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つれづれ

2018年06月28日
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カテゴリ:つれづれ

アインシュタインの残した多くの言葉の中に

私にとって、今も昔も、心から共感するものがたくさんあります。

例えば

​学べば学ぶほど、自分がどれだけ無知であるか思い知らされる。
自分の無知に気づけば気づくほど、より一層学びたくなる。​

​挫折を経験した事がない者は、何も新しい事に挑戦したことが無いということだ。​

​​人生には、二つの道しかない。
一つは、奇跡などまったく存在しないかのように生きること。
もう一つは、すべてが奇跡であるかのように生きることだ。​

などという言葉は、日々感じていることで

このところ、またそれを強く思うことがありました。

その中で、奇跡について、今日は書いてみようかと。

そう、私はまちがいなく「すべてが奇跡であるかのように生きている」

方の道にいると思うのですが、その奇跡というのは

例えば「今、私がこの地球上に存在しているという奇跡」というような根源的な意味もあれば

そうではなく、自分には想像もしていなかったような素敵な出来事や気づき

という意味のものもあり、文字通り、毎日が奇跡の連続だと感じています。

先日のクラスの後、私にとって

私の人生の中でも、最大級の奇跡だと思えるようなことがあったのですが

その私自身の話はまた後で書くとして

クラスの参加者の中で、やはり奇跡を体感している人が何人かいて

それは、また私にとっての奇跡にもなっています。

その中の一つを簡単に紹介すると

(この話は掲載の了承を取ってないけど、多分書いても大丈夫だと思うので)

クラスの参加者、Tさんは、クラスが終わってすぐに、友人Fさん(男性)

にセッションを行ったそうなのですが、そのFさんは

女性に対してブロックがあり

これまでの人生で彼女と付き合ったことがほとんどなく

それが悩みということでした。

それで、Tさんは「それじゃあそのテーマでやってみよう」と

多次元キネシを使って、クラスで学んだとおりにやったら

なんと1週間後に、Fさんに一人の女性から突然、デートの申し込みがあり

それから付き合うことになったのだそう。

アメリカで、男性が女性から申し込みを受けるのは珍しいことだし

いや、そういうことより何より、今回、ヒーリングを始めて学び

始めたばかりの人が、クラスを受けてすぐに

そういうセッションを行っていることが、私にとっての奇跡でした。

そして、そう言った奇跡を受け入れる道にいるためには

幾つかの条件(というより、その人のあり方みたいなもの)があります。

私なりにまとめてみると

1)自分にはこんなことは無理、とか、まだまだ自分には

  (その問題を解決したり、達成するための)力が足りない

  という思いこみを持っていないこと

2)自分の力で何とかしなければ、とか

  自分の力を認めてもらうために、何かをやろうとしないこと

3)今の自分にやれること(やりたいこと)を、ただやっていること。

4)奇跡を起こそうとしないこと。

という感じだなあと。

奇跡というのは、自分の力で起こすものではないので

(自分の力で起こしたものは、もはや奇跡とは言えないから)

例えば、Tさんが「Fさんにすぐに彼女ができるようにしよう』などと

思って’やっていたら、きっと問題の本質は見えなかっただろうし

また「私はクラスで学んだばかりだし、そんな問題は自分には無理」

などと思っていたら、そもそもそのテーマでセッションをやらなかっただろうし

ただTさんが、今の自分がやれることをやった、というだけなのです。

さて、私がここ最近、体感した奇跡は

今もまだ半信半疑な感じで

その話を書くと、本当に長くなってしまうし、それを説明するためには

また宇宙系のお話から説明することとなり、ちょっと込み入っているので

それはまた次のブログから、その経緯を書いていこうと思うのですが

「一つの小さな奇跡は、次の大きな奇跡を呼び込む」

ということも感じていて

最初に小さな奇跡が起こり、それを受け入れることによって

次の大きな奇跡へと結びついてゆくのだなと。

このアインシュタインの言葉にあるように

挫折というのは、「できる限りやったけど、自分の力ではもうこれ以上は無理だ」

という思いのことですが

自分の力ではないところから、奇跡はやってくるので

挫折することが必要な時もある、と言えるのかもしれません。

ここ最近の私の挫折は

「宇宙系遺伝の調整をやるためには、一つの遺伝の調整に対し

最低でも4時間、時には6時間ぐらいのセッションが必要で

(さらに、人によっては、一つの遺伝に対して

2、3回のセッションを必要とするし)

私の今の力では、これ以上、セッション時間を短くすることは無理」

というものだったのですが

それがこの奇跡によって、一気に解決することになりました。

あ~人生は神秘だ星







最終更新日  2018年06月28日 22時19分38秒
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2018年06月08日
カテゴリ:つれづれ
今日は、30分タイマー日記で。

先日のお別れ会のために描いたちずちゃんの絵を、日本のちずちゃんのお母さんに配達するために
ヤマト運輸の人が、今朝、家にピックアップに来られることになっていました。

そのピックアップの前に、今日のクライアントさんへのセッションのために
さっと自己ヒーリングしておこうと

朝早く起きて、すぐに自己ヒーリングに取りかかりました。
(こういう時は、朝、起きた瞬間から、筋反射を取ってる私)
胸腺の免疫やホルモンバランス、ミネラルバランスなど、主に身体の調整を行ったのですが’
最後にサポートエッセンスとして、珍しく

アラスカンのフラワーエッセンスがリストから選ばれました。

アラスカンのジェムエッセンスや環境エッセンスは

よく使うので、セッションルームに置いてあるのですが

セッションルームの棚が、エッセンスの箱で一杯になっていることもあり

普段、あまり出てこないアラスカンのフラワーエッセンスの方は

リビングの方の棚にしまってあったので

ちょっと「取りに行くのが面倒だな」と思いつつも
エッセンスを取りに行ったわけです。


ジェムエッセンスや環境エッセンスやコンビネーションを除いて
アラスカンのフラワーエッセンスは、全部で72種類あるのですが
リストはなかったので、その箱から、直接、筋反射でエッセンスのボトルを選んだのですが
選ばれたのは

「リバービューティ」というエッセンス。

どんなエネルギーなのか、後から、効能を読んで、はっとしました。

リバービューティ とはエネルギーの再生の助けになるエッセンスです

事故や予期せぬ悲しみ、大切な’人を亡くした後など

感情的にどうしようもないような激しい経験を経た人が、過去を洗い流して

新たな新鮮な気持ちで、物事に向かうのを助けてくれます。

衝撃的なできごとのあとで、気持ちの整理がつかない人や

過去への愛着を振り払うことが困難な人に。

洪水のような激しい経験が、実は過去を洗い流すような浄化の経験だ

ということに気付く助けになります。

あ~ちずちゃんのことだ。

散々泣いて感情開放はしたし、一度、自己ヒーリングして

彼女と繋がっていた過去世の調整をやったりしたこともあって

お別れ会を開いた後は、気持ちはすっかり落ち着いていたので

まだ、ショックやエネルギーが残っているとは、思っていなかったのだけど

このエッセンスが選ばれたことで、

まだ潜在意識に残っていたことに気づきました。

そして、この絵が、私の手元から離れて、ちずちゃんのお母さんのところに行くと

いうその日の朝に、このエッセンスが選ばれるというのも

なんというタイミングなのか。

あ~これで、本当にちずちゃんの新たな出発を見守り

私自身も新たな意識になることが必要ということなんだなあと。

そして、この絵が少しでもちずちゃんのご家族の癒しに

なりますようにと願いを込めて、絵を送り出しました。

そして、これも「たまたま」なのだけど、今日の午後は

私がちずちゃんへのお手紙というブログを書いたことがきっかけで

私のセッションに来られることになった方のセッションで

彼女もちずちゃんを知っていて

同じように乳がんになって

たまたま、手術前にブログを読んで、私に連絡してくれたのだけど

セッションをやるにつれて、これはどう見ても

ちずちゃんが導いてくれたとしか思えないような内容で

ああ、私たちの意識では

到底理解できないような不思議なことが起こるものなのだなあと。

ここ最近のシンクロニシティは、

なんだか加速的に起こっていて

時々、ふっとまるで何かの物語の中にいるかのような

感覚になります。
ちずちゃんが亡くなる前後から、宇宙系遺伝の大きな気づきや進化があったこともそうですが
それと同時に、肉体を持たない宇宙の存在やエネルギーを
ものすごくリアルに感じる’ようになったのも、ここ最近のこと。
昔なら、間違いなく「単なる想像の物語」
もしくは「私とは関係のない特殊なお話」としてしか捉えなかっただろうことが
ごく普通の世界になってきている。。

今日のクライアントさんのセッションのことだけではなく
ちょうど昨日に来られたクライアントさんのセッションの時も
まさにそんな事が出てきて
「え?ありえない」と何度も何度も確かめてしまったのだけど
物語以上に不思議な物語が、そこに展開されているのを
認めざるをえないのです。
それは、怖い話ではなくて、むしろ感動することというか
あ〜本当に私たちは、いろんな存在から守られているのだということを
実感するようなことでした。
(個人的な内容なので具体的には書けないのだけど)

こんなことを実感するにつれて、もしかすると、ちずちゃんは
彼女の使命を果たすために、あちらの世界にいち早く旅立ってしまったのかも?
などと思えてくるわけです。
あちらの世界から、私たちをサポートしてくれているのではないかと。
いや、これはスピリチュアル的な意味づけでしかないことも
わかってはいるし、私個人としては、使命を果たさなくても
何もしなくても、同じ次元で生きていてくれる方がずっとずっと嬉しいけど
そう思わずにはいられないぐらい
ここ最近の急展開ストーリーなのです。

さて、来週からの多次元キネシオロジーのクラスでの物語はどうなるのか

終わってみないと全くわからないですが

今回は、個性的すぎるメンバーなのであっかんべー、さらにドキドキです。







最終更新日  2018年06月08日 14時11分20秒
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2018年05月25日
カテゴリ:つれづれ

ちずちゃんが天国に還った日から、早2週間が過ぎました。

私たちが知ったのは、10日前のことだけど

いろんな意味で濃い日々で、何からお話ししたらいいのか

よくわかりませんが

まずは、昨日、私たちの家で行ったちずちゃんのお別れ会のことを

お伝えしたいと思います。

この会を開く2日前に、ふと「ちずちゃんのために絵を描こう」と思い立ち

その日のセッションが終わると同時に、木枠にキャンバスを張り、絵を描き始めていました。

ちずちゃんのためは、もちろんだけど

娘に先立たれてしまったご家族

とりわけ、最後まで看病されたお母さまの悲しみは

誰よりも深いだろうと思うと、胸が痛く、

「あなた方の娘さんは、こんなにみんなに愛されていましたよ。

彼女を生んで、育てて、見守ってくださってありがとうございます」

という気持ちを、ちずちゃんのご両親と弟さんにお伝えしたいな

という思いが、日ごとに強くなったこともありました。

お別れ会の前日まで、セッションが入っていたこともあり

ほとんど時間はなく、また、このところの感情的な揺れや疲れで

免疫や体力は落ちていたのですが

これを描いている間は、心はとても穏やかで

絵を描きつつ、ちずちゃんにあれこれと語りかけて

これまでの人生で、一番、ちずちゃんを近くに感じた時間だったのかもしれません。

そして、お別れ会の当日の朝、出来上がった絵。

​​

たくさんの天使たちも一緒にお見送り。



ちずちゃんを囲んで、みんなで8人。

ちずちゃんの思い出を語ったり、笑ったり、泣いたり。

そして、おさむがちずちゃんを見送るために

クリスタルボールやギターでサウンドヒーリングを行いました。

演奏が終わった後

「今、ちずちゃんここに来てましたよね。」とある一人が言うと

「私も感じた~」とまた別の一人。

私は、サウンドヒーリングの時、ちずちゃんの声が聞こえてきて

幾つかのメッセージをもらいました。

(どんなメッセージをもらったかは、内緒ウィンク

これは、父が亡くなった時もそうだったけど

亡くなって49日までぐらいは

とても身近にその人の存在やエネルギーを感じるものなのですね。

さて、今日、みんなで写った写真と絵の写真を弟さんに送ったら

この絵を

「心がすっと癒され、姉が優しく空で見守ってくれてる気持ちになりますね。」

と気に入ってくださって

また、

「姉を失った悲しみは ずっと変わらないのですが、メールや写真を頂き

姉はこんなに素敵な方達と出会えて、

とても幸せな人生だったんだなって改めて思いました」

と伝えてくださって、それを読んで

弟さんのお姉さんを想う気持ちに、また涙。

そして、この絵はちずちゃんのお母さんにお送りすることになり

それもまた私にとって嬉しいことでした。

本当に、多くの人に愛されて、惜しまれて旅立ったちずちゃんは

とても幸せな人生だったのだなあと。


ちずちゃん

メッセージしっかり受け取ったよ。

天国で見守っていてねハート(手書き)



