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家曜日~うちようび~

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Q輔。「家」とは「ホーム」のこと。

2021.04.14
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裸眼という言葉を知らなかったのです。

裸の目。

眼鏡もコンタクトもしていない目。

ずっと裸の目の当事者だったので、何気に知識がなかったのでしょう。

実は先月から眼鏡なるものをかける生活になりました。

もうね、テレビ観てても、演者の顔がぼやけて誰が誰だか分かんないのよね。

道路標識も、結構近くまで来ないと判断できねえ始末なのね。

眼科で診てもらったらさあ。

裸眼でも生活できるレベルですが、眼鏡をかけることをお勧めするレベルでもあります。

とのこと。

んじゃあ、ってんで、眼鏡フルライフ。

かけたりかけなかったりは、逆に目を悪くするなんて話も聞いて、

四六時中かけっぱなしフルライフ。

僕の眼鏡は妻が選びました。

貴方は丸眼鏡以外かけてはなりません。だって私の好みなのだから。

とのことで、いつもの様にいつもの如く、僕に選択権はありぁあせん。

鏡の向こうに江戸川乱歩。

ふと、人生の手慰みに、小説でも書いてみようかなんて、

思ったりして、すぐに忘れて。


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最終更新日  2021.04.14 19:40:06
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2021.04.11


僕のとある知人女性に、お孫さんが生まれた。

その女性は僕より三歳年上で、今年五十歳になる。

はやっ!

その報告を聴いた時、感覚だけで一瞬そう面食らったが、

よくよく考えたら、いたって自然な計算が成り立つ。

その女性が二十代前半で出産し、その子が二十代前半で出産すればそうなる。

知人のご両親は、まだ七十代前半という若さで、ひ孫の顔を拝めるという。嬉しいだろうなあ。

知人は、若くして離婚をして、女手ひとつで娘二人を育て上げ、いろいろと大変だったと思うが、

はやくに子育てを済ませているので、現在は悠々自適な毎日を送り、孫まで授かるに至っている。

兎にも角にも、おめでとうございます。

さて、僕はといえば、長女を授かったのは、三十五を過ぎてから。

次女にいたっては、四十の時。

仮に次女が大学に進学したとすると、卒業する時、僕は六十を過ぎている。

孫?
・・・なっげえ。
いやはや、健康って財産だなあ。僕の健康、イコール現金だ。あははは。

僕等ぐらいの歳になると、ぼちぼち同世代各個人の健康状態に大きな差が出始めるっすね。

心身の何かしらの不調で、働きたくても働けないという人の噂を耳にすることしばしばっす。

もうこうなってくると、最終的には健康こそが、持って生まれた才能ってやつではないかとすら思える。

もちろん才能は努力ありきですが。

ちなみに、僕がもっと早くに子供を授かりたかったかというと、うんにゃ、そうでもない。

まあ、すべては結果論で、今だから言えるし、

幸いにして子を授かったから言えることではあるのだが。

僕は、ある程度人生経験を重ねた上で子を授かることが出来たことは、本当に有難かったと思っている。

妻はどう思っているか分かんねーから、あんま勝手なこと言えねーんだけども。

んーでも仮に、妻と結婚する前や、結婚して間もない時期の、

あの精神状態の極めて未熟な頃の自分に子供があったとして、

僕が人並みの子育てや労働をし、妻の望む給料を家庭にパス出来たかというと、

うーーーーむ、我ながら、いささか怪しい。あはははは。

あと、同じく今だから言えるが、

正直「毒親の連鎖」っちゅうのも、個人的にはすんげー気にした。

自分に潜む、いらない血、壊れた血、ダメな血が、怖かった。

自分の子を自分は愛せないのではないか?という不安があった。

今では笑い話だが。分かる人には分かると思う。

僕たちは、なかなか子供を授からなかったが、

その十年に及ぶ妻との二人きりの生活のなかで、

この心は、かろうじて成人した。

夫婦二人であったので、家庭を顧みず、馬鹿みたいに働くことも可能で、

子供が生まれた時には、金銭にさほど苦労は無かった。

あの日々のおかげ。

あの日々よ、ありがとう。

この世のあらゆる問いは、必然的に解に向かう。

すべてのコトガラは、あるべくしてそこに立っている。

そういうことです。


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最終更新日  2021.04.11 16:20:18
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2021.04.07


桜の頃も、終わりの頃。

迫りくる太陽の季節を前に、日に日に高ぶるアチキの想い。

聞いてくださる?

アチキ、キャンプに行きたい!

