図書館に予約していた『イラク水滸伝』という本を、待つこと8ヶ月半ほどでゲットしたのです。
著者の高野秀行という人は、角幡唯介さんとともに今の日本ノンフィクション界の先陣を走るような人なんですね。
「
探検本あれこれ」という括りを設けているんですが、高野秀行さんの作品を5作ほど取り上げていて・・・個人的には探検家トップの地位を築いておるわけです♪
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【イラク水滸伝】
高野秀行著、文藝春秋、2023年刊
<「BOOK」データベース>より
アフワールーそこは馬もラクダも戦車も使えず、巨大な軍勢は入れず、境界線もなく、迷路のように水路が入り組み、方角すらわからない地。権力に抗うアウトローや迫害されたマイノリティが逃げ込む、謎の巨大湿地帯。中東情勢の裏側と第一級の民族誌的記録ー“現代最後のカオス”に挑んだ圧巻のノンフィクション大作!
<読む前の大使寸評>
この民族誌的記録は“現代最後のカオス”ってか・・・ワクワクするでぇ♪
<図書館予約:(1/06予約、副本3、予約86)>
rakutenイラク水滸伝 |
まず「第1章 バクダード、カオスの洗礼」の冒頭を見てみましょう。
p23~26
<1有田焼のお土産が困惑を呼んだ理由>
ドバイ経由のエミレーツ航空でバグダードの国際空港に降り立ったのは2018年の年明けだった。
幸いなことに、前年の7月、イスラム国最大の拠点だった、イラク北部の中心都市モスルを政府軍が奪還し、イラク国内においては内戦が終結していた。心配の種は一つ減ったことになる。ただ、ISの残党はイラク各地に潜伏しているとされ、予断を許さない状況だ。
内戦中だったり治安が極度に悪かったりする国では、玄関口となる国際空港にはピリピリした空気が流れていたり、不安をかき立てる喧騒が巻き起こっていたりするのが普通だ。だが、バグダードの空港はちがった。敷地も建物も規模が小さく、田舎くさい。銃をたずさえた警備の兵も見えない。
「岩みたいな歩とが大勢おるな」と山田隊長が土佐弁の抑揚で言う。たしかに取りつく島もなさそうな、強面風のアラブ人のみなさんが入国審査の列に並んでいる。でも彼らは物静かだった。
驚いたのはイミグレーションの係官たちがろくに英語を話さないことだ。私に応対した全身黒づくめの服を着た若い女性係官はえらく態度が悪く、誰彼となくアラビア語で怒鳴り散らしている。こういう係官は二、三十年前にはアフリカ辺りでときどき出会ったが、最近では皆無だ。他の係官のところへ回されたが、彼も英語は片言のみ。アラビア語を少しでも習ってきてよかったと思った。スタンプを押してもらい、これでイラクに30日滞在できるとのことだった。
荷物をもって外に出ると、想像以上に寒かった。東京ほどではないにしても、ダウンジャケットがふつうに必要である。兵隊や警察の姿はなく、ヤシの木が立ち並び、のどかな風景だ。モロッコかチュニジアの地方都市に降り立ったような錯覚をおぼえる。
バクダードの治安は劇的に回復したのだろうか。首をひねりながらミニバスに乗って、迎えに来ているハイダル君と待ち合わせした場所へ向かった。
ハイダル君は私たちを見つけると、「ウェルカム!」と言うと同時にホッと胸をなで下ろす仕草をみせた。「遅いからすごく心配になったんだ」
彼のお兄さん、アサムさんの古い三菱パジェロに乗り込んだ。今回はこのお兄さんの家に世話になると聞いていた。
「バグダードはどう?」とハイダル君に訊くと、「あまりよくない」と彼はため息をついた。
実は治安が回復しているわけでは全然なかった。空港が過激派によるテロの最大のターゲットになりうるため、空港から5キロぐらいの地点で一般の車両および人の立ち入りを禁止していたのだった。さらにその地点から町へ行くときはいいが、町から空港方面に向かうときには検問が5ヵ所以上あり、金属探知機やシェパード犬、Ⅹ線などを総動員した、爆発物がないか荷物をチェックしているとのことだ。
垢抜けない茶色やベージュ色・・・つまり土色をした低層の建物が並ぶ埃っぽい道を20分ほど走ると住宅街に入った。後で知ったが、現在この辺りはすべてシーア派の住民が住んでいる。車は一軒の家の前で止まった。ハイダル君の生家だ。両親が亡くなった現在は、家を半分に区切り、二人のお兄さんとその家族がそれぞれ住んでいるという。彼らもまたシーア派だ。
私たちは右側の入口から中に招き入れられた。イラクでは靴を脱いで入る。立派なソファが並んでいたが、私たちはみな、ふかふかした絨毯の上にじかに腰を下ろした。アサム兄さんは正座をしていた。意外なことに、イラクの人たちは床にじかに座るばかりか、ふつうに正座もするのである。当然、私たちも正座だ。
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『イラク水滸伝』3:続き(その2)
『イラク水滸伝』2:続き(その1)
『イラク水滸伝』1:はじめに