2424207 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【お気に入りブログ登録】 【ログイン】

からだと宇宙とヒーリングと

PR

プロフィール


norico1

バックナンバー

カテゴリ

カレンダー

コメント新着

norico1@ めぐみちゃん New! おぉ、気づかれて、楽になって良かったで…
norico1@ ちょこさん New! ありがとうございます〜 今年もクラスのた…
めぐみ@ Re:グレイ遺伝(02/21) New! 典子さん〜 ブログを読んで、気持ちがスー…
ちょこ@ Re:多次元キネシオロジーのセッションの感想から(02/13) 私も是非のりこさんのセッション受けてみ…
norico1@ 金眼ちゃん ありがとうございます! とても忘れっぽい…

キーワードサーチ

▼キーワード検索

全162件 (162件中 1-10件目)

1 2 3 4 5 6 ... 17 >

つれづれ

2018年01月23日
XML
カテゴリ:つれづれ

人の価値観や意識は、本当に多種多様だなあと

日々、セッションをしながら感じています。

これは、お国柄というか、国ごとにも違うし

例え、同じ日本人でも、その人が住んでいる場所や仕事によっても違うし

また年代によっても違うし

また男性と女性では違うし

また、その人が育ってきた環境によっても違うし

その人の遺伝的な性質や脳の活性具合によっても違ってくるわけで

そういった様々な要因が、多種多様な意識や価値観を

生み出していくわけですね。

そういう意味では、世界に自分の全く同じ価値感や
意識を持った人はいないわけです。

ですから、私にとっては、その人がどんな価値観を持っているか、というのは

よくわからないわけで

キネシオロジーのセッションでは、その方の身体に聞きながら

または直接、話を伺いながら、

その人にとって、もう不要になった信念体系や価値観が出てくれば

それを書き換えたり、手放すための調整を行っているわけです。

先日、日本からお越しになった方で、セッションをやっていて

「ちゃんとした経験を積まなければ、不十分」と言うのが出てきたので

「ちゃんとした経験って何?』と尋ねると

「ちゃんとした会社に入って、ちゃんと働いて、経験を積むことです」

と言う答えが返ってきました。

「それじゃあ、例えば、世界中を旅して、いろんな人と触れ合って

いろんな経験をしている人は、ちゃんとした経験を積んでない人?』

と尋ねてみると

「う~ん、そういうことになってしまいますね~」

と、うなっていました。

若い方ですが、その方にとっては、これまで周りの人たちが

そういう「ちゃんとした」経験を積んでいる方が多かったのでしょう。

その価値観が悪いということではなく
その価値観を持つことになった要因というのが必ずあり
それが紐解かれていくと、また違った世界が広がってくるわけです。

一方、私にように海外に長い間、暮らしていると

そういった価値観のようなものは、かなりなくなってきて

また、様々な人たちと出会ったこともあり

さらに、こう言った仕事をしているせいもあって

もはや、何でもありの世界なので(宇宙人たちも含めウィンク
何がちゃんとしているかなんて、これまで一度も考えたことがなかったわけです。

例えば、昨日のブログをアップしてから、何人かの方に

「びっくりしました」「やっぱりのりこさんは、普通の人じゃないです」

などメールや直接、お言葉を頂いたのですが

びっくりされたのは、私が不法滞在だったことなのか?

それとも契約結婚だったことなのか?

それとも結婚記念日を祝ったことがなかったことなのか?(これは違うか)

よくわからなかったものの

確かに、もし、そういった人や事例が、周りにあまりいなければ

私の話していることが、びっくりすることなのかもしれないなあと。

例えば、不法滞在ということ一つにとっても、たぶん、日本にずっと暮らしている人と

ニューヨークに長年暮らしている人とでは、印象が違うのは当たり前で

特にニューヨークは、世界各国いろんな人が集まっていて

例えば、南米方面からの不法労働者やステータスがしっかりしてない人なんて

まあ、それほど珍しくもないわけです。

今はかなり減っていると思いますが、私が最初にニューヨークに来た頃は

日本人でもそういう人はたくさんいました。

ちなみに、ここ最近、トランプ大統領が就任してから

不法移民を国外退去させるという方針を出しましたが

不法移民はニューヨークやサンフランシスコなどの都会では

レストランや店やエンターテイメントを支えていることもあり

ニューヨークの市長が、断固反対する、不法移民を守る、と発表し
論議が盛んになりました。
これからまた、時代の変化とともに、いろいろと移り変わってゆくのでしょうね。

私が昔、不法滞在だった頃に、ニューヨーク市を相手取って、訴えを起こした話は

たぶん、このブログでも書いたと思うのですが

不法滞在なのに市を相手に訴えを起こすなんて

まず間違いなく、日本だとありえない話で

こういうことがあるのも、アメリカの面白さでもあったわけです。

ちなみに、これも私が訴えようとして、そうなったわけではなく

なぜか、そういう流れとなり

その経緯というのが(これも以前、ブログで書いたと思うのですが)

交通事故でした。

あ、またその経緯を話したくなってしまったので

時間延長で、話を脱線して、話しちゃうけどウィンク

これは、もうおさむと出会う前のことなのですが

ある夜、友人と二人でバイトから戻る時にタクシーを拾おうとしていると

向こう側の車線にいた1台のタクシーが、私たちに気づき、急に車線を横切って

私たちの方に向かってきたのですが

ちょうど、こちら側を猛スピードで走ってきた一台の車と衝突し

その車は、大きくずれて、私たち二人をはねて、そのまま走り去ってしまいました。

いわゆる、ひき逃げ事故に遭ったわけです。

私は、空中をぶっ飛んで、地面に叩きつけられたのですが
前歯を4本折って、肩や首などがむち打ち状態になって

3か月間ぐらいは、全く動けず、その間

友人たちに助けてもらいながら、生活していました。

さて、その頃の私の友人の中に、ニューヨークで警察署長をしていた

アメリカ人のボブという人がいました。

ボブは、いかにも、ボブという名前にふさわしく

でっぷりと太って、サンタクロースみたいなヒゲを生やしていて

人がよくて、優しい人だったので

この人が警察署長だなんて、信じられないなあ、と思っていたのですが

彼をよく知っている人の話によれば、ボブは仕事場では、かなり厳しくて

権威のある人だったようで、人って、知り合う場によって

全く違う印象を持つものだなあと、思ったことを覚えています。

で、そのボブが、私が交通事故にあったと聞いて

病院にお見舞いにきてくれたのですが、私を見るなり

「のりこ、ニューヨーク市を相手取って、訴えを起こした方がいいよ

僕が成功報酬でやってくれる弁護士を紹介してあげるから」

と言うわけです。

もちろん、以前からボブには、私がビザなしであることも伝えていたので

そのことは、彼は知っていましたが

「ニューヨークは、イリーガル(不法滞在)でも、個人の人権に関わることは

守れているから、訴えることができるんだよ」

というのですね。

そんなことは当時、私も知らなかったので

本当、ここは日本の常識とは違うんだなあ、と

びっくりしたことを覚えています。

ということで、ボブに弁護士を紹介してもらって

もともと、市のタクシーが大きく車線を変更したために

車にぶつかったことで、事故が起きたので

市に対して訴えを起こしたわけです。

今から思えば、不法滞在の日本の女の子とニューヨークの警察署長が
友達だったと言うのも面白い話ですが

彼とはごく普通の友人関係で、たまにカフェでお茶飲みながら
雑談する程度のお付き合いだったのですが

当時の私にとっては、特にそれも不思議とも思ってなくて

ごく普通のことだったんですよね。

これは日本にいた頃からですが、私は昔から

普通なら絶対に知り合わないような仕事や年代の人たちと

友人になることが多く

それが、多種多様な価値観や考えを知ることや

それを受け入れるという、今の私の意識に影響しているのだろうなあ

と今更ながら思うわけです。

ちなみに、その裁判は、結果的には、3年かかったのですが

市との話し合いの結果、示談ということになり

私たちが訴えを取り下げる変わりに、私の歯の治療にかかった3万ドルと

その他の医療費を市が負担することで、決着がついたわけです。

ボブがそういう提案をしてくれなければ
そう言った考えは私には全くなかったし
私にとっては、当時、3万ドルの歯の治療代は、払えなかったので
本当にラッキーなことだったなあと。

ボブは、その後、定年退職をして、アメリカを離れ

ヨーロッパに移住してしまって

それ以来、連絡も取れなくなってしまったので

もう、今生では会えないかもだけど

もしも、どこかで会ったら、もう一度、お礼を言いたいな~と。

あの時、助けてくれたお礼、というのもあるけど

私のそれまで持っていた価値観や認識を変え
(それまでは、警察に対しても悪い印象しかなかったので)

いろんな可能性を広げてくれたことへのお礼。

いつか、あの世で会ったら、また笑って話せるかしら。

なんて、今、私がこうしてボブのことを思い出すだけで

どこかエネルギーで伝わっているような気がしているんですけどね。

そして、ボブだけでなく、これまで私と出会った人たち全員が

今の私の意識に影響しているのだなあと。

もちろん、私も、他の人にとっては、映画の脇役のように

登場しているわけで、その人にとって、私が何かの意識の変化に

つながっていることもあるでしょう。

私たちの意識やエネルギーは、無意識の世界で

様々な影響を与え合っていますから。

そして、これから私と出会う様々な人たちによって

これからの私の価値観や意識もまた変化していくのだなあと。

ということで、こんな昔の私の思い出話なんて、書いてもな~

と途中で思いつつ、内容うんぬんではなく、これを読んでくれている方の中に

何らかのエネルギーが伝わって、何らかの意識が変化することも

あるかもしれない、

な~んて、これまた適当な理屈をつけつつ

だらだらと思いつくまま、書いてしまった私ですあっかんべー

さて、明日から1週間、ニューメキシコへ行ってきます~。

今回で、4度目のニューメキシコ。

明日はサンタフェです。

って、まだ荷物の準備ができてないのだった~~ひよこ







最終更新日  2018年01月23日 12時08分52秒
コメント(4) | コメントを書く
2018年01月13日
カテゴリ:つれづれ

今日も寝る前30分タイマーで、行ってみま~す。

これをやってみてわかったのは

スタートして、ダダダ~とタイプを打ち続けていても

30分では、やはりそれほど多くはアップできないということ。

私のタイピングが遅いせいもあるのですが。

でも、これがいいのは、その時間内で終わらせてアップする

という勢いがあるので、途中まで書いたものが、お蔵入りしないんですよね。

自分にちょっとしたプレッシャーをかけるのって

結構、楽しいことだなあと。

と、どうしても30分は超えてしまうので

50分までは良しとしよう、などとルールを簡単に変更するので

全然、プレッシャーになってないわけなんですがあっかんべー

さて、ここ最近、何人かのクライアントさんから出てきた問題として

「刺激を求めて、あれこれやりすぎる」

または「今の自分に不要なことをする」

というのがありました。

この刺激を求める、というのは

「不十分感」「渇望」「満たされない」

というオリオン的な気質から来ていることが多く

(他は、好奇心の強いアルクトゥールスなどの影響もありますが)

そういう方は、今の自分が満たされないので、それを埋めようと

外に刺激を求めてしまいます。

特に他の人がよかったよ~といえば、自分もやりたくなったり

周りのみんながやっているのに影響されてやったり。

例えば、様々なヒーリングのクラスを受けているのに

結局、どれも使いこなせていない、という方がいるのですが

そういう方は、ひとつのメソッドを学んでから

十分にそれを実践していないうちに

また他の人が推薦したメソッドがいいように見えて

今度はそれを学ばないと不十分な気がして、次々とクラスを受けているわけですね。

これは以前、書いたことですが、ヒーリングを学ぶというのは

絵を描くための道具を頂くようなもの。

なので、ヒーリングを学び始めに、次々とヒーリングのクラスを受けるというのは

例えて言うなら、絵を学び始めたばかりの時に

アクリル絵の具とクレヨンと水彩絵の具と油絵の具と色鉛筆とポスターカラーを

一気に揃えるようなもので

ひとつの道具を使いこなしてないので、それをどう組み合わせていいかも

わからないし、道具だけで一杯一杯になって

結局、使いこなせずに終わってしまうわけです。
いくら素敵な絵の具をあれこれ揃えたって、絵を描かなきゃ意味ないし
反対に人によっては、鉛筆一つだって、様々な作品を生み出すわけで
絵の具の種類や数ではないように、ヒ−リングも全く同じで

外に刺激を求めている限り、自分の内なるクリエイティビティは

発揮できないのです。

情報や技術のインプットばかりで、アウトプットしてない人がとても多いなあと。

私が最初に本間キネシのクラスを受けた時に

本間先生が、確か「1000回セッションをやったら、キネシが見えてくるよ」

みたいなことを言われていて

ああ、そんなものか、と思い、それからすぐに、本間キネシを使って

ひたすらセッションを行ったのですが、3か月も経たずに
「ああ、この経絡の調整だけでは、対応できない問題が多すぎる」

と気づき、そこから、自分なりの試行錯誤が始まったわけです。

本間先生はまた「一つのメソッドを学んで、その方法で何ができるのか

また何ができないのかの限界を知ることも大切」

と言われていたのですが

徹底的に実践してみなければ、この方法で何ができないのか?は

わからないんですよね。

そして、自分なりにクリエイトしつつ、本間キネシをベースに1年間やった後

IHのクラスを受けたのですが、今度は

ひたすらIHのやり方に忠実にセッションを行って

確か、3000回以上、IHのセッションを行った後に

マチルダから国際ディプロマの資格試験を受けたわけですが

その頃は、IHのプロセスやアファメーションは
一言一句、完全に私の身体と脳に叩き込まれていて

またそのプロセス通りに行わなかった場合は、どういうなるのか
また、そのプロセスをさらに発展させるためには、何が必要なのかなども
少しずつわかってきた頃でした。
そして、それから、IHとは違った自分なりの方法やアイデアなどを
実践したり、クリエイトしていく中で、今の多次元キネシにつながって行ったわけです。

ですから、これから、ヒーリングを学ぼうとする方々にアドバイスするとしたら

一度にあれこれとクラスを受けたりせずに

どんな方法でもいいけど、自分にとってピンとくるメソッドに出会ったら

それを使って、まずは学んだ通りに実践してみること。

そうして、ある程度、流れやコツが掴んでくれば

そのメソッドを超えて、自分なりに実験してみたり、クリエイトしていくこと。

そうしているうちに、次に自分は何を学ぶことが必要なのかが見えてきます。

その時点で、次のメソッドを学ぶと、それが本当に生かされてくるし

しっかりと活用できるのです。

決して、周りの人も学んでいるから、とか、あのセラピストも学んでいるから
などという理由でやるのではなく

例え、周りの誰がやっていなくてもやってみたい、と思えるようなものを

学ぶことです。

(だからと言って、特別なものや新しいものを学ぶ、ということではなく)

私のブログの情報も、あくまでも、その時の私にとっては良かった

ということで、すべての人に必要なわけではないですから。

と、もちろん、これも私の経験でしかないわけなので

本当はそういうアドバイスなんて意味がないわけだけど

たまたま、ここ最近、クライアントさんで、周りの情報に踊らされて

自分の方向性を見失ってしまった方が、立て続けに来られたこともあって

改めて書いたみているわけなんですが。

例えば、私の多次元キネシのクラスを受けられた方々も

人それぞれ、活用の仕方は無限にあるんですよね。

ああ、この人は美容に詳しいから

キネシと美容を組み合わせて、独自のヒーリングができそう

とか、この方は、話が上手いから、キネシ+カウンセリングがぴったり、とか

この人は食に詳しいから、キネシ+食、で新たな境地を開いて行けそう、とか

この人は、サイキック的だから、キネシ+リーディングが生かされるなあ

などということは、その人を見ているだけでも、何となく観えてくるわけですが

当の本人は、いつも外に刺激を求めているので、自分の方向性がわかっておらず

例えば、私が学んだこと全て同じことを学ばなければ、と思われていたりするので
自分では自分の特性や才能って、気づきにくいものなのだなあと。
「のりこがいろいろ情報をアップするから、惑わせてしまうんだよ」

