カテゴリ:日本史
クロニクル 鳥羽・伏見の戦い
1868(慶應4)年1月3日 幕末・維新期の話しが続きます。 この日は、翌69年(明治2)年5月の函館戦争の終結まで続く戊辰戦争の開幕を告げた鳥羽・伏見の戦い が始まった日です。 前年10月、将軍慶喜は大政を奉還、12月には王政復古が宣言されていますから、政権は京都の朝廷に移っていましたが、旧幕府はなお隠然たる勢力を持ち、フランス公使ロッシュは、なお旧幕府への支援を継続する姿勢を見せておりました。これに対し、イギリス公使パークスは薩長連合中心の政府構想を強く支持し、幕末の日本を舞台に影では、英・仏抗争が深く渦巻いていたのです。 (日本の開国に決定的な役割を果したアメリカは、1861年~65年まで続いた大内乱、南北戦争で国内が大きく傷つき、対外進出は80年代末まで休止状態に陥っていました)。 ここに、薩長連合側が旧幕府側を徴発、この日鳥羽・伏見において戦闘が開始されたのでした。兵力は旧幕府軍が新政府軍の3倍を擁していたのですが、最新鋭の兵器を装備した新政府軍が優勢のうちに戦いを進め、翌日には勝利を決定付けたのでした。両軍の兵器の差が意味するところは、江戸、京、大阪をはじめとする各地の富裕商人層が政治の変革を望んで新政府側を支持、新政府側への資金の提供を拒ばなかったということです。豊富な資金力を誇る新政府軍は新兵器を大量に購入することで、兵器の質で旧幕府軍を圧倒することができたというわけです。 民意は幕府を見放していたのですね。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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