図書館で『外国人記者が見た平成日本』という本を、手にしたのです。
どこを開いても・・・外国人記者による見慣れない視点が出て来るわけで、興味深いのである♪
【外国人記者が見た平成日本】
ヤン・デンマン著、ベストセラーズ、2018年刊
<出版社>より
現代日本に蔓延している悪性のニヒリズムはいったいどこから来ているのか? これほどまでに高まっている「不信感」はどうすればよいのか? 『週刊新潮』の名物コラム「東京情報」の執筆者で自称オランダ人記者ヤン・デンマンによる珠玉の平成日本の比較文化論。
<読む前の大使寸評>
どこを開いても・・・外国人記者による見慣れない視点が出て来るわけで、興味深いのである♪
rakuten外国人記者が見た平成日本 |
本を予約する際には、新刊本か文庫本かを選ぶことになるのだが・・・
文庫本文化が語られているので、見てみましょう。
p278~281
<豊饒なる文庫文化>
2017年、文藝春秋の社長が全国図書館大会で「図書館で文庫を貸し出すのはやめてください」と発言した。それが文庫市場の低迷に影響している可能性があるとし、読者に対しては「文庫は借りずに買ってください」と訴えた。
アルバイトの小暮君が資料を配る。
「文庫市場は2014年以降、年率約6%減と大幅な縮小が続いています。文庫は文藝春秋社の収益の30%強を占める最大の収益事業で、『週刊文春』などの雑誌事業を上回っているそうです。だから、文庫本の売り上げ低迷は死活問題なんですね」
もっとも、図書館の本の貸し出しは、出版物販売に負の影響を与えてはいないという研究結果もある。
フランス人記者が顎髭を撫でた。
「オレは文藝春秋の社長の意見に賛成だ。そもそも文庫は、単行本として刊行された作品を、より広範な読者に対し、手に取りやすい価格で提供するものだろう。出版社からすれば、同じ作品を半分以下の値で売るわけで、たくさん売れなければ採算が取れない」
<貧乏学生でもカントを買える>
たしかにそうだ。図書館は、個人で入手するのが困難な本を、知識へのアクセスが社会にとって重要であるという理由で無料で貸し出している。高価な学術書や専門書の出版も、図書館の買い上げが生命線になっている。
しかし文庫は、そもそも誰もが容易に知にアクセスできるようにつくられたものだ。今の図書館は、誰もがいつでも買えるものを無料で貸し出し「市民のニーズに応えている」と勘違いしているのではないか。
イギリス人記者が同意する。
「民間がやるべきことと公の機関がやるべきことの区別がついてないんだな。貸し出し数が多ければ市民サービスの要求に応えたと思い、貸し出し数が少ないと税金の無駄だと勘違いする。だが、税金の正しい使い道は、民間の論理では成り立たないサービスを公の論理で提供することなんだ。公務員が民間と同じ論理で動くのは、民業圧迫以外の何物でもない」
先輩ジャーナリストのY氏が頷く。
「誰も借りないような難しい本を所蔵するから図書館は価値があるんです。文庫を無制限に貸し出すのは、文化の破壊につながると思いますよ。文庫は日本の読書文化の中核です。貧乏学生でもカントの『純粋理性批判』を買うことができる。図書館は無料だから、一見、貧乏学生に優しいようですが、肝心の版元がダメージを受けるなら、良書の出版が妨げられることになりかねません」
文庫の最大の魅力は、気軽に古典に触れられることだろう。文庫がなくなり新刊本ばかりになったら、薄っぺらい世の中になる。世界を見ても、古典を持たない国はバカにされている。一方、イタリアのように豊饒な文化、古典を持つ国は、経済的に停滞していようが一目置かれる。
日本には古事記、万葉集、源氏物語、平家物語などの古典があるが、われわれ西欧人が日本を重視する理由はまさにここにある。
小暮君が鞄から岩波文庫の『存在と時間』を取り出した。
「僕は今、ハイデガーを読んでいるんです。岩波文庫は日本で最初の文庫ですよね」
Y氏が首を振る。
「いや、新潮文庫のほうが先です。でも、休刊して、岩波文庫ができた後に復活している。岩波文庫の巻末に有名な『読書子に寄す』という創刊の辞があります。その中に、『吾人は範をかのレクラム文庫にとり』という一節がある。岩波はドイツのレクラム文庫を真似したのですね」
資料によると、レクラム文庫の創刊は1867年なので、明治維新の頃だ。岩波文庫の創刊は1927年、第一次新潮文庫は1914年である。
小暮君が身を乗り出す。
「なるほど、文庫という形態は日本独自のものではないんですね」
<似て非なるペーパーバック>
フランス人記者が唸る。
「だが、レクラム文庫の位置づけは、日本の文庫とは少し違う。ドイツは職人文化が根強いので、18歳で中等教育を終えてそのまま大学に進むのは一部のエリートだけだ。日本人はドイツと聞くとカントやヘーゲル、マルクスを思い出すのかもしれないが、レクラム文庫でそんなものを読むドイツ人はごく少数だ」
イギリス人記者はベトナム戦争を取材している。
「アメリカのペーパーバックも文庫に似ているが、やはり位置づけが違う。通俗小説が中心だし、読み捨てを前提にしているので、非常に安い紙を使っている。日本の文庫は非常にいい紙を使っているだろう。ベトナムでは基地間の移動のため軍用ヘリに乗ったことがある。その待合所に、大量のペーパーバックが並んでおり、何気なく1冊を手に取ったら、面白くて移動中に大方読み終えた。移動先の待合所に置いてきたが、兵隊たちもそうしていたようだ。日本の文庫より、あらゆる意味において“軽い”のがペーパーバックの魅力だろう」
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