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つれづれ

2021年06月21日
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カテゴリ:つれづれ

先日、近くに住んでいるKちゃんが、美しいバラを持ってきてくれました。

Kちゃんの彼女が、お花屋さんなので、彼女からのりこさんに、と言って

渡してくれたのだそう。なんと優しい。

しばらくバラの香りに包まれて過ごしました。




さて、話は変わりますが

先日のセッションで「使命感」というのが出てきたので

そのことについて、しばらく思いを巡らせていました。

30年来の友人、Kちゃんとよく

「のりこは、昔は、人生暇つぶし、ってよく言ってたな~」

と、当時の思い出話をしたりするのですが

確かに、当時は、本気でそう思っていて

何かやりたいことを見つけて、それに向かっていく人生ではなく

今この瞬間瞬間を楽しむ人生にしたい、という思いがあって

使命感なんて感覚は、私の中には、かけらもなかったなあと。

というより、そう言うものを、4、5年前まで

無意識に避けてきたことに改めて気づきました。

私は今でも「人生暇つぶし」の感覚はあって

人生を寝て過ごそうが、何かを頑張って人に貢献しようが

その人の価値は何も変わらないというのが

意識のベースにあります。

例えば、いくら頑張ったり、人に尽くしたとしても

もしそれが苦しかったり辛い人生なら、そういう苦しいエネルギーを

周り(集合意識)に与えているわけで

それなら、例え、何もしなくても、楽しく暮らしているのなら

そちらの方が、ずっといいわけなんですよね。

これは、多分、私の母からの影響も大きいなあと。

昔から、私の母は、例えば、私が何か報告すると

必ずと言っていいほど「楽しかった?」

と聞いてくるのですが、私が

「楽しかったよ」

と答えると

「それはよかったね~」と、そこで、全ての話は終わります。

母にとっては

「楽しければ、全てがよし」なのです。

母の父、つまり私の祖父は、市会議員であり、神主で

祖父が脳梗塞で神主ができなくなった後は

母の母、祖母が後を引継ぎ、神主となり

人々のために尽くしてきた人だったわけですが

私が子供の頃、祖父母を見ていても、幸せそう、楽しそう

には見えなかったわけで

だから、母も、きっと、そう言う両親を見ていて

自分は人生を楽しんで生きたい、と言う思いが強くなったのだろうなあと。

母は、普通が一番、平凡が一番とよく言って

ある意味、その普通を全うした人生だったわけです(まだ生きてるけど)