さて、今回、ちずちゃんが亡くなったことを知った後

すぐには自己ヒーリングすることなく

悲しみや喪失感、虚しさや後悔などを感じながら

ひたすら泣いたり、問いかけたりしていたのですが

4日目になって、泣きすぎて、免疫が弱り、疲労してきたこともあり

これでは人へのセッションはできないので

初めて筋反射を使って、自己ヒーリングをしました。

そこで、私の身体からのメッセージとして

スキャンリストから選ばれた言葉は、思いがけず

「同志、仲間、ソウルメイト」

「プレアデス遺伝」「アルクトゥールズ遺伝』

「使命を果たせないことへの恐れ」

という言葉でした。

ちずちゃんと、前世での繋がりがあることはお互いにわかっていたものの

それを解除することはやったことはありませんでした。

今回、出てきたのは、ちずちゃんとの2回の前世であり、2回とも

使命感を持って人にヒーリングをやっていた仲間でした。

あ~そうか、私はちずちゃんを友人としてだけでなく

無意識レベルでは、同じ意識を持ったヒーリングの同志だと感じていたのだということに

この時、改めて気付いたわけです。

だから、彼女がこの世を去ってしまったと知った時

その喪失感が半端なかったのだと。

おさむが

「俺もちずちゃんが亡くなって悲しかったけど

のりこが、そこまで’ショックを受けるとは想像していなかった」

と言っていたのですが

確かに、私とちずちゃんは、長い間の親友でもないし

頻繁に’連絡を取り合っていた友人でもないのだけど

彼女が亡くなったと聞いた瞬間、何かとてつもなく大きな喪失感を感じて

崩れてしまったのは

友人というだけでは言い表せないぐらいレベルでの

深いつながり感があったからなのだなあと。

そして、今回、改めて

「使命感」が私たちのDNAに深く刻まれていることを

感じました。

弟さんのお話によると、ちずちゃんは

「もし、ガンが治ったら、世界中のガンの人たちに

寄り添うような仕事をしたい」

「このサロンをどんな病気でも癒せるサロンにしたい」

と語っていたそうですが

それはまさに、将来みんなの役に立つために

自分の病気の経験を役立てたいという使命感。

その無意識レベルでの使命感が強かったから

人が自分のために悲しむ姿を見たくはなかったのだろうし

だからこそ、今、自分が感じている不安や恐れを抑える強さが

あったのだろうなあと。

使命感に関して、これまでいろんな人の

セッションをやってきた中で、いろんな気づきがありました。

例えば、環境運動や、恵まれない子供達を救う活動や

動物を救う活動など、使命感を持って、それを全力で取り込むあまりに

自分自身の生活の豊かさや、パートナーシップを犠牲にしてしまっていたり

または、結果的に身体を壊してしまう人たちに対しては

その方の身体は、ハイヤーセルフは、目標達成型思考や使命感を手放し

今の自分にとっての心地よさや喜びを追求するということを求めてくるのですが

一方で、ただ目先の楽なことや、刺激的な楽しみだけを追求していると

身体は「自分の役割(使命)を知って、今すぐそれに取り組んでゆく」

ことを求めてくるわけです。

「~~をやらなければ」という使命感は必要ないけど、それぞれの使命はある

という感じなのだなあと。

だから、それぞれの使命(役割)を、遊びつつ、楽しみつつやって行く

そのやり方も方法も、人それぞれ千差万別。

もちろん、やっていることが、自分の喜びでなければ

何の意味もないのですが、いくら喜びであっても

それをやりすぎてしまうと、身体に負担がかかるのは必須のこと。

この使命と、個人の心地よさや身体とのバランスは

ここ何年も私の中のテーマだったのですが

そのことを、ちずちゃんは、身を持って私に知らせてくれたように感じます。

そして、私にとっては、おさむという存在が

使命で突っ走ってしまうのを引き止める命綱の役割を

果たしてくれていることも改めて気づきました。

今回の一連のことの中でもそうなのですが

おさむは

「のりこが、そこまでやらなくていいんだよ」とか

誰かのために何かを一生懸命やっていたりすると

「また、そんなことやってる」などと

冷ややかに言ったりするので

そういったおさむの言動に対して

「なんと冷たい、クールな人なのかしら」と

思うことがあったのだけど

そうではなくて、私が使命感から、やりすぎて

突っ走り、身体を壊してしまうのを

彼なりにケアして、何とか止めようとした結果

そういう言葉として出てきていたのだということに

初めて気づいたのでした。

「のりこは、毎日、火事場の馬鹿力を出している感じなんだよね。

全力でヒーリングをやったかと思うと、全力で絵を描いていたり

常に24時間、全力疾走なんだよ」

ヒーリングをするのが3度の飯より好きで、興味が尽きなくて

そして、また、多くの人が

セッションを受けたいと連絡してきてくれる。

そのことは幸せすぎるぐらい幸せなのだけど

一方で、確かに、誰がどう見ても、やりすぎであることは間違いない。

そして、とてもまずいことに、ここ最近

残っているプレアデス遺伝、アルクトゥールズ遺伝の性質が

さらに大きくなって、これまでの人生の中で

使命感が半端ないぐらい強くなっていること。

(とても役立たずゲームを推進してきた私とは思えない泣き笑い

さらに、私自身の宇宙系遺伝の調整が進むにつれて

松果体がどんどん活性化し、第6チャクラが異常とも言えるレベルで開いてきて

メールを受け取っただけでも、その人のエネルギーが流れてきて

状況が観えてきてしまうから、つい無理してでも引き受けたくなってしまうし
またセッションをやっていても、ここを調整しないでいるとどうなるかも見えてくるから
つい、長時間になってしまう。

たまたま、ちずちゃんが亡くなる直前に読んだ本で

トムケニオン著の

「アルクトゥルズから地球人へ」という本があるのですが

(この本の内容は、とても興味深いので、また今度

ご紹介したいですが)

その中で、

「今という時点でのアルクトゥルス人のジレンマを要約すれば、

それは根本的な問いに基づいています。

その問いとは、どうすれば、自分の心をないがしろにすることなく使命に忠実になれるか

そして、どうすれば使命をないがしろにせず自分の心に忠実にあれるかということです」

というくだりがありました。

5次元以上の存在であるアルクトゥルズ人が

使命と自分の心のバランスが取れないのだから

3次元~4次元世界にいる私たちが、バランス取って行くのは

さらに難しいわけで、多分、そこをどうやっていくのかは

ハートチャクラ(の感覚)で、バランスを取っていくしかないのだろうなあと。

そして、私が、かつてないぐらいの使命感を持って

取り組んでいる宇宙系遺伝。

それに関しても、ここ最近、大きな進展と気づきがあり

それに、この本に書かれてある内容ともリンクしていました。

そのお話はまた~。







最終更新日  2018年05月26日 21時37分47秒
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2018年05月18日
カテゴリ:つれづれ

先日、大切な友人、ちずちゃんが、この世を旅立ちました。

享年47歳の若さでした。

私も、そして他のちずちゃんの友人たちも、彼女が乳がんだったことも

今年1月から入院していたことも、何も知らされていなかったので

突然のお知らせに、頭を殴られたかのようなショックで

すぐには受け入れることができず

どうして、なぜ?と行き場のない悲しみでわんわん泣いたり

ぐるぐる考えてみたりして、丸2日過ごし

今、ようやく少し落ち着いてきたところです。

(たった丸2日間が、もう何ヶ月経ったかのように感じるのだけど)

虫の知らせだったのか、たまたまそのお知らせを受け取った次の日から3日間

私は連休を取っていたのが幸いでした。

バリから戻ってから、ずっとセッション続きだったこともあり

久々に休みを取って、ゆっくりして、余裕があればスキャンリストの修正や

6月のクラスの準備もするための休みだったのですが

おかげで、この3日間に私自身の気持ちの整理を

少しずつやることができています。

(というより、ひたすら号泣しているだけなのだけど)

一体、何がどうなってそんなことになってしまったのか?

最初は混乱する中で

弟さんとのメールのやり取りでわかったのは

彼女が体調を崩したのは、2年前でしたが、原因不明の骨折ということで

それから調べたら、乳がんが見つかったとのこと。

見つかった時には、すでに骨転移していて多発骨折を起こしていたこと。

彼女は、大切な友人を悲しませたくない、と

家族以外の誰にも、本当の病名は話さないと固く決めていたのだそう。

今年になって、入院して、余命半年から1年と医者から宣告されて

弟さんとお母さんが「本当に誰にも伝えなくていいの?』

と何度も聞いたそうですが、頑として拒んでいたとのことでした。

「お悔やみ申し上げます」

という言葉の意味が、今回、初めてわかったような気がします。

これまで私は、起こったことを後悔したり、悔やんだりする性質ではないし

父が亡くなった時も、長年の闘病生活から解放されたことも含め

心の準備もできていたので

決して悔やむことはなかったけど

ちずちゃんのことは、こうすればよかったのではないか

あれがいけなかったんじゃないか

などと、あれこれと悔やんだり、もし~~だったら~~だったかも知れないのに

などとついつい考えてしまうのですね。

ああ、それにしても、いつかあの世で、ちずちゃんに会ったなら

思いっきり、文句を言いたい。

どうして何も話してくれなかったの?

そういうところが水くさいのよ。

どうして、肝心な時に、頼ってくれなかったの?

ガンだと分かっていたら、もっとやれることがあったかもしれないのに。

ガンのためのモジュールが効くかもしれないし

その他の方法だって、あれこれ研究してきたんだよ。

もちろん、それをやって、治るとか治らないかはわからないけど

試してみることぐらいやってもいいじゃない。

私だけじゃなく、周りの人たちに、自分がガンだと伝えることで

治療や癒しに有効な情報が入ってきたかもしれないでしょ?

世の中、末期ガンから生還した人なんて、山ほどいるんだから

ちずちゃんに合う方法が見つかったかもしれないじゃない?