と、今日、おさむからの忠告もあり、深く反省しています泣き笑い

そして、クリエイトは無限大なので
例えば、カードリーディングが得意な人が多次元キネシを学ばれたとして
それをどう組み合わせるかは、いろんな可能性が考えられます。

例えば、最初にクラスの中で学んだプロセスでセッションをやって
セッションの最後に、これからの方向性として、カードを選び、リーディングする
というやり方もあれば、逆に最初にカードリーディングを行い
その方向性やメッセージが、これからスムーズに行くために必要なことに関して
キネシを行う、というやり方もあるし、そのやり方も配分も自由なので
思いつくまま、どんどん実験的にやってみると、自分にとってピッタリするやり方が
見えてくるわけです。

ヒーリングの場合は、学ぶより、むしろセッションを受けた方が

ヒーリング能力はずっと伸びるのですが、それも外からの刺激ではなくて
内側を変えることで、本来のクリエイティビティを取り戻すということなのです。

そして、実際、これはヒーリングの話だけではなくて

クライアントさんのセッションでよく上がってくる問題として

外に刺激を求めているために、周りの情報に翻弄されて

今の自分にとって、不要なことばかりやってしまっていて

本当に自分にとって、必要なプロセスがいつまで経っても

スタートできていない人は多いなあと。

人それぞれ、様々な個性やユニークさを持っていますから
どんな人でも、自分の内なるクリエイティビティを発揮することは可能なのです。

あ~やっぱり、オリオン気質って、人間の持つ渇望と不十分感の大元だな~。







最終更新日  2018年01月14日 04時29分16秒
コメント(6) | コメントを書く
2017年12月29日
カテゴリ:つれづれ
今年も残すところ、あと2日。

一昨日は、私たちの家で、友人や私のクラスを受けてくださった方々、計12人で
忘年会をしました。
とても楽しかった~。
みんなそれぞれ、つまみや料理やワインを持ってきてもらったので
たくさんの食事が並びました。
こういう持ち寄りのパーティは、気楽でいいですね。

 


昔は、これよりもっと多い人数でも、すべての料理を私が用意して
パーティをやっていたので、今から思うとがんばっていたのだなあと。
みんなに喜んでもらうのが嬉しくて、それはそれで楽しかったのですが
今は、こうしてみんなに持ってきてもらえば、全くがんばらずに
さらにバライティに飛んだ料理が楽しめるので
最近の家飲みは、ほとんど持ち寄りスタイルとなりました。
しかも、今回、私はサラダとスモークサーモンを盛り付けただけで
あとの料理はおさむがやってくれたので、さらに楽ちん。
おさむは、今回は、寿司ロールやエビのグリルやポテト料理などを
作ってくれましたが、最近、料理するのがさらに楽しくなっているそうで
さらに腕を上げているので、昔とは逆転した感じで
ますます、私は料理をしない人になってますウィンク

一昨日は、いつの間にか、私もけっこう、酔っ払っていたんですが
何人か古くからのメンバーに「のりこさんが変わった~。
今日は一度も、のりこさんから、飲め飲め、って言われなかった」
と言われました。
全く意識していなかったですが、言われてみて
「ああ、確かに~。前はそんなことよく言ってたな~」と。
以前は、みんながちゃんと飲まないと気がすまないというか、
それは、昔の大学時代のコンパのノリなのか
それとも、みんなが酔っ払えば、自分が酔っぱらって失態を犯しても許されるからなのか
よくわかりませんが(多分、両方泣き笑い)それにしても、面白いことに
以前の自分の感じ方や性質の方が、嘘みたいに感じるんですよね。

と言っても、変わらない部分もあるわけで。
一昨日も夜遅くなって、みんなが少しずつ帰った後
いつもの飲み仲間のメンバーが最後の4人になって
またまた宇宙人の話で盛り上がり(一人、この分野に詳しい奴がいるのよね)
忘年会が終わったのは、朝4時でした。
飲むとキリがなくなるのは、いまだに変わらないですあっかんべー

おさむも変化がすごくて、以前なら
友人とみんなで飲んでいても、必ず
「俺、先に帰るわ」と一人で帰ってしまうし
家飲みの時は、いつの間にがベッドに行って寝てしまっているのですが
今回は、みんなのお酒や料理の気配りをしつつ、朝4時まで付き合っていて
しかも、いつの間にか、キッチンで片付けや洗い物をしてくれて
しかも、それらをとても自然体でやっているのがすごい。
何人かに「おさむさん顔が全然違う〜」と言われてました。
つくづく、やさしくて丸い感じになったなあと感じます。

ということで、2017年、振り返ってみると激動の年になりました。

私は、その忘年会で、みんなに話していたのですが
今年は、私の半世紀の人生の中で、間違いなく最も大変だった年で
そして、最もがんばった年だったなあと。
今年のハワイで、父が亡くなった直後にクンダリーニ症候群になるという
予想もしていなかったことが起こり、身体のあらゆる機能が低下し
体調を大きく崩しただけでなく、かつてないほど精神的なダメージがあり
そこからの回復のために、がんばらざるを得なかったわけですが
そのおかげで、これまで一度も感じたことがなかった感覚を体験し
今まで自分では実感したことがなかった宇宙系遺伝やエンティティなどのエネルギーまでも
実感することができたし、そこから得たものは想像以上でした。

私は、これまで、何があっても自分への信頼が失われた時はなかったし
だから、例えば、事故や病気になったとしても
不安とか恐れはなかったわけですが
この時の私は、自分がどうしたいのかがわからない感覚、とか
漠然とした不安感や不信感の中にいました。
今から思うと、多くの人たちは、あの感覚の中にいる
ということが、頭での理解ではなく、感じることができて
その後からのクライアントさんへのセッションが、大きく変化しました。
「自分の感覚を受け取れない人の感覚」「漠然とした不安感」
なんて、クライアントさんとのセッションを通じて
頭ではわかっていても、自分では一度も感じたことはなかったわけです。

自分への信頼が失われた状態、というのは
いわば、完全な闇の世界ですから
逆に言えば、私は人生のほとんどを光の中で生きてきた
ということにも改めて気づいたし
今回、闇と光が統合されてゆくプロセスを通じて
これまでの世界の見え方が大きく変わった感じがします。

よくヒーラーを目指している方で
「こんなに私自身に問題があるのに、人にヒーリングなんてやってもいいのかしら」
などと言われる方がいますが
私は「抱えている闇が深ければ深いほど、ヒーラーには向いてるよ」
とお伝えしています。
もちろん、闇の真っ只中にいる状態では、人へのヒーリングは苦しいものになりますが
自分の闇が深いことを理解しているということが、すでにその人が深いところに
アクセスできることを意味しているし
その闇が光が統合されれば、他の人に対して行うヒーリングは
計り知れないほどの恩恵をもたらすということ。
そういう意味で、私はどちらかといえば
ヒーラーとしては向いてない、とずっと思ってきたのですが
今年、ようやくヒーラーの第一歩を踏み出したのかも、なんてね。

そうして、ハワイから戻ってから
昼間は、クライアントさんへのセッションやクラスをやりながら
夜は、自分自身の宇宙系遺伝の調整や研究のために
ほぼ毎日、3時間以上の自己調整を
約3か月間ぐらい続けたのですが
そのプロセスが、今、私がやっている宇宙系遺伝の調整のやり方へと
導いてくれて
この一連の体験がなければ、決してここまで来ることはできなかった
ということが、本当によくわかるし
全ては起こるべくして起こっていること
もう今は、ただただ感謝しかないです。

ということで、2015年、16年、17年と3年連続で行ったハワイでのリトリートは
2018年は一旦、お休みにして
今回の冬はハワイリトリートは行わないことになりました。
その理由の一つは、この宇宙系遺伝の調整が、今年ハワイへ行く前と後では
大きく変わって、今のやり方は、あまりにも私が使うエネルギー量が大きいため
セッションは1日2人までしかできないことが第一です。
(理由の二つ目は、ハワイ以外の土地でリトリートをやってみたいということもあり)
それが今後の課題でもあるわけですが
また必要ならきっと何かが見えてくるのでしょう。

そして、今年行った多次元キネシオロジーのクラス。
去年はベーシッククラスだけでしたが
今年7月頃から、プラクティカルクラス(中級クラス)のプログラムを作成して
10月には、プラクティカルクラスをニューヨークと長野で行うことが
スタートすることができました。
これも今年の大きな収穫の一つでした。
特に長野のクラスは、これからのクラスのあり方も見えてきたし
本当にやってよかったです。
来年、さらに上級のクラスができるのかどうかも、まだわからないですが
それも、もしそれが必要なら、そうなるのでしょうし、すべては天にお任せですね。

激動の2017年。
出会ってくれた方々全てに
そして、遠くから見守ってくれた方たが
そして、繋がってくれた方々、すべてに感謝。

ということで、今年は早めにバケーションを取ることにして
忘年会の次の日、バタバタと支度をして
今日の午後、私とおさむは、メキシコのコスメル島に到着しました。
今年はこのコスメル島で年越しです。

次回はこのコスメル島からアップしますね。






最終更新日  2017年12月30日 18時31分20秒
コメント(0) | コメントを書く
2017年07月19日
カテゴリ:つれづれ

ハロハロ~

みなさま、今年の夏はいかがお過ごしかしら?

 

光陰矢の如し

前回の日記からもう20日も経ったなんて

信じられないです。

 

ニューヨークもここ1週間ほど、夏らしく暑くなってきました。

とはいえ、夜は涼しくなるので、それほどでもないですが

私の好きなマルガリータやサングリアが美味しい季節は嬉しいハート(手書き)


この1週間、おさむは、マトリックス・エナジェティクスのリチャード博士の講座

HO:LO-SET を受けるために、マイアミに行っていて、今日の夜に帰ってきます。

私もこの講座に興味はあったのですが

この講座の日程に、セッションの予約がずっと入っていたので

タイミングではないか、私には必要ではないかだなあと行かなかったのですが

この1週間、セッションや生活の中で、また新たな気づきもあり 

やっぱりベストのタイミングになっているなあと。 

 

1週間、おさむが家にいないという経験は、これまでほとんどなかったので

昔の一人暮らしの時を思い出して、ちょっと新鮮でした。

昨日は、久々に料理をして

(と言っても、食材を買いに行く暇がなかったので、

残り物整理になりましたが)

ちょうど、たまたま、日本からセッションを受けに来られていたクライアントさんと

一緒に頂いて、楽しい時間を過ごしたのですが

こんなことも、おさむがいたら、きっとやらなかっただろうなあと。

(なんで、俺のためには料理しないのだ〜と突っ込まれそうですがあっかんべー )

 

さて、毎日、おさむとフェイスタイムで話していますが

クラスは何やらプロセスがとても難しいとのことで

おさむの説明を聞いても、一体、どんなものなのかさっぱりわからないのですが

帰ってきてから、やってもらうのが楽しみです。


そのおさむとの話の中で、リチャード博士は相変わらず

エネルギーが軽くて、抜けていたという話をしていたのですが

この抜ける、というのは何から抜けているかというと

いわば『人生は大変という意識』から

抜けているんだよね、ということで、これについて書いてみようかと。

 

この「人生は大変(困難)プログラム」と私が名付けているものは

ほとんどの人が多かれすくなかれ持っている意識で

実際に今が大変な状況にいなくても、それが根底の意識にあれば

変化やチャレンジが苦手になるわけです。

また、何かのことで成功している人たちも

『困難を乗り越えて」成功した、と思っていれば

常に人生に困難がやってくるわけですね。


多くの人たちは、この困難を乗り越えて成功する、何かを達成するというのが好きなので

まずは、潜在意識(マインド)としては、困難が必要となるわけですが

実は、困難の中にい続けることで

本当に自分の人生に必要な変化はやってこない仕組みになっているわけです。


この潜在意識レベルでの

「人生は大変なもの、そう甘くはない、厳しいものだ」という

いわば脳が作り出した幻想から、どこまで抜けるかが

私たちが無限の可能性と喜びと自由な人生を生きるための

キーであるのですが

クライアントさんのセッションで気づくのは

この「人生は大変」プログラムの中に真っ只中にいるのに

そのことを認識して’いない

つまり、自分が今感じているストレスを認識できない人、というのが

ものすごく多いということです。

つまり、今、実際に(潜在意識が)持っているストレスは認識できないのに

まだ起こっていない先のことへの不安やプレッシャーには弱いのです。


例えば「今の仕事に喜びを感じているわけではない

だけど、お金が必要だし、今はやめることはできない(と感じている)が

いつかは、自分の喜びとなる仕事をやりたい」

という状態がずっと続いている。。


などというのは、まさにこの「人生は大変プログラム」の中にいながら

そのことを認識できていない状態と言えるわけです。

今、この瞬間に喜びとなることをやっていない、という感覚(ストレス)は

(潜在意識下ではストレスになっていても)

頭では、それほど大きなストレスとして認識されておらず

「人生は大変」なものという前提なので、

新たな変化によってもたらされるリスクの方が大きく感じ

「変化の先には何が起こるかわからない」ので

「変化しても大丈夫」という確信がない限りは

その状況に居続けることになります。

つまり、ずっと「満たされない今」が続くということなのです。


人によっては

「責任感」とか「将来のお金の不安」とか「今やめたら申し訳ない」

などという人生は大変プログラムの意識でいるために

身体やエネルギーが悲鳴をあげているにもかかわらず

自分にとってのストレスの状況に、居続けてしまっている方もいます。

また以前の仕事場より、今はマシだから、という比較で

今の満足しない状況にい続ける人もいるのですが

そもそも、ストレスをきちんと認識できる人は

ストレスの状況下に長く続けるようなことはないわけで

以前のストレスフルな仕事を頑張って続けていたことが

潜在意識下での「人生は大変」プログラムを助長し

前に進むことを妨げてしまっているわけです。


「いつか~~したい」

「いつか~~になったらいいな」

「昔のハードな仕事より、今の方がマシだから」

「仕事が何もないよりは、マシだから」

などという

一見、物事のいいところを見るというポジティブ思考というのは

(自分が感じている)『最悪の状態へ』変化しないために

今の自分が感じている感覚(ストレス)を抑えて

頭で納得するためのものであって

本当の意味でのポジティブな選択ではないのですね。


ストレス、いわゆる「やりたくない」とか「心地よくない」とか

「楽しくない」というネガティブな感覚を認識することができないというのは

結果的に、今、本当に何がやりたいのかもわからなくなり

いわゆる、意識が眠っている状態、と言えるわけです。

ネガティブ(闇)というのは「光が当たっていない場所」であって

意識が向けられていない場所、なのですが

実際、潜在意識のストレスを上手く認識できない人たちは

ほとんど松果体のブロッキングを起こしているということが

最近わかってきました。


こう言った性質が

どこから来ているかも、興味深いところなのですが

これまでわかってきた中では、脳と遺伝(それに関わる前世的なエネルギー)と

これまでの人生での環境からの影響があります。


例えば、宇宙遺伝で言えば、幾つかありますが、特にシリウス系遺伝があれば

ストレス(ネガティブな感覚)をうまく認識できない性質になります。

ストレスがないわけではないのですが

それに気づくことができないので

「これは~~のために必要だから」とか

「今、これをやっておいた方が得だから」とか 

「愚痴を言っても無駄だ」などと

とすべてを頭で計算して、理屈づけて判断するため

自分がやりたいかやりたくないか、喜びか喜びでないかという感覚で

選択できないわけです。


これはある意味、ビジネスマインドとしては、悪くないのですが

幸せマインドにはならないわけで

ストレスを認識できない人たちの脳を見てみると

幸せ感、満たされ感の脳内物質であるセロトニンも圧倒的に不足していることが多いです。

 