なんかね、ちょっとそこのコンビニで肉まん買ってくるぐらいの感覚で、

ぶらりとキャンプにお行きなさるアクチブなご家族のブログとか見てるとさ、

まじ大自然サイコーって思うわけえ。

水は冷たい火は熱い。夜は暗いし虫は痒い。夏は暑いが木陰は涼しい。

そんな当たり前のことを、ぜひ子供たちに体験さねばと、パパっち焦るわけ。

イオンとか、ららぽーととか行くとさ、アウトドア用品店をウロウロしながら妻といつも悩むのよね。

テントから何から、初心者がグッツを一式揃えたら、いったいいかほど掛かるんかしらんとか。

大金掛けて購入したものの、すぐ飽きちゃって、ドブ捨てだったらどうしようだとか。

逆にアウトドアに泥沼の如くハマっちゃって、仕事どころじゃなくなっちゃって、

その挙句、事実上の野宿生活に陥ったらどうしようだとか。

うおおおおお、キャンプに行きてえ!おら行きてえだよ!だって行てえんだ!・・・でも怖い。

なんかね、何度イメトレしても、脳内ですでに大惨事。

木漏れ日の下、家族で和気あいあいとテントを張る。

まあ、毎度毎度ここまではいいんだけどね。

ここから僕の想像の中ではいつも、

どこからともなく飛んできた一匹の蛾が、害虫恐怖症の妻の顔面に止まる。

閉所恐怖症の次女が、テントの中で常軌を逸する。

暗所恐怖症の長女が、夜中に情緒不安定になる。

そこからともなく聞こえるオオカミの遠吠えが、徐々に遠吠えじゃなくなる。

風音や虫の音や草木の擦れる音から、いるはずのない異形の世界の住人の言葉を汲み取る。

「ここに何しに来たやがった、呪ってやる、末代まで祟ってやる」

「おい、旨そうな人間だぜ、喰っちまおうぜ」

嫌ああああ!来るんじゃなかった!来るんじゃなかった!キャンプなんつぇえええ!

もうね、行く前から、後悔しかない。

イメトレなんだから、こっち都合でハッピーエンドでいいのにね。

とっほほほおおお。

ああ、キャンプ。

ねえ誰かアチキを連れてって。

憧れの。大自然の。



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最終更新日  2021.04.07 21:11:07
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2021.02.14




バレンタインデー。

妻がチョコレートを作ってくれました。



・・・うわあ。

お惣菜?

マグロの角煮?

女子力ひきーなオイ。


大変美味しゅうございました。



さて。



あなたのご両親は、終活をしていますか?

また、あなたは終活をしていますか?

このブログでも何度も触れていますが、僕の母は交通事故で、ある日突然死にました。

あなたの両親が、ある日突然亡くなったら、あなたは先ず何をどうしますか?

また、あなたがある日突然死んでしまったら、あなたの家族は先ず何をどうすると思いますか?

今回は、母が突然亡くなって、当時の僕がオロオロと困り果てた体験談を書きます。

俺っちのブログなので、言うまでも無く以下はあくまで俺っちの私見っすけどね。

すんませんが、よろしければ、ご参考までに。


事故当日未明、警察での遺体の本人確認は、僕が一人で行いました。

父は健在ですが、早くに母と離婚しており、戸籍上は他人だからです。

その日、警察の遺体安置所で母の本人確認をするや否や、

速やかにその場から遺体を引き取るよう、警察に指示されました。

ええ、引き取っれって言われても、今から家に連れて帰る訳にもいかねーし、どーせいっつーの?

オイラ、ちょっくら、今日は一人で家に帰って、明日の朝あらてめて出直したいっす。

つったら、警察官がキッとした表情で「今すぐ。速やかに。」つって譲んねーの。

なんかね。決まりみたい。待ったナシ。

・・・あの、すんません、こういった場合、遺族のみなさん、どーされてます?

オイラ、恥を忍んで警察に訊いたっつーの。

そしたら「みなさん、故人が互助会に入ってる葬儀屋に連絡しています。すぐに遺体の引き取りに来てくれます。」とのこと。


さて、ここで【困ったその①】

母が、互助会に入っているのか?いないのか?

入っているならどの葬儀屋なのか? 

お恥ずかしながら、さっぱり知んねー。

もう埒が明かねーから、警察にタウンページ借りて、

「ここから一番近い」というざっくりとした判断基準だけで、とある葬儀屋に連絡。

いやあ、おでれーた。速い速い。待ってましたとばかりに、一時間後には引き取りの車が来た。

後で調べた結果、母は互助会などには入っていませんでした。


葬儀会場に着いたら、さっそく通夜式・告別式の打ち合わせに入る。

主にセレモニーの内容・費用に関する細々とした決定を、矢継ぎ早に迫られる。

ここで【困ったその②】

葬儀をどれほどの規模にするべきか?


どんな葬儀を母は望むのか?

