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森田理論学習のすすめ

森田理論学習のすすめ

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2018.05.11
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今日は「自己肯定感」と「自己受容」について考えてみたい。
「自己肯定感」とは、どんなに辛い状況にあっても、決して投げやりになることなく、将来に希望を見出して自分を信じることができる人である。あるいはいくら他人から自分のことを否定されようとも、それに振り回されないで行動できる人のことである。自分が自分の最大の味方になっている人のことだろう。

「自己受容」とは、 「かくあるべし」という理想主義、完全主義的な考え方をしないで、今現在の自分の状況を踏まえて、そこから一歩前を向いて行動できる人である。
現状や事実を大事にして、事実本位の生活を送っている人のことである。
森田で言う思想の矛盾で苦悩や葛藤を抱えていない人である。

神経質者は、目の前に手強い壁が立ち塞がるとすぐに諦めてしまう人が多いようだ。
また、他人から避難や否定されると、すぐに自己嫌悪や自己否定に陥ってしまう。
さらに、完全主義や完璧主義が強く、現実でのたうちまわっている自分を、軽蔑して、理想の自分に引き上げようと涙ぐましい努力している。
つまり集談会では、 「自己肯定感」 「自己受容感」が持てないで生きづらさを抱えて悩んでいる人が多いようだ。

ところで、この問題を考える場合、今までは十把一絡げに取り上げていたが、これではまずいのではないか。その中身を分析してみることが必要である。そのヒントを見つけた。
これは名古屋の生活の発見会の会員が、「自己受容」に関しての論文を発表してくれたのである。
これは全国の会員にメール配信されていると思われますのでぜひご一読ください。
内容はとても格調の高いものです。事実に基づく分析はとても好感が持てます。
私は、その中で「自己受容測定スケール」に興味を持ちました。
その中身は「自分の生き方」「対人関係」「神経質性格」「身体・容姿」「自分の能力」などである。
それぞれについて、「自己受容」の変化の度合いを検討していくのである。

これを私の場合で説明してみたい。
まず「生き方」の指針であるが、森田を知る前は全く将来に対して希望が持てなかった。
現在は、神経質性格の持ち主としてどう生きていけばよいのかが分かった。
それに沿って毎日の生活をしている。この方面での自己肯定感、自己受容はほぼ100%に近い。
森田を深めていけば誰でも人生観を確立できると思っている。

次に、「対人関係」をみていきたい。私の症状は、対人恐怖症であった。
他人が自分のことをどう見ているかについて四六時中気になっていた。
注意や意識が内向化して、専守防衛に偏っていたため、苦しくて仕方がなかった。
現在は、人の思惑が気になるという自分の性格特徴はそのままである。
ただ、そのことに引きずられて、やるべきことから逃げたり、嫌な人を避けたりするという事はかなり減ってきた。
対人関係に伴う葛藤や悩みはあるが、最低限の必要なことだけはこなしていけるようにはなった。
また、それ以上に大きいのは、気の合う人、趣味の合う人などとの交際が格段に増えたことである。
さらに集談会を通じて全国の多くの人と親交を結ぶことができた。これも精神的支えとなっている。
今ではこうした薄い人間関係をどんどん拡大していきたいと思っている。
100%修正できたと言いたい所ではあるが、実感としては70%くらいか。

次に、「神経質性格」である。
これについては、森田理論学習を始める前は、心配性でちょっとしたことにこだわりやすい性格が嫌で仕方がなかった。
そのことで親を恨んだりもした。森田理論学習によって性格には二面性があることがわかった。
心配性であるという事は、感受性が非常に鋭く豊かであるということに気がついた。
また、普通の人は気がつかないような事にどんどん気がつくという優れた性格であることもわかった。
自己内省力もあり、好奇心旺盛で生の欲望も強い。
夢や目標に向かって粘り強く努力していくという特性も兼ね備えていることがわかった。
今ではこの神経質性格を与えてくれた自分の親、特に父親に対してとても感謝できるようになった。
以前は憎んでも憎み切れない父親だと思っていたのには全く様変わりした。
この点での自己肯定感、自己受容は100%である。

次に、「身体・容姿」である。身体面では、身長は低く、肥満気味である。
身長が低いことに対して、ずっと劣等感を持っていた。
今はほとんど感じないが、背の高い人と話をしていると威圧感があった。
何よりも今まで大病をしてこなかったことが幸運であった。
容姿は全く自信がない。それは他人と比較するからであろう。
髪は抜け落ちてしまった。顔かたちもどちらかと言えば見栄えが悪い。
しかし最近、あることに気がついた。私の周りには紳士的な人が多いのだが、そういう人の中には歯が悪くて歯医者通いをしている人がいる。あるいは入れ歯をしている人もいる。
その他にもガンになったり、若いにもかかわらず痴呆状態の人もいる。
このように考えると、全体で見るとバランスがとれているのではないだろうか。
「身体・容姿」の面の自己肯定感、自己受容は100%とは言い難い。
でも70%ぐらいはいっているような気がする。

次に「能力」である。森田の学習をする前は私に特別な能力があるとは全く思っていなかった。
そのために、世の中で生きていいくことができるのだろうかと、とても不安であった。
森田理論学習を始めて、神経質性格を実際の生活の場面で生かしていけば、それが他人と違う能力の獲得につながるということに気がついた。
例えば細かいことによく気がつくという性格であるが、気がついたことをきちんとメモして実践、習慣化すれば、大きな能力の獲得につながることがわかった。
それを仕事の面で応用したところ、会社の上司から高評価を受けることができた。
自己内省という面であるが、これは出来事や現象を詳細に分析して、将来の予測をたてたり、事前に危機を防止することに役立つ。そのおかげで森田関係の本も3冊書くことができた。またこのブログも5年以上にわたって、ほぼ毎日無理なく投稿できているのも、この能力のおかげではないかと思うようになった。
好奇心が強く生の欲望が強いという性格を生かして、生活の幅が以前と比べて格段に広がってきた。
それに伴って貴重な人脈も増えてきた。この方向で生活していけばほぼ間違いないないという段階にまで達して来た。
能力は、実行することによって自信をつけ、さらに弾みがついて、最終的に能力の獲得として身に付くものだと思う。この面の自己肯定感、自己受容は100%である。

集談会では、「自己肯定感」が持てないというような話が出るが、このように分解して、具体的に検討してみることをお勧めしたい。このように分析すれば、全部の分野で、「自己肯定感」が持てないということはあり得ないのではないか。
私の場合、こうして振り返ってみると、「自己肯定感」「自己受容」は森田理論学習と実践に伴い徐々に確立されたものである。
ですから、もし森田理論学習に出会うことができなかったならば、「自己肯定感」「自己受容」を獲得することなく、人生を終わることになっていたと思われる。






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Last updated  2018.05.11 06:30:11
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