ちなみに(宇宙遺伝の話になると止まらなくなりそうですが)

ニビル遺伝があれば、今のストレスは感じることができても

先のことへの不安や心配が強いので、ストレスの状況下にあっても

いつまでも変化できないという状況になりがちです。

よく「ストレスに弱い」のは良くないことのように思われがちですが

本当の問題は、ストレスに弱いことではなく

責任や人からの評価や期待に対するプレッシャーに弱いことであって

潜在的に感じているストレスは認識する必要があるのです。

 

また逆に「私は楽をしているわ~」という人たちの中にも

この人生大変プログラムが作動していて

実際は

「チャレンジしない(変化しない)ことが楽な状態」だと勘違いしている

ことがあります。

「物事はそう甘くはない」「人生は大変なもの」と潜在的に感じているので

チャレンジ’したり、新たなことを始めないことが潜在意識の安全となっているので

変化できないわけですね。 

本当に、意識に人生大変プログラムがなければ

いつか楽をしたい、という状態にもならないし

今は楽をしているから、という感覚もないし

常に今にいながら、変化し続ける状態になるのです。

 

ですから、今、これをやっておいた方がいいから、という目先の損得ではなく

また楽でいたいから、という(困難を避ける意味での)損得ではなく

本当に自分が生きたい人生を生きるためには

今、潜在意識が感じているストレス(ネガティブな感覚)を

きちんと認識する力と

根底にある「人生は困難なもの」という認識を変えることだなあと。

 

例えば

「自分はまだまだ不十分」という感覚も

 「〜〜の期待に添えなくて、申し訳ない」という感覚も

「友人や周りが大変なので、何とか助けてあげたい」という気持ちも

「あの人にはわかってもらえない」という感覚も

「男性には守ってもらえない」という思いも 

すべてベースには、この「人生は大変なもの」 という意識なのです。

 

そして、「ストレスを認識できない性質」も

「人生は大変プログラム」は

好むと好まざるに関わらず、無意識にある意識なので

頭や意志の力で変えることができるようなものではないんですよね〜。


かくゆう私自身も、そこは完全にそこから抜けたとは言えない状態で

自己ヒーリングを行うと

いまだに「まだ「人生は大変」が(無意識レベルに)あるよ~」

と身体が伝えてくるわけです。


もちろん、自分の無意識がすべての現実を作っている

ということを充分にわかっているので

もし私自身に何が大変だと感じることがやってきたとしても

自分の内の声を聞けばその現実(のように見えるもの)はなくなっていくわけで

いつもは「人生は大変なもの」とは感じていないわけです。

(あ、今年のハワイでのクンダリーニ症候群の直後は、まさに

私のこれまでの人生の中で、最も「人生は大変」と感じることになったわけですが)

 

でも 例えば、セッションで「人生は困難なもの」という幻想に

どっぷり浸かってしまっている(その意識が困難な現実を作っている)

クライアントさんのエネルギーに触れると

「あ~、この方が、この幻想から抜けるのは、時間がかかりそうだなあ」

と、その幻想から抜けることができない大変な人々=人生は大変プログラムが

無意識に作動していたんですよね。


そこを紐解いていくと

今生でのサバイバルプログラムみたいなものは、もう出てこないのですが

神に捧げた前世だとか、指導者としての責任を負った前世だとか

遺伝的に受け継いだ性質などが出てくるので

これはそれは、多分、まだ残っているプレアデス遺伝からのものではないかなあと。

ということで、今月中には、その調整を行う予定なのですが

どうなることやら。 

 

と、その前に、明後日から、夏のバケーションでおさむと5日間のショートトリップで

メイン州にドライブに行ってきます~。

メイン州はロブスターなどが有名ですが、まだ行ったことがないので楽しみ。


みなさまどうぞ素敵な夏をお過ごしくださいね晴れ









最終更新日  2017年07月20日 05時48分30秒
コメント(0) | コメントを書く
2017年04月30日
カテゴリ:つれづれ

以前、大和田菜穂さんのことを書いた時もそうだったけど

自分の感覚や感想を率直に伝えたいという思いに素直になっていくと

それが、何かへの批判やジャッジになってしまうのではないか?と

いう恐れが出てくることがあって、そうなると何も書けなくなってしまうので

ええ~~い、例え、そうなったとしてもいいや~っと、勢いでアップするか

いつの間にか、スルーしてしまうかになるわけです。


どちらにしても、すべてのことは、幻想と言えるわけで

私が感じていることも、これを読んだ方が感じていることも

実態のないイリュージョンと言えるわけですから

そういう観点では、何を書いてもいいわけですけどね。


とはいえ、別の次元で見れば、

ブログという不特定多数の人が読む性質上

基本的に個人名は出せないし、内容も事柄によっては書けないこともあるわけで

そのあたりを上手くスルーしつつ、伝える必要も出てくるのですが

昨日、まさにその辺の私の潜在的な恐れが夢に出てきました。

夢の中で、私は闇の世界を知って、それをみんなに知らせようとしていて

その闇の勢力のある人から

「このことをブログにアップしたら、明日にはあなたの身体は川に浮かんでいるだろう」

という、まるで火曜サスペンスのセリフのような脅しの言葉を言われて

「ひゃ~やっぱり、もう書けない~」とおののきながら、目が覚めました。


いや〜〜何を書いたとしても、川に流されることはないだろうとは思いますが泣き笑い

意外にそんな恐れがあったのね~と、我ながら笑えました。

昔はよく、肝が座っていると言われていましたが

ここ近年、父の性質である臆病さと、母の性質である達観癖が

両極端に出てくるのを感じていて、今後のテーマになりそうです。


さて、今回のハワイで、最も私が感じたのは

他の人に全く左右されず、自分の感覚を受け取ることというのは

難しいことだなあということでした。


私のこれまでの人生では、あまりそういう風に感じたことはなくて

誰がなんと言おうと、やりたくないことはやらない

というのは私にとっての人生の鉄則だったし

自分がどう感じているのか?は、常に意識してきたこともあって

それがよくわからない人の感覚の方が、よくわからなかったわけです。


でも、先日お話ししたように

リーダーとしての責任、ということに関わると

自然と自分の本来の感覚や女性性を抑圧していたり

また、尊敬する人が話している内容やエネルギーに

影響されて、自分本来の感覚を失っていたことに気づいてきたわけです。


それに気づくプロセスは、今回は決して楽ではなくて

一旦は、逆にわけが分からなくなる、というプロセスだったわけです。

これは、聖なる植物の影響なのか、それともクンダリーニ症候群なのか

どちらにしても、グラウンディング力が極端に落ちていたところに

その直後に行った3人へのセッションから(おさむを含めて)

いろんなエネルギーの影響を受けてしまっていて

DNAまでも変化してしまったことが

カラニリトリートに入る前には、筋反射でわかっていました。

ですから、その調整が終わるまでの期間は、自分が何を感じているのか

よくわからなかったのです。

例えば、宇宙人DNAで、シリウスやグレイなど

これまでの私は持っていなかったDNAまで、クンダリーニ症候群の後の

自己ヒーリングで出てきて、ショックを受けたわけです。


これまで自己ヒーリングは、不十分感からではなく

能力や可能性を高めたり、さらに自由に解放してためであったのに

今回は、問題の修復のために、自己ヒーリングをすることとなり

その期間は楽しんでやっていたというより、不十分感で一杯で

とにかく一刻も早く元に回復するのが第一でした。


例えて言うなら、あるスポーツをやっている選手が

それまでは、能力や感覚を高めるために、練習を続けてきたのに

ある時に、交通事故に遭って、足が不自由になったことがきっかけで

これからは、能力を高めるためではなく

元の状態に戻すために、リハビリや練習をしなければならなくなったかのような

気持ちになったと言えるかもしれません。


それで、気づいたのは、ここでショックを受けるということ自体、

私の中の「いつも前進、成長しなければ」という意識の表れなのだなあと。

そこに気づいてからは、焦ることなく

自己ヒーリングの’調整ができるようになったのですが

今回、こういったエネルギーを受けたことで

これまで感じなかった感覚を感じることにもなったのでした。


例えば、グレイのエネルギーがあると

被害者意識や人への不信感になり、傷つきやすくなるのですが

私も、今回、おさむに対する不信感や被害者意識が出てきて、さらなる怒りへとつながり

また、シリウス系のエネルギーは、自分の感覚の抑圧になるので

自分が何を感じているのかよくわからず

私は大丈夫、と達観してしまうのです。


こういう状態では、自分で自分のことは

本当にわかりづらいものなのだということが、よくわかったわけです。

だから、このクラスの参加者の中で

何人かの人が「のりこさんが弱っている~」

「のりこさん、大丈夫ですか?」と

と声をかけてくださったことが

「やっぱり大丈夫じゃないよね~」という自分の感覚を再確認する上で

大きな助けになりました。


私がクラスの最初の頃に、自分の感覚を封印して

オーガナイザーとしての役目を果たさなければとしていた時も

何人かの人に

「のりこさんが無理して(オーガナイズ役をやって)いるのが、ミエミエでした~」

と言われたり

また、クラスの間、修との摩擦が大きくなった時も

「のりこさん、修さんと何かあったのですね?」とすぐに声をかけてくれたり

すごい、みんな!何も言わなくても、私の状態や感じていることが

そのまま伝わるのね~、と感動でした。

(って、単に見た目に分かりやすい人なのかもですが泣き笑い )

 

ほとんどが私のキネシオロジーのクラスを受けられた方たちでしたが

そういった参加者の方々のおかげもあって

あの状態から、ここまで回復できたのだなあと。

みんな私の生徒だけど、同時に私の先生だったということが

これまでのキネシのクラスでもそうでしたが

今回はさらに感じたのでした。


さて、前回のお話は、アマテラスのことで終わりましたが

私はロンからアマテラスやアトランティスの話を聞くのは

今回で4回目でした。


1回目は2011年のATIH

2回目は2012年のフィボナッチのクラス

そして、3回目が去年のハワイのクラスです。


最初の2回は、とにかく感動でワクワクして聞いていました。

私たちの魂のルーツ、アトランティスのこと、ロンとアマテラスとの関わり

宇宙とのつながり、ユニティ、ワンネス、リメンバリング(思い出すこと)

ロンの話している、すべての話が、私にとって心を揺さぶられるものでした。


でも、今回のクラスでは、同じように感動している部分と

全く違う角度から聞いている部分の二つが共存しているのを感じていました。


アトランティスに関しては、私は昔から強烈に惹かれていたし

またクライアントさんのセッションでも、よく過去世として出てくることもあって

そういったことは信頼しているのですが

一方で、アトランティスだけが私たちの魂のルーツではなく

一つのエネルギーにしか過ぎないということも

ここ1、2年のワークを通じて、ひしひしと感じていたからです。


ヒーリングは「本来の自分を思い出すプロセス」であることは間違いないですが

「本来」というのが、一体何を指すか?によって

全く違うものになり得ます。


例えば、本来を赤ちゃんの頃の自分と設定したならば

胎児でお母さんのお腹にいる時にストレスを受けて

生まれてくる前に、原始反射や脳の問題があっても

それは本来の自分になってしまい、変えれないものとなります。


また、過去世の自分が、本来の自分だと設定したなら

そこからの要因や問題は、変えれないものとなるのです。


私にとっての「本来の自分」というのは

赤ちゃんや胎児の頃の自分ではなく、過去世の自分でもなく

そういったことを超えたところにあると感じていたし

(それが何かということは、言葉では言えないのだけど)

私がこれまでのセッションでやってきた中で

フィボナッチは、アトランティス云々とは関係なく

多くの人にとって、有効なものであると感じていたこともあって

すべてをアトランティスやレムリアという過去生に結びつけることに

少しずつ違和感を感じ始めていたのでした。


と言っても、ロンはホワイトブラザーフッドのエネルギーと

繋がっていることは感じるし

アトランティスは、彼にとって最も大切なことであることも

よくわかるのです。

ホワイトブラザーフッドというのは

いわゆるアセンテッドマスターのグループ的なエネルギーですが

ロンは18歳の頃から、ブラザーフッド・オブ・ホワイトテンプルという

学校で学んできた人なのです。

これは、モーリス・ドリールという人が設立したもので

今回のクラス1でロンは、ドリールことを話していましたが

エジプトからトートが書いたアトランティス語で書かれた

エメラルドタブレットを持ち返って翻訳し出版したという

とても実在の人とは思えないような人で

そんな人の元でずっと学んでいたわけですから

ロンにとって、アトランティスがすべての根源であるのも納得で

そこは打算でも何でもないわけです。


そして、このクラスの参加者のほとんどが

このアトランティスとの関わりを深く感じていたと思うのですが

今回、クラス3では、去年クラス1を受けた方々が参加されていて

改めてわかったのが

その多くの人が、このクラスを心から待ち望んでいて

ここをホームだと感じている、ということでした。

そして、このレベル3のクラスに来るまでの日本での生活が苦しかった、と言われる方が

何人もいたことに、改めて驚いたのでした。


それで、だんだんと気づいたのが、このロンが求めていた

「一体感」ということの意味だったわけです。

ロンは、このクラスの最後にも

「私たちはチームです」と言われていたのですが

つまりは、アトランティスから転生してきた魂が

今生では、人々の意識を高め、ユニティへと戻っていくプロセスのために

ここに集い、一緒にワークしてゆく、ということでした。


これは、フィボナッチのクラスを受けたことがない、あるサイキックの方が

「フィボナッチは個人プレーではなく、集団的にやっていくものですね」

と言われていたのですが、まさにそういう意味でのチームだったわけです。


そして、だからこそ、去年のクラスでも

みんながこのクラスで「一体感」を感じていたわけですが

一方で、クラスが終わって、日本やそれぞれの場所に戻ると

実際の生活では、アトランティスやレムリアとの深い関わりを感じている人ばかりが

周りにいるわけではないわけですし

そうなると逆に周りとの分離感になっていく可能性があるのだなあと。

家庭や仕事場の中で、周りの人々と一体感を感じることができていれば

何があったとしても苦しくはならないし、常に幸せの中にいることができるからです。


私の場合は、これまでは、いつもおさむと一緒にクラスを受けてきたので

そんな風には感じたことは一度もなかったのですが

今回、クラス2であるATIHは、ちょうど、私の父の四十九日と重なってしまったことで

そのクラスの期間は、日本に戻ったため

私はATIHのクラスは受けず、おさむだけ受けたことがきっかけで

この気づきにつながったのでした。

今回のハワイの旅の間、私とおさむの心が最も離れてしまったのは

おさむがATIHを受けた直後だったからです。


ATIH自体は、私もロンから受けて、素晴らしいプログラムであることには

間違いないと感じていますが

今回のクラスの直後、おさむはそこでの一体感に浸っていて

それが、逆に今回、それを体験しなかった私との分離感を生み出し

彼が言葉で上手く伝えれないこともあって

彼にとって「のりこにはわかってもらえない感」になっていました。

また、私は私で、おさむからケアされていない

という寂しさや悲しさにつながっていて

私がその寂しいという感覚を伝えた時に

おさむから「俺には感じられないんだから、仕方ない」と言われ

さらに虚しい感覚になったわけです。 

ハートを開くためのクラスであるATIHを受けたのに

なぜ、そんなことになったのか、その時は全くわかりませんでした。

 