どんな葬儀であれば、母がお世話になった人たちに納得してもらえるのか?

生前に、それとなーくでも訊いときゃよかった。

僕は、個人的には家族葬で送り出したかった。

んが、母の事故を知った知人のアドバイスなどに半ば押し切られる形で、結局は一般的な葬儀を執り行った。

もし、母が家族葬を強く望んでいたなら、僕は故人の意思に背いたことになる。


さらに【困ったその③】

どの宗派で送り出すか、その場で決定しなければならない。

あなたは、ご自分の家系の宗派を即答出来ますか?

また、故人がその宗派での葬儀を望んでいると言い切れますか?

戸籍上僕の親権は母にあったが、母も僕も父の苗字を名乗ったままなので、

この場合、父の家系の宗派で送り出すのが正しいのかな?

または、母方の親戚が大勢来るわけだから、母の実家が代々信仰している宗派で送り出すべきなのか?

はたまた、母は生前とある新興宗教に入信していたので、やはりその宗派で送り出すべきか?

ただし、僕はその宗派の教義に個人的にどうしても首を傾げるところがあったので、正直それは避けたかった。

だから、母の実家の宗派で送り出したいと、葬儀屋の担当者に僕の希望を伝えた。

しかし、その担当者に、一般的な傾向や後の様々なトラブルなどを交えて熱心に説得され、

結局、母が生前信仰していた宗派で執り行うことが無難であるという結論に至った。



長女が封筒に書いた絵。 日に日に画力がスゴイ説。



さて。なんぞかんぞで滞りなく葬儀を終えると、翌日からは遺品整理や住居撤収の準備を進めていく。

そん時【困ったその④】

当たり前の話だが、母も突然交通事故なんかで死ぬとは思ってないので、

貯金、借金、年金、保険関係、新聞、牛乳、その他諸々のお金の出入りについて、

第三者が一目すれば分るように整理されたメモは、どこにもなく、

探偵が事件の手掛かりを探し、謎を解いていくかのように、すべて自力で解読していかねばならなかった。

正直この作業が一番難攻し、時間がかかった。


とどめの【困ったその⑤】

お墓がない。


生前の母に、自分の墓を買うお金なんてなかったし、僕も買ってないし。

母の実家を頼るにせよ、母の実家は尾張名古屋からは遥か遠い、房総半島最南端、千葉県館山市。

仕方がないので、別れた夫である僕の父にお骨をあずけ、

懺悔の意も込めて父が死ぬまで手元供養させることにした。

父が死んだら、僕が責任持って二人を同じ墓に納めるつもり。



裏側もこの通り。何か模写してんのかと思ったら、オリジナルらしい。



ちなみに、こんなドタバタな状況の中でも、

今思うと、なかなかのファインプレーだったと思う事柄を二つ報告しておきます。

【ファインプレーその①】

母の銀行口座の凍結を避けた。

原則として故人の銀行口座は、たとえ親族といえど、第三者が勝手に引き出し出来ないように凍結されてしまいます。

誰かの勝手な引き出しによる遺産トラブルを避ける為というのが理由です。

凍結解除の手続きには早くても二週間。長いと半年ほどかかる場合があるらしい。

もちろん葬儀屋や市役所から、銀行に故人の個人情報が送られるわけではありません。

何故凍結されるかと言うと、親族が窓口に相談に行くからです。

「母が急死しました。息子です。至急お金を引き出したいのですが、口座の暗証番号が分かりません。」

「大変申し訳ありません。今聞いてしまった以上、この口座は凍結されます。」

ってな流れみたいっす。

うちはね、たまたま姉が母の銀行口座の暗証番号を知っていたのです。

何かと現金が入り用だったので、たしゅかったー。

あなたは、ご両親の銀行口座の暗証番号を知っていますか?



【ファインプレーその②】

専用の銀行通帳を作った。

お茶代に至るまで領収証を残し、専用のスクラップブックに貼り付けた。

一連の処理にかかる諸費用は、いったん全て僕が立て替えることにしたので、

先ず銀行で新しい口座を作りました。

少額ですが、母が残していたお金も、全てそこに移し、

病院への支払い、役所への届け、葬儀、遺品整理、住居撤収までの様々な諸費用の出入りを、

全てその通帳内で管理しました。

こうすれば万が一親族間でトラブルがあった時に、お金の流れを皆で堂々と確認することが出来ます。

家庭内の他の現金の動きがある通帳は、他人に見せにくいでしょう?

