カテゴリ:観念重視から事実重視への転換
東日本大震災では多くの家屋が倒壊し、多くの人が犠牲になった。
ところが被害が驚くほど少なかった場所がある。宮古市の姉吉地区だ。 2011年4月10日の河北新報は次のように伝えている。 「此処(ここ)より下に家を建てるな」 先人の警告を刻んだ石碑が立つ宮古市重茂の姉吉地区(11世帯、約40人) 沿岸部の家々が津波で押し流された宮古市で、ここは建物被害が1軒もなかった。 海抜約60メートルの地点に建立された石碑の教えを守り続けてきた住民は、あらためて教訓の重さを胸に刻んでいる。 姉吉地区は、明治三陸大津波(1896年)で60人以上が死亡し、生存者は2人だけ。 昭和三陸津波(1933年)では100人以上が犠牲になり、生き残ったのは4人。 2度とも壊滅的な被害に遭った。石碑は昭和三陸津波の後、住民の浄財によって建てられた。 津波は今回、漁港から坂道を約800メートル上った場所にある石碑の約70メートル手前まで迫ったという。 海辺にいた住民らは地震後、坂を駆け上がって自宅に戻り、難を逃れた。 この事実は何を教えてくれているのでしょうか。 津波の恐ろしさを身を持って体験した人が、失敗から学んだことを後世に教訓として残していたということです。 また後世の人はその先人たちの教訓を忠実に活かして生活していたということです。 二度にわたる災害は失敗ではなかったのです。 高価な授業料についたが、教訓となって大勢の人命を救ったのです。 災害は誰にでも起こりうることです。また失敗は誰でも経験することです。 失敗に学び、失敗を活かすことが出来ればそれは断じて失敗ではない。 貴重な成功をもたらすのである。今回は住民の命を救ってくれた。 「災い転じて福となす」という言葉があります。 この言葉の意味を噛みしめてみる必要があります。 神経質な人は最初からミス、失敗を避けようとします。 嫌がって逃げまくっています。 その結果経験が不足してきます。 失敗から学ぶという体験がないままに大人になってしまいます。 そして大人になってそのつけは確実に襲ってきます。 残念ですが、その時の反省はすでに時遅しです。 姉吉地区の話は、常日頃から失敗を経験し、失敗を受け入れ、対策を講じることの大切さを教えてくれています。 集談会で人間は3000回の失敗を経験して立派な大人になれると聞きました。 我々は失敗の数が圧倒的に少なすぎます。 小さな失敗の経験は、貴重な体験となります。 そして、将来の大きな取り返しのつかない失敗の防波堤になっているということを忘れてはなりません。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2024.05.31 10:22:55
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