もちろん、これらのクラスの中での一体感を感じつつも

家に戻って、家族や友人との深い一体感も

同時に感じることができる人もいるでしょうが

逆に周りとの分離感へとつながることもあるのだなあということが

あとから、気づいたのでした。

今回、私の父の四十九日が、ATIH と重なったというのも

今から思うと、ここに気づくために、必然だったのかもなあと。

 

こうして、先日、説明した五行の怒りの感情が終わってからは

次は、虚しさや分離感となり

最後は悲しみというプロセスを辿って行ったのですが

これまたシンクロなのか、その悲しみの中にいた最後の日に

参加者の中で、質疑応答の時間に、自分が感じたことをシェアするということで

性的な虐待について、話された方がいました。

彼女は、この人生で虐待された経験などなかったそうですが

この惑星クラスの間にそういうエネルギーを感じたとのことでした。


そして、私がクンダリーニ症候群の直後に感じたエネルギーが

まさにこの虐待されたという感覚だったわけです。

私自身も、虐待なんて、これまでの人生での経験はなかったですが

なぜかそういうエネルギーとつながり、

それをクラスの間にシェアする間、ポロポロと涙が止まらなくなり

一方の私は「何がそんなに悲しいのかしら」とも思っているのですが

一方は、男性には決して理解してもらえないという深い悲しみを

ひしひしと感じていたのでした。


こんな風にこのクラスは、フィボナッチやアトランティスということを超えて

深いエネルギーのシェアの場になり

それぞれが自分の感覚を率直に伝えていて

そのことに対して、ロンもとても感動していました。


今回のクラスが終わって、改めて気づいたのですが

私はこれまでは、ヒーリングをやるのが、とにかく楽しくて

これをやったら、どうなるのかもっと知りたいという好奇心だけで

どんどんやってきたのに、ふと気づくと

いつの間にか、地球救済軍に入って働いていた、みたいな感覚でした。


そして、今回でオーガナイズをやめるということが

その地球救済軍を抜ける、みたいな感覚にもなったのですが

ちょっと辛かったのが、今回、参加された方々は

本当に素晴らしい感性の人たちで

このクラスを通じて、深いつながりを感じたこともあって

来年もまたここで会いたい、という気持ちになったことでした。

はっきりと言えるのは、たとえ、アトランティスの過去生など全く関係なかったとしても

繋がっていたいと感じる方たちでした。


でも、私は地球救済軍も面白そうだけれど、やはり個人レベルで動いていきたいなあと。

セッションやクラスを通じて、それぞれが

自分の家族や友人や仕事場での深いつながりを感じたり

病気や身体の不調を癒したり 

また、お金や豊かさを高めたり

やりたいことだけを自由にやっていったり

それぞれの才能を開花させたり、

そんな個人レベルでの解放と発展を通じて

結果的に、それが地球全体の意識を変化させることにつながれば嬉しいし

たとえ、すぐには繋がらなくても、それはそれでいいなあと感じるのです。

 

もちろん、これからもフィボナッチは、セッションで使っていくでしょうが

これからは、これを広めることよりも、もっと多くの人々が

キネシオロジーの自己ヒーリングや家族や他の人へのヒーリングが

できるように、私のクラスにフォーカスして行こうと

ようやくすっきりと決心ができたのです。 


クラス3の時に、ロンにあのアマテラスの怒りに関して、どう捉えているのか

質問してみたのですが

ロンからの答えは、

「アマテラスは、もう弱い存在ではなく、パワフルなのだということを伝えてきた。

そして、それをみんなに私から伝えなければならなかったのに

「こんなことを日本のアマテラスに詳しいみんなに伝えてもいいのだろうか」

という私のエゴで伝えなかったために、アマテラスが怒ったのです。

あれは適切な怒りでした」という捉え方でした。


それは、私があの時に受け取ったメッセージとは違っていたのですが

それはそれでいいなあと。


「アマテラスを超えてゆけ」が

ロンにとってはどういう意味を持ったのかは、もう私にはどうでもよくて

それぞれにとってのメッセージが大切なのであって

私にとっては、そのメッセージは

「アトランティスを超えてゆけ」でもあったし

また「ロンを超えてゆけ」でもあったのだなあと。

ある意味では「ユニティを超えてゆけ」とも言えるのかもしれません。


ユニティのために何かをやって行く

のではなく、それぞれが自由に解放されていった結果

ユニティへとつながってゆくというか。

どちらにしても、私たちは深いレベルで繋がっているのですから。

 

今回のクラスの中での深いつながり感だけではなく 

先日、日本で家族とのつながりも深く感じたし

また、日本を発つ前に、30年来の友人と成田で話しをしたのですが

彼女とも魂レベルのつながりを感じたし

また、ニューヨークでの飲み仲間や友人とも

また、キネシオロジーのクラスやセッションを受けに来られる方々とも

またブログを読んで、共感してくれている方々とも、感じるのです。

それは、私たちの魂がどこから来たか?なんてことには

全く関係なく、ただつながっているという感覚です。

 

そして、不思議なことに、クンダリーニ症候群の後の自己ヒーリングでは

アトランティスの過去世が全く上がってこなくなったのでした。

それまでは、アトランティスの過去世は、毎回のように

自己ヒーリングでも、おさむから受けるセッションでも上がってきていて

これは、一生出てくるんじゃないか、というぐらいでした。

もしかして、ようやくここを抜けたのか

それとも今のところだけ出て来ないのかは、わかりませんが。


ということで、クラスの間、感じていたことを、ざっとまとめてみたのですが

(これで短くまとめたつもりなのあっかんべー )

こう長いと途中で挫折するよね。

ここまで、読んでくださった方、ありがとうございますどきどきハート


 

さて、私とおさむは明日、ニューヨークに戻るので

今日は1日は、ニックさんの家で、荷物の整理などをやっています。

(って、途中でやめて、こうしてブログアップしているけど)


きっとニューヨークは、これからの季節、春の訪れで心地よいことでしょう。

これからのセッションも楽しみだし、みんなと飲みに行くのも楽しみだし

また家の植物を新たに買いに行ったりするのも楽しみ。

(毎回、ハワイに行く度に、家の植物を人にあげてしまうので)


ちなみに、ダーリンは、ここしばらくずっと私のケアをしてくれて

とても優しいです。


マイダーリンは、私のエネルギーが変化すれば

それに合わせて、すぐに変化してしまうという単細胞生物なのであっかんべー

私が大変な時に支える強さや安定感はないものの

先日、惑星のチャートを読んでもらった占星術では

「秘書としては最適な人」な人なんだそう。

確かに、今回のクラスでも、みんなの送り迎えの手配から何から

細かくケアできていたし

結構、そういったことを楽しんでやれる人なんだなあと。’ 


ふふ、これからも当分は、私が引っ張ってゆくのです~ウィンク

ロンのいうとおり、女性はパワフルなのですから。


ということで、キネシオロジーのクラスへのモチベーションが

ものすごく高まっています。

詳細はまたアップしますね~。

 

 unspecified-22.jpeg

                                                                                 Photo by Kazumi Sakurai 







最終更新日  2017年05月01日 12時51分37秒
コメント(6) | コメントを書く
2017年04月24日
カテゴリ:つれづれ

さて、ブログでロンのこと直接知らない人たちに話すのは

いろんな誤解を生むなあということは、百も承知なんですが

それでもわかる人にはきっと伝わるし

今の私の感じていることを記しておきますが

これは後から変化するかもしれませんから、話半分に聞いておいてねウィンク


今回、クラス3の参加者の中で、占星術に詳しい人がいらっしゃって

クラス全員の鑑定をしてくれたのですが

私も最後の近い日に、クラスが終わった後、見てもらいました。

占星術の鑑定や惑星音叉の仕事としてもされているYさんと

アロマテラピーと音叉のお仕事をされているMさんという二人が

同時にチャートを読んでくれたのですが

これが本当に素晴らしかった。

私の性質や性格はもちろん、人間関係やこれからの方向性なども

細かく見てくれて、それを聞くたびに

「そうそうそうなの、すごい、こんなことまでわかるのね~」と

感動だったでした。


それで、二人に言われたのが、

私は開拓者であって、常に何かを新しく始めていく人であるということ

直感力があり、サイキック的な力もあるので

それをさらに生かしていくのがいいが

これからは、社会的な成功というところにフォーカスした方がよく

例えば、本を書くなどやっていくのがいいということ。


正直、私は自分が好きなヒーリングさえできていればそれでよかったわけで

そういった意味では、十分に成功していると感じていたこともあって

社会的な成功というのは、どこかで避けていたことでした。 

サイキック力に関しては、自分ではずっと私はサイキックではないと

否定してきたことですが、今回、ドロシーとのことで

そこに関わっていた過去世を手放すことにもなったことも、一つのメッセージとも言えるし

星のチャートにも出ているというのは、やはり受け入れることが必要ということなのか。

社会的な成功にしても、サイキックにしても、共通してあるのは

もしそうなれば「自由でなくなってしまう」という感覚なのです。

こんな風に好きなことを自由に書いたり、言ったりできなくなってしまうのが

怖いのかもしれません。

  

また伝えてもらったのは、私の星的なことで言えば

何か新しいことを始めるのは得意でも

それを長く続けることができない性質であるので

土の要素を持つ人と組んだ方がいいということ。


そして、人間関係に関して、言われたのが、乙女座の人との関係では

ちゃぶ台をひっくり返すようなことになる、ということ。


ひゃ~~、ロンは乙女座で、おさむも乙女座なのです。。。。ショック

こういう内容でブログを書いていること自体

ちゃぶ台を引っくり返していることになるのか。。。


そして、あなたは表裏が全くない人なので

打算的なものを受けいれられないということ。


あ~~打算的なものがダメだということ。

実は、今回、もっともロンに対して受け入れられなかったのは

この「打算的なこと」だったのでした。


今から、考えてみると人間なのだから

時には打算的になってもいいわけで、それが嫌だということ自体

いい悪いの二元的だということだなあと。


そして問題が複雑になるは(実際は問題ではないとも言えるけど)

彼の打算は、決して、ロンの個人的な欲やエゴ

例えば、お金とか地位とかを求めるが故のものではない

ということなのです。

これは、クラスでロンの話を聞いていても伝わってくることだし

私がこれまで、ロンとあれこれをやってきた中でも

「あ~この人にとって、本当にお金なんてどうでもいいだなあ」と感じることは

何度もありました。

(だからといって、お金を求めることが悪いということではなく)

だから、彼の打算的なものを感じた時に、逆に混乱したというか

私の中での抵抗が起こったわけですが

それでは、何のための打算なのか?


そのことをお話しする前に、クラスの中でのことを。


クラス1がスタートしてからというもの

先日、お話ししたように

私はここにいない感や不安感や恐れの中にいたのですが

そういう時というのは、自分自身が何を感じているのかはよくわからないのに

相手のエネルギーに対しては、敏感になっていたりするわけです。

そして、去年とは全く違うロンのエネルギーに

一体、何が起こっているのかよくわからず

それは、さらに私を落ち込ませました。

でも、これは、私の感じ方の問題だから、と言い聞かせていたわけです。


ところが、今回、クラス1に参加した方の中で、5、6人から


「のりこさん、私が想像していたロンとは違いました」とか


「エリンを見ていると、ハートが開いてきて、涙が出てくるのですが

ロンにはハートが開く感じにならないのは、私の問題でしょうか』とか


『なんだかロンがこのクラスにいないという感じがしてしまうんです」

などの言葉を次々に言われました。


あ~、これを感じているのは私だけではないのだなあと。

そして、クラス1の人たちは、今回、初めてロンと会ったのに

そんな風に感じるなんて、なんという鋭い感性、というか

逆に言えば、敏感すぎるというか、エンパスなので

相手のエネルギーに同化してしまうということでもあるわけです。


なぜ、ロンがそうなのかは、私にはわかりませんでしたが

一つだけ言えるのは、ロンは、このクラスに意識を集中するより

これを次のクラスにつなげようと、焦っている感じがするということでした。

クラスの中で、ほぼ毎日のように、次のレベル2、3はいかに素晴らしいか

またATIHを受けたら、どんなに素晴らしいことが起こるかを伝えていたし

私は今回、早い段階で、次のクラスのオーガナイズはやらないことを

彼に伝えていたこともあって、次のオーガナイザーになる人が

この中からいないか、また他に知らないかどうかを参加者に尋ねていました。


私にとっては、必要とあれば、自然にオーガナザーは現れるだろうし

次のクラスの宣伝をしなくても、参加者の人たちが、クラスの中での実践や

それぞれ日本やニューヨークに戻ってから、このヒーリングを使ってみて

その素晴らしさを実感したら、今後、さらに深めたいと思うのは自然なことですから

なぜ、ロンほどのすごい叡智と力を持った人が

そこまで必死になって次に繋げようとするのか、レットゴーできないのか

最初は理解できませんでした。

(とはいえ、何となくはわかっていたのですが)


そして、クラスの中でのみんなからの質問に関するロンの答えというのが

何とも的を得ないことが多かったこともありました。

例えば、アトランティスやアマテラスの話などに関するものだったら

質問者が求めていた答えを話してくれるのですが

臨床的なことや症例などの質問になると

答えが全く質問者の求めているものとは、違った方向になってゆくのです。


例えば、私がクンダリーニ症候群に対して、もし具体的な対応の仕方などあれば

教えてください、とクラス1で質問した時のロンの答えは


「この世にボランティアでやってきた魂の中には

自らが症例になって辛い経験をすることで

結果的に、人々をヘルプしていくというお役目を

買って出た人たちがいます。

(つまりは、私がクンダリーニ症候群を体験したことで

そういう体験をする人たちをヘルプするということ)

それは、本当に素晴らしいことなのですが、私なら

ヘルプするのはいいけど、もう少し、お手柔らかに、と伝えるでしょう。

一つのところに向かうのに、もっと楽しく進むこともできるのです)


という答えでした。

いや、確かに私自身は楽に生きようと思っていても

そうはならないこともいろいろあったし

(だからこそ、このオーガナイズもやることになったわけで)

そのおかげで、人に対してのヒーリングも深くなったわけで

そういう意味で、それは私のハイヤーセルフなんだか

魂レベルでの導きとも言えるけれど

もういい加減「お手柔らかに」と言いたいというのは

もっともなことで、とても納得するわけです。

で、その場はそうだよなあと納得して終わったのですが

いや、待てよ、私がここで聞きたかったことは、そこじゃなかったんだけど。。。


と、そんな感じで、こういったロンの傾向は、去年もあったものの

今年はさらにそれが大きく出ていました。


おさむに言わせれば、

「ロンは、創始者だけど、ヒーラーとしての臨床経験が多いわけではないし

先生だから質問されたら、何か答えなきゃいけないと思って

自分が答えることができることを、適当に答えているだけなんじゃない?」

というのですが


いや~、それは違うんじゃない、ロンはわからないことはわからないという人だし

そんな単純なものじゃないと思うんだけど~


と思っていたら、他の人たちは

これに関して、それぞれ違った見解を持っていました。

例えば、ある人は

「あれは禅問答みたいなもので、私が質問したことの答えは得られないのだけど

 ロンの答えを聞いているうちに、自分が質問したかったことが何だったかも

 わからなくなって、いつの間にか、ロンの答えに

 ああ、これが聞きたかったのだ、と納得してしまうのです」


またある人は

「偉大なるマスターは、答えを言わずにヒントだけを与えて

相手が自分で答えを見つけるようにしたり

それを聞く人たちが、もっと聞きたいという思いを抱かせたりするのよ」

と言い、なるほどなあと。


で、私はどう感じたのかというと

ロンが何のために打算的になっているのか?ということを

感じていった時に、ハッとわかったのは

ロンと私たちが捉えているヒーリングというものに対する捉え方が

全く違うのだということに気づきました。


ロンにとっては、症例とか、これにどう対応するか、とか

さらに言えば、病気やいろんな問題を癒すとか

そういった個人的な幸せや喜びは、どうだっていいのだ、ということでした。

いや、どうだっていいというのが語弊がありますが

少なくとも、彼がこのフィボナッチやATIHやアーキュトニックを広げようとしている

メインの意図ではないというということです。


そして、そのメインの意図のためにロンが(無意識的に)使っていたもの

その一つがアマテラスの存在だったのではないかということでした。


さて、このクラスには、サイキック力のある人が何人かいたのですが

(いや、潜在的なサイキック力という意味で言えば、ほぼみんなそうでしたが)