いや、何よりもどうして、一人で問題を抱え込もうとするのよ。

どんだけの思いで、それを言わずにいられるのよ。

家族以外の誰にも何も言わずに逝ってしまうなんて、悲しすぎるよ。

そう文句を言ったら、ちずちゃんは、なんと答えるのかしら。

「いや~、このまま治ると思っていたんだよね~

だから、みんなには、治ってから話そうと思ってたのよ」

なんて、笑って言うのかしら。

私とおさむが彼女に最後に会ったのは、

去年の10月、長野でのクラスの前のことで

一度、東京で会って食事したのですが

その時は、少し痩せて顔色は決してよくなかったけど

それでも、楽しくお酒も飲んでいて

それから1か月後の11月には、マッサージの仕事に復帰したとのことで

よかったなあと思っていたのですが

今年の1月に再び倒れ、救急車で運ばれて、そのまま入院して

4月に容体が悪化したとのことでした。

もし、ガンだとわかっていたなら、絶対に仕事への復帰は

やめた方がいいと伝えていたのに。

マッサージは、人のエネルギーに直接触れるお仕事なので
病気でエネルギーフィールドが弱っている状態では
リスクが大きすぎるから。

悔やんでも、もうあちらの世界に旅立ってしまったちずちゃんに文句を言っても、

何も変わらないこともよくわかっているけど。

ただただ、悲しい。

こういう時に、スピ系のポジティブな理屈は何の役にも立たない。

以前、ちずちゃんと「のりこさんとは前世からのつながりみたいですよ」

なんて、話していたけど、例え、また来世で会うまでの短い間の別れだったとしても
ある次元では、何も変わらずつながっていたとしても

肉体を持ったちずちゃんとしては、もう会うことができないのだから。

「イヤ~ん」と、ちょっとはにかんだように話す仕草も

不自然なくらい、ゆったりと優雅な歩き方も

「それって~~じゃな~い?」とケラケラと笑う笑顔も

もう二度と見れないのかと思うと、本当に寂しい。


(この文をアップしながら、すべてのものは変化してゆくのだから
もう二度と見れないものばかりなのだという真実も
同時に感じているのだけど)

弟さんによると、ちずちゃんから家族への手紙が出てきたそうで

その中で

「自由にやりたいことができたので、人生に悔いはない」

と書かれてあったのだそう。

ちずちゃんらしい、潔さだなあと。

でも、弟さんは

「私はそうは思いません。親しい友人に話をしないまま旅立ってしまったことに

後悔しているんじゃないかと思います」

と書かれてありました。

どんなに人に心配かけたって

どんなに人を悲しませたって

どんなに人に迷惑をかけたって

それでも、分かち合って欲しかったし

できるなら、1日でも長く生きて欲しかった。

そのために、少しでも私たちができることをしたかった。

エネルギーを送り、祈ることさえもできなかったよ。

もし反対の立場だったら、きっと、ちずちゃんも同じように思うんじゃないかと思うよ。

なのに、自分はひっそりと逝ってしまおうなんて、ひどいよ、ちずちゃん。

彼女の、何よりも人の気持ちや幸せを思う優しさと

一度決めたら、頑として伝えないという強い意志の力と

弱さや愚痴を言わずに、自分の力で何とかするという自立心とプライドと

いざとなったら、きっぱり諦めるという潔さと

どれも、ちずちゃんらしいけど

その性質がこういう運命に導いたというのか

それともそういう運命だから、そういう性質に生まれたのか。


ちずちゃんは、いつか私のことを侍ヒーラーって言ってたけど

侍は私じゃなくて、ちずちゃんだったよ。

私は侍になるのは、セッションの中だけだけど

ちずちゃんは、生き方そのものが侍なんだよね。

女性は人に甘えて、わがままに、楽して生きるのよ

って、以前、何度も言ったのに、最後までわかってくれなかったんだから。

ガンは自分の細胞を壊す病気だから、ガンになったなら、ひたすら自分に優しく

人に甘えなきゃいけないんだって、ちずちゃん知ってたよね?

なのに、どうしてだよ~~。

ちずちゃんが、私のセッションを最後に受けたのは、もう3年ぐらい前なので
私の宇宙系遺伝の調整は一度も受けたことなかったのだけど
あ〜こんなことなら、無理やりでも
人のために尽くす、自分より人の気持ちや幸せを第一にしてしまう金星遺伝や
自分は大丈夫〜と弱さを出さないシリウス遺伝の調整
やっとけばよかったわ。


と、そんな問題ではないことも、よ〜くわかっているのだけどね。

そして、どんなちずちゃんだったとしても

ちずちゃんとの出会いは、私の人生の中でかけがえがない宝物であることは

間違いないよ。

私は知り合ってから、それほど長い年月ではないけど

その人生において、たくさんの人たちに、素敵な影響を与えてきたね。

ちずちゃんのこと、絶対に忘れないという人たちがたくさんいるよ。

たくさんの人たちが、ちずちゃんから愛を受け取り

そして愛を送っているよ。

本当にありがとう。

この世に生まれてくれて、出会ってくれて、つながってくれてありがとう。

どうか安らかに天に宇宙に戻られますように。

いつかどこかでまた会える時まで

魂の友人、ちずちゃんへハート(手書き)
                

こうしてお手紙を書くと、また気持ちが少し落ち着いてきます。

読んでくださった方々、ありがとうございます。

来週24日に、ブルックリンの自宅で

ニューヨークでちずちゃんと親交のあった8、9名が集まって

ちずちゃんの旅立ちを祈る追悼の会を開くことになりました。

「友人を悲しませたくない」という、ちずちゃんの最後までの強い願いに応えて

ちずちゃんとの思い出を語りつつ(文句も言いつつウィンク)酒を飲んで、楽しい会にしたいなあと。

おさむは、ちずちゃんの旅立ちのためのサウンドヒーリングをやる予定です。

弟さんが

「姉は、本当は寂しがり屋なので、追悼の会を開いてもらうこと

とても喜んでいると思います」

と言ってくださったけど

そう寂しがり屋なのに、大丈夫なふりして、全く素直じゃないんだよね。

弟さんによると、ちずちゃんは、入院中何度も

ハワイにまた行きたい、今度はお母さんを連れて行きたい、と伝えていたそう。

弟さんは、いつかハワイでちずちゃんの骨を散骨したいとのことでした。

もしも、私たちもそのタイミングで、ハワイに行けたなら

ハワイ島でのちずちゃんとの思い出の場所に行きたいと思っています。

ちずちゃんとの思い出は尽きないけど

これは3年前、ハワイ島で最高に楽しかったビーチでの写真。

左側から、おさむ、かずよちゃん、私、ちずちゃん。






キューピットみたいな男の子と遊ぶ、女神様のようなちずちゃん。

あ~写真見てると、また涙止まらなくなる。

       



       








最終更新日  2018年05月18日 07時13分23秒
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2018年01月23日
カテゴリ:つれづれ

人の価値観や意識は、本当に多種多様だなあと

日々、セッションをしながら感じています。

これは、お国柄というか、国ごとにも違うし

例え、同じ日本人でも、その人が住んでいる場所や仕事によっても違うし

また年代によっても違うし

また男性と女性では違うし

また、その人が育ってきた環境によっても違うし

その人の遺伝的な性質や脳の活性具合によっても違ってくるわけで

そういった様々な要因が、多種多様な意識や価値観を

生み出していくわけですね。

そういう意味では、世界に自分の全く同じ価値感や
意識を持った人はいないわけです。

ですから、私にとっては、その人がどんな価値観を持っているか、というのは

よくわからないわけで

キネシオロジーのセッションでは、その方の身体に聞きながら

または直接、話を伺いながら、

その人にとって、もう不要になった信念体系や価値観が出てくれば

それを書き換えたり、手放すための調整を行っているわけです。

先日、日本からお越しになった方で、セッションをやっていて

「ちゃんとした経験を積まなければ、不十分」と言うのが出てきたので

「ちゃんとした経験って何?』と尋ねると

「ちゃんとした会社に入って、ちゃんと働いて、経験を積むことです」

と言う答えが返ってきました。

「それじゃあ、例えば、世界中を旅して、いろんな人と触れ合って

いろんな経験をしている人は、ちゃんとした経験を積んでない人?』

と尋ねてみると

「う~ん、そういうことになってしまいますね~」

と、うなっていました。

若い方ですが、その方にとっては、これまで周りの人たちが

そういう「ちゃんとした」経験を積んでいる方が多かったのでしょう。

その価値観が悪いということではなく
その価値観を持つことになった要因というのが必ずあり
それが紐解かれていくと、また違った世界が広がってくるわけです。

一方、私にように海外に長い間、暮らしていると

そういった価値観のようなものは、かなりなくなってきて

また、様々な人たちと出会ったこともあり

さらに、こう言った仕事をしているせいもあって

もはや、何でもありの世界なので(宇宙人たちも含めウィンク
何がちゃんとしているかなんて、これまで一度も考えたことがなかったわけです。

例えば、昨日のブログをアップしてから、何人かの方に

「びっくりしました」「やっぱりのりこさんは、普通の人じゃないです」

などメールや直接、お言葉を頂いたのですが

びっくりされたのは、私が不法滞在だったことなのか?

それとも契約結婚だったことなのか?

それとも結婚記念日を祝ったことがなかったことなのか?(これは違うか)

よくわからなかったものの

確かに、もし、そういった人や事例が、周りにあまりいなければ

私の話していることが、びっくりすることなのかもしれないなあと。

例えば、不法滞在ということ一つにとっても、たぶん、日本にずっと暮らしている人と

ニューヨークに長年暮らしている人とでは、印象が違うのは当たり前で

特にニューヨークは、世界各国いろんな人が集まっていて

例えば、南米方面からの不法労働者やステータスがしっかりしてない人なんて

まあ、それほど珍しくもないわけです。

今はかなり減っていると思いますが、私が最初にニューヨークに来た頃は

日本人でもそういう人はたくさんいました。

ちなみに、ここ最近、トランプ大統領が就任してから

不法移民を国外退去させるという方針を出しましたが

不法移民はニューヨークやサンフランシスコなどの都会では

レストランや店やエンターテイメントを支えていることもあり

ニューヨークの市長が、断固反対する、不法移民を守る、と発表し
論議が盛んになりました。
これからまた、時代の変化とともに、いろいろと移り変わってゆくのでしょうね。

私が昔、不法滞在だった頃に、ニューヨーク市を相手取って、訴えを起こした話は

たぶん、このブログでも書いたと思うのですが

不法滞在なのに市を相手に訴えを起こすなんて

まず間違いなく、日本だとありえない話で

こういうことがあるのも、アメリカの面白さでもあったわけです。

ちなみに、これも私が訴えようとして、そうなったわけではなく

なぜか、そういう流れとなり

その経緯というのが(これも以前、ブログで書いたと思うのですが)

交通事故でした。

あ、またその経緯を話したくなってしまったので

時間延長で、話を脱線して、話しちゃうけどウィンク

これは、もうおさむと出会う前のことなのですが

ある夜、友人と二人でバイトから戻る時にタクシーを拾おうとしていると

向こう側の車線にいた1台のタクシーが、私たちに気づき、急に車線を横切って

私たちの方に向かってきたのですが

ちょうど、こちら側を猛スピードで走ってきた一台の車と衝突し

その車は、大きくずれて、私たち二人をはねて、そのまま走り去ってしまいました。

いわゆる、ひき逃げ事故に遭ったわけです。

私は、空中をぶっ飛んで、地面に叩きつけられたのですが
前歯を4本折って、肩や首などがむち打ち状態になって

3か月間ぐらいは、全く動けず、その間

友人たちに助けてもらいながら、生活していました。

さて、その頃の私の友人の中に、ニューヨークで警察署長をしていた

アメリカ人のボブという人がいました。

ボブは、いかにも、ボブという名前にふさわしく

でっぷりと太って、サンタクロースみたいなヒゲを生やしていて

人がよくて、優しい人だったので

この人が警察署長だなんて、信じられないなあ、と思っていたのですが

彼をよく知っている人の話によれば、ボブは仕事場では、かなり厳しくて

権威のある人だったようで、人って、知り合う場によって

全く違う印象を持つものだなあと、思ったことを覚えています。

で、そのボブが、私が交通事故にあったと聞いて

病院にお見舞いにきてくれたのですが、私を見るなり

「のりこ、ニューヨーク市を相手取って、訴えを起こした方がいいよ

僕が成功報酬でやってくれる弁護士を紹介してあげるから」

と言うわけです。

もちろん、以前からボブには、私がビザなしであることも伝えていたので

そのことは、彼は知っていましたが

「ニューヨークは、イリーガル(不法滞在)でも、個人の人権に関わることは

守れているから、訴えることができるんだよ」

というのですね。

そんなことは当時、私も知らなかったので

本当、ここは日本の常識とは違うんだなあ、と

びっくりしたことを覚えています。

ということで、ボブに弁護士を紹介してもらって

もともと、市のタクシーが大きく車線を変更したために

車にぶつかったことで、事故が起きたので

市に対して訴えを起こしたわけです。

今から思えば、不法滞在の日本の女の子とニューヨークの警察署長が
友達だったと言うのも面白い話ですが

彼とはごく普通の友人関係で、たまにカフェでお茶飲みながら
雑談する程度のお付き合いだったのですが

当時の私にとっては、特にそれも不思議とも思ってなくて

ごく普通のことだったんですよね。

これは日本にいた頃からですが、私は昔から

普通なら絶対に知り合わないような仕事や年代の人たちと

友人になることが多く

それが、多種多様な価値観や考えを知ることや

それを受け入れるという、今の私の意識に影響しているのだろうなあ

と今更ながら思うわけです。

ちなみに、その裁判は、結果的には、3年かかったのですが

市との話し合いの結果、示談ということになり

私たちが訴えを取り下げる変わりに、私の歯の治療にかかった3万ドルと

その他の医療費を市が負担することで、決着がついたわけです。

ボブがそういう提案をしてくれなければ
そう言った考えは私には全くなかったし
私にとっては、当時、3万ドルの歯の治療代は、払えなかったので
本当にラッキーなことだったなあと。