そう言う母の意識の一部が、私の意識の一部となって、引き継がれていて

何か使命に生きることに対する抵抗感みたいなものは

思い返せば、もう10代の後半ぐらいには、私の中に芽生えていたなあと。

で、この前のサクラちゃんのセッションで、面白かったのが

最初の方で、さくらちゃんが

『「私はスピリチュアル的存在からの不満を手放します」

と言う文が、アファメーションブックから選ばれているのですが

何か心あたりありますか?』

と聞いてこられたので、

え?どう言う意味?と、よくわからず。

自分自身に対しても、人に対しても、不満や不足と言う感覚は

私の中には、感じられなかったので

最初は、ピンとこないアファメーションだったわけです。

ちなみに、ここでの「スピリチュアル的存在」というのは

「スピリチュアルな自分の人生や生き方についての信念を

私たちが世界に投影している部分」のこと。

通常、多次元キネシで、ピンとこない情報が上がってきたら

まずはブロッキングを疑って調べるわけですが

これは、ピンとこないけど、ブロッキングではない

という言うことは、何となくわかるんですよね。

で、その後、さくらちゃんが、筋反射で年齢退行して

「2017年」

という年を挙げてきて、そのあたりから

少しずつ、その文の意味するところが見えてきました。

2017年というのは、私がクンダリーニ症候群になった年で

その時の体験から

ああ、宇宙系遺伝は、こんなに私たちに影響を与えているのだというのが

実感として理解することになり

そこから、さらに研究や調整を重ねて

これを多くの人たちに広めて行こうという強い思いが生まれ

ある意味、それが使命感、につながったわけです。

だから、2017年は、私にとって人生の大きな転機の年で

それが2019年への離婚へとつながったのだなあ

ということは、何となく思っていました。

そして、私の意識に

「使命に生きれば、個人の幸せは諦めなければならない」

みたいな感覚がある

ということが、見えてきたわけです。

ああ、これがスピリチュアルな信念が、世界に投影している部分だったのか。

その意識があるから、それが私の現実として投影されているという。

思えば、「アルクトゥルスから地球人へ」の本の中に

サナート・クマラだったか、使命のために、愛する人と別れて暮らした

みたいな記述があって

アルクトゥルス人にとっても、使命と個人の幸せを両立させることは

テーマである、などと書かれてあって

「アルクトゥルス星人でさえそうなんだから、人間の私たちが

両立するのは難しいよなあ」と思ったわけです。

ああ、でも、それが、無意識に私の信念体系となり

その意識で世界を見ていたとしたら?

例え、アルクトゥルス星人にとって、それが本当にテーマだったとしても

私もそうであるとは限らないわけで

そんな信念体系を持って世界を見ていれば

それがまさに私の現実となってしまうでしょう。

なるほど~
不満という感覚ではないけれど
満たされない部分、ということで捉えれば
納得するアファメーションで面白い。

さて、そのセッションの翌々日。

その日は、雑誌社と合同で行うワークの内容を提出する
締め切り日だったのですが

ギリギリになっても、やはり抵抗感があって

取り掛かろうとしない自分がいたので

あ~これはまた自己調整するしかないか、と

筋反射で情報を拾って行ったら、最初に出てきた文章が

「私は仕事に関して、さらなる責任を引き受けます」

というもので、え~~~と思わず、唸りました。

なるほどな~。

私は、もうこれ以上、責任を引き受けたくないと感じていたのは

これ以上、引き受けたら、個人の幸せのための時間やバランスが

取れなくなってしまうような気がしていたんですね。

何だか、ガイドから

「ぐちゃぐちゃ抵抗してないで、いい加減、覚悟を決めてやらんかい!!」

と喝を入れられたような気になりました。

は~~。。。ほえー

了解です。

私が負う必要のない責任は手放して、使命と個人の幸せは両立させて

責任をさらに引き受けてゆくことは、楽しみま~す泣き笑い







最終更新日  2021年06月22日 13時49分33秒
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2021年05月09日
カテゴリ:つれづれ

昨日は、ユニバーサルリトリートの参加者とのオンライン交流会を行いました。

リトリート終了後、2週間経っていて

久々にみんなと集まり、みんなの話を聞くのがとても楽しみでした。

今回は交流会だけなので、私は特に何も準備をせず
ただみんなで飲もう♪とワインを冷やしていただけでしたが

当日の朝、寝起きに突然

「自由について再定義して、みんなにシェアしなさい」

というメッセージをガイドから受け取りました。

そのメッセージが降りてきた途端、これまでの様々なことがドド~っと
私の中で一気に繋がってゆきました。

私は寝ぼけ眼のまま、起きて

再定義した言葉をコンピューターにメモしました。

そこに至るまで、いろんなことがありました。

詳しい話は、ここには書ききれないのだけど

一つは、私の旧来の親友の存在がありました。

彼女は、素晴らしい音楽の才能を持っている人でしたが

十数年前から、音楽から遠ざかり、家族のために生きてきた人でした。

彼女曰く

いつしか私の何もかもが小さく小さくまとまって
主張もなければ希望もなく、なんとも味気ないまま
寿命までの消化時間のようなときが、淡々と過ぎてゆきました」
とのことでした。