それとあわせて、通帳を通過しない現金での支払いの諸費用はお茶代に至るまで領収証を残しました。

親族間に妙にシビアな空気が漂う時期だからこそ、

えーわえーわで、おごったりおごられたりしないように。

大切な人を亡くした悲しみとは全く別ごと。

お金の管理は事務的に。


以上っす。

うちはね、僕の父はもう他人なので論外としても。

母の時の経験から、妻のご両親には、妻を通じて、それとなく終活のすすめをしているんですけどね。

何だか、反応はよろしくないみたい。

私たちに死ねってこと?的に、途端に不機嫌になるらしい。

まあ、ゆっくり、焦らず、タイミングを見ながら、上手に確認していくしかなのいかなあ。

あ、もちろん自分たちの終活も、忘れずにっすね。

親も自分も妻も、介護や闘病などで、それなりの準備期間を経ての最期もあれば、

交通事故のように、ある日突然やって来る死もあるわけで、

だからと言って「死ぬときゃ死ぬんだ!後のことなど知ったことか!」なんつって開き直らずに。

まあ、やるべきことを、ぼちぼちすすめていきたいと思っとります。



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ほちぼちやってまーす。妻のルーム↓











最終更新日  2021.02.15 07:18:46
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2021.02.01



長女が僕の肖像画を描きました。

家族一同、大爆笑。

・・・え?

た、たんこぶ?

いやいや、これは僕のオデコにある、ちょっとしたシコリ。

ほ~んと、ちょっとした、目立たない目立たないシコリなんですううう。

デフォルメ過ぎ過ぎP子ちゃん。

決して、ブロック塀に強打したわけじゃござーせん。





いつ、鬼舞辻無惨に血を注入されたか分かりませんが、

この様子だと、コブからニョキっとツノが生えて、

僕、明日あたり、鬼になると思います。


・・・あらやだ、明日は節分。とほほ。



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鬼滅グッツも紹介してます。妻のルーム!






最終更新日  2021.02.05 07:18:58
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2021.01.31

