カテゴリ:感情の法則
私は県外に単身赴任をしていた時、その地区にある森田の勉強会に参加していました。
その会では、後日会合の様子がメールで送られてきました。 故郷へ帰った後は、遠方なのでその勉強会には参加することができませんでした。 でも、そこで知り合った仲間とは離れ難く、メールの送信が必要かどうか聞かれたので、 「ぜひ送ってください」とお願いしました。それから10年間毎月メールで送られてきました。 ところが最近、個人情報の内容が含まれているので、メールの送信は中止することにしたという連絡が入りました。 送信してくれていた人は、メールを一方的に送るばかりで不安になられたのだと思います。 それはちょうど、真夜中に不審者が自分の家の中を覗いているような気味の悪さだったのだろうと思います。誰だって相手のことが分からないと疑心暗鬼になり、不安でいっぱいになるでしょう。 その不快感を払拭するために、私に対して一方的にメールの送信を拒絶されたのです。 気味の悪い不快な感情を取り去ることに注意が向いていたのだと思います。 私は、わかりましたと返事をしました。しかし、どうも納得ができませんでした。 これは不気味な感情に対する短絡的な対応なのではないでしょうか。 では、この場合は気味の悪い感情をどのように取り扱えばよかったのでしょうか。 気味の悪い感情をそのまま受け入れて、はからいをやめるとどうなるでしょう。 不快な感情に抵抗しなければ、それ以上に大きくなることはありません。 また軽率な行動に走ることも避けることができます。 この場合、不快な感情に対して、そこを出発点にしてどのように行動すれば、不快な感情をなくすことができるのか考えるようになります。 ハンドルネームで書かれているけれども、個人情報も多々含まれているので、漏えいすることには最初から抵抗がある。これは誰でもあります。 そこで、守秘義務違反はしませんという文章を作成してサインをしてもらうのはどうだろう。 サインをしてくれた人にだけにメール送信を行うようにするのだ。 さらに、一方的にメールを送るばかりで、相手はそのメールをどのように取り扱い、読んでいるのかわからない。これが不気味さの大きな原因になっている。その問題をどう取り扱うか。 私なら、少なくとも3ヶ月か4ヶ月に1回は、その人の近況を必ず報告してもらうように義務付ける。 そして、それを2回ぐらい怠った場合は、申し訳ありませんが、メール送信を打ち切ることをあらかじめ了解してもらう。 そうすれば、自分と相手が双方向の交流ができるので安心である。 また、他のメンバーも昔交流した人の動向がわかるので、交流の幅が広がって楽しい。 なにより勉強会が井戸の中の蛙になることを防ぐことができる。 そういう交流が深まってくれば、遠距離で学習会に参加できない人でも、なんとか工夫して1年に一回とか、2年に一回ぐらいは参加するようになるかもしれない。 そうなればその学習会自体が活性化してくるかもしれない。 不快な感情を払拭するために、相手に「かくあるべし」を押し付けるのは弊害が多い。 反対に不快な感情を受け入れて、その感情を基にして、自分はどのように手を打てば良いのかと考えていけば、事態は好転していくのである。 感情の取り扱い方は誤らないようにしてほしいものである。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2019.01.24 06:30:09
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