そして、1年前に、初めて彼女へのセッションを行った時に

宇宙から与えられたのは
「自由に生きること」
「自分に与えられたギフト(音楽)を
多くの人と分かち合ってゆくこと」

というメッセージでした。

その後、彼女は、様々な宇宙からのギフトを受け取りながら

音楽を再スタートするための準備をし

そして、ユニバーサルリトリートに参加して、そこで後押しされて

先日、フェイスブックでリトリートの参加者に

十数年ぶりに作ったという新曲を2曲シェアしてくれました。

聞いているだけで癒しが起こる美しい曲と歌でした。

彼女が、再び、自分の夢を追求する旅をスタートしてくれた

私はそのことがとても嬉しくて

彼女の曲を聞くたびに、彼女のこれまでの想いと

そこから飛び立つことができた祝福と喜びを受け取り

涙が流れました。

そして、自由に関して、私の印象に残ったことの

もう一つは、昨日の交流会の前日に行った

あるクライアントさんへのセッションでした。

その方は、今回、私のセッションを初めて受けられた方でした。

テーマは「やりたいことがあっても、モチベーションが上がらない」

ということでしたが

なぜモチベーションが上がらないのか

たくさんの要因が上がってきた中で

出てきたことの一つとして

「感謝しすぎる」という言葉でした。

それで話をよく伺ってみると

辛い子供時代を経てきたけど、様々なヒーリングを行ってきて

今は、幸せな家族にも恵まれて、幸せを感じていること

そして、小さな頃から、身体的な問題があり

本来なら死んでしまうところを、命を救われたこと。

なので「私は生かされた」という感謝があり

「もう生かされいるだけで十分、これ以上、私は何もいらない」

という想いから

宇宙に「もうこれ以上、私に何も与えないでください」

と祈っていたということでした。

それに対して、彼女に宇宙から与えられた言葉が

「(あなたが生かされたことによって)

夢を追求するチャンスを宇宙から与えられたことに感謝しなさい」

というメッセージでした。

それまで、私は彼女のインナーチャイルドに触れて

涙を流していたのですが

途中でそのメッセージが出てきた途端

もう溢れる涙を止めることができませんでした。

実は、その時、私の中にあったのは

数年前にガンで亡くなった、友人のちずちゃんへの想いでした。

生前、ちずちゃんは

「こんなことやってみたい」とたくさんの夢を語ってくれていました。

ちずちゃんが亡くなってから、私は

「もしちずちゃんが生きていたら、きっとこれをやってみたい
って言うだろうな」とか

「もしちずちゃんがここにいたら、きっとこのリトリートを

一緒に盛り上げてくれたのだろうな」とか
ハワイに行った時は

「また、一緒にちずちゃんとここに来たかったな」とか

何かにつけて、ちずちゃんのことを思い出していました。

ああ、どんなにちずちゃんは生きて、たくさんの夢を叶えたかったのだろう。

たくさんの才能に溢れ、ビジョンを見る力も行動力もあった彼女のこと
もし生きていたら、きっといろんな夢を叶えていっただろうに。

ちずちゃんのことを思い出す度に

「私は、今ここに生かされている。

だから、ちずちゃんの分まで、自分の夢を叶えていこう」

という想いが意識のどこかに常にあったなあと。

だから、この日のセッションで宇宙から

クライアントさんに対して与えられた

「(生かされて)夢を追求するチャンスを与えられたことに感謝しなさい」

というメッセージが、このセッションで出てきた時に

ちずちゃんの存在は、ここ数年間

私が夢を追求してゆく原動力の一つだったことに

今更ながら、気づきました。

そして、このメッセージは、このクライアントさんだけに対してだけではなく

私たち全ての人に対してなのだと。


昨日の交流会は、約100名の人が参加してくれました。

私は、この日のテーマである自由について

音楽を再スタートした旧友のこと、そして
前日に行ったセッションのことをみんなにシェアしました。

そして、またシンクロというか

交流会で、ゆうきちゃんがシェアしてくれたのが

「なぜか、昨日、ふっと降りてきたメッセージがあって

それが、自由、命、使命という言葉だったんです。

使命とかって、普段はあまり使わない言葉なんだけど

その言葉が降りてきた時は、自然と、ああそうだ、って納得して」

と伝えてくれて、びっくりしました。

命がある限り、自分の夢を自由に追求していくこと

それが、私たち一人一人に与えられた使命なのだ、ということ。

まさに、この日、私がみなさんにお伝えしたかったこと、そのままでした。

私がセッションの中で、宇宙から受け取った同じ日に

ゆうきちゃんも同じメッセージ受け取ってくれたことが
とても嬉しくて感謝でした。

そして、宇宙はさらなるシンクロを用意してくれていました。


実は、リトリートの交流会の前日、私はある方と数年ぶりに

メールの交換をしていました。

その方は、以前、ニューヨークにお越しになった時に

一緒にご飯を食べに行ったりした関係だったのですが

今回は、事務的な用件として、在庫確認のお問い合わせとして

メールをしたのですが

リトリートの交流会が終わって直後、彼女からのメールの返信を見て

一瞬、言葉が出てきませんでした。

そこに書かれてあったのは

おりしも、本日5/9は、ちずちゃんが無くなってちょうど3年目の日となります。

そんな日に、のりこさんとメールのやりとりをしているとは、

天国でちずちゃんが見ているかもしれませんね(*^-^*)」

という言葉でした。

私は、この日がちずちゃんの命日だったことも

また、この彼女が生前、ちずちゃんと、とても仲がよかったことさえも

すっかり忘れてしまっていたのです!