僕は、基本的に公衆トイレの大の方で、並んで順番を待つということが出来ません。

公園・病院・デパート・娯楽施設・サービスエリア・コンビニのトイレに、先に人が入っている場合、

くるりとUターンしてトイレを出ます。さっさと諦めて、別のひと気のないトイレを探します。

並んで待つということは、個室から出て来る彼とすれ違わねばならず、

個室に入れば、さっきの彼の残り香を嗅がねばならず、

便座に残った彼の温もりを感じねばならず、

最悪の場合、便器にこびり付いた彼の思い出を、何気ない週末を、否が応でも目撃せねばならず、

ついさっきまで、ここに脂汗をかいて座っていた彼の姿が、彼の残像が、いつまでも僕を悩ませるからである。

だから僕は、外出中に便意をもよおすと、いつも前のめりになりながら、

清潔で、使用後15分以上は経っていて、便座がひんやりしている、そんなトイレを探し、徘徊する。

ちなみに、僕は潔癖症ではねっす。

ただ、一度気になりだすと、とことん気になる性格みたいです。





イオンなどで、家族でショッピングをしている時に、便意をもよおすと、

僕は妻に「・・・僕、行ってくる」と告げてから、トイレに行く。

妻は、僕の全てを知っているから、「がんばって!自分を信じて!」と声援を送り、僕を見送る。

「・・・ダメだった」トイレが混んでいたり、汚かったりで、僕がこうべを垂れ、即引き返してくると、

妻は「そーか、そーか、しゃーない、しゃーない、次がんばろ、二階のトイレ行ってみよっかね」

完全に足らん子を諭すように、やさしく慰めてくれる。

「どーしたの? パパ、何があったの?」 移動中、子供達が僕を心配する。

「・・・相手にしちゃダメ」 妻の言葉を背に、二階のトレイに行ってみる。

「・・・ムリだった」

「・・・そーか、そーか、しゃーない、しゃーない、そこいらの土手で盛ってらっしゃい」

さっきと同じトーンで、ただし目が全然笑っていない妻が、やさしく慰めてくれる。





そんなだから、普段から外出中に便意をもよおさないよう、努力はしているのであるが、

それでも、お腹の調子がタワー・オブ・テラーの日はある訳で、

先日も、前の日に食べた台湾ラーメンが、地上38mから落下するような勢いで僕の腹部を襲うので、

致し方なく、最寄りのコンビニに飛び込み、使用中の個室の前に並んだのである。

洗浄音の後、中から出て来たのは、スーツ姿の若いビジネスマン。

入れ替わりで僕が個室に入ると、案の定、便器には彼の熱いメッセージがこびりついてやがる。

こういった場合、煙草や空き缶のポイ捨ての撃退法に倣って、まだ店内にいる彼に向かって、

「すいませーーん!落とし物でーーす!」と言ったほうがいいのか。

それとも、第三者に承認を得るため、店内の誰かをとっ捕まえて、

「これ!僕のじゃなあああああい!」と半狂乱で叫んでから扉を閉めるのがよいのか。

恐らく、どちらも通報されてしまうであろう。黙って扉を閉めるしかないのだ。とほほ。


問題は、僕が用を終えてトイレから出た時、入れ替わりで次に入る人に、

便器にこびりついたメッセージを、僕のメッセージだと勘違いされてしまうことだ。

それだけは絶対に避けねばならない。

濡れ衣だ。僕は、熱いシャウトはするが、便器に残るメッセージ性は無い。

ひとまず立小便スタイルで、落ち着いて的を定め、彼のメッセージを尿で高圧洗浄してみる。

多少取れた。んが、完全に落ちきる前に、悲しいかな、水源が枯渇してしまう。

備え付けの便所ブラシや、洗浄ガンがあればよいのだが。うーん、何もねー。

しゃーねー。トイレットペーパーで拭き取るしかない。悔しい。泣けてくる。

いっそ自分がシャウトし終わってから掃除しようかとも思ったが、

それでは、彼のメッセージと僕のメッセージが交じり合い、いったい何を伝えたいのか分からなくなってしまふ。

ソニンと後藤真希の弟の「おーととっと夏だぜ」みないな、ぐちゃんぐちゃんな作品になってしまふ。

そんなのは嫌だ!

僕が僕であるために!

僕は僕だけの世界観を、この便器に描きたい!

・・・と言う訳で、

僕は昼下がりのコンビニのトイレで、若いビジネスマンのメッセージを拭いた。

店から出ると、さっきの若いビジネスマンが、携帯電話で話している。

「はい、例の案件、今月中には何とか契約に持ち込めそうです。難攻しましたが、前向きに頑張った甲斐がありました。」

・・・若者よ。

前向きに頑張るのはよいことであるが、

トイレで用を足した時ぐらい、おのれを振り返ってみても、

人生、損はないと思うぞ。



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時に憐れむように僕を見る、妻のルーム。






最終更新日  2021.02.01 16:45:29
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2021.01.28



鬼はァそーと!

このご時世、されるべくして発売された節分の豆っすな。


あ、さて、全集中。


​​​​​​妻が、用事や習い事などで車を使いたい日、僕は自転車で通勤している。

僕は、GIANTのマウンテンバイクに乗っています。

基本的に車道は走らず、自転車の通行出来る歩道を走る。だって、車、怖いんだもの。

自転車に乗っていて一番困るのが、歩道の真ん中を人が歩いている時です。

だって、通れないんだもの。

最近の自転車は車輪の音も静かだし、耳にイヤホン突っ込んで音楽聞いてる歩行者も多いから、

なかなか後方の自転車の気配に気が付いてくんねー。

てか、おま、なー抜かしとん。ベルを鳴らせばよかろう。ベルを。って話なんすけどね。

いやいや、みなさん、自転車のベルって鳴らせます?

僕、はばかられるわあ。 最近の自転車のベル、極力鳴らしたくない。

もうね、かん高く響き渡る、あのチーーン!チーーン!っていう警笛音がね。

僕には、どけー!どけコラー! としか聞こえないのよね。

チーーン!(どけコラー!) 

チーーン!(ジャマだオラー!)

チーーン!(ドタマかち割って!)

チーーン!(ストローで!)

チーーン!(血ちゅーちゅー吸うたろかー!)

やめてよ、もう。何でああ威圧的に戦闘的に鳴るかねえ、あーた。

天下の歩行者様が、ほんの一瞬でもご不快になられたら、どーすんのよ、あーた。

その点、昭和のベルは謙虚だったよ~。

ジリンジリン。(きゃはっ、すいまっせ~ん)

​ジリンジリン。(うはっ、しがない軽車両が通りま~す)

これ鳴らしてる意味あんの?って感じで、実にいい味出してた。


そんなこんなで僕は、道の真ん中に人がいて自転車が通れない時は、

① とにかく、先ず一度自転車から降りる。

② 次に、歩行者が僕に気付くまで、後で無言で自転車を引いて歩く。

③ あとは、歩行者の横を自転車を引いて静かに通り抜けるタイミングを、ただひたすら伺う。

まあ、大抵の人は、すぐに後ろの僕に気付いて、道を譲ってくれるんすけどね。

もうね、耳にイヤホン突っ込んで音楽聞いてる人なんか、笑っちゃうほど気付いてくんねーから。

あんなもん、内側がスクリーンのメガネかけて、映画見ながら歩いてるみたいなもんだから。

聞こえてねーって、見えてねーのと同じぐらい危険だと思うけどな。

んで、歩道が少し広くなったタイミングで自転車を引きながら横を通り過ぎるとさ、

​ぎゃ!​つって、すんげーでっけえ声でびっくりされんのね。

イヤホンの音量で発するからね。不自然に声がでかい。

そりゃんぎゃ!つって、こっちも負けじとびっくりするっつーの。

そして、去り際に、・・・こわ。 なんつって後ろから聞こえてくる。


ぎゃ!
んぎゃ!
​​​​​​・・・こわ。


ぶわ!
ぬわ!

