日々にあらたに！

創業者、祖父源太（1951年～1986年）





　ABC株式会社の創業は、戦後の混乱から抜け出し始めた1951年のことである。豪太の祖父の山田源太は、学業を終えて型どおりサラリーマンの道を選んだが、間もなく、自分は雇われ家業に向かないと悟ったらしい。とにかく新しいものを考えるのが好きだった。頭の中にはいつも何百というアイデアがうごめいていた。その中のひとつ、「これならいける！」と確信して、ビジネスにしようと思い立ったものがあった。源太は友人2人を説き伏せて仲間に誘い込んだ。源太35歳の春。

　商品を“ユメミール”とネーミングした。その名の通り、未来を夢見て、サラリーマン時代に貯めたなけなしの金をはたいて、仲間3人と古ぼけた空き店舗の一角を借りて夢の造形を始めた。治工具を使う手作業だった。四苦八苦すること半年余り、やっとイメージに近いものの輪郭が見えてきた。完璧とまではいかないまでも、思い描いていたイメージに９割方近づいたと見られたその時、これなら売りに出しても大丈夫と確信して、100個の製品を流通に乗せた。

　これがあっという間に売れた。注文殺到である。世の中は戦後の混乱からやっと抜け出し始めたばかりだ。当時としてはちょっとした贅沢品であったが、世の人々はこのようなものが現れるのを待ち望んでいたのだ。庶民でも少し辛抱してお金を貯めれば、手の届く値段だ。それにしてもこんなに売れるとは？源太はその時、ビジネスが成功する予兆を感じていた。50人もの人を雇う会社に成長するまでに、それほど時間がかからなかった。法人化して株式会社にしたのが1956年。源太40歳。翌年の経済白書で「もはや戦後は終わった」と謳われた。

　それからの10年間、ユメミールは売れに売れた。もう治工具だけに頼った手作業で作るようなことはしていない。口コミで商品の評判が広がって知名度が上がり、銀行が向こうの方から金を貸しにやってきた。その金で機械設備を入れ、生産性を格段に向上させた。それでもものづくりの肝心な箇所は、熟練工の技にものを言わせた。手作りの味を微妙に残して、ライバルとの差別性を堅持した。用途が広がり、幾つもの販路が出来てきた。

　1960年代半ば、所得倍増計画で、世の中は高度成長の真っ直中にあった。ところが皮肉にもこの頃、ユメミールの売れ行きに陰りが見えはじめた。フォロワーが類似品を出して追いかけてきたのだ。見た目も機能もユメミールとそれほど差がない。それなのに価格はユメミールより２割も安いときている。創業以来、初めて直面した危機だ。しかしここで踏ん張るのが先駆者の意地。安売り競争に巻き込まれるような愚かな真似はしない。知恵を絞ってユメミールを超えるノビールを出して巻き返しを図った。

　ノビールはユメミールの改良版だが、新たな機能を付加し、さらには軽量素材を使って薄型化した。軽薄短小の先駆けである。製品のライフサイクルに照らしてみると、ユメミールが導入期に市場を切り拓いた第一世代だったとすれば、ノビールは成長期を牽引した製品だった。しかしノビールがすべてユメミールに取って代わったわけではなかった。ノビールを出してもカニバリゼーションは起こらなかった。根強いユメミールファンが健在だったからである。

　ユメミールは金のなる木、ノビールは花形製品。誰の目にも、このまま順調に推移し、先行き何の不安もないように映った。ところがそこへ突然襲ってきたオイルショック。遮二無二頑張ってやっとの思いで乗り越えた時には、既に創業から四半世紀を経過していた。1976年、源太60歳。ここまで無我夢中で突っ走ってきて、気がつくともう還暦である。遅くても10年後には、社長を長男健太に譲りたい。

　70年代末の第二次オイルショックをも乗り越えた1980年、我が国の自動車生産台数が世界一になった。もちろん輸出の寄与率が大きい。家電製品の輸出も年々拡大して、貿易黒字はどんどん溜まり止まるところを知らない。欧米の日本バッシングが始まった。時代が変わる兆しが現れだした。そんな最中、源太齢70を迎え、思い描いていたシナリオ通り、社長ポストを長男健太に渡した。この時ABC株式会社の売上げは、記念すべき10億円を突破した。


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