美術館や旧海軍省の建物に囲まれた広大な広場です。

中央には巨大は柱がそそり立ちます。

360度、すべてにロマノフ王朝の建物が並ぶ贅沢な空間です。




それでは 美術館の中に入りましょう。

本当に広いです。

宮殿のそれぞれの部屋の内装もひとつひとつが美しく、数えきれない銅像の細かい細工にも圧倒されます。

大使の階段

冬宮に招待された各国の大使は、公邸に謁見するためにこの階段を使うことから 大使の階段と呼ばれている。





ピョートル大帝の間(小玉座の間)​

ピョートル大帝にちなんで作られた謁見のための部屋で、中央には玉座、背後にピョートル大帝とローマの知恵の女神ミネルヴァの絵があります



黄金の孔雀時計

ポチョムキン侯爵が購入し木の枝には 雄鶏と黄金の孔雀がとまっています。




「ゲオルギーの間(大玉座の間)」

イタリア大理石がふんだんに使われた壁、寄木細工の床、銅板装飾の天井という豪華さ。

玉座の上部には、ロシア・ロマノフ朝の守護神とされた聖ゲオルギーのレリーフが飾られています。

歴代の帝王たちは、この席から各国大使たちを迎えた。


ラファエロの回廊

バチカン宮殿の回廊をモデルにした エカテリーナ二世がイタリア人の建築家に作らせた廊下です。








ダヴィンチ


ベヌアのマドンナ

ダヴィンチは生涯で15点程度しか作品を残しておらず、うち2点がエルミタージュにあるというのは本当にすごいですね。




ラファエロ
聖家族
父ヨセフ、母マリア、幼子キリスト



ゴヤ

女優アントニア・サーラテの肖像



レンブラント

放蕩息子の帰還 





私には 絵について 語ることはできませんが すごい作品が 沢山 展示されていることだけはわかりました。


時空を超えて ダ・ヴィンチと 同じ絵の前に立っている。

考えた だけでも ゾクッとします。

K氏は 絵に対する 造詣も深く よく語ってくれました。

そして とてもタフでした。


モスクワ編は 次回へ。



安西節雄














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Last updated  2017.10.29 09:00:15
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