​​​​​​・・・キモ。

はが!
はべべ!

​​​​​​・・・死ね。


出社も、帰路も、とんだ珍道中さ。


でさ。


最近の自転車のベルは、鳴らしにくい。

という上記のようなエピソードを会社で話したら、けっこう賛同する社員がいてさ。

ほ~らやっぱり、人類みな、変なところで小心者なんだと調子こいてたら、

そん時、ある社員が、ボソッとこう言ったのよ。

あのね部長、ベルは、近くで鳴らしちゃダメなんですよ。
歩行者を確認した15m~20mほど遠くで鳴らすとよいです。
ずいぶん罪悪感は薄れるし、相手にも不快感を与えません。

・・・な、な、なるほど。

・・・ぐうの音も出ねえ。

不意に放たれた完膚なきまでの正論に、

その時の僕は、素直な返事をするとが、何故だか無性にはばかられ、

ふーん、あっそ。

などと、実にそっけない、実に味気ない、実に邪険なリアクションをしてしまったのよね。


僕の心に、鬼がいる。


鬼はァそーと!






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お暇なら来てよね。妻のルーーーム!








最終更新日  2021.01.29 07:47:25
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2021.01.23

割り込まれの多い人生を送って来ました。

思えば隙だらけの人生でした。

コンビニのレジなんか、頻繁に割り込まれまくりの刑。

原因は分かっている。

いつも僕はレジに並ぶ時、意識を土星近辺まで飛ばし、極端にボーーっとしているか、

うまい棒・よっちゃんイカなどの駄菓子に目移りし、挙動不審でキョロキョロしているかのどちらかなので、

周囲からは、恐らく並んでレジを待っている人に、まるで見えていないのではないかと思われる。

もう少し「私、並んでます!」オーラを醸し出さねばと反省しつつ、ついついサボってしまう。

誰のせいでもありゃしねえ。みんなオイラが悪いのさ。ちんぽこちんぽこりんちんぽこちんぽこりん。


割り込んでくるのは、ほぼお年寄り。

ありゃ悪気はねーな。年齢と共に周囲への注意力が低下しているだけだ。

最近のコンビニは、並ぶ位置を床にテープで印し、ソーシャルディスタンスを確保しているのだが、

コンビニの出入り口から見て、そのフォーク並びのフォークの根本になる先頭の位置が、

商品棚で死角になりがちなのが、そもそもの問題ではないかと思う。

入店してすぐ近くのレジに直行する公共料金を支払いに来たお年寄りなんかは、まずこちらに気が付いていない。

とは言え、たとえジジババに割り込まれても、大抵の店員さんは気を利かせて、後ろで待っている僕に向かい、

大きな声で「次のお客様どーぞ!」と、目の前の相手の不正をあからさまに諭して下さったりする。

さて、ここからが、コンビニのレジで割り込まれた時の、僕の対処法。

僕は漏れなく「お先にどうぞ」と言って、順番を譲て差し上げる。

まあ、これを会社などで話すと、大概思いっきり引かれ、愕然とされるのだが。

何も解決しません。自分の為になりません。相手の為にもなりません。ひいては世の為人の為になりません。

なんつって、周囲に厳重注意されるのだが。

てか、正直言って、僕は割り込まれても、全然苦じゃない。まるで腹も立たない。

ただ「ああそうなんだ」と思うだけです。

物理的にも、一刻一秒を争うほど急いではいない。いつも時間にゆとりをもって行動している。

それでも、やはりがんばって腹を立て、がんばって注意するべきなのか、いつも悩むところだ。




先日も、昼下がりに、あるコンビニで手指消毒をした後、

カレーパンと温かい紅茶を持ってレジで並んでいると、

やはり男性のお年寄りが入店して、僕に気づかずすぐレジに並んだ。見事なまでの割り込みっぷりだ。

問題は、この日は僕の後ろにも四~五人並んでいたことだ。

ああ、どーしよう。正直言ってぼかあ全然苦じゃないぞ。全然腹も立たないぞ。

でも、先頭の僕がこの爺さんを注意しないと、後続の人達にご迷惑をかけてしまうパターンじゃないの、これ。

どーしよう僕。どーしてくれよう僕。

「あの、自分が行きますんで・・・たはは」

結局僕は、後ろに並んでいたおば様にそう声を掛け、自ら列の最後尾に移動した。

割り込み爺さんも、僕の後ろの人達も、誰も損していない。これでいいじゃないか。