ボブは、その後、定年退職をして、アメリカを離れ

ヨーロッパに移住してしまって

それ以来、連絡も取れなくなってしまったので

もう、今生では会えないかもだけど

もしも、どこかで会ったら、もう一度、お礼を言いたいな~と。

あの時、助けてくれたお礼、というのもあるけど

私のそれまで持っていた価値観や認識を変え
(それまでは、警察に対しても悪い印象しかなかったので)

いろんな可能性を広げてくれたことへのお礼。

いつか、あの世で会ったら、また笑って話せるかしら。

なんて、今、私がこうしてボブのことを思い出すだけで

どこかエネルギーで伝わっているような気がしているんですけどね。

そして、ボブだけでなく、これまで私と出会った人たち全員が

今の私の意識に影響しているのだなあと。

もちろん、私も、他の人にとっては、映画の脇役のように

登場しているわけで、その人にとって、私が何かの意識の変化に

つながっていることもあるでしょう。

私たちの意識やエネルギーは、無意識の世界で

様々な影響を与え合っていますから。

そして、これから私と出会う様々な人たちによって

これからの私の価値観や意識もまた変化していくのだなあと。

ということで、こんな昔の私の思い出話なんて、書いてもな~

と途中で思いつつ、内容うんぬんではなく、これを読んでくれている方の中に

何らかのエネルギーが伝わって、何らかの意識が変化することも

あるかもしれない、

な~んて、これまた適当な理屈をつけつつ

だらだらと思いつくまま、書いてしまった私ですあっかんべー

さて、明日から1週間、ニューメキシコへ行ってきます~。

今回で、4度目のニューメキシコ。

明日はサンタフェです。

って、まだ荷物の準備ができてないのだった~~ひよこ







最終更新日  2018年01月23日 12時08分52秒
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2018年01月13日
カテゴリ:つれづれ

今日も寝る前30分タイマーで、行ってみま~す。

これをやってみてわかったのは

スタートして、ダダダ~とタイプを打ち続けていても

30分では、やはりそれほど多くはアップできないということ。

私のタイピングが遅いせいもあるのですが。

でも、これがいいのは、その時間内で終わらせてアップする

という勢いがあるので、途中まで書いたものが、お蔵入りしないんですよね。

自分にちょっとしたプレッシャーをかけるのって

結構、楽しいことだなあと。

と、どうしても30分は超えてしまうので

50分までは良しとしよう、などとルールを簡単に変更するので

全然、プレッシャーになってないわけなんですがあっかんべー

さて、ここ最近、何人かのクライアントさんから出てきた問題として

「刺激を求めて、あれこれやりすぎる」

または「今の自分に不要なことをする」

というのがありました。

この刺激を求める、というのは

「不十分感」「渇望」「満たされない」

というオリオン的な気質から来ていることが多く

(他は、好奇心の強いアルクトゥールスなどの影響もありますが)

そういう方は、今の自分が満たされないので、それを埋めようと

外に刺激を求めてしまいます。

特に他の人がよかったよ~といえば、自分もやりたくなったり

周りのみんながやっているのに影響されてやったり。

例えば、様々なヒーリングのクラスを受けているのに

結局、どれも使いこなせていない、という方がいるのですが

そういう方は、ひとつのメソッドを学んでから

十分にそれを実践していないうちに

また他の人が推薦したメソッドがいいように見えて

今度はそれを学ばないと不十分な気がして、次々とクラスを受けているわけですね。

これは以前、書いたことですが、ヒーリングを学ぶというのは

絵を描くための道具を頂くようなもの。

なので、ヒーリングを学び始めに、次々とヒーリングのクラスを受けるというのは

例えて言うなら、絵を学び始めたばかりの時に

アクリル絵の具とクレヨンと水彩絵の具と油絵の具と色鉛筆とポスターカラーを

一気に揃えるようなもので

ひとつの道具を使いこなしてないので、それをどう組み合わせていいかも

わからないし、道具だけで一杯一杯になって

結局、使いこなせずに終わってしまうわけです。
いくら素敵な絵の具をあれこれ揃えたって、絵を描かなきゃ意味ないし
反対に人によっては、鉛筆一つだって、様々な作品を生み出すわけで
絵の具の種類や数ではないように、ヒ−リングも全く同じで

外に刺激を求めている限り、自分の内なるクリエイティビティは

発揮できないのです。

情報や技術のインプットばかりで、アウトプットしてない人がとても多いなあと。

私が最初に本間キネシのクラスを受けた時に

本間先生が、確か「1000回セッションをやったら、キネシが見えてくるよ」

みたいなことを言われていて

ああ、そんなものか、と思い、それからすぐに、本間キネシを使って

ひたすらセッションを行ったのですが、3か月も経たずに
「ああ、この経絡の調整だけでは、対応できない問題が多すぎる」

と気づき、そこから、自分なりの試行錯誤が始まったわけです。

本間先生はまた「一つのメソッドを学んで、その方法で何ができるのか

また何ができないのかの限界を知ることも大切」

と言われていたのですが

徹底的に実践してみなければ、この方法で何ができないのか?は

わからないんですよね。

そして、自分なりにクリエイトしつつ、本間キネシをベースに1年間やった後

IHのクラスを受けたのですが、今度は

ひたすらIHのやり方に忠実にセッションを行って

確か、3000回以上、IHのセッションを行った後に

マチルダから国際ディプロマの資格試験を受けたわけですが

その頃は、IHのプロセスやアファメーションは
一言一句、完全に私の身体と脳に叩き込まれていて

またそのプロセス通りに行わなかった場合は、どういうなるのか
また、そのプロセスをさらに発展させるためには、何が必要なのかなども
少しずつわかってきた頃でした。
そして、それから、IHとは違った自分なりの方法やアイデアなどを
実践したり、クリエイトしていく中で、今の多次元キネシにつながって行ったわけです。

ですから、これから、ヒーリングを学ぼうとする方々にアドバイスするとしたら

一度にあれこれとクラスを受けたりせずに

どんな方法でもいいけど、自分にとってピンとくるメソッドに出会ったら

それを使って、まずは学んだ通りに実践してみること。

そうして、ある程度、流れやコツが掴んでくれば

そのメソッドを超えて、自分なりに実験してみたり、クリエイトしていくこと。

そうしているうちに、次に自分は何を学ぶことが必要なのかが見えてきます。

その時点で、次のメソッドを学ぶと、それが本当に生かされてくるし

しっかりと活用できるのです。

決して、周りの人も学んでいるから、とか、あのセラピストも学んでいるから
などという理由でやるのではなく

例え、周りの誰がやっていなくてもやってみたい、と思えるようなものを

学ぶことです。

(だからと言って、特別なものや新しいものを学ぶ、ということではなく)

私のブログの情報も、あくまでも、その時の私にとっては良かった

ということで、すべての人に必要なわけではないですから。

と、もちろん、これも私の経験でしかないわけなので

本当はそういうアドバイスなんて意味がないわけだけど

たまたま、ここ最近、クライアントさんで、周りの情報に踊らされて

自分の方向性を見失ってしまった方が、立て続けに来られたこともあって

改めて書いたみているわけなんですが。

例えば、私の多次元キネシのクラスを受けられた方々も

人それぞれ、活用の仕方は無限にあるんですよね。

ああ、この人は美容に詳しいから

キネシと美容を組み合わせて、独自のヒーリングができそう

とか、この方は、話が上手いから、キネシ+カウンセリングがぴったり、とか

この人は食に詳しいから、キネシ+食、で新たな境地を開いて行けそう、とか

この人は、サイキック的だから、キネシ+リーディングが生かされるなあ

などということは、その人を見ているだけでも、何となく観えてくるわけですが

当の本人は、いつも外に刺激を求めているので、自分の方向性がわかっておらず

例えば、私が学んだこと全て同じことを学ばなければ、と思われていたりするので
自分では自分の特性や才能って、気づきにくいものなのだなあと。
「のりこがいろいろ情報をアップするから、惑わせてしまうんだよ」

と、今日、おさむからの忠告もあり、深く反省しています泣き笑い

そして、クリエイトは無限大なので
例えば、カードリーディングが得意な人が多次元キネシを学ばれたとして
それをどう組み合わせるかは、いろんな可能性が考えられます。

例えば、最初にクラスの中で学んだプロセスでセッションをやって
セッションの最後に、これからの方向性として、カードを選び、リーディングする
というやり方もあれば、逆に最初にカードリーディングを行い
その方向性やメッセージが、これからスムーズに行くために必要なことに関して
キネシを行う、というやり方もあるし、そのやり方も配分も自由なので
思いつくまま、どんどん実験的にやってみると、自分にとってピッタリするやり方が
見えてくるわけです。

ヒーリングの場合は、学ぶより、むしろセッションを受けた方が

ヒーリング能力はずっと伸びるのですが、それも外からの刺激ではなくて
内側を変えることで、本来のクリエイティビティを取り戻すということなのです。

そして、実際、これはヒーリングの話だけではなくて

クライアントさんのセッションでよく上がってくる問題として

外に刺激を求めているために、周りの情報に翻弄されて

今の自分にとって、不要なことばかりやってしまっていて

本当に自分にとって、必要なプロセスがいつまで経っても

スタートできていない人は多いなあと。

人それぞれ、様々な個性やユニークさを持っていますから
どんな人でも、自分の内なるクリエイティビティを発揮することは可能なのです。

あ~やっぱり、オリオン気質って、人間の持つ渇望と不十分感の大元だな~。







最終更新日  2018年01月14日 04時29分16秒
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2017年12月29日
カテゴリ:つれづれ
今年も残すところ、あと2日。

一昨日は、私たちの家で、友人や私のクラスを受けてくださった方々、計12人で
忘年会をしました。
とても楽しかった~。
みんなそれぞれ、つまみや料理やワインを持ってきてもらったので
たくさんの食事が並びました。
こういう持ち寄りのパーティは、気楽でいいですね。

 


昔は、これよりもっと多い人数でも、すべての料理を私が用意して
パーティをやっていたので、今から思うとがんばっていたのだなあと。
みんなに喜んでもらうのが嬉しくて、それはそれで楽しかったのですが
今は、こうしてみんなに持ってきてもらえば、全くがんばらずに
さらにバライティに飛んだ料理が楽しめるので
最近の家飲みは、ほとんど持ち寄りスタイルとなりました。
しかも、今回、私はサラダとスモークサーモンを盛り付けただけで
あとの料理はおさむがやってくれたので、さらに楽ちん。
おさむは、今回は、寿司ロールやエビのグリルやポテト料理などを
作ってくれましたが、最近、料理するのがさらに楽しくなっているそうで
さらに腕を上げているので、昔とは逆転した感じで
ますます、私は料理をしない人になってますウィンク

一昨日は、いつの間にか、私もけっこう、酔っ払っていたんですが
何人か古くからのメンバーに「のりこさんが変わった~。
今日は一度も、のりこさんから、飲め飲め、って言われなかった」
と言われました。
全く意識していなかったですが、言われてみて
「ああ、確かに~。前はそんなことよく言ってたな~」と。
以前は、みんながちゃんと飲まないと気がすまないというか、
それは、昔の大学時代のコンパのノリなのか
それとも、みんなが酔っ払えば、自分が酔っぱらって失態を犯しても許されるからなのか
よくわかりませんが(多分、両方泣き笑い)それにしても、面白いことに
以前の自分の感じ方や性質の方が、嘘みたいに感じるんですよね。

と言っても、変わらない部分もあるわけで。
一昨日も夜遅くなって、みんなが少しずつ帰った後
いつもの飲み仲間のメンバーが最後の4人になって
またまた宇宙人の話で盛り上がり(一人、この分野に詳しい奴がいるのよね)
忘年会が終わったのは、朝4時でした。
飲むとキリがなくなるのは、いまだに変わらないですあっかんべー