クラス1に参加された方の中で、上からのメッセージを

チャネリングする方(Nさん)がいました。


彼女とは、お会いするのは、これで3回目でしたが

2回目は、前回の東京初級クラスに参加されて

私との過去世を覚えていた方です。


正直なところ、このチャネリングというのは

私はそこまで信じておらず、というのも

そのチャネリングしている人、いわゆる媒体になっている人の

エネルギーに左右されることが大きいので

その媒体になる人によっては、高次の意識にチャネリングしているようでいて

実は違っていた、なんてことも起こりえるからです。

これまで、そこまで完全なピュアなエネルギーの状態でいるチャネラーには

ほとんど出会ったことはなかったし

それぞれに偏ったものになってしまうのも、仕方ないなあと感じていました。


さて、そのNさんがロンに対して何らかの納得できない

感情を持っていることは

初日の自己紹介の時にも彼女がみんなの前で伝えたこともあり

わかっていましたが、それは彼女の個人的な問題から来ているものなのだろう

と思っていました。

彼女の問題として、一度、チャネリングが始めると

それを自分の意思では、止めることができなくなる、ということと

そして、降ろしてきたメッセージについて

彼女自身が全ての意味を理解できないので、相手にきちんとそれが伝わらない

ということがありました。


そして、クラス1の最終日のこと。


質疑応答の時だったか、何の時だったかもう忘れてしまったのですが

突然、Nさんが「もう抑えられない」と言い出し

いきなり、チャネリングがスタートしました。


それは、私は全く聞いたことがない言語で、彼女はそれを

明らかに怒りに満ちた激しい口調で語りながら

ロンに近づき、ロンに対して、激しく迫りました。

そして、ロンの前の机にあった細胞の模型やグラスなどをつかみ

周りに投げ捨て、激しい怒りをあらわにしたのでした。


それをロンは落ち着いて、静かにそれを聞きて

受け取り、頭を下げていました。


クラスの中で、何人かがすすり泣いていて

その時、みんなが、どういう思いだったのかはわかりませんでしたが

私は「あ~やっぱり来たなあ」と

この事態になることをどこかで知っていたように感じて

全く驚きませんでした。

むしろ意識のどこかに「ロンは怒られて当然」

みたいな感覚があったのに、後から気付きました。

ただ、Nさんに対して、こんな思いをするのはさぞ大変だろうなあと

彼女の心が癒されることを祈っていました。


Nさんは最後に

「アマテラスを超えてゆけ!」

と日本語でのメッセージを伝えると

全てのチャネリングが終わり、すっかりいつもの自分を取り戻し

ロンに対して謝っていました。


全てが収まった後、ロンはみんなに

「今の言葉は、たぶん、マウリ語です。

マウリは、レムリアとの深い関わりを持っている民族です。

マウリの人たちは、最初に出会う人に怒りを見せて、

相手に自分を見せろ、と伝えるのです。

それに対して、恐れたり、怒ったりすることなく

自分を見せたら、マウリの人たちは受け入れてくれるのです」


と話してくれました。

そして、そのクラスの後、ロンが話してくれたのは

「最初は私もどうしたらいいか、わからなかった。でも気づいたのだ。

ああ、彼女は、本当にアマテラスのエネルギーのチャネリングをしているということを。

あの日の朝、私はアマテラスからのコンタクトがあったのです。

そして、それをどうみんなに伝えていいのか、わからないでいました。

そして、そのエネルギーとリンクしていたのです」


その時は、私自身はあのエネルギーをどう捉えていいのか

よくわからず、最後に彼女の言った言葉

「アマテラスを超えてゆく」ということの意味も

どういうことなのか、わかりませんでした。


それでも、直接、そのことについて彼女と話すチャンスはなく

クラス1が終了し、その次の日、私は

父の四十九日のためにカラニを出発して、日本に向かいました。


私は参加者の中で二人と同じ飛行機だったので

おさむに送ってもらって、ハワイのヒロ空港で、おさむと別れ

そのあと、空港で3人で話しながら、

搭乗時間までの時間を過ごしていました。


そして、あと10分で搭乗が始まるという時でした。


Nさんが後ろから駆け込んできたのでした。

彼女は次の飛行機だったのですが

少し早く空港に着いたとのこと。


そして私と会話しているうちに

また何かが降りてきたと、幾つかのメッセージを伝えてくれて

「のりこさん、もっともっと正直になって」

と伝えてくれました。

「いや、もう私があれこれと言うことではないから」

といった時に彼女は私の手を取って

「みんなあなたを信頼しているから、ここまで来た。

あなたが正直にならなければ、違った方向に行ってしまう」

と言いました。

私は、彼女の目を見つめた途端、ど~~っと涙が溢れてきました。

 

「ああ、そうだったのだ」と改めて気付いたのでした。

 そうして、私は、あの時、なぜアマテラスが怒っていたのか

彼女の目を見ていて、やっと理解できたのでした。


「私は正直になりたいから、今回でこのオーガナイズをやめるの」


と彼女に伝えました。


実は、こういったロンとのやり取りを含め

これはあくまでも私の見方であり感じ方でしかないので

私の胸のうちにしまっておこうと思っていたのですが

彼女に言われたことで、私はより正直に生きる勇気を頂いたのです。

(ちゃぶ台、引っくり返すことになってしまうかもだけど泣き笑い )


これまでのアマテラスとロンとの深い関係に関しては

嘘はありませんでした。

だからこそ、今回、アマテラスの怒りがあったのでしょうから。

ただ、もうアマテラスを使うのはやめて

ロン自身で勝負しろ、というメッセージだったのではないかと。

それが、アマテラスを超えてゆけ、という言葉に現れたのではないかと。

 

物語は続きます~~。

 








最終更新日  2017年04月25日 16時58分45秒
コメント(10) | コメントを書く
2017年04月22日
カテゴリ:つれづれ

今回のカポホの一軒家は広くて

周りには家もなく、ただ緑が広がっています。

この静けさと安らぎの中にいると、先日までのことが、まるで嘘みたいに感じられます。

 

P4214093.jpg 

 

P4214099.jpg 

 

P4214103.jpg 

 

ここに着いた直後に引いたマップカードは

「のんびり、ゆっくりと進みなさい」というメッセージで

「そうだよね~、しばらくの間、のんびり過ごそう」と

この2日間はブログをアップした他は、ボーっとしたり

自己ヒーリングしたり、おさむにセッションをやったりしていましたが

(のんびりしていても、結局セッションをやってるのも、笑えるけどウィンク )

今朝は、何だかアクティブな気持ちになってきたので

試しに再び、カードを引いてみたら出てきたのが


「今は新しいアイデアを生み出したり、新しい人間関係や

仕事を開始したり、あらゆる冒険に出かけるのに最適な時期です」


展開、早っ!目


ということで、早速、10月にニューヨークと東京で行う予定の

キネシオロジー初級クラス、中級クラスについての

アイデアや企画をおさむと話しつつ、そのための行動をスタートしてみたら

あ~やっぱり、ワクワクする~ダブルハート


思えば、このフィボナッチやアーキュトニックのクラスのオーガナイズは

このわくわく感ではなく

これが私のお役目なのだから、と割り切って、やってきたのだなあと。

もちろん、ここでの体験によって、いろんな人たちと深いレベルで繋がることができたし

また、私自身の深いレベルでの解放につながったので

結果的にはすべてよかったのですが

これからは、結果論やお役目ではなく

プロセスそのものを楽しめるものにフォーカスしていこうと。

ということで、今後は、フィボナッチやアーキュトニックのオーガナイズをするのは

今回で終わることに決めたわけです。


さて、怒りの話の途中でしたが、今は、すっかり怒りがなくなってしまった後

それについて思い出して書くのは、例えて言うなら

覚醒体験をした後に、その時の感覚について伝えるようなもので

個人的な体験だし、伝えなくてもいいかなあという

気持ちに何度もなったのですが

その度に「きちんと自分の思いを伝えること」という身体からの

メッセージがあり、これをアップするモチベーションになっています。


怒りというのは、その時は、

誰かに対して向けられているようで

実際は、自分自身が持っている何かに対しての感情なのですよね。

例えば、先日、書いたように、表面的にはおさむに対して、怒っていても

それを紐解いていくと、私自身が女性性を抑圧してきたことに対する怒りだった

というように、今回、ロンに対して感じた怒りも、ロンが問題ではなく

あくまでも私の問題であり、私自身に対する怒りなのです。


今回、私が最も受け入れられなかったことは

ロンはいつもハートにいる人ではなかった

ということでした。

そんなことは私もそうだし、人間なのだから、誰でも当たり前のことなのですが

ロンに関しては、常にハートスペースにいる人なのだ

と、これまで私は感じていて、つまり、それはある意味で

彼を神格化してしまっていたわけで

そこに気づいた時、自分自身への怒りがわき上がってきたわけです。


ロンに対しては、2011年に受けたATIHのクラスの時のロンの印象が

強烈だったので、その印象が強く残っていたこともありました。

人はいろんな側面を持っているのが自然だし

またどんどんと変化していくわけで、出会う時期によって

また出会う場所や状況によって

全く違った印象を受けるものだなあと。


そのことに少しずつ気づき始めたのは

去年のフィボナッチのクラスが終わってから

ロンとのメールのやり取りをやっていて

いろんな場面で何となく感じてきたことでした。 


今となっては、その経緯自体は、全くどうでもいいことなのですが

それを説明しないと、伝わりづらいかもしれないので書きますが

これは、あくまでも私から見たものや感じたことであって

いわば私の幻想のストーリーとも言えるので、真実とは違うことを

念のためにお伝えしておきます。

真実は、個人の経験や感覚の中にはないものですから。


さて、最初の年は、ロンとのメールのやり取りだけで、いろんな気づきがあったり

オーガナイズのプロセスも、全てがスムーズに動いていったのですが

今回は、様々なことがタイミングが悪かったり

ロンとの認識の違いから来る行き違いが起こっていて

これはどういうことだろうと感じ始めていました。

特に大きかったのは、アーキュトニックのレベル3で行う

あるプログラムに関してのやり取りを行った時のことでした。


それは、参加者が一人一人、音楽や音に関するパフォーマンスを

クラス内で行うというもので、それは正規のアーキュトニックの

プログラムではないとのことですが

ロンは前回のカナダでとてもそれを気にいっていて

今回のハワイでも、ぜひそれをやりたいので、クラスのみんなにその旨を伝えて欲しいと

ある日、私にメールで伝えてきました。


私はカナダでロンと話していて、カナダのクラスでは

実践の時間が少なかったので、今回のハワイのクラスでは、もっと実践を増やして欲しいこと

また、惑星音叉を使った放射線除去や松果体の活性化

自己ヒーリングなどのプロトコルを加えて欲しいこと

ということを伝えていました。

去年のフィボナッチのクラスでも、実践をもっとやりたかったという声が

あったこともあるし、クラスの中での実践が少ないと、クラスが終わって戻ってから

いざやろうとしても、なかなかピンと来なかったりするからです。

ロンは、それは快く了承してくれて、ぜひやろうと言ってくれたのですが

そのためには、これまでのクラスの中で、何かの時間を削る必要がありました。

 

カナダでは、たった6人の参加者でしたが、音のパフォーマンスだけに

半日間を費やしたので、今回のハワイではレベル3の参加者は16人だし

もし、これを行えば丸1日かかってしまって

実践はほとんどできなくなってしまうことは、目に見えていたこともあり

その実践を削ってでも、このパフォーマンスが必要なプログラムであるとは

私とおさむには、どうしても思えなかったのです。

また、今回の参加者の中には、人前でのパフォーマンスに

ストレスを感じている人たちが何人かいたこともあり

私は、日本からクラスの参加者たちが何を求めているのか?といったことも含めて

ロンに伝え、音のパフォーマンスは、今回のプログラムからは外して欲しい

ということを伝えたのでした。


ところが、ロンは、例え、参加者にとってストレスになったとしても

必要なものはやる、と伝えてきました。

そういったロンの強い意思表示は、これまでも何度かあり

私は、結果的には、ほとんどロンの意向に従ってきたので

今度も、そこまでロンがやりたいのなら、まあいいか、と思ったのですが

今回は、何かが私の中で引っかかったので、筋反射で身体に聞いてみると

「自分の意見を主張することが必要」と出てきました。


それで、参加者の人たちにメールを送り

このパフォーマンスに関してどう思うか?のアンケートをとってみると

16人のうち、やりたいという人は2名で、どちらでもいいという人が4、5名

あとはやりたくない、中にはそれを考えただけでも大きなストレスになる

という人もいました。

それで、この結果をロンに伝えたわけですが

ロンから「人前でのパフォーマンスが

そこまでのストレスになるということが、私には理解できない」ということや

「オーガナイザーは、先生の意向に従い

先生の意向を生徒に伝え、クラスを円滑にするために存在するのであって

先生に対して、指示をするものではない」

というような、ちょっと厳しいエネルギーのメールを受け取ったのでした。


あ~、だからオーガナイズの役なんて、私には無理だったのだ

ということを改めて思い知らされたわけです。

去年のハワイで、私がロンに伝えた言葉は

「ロンに対する忠誠心があるゆえに

私は自分の自由感を失ってしまうし、それが嫌だから

オーガナイズをやりたくないと躊躇したけれど

その忠誠心を手放す調整を行ったので

これからは、自由感を持ってオーガナイズすることにします」

ということで引き受けて、ロンもそれをとても喜んでくれたのですが

結局、私は自由感を失うことになったのだなあと。


それでロンに対して

「私の英語力の欠如ゆえに、そういう風に聞こえたかもしれないし

そうだったら申し訳ないけれど、もちろんこれは指示ではなく

オーガナイザーとしての要望で、もしできるなら

何らかの妥協案(希望者だけパフォーマンスを行うことなど)を提示してもらえたら嬉しい」

というメールを送ったのですが

その後、ロンから、そのことに対する返事はありませんでした。

 