ところが、僕の後ろにいたおば様は、僕が移動した刹那、

「すみません!並んでますけど!」と、その爺さんにまくし立てていた。

僕が譲ったんだから、もういいじゃないか。やめてくれ。

と、思った。

んが。

おば様的には、そういう問題じゃないのであろう。

まあ、色々な人がいるし、おそらくそのおば様の行動こそが世間的には正しいのだろうけど。


ふと、太宰治の小説の、主人公・葉蔵と堀木という人物との、やりとりを思い出した。

「これ以上は、世間が、ゆるさないからな」

「世間というのは、君じゃないか」

という言葉が、舌の先まで出かかって、堀木を怒らせるのがイヤで、ひっこめました。

(それは世間が、ゆるさない)

(世間じゃない。あなたが、ゆるさないのでしょう?)

(そんな事をすると、世間からひどいめに逢うぞ)

(世間じゃない。あなたでしょう?)

(いまに世間から葬られる)

(世間じゃない。葬むるのは、あなたでしょう?)

なんだかこの空間にいることが、とても苦痛に感じられ、

僕は一度手にした商品を、申し訳ないと思いながら棚に戻し、消毒をして店を出た。

食べるのが面倒くさくなり、その日の昼飯は抜きにした。

ああ、早く家に帰って、妻が焼いたパンを食べたい。

一刻も早く妻のパンが食べたい。

あとはただ、呆けたように、そんなことを考えていました。


人間失格。







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パン焼きグッツも紹介してます。妻のルーム↓






最終更新日  2021.01.24 08:27:58
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2020.11.04

時は昭和。

僕は幼少期にボロボロの長屋で暮らしていた。

夏休みのある日、同じ長屋の西端に住む友達のマー君に、突然カミングアウトされた。

Qちゃん、僕、インキンなんだ!

まだ毛も生えてない小学校低学年の子供がインキンタムシになるのだ。

当時どれだけ僕たちが不衛生な環境で生活していたか分るだろう。

Qちゃん、痒いよ!痒くて痒くてたまんねーよ!

た、大変だね。

Qちゃん、僕を助けてよ!

ぼ、僕に出来ることなら協力するよ、友達じゃないか。僕は快くそう言った。

ありがとう!

じゃあ早速、今から僕と裸になって、あの
屋根の上でチンコを干してくれ!

・・・はい?

お願いだ! 僕と一緒にチンコを干してくれ!

マー君が言うには、インキンタムシは紫外線に弱く、古くから太陽に晒すという治療法がある。
長屋の瓦屋根の上で、さも日光浴をしているかのように、紫外線治療をしたい。
でも、一人じゃ恥ずかしい。とのこと。

お願いだ! Qちゃん、裸とか得意だろ?

べ、べつに得意じゃないよ!!

とはいうものの、友達のたっての頼みだ。
僕はシャイなマー君を気遣い、お先にテキパキと全裸になり、
あらヨってな感じで二階の瓦屋根に寝転がった。
その後全裸のマー君が、恥ずかし気にはにかみながら、僕の横に寝転がり、
念願かなって、痛々しくただれたチンコを太陽の下に晒した。

こうして僕は数日間、インキンでもないのに、インキンのマー君に付き合い、チンコを干した。

傾いたボロ長屋の屋根の上で、小学生が二人全裸でチンコを干しているのだ。
今なら即刻問題案件なのだが、
時代のおかげか、単純にうちの近所の地域性か、
僕の母も、マー君のお母さんも、近所の人たちも、
僕らを見ては、けたけた笑うばかりで、特別注意もしなかった。

おかげで、マー君のインキンはすっかり完治した。




ちなみに、

マー君のインキンが治ってからも、

僕は一人でチンコを干し続けた。




クセになったのだ。




裸で屋根の上に寝転がり、夏風に吹かれながら、青い空を見る。

何とも言えない爽快感だった。

大人になり、無駄なモノゴトを、あまた身にまとうことを余儀なくされても、
心のずっと奥の方は、さんさんと降りそそぐ太陽に、全裸でチンコを晒す自分でありたい。
そうだ、僕という人間は、これだ!!
子供ながら、漠然とそう思った。



その夏、僕は、チンコを干し続けた。



夏の終り、さすがに、母がキレた。



夕方になっても全裸で屋根の上にいる息子に、ご近所じゅうに響き渡る声で叫んだ。


いつまで干してんだい!

皮がむけたらどーすんだい!