おさむも変化がすごくて、以前なら
友人とみんなで飲んでいても、必ず
「俺、先に帰るわ」と一人で帰ってしまうし
家飲みの時は、いつの間にがベッドに行って寝てしまっているのですが
今回は、みんなのお酒や料理の気配りをしつつ、朝4時まで付き合っていて
しかも、いつの間にか、キッチンで片付けや洗い物をしてくれて
しかも、それらをとても自然体でやっているのがすごい。
何人かに「おさむさん顔が全然違う〜」と言われてました。
つくづく、やさしくて丸い感じになったなあと感じます。

ということで、2017年、振り返ってみると激動の年になりました。

私は、その忘年会で、みんなに話していたのですが
今年は、私の半世紀の人生の中で、間違いなく最も大変だった年で
そして、最もがんばった年だったなあと。
今年のハワイで、父が亡くなった直後にクンダリーニ症候群になるという
予想もしていなかったことが起こり、身体のあらゆる機能が低下し
体調を大きく崩しただけでなく、かつてないほど精神的なダメージがあり
そこからの回復のために、がんばらざるを得なかったわけですが
そのおかげで、これまで一度も感じたことがなかった感覚を体験し
今まで自分では実感したことがなかった宇宙系遺伝やエンティティなどのエネルギーまでも
実感することができたし、そこから得たものは想像以上でした。

私は、これまで、何があっても自分への信頼が失われた時はなかったし
だから、例えば、事故や病気になったとしても
不安とか恐れはなかったわけですが
この時の私は、自分がどうしたいのかがわからない感覚、とか
漠然とした不安感や不信感の中にいました。
今から思うと、多くの人たちは、あの感覚の中にいる
ということが、頭での理解ではなく、感じることができて
その後からのクライアントさんへのセッションが、大きく変化しました。
「自分の感覚を受け取れない人の感覚」「漠然とした不安感」
なんて、クライアントさんとのセッションを通じて
頭ではわかっていても、自分では一度も感じたことはなかったわけです。

自分への信頼が失われた状態、というのは
いわば、完全な闇の世界ですから
逆に言えば、私は人生のほとんどを光の中で生きてきた
ということにも改めて気づいたし
今回、闇と光が統合されてゆくプロセスを通じて
これまでの世界の見え方が大きく変わった感じがします。

よくヒーラーを目指している方で
「こんなに私自身に問題があるのに、人にヒーリングなんてやってもいいのかしら」
などと言われる方がいますが
私は「抱えている闇が深ければ深いほど、ヒーラーには向いてるよ」
とお伝えしています。
もちろん、闇の真っ只中にいる状態では、人へのヒーリングは苦しいものになりますが
自分の闇が深いことを理解しているということが、すでにその人が深いところに
アクセスできることを意味しているし
その闇が光が統合されれば、他の人に対して行うヒーリングは
計り知れないほどの恩恵をもたらすということ。
そういう意味で、私はどちらかといえば
ヒーラーとしては向いてない、とずっと思ってきたのですが
今年、ようやくヒーラーの第一歩を踏み出したのかも、なんてね。

そうして、ハワイから戻ってから
昼間は、クライアントさんへのセッションやクラスをやりながら
夜は、自分自身の宇宙系遺伝の調整や研究のために
ほぼ毎日、3時間以上の自己調整を
約3か月間ぐらい続けたのですが
そのプロセスが、今、私がやっている宇宙系遺伝の調整のやり方へと
導いてくれて
この一連の体験がなければ、決してここまで来ることはできなかった
ということが、本当によくわかるし
全ては起こるべくして起こっていること
もう今は、ただただ感謝しかないです。

ということで、2015年、16年、17年と3年連続で行ったハワイでのリトリートは
2018年は一旦、お休みにして
今回の冬はハワイリトリートは行わないことになりました。
その理由の一つは、この宇宙系遺伝の調整が、今年ハワイへ行く前と後では
大きく変わって、今のやり方は、あまりにも私が使うエネルギー量が大きいため
セッションは1日2人までしかできないことが第一です。
(理由の二つ目は、ハワイ以外の土地でリトリートをやってみたいということもあり)
それが今後の課題でもあるわけですが
また必要ならきっと何かが見えてくるのでしょう。

そして、今年行った多次元キネシオロジーのクラス。
去年はベーシッククラスだけでしたが
今年7月頃から、プラクティカルクラス(中級クラス)のプログラムを作成して
10月には、プラクティカルクラスをニューヨークと長野で行うことが
スタートすることができました。
これも今年の大きな収穫の一つでした。
特に長野のクラスは、これからのクラスのあり方も見えてきたし
本当にやってよかったです。
来年、さらに上級のクラスができるのかどうかも、まだわからないですが
それも、もしそれが必要なら、そうなるのでしょうし、すべては天にお任せですね。

激動の2017年。
出会ってくれた方々全てに
そして、遠くから見守ってくれた方たが
そして、繋がってくれた方々、すべてに感謝。

ということで、今年は早めにバケーションを取ることにして
忘年会の次の日、バタバタと支度をして
今日の午後、私とおさむは、メキシコのコスメル島に到着しました。
今年はこのコスメル島で年越しです。

次回はこのコスメル島からアップしますね。






最終更新日  2017年12月30日 18時31分20秒
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2017年07月19日
カテゴリ:つれづれ

ハロハロ~

みなさま、今年の夏はいかがお過ごしかしら?

 

光陰矢の如し

前回の日記からもう20日も経ったなんて

信じられないです。

 

ニューヨークもここ1週間ほど、夏らしく暑くなってきました。

とはいえ、夜は涼しくなるので、それほどでもないですが

私の好きなマルガリータやサングリアが美味しい季節は嬉しいハート(手書き)


この1週間、おさむは、マトリックス・エナジェティクスのリチャード博士の講座

HO:LO-SET を受けるために、マイアミに行っていて、今日の夜に帰ってきます。

私もこの講座に興味はあったのですが

この講座の日程に、セッションの予約がずっと入っていたので

タイミングではないか、私には必要ではないかだなあと行かなかったのですが

この1週間、セッションや生活の中で、また新たな気づきもあり 

やっぱりベストのタイミングになっているなあと。 

 

1週間、おさむが家にいないという経験は、これまでほとんどなかったので

昔の一人暮らしの時を思い出して、ちょっと新鮮でした。

昨日は、久々に料理をして

(と言っても、食材を買いに行く暇がなかったので、

残り物整理になりましたが)

ちょうど、たまたま、日本からセッションを受けに来られていたクライアントさんと

一緒に頂いて、楽しい時間を過ごしたのですが

こんなことも、おさむがいたら、きっとやらなかっただろうなあと。

(なんで、俺のためには料理しないのだ〜と突っ込まれそうですがあっかんべー )

 

さて、毎日、おさむとフェイスタイムで話していますが

クラスは何やらプロセスがとても難しいとのことで

おさむの説明を聞いても、一体、どんなものなのかさっぱりわからないのですが

帰ってきてから、やってもらうのが楽しみです。


そのおさむとの話の中で、リチャード博士は相変わらず

エネルギーが軽くて、抜けていたという話をしていたのですが

この抜ける、というのは何から抜けているかというと

いわば『人生は大変という意識』から

抜けているんだよね、ということで、これについて書いてみようかと。

 

この「人生は大変(困難)プログラム」と私が名付けているものは

ほとんどの人が多かれすくなかれ持っている意識で

実際に今が大変な状況にいなくても、それが根底の意識にあれば

変化やチャレンジが苦手になるわけです。

また、何かのことで成功している人たちも

『困難を乗り越えて」成功した、と思っていれば

常に人生に困難がやってくるわけですね。


多くの人たちは、この困難を乗り越えて成功する、何かを達成するというのが好きなので

まずは、潜在意識(マインド)としては、困難が必要となるわけですが

実は、困難の中にい続けることで

本当に自分の人生に必要な変化はやってこない仕組みになっているわけです。


この潜在意識レベルでの

「人生は大変なもの、そう甘くはない、厳しいものだ」という

いわば脳が作り出した幻想から、どこまで抜けるかが

私たちが無限の可能性と喜びと自由な人生を生きるための

キーであるのですが

クライアントさんのセッションで気づくのは

この「人生は大変」プログラムの中に真っ只中にいるのに

そのことを認識して’いない

つまり、自分が今感じているストレスを認識できない人、というのが

ものすごく多いということです。

つまり、今、実際に(潜在意識が)持っているストレスは認識できないのに

まだ起こっていない先のことへの不安やプレッシャーには弱いのです。


例えば「今の仕事に喜びを感じているわけではない

だけど、お金が必要だし、今はやめることはできない(と感じている)が

いつかは、自分の喜びとなる仕事をやりたい」

という状態がずっと続いている。。


などというのは、まさにこの「人生は大変プログラム」の中にいながら

そのことを認識できていない状態と言えるわけです。

今、この瞬間に喜びとなることをやっていない、という感覚(ストレス)は

(潜在意識下ではストレスになっていても)

頭では、それほど大きなストレスとして認識されておらず

「人生は大変」なものという前提なので、

新たな変化によってもたらされるリスクの方が大きく感じ

「変化の先には何が起こるかわからない」ので

「変化しても大丈夫」という確信がない限りは

その状況に居続けることになります。

つまり、ずっと「満たされない今」が続くということなのです。


人によっては

「責任感」とか「将来のお金の不安」とか「今やめたら申し訳ない」

などという人生は大変プログラムの意識でいるために

身体やエネルギーが悲鳴をあげているにもかかわらず

自分にとってのストレスの状況に、居続けてしまっている方もいます。

また以前の仕事場より、今はマシだから、という比較で

今の満足しない状況にい続ける人もいるのですが

そもそも、ストレスをきちんと認識できる人は

ストレスの状況下に長く続けるようなことはないわけで

以前のストレスフルな仕事を頑張って続けていたことが

潜在意識下での「人生は大変」プログラムを助長し

前に進むことを妨げてしまっているわけです。


「いつか~~したい」

「いつか~~になったらいいな」

「昔のハードな仕事より、今の方がマシだから」

「仕事が何もないよりは、マシだから」

などという

一見、物事のいいところを見るというポジティブ思考というのは

(自分が感じている)『最悪の状態へ』変化しないために

今の自分が感じている感覚(ストレス)を抑えて

頭で納得するためのものであって

本当の意味でのポジティブな選択ではないのですね。


ストレス、いわゆる「やりたくない」とか「心地よくない」とか

「楽しくない」というネガティブな感覚を認識することができないというのは

結果的に、今、本当に何がやりたいのかもわからなくなり

いわゆる、意識が眠っている状態、と言えるわけです。

ネガティブ(闇)というのは「光が当たっていない場所」であって

意識が向けられていない場所、なのですが

実際、潜在意識のストレスを上手く認識できない人たちは

ほとんど松果体のブロッキングを起こしているということが

最近わかってきました。


こう言った性質が

どこから来ているかも、興味深いところなのですが

これまでわかってきた中では、脳と遺伝(それに関わる前世的なエネルギー)と

これまでの人生での環境からの影響があります。


例えば、宇宙遺伝で言えば、幾つかありますが、特にシリウス系遺伝があれば

ストレス(ネガティブな感覚)をうまく認識できない性質になります。

ストレスがないわけではないのですが

それに気づくことができないので

「これは~~のために必要だから」とか

「今、これをやっておいた方が得だから」とか 

「愚痴を言っても無駄だ」などと

とすべてを頭で計算して、理屈づけて判断するため

自分がやりたいかやりたくないか、喜びか喜びでないかという感覚で

選択できないわけです。


これはある意味、ビジネスマインドとしては、悪くないのですが

幸せマインドにはならないわけで

ストレスを認識できない人たちの脳を見てみると

幸せ感、満たされ感の脳内物質であるセロトニンも圧倒的に不足していることが多いです。

 

ちなみに(宇宙遺伝の話になると止まらなくなりそうですが)

ニビル遺伝があれば、今のストレスは感じることができても

先のことへの不安や心配が強いので、ストレスの状況下にあっても

いつまでも変化できないという状況になりがちです。

よく「ストレスに弱い」のは良くないことのように思われがちですが

本当の問題は、ストレスに弱いことではなく

責任や人からの評価や期待に対するプレッシャーに弱いことであって

潜在的に感じているストレスは認識する必要があるのです。

 

