一番よく知っていることを考える
「自分が一番よく知っていることをしろ。つまり、ランナーなら走れ。ベルなら、音を出せ(イグナス・バーンスタイン)」“ベルなら、音を出せ!”って表現好きだなぁ。247ミュージックの丸山茂雄氏のblogにて“ライブ・エンターテイメント”のポジションについて興味深いことが書かれていて、ちょっと考えた。結論から言うと“ライブ・エンターテイメントの重要性は時代環境によって意味合いが変化する。今、何故ライブというメディアが重宝されるのか?唯一携帯を切ることのできる=無二の集中した時間だからなのだ。”どういうことかと言うと“ウォークマン”以降の音楽の聴き方というのは全てにおいてBGM化しており“音楽を聴きながら”本を読む“音楽を聴きながら”仕事をする“音楽を聴きながら”食事するなんていうのは当たり前で“音楽を聴きながら”“PC触りながら”“雑誌めくりながら”“携帯で打ち合せしてる”なんていう行為を、当たり前にしてる。とにかく、あらゆることを同時多発的にやってしまいますね。うん。日本テレビの土屋Pいわく“TVも同じくBGM化している”と。だから、集中して見ないと前後のつながりが分からなくなるような緻密に作り込んだ番組は視聴率がとれなくなっているそれが今の時代。テレビもパソコンもない時代はラジオを集中して聴いたしレコードの前で音楽を聴く時間は独立した存在だった。コンサートやお芝居という“ライブ・エンターテイメント”は今でいうTVメディアのような役割を果たしていたのでそこいら中に劇場があったわけだ。いまはたくさんのメディアがありすぎて、よっぽど決意しない限り1つのメディアに集中するということが、無いですよね。そんな時代にあって“映画を見ている時間”“コンサートを見ている時間”“舞台を見ている時間”コレはすなわち携帯を切る時間帯携帯に出ない時間帯なんです。僕が何故、生の舞台を見る時間が特別に好きなのか少し分かったような気がする。集中する場を人は求めている。あたりまえだけど、携帯を切る場面ってそうはないよね。さて本日5/4福岡演劇祭の二本目に藍色りすと“デコラヴ”を“西鉄ホール”で見た。福岡の女性劇団。ようやく代表の太田サンにも会うことができた。演劇とひとくくりにしてはいけないような作品の数だけ、演出家の数だけ役者の数だけ、劇場の数だけあらゆる種類の表現方法があるいちいち関心しながら見てました。舞台というのはすごくぜいたくなメディアで貴重な時間だなぁとしみじみと思ったのでした。