千葉生まれの母の、名古屋では聞きなれない関東弁に、子供ながらビックリした。


なんだか分かんないけど、母のその言葉で、
突如として、すっかり消滅していたはずの僕の「羞恥心」ってやつが蘇った。


僕は顔を真っ赤にして、両手で前を隠しながら、そそくさと屋根を下りた。


以後、二度と屋根に上がるのをやめた。





え~、そんなこんなで「鬼滅の刃」を観てきました。ははは。




時は令和。

不安定な時代の傾きに感化され、ついついコトを斜に構え、

皮肉、からかい、イジリ、イジメがばっこするこの社会に、

さもすれば、どっぷり染まりそうになる。

そんな自心に、呆れるほど真っ直ぐな炎柱・煉獄杏寿郎の言葉が、

グッサグサと痛く刺さり、

子供の前で、思わず感極まるのを、

太陽の光に弱いのは、鬼ばかりではない。

インキンも、弱い。

なあーんつって、必死でアホなことを考えながら、

あふるる涙、堪えに、堪えて、

でも結局、

さめざめと泣きました。



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最終更新日  2020.11.08 07:55:13
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2020.09.18

ここんとこ、長女に反抗期的兆しが見え始めたみたい。

どーも妻と上手くいっとらん。

頻繁にギクシャクしとる。ははは。

妻、思い悩んどる。

先日、リビングで一人、シクシク泣いとったもん。

十歳ともなれば、

ちょいちょいこっちの想定外の行動をするようになり、

ときどき想像を絶する発言をしたり、

わざと親の期待を裏切るような態度をとったりする。

これを「我が子の成長」と一言で片づけられるほど、実のところ僕たち親のほうが成長しきれていないっす。

特に、自分のお腹を痛めて出産し、お乳を飲ませオムツを替え、

片時も自分の肌身から離れなかった赤ちゃんの頃を、ボディ&ソウルで実感している母にとって、

真向から自分に逆らってくる我が子の姿なんつったら、男親の何倍も複雑な心境で見ていることだろう。




親子で「そんな時期もあったね」なんて、いつか笑って話せる日が来るかな?

と、キッチンで豚汁を作りながら、妻が僕に問う。

「あんた、どう思う?」と、ニンジンを扇形に刻みながら問うのである。


僕は、僕の思うところを、正直に妻に伝えた。





そんな時代もあったねと、いつか話せる日が来る。

あんな時代もあったねと、きっと笑って話せる。


確かに、そうだと思うよ、確かに。


でもね、考え方を逆転させればね。

「いつの日かきっと笑える」という要素が今ココにあるのであれば、

笑うことを、わざわざ未来へ先送りせずとも、

今ココ、困難の真っ只にこそある独特の滑稽さ、ひとっかけらの面白味から目を逸らさず

今ココ、豪快に笑ってしまえばいいのだよ。


なんつって、僕は思ったりもする。


妻は、真面目過ぎるのだ。

人生を、ちゃかせない。




このブログでも何度も話しているが、

僕の父は酒を呑んでは母と口論になり、挙句必ず母に暴力を振るう人だった。

その度に、幼い子供ながら僕と姉は、

母の頭を抱きしめたり、母の体に覆いかぶさっったりして、父の暴力から身を呈して母を守った。

妹は、その横で泣きわめくばかりだった。

ここだけを話せば、まさに生き地獄のような幼少期なのだけれども、

僕の父は、母との口論の中で、気持ちがガァーーっとなると、

ちょいちょい訳の分らんワードをぶっ放して来る人だったのね。

それが、僕と姉は、面白くてね。

母ちゃんぶん殴りながら、

テメー、バカヤロー!

テメーなんかなあ! テメーなんかなあ!

テメーなんか、シュワッと爽やか、しゅわしゅわソーダだ!

とか言うんだもん、父ちゃん。

姉) シュワッと爽やか???

僕) しゅわしゅわ???

姉・僕) このおっさん、なー抜かしとん??

そっから、母と一緒にボコボコ殴られながら、僕らヒーヒーいって笑ってたからね、たはは。

僕はね、昔からこういった爆笑は絶対見逃さないから。不幸に浸ってる場合じゃねっす。





僕には、例えどんな困難な状況にあっても、

自分の置かれた状況を客観視して、げらげら笑っているもう一人の自分がいるっす。

まあ、人間、一度堕ちるところまで堕ちれば、あとは笑うしかないっすからね。

んでもって、人生、とにかく懲りずに笑っていれば、何とかなるもんっすね。


ちなみに、これは持って生まれた性格とかの問題ではないよ。

これは、訓練。

訓練をするか否かの問題っす。



子育てだって、何だって、


いつか笑える日まで待ってちゃダメだよ。


笑うなら、今笑ったほうがいいよ。




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最終更新日  2020.09.19 06:49:06
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