また逆に「私は楽をしているわ~」という人たちの中にも

この人生大変プログラムが作動していて

実際は

「チャレンジしない(変化しない)ことが楽な状態」だと勘違いしている

ことがあります。

「物事はそう甘くはない」「人生は大変なもの」と潜在的に感じているので

チャレンジ’したり、新たなことを始めないことが潜在意識の安全となっているので

変化できないわけですね。 

本当に、意識に人生大変プログラムがなければ

いつか楽をしたい、という状態にもならないし

今は楽をしているから、という感覚もないし

常に今にいながら、変化し続ける状態になるのです。

 

ですから、今、これをやっておいた方がいいから、という目先の損得ではなく

また楽でいたいから、という(困難を避ける意味での)損得ではなく

本当に自分が生きたい人生を生きるためには

今、潜在意識が感じているストレス(ネガティブな感覚)を

きちんと認識する力と

根底にある「人生は困難なもの」という認識を変えることだなあと。

 

例えば

「自分はまだまだ不十分」という感覚も

 「〜〜の期待に添えなくて、申し訳ない」という感覚も

「友人や周りが大変なので、何とか助けてあげたい」という気持ちも

「あの人にはわかってもらえない」という感覚も

「男性には守ってもらえない」という思いも 

すべてベースには、この「人生は大変なもの」 という意識なのです。

 

そして、「ストレスを認識できない性質」も

「人生は大変プログラム」は

好むと好まざるに関わらず、無意識にある意識なので

頭や意志の力で変えることができるようなものではないんですよね〜。


かくゆう私自身も、そこは完全にそこから抜けたとは言えない状態で

自己ヒーリングを行うと

いまだに「まだ「人生は大変」が(無意識レベルに)あるよ~」

と身体が伝えてくるわけです。


もちろん、自分の無意識がすべての現実を作っている

ということを充分にわかっているので

もし私自身に何が大変だと感じることがやってきたとしても

自分の内の声を聞けばその現実(のように見えるもの)はなくなっていくわけで

いつもは「人生は大変なもの」とは感じていないわけです。

(あ、今年のハワイでのクンダリーニ症候群の直後は、まさに

私のこれまでの人生の中で、最も「人生は大変」と感じることになったわけですが)

 

でも 例えば、セッションで「人生は困難なもの」という幻想に

どっぷり浸かってしまっている(その意識が困難な現実を作っている)

クライアントさんのエネルギーに触れると

「あ~、この方が、この幻想から抜けるのは、時間がかかりそうだなあ」

と、その幻想から抜けることができない大変な人々=人生は大変プログラムが

無意識に作動していたんですよね。


そこを紐解いていくと

今生でのサバイバルプログラムみたいなものは、もう出てこないのですが

神に捧げた前世だとか、指導者としての責任を負った前世だとか

遺伝的に受け継いだ性質などが出てくるので

これはそれは、多分、まだ残っているプレアデス遺伝からのものではないかなあと。

ということで、今月中には、その調整を行う予定なのですが

どうなることやら。 

 

と、その前に、明後日から、夏のバケーションでおさむと5日間のショートトリップで

メイン州にドライブに行ってきます~。

メイン州はロブスターなどが有名ですが、まだ行ったことがないので楽しみ。


みなさまどうぞ素敵な夏をお過ごしくださいね晴れ









最終更新日  2017年07月20日 05時48分30秒
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2017年04月30日
カテゴリ:つれづれ

以前、大和田菜穂さんのことを書いた時もそうだったけど

自分の感覚や感想を率直に伝えたいという思いに素直になっていくと

それが、何かへの批判やジャッジになってしまうのではないか?と

いう恐れが出てくることがあって、そうなると何も書けなくなってしまうので

ええ~~い、例え、そうなったとしてもいいや~っと、勢いでアップするか

いつの間にか、スルーしてしまうかになるわけです。


どちらにしても、すべてのことは、幻想と言えるわけで

私が感じていることも、これを読んだ方が感じていることも

実態のないイリュージョンと言えるわけですから

そういう観点では、何を書いてもいいわけですけどね。


とはいえ、別の次元で見れば、

ブログという不特定多数の人が読む性質上

基本的に個人名は出せないし、内容も事柄によっては書けないこともあるわけで

そのあたりを上手くスルーしつつ、伝える必要も出てくるのですが

昨日、まさにその辺の私の潜在的な恐れが夢に出てきました。

夢の中で、私は闇の世界を知って、それをみんなに知らせようとしていて

その闇の勢力のある人から

「このことをブログにアップしたら、明日にはあなたの身体は川に浮かんでいるだろう」

という、まるで火曜サスペンスのセリフのような脅しの言葉を言われて

「ひゃ~やっぱり、もう書けない~」とおののきながら、目が覚めました。


いや〜〜何を書いたとしても、川に流されることはないだろうとは思いますが泣き笑い

意外にそんな恐れがあったのね~と、我ながら笑えました。

昔はよく、肝が座っていると言われていましたが

ここ近年、父の性質である臆病さと、母の性質である達観癖が

両極端に出てくるのを感じていて、今後のテーマになりそうです。


さて、今回のハワイで、最も私が感じたのは

他の人に全く左右されず、自分の感覚を受け取ることというのは

難しいことだなあということでした。


私のこれまでの人生では、あまりそういう風に感じたことはなくて

誰がなんと言おうと、やりたくないことはやらない

というのは私にとっての人生の鉄則だったし

自分がどう感じているのか?は、常に意識してきたこともあって

それがよくわからない人の感覚の方が、よくわからなかったわけです。


でも、先日お話ししたように

リーダーとしての責任、ということに関わると

自然と自分の本来の感覚や女性性を抑圧していたり

また、尊敬する人が話している内容やエネルギーに

影響されて、自分本来の感覚を失っていたことに気づいてきたわけです。


それに気づくプロセスは、今回は決して楽ではなくて

一旦は、逆にわけが分からなくなる、というプロセスだったわけです。

これは、聖なる植物の影響なのか、それともクンダリーニ症候群なのか

どちらにしても、グラウンディング力が極端に落ちていたところに

その直後に行った3人へのセッションから(おさむを含めて)

いろんなエネルギーの影響を受けてしまっていて

DNAまでも変化してしまったことが

カラニリトリートに入る前には、筋反射でわかっていました。

ですから、その調整が終わるまでの期間は、自分が何を感じているのか

よくわからなかったのです。

例えば、宇宙人DNAで、シリウスやグレイなど

これまでの私は持っていなかったDNAまで、クンダリーニ症候群の後の

自己ヒーリングで出てきて、ショックを受けたわけです。


これまで自己ヒーリングは、不十分感からではなく

能力や可能性を高めたり、さらに自由に解放してためであったのに

今回は、問題の修復のために、自己ヒーリングをすることとなり

その期間は楽しんでやっていたというより、不十分感で一杯で

とにかく一刻も早く元に回復するのが第一でした。


例えて言うなら、あるスポーツをやっている選手が

それまでは、能力や感覚を高めるために、練習を続けてきたのに

ある時に、交通事故に遭って、足が不自由になったことがきっかけで

これからは、能力を高めるためではなく

元の状態に戻すために、リハビリや練習をしなければならなくなったかのような

気持ちになったと言えるかもしれません。


それで、気づいたのは、ここでショックを受けるということ自体、

私の中の「いつも前進、成長しなければ」という意識の表れなのだなあと。

そこに気づいてからは、焦ることなく

自己ヒーリングの’調整ができるようになったのですが

今回、こういったエネルギーを受けたことで

これまで感じなかった感覚を感じることにもなったのでした。


例えば、グレイのエネルギーがあると

被害者意識や人への不信感になり、傷つきやすくなるのですが

私も、今回、おさむに対する不信感や被害者意識が出てきて、さらなる怒りへとつながり

また、シリウス系のエネルギーは、自分の感覚の抑圧になるので

自分が何を感じているのかよくわからず

私は大丈夫、と達観してしまうのです。


こういう状態では、自分で自分のことは

本当にわかりづらいものなのだということが、よくわかったわけです。

だから、このクラスの参加者の中で

何人かの人が「のりこさんが弱っている~」

「のりこさん、大丈夫ですか?」と

と声をかけてくださったことが

「やっぱり大丈夫じゃないよね~」という自分の感覚を再確認する上で

大きな助けになりました。


私がクラスの最初の頃に、自分の感覚を封印して

オーガナイザーとしての役目を果たさなければとしていた時も

何人かの人に

「のりこさんが無理して(オーガナイズ役をやって)いるのが、ミエミエでした~」

と言われたり

また、クラスの間、修との摩擦が大きくなった時も

「のりこさん、修さんと何かあったのですね?」とすぐに声をかけてくれたり

すごい、みんな!何も言わなくても、私の状態や感じていることが

そのまま伝わるのね~、と感動でした。

(って、単に見た目に分かりやすい人なのかもですが泣き笑い )

 

ほとんどが私のキネシオロジーのクラスを受けられた方たちでしたが

そういった参加者の方々のおかげもあって

あの状態から、ここまで回復できたのだなあと。

みんな私の生徒だけど、同時に私の先生だったということが

これまでのキネシのクラスでもそうでしたが

今回はさらに感じたのでした。


さて、前回のお話は、アマテラスのことで終わりましたが

私はロンからアマテラスやアトランティスの話を聞くのは

今回で4回目でした。


1回目は2011年のATIH

2回目は2012年のフィボナッチのクラス

そして、3回目が去年のハワイのクラスです。


最初の2回は、とにかく感動でワクワクして聞いていました。

私たちの魂のルーツ、アトランティスのこと、ロンとアマテラスとの関わり

宇宙とのつながり、ユニティ、ワンネス、リメンバリング(思い出すこと)

ロンの話している、すべての話が、私にとって心を揺さぶられるものでした。


でも、今回のクラスでは、同じように感動している部分と

全く違う角度から聞いている部分の二つが共存しているのを感じていました。


アトランティスに関しては、私は昔から強烈に惹かれていたし

またクライアントさんのセッションでも、よく過去世として出てくることもあって

そういったことは信頼しているのですが

一方で、アトランティスだけが私たちの魂のルーツではなく

一つのエネルギーにしか過ぎないということも

ここ1、2年のワークを通じて、ひしひしと感じていたからです。


ヒーリングは「本来の自分を思い出すプロセス」であることは間違いないですが

「本来」というのが、一体何を指すか?によって

全く違うものになり得ます。


例えば、本来を赤ちゃんの頃の自分と設定したならば

胎児でお母さんのお腹にいる時にストレスを受けて

生まれてくる前に、原始反射や脳の問題があっても

それは本来の自分になってしまい、変えれないものとなります。


また、過去世の自分が、本来の自分だと設定したなら

そこからの要因や問題は、変えれないものとなるのです。


私にとっての「本来の自分」というのは

赤ちゃんや胎児の頃の自分ではなく、過去世の自分でもなく

そういったことを超えたところにあると感じていたし

(それが何かということは、言葉では言えないのだけど)