なんという、宇宙の采配なのか。

「夢を追求するチャンスを与えられたことに感謝しなさい」

その言葉を宇宙から与えられ

ちずちゃんのことを想い、涙して

その言葉をみんなにシェアした日が

ちずちゃんの命日だったなんて。
そのことも知らずに、ちずちゃんと仲のよかった友人に
別の用件で何年かぶりに連絡を取っていたことも。

おんおんと声を上げて泣きました。

今も、これを書きながら、涙が溢れてきます。


ちずちゃん、いつも見守ってくれてありがとう。


あらゆることが繋がっていて

私は今、ここに生かされて

自分の夢を追求する自由を与えられている。

そのことに感謝してもしきれません。

私の大切な友人であり、今、ユニバーサルラブプロジェクトを
支えてくれている、ちさとちゃんとの出会いも
最初、ちずちゃんがちさとちゃんに
私を紹介してくれたことで繋がったのでした。

これまで出会い、繋がってくれて
様々な影響を与え合っている全ての人たちに。

天で見守ってくれている大切な人たちに。

いつも多大なる愛とサポートを与えてくれるマスターや宇宙存在に。

ありがとうございます🙏









最終更新日  2021年05月10日 12時58分13秒
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2021年04月15日
カテゴリ:つれづれ

一昨日、私の古い友人が、天国へと旅立ちました。

亡くなったDさんは、享年79歳。

私とは20歳以上、歳が離れていますが

友人というか、歳が離れた兄貴みたいな存在の方でした。

と言っても、もう随分長い間、連絡は取ってなくて

連絡先も分からなくなってしまったので

「お元気にされているかなあ」

「まだ得意のダンスは続けていらっしゃるかなあ」と

たまに、ふっと思い出したりしていたのですが

昨日、ある方が知らせてくれて、Dさんが

5年前から肺を患っていたということを初めて知りました。

そのある方というのは、私が昔付き合っていた彼、Fちゃんで

Fちゃんを通じて、私はDさんを知ったのでした。

Fちゃんは、当時、ニューヨークで仕事をしていて、取引先の人である

Dさんをとても慕っていて、それで私にも紹介してくれたのだけど

私はすぐにDさんと意気投合して、3人でニューヨークのバーの梯子をしたり

時には、3人で、NY近郊の小旅行に出かけたりして、よく遊んでいました。

私は、Fちゃんとのことを相談するために

Dさんと二人で飲んだことも何度かあって

どんなことでも話せる本当の兄のように感じていました。

Dさんは、とてもユニークな人で、すごく毒舌なのですが

根底に人間愛とユーモアに溢れていて

彼の発する言葉の全てが面白くて、私は、いつも笑い転げていました。

どこに行っても、誰に対しても、彼は気さくに人に話しかけて仲良くなって

彼のいるところは、いつも笑いが絶えませんでした。

Dさんには、愛するとても美しい奥さんがいて

いつもは毒舌な彼が、奥さんの前では、いきなり

大人しくなってしまうのも、また面白かったです。

3人で過ごす時も、FちゃんとDさんは、よく仕事の話をしていましたが

私は、二人の男性が話す男のロマン

のような仕事の話を聞くのが大好きでした。

先日のリトリートで、仕事は喜びです、というようなことを

私はお話ししたのですが

私が出会った人たちは、みんな仕事に喜びや情熱を持って
やっている人が多かったなあと。

私たちの脳は、自分自身が体験したことだけでなく

自分の周りの親しい人たちが体験したことも

同じように、自分の経験として取り入れます。

これまで出会った方たちの経験やそこからの感覚やエネルギーが影響して

私の