646319 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

家曜日~うちようび~

2021.07.25
XML
テーマ:暮らしを楽しむ


 無事開幕したってことで、せっかくなので未来の自分へ向けて、東京オリンピックの思い出なんぞをいくつか綴っておこうかな。
「昔々あるところに、いじめっ子のミュージシャンがいました」から始まる、まるで夜寝る前に子供に枕元で読み聞かせをするお伽噺のような騒動がありました。まあ、その内容が鬼畜の道をひた走っていて、実に胸糞悪い所業であるので、どだい絵本化なのどは無理でしょうが。それでも「こうしてそのいじめっ子ミュージシャンは、せっかくの東京オリンピックの音楽担当を辞任してしまいましたとさ。おしまい」で終わるこの一連の騒動は、迷える子供たちに(いい歳こいた大人の子供含む)、いじめをすると必ず天罰が下る。人をいじめた者は未来永劫その天罰に戦々恐々として生きるのだ。という実に分かりやすい教訓を伝える最適の教材になったことは間違いない。
 鬼畜いじめの模様が載ったあの雑誌を、僕はリアルタイムで読んだ。当時、毎月購入し愛読していたロック雑誌だった。あの号は、たしかそれまでいち編集者であった某氏が、創刊者である初代編集長からバトンタッチされ、編集長になった最初の記念すべき号だったと記憶している。その巻頭インタビューが、あのいじめっ子ミュージシャンだった。90年代という、今振り返るとコンプライアンスの「コ」の字もないユルユルの時代であったが、そんな当時でもかなり衝撃的な内容ではあった。ミュージシャンもインタビュアーも、べろべろに酒を飲みながら会話しているのかな。もしくは何かでラリってるのかな。それがそのインタビューを読んだ僕の率直な感想だった。とてもマトモな精神状態の者たちの会話ではなかった。時代はまさに世紀末で、新世紀を待ち望む雰囲気よりは、どちらかと言えば末世の雰囲気が漂っていた。メディアが発信する情報も、どこかしらヤケクソで挑発的なものが多かった。そしてそれらの大半は決して覚悟ある刹那主義ではなく、ただの悪ふざけに過ぎない代物だった。かの雑誌のかのインタビューは、その筆頭であろう。
 この騒動で、やはり気になるのは、現在鳴りを潜めている「かつてのいじめっ子」「現在進行形のいじめっ子」たちのことだ。本当にこういう時、いじめっ子はどこに消えるのだろう。今も昔も社会に歴然といじめはあって、いじめとは多数の者が少数に行う行為である。あのミュージシャンだって、一人で犯行に及んだ訳ではあるまい。共犯者がいたのだろう。それを容認していたクラスメイトや親や教師がいたのだろう。いじめに適した環境があったのだろう。何だかもう、この世界にいじめっ子という生き物は、あのミュージシャンただ一人あるかのような集中的な責め立て方を連日世間はしているが、どうにも数が合わないんだよな。辻褄が合わないんだよな。カースト制度の頂点に君臨する君たちであろう。今こそあのミュージシャンを庇護して、大々的にいじめ肯定論を世間に提唱するチャンスだと思う。何をコソコソしている。コソコソしなければならない、ひた隠しにしなければならない、無かったことにしなければならない、君たちがしたことは、所詮はそんなくだらないことなのか。
 でもまあ、今回の騒動でいろいろ分かった。一度でも、少しでも、人をいじめたことのある者、または、ひょとしてあれはいじめだったのかもしれないと思われる行為をしたことのある者は、僕もあなたも含め、いつか必ずそれ相応の天罰が下る。絶対に下る。まだそれらしき天罰が下っていない者は、これからの人生、いつ下されるとも分からぬ天からの制裁に、毎日恐れ慄きながら生活をするといい。
 いじめは生物に組み込まれた本能である。ふーん、でも天罰は下る。
 人が集団で生きている以上、いじめを根絶することは難しい。あっそう、でも天罰は下る。
 いじめられる側にも問題があるのではないか。だから? でも天罰は下る。
 学校が、親が、少年法が、いじめの実態を隠蔽してくれる。そいつは良かった、でも天罰は下る。
 鬼畜以下の振る舞いをした過去の過ちなど、すっかり忘れて別の人生を平然と送っている。ところがどっこい、天罰は下る。

 天罰は絶対に下る。

 下る。

 下るのだ。

 お天道様は見ています。

 あなたの罪です。

 その罰は、あたなが受けましょう。



にほんブログ村 にほんブログ村へ

にほんブログ村
↑ポチッと一枚!
PVアクセスランキング にほんブログ村









最終更新日  2021.07.25 20:54:14



© Rakuten Group, Inc.