私がこれまでのセッションでやってきた中で

フィボナッチは、アトランティス云々とは関係なく

多くの人にとって、有効なものであると感じていたこともあって

すべてをアトランティスやレムリアという過去生に結びつけることに

少しずつ違和感を感じ始めていたのでした。


と言っても、ロンはホワイトブラザーフッドのエネルギーと

繋がっていることは感じるし

アトランティスは、彼にとって最も大切なことであることも

よくわかるのです。

ホワイトブラザーフッドというのは

いわゆるアセンテッドマスターのグループ的なエネルギーですが

ロンは18歳の頃から、ブラザーフッド・オブ・ホワイトテンプルという

学校で学んできた人なのです。

これは、モーリス・ドリールという人が設立したもので

今回のクラス1でロンは、ドリールことを話していましたが

エジプトからトートが書いたアトランティス語で書かれた

エメラルドタブレットを持ち返って翻訳し出版したという

とても実在の人とは思えないような人で

そんな人の元でずっと学んでいたわけですから

ロンにとって、アトランティスがすべての根源であるのも納得で

そこは打算でも何でもないわけです。


そして、このクラスの参加者のほとんどが

このアトランティスとの関わりを深く感じていたと思うのですが

今回、クラス3では、去年クラス1を受けた方々が参加されていて

改めてわかったのが

その多くの人が、このクラスを心から待ち望んでいて

ここをホームだと感じている、ということでした。

そして、このレベル3のクラスに来るまでの日本での生活が苦しかった、と言われる方が

何人もいたことに、改めて驚いたのでした。


それで、だんだんと気づいたのが、このロンが求めていた

「一体感」ということの意味だったわけです。

ロンは、このクラスの最後にも

「私たちはチームです」と言われていたのですが

つまりは、アトランティスから転生してきた魂が

今生では、人々の意識を高め、ユニティへと戻っていくプロセスのために

ここに集い、一緒にワークしてゆく、ということでした。


これは、フィボナッチのクラスを受けたことがない、あるサイキックの方が

「フィボナッチは個人プレーではなく、集団的にやっていくものですね」

と言われていたのですが、まさにそういう意味でのチームだったわけです。


そして、だからこそ、去年のクラスでも

みんながこのクラスで「一体感」を感じていたわけですが

一方で、クラスが終わって、日本やそれぞれの場所に戻ると

実際の生活では、アトランティスやレムリアとの深い関わりを感じている人ばかりが

周りにいるわけではないわけですし

そうなると逆に周りとの分離感になっていく可能性があるのだなあと。

家庭や仕事場の中で、周りの人々と一体感を感じることができていれば

何があったとしても苦しくはならないし、常に幸せの中にいることができるからです。


私の場合は、これまでは、いつもおさむと一緒にクラスを受けてきたので

そんな風には感じたことは一度もなかったのですが

今回、クラス2であるATIHは、ちょうど、私の父の四十九日と重なってしまったことで

そのクラスの期間は、日本に戻ったため

私はATIHのクラスは受けず、おさむだけ受けたことがきっかけで

この気づきにつながったのでした。

今回のハワイの旅の間、私とおさむの心が最も離れてしまったのは

おさむがATIHを受けた直後だったからです。


ATIH自体は、私もロンから受けて、素晴らしいプログラムであることには

間違いないと感じていますが

今回のクラスの直後、おさむはそこでの一体感に浸っていて

それが、逆に今回、それを体験しなかった私との分離感を生み出し

彼が言葉で上手く伝えれないこともあって

彼にとって「のりこにはわかってもらえない感」になっていました。

また、私は私で、おさむからケアされていない

という寂しさや悲しさにつながっていて

私がその寂しいという感覚を伝えた時に

おさむから「俺には感じられないんだから、仕方ない」と言われ

さらに虚しい感覚になったわけです。 

ハートを開くためのクラスであるATIHを受けたのに

なぜ、そんなことになったのか、その時は全くわかりませんでした。

 

もちろん、これらのクラスの中での一体感を感じつつも

家に戻って、家族や友人との深い一体感も

同時に感じることができる人もいるでしょうが

逆に周りとの分離感へとつながることもあるのだなあということが

あとから、気づいたのでした。

今回、私の父の四十九日が、ATIH と重なったというのも

今から思うと、ここに気づくために、必然だったのかもなあと。

 

こうして、先日、説明した五行の怒りの感情が終わってからは

次は、虚しさや分離感となり

最後は悲しみというプロセスを辿って行ったのですが

これまたシンクロなのか、その悲しみの中にいた最後の日に

参加者の中で、質疑応答の時間に、自分が感じたことをシェアするということで

性的な虐待について、話された方がいました。

彼女は、この人生で虐待された経験などなかったそうですが

この惑星クラスの間にそういうエネルギーを感じたとのことでした。


そして、私がクンダリーニ症候群の直後に感じたエネルギーが

まさにこの虐待されたという感覚だったわけです。

私自身も、虐待なんて、これまでの人生での経験はなかったですが

なぜかそういうエネルギーとつながり、

それをクラスの間にシェアする間、ポロポロと涙が止まらなくなり

一方の私は「何がそんなに悲しいのかしら」とも思っているのですが

一方は、男性には決して理解してもらえないという深い悲しみを

ひしひしと感じていたのでした。


こんな風にこのクラスは、フィボナッチやアトランティスということを超えて

深いエネルギーのシェアの場になり

それぞれが自分の感覚を率直に伝えていて

そのことに対して、ロンもとても感動していました。


今回のクラスが終わって、改めて気づいたのですが

私はこれまでは、ヒーリングをやるのが、とにかく楽しくて

これをやったら、どうなるのかもっと知りたいという好奇心だけで

どんどんやってきたのに、ふと気づくと

いつの間にか、地球救済軍に入って働いていた、みたいな感覚でした。


そして、今回でオーガナイズをやめるということが

その地球救済軍を抜ける、みたいな感覚にもなったのですが

ちょっと辛かったのが、今回、参加された方々は

本当に素晴らしい感性の人たちで

このクラスを通じて、深いつながりを感じたこともあって

来年もまたここで会いたい、という気持ちになったことでした。

はっきりと言えるのは、たとえ、アトランティスの過去生など全く関係なかったとしても

繋がっていたいと感じる方たちでした。


でも、私は地球救済軍も面白そうだけれど、やはり個人レベルで動いていきたいなあと。

セッションやクラスを通じて、それぞれが

自分の家族や友人や仕事場での深いつながりを感じたり

病気や身体の不調を癒したり 

また、お金や豊かさを高めたり

やりたいことだけを自由にやっていったり

それぞれの才能を開花させたり、

そんな個人レベルでの解放と発展を通じて

結果的に、それが地球全体の意識を変化させることにつながれば嬉しいし

たとえ、すぐには繋がらなくても、それはそれでいいなあと感じるのです。

 

もちろん、これからもフィボナッチは、セッションで使っていくでしょうが

これからは、これを広めることよりも、もっと多くの人々が

キネシオロジーの自己ヒーリングや家族や他の人へのヒーリングが

できるように、私のクラスにフォーカスして行こうと

ようやくすっきりと決心ができたのです。 


クラス3の時に、ロンにあのアマテラスの怒りに関して、どう捉えているのか

質問してみたのですが

ロンからの答えは、

「アマテラスは、もう弱い存在ではなく、パワフルなのだということを伝えてきた。

そして、それをみんなに私から伝えなければならなかったのに

「こんなことを日本のアマテラスに詳しいみんなに伝えてもいいのだろうか」

という私のエゴで伝えなかったために、アマテラスが怒ったのです。

あれは適切な怒りでした」という捉え方でした。


それは、私があの時に受け取ったメッセージとは違っていたのですが

それはそれでいいなあと。


「アマテラスを超えてゆけ」が

ロンにとってはどういう意味を持ったのかは、もう私にはどうでもよくて

それぞれにとってのメッセージが大切なのであって

私にとっては、そのメッセージは

「アトランティスを超えてゆけ」でもあったし

また「ロンを超えてゆけ」でもあったのだなあと。

ある意味では「ユニティを超えてゆけ」とも言えるのかもしれません。


ユニティのために何かをやって行く

のではなく、それぞれが自由に解放されていった結果

ユニティへとつながってゆくというか。

どちらにしても、私たちは深いレベルで繋がっているのですから。

 

今回のクラスの中での深いつながり感だけではなく 

先日、日本で家族とのつながりも深く感じたし

また、日本を発つ前に、30年来の友人と成田で話しをしたのですが

彼女とも魂レベルのつながりを感じたし

また、ニューヨークでの飲み仲間や友人とも

また、キネシオロジーのクラスやセッションを受けに来られる方々とも

またブログを読んで、共感してくれている方々とも、感じるのです。

それは、私たちの魂がどこから来たか?なんてことには

全く関係なく、ただつながっているという感覚です。

 

そして、不思議なことに、クンダリーニ症候群の後の自己ヒーリングでは

アトランティスの過去世が全く上がってこなくなったのでした。

それまでは、アトランティスの過去世は、毎回のように

自己ヒーリングでも、おさむから受けるセッションでも上がってきていて

これは、一生出てくるんじゃないか、というぐらいでした。

もしかして、ようやくここを抜けたのか

それとも今のところだけ出て来ないのかは、わかりませんが。


ということで、クラスの間、感じていたことを、ざっとまとめてみたのですが

(これで短くまとめたつもりなのあっかんべー )

こう長いと途中で挫折するよね。

ここまで、読んでくださった方、ありがとうございますどきどきハート


 

さて、私とおさむは明日、ニューヨークに戻るので

今日は1日は、ニックさんの家で、荷物の整理などをやっています。

(って、途中でやめて、こうしてブログアップしているけど)


きっとニューヨークは、これからの季節、春の訪れで心地よいことでしょう。

これからのセッションも楽しみだし、みんなと飲みに行くのも楽しみだし

また家の植物を新たに買いに行ったりするのも楽しみ。

(毎回、ハワイに行く度に、家の植物を人にあげてしまうので)


ちなみに、ダーリンは、ここしばらくずっと私のケアをしてくれて

とても優しいです。


マイダーリンは、私のエネルギーが変化すれば

それに合わせて、すぐに変化してしまうという単細胞生物なのであっかんべー

私が大変な時に支える強さや安定感はないものの

先日、惑星のチャートを読んでもらった占星術では

「秘書としては最適な人」な人なんだそう。

確かに、今回のクラスでも、みんなの送り迎えの手配から何から

細かくケアできていたし

結構、そういったことを楽しんでやれる人なんだなあと。’ 


ふふ、これからも当分は、私が引っ張ってゆくのです~ウィンク

ロンのいうとおり、女性はパワフルなのですから。


ということで、キネシオロジーのクラスへのモチベーションが

ものすごく高まっています。

詳細はまたアップしますね~。

 

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                                                                                 Photo by Kazumi Sakurai 







最終更新日  2017年05月01日 12時51分37秒
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2017年04月24日
カテゴリ:つれづれ

さて、ブログでロンのこと直接知らない人たちに話すのは

いろんな誤解を生むなあということは、百も承知なんですが

それでもわかる人にはきっと伝わるし

今の私の感じていることを記しておきますが

これは後から変化するかもしれませんから、話半分に聞いておいてねウィンク


今回、クラス3の参加者の中で、占星術に詳しい人がいらっしゃって

クラス全員の鑑定をしてくれたのですが

私も最後の近い日に、クラスが終わった後、見てもらいました。

占星術の鑑定や惑星音叉の仕事としてもされているYさんと

アロマテラピーと音叉のお仕事をされているMさんという二人が

同時にチャートを読んでくれたのですが

これが本当に素晴らしかった。

私の性質や性格はもちろん、人間関係やこれからの方向性なども

細かく見てくれて、それを聞くたびに

「そうそうそうなの、すごい、こんなことまでわかるのね~」と

感動だったでした。


それで、二人に言われたのが、

私は開拓者であって、常に何かを新しく始めていく人であるということ

直感力があり、サイキック的な力もあるので

それをさらに生かしていくのがいいが

これからは、社会的な成功というところにフォーカスした方がよく

例えば、本を書くなどやっていくのがいいということ。


正直、私は自分が好きなヒーリングさえできていればそれでよかったわけで

そういった意味では、十分に成功していると感じていたこともあって

社会的な成功というのは、どこかで避けていたことでした。 

サイキック力に関しては、自分ではずっと私はサイキックではないと

否定してきたことですが、今回、ドロシーとのことで

そこに関わっていた過去世を手放すことにもなったことも、一つのメッセージとも言えるし

星のチャートにも出ているというのは、やはり受け入れることが必要ということなのか。

社会的な成功にしても、サイキックにしても、共通してあるのは

もしそうなれば「自由でなくなってしまう」という感覚なのです。

こんな風に好きなことを自由に書いたり、言ったりできなくなってしまうのが

怖いのかもしれません。

  

また伝えてもらったのは、私の星的なことで言えば

何か新しいことを始めるのは得意でも

それを長く続けることができない性質であるので

土の要素を持つ人と組んだ方がいいということ。


そして、人間関係に関して、言われたのが、乙女座の人との関係では

ちゃぶ台をひっくり返すようなことになる、ということ。


ひゃ~~、ロンは乙女座で、おさむも乙女座なのです。。。。ショック

こういう内容でブログを書いていること自体

ちゃぶ台を引っくり返していることになるのか。。。


そして、あなたは表裏が全くない人なので

打算的なものを受けいれられないということ。


あ~~打算的なものがダメだということ。

実は、今回、もっともロンに対して受け入れられなかったのは

この「打算的なこと」だったのでした。


今から、考えてみると人間なのだから

時には打算的になってもいいわけで、それが嫌だということ自体

いい悪いの二元的だということだなあと。


そして問題が複雑になるは(実際は問題ではないとも言えるけど)

彼の打算は、決して、ロンの個人的な欲やエゴ

例えば、お金とか地位とかを求めるが故のものではない

ということなのです。

これは、クラスでロンの話を聞いていても伝わってくることだし

私がこれまで、ロンとあれこれをやってきた中でも

「あ~この人にとって、本当にお金なんてどうでもいいだなあ」と感じることは

何度もありました。

(だからといって、お金を求めることが悪いということではなく)

だから、彼の打算的なものを感じた時に、逆に混乱したというか

私の中での抵抗が起こったわけですが

それでは、何のための打算なのか?


