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家曜日~うちようび~

2021.05.01
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ここのところ、子を持つ親として「いじめとは何か」を考えている訳だけれども。

ここいらで、自分の学生時代を振り返ってみようかな。

疑問、誤解、反感を覚悟で正直に申しますが、自分の小中高の学生時代を振り返ると、

自分の周りには、いわゆる「いじめ」や「スクールカースト」的な構造は無かったと記憶している。

正確には、あったのかもしれない。ただ僕が気付いていなかったのかな。

重ねて、疑問、誤解、反感を覚悟で正直に申しますが、

僕は、幼少の頃から自己承認欲求というのが極めて薄い人間だった。

ハッキリ言って、他人の評価など知ったことかと思って生きていた。

たとえ物質的に群れの中にこの身を置いたとしても、心はまったく別の場所を漂っていた。

心理学者アブラハム・マズローの「欲求5段階説」によれば、

人間の欲求には5段階あり、低次の欲求が満たされると、高次の欲求が現れてくるという。

①生理的欲求=基本的・本能的な欲求。食欲、性欲、排泄欲、睡眠欲など。

②安全欲求=安心・安全な暮らしへの欲求。

③社会的欲求=友人や家庭、会社から受け入れられたい欲求。集団への帰属を求める欲求。

④自己承認欲求=他者から尊敬されたい、認められたいという欲求。

⑤自己実現欲求=自分の世界観・人生観に基づいて、あるべき自分になりたいという欲求。

多くの人が、④の欲求を満たしては枯渇し満たしては枯渇する「自己承認欲求の餓鬼」と化し、

SNSという無限地獄で、広く浅い「いいね」を求め彷徨っていることが、昨今問題視されている。

しかし、このマズローの説によれば、自己承認欲求とは、

少なくとも食べるものに困らず、屋根のある家に住み、当然のように家族がいて、

学校があって、会社があって、仕事がある、という①~③の欲求は満たされた上での、

高次の欲求ということになる。

難民、被災者、戦禍の民は、当然自己承認欲求以前の欲求に枯渇しているわけだから、

自己承認欲求とは随分と贅沢な欲求である。良くも悪くも、置かれた環境が平和であることが大前提だ。

さて、僕のように自己承認欲求に飢えることのない人、あなたの周りにも稀にいるでしょう?

そういった人達は、何故日頃から欲求に淡泊でいられるのでしょうか?

その答えは実にシンプルです。

既に自己承認欲求が満たされきっているからです。

人によって食材はそれぞれだけど、常に何かでお腹いっぱいなので、眼前のケーキに惹かれない。

自己承認欲求が無い人などいない。ただし常に満たされている人は稀にいる。ここがポイント。

かつての僕にとって、僕の自己承認欲求を満たしてくれる存在、それは母でした。

今は妻のU子さん。

経験上、僕は自己承認欲求は、量より質だと思っている。

この世界にたった一人、自分のことを無条件に受け入れてくれる人がいる。

この事実は、何万件の「いいね」に勝る安心感、安定感、自己肯定感を人に与えてくれるものなのだ。

ちなみに、先の心理学者のマズローは、更に高次の⑤自己実現欲求の成功者に共通している特徴として、

「限られた人たちと深い人間関係を結んでいる」ことを挙げている。

多くの成功者たちの人間関係は、実は狭い。そして深いのだ。

僕の母は決して過保護ではなく、逆にややネグレストの傾向のある人だったし、

僕が母と殺人事件のニュースを観ながら「もし僕が人を殺したらどうする?」と質問したら、

「うちの子を死刑にして下さいと、裁判官に全力で訴える」と平気で言うような人だった。

それでも僕の心は、常に母で満たされていた。

この人は、勉強が出来たら認めてあげるとか、スポーツで一番になったら認めてあげるとか、

私の言う通りにしたら認めてあげるとか、条件付きで僕を認めようとしない。

この人だけは、無条件で僕という存在を認めてくれる。そんな染み入るような安心感があった。

母のことだから、もし僕が人を殺したら、本当に絶対に僕を死刑にしたと思う。

上手く言えんけど、それでも、最後は僕という存在を人知れず受け入れてくれるというか……。

そんな環境にいた僕が、他人の評価、周囲の目、同調圧力、いじめ、スクールカースト、

いちいち気になろう筈がない。

オヤとか、コとか、カゾクとか、何を定義としているのか、考えれば考えるほど分らなくなるけど、

ただまあ、僕も我が子にとって、かつての母や今の妻のような存在でありたいと思う。

もし自分の子供がいじめにあったら?