おさむはと言えは、そのロンからのメールを読んで

「このエネルギーに俺はもう耐えれない」

とすっかりクラスを行うことへモチベーションを失ってしまっていました。


ですが、それから、私たちのハワイでのリトリートがスタートし

父が亡くなったり、なんだかんだで、そのメールのことも私の意識から吹っ飛んでしまったのですが

そのあと、しばらくして私は

『ロンは、大きな視点で物事を見ている人だから

あのパフォーマンスを行うことが、プログラムや学びよりも

高次のレベルで、参加者みんなにとって必要なことだったのかもしれない。

それなのに、私は自分の経験や直感だけで

それを阻止したことになってしまったのかもしれない」

という罪悪感や迷いのようなものが出てきました。


でも、もうクラスまでの日程も迫っていて

今更、そのプログラムを実行するには遅すぎたこともあって

もうこの流れを受け入れるしかなかったし

きっとこういった私の思いも、実際にロンにあったら

すべて解消するのだろうと思っていたのです。

メールというのは、言葉だけで、相手のエネルギーは直接感じれないので

お互いに誤解を招きやすいものだし

きっと会って話せば、ロンのハートに触れられるのだろうなあと。

 

ところが、今回、ロンとカラニで出会った瞬間に

ロンのエネルギーが去年とは全く違うことを感じて

「ああ、やっぱり」という失望感と

「なぜ、私はこのクラスをオーガナイズしているのだろう」と’いう

自己否定や虚しさが出てきたのですが

その直後に受けたドロシーのセッションから数日は

すっかり自分自身ではなくなってしまっていたので

自分がどう感じているのかも、わからなくなっていました。

 それで、クラスが始まる前日に、おさむに対して

 

「私たちは、参加者のみんなが、ここに来て本当によかった~と

喜んでもらうために、このクラスを開いているのよ。

だから、私たちの個人的な思いや感情は、ここにいる間は封印して

オーガナイザーとしての仕事を最後までちゃんとやろうよ」


などと伝えたわけです。


は~、結果的には、私は何も封印できなかったし

オーガナイザーとしての役目という意味でも失格でしたが

(こう言う事をここで書いていること自体、完全に失格だし泣き笑い )

それでも、参加者のほとんどは、ここに参加できて本当によかった~と

本当に喜んでくれました。

考えてみれば、魂の導きによって、それぞれ来られているのだから

私が妙な責任感を持つ必要なんて、全くなかったのだなあと。


そして、また結果的には、今回のクラスのプログラムは

東洋医学に深く精通しているエリンの存在もあり

よりさらに充実していて、実践やプロトコルも多く

これまでのクラスの中でも最高のものとなったのでした。


最終日に、ロンに

「私はここに来る前は、あなたの意向に従うことをしなかったから

ギルティ感があったのだけれど

今はこれで良かったとホッとしています」


と伝えたら、ロンは


「いや、どちらにしてもあのパフォーマンスを行う時間はなかったよ。

(あの~、そのことをずっと伝えてきたつもりだったんですけど~~泣き笑い )

あれは、音のパフォーマンスが大事ということより

あれをやると、一人ひとりが自分のことを語り、表現することになるから

やりたかったのだよ。でも、このクラスの参加者は

みんな自分を表現できる人たちだったので

あのプログラムがなくても良かったよ」


という爽やかな答えが返ってきました。


それを聞いて

なぜロンがそこまで、音のパフォーマンスをやりたかったのか?が

ようやく納得できたわけです。

ロンが求めていたのは、クラスの参加者たちとの一体感だったのだなあと。

ロンにとっては、プログラムより何より、一体感の方が大事なことだったのです。


私自身は、例えば私のクラスで、参加者が結果的に

一体感を感じることができれば、もちろん嬉しいことだけれど

たとえ、分離感を感じていたとしても、それはそれで必要なプロセスや気づきに繋がるわけで

クラスの中での、それぞれの自己表現や一体感を大切だと感じたことはなかったこともあって

ロンの意図に全く気づかなかったのでした。

そして、なぜロンがそこまで一体感を求めていたのかも

このクラス全体を通じて観えてきました。


こういった認識の違いから来る行き違いに関しては

怒りは感じなかったし、むしろ私自身の不十分感の方が大きかったのですが

今回、私が感じた怒りの感情は

ロンとアマテラスとの関係から、表に出てきたのでした。


ということで、物語の続きはまた~~ひよこ








最終更新日  2017年04月24日 02時48分05秒
コメント(8) | コメントを書く
2017年04月20日
カテゴリ:つれづれ

アロハ~~晴れ


みなさま、いかがお過ごしですか~?


先日、アーキュトニックのすべてのクラスが終了し

私とおさむは、昨日、カラニリトリートを出て

パホアの村から車で15分ぐらい走ったところにある

閑静な森の中の広い一軒家に移って

愛と平穏と官能の日々を送っております。

(ふふ、官能っていうのが、ミソねウィンク )


って、前回のブログと180度違うエネルギーに

「一体、どうなってんの?』と思われる方もいるかもしれません。

前回のアップの後「ハラハラしています」とメールをくださったり

その時の私の感覚と深く共感してくださった方もいて

本当に遠く離れていても、繋がっているのだなあと感じています。

ありがとうございますハート(手書き)


いや~、いつもそうだけど、またまた濃~い日々でした。


今回、私が感じたことに関しては、何からお話しすれば、上手く伝わるのかよくわからないし

実際、これは、いろんな角度から捉えることができるので

どの視点からお伝えするかによって、全く違ったように表現されるわけで

言葉でお伝えするのは難しいところなのですが

それでも、こうして言葉にすることで、私の中で

またさらに理解も深まってゆくかなあと。

ですから、お伝えする言葉そのものではなく

その奥にあるものを感じてくださったら嬉しいです。


さて、まずは、感情という観点からお話しようと思いますが

今回、去年と引き続きロンとアーキュトニックのクラスの先生として参加してくれたエリンは

セラピストであると同時に、東洋医学や惑星に関しての素晴らしい研究者であり

彼女がクラスの中で、奇経八脈のことを話してくれた時に

彼女自身が歩んできたプロセスを話してくれたのですが

今から思うのは、私が今回、体験したのは

まさに、そういったプロセスの一つだったのだなあということでした。


東洋医学での陰陽五行というのは、多くの方がご存知のことだと思いますが

いわゆる、木火土金水(もっかどごんすい)

で、それらは、私たちの様々な側面に現れているわけです。


簡単に説明すると

例えば、感情という面で五行をみてみると、それぞれの要素は


木ー怒り

火ー喜び(がない)

土ー心配、不安

金ー悲しみ、罪悪感

水ー恐れ


といったものと結びついています。

一方、奇経八脈はすべての根源ともいうべき「大いなる空」からの流れなので

この陰陽五行を超えたところにあるものというわけです。

エリンは、それぞれの感情に関して、深いレベルで受け入れ、それぞれを感じきり

奇経八脈との関わりを感覚的に見つけ、その後、理論的に証明していくという

プロセスをやってきたそうで

そこから得た気づきや洞察は、何千年の東洋医学の叡智を統合し

されにそれを超えたところにあって

クラスの間中、エリンの発していた愛のエネルギーや人知を超えた洞察力は

参加者のみんなを感動の渦へとに巻き込んでいました。


私のキネシオロジーのセッションでも、クライアントさんによく出てくるのが

「恐れを感じることの恐れ」があるのですが

恐れを感じないようにを排除しようとすればするほど

その感情や感覚はさらに抑圧され、奥の方にとどまって大きくなり

抜けることができずに、大いなる空の意識への道が閉ざされるわけです。

エリンは、例えば「恐れ」という感情と向かいあうのに

何ヶ月もかけて、徹底的に感じきってきたそうで

だからこそ、すべてを受け入れ

それを超えたところが観えているのだなあと。


で、その話は、去年にもエリンは話してくれたので

ある程度、知ってはいたのですが

今回、私がクンダリーニ症候群になった後に

この五行の感情を徹底的に見せられ

それらを受け入れるというプロセスになっていたことに

今さらながら、気づいたわけです。


例えば

 

木ー大事にされなかった、守られていないという怒り(特におさむを含めた男性全体に対して)

火ー喜びがないという虚無感、虚しさ

土ーいつになったら元の私に戻ることができるのか?という不安感

金ー女性性が抑圧されたことへの深い悲しみやこんな私はダメだという罪悪感

水ー見捨てられることへの恐れ


思えば、私のこれまでの人生の中で

怒りや悲しみという感情は十分に感じきってきたと思うのですが

恐れや不安や虚無感といった感覚や感情は、ほとんど感じたことがなかったということに

今回、改めて気づきました。

これまで私は自分を、そして自分の人生を信頼してきたし

何が起こっても絶対に大丈夫だという感覚は、いつもどこかにあったので

恐れや虚無感というのは、私の中で、あまり感じれない感覚だったのです。

だからこそ、今回、それらを全て深いレベルで感じることができたたことは

本当に大きな宝の体験だったのだなあと。


もちろん、それらの感情や感覚が起こっている最中は

「わ~恐れがやってきた。嬉しいな~」なんてことにはならないわけで

ドーンとその感覚の中に入っているわけなんですが

一方で、「いや~、こんな感覚が私の中にあるなんて~。すごい」

と感動もしていたのですよね。


さて、カラニリトリートに移ってからも

私はこの感覚や感情を、また別の形で体験することになり

それらを駆け抜けた感じでした。


ちょうど、前回のブログのアップした時は、木火土金水の中で、金の感情である

抑圧された女性性と、男女がわかりあえないことへ悲しみを感じていた時期の

最後の日であって、次の日、そこから一気に抜けて

今は一通りのプロセスが終わった感じです。


ということで、まずは最初から説明すると

今回、カラニに入って、私が最初に感じたのは

五行で言えば、水の要素である「恐れ」でした。


これまで、私は子供の頃から、人が怖いと感じたことはあまりないし

例えば、私の父はとても厳しい人でしたが、それでも怖いという感覚はなかったのですが

今回、人に対して怖いという感覚を、生まれて始めて、まともに感じたかもしれません。

しかも、決して嫌いではなく、むしろ大好きな人に対して

怖いという感覚を感じていました。


そして、そのきっかけとなったのが、ロンのパートナーであるドロシーの存在でした。


ドロシーは、私やおさむから見ると、およそ一般的なアメリカ人らしくないというか

多くのアメリカ人にありがちな自己主張やプライドの強さがなく

謙虚で、献身的で、感受性が強く、人情深く、とてもキュートな女性で

私はすぐに彼女が好きになりました。

でも、一方で、彼女の大きな目だけは、そう言った性質とは違って

魔女の目というのか、いわゆるサイキックであることは

エネルギーにある程度、敏感な人ならすぐにわかるだろうなあと思います。

実際、彼女はそのサイキック力を生かして、セッションを行っているわけで

それ自体は、とても素晴らしい才能です。


そして、少し前のブログにアップしたようにクラス1がスタートする前日

ドロシーのセッションを受けた私は、家系の問題を奥深くまで探り

癒していくという素晴らしい経験をしたのですが

その直後に私はひどい頭痛に見舞われました。


部屋に戻って、筋反射で見てみると

出てきたのは、魔女系エネルギーというのか

いわゆる、呪いやサイキックアタックといったエネルギーでした。

ちなみに、呪いやサイキックアタックなどのエネルギーは

特に珍しいものではなく、サイキック的な力があったり

ヒーリングに深いレベルで関わっている方の多くは

魔女狩りやそういった過去世と繋がっていることが多いし

私もこれまで何度か出てきたことがあります。

むしろ、サイキックでそういった過去世と、一度も繋がったことがない人の方が

珍しいかもしれません。 

私の身体が伝えてきたのは、ドロシーのセッションを受けている中で

私の過去世とドロシーの持っている何らかのエネルギーがリンクして

私のエネルギーフィールドに入ってきた

もしくは私の奥深くから出てきたということでした。


もちろん、これはドロシーの問題ではなく、私の問題であるわけで

それらの過去世とエネルギーを解放すると、すぐに頭痛は治まったのですが

それから数日間、ドロシーの目を合わせるのが怖いという感覚が

自分の中にあるのに気付きました。

彼女の目は、まっすぐに私の奥に入ってくるのですが

その目をまともに見ると、何らかのエネルギーが入ってくる感覚があり

フラフラしてきて、目が見えなくなるのです。 

恐れがあれば、エネルギーを受けるということはよくわかっていましたが

だからといって、恐れを感じないようにしても意味はないこともわかっていたので

クラス1がスタートしてからの3日間は

それを受け入れながら、夜になると

私のエネルギーフィールドにあるものを浄化していく

ということをやっていました。 


この間の私の感覚は、人に対する恐れだけではなく

何とも言えない「ここにいない感」や「不安感」の中にいて

自分が何者なのか、何を感じているのかもよくわからないのです。

まるで、泥の中に首まではまって、どこから抜け出せばいいのか

わからなくなってしまった感じでした。

 

その間、私は何も言わなったですが、参加者の数人から

「こんなに弱っているのりこさん、初めて見ました」

「わざと気配を消しているのかと思って、話しかけられませんでした」とか

「いつもと違って、あまりにも存在感が薄くなっているのにびっくりしました」

などという声をかけてくれて

あ~わかる人にはちゃんとわかるんだなあと。

(肝心のおさむは、わかっていなかったのだけどね泣き笑い )


で、日々、少しずつキネシで自己ヒーリングをやっていたのですが

クラスがスタートして3日目の夜に

「どんなにセッションが長くなっても

今夜中にはここから抜けよう」と決めて

夕食の後、部屋で自己ヒーリングをしました。


私の身体は「第6チャクラを調整しなさい」と伝えてきたので

一応、チャクラ活性率を見てみると、いつもは第6チャクラは

最低でも90%以上の活性率なのに

なんと20%代まで落ちていたことがわかり

あ~だから暗闇の中にいるような感覚でいたし

存在感もなくなっていたはずだよなあと

気づいたわけです。


例えば、とても美人なのに、存在感がないなあというような人は

第6チャクラが閉じていることがほとんどで

第6チャクラの開き具合は、その人の存在感に出てくるのです。

(ちなみに、 チャクラの活性率はそれを測る人によって変わってくるので

例えば、私自身が私を見て90%以上であっても

もし私より第6チャクラが活性化している人から見れば

数値は下がりますから、あくまでも相対的な数値です)


それで、なぜここまで第6チャクラが封印されているのかを見ていって

出てきた要因がやはり、呪い系、特にマインドコントロールや

洗脳的なエネルギーでした。

最初そのエネルギーがどこから来ているのか、わからなかったのですが

筋反射で、だんだんそれが解き明かされてきて(ここでは説明できないのだけど)

それらのエネルギーを解除していくにつれて

第6チャクラは、どんどん開いて行き、その日のうちに、90%代に戻りました。

それらが抜けた時の解放感は、もう例えようもなく

その日、真夜中の1時を過ぎて、調整が終わった時には

「あ~やった~抜けた~」という喜びに満ち溢れていました。


そして次の日の朝、やはり私が何も言わないうちに、

数人の参加者が私を見て

「わ〜、のりこさんが戻ってきた~」

「元気になって、良かったですね~」と言われました。

とにかく、今回のクラスの参加者は、素晴らしい感性の持ち主が多く

私は、みんなに救われた感じでした。

 

それからは、ドロシーの目を見ても、恐れを感じることはなくなりました。

その後、通訳のナツコさんに相談して

彼女の勧めもあって、ドロシーに私がセッション後に感じたことを伝えました。

日本語でも上手く伝えられるかわからない内容だし

ナツコさんにサポートしてもらいながら、伝えたのですが

ドロシーは、真摯に受け止めてくれて、

彼女自身の家系の問題や男性から抑圧された体験やシャーマニックなワークのこと

など語ってくれた後

「だから、のりこと何らかの形でリンクしたのも無理はないわ、

シェアしてくれてありがとう」と私に言ってくれました。

私と彼女が、ヒーリングやエネルギーにおいて見ている観点が違うのは

当然なので、彼女がどう捉えても良かったし、私は彼女に伝えたことで

すでに満足していました。


ただ、私がもう一つ、恐れていたことがあって

それは、参加者の中で、私のように彼女のエネルギーとリンクして

大変になってしまう人がいるのではないか?ということでした。

ドロシーは、クラス2のATIHの先生であって

クラス1は教えなかったので、クラス1の最初の頃にロンから

「クラスが終わった後、ドロシーは個人セッションを受け付けるから

クラスのみんなにドロシーを紹介してほしい」と言われ

私はみんなの前で、ドロシーのセッションの素晴らしい体験を話し、紹介したものの

その後に私が感じたことに関しては、当然、話せなかったのです。

私の中には、大好きなドロシーのためにセッションを紹介したいという思いと

もし、誰かドロシーのエネルギーとリンクして大変になったら

セッションを勧めた私の責任だ

という罪悪感にも近い感覚がありました。


エリン曰く、恐れは、極性で言えば「信頼」の対局にあるものだということを話していましたが

それも信頼の欠如から来ている恐れでした。

私自身は、あの地獄のようなクンダリーニ症候群の最中にあっても

自己ヒーリングできることはわかっているので

そこは信頼できているのですが

他の人の力は、まだ完全に信頼できていなかったのだなあと。


結局、クラス1で5、6人の人が、ドロシーの個人セッションを受けましたが

それぞれ、素晴らしい体験をしたようで

その後も具合が悪くなった人はいませんでした。

ただ、クラス3では、数名が、ドロシーとエネルギー的なリンクをして

エネルギーが上がってきているのを感じたのですが

それもまたそれが必要な時期に、解放されていくのだろうと。

今は、すべては完璧なプロセスの中にいることを信頼しています。


ということで、恐れが終わった直後から、私が感じることになったのは

「怒り」でした。

恐れの中にいる間は、感じなかった怒りの感情が

恐れから抜けた後、わき上がってきました。


まずは、ドロシーのセッションの後、一旦は収まった

おさむへの怒りが再び出てきました。


ドロシーのセッション直後に私が自分自身を完全に見失っている時期にも

おさむは私の感覚に、あまり気づいておらず

この期間、夜、毎日、自己調整していた私に対して

「いつもいつもよくやるね~」ぐらいの感じで

何も言わず、さっさと眠ってしまっていました。 

3日目の夜に、私が抜けた後も

みんなは私が何も言わなくてもすぐに気づいたのに

おさむは私が伝えなければわからないわけです。


女性性と男性性の違いは、ここまでもよくわかっていましたが

本当に男は感じれない生き物なのだなあと。

私がそれを伝えても

「じゃあ、俺にどうしろというのだ」ということになって

要求されている、責められていると受け取ってしまったり

今度は逆に腫れ物扱いになったりしてしまうので

女性が求めているケアは得られくなるのですよね。


女性にとっては、共感してくれること、寄り添ってくれることが大切なことで

「今、どんな感じ?大丈夫?」と声をかけてくれたり

「今は大変だけど、大丈夫だからね』とハグしてくれたり、共感してくれれば

それで十分なのですが、男性にとっては

女性が何を今、感じているのかがわからないわけですから

寄り添いたくても、できないのですよね。

 

もちろん、そう言ったことは、これまでもよくわかっていたわけで

これまでは、そこを私が甘えてみたり、伝えたりしてきたわけですが

今回は、そんな余裕も私にはなく

また、おさむ自身もいろいろなエネルギーの影響を受けていたので

いつもより大変になってしまったわけです。

(あ、ちなみに今は、怒りも悲しみもなく、笑いになっていますがウィンク )

 

そして、おさむへの怒りとは別に

私が感じた怒りは、ロンに対してでした。


あ~またまた長い。長すぎる。。


ということで、続きはまた~~


マハロ~~カクテル








最終更新日  2017年04月29日 11時53分23秒
コメント(0) | コメントを書く
2017年04月13日
カテゴリ:つれづれ

さて、話は前後しますが、私がクンダリーニ症候群になった経緯を説明する前に

Sacred Plants(聖なる植物)のお話を。


以前、よくブログに書いてきたように、古くから先住民やネイティブたちは

大地とのつながりや祖先への敬意、意識の覚醒などのために

様々な植物をセレモニーで使ってきました。

その中でも最も有名な植物として

ペルーや南米で使われているアヤワスカがありますが、

今回のクラスの中で、ロンがアヤワスカをペルーで体験した時の話をしてくれましたが

アヤワスカを採取することで、音をビジョンとして観ることができるということを

シピボ族はわかっていて、それを布やアートに表現してきたわけです。

 

私とおさむも、以前、アヤワスカやサンペドロや

その他の聖なるプラントを体験してみて

それは体験としては素晴らしかったですが

私自身は、ここ何年か、そういう体験に対して

あまり興味がなくなっていました。

というのも、そういったプラントは、セレモニーや神聖な場所で使ったり

ごくたまに体験するぐらいなら問題ないものの

もし頻繁に摂取すれば、脳やエネルギーフィールドに

様々な影響があることがわかってきたからです。


以前、カナダで出会った人で、アヤワスカのセレモニーを頻繁に行っている

シャーマンがいたのですが

ある独特のエネルギーがあって、何と説明したらいいかわかりませんが

あえて例えるなら、妖怪のようなエネルギーでした。

もちろん、それが悪いとか良いとかいうことではないし

シャーマンとして生きていくのは、それが自然かもしれませんが

私とおさむにとっては、ちょっとヘビーで近寄れない感じでした。


ちなみに、国によって法律が違うので、アヤワスカは

ペルーでは合法ですが、アメリカでは違法です。

また、例えば、カンナピズ(大麻)も古くから聖なる植物として使われてきたものですが

日本では違法ですが、アメリカは州によって法律が違って

医療大麻は、過半数の州で認可されていて

また嗜好用を認可している州もあります。


ちなみにカンナビスの愛好家たちは、依存性がないことや

身体に無害であることを主張していて

私も昔は、そういうものだと思っていたのですが

決してそうではなく、様々な影響があるのです。

例えば、アルコール中毒のように、アルコールが切れると身体が震える

というような依存でなくても、頻繁に摂取すれば、

それがないと、安心感やリラックスできない、ということになり

それは依存となります。

また、左右の脳をつないでいる脳梁や交連のつながりを弱くするので

集中力やオーガナイズ力、判断力なども弱くなり

当然、グランディングも弱くなるので

常用すれば、ある種のエンティティがついてしまうことも多いです。

 

私も、ニューヨークにやってきたばかりの20代の頃

周りの友人たちに誘われて何度かやって

例えば、音が良く聴こえたり、意識が広がるような感覚になったり

ビジョンが見えたり、体験としては良かったですが

それを取った次の日には、だるくなったり

ボーっとしたり、何もする気がしなくなってしまうので、一切やらなくなりました。

もうかれこれ、25年ぐらい前の話なので、当時は何も知りませんでしたが

今から思うと、あの頃、カンナビスを常用していた友人たちの中には

エンティティ系のエネルギーが’強い人が何人もいたなあと思います。


さて、話は戻りますが

おさむは、ハワイに来る度に、あるプラントを常用していました。

それは、ハワイのジャングルには、自然に自生しているもので

ニックさんや他の何人もの方たちは、認可を取って

合法的に栽培されているのですが

私は、おさむに、ハワイに着く前に

リトリートの前には、決して取らないように

と伝えていました。


特に、今回、私がおさむと共同でワークしたかったことの一つに

宇宙人DNAの調整があるのですが、この調整には

かなりの集中力と忍耐力を必要とするので

そういったプラントを摂取すれば、とても集中力が続かなくなるのは

わかっていたからです。


ところが、おさむはハワイに着いてすぐに、人からそれをもらって

すぐにそれを摂取していました。

それを見て、私は「あ~、ダメだこりゃ~」と思っていたのですが

「まあ、いいか」と、その時は、彼にそれほど強く言いませんでした。


ちなみに「まあ、いいか」は、女性性の抑圧に

最も有効な言葉の一つと言えるかもしれません。

「まあ、いいか」と自分の感覚を封印し、感性を鈍らせてしまうのです。

でも、おさむ自身が止めたいと思わなければ

私がとやかく言っても仕方ないと

感覚を抑えていたわけですが

思えば、その時、すでに私の中で、おさむに対しての不信感がありました。

もちろん、私たちは完璧ではないですから

浄化したつもりでいても、何か残ってしまうことはあるし

その時々によって、いろんなものが出てくるのは仕方ないことですが

セラピストとして、自分のエネルギーに責任を持つのは当たり前のことで

ほんの短い間でも自制できず、そういう状態で

人に対してセッションを行うことも許せなかったし

そして、リトリートを開催する立場としての意識や

そして、私を支えるという気持ちもないことに

ある種の失望感を感じていました。


ですから、リトリートの間中

「彼には頼れないから、私がやらなければ」

という意識でいたこともあって、さらに私の責任感は大きくなり

それぞれのセッションも長時間になりました。

実際、クラスが終わってから、具合が悪くなった人を

私とおさむでセッションする、ということになった時に

おさむにはもう集中力や持続力がなかったので

私がしっかりするしかなかったわけです。


特にリトリートの最中に、父が亡くなった直後は

私自身もぐらついていたこともあって

その時期に、精神的に彼に頼ることができなかったことは

正直、辛かったものの

ただ「責任感」で自分自身を保っていた感じでした。


こうして、カポホでのリトリートが終わってから、数日経ったある日

おさむはそのプラントを

「のりこもたまには一緒に取ろうよ」と持ってきました。


私はもうプラントはやらないと決めていたので

もしおさむだけだったら、やらなかったでしょうが 

一緒にいた他の2人もやるということもあって

「私があまり固いことばかり言っても、みんなが楽しめないな~。

後でキネシで脳の調整をすればいいか」

と、つい一口、小さなかけらを食べてしまったのでした。


そして、しばらく経って、だんだんと意識が朦朧とし始めた時に

おさむが部屋に入ってきて、メイクラブをしようと、私のあそこに触れていて

私も最初は気持ちいい感覚になっていたのですが

ある瞬間から、訳がわからなくなり、気がつくと嘔吐を繰り返していたわけです。

それがクンダリーニ症候群だったと筋反射で上がってきてわかったのが

それから2日後でした。


よくよく考えてみれば、クンダリーニは、性エネルギーですから

そういう意識の覚醒に影響するプラントを取って

仙骨のアクセスや性的なアプローチを行えば

クンダリーニが活性化してもおかしくはないわけですが

その時は、一体どうしてこうなったのか、何が起こっているのか

全くわかりませんでした。


それと同時に、この仙骨にあるブロックとして

男性から守られなかった過去世のエネルギーが

浮上してきたことに加え

クンダリーニ症候群で神経系がやられていたので

周りのエネルギーに過剰に敏感となって

おさむが持っていたエンティティ系のエネルギーなどが

とても不快に感じられて

私もおさむに対する不信感はマックスとなっていたわけです。


そして、おさむのエネルギーが苦しかったので

少し私の身体の状態が落ち着いてきてから、おさむへのセッションを行いました。

すると、おさむのプラントへの依存の問題が浮上してきて

おさむの身体は、それをもう完全にやめることが必要だと伝えてきました。

今回、私がクンダリーニ症候群を起こしたのは

私自身のブロックの問題であることもわかってはいましたが

一方で、おさむがその決断をするためには、私がこの体験をする必要があったのかもしれない

などと思っていました。


ところが、私が思っていた以上に、おさむはプラントに依存状態に近い状態になっていたため

そう簡単には、やめることができませんでした。

なぜやめることができないのか、おさむの身体に聞いて出てきたのは

「つながり感」や「誇らしい気持ち」などでした。


私はそういうプラントを常用している人たちが

共通して持っているプライドやエゴがあるのを感じていました。

プラントは、意識を覚醒する作用があるので

そういう体験をすることで

まるで、自分は世界を知っているかのような錯覚をするのです。

そして、そういうものを取っている人同士のつながり感。

おさむは、そういったものに依存していたのでした。


それから、2、3度セッションを行って、おさむはそれをやめる決心をしました。

そして、先日のドロシーのセッションで彼女から

「男性の弱さをあなたが抱え込んでサポートする必要はないのよ。

おさむに『これはあなたの問題よ』と言って返すのよ」

と言われたのでした。

 

クンダリーニ症候群になってから

体調がすっかり戻った後も

私の中で、どこかで抑えていた感覚が出てきて

何かが変わり始めました。

「まあ、いいか」と達観することができなくなったのです。

これまでも達観せずに、感じてきたつもりだったけれど

いつの間にか達観して、事なかれ主義になっていたことを思い知らされました。

いかに今まで、自分の女性性を抑えてきたのかに

改めて気づいたのでした。 

 

そして、それに加えて、今回のフィボナッチのクラスでの

ロンとの関係で、私はさらにつながり感を失ってゆきました。

でも、おさむには、私の変化や感覚を受け止めることができる強さや余裕は

ありませんでした。

彼にとってもまた、今回の一連のことが、精神的に大きなストレスになっていたし

私の言葉や対応が、彼にとって負担になっていました。 


そうして、私は深い孤独感へと陥って行きました。

 

 

は~、なんというストーリーなのか。

この常夏のハワイで、どうして、こんなストーリーにはまっているのかしらん泣き笑い

そして、このストーリーは、一体、どういう結末を迎えるのかしら?

 

自分自身に正直に生きたい。

自分を偽らず、誠実でいたい。

 

その思いはどんな時も私の中にあって

その生き方に悔いはないけれど 

時として、偽っていた方が楽に生きられるのだなあと。

だから、偽って生きる人が多いのですね。

 

でも、それでも私は真摯に生きたいなあと。

 

だから、このブログもできるだけありのままにアップすることにしたわけなんですが

自分のことだけではないから、どこまで書くのかは難しいです。

 

ということで、クラスのことなど、お話の続きはまた~~








最終更新日  2017年04月16日 17時43分32秒
コメント(4) | コメントを書く
2017年04月09日
カテゴリ:つれづれ

昨日、4月8日に父の四十九日が終わりました。


その話の前に、まずは、カラニリトリートに入ってすぐに受けた

ドロシーとのセッションのことをお話しようと思います。


カラニリトリートで、カナダから来られたロンとエリン

そして、イタリアから来られている通訳のなつこさんと再会し

そして、今回、ATIHの先生として来てくれている

ロンのパートナーのドロシーと初対面しました。

ドロシーは、シャーマンワークにも精通している、心理セラピストでもあります。

いかにもサイキックという鋭い大きな目で

人のエネルギーを読んでいるのが、すぐにわかりました。


夕食の時、私がクンダリーニ症候群になった経緯を二人に話すと

ロンとドロシーから、それは是非、ドロシーのワークを受けることをお勧めする言われ

次の日、参加者が到着する日の朝に、セッションを受けることになりました。

ドロシーは、家系のカルマや、その家系に代々受け継がれている問題を

ワークすることが多いそうとのこと。

深い意識状態でのワークになるので、通訳があった方がいいということで

なつこさんが、セッション中の通訳をやってくれることになりました。


まずは、私は目隠しをして、椅子に座り

ドロシーは、ヒプノセラピーのように

私がリラックス状態になるように、言葉で誘導してくれます。

私は、すぐに瞑想的なリラックス状態になりました。


ドロシーの質問に答えながら

私とドロシーのビジョンを合わせていく感じなのですが

この時、まだ言語中枢や脳梁などがダメージを受けていたこともあって

感覚と言葉が上手く繋がらず

ドロシーから質問されても、上手く答えれないことがよくありました。



ドロシー「身体のどこかにブロックしている箇所や

     気になるところがありますか?」


私  しばらく意識を身体に向けてみる。

 

   「…   仙骨」


ドロシー『その仙骨の色は、何色ですか?」


私   色を見ようするけれど、よくわからない


    「…  くすんでいて色はよく見えません」


ドロシー「そうですね。くすんでいますね。

     それではそこにあるエネルギーの大きさはどのくらいですか?」


私   大きさ?

    よくわからない


  「…  よくわかりません」


ドロシー「それでは、その仙骨に意識を下ろして行ってください」


私は意識を仙骨に向けて、下ろしていこうとすると

いきなり、深い悲しみがやってきて、ポロポロと涙が止まらなくなり

しゃくりあげ始めました。


不思議な感覚でした。


なぜそんな悲しい感覚があるのか全くわからないのですが、仙骨に意識を向けて

仙骨に近づけていくだけで、悲しみはさらに深くなってゆきました。

一方、その悲しみの中に入っている私とは別に

それを冷静に見ている私もいて

「何なの?この感覚は?どこから来るのかしら?」

と思っているのです。


ドロシーはしばらく私を泣かせてくれた後、彼女のビジョンを伝えてくれました。


ドロシー「小さな女の子が見えます。

    「その子は、弱くて一人ぼっちです」


私は、弱くて一人ぼっちの女の子を見ようとしたのですが

そこにはリンとして意思の強い子がいるだけで

弱い女の子はどこにもいませんでした。


私    「…

     その子は一人だけど、弱くはない。

     とても強い子です」


ドロシー 「弱さも感じれないほどになっているのですね。

      それでは、なぜその子は、強くある必要があるのですか?」


私    「なぜ?」

      しばらく意識をそこに向けてみる。


      「…   強くなければ、他の人が幸せでなくなる、、、」


ドロシー 「なるほど。

      では、その中でも、最も幸せでいてほしい人は誰ですか?」



私はまたしばらくの間、誰なのか見つけようとしました。

そうして、突然ふっと出てきたのが


     「お父さん」


でした。


私の口から父が出てきた時、冷静な方の私は

「は~これまで、散々、インナーチャイルドワークはやってきたのに

まだ、お父さんなのね~。

亡くなったばかりだから、出てくるのは無理もないけど」


と思っていました。


ドロシー「それでは、お父さんと手をつなぎ、お父さんの中に入って行って

     お父さんと一体化しましょう」


こうして、私は父と一つの意識に繋がりました。

もともと、父とは子供の頃から、深いつながりを感じていたし

父と一つになるのは、私にとって特に難しいことではなく

自然に感じれました。


すると、突然、ドロシーが

「あなたのおじいさんが見えます」

と言い出しました。


すぐに私の中にも祖父のエネルギーが感じられました。


ドロシー「おじいさんは、とても厳しい、強い人でした。

     おじいさんは女性性をその全く受けいれられませんでした。

     そのために、周りの人たちが犠牲になってしまった。

     彼は今、とても後悔しています」


もちろん、祖父がどんな人であるのかなんて、事前にドロシーには伝えていませんが

ドロシーは、祖父のエネルギーをよく理解していました。

私の父方の祖父とは、私は子供の頃のことを覚えていますが

確かにとても厳しい人でした。

昔、父が、子供の頃、よく祖父に、怒られて、一晩、木にくくりつけられて

過ごしたこともある、などと話してくれましたが

その当時の鹿児島の男性ですから 

本当に厳しかったのです。


冷静な方の私は

「は~、ここでおじいちゃんが現れるのね~」


と感心しているのですが、一方で、ドロシーの誘導で、私は次第に

おじいちゃんと一体化していました。


彼の深い罪悪感と後悔の念がひしひしと感じられました。

時代ゆえに、また育てられた環境ゆえに、強く厳しくならざるをえなかったこと

それがゆえに、父が抑圧され

それが受け継がれて、私の中の女性性の抑圧となっていたこと。


「本当に申し訳ない」


何度もなんども、おじいちゃんからの言葉がドロシーの口から伝えられました。

ドロシーもまた泣いていました。


その時、私は、私自身の女性性の抑圧よりも、父がかわいそうという気持ちの方が

大きく出ていました。

祖父に厳しく育てられ、自らも決して楽に生きることを許さなかった父。

それゆえに病気となり、最後まで安らぐことがなかった父の人生を思い

涙が止まりませんでした。


私は祖父そのものとなり「申し訳ない」という気持ちでいっぱいでした。

同時に、こんなにも後悔し、罪悪感を抱いている祖父に対しても

哀れに感じていました。


それから、ドロシーの誘導で、私は

私と父と祖父の3人で手を取り合って、静かに座っていました。

幼い私は、白い服を着て、父と祖父を優しく包み込むように

そこにいました。

それは、とても安らかで穏やかな風景でした。


これは、後からドロシーに聞いた話なのですが

私の祖父は、セッションに半ば強引に入ってきた感じで

あの時、ドロシーも、完全に私の祖父と一体化していたとのことでした。


「あの時、私はあなたの祖父と一体になっていました。

 彼は、本当に癒されることを切望していました。

 この時をずっと待っていたのです。

 あなたがそれをできることを知っていたからです。

 このセッションの中で、結局、あなたが

 父方の家系を遡っていて、すべてを癒していったのです」


セッションの間、祖父や父の感覚など、私ははっきりと感じられることが多かったのですが

時々、自分自身の感覚は、よくわからなくなることがありました。

ドロシーが「お父さんにどうして欲しかったですか?」

と尋ねた時、私自身が父に何を求めていたのか、どうして欲しかったのか

よくわかりませんでした。

しばらく感じてみても、はっきりと見えなかったので

「優しくして欲しかった」と答えましたが

言ってすぐに、自分は決して、そう感じてはいなかったこともわかっていました。

私は一体、どうして欲しかったのだろう?


それから、ドロシーは場面を変えました。


ドロシー「それでは、おさむをここに呼んでみましょう」


もちろん、実際におさむを呼ぶのではなく、私の意識の中で彼の存在を呼ぶということです。


ドロシー「それではおさむと一つになってみましょう」

     どんな感覚が湧きあがってきますか?」


私「怒りを感じます」

 

  この質問には、私は即座に答えました。

  その怒りは、私がクンダリーニ症候群になってから、大きくなったものの

  いつもどこかにある感覚でした。


ドロシー「大丈夫です。怒りを受け入れてください。

    「なぜ怒っているのか、わかりますか?」


私「…守ってくれなかったから?」

 

ドロシー「そうですね。

     あなたは、お父さんには怒りを表せなかった。

     でも、もう大人になったあなたは、安心して怒りを表せるようになったのですね」


それは、明らかに違っていました。

私は父に対して、子供の頃から、戦ってきたし、怒りもよく表していました。

私はドロシーに何も言わず、その怒りがどこからくるのか、感じようとしていました。


ドロシー「あなたの中で、受け入れられないものは何ですか』


何だろう?何を私は受け入れられないのだろう?

それもよくわからず、しばらくの間、意識を集中させていました。


そして、出てきたのが「男性性のエゴ」でした。

でも、その言葉と概念が、私の感覚を正しく言い表しているのかよくわからず

まだクリアではありませんでした。


そうしているうちに、ドロシーの誘導で次第にわかってきたのが

おさむの弱さ、でした。

ドロシーがそこを指摘して

「ああ、彼はとても弱かったから、あなたが守らなければならなかったのね」

と伝えました。

そこで、私の父と祖父の中に内在していた弱さと

すべてがつながってきました。


ドロシー「そうだったのね。

     あなたは子供の頃から、お父さんやおじいちゃんの中にあった弱さを感じていた。

     だからこそ、あなたが強くなければならなかった。

     あなたが男性たちを守らなければならなかったのです」


ドロシーの言葉がストンと、私の胸に響いてきました。


幼い頃の私にとって、父はとても厳しくて強い人でしたが

同時にどこか父の弱さや傷つきやすさを、いつも感じていました。

それは、結局、男性性の弱さであり、思考で物事を選択するものの弱さであって

だから、私は父を恐れたことは一度もなかったし、私の直感に従って動けば

それが、たとえ父への反発となり、父と戦うことになったとしても

それが父の意識を変えるために、必要であることを

いつもどこかで感じていたのだ、ということに改めて気づきました。

だからこそ、父に打たれても殴られても、私は傷つくことはなかったし

実際、父はいつも必ず、最終的には、私の選ぶ道を理解し、信頼してくれたのでした。

だから、私は父に甘えることができなかったけれど

甘えたいとも感じていなかったのだなあと。


ですから、男性に抑えられて、女性性を発揮できなかった、というより

男性を導き、守るために、自らの女性性を抑えた、というのが、最も近い表現でした。

おさむに対しては、いつもいろんな場面んで甘えているけれど

やはり、いざという時は、私が導かなければ、強くなければ

と感じてきたわけで

だからこそ、おさむから守ってもらえないという現実を生み出したのだなあと。


その時、ようやく、私の中から

「ああ、やっとわかってもらえた」

という思いが出てきました。


怒りは、おさむに対してというより

私自身が、私の女性性を抑えてきたことから出てくるの怒りでした。

でも、逆の見方をすれば、思考で判断するしかない男性を導いてゆくことこそが

本来の女性の役割とも言えるのかもしれないなあと。


その日のセッションを境に、今回、ハワイに来てからずっと抱えていた

私のおさむへの怒りはすっかり消えました。


すべては完璧でした。

父を癒し、父方の家系を癒し、そして、私自身を癒すために

父が亡くなってすぐに、このセッションを受けることができたのは

天の祝福だったなあと。


そして、なつこさんの通訳も素晴らしかった。

セッション中、ドロシーの言葉のほとんどは、理解できたものの

なつこさんの訳が入ることで、さらに深く私の中に入ってきたし

セッション中の変性意識状態では、日本語でさえ

上手く出てこない場面が多かったので

彼女がいてくれたことは、大きな安心感になりました。

そして、彼女自身の感情を入れず、淡々と通訳を行ってくれたことも

セッション中、余計なエネルギーを感じることなく

入り込めた要因でした。


しかし、一方で、もともとグラウンディングが弱っていたところに

このディープなセッションを受けたことで、さらにグラウンディングは弱くなり

セッション中に、ドロシーの持っていたエネルギーと

私の過去世とつながったこともあり

(これはセッション後にクリアになってきたことでしたが)

セッション後の丸3日間、私は完全に自分を見失ってしまいました。

そこで何が出てきたのかについては、また後ほどお伝えするとして

その次の日からクラス1(アーキュトニックのレベル1とフィボナッチのクラス)

が6日間、行われました。


そして、クラス1が終了し、父の四十九日のために

クラス2の間、私はハワイを出て

ここ福岡に戻ってきたのでした。


4月6日の夜に福岡に到着し、ご仏前の前で手を合わせて

父の位牌の前で「ただいま」の挨拶をしました。


少し前までは、ハワイから家に戻って、父の前で手を合わせたら

「ようやく戻ってくることができた」

という思いがこみ上げてくるだろう

と思っていたのですが

ドロシーのセッションで、もう十分に父の意識とつながることができたこともあって

すでに私は満たされていました。


母から、父の最後の様子や安らかに眠るように逝ったこと

最後まで、看護婦さんが冷たい足をさすってくれたこと

お葬式でいとこが素晴らしい挨拶をしたこと

お葬式には、遠くからたくさんの人が足を運んでくださったこと

など、いろんな話を聞きました。


そのいとこと父は、昔はよく議論を交わして、昔、とても頑固だった父は

彼の進路に関して「親の面倒を見なければならない」と

他の進路を選ぼうとしていた彼を説き伏せたそうで

「他人の人生を自分の考え通りに動かそうとするなんて

本当ひどい話だよね~」と母と父の悪口を言って、笑いました。


私は、昔から、決して父の言うことに従わず

自分で生きたい進路を選ぶことができたけれど

父の子供でもないのに、父に従って人生を選んだ人たちもいるのだなあと。

それも二人とも男性だったから、これは男性性の闇の一つの表れだったのか

どちらにしても、それぞれの人生で必然の流れだったのでしょう。


それにしても、さすが私の母は、すでに清々しい感じで

父の遺品もすべて処分し、父の子供の頃のアルバムなども

すべて捨ててしまったそうで

弟夫婦にも

「アルバムまで捨てることないのに~」と言われたんだそう。


みんなにそう言われても

「写真は少しだけ残しておけば、十分よ。

アルバムなんて持っていても見ることないし、いらないわよ」と

あっさりと笑っている母を見ていると

感傷的で人情深く、思い出や情に浸っていた父とは対照的で

ああ、だから私は、子供の頃から

母を通じて、女性のうちに秘めた強さを感じてきたのだなあと。

そして、私自身は、その両方を受け継いできたわけです。


母は、早速、6月には友人たちとオーストラリアに旅行するそうで

この9年間、父の介護のために、全く外に出れなかった母は

やっと自由になれたわけですから

これから、よりパワフルに生きていってほしいなあと。


そして、7日は、弟夫婦と子供が京都からやってきました。

1歳7か月の甥っ子は、去年の10月に会った時には

全くおしゃべりしていなかったのに

今回は、ペチャクチャとおしゃべりしていて、むちゃ可愛いです。


弟の話で、骨壷に入れるために、父のお骨を小さく砕かなければならなかったという

話がとても印象的でした。

父は身体はすべてボロボロだったのに、骨だけはしっかりしていたそうで

なかなか崩れなかったそう。

自分の父の骨を砕くという作業に、弟は

「自分の感情を感じないようにして行わなければならなかった」と

話し、私は弟のその時の思いが伝わってきて

弟がその辛い役をやってくれたことに、本当に感謝でした。


そして、4月8日、父の四十九日を家で行いました。

  

お坊さんがお経を唱えている間、甥っ子は楽しそうにおしゃべりしながら

走り回り、お坊さんに触りたくてたまらない様子で

その甥っ子を見ているとおかしくて

事前にイメージしていたような、静かに父への祈りを捧げるセレモニーではなく

とても賑やかな四十九日となりました。

きっと父も賑やかな四十九日を楽しんだことでしょう。

 

納骨した場所には、美しく桜が満開でした。

桜が好きだった父は、この時期に見送って欲しかったのかなあと。 

納骨した後、みんなで志賀島の和食の店に行き、懐石料理を頂いて

四十九日は終わりました。


そして、今日、4月9日は、私の誕生日。


たまたま、私の誕生日の前日が、父の四十九日にあたるなんて

これも宇宙の計らいなのか、父の魂の導きなのか。

49日を終えて、私もまた新たに生まれ変わった気持ちでいます。


今日は、こうしてブログをアップしたり、弟へのセッションを行ったりして

家族とゆっくり過ごす予定です。

(音叉を自己調整のために少しだけ持ってきたのだけど

つい目の前にいる人のセッションをしたくなってしまうのよね~ウィンク )

夜は、みんなでお祝いしてくれるのだそう。


そして、また明日の朝には、福岡を出発して、ハワイに戻り

次の日からは、アーキュトニックのクラス3のスタートします。


これから、クラス1のことや

ロンのことやドロシーのセッションの後日談など

またハワイに戻ってから、アップするつもりです。

実は、このクラス1の間、私はこれまでにはなかった感覚があり

最初は、それはどう受け止めていいのかわからなかったのですが

少しづつ、私の中の感覚もクリアになってきています。


は~久々にむちゃ長くなった~。

ここまで読んでくださって、ありがとうございます~ハート(手書き)








最終更新日  2017年04月09日 13時27分02秒
コメント(10) | コメントを書く
このブログでよく読まれている記事

全162件 (162件中 1-10件目)

1 2 3 4 5 6 ... 17 >


Copyright (c) 1997-2018 Rakuten, Inc. All Rights Reserved.