そのことをお話しする前に、クラスの中でのことを。


クラス1がスタートしてからというもの

先日、お話ししたように

私はここにいない感や不安感や恐れの中にいたのですが

そういう時というのは、自分自身が何を感じているのかはよくわからないのに

相手のエネルギーに対しては、敏感になっていたりするわけです。

そして、去年とは全く違うロンのエネルギーに

一体、何が起こっているのかよくわからず

それは、さらに私を落ち込ませました。

でも、これは、私の感じ方の問題だから、と言い聞かせていたわけです。


ところが、今回、クラス1に参加した方の中で、5、6人から


「のりこさん、私が想像していたロンとは違いました」とか


「エリンを見ていると、ハートが開いてきて、涙が出てくるのですが

ロンにはハートが開く感じにならないのは、私の問題でしょうか』とか


『なんだかロンがこのクラスにいないという感じがしてしまうんです」

などの言葉を次々に言われました。


あ~、これを感じているのは私だけではないのだなあと。

そして、クラス1の人たちは、今回、初めてロンと会ったのに

そんな風に感じるなんて、なんという鋭い感性、というか

逆に言えば、敏感すぎるというか、エンパスなので

相手のエネルギーに同化してしまうということでもあるわけです。


なぜ、ロンがそうなのかは、私にはわかりませんでしたが

一つだけ言えるのは、ロンは、このクラスに意識を集中するより

これを次のクラスにつなげようと、焦っている感じがするということでした。

クラスの中で、ほぼ毎日のように、次のレベル2、3はいかに素晴らしいか

またATIHを受けたら、どんなに素晴らしいことが起こるかを伝えていたし

私は今回、早い段階で、次のクラスのオーガナイズはやらないことを

彼に伝えていたこともあって、次のオーガナイザーになる人が

この中からいないか、また他に知らないかどうかを参加者に尋ねていました。


私にとっては、必要とあれば、自然にオーガナザーは現れるだろうし

次のクラスの宣伝をしなくても、参加者の人たちが、クラスの中での実践や

それぞれ日本やニューヨークに戻ってから、このヒーリングを使ってみて

その素晴らしさを実感したら、今後、さらに深めたいと思うのは自然なことですから

なぜ、ロンほどのすごい叡智と力を持った人が

そこまで必死になって次に繋げようとするのか、レットゴーできないのか

最初は理解できませんでした。

(とはいえ、何となくはわかっていたのですが)


そして、クラスの中でのみんなからの質問に関するロンの答えというのが

何とも的を得ないことが多かったこともありました。

例えば、アトランティスやアマテラスの話などに関するものだったら

質問者が求めていた答えを話してくれるのですが

臨床的なことや症例などの質問になると

答えが全く質問者の求めているものとは、違った方向になってゆくのです。


例えば、私がクンダリーニ症候群に対して、もし具体的な対応の仕方などあれば

教えてください、とクラス1で質問した時のロンの答えは


「この世にボランティアでやってきた魂の中には

自らが症例になって辛い経験をすることで

結果的に、人々をヘルプしていくというお役目を

買って出た人たちがいます。

(つまりは、私がクンダリーニ症候群を体験したことで

そういう体験をする人たちをヘルプするということ)

それは、本当に素晴らしいことなのですが、私なら

ヘルプするのはいいけど、もう少し、お手柔らかに、と伝えるでしょう。

一つのところに向かうのに、もっと楽しく進むこともできるのです)


という答えでした。

いや、確かに私自身は楽に生きようと思っていても

そうはならないこともいろいろあったし

(だからこそ、このオーガナイズもやることになったわけで)

そのおかげで、人に対してのヒーリングも深くなったわけで

そういう意味で、それは私のハイヤーセルフなんだか

魂レベルでの導きとも言えるけれど

もういい加減「お手柔らかに」と言いたいというのは

もっともなことで、とても納得するわけです。

で、その場はそうだよなあと納得して終わったのですが

いや、待てよ、私がここで聞きたかったことは、そこじゃなかったんだけど。。。


と、そんな感じで、こういったロンの傾向は、去年もあったものの

今年はさらにそれが大きく出ていました。


おさむに言わせれば、

「ロンは、創始者だけど、ヒーラーとしての臨床経験が多いわけではないし

先生だから質問されたら、何か答えなきゃいけないと思って

自分が答えることができることを、適当に答えているだけなんじゃない?」

というのですが


いや~、それは違うんじゃない、ロンはわからないことはわからないという人だし

そんな単純なものじゃないと思うんだけど~


と思っていたら、他の人たちは

これに関して、それぞれ違った見解を持っていました。

例えば、ある人は

「あれは禅問答みたいなもので、私が質問したことの答えは得られないのだけど

 ロンの答えを聞いているうちに、自分が質問したかったことが何だったかも

 わからなくなって、いつの間にか、ロンの答えに

 ああ、これが聞きたかったのだ、と納得してしまうのです」


またある人は

「偉大なるマスターは、答えを言わずにヒントだけを与えて

相手が自分で答えを見つけるようにしたり

それを聞く人たちが、もっと聞きたいという思いを抱かせたりするのよ」

と言い、なるほどなあと。


で、私はどう感じたのかというと

ロンが何のために打算的になっているのか?ということを

感じていった時に、ハッとわかったのは

ロンと私たちが捉えているヒーリングというものに対する捉え方が

全く違うのだということに気づきました。


ロンにとっては、症例とか、これにどう対応するか、とか

さらに言えば、病気やいろんな問題を癒すとか

そういった個人的な幸せや喜びは、どうだっていいのだ、ということでした。

いや、どうだっていいというのが語弊がありますが

少なくとも、彼がこのフィボナッチやATIHやアーキュトニックを広げようとしている

メインの意図ではないというということです。


そして、そのメインの意図のためにロンが(無意識的に)使っていたもの

その一つがアマテラスの存在だったのではないかということでした。


さて、このクラスには、サイキック力のある人が何人かいたのですが

(いや、潜在的なサイキック力という意味で言えば、ほぼみんなそうでしたが)

クラス1に参加された方の中で、上からのメッセージを

チャネリングする方(Nさん)がいました。


彼女とは、お会いするのは、これで3回目でしたが

2回目は、前回の東京初級クラスに参加されて

私との過去世を覚えていた方です。


正直なところ、このチャネリングというのは

私はそこまで信じておらず、というのも

そのチャネリングしている人、いわゆる媒体になっている人の

エネルギーに左右されることが大きいので

その媒体になる人によっては、高次の意識にチャネリングしているようでいて

実は違っていた、なんてことも起こりえるからです。

これまで、そこまで完全なピュアなエネルギーの状態でいるチャネラーには

ほとんど出会ったことはなかったし

それぞれに偏ったものになってしまうのも、仕方ないなあと感じていました。


さて、そのNさんがロンに対して何らかの納得できない

感情を持っていることは

初日の自己紹介の時にも彼女がみんなの前で伝えたこともあり

わかっていましたが、それは彼女の個人的な問題から来ているものなのだろう

と思っていました。

彼女の問題として、一度、チャネリングが始めると

それを自分の意思では、止めることができなくなる、ということと

そして、降ろしてきたメッセージについて

彼女自身が全ての意味を理解できないので、相手にきちんとそれが伝わらない

ということがありました。


そして、クラス1の最終日のこと。


質疑応答の時だったか、何の時だったかもう忘れてしまったのですが

突然、Nさんが「もう抑えられない」と言い出し

いきなり、チャネリングがスタートしました。


それは、私は全く聞いたことがない言語で、彼女はそれを

明らかに怒りに満ちた激しい口調で語りながら

ロンに近づき、ロンに対して、激しく迫りました。

そして、ロンの前の机にあった細胞の模型やグラスなどをつかみ

周りに投げ捨て、激しい怒りをあらわにしたのでした。


それをロンは落ち着いて、静かにそれを聞きて

受け取り、頭を下げていました。


クラスの中で、何人かがすすり泣いていて

その時、みんなが、どういう思いだったのかはわかりませんでしたが

私は「あ~やっぱり来たなあ」と

この事態になることをどこかで知っていたように感じて

全く驚きませんでした。

むしろ意識のどこかに「ロンは怒られて当然」

みたいな感覚があったのに、後から気付きました。

ただ、Nさんに対して、こんな思いをするのはさぞ大変だろうなあと

彼女の心が癒されることを祈っていました。


Nさんは最後に

「アマテラスを超えてゆけ!」

と日本語でのメッセージを伝えると

全てのチャネリングが終わり、すっかりいつもの自分を取り戻し

ロンに対して謝っていました。


全てが収まった後、ロンはみんなに

「今の言葉は、たぶん、マウリ語です。

マウリは、レムリアとの深い関わりを持っている民族です。

マウリの人たちは、最初に出会う人に怒りを見せて、

相手に自分を見せろ、と伝えるのです。

それに対して、恐れたり、怒ったりすることなく

自分を見せたら、マウリの人たちは受け入れてくれるのです」


と話してくれました。

そして、そのクラスの後、ロンが話してくれたのは

「最初は私もどうしたらいいか、わからなかった。でも気づいたのだ。

ああ、彼女は、本当にアマテラスのエネルギーのチャネリングをしているということを。

あの日の朝、私はアマテラスからのコンタクトがあったのです。

そして、それをどうみんなに伝えていいのか、わからないでいました。

そして、そのエネルギーとリンクしていたのです」


その時は、私自身はあのエネルギーをどう捉えていいのか

よくわからず、最後に彼女の言った言葉

「アマテラスを超えてゆく」ということの意味も

どういうことなのか、わかりませんでした。


それでも、直接、そのことについて彼女と話すチャンスはなく

クラス1が終了し、その次の日、私は

父の四十九日のためにカラニを出発して、日本に向かいました。


私は参加者の中で二人と同じ飛行機だったので

おさむに送ってもらって、ハワイのヒロ空港で、おさむと別れ

そのあと、空港で3人で話しながら、

搭乗時間までの時間を過ごしていました。


そして、あと10分で搭乗が始まるという時でした。


Nさんが後ろから駆け込んできたのでした。

彼女は次の飛行機だったのですが

少し早く空港に着いたとのこと。


そして私と会話しているうちに

また何かが降りてきたと、幾つかのメッセージを伝えてくれて

「のりこさん、もっともっと正直になって」

と伝えてくれました。

「いや、もう私があれこれと言うことではないから」

といった時に彼女は私の手を取って

「みんなあなたを信頼しているから、ここまで来た。

あなたが正直にならなければ、違った方向に行ってしまう」

と言いました。

私は、彼女の目を見つめた途端、ど~~っと涙が溢れてきました。

 

「ああ、そうだったのだ」と改めて気付いたのでした。

 そうして、私は、あの時、なぜアマテラスが怒っていたのか

彼女の目を見ていて、やっと理解できたのでした。


「私は正直になりたいから、今回でこのオーガナイズをやめるの」


と彼女に伝えました。


実は、こういったロンとのやり取りを含め

これはあくまでも私の見方であり感じ方でしかないので

私の胸のうちにしまっておこうと思っていたのですが

彼女に言われたことで、私はより正直に生きる勇気を頂いたのです。

(ちゃぶ台、引っくり返すことになってしまうかもだけど泣き笑い )


これまでのアマテラスとロンとの深い関係に関しては

嘘はありませんでした。

だからこそ、今回、アマテラスの怒りがあったのでしょうから。

ただ、もうアマテラスを使うのはやめて

ロン自身で勝負しろ、というメッセージだったのではないかと。

それが、アマテラスを超えてゆけ、という言葉に現れたのではないかと。

 

物語は続きます~~。

 








最終更新日  2017年04月25日 16時58分45秒
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