先ずはその子の置かれた今現在を、無条件で受け入れる。全てはそこからだ。


てゆーかさ。こんな日記を書いていると、やっぱ、いろいろと忘れかけていた記憶が蘇るね。

冒頭に、僕の周囲にいじめは無かったと書いたけど、

あの時僕は人をいじめていたのではないか?

あの時僕はいじめられていたのではないか?

というコトガラを、ふと思い出したので書きまする。

いじめていたのでは?の方は、まあ、ありがちな話だけど、

クラスの女の子をからかって泣かせてしまった。なんてことは僕にもあったので、

あれを相手がいじめだと判断すれば、僕はいじめっ子だったのだと思う。

いじめられていたのでは?の方は、僕が高校生の時の話で、

ほんの短い期間であったが、クラス全員が僕を無視するようになった時期があった。

ある時、クラスメイトがある教師の悪口を言っているのが耳に入った。

その内容を聞いていいると、どう考えてもその教師が悪いようには思えなかったので、

君たちの言っていることは間違っている、と皆を激しく注意したのだったかな。

ちなみにその教師は、常日頃から僕のことをちょー毛嫌いしていた。ははは。まあ、それと悪口の内容とは別だからね。

そんなこんなで、明くる日から誰も僕と喋ってくんねー。

そんならここは、建設的に行くかってんで。

クラスメイトの無視を打開するなんて簡単よってんで。

先ずこちらを向かせる、次に声を上げさせる、最後にアクションを起こさせるってんで。

グラマーっちゅう英語の時間だったな、突如として椅子の上に立ってね、ズボン脱いでね。

ほら、みんなこっち見た。無視終了。

あとはちょと書けないけど。

女子が悲鳴上げるような行動。クラス中が逃げ回る行動。楽勝っすわ。

気が付いたら、生徒指導室にいた。

なんの因果か、僕が皆からかばった教師に、僕ビンタされてんのね。ははは。

んでさ、ビンタしながらその教師が「笑うな!」って怒るのよ。

「笑うな!」ビンタ。

「笑うな!」ビンタ。

「笑うな!」ビンタ。

「……笑っていません」

「また笑った!笑うな!」ビンタ。

「……笑っていません、こういう顔です」

「この野郎、また笑った!」ビンタ。

悲しいかな、このあたりから、自分の置かれたこの状況に、本当に笑えてきちゃって。

「笑うな!」ビンタ。

「……へへへ」

「笑うな!」ビンタ。

「……くくく」

「笑うな!」ビンタ。

「……けけけ」

ああ、こりゃあ、撲殺か笑殺のどちらかで死ねまで終わんねえなあ。

と覚悟したその時、生徒指導室の扉が静かに開いた。

母だった。

問題を起こした生徒の保護者として母が僕を引き取りに来たのだ。

「すみません、この度はうちの子が……」

「……へへへ」

「ちょ、ちょっとあなた、何笑ってるのよ気持ち悪い」

「……あはははは」

「ちょっと、笑うの止めなさい!……はははは」

「ぎゃはははは」

「お母さんまでつられて笑っちゃうじゃない!あはははは」

「ぎゃははははははは!」

「あははははははは!」

僕と母は、笑いが止まらなくなってしまった。あはははは。

あの日、呆れた教師に親子そろって生徒指導室を追い出さたのも、今ではいい思い出だ。


というわけで、

もし僕の子供がいじめにあったらどうするか?

長々と考えて来たけど、答えは極めてシンプルだった。

何の問題も無い。

あいつらには、僕がいる。

あいつらにどんなことがあっても、僕が無条件で受け入れる。

以上っす。






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最終更新日  2021.05.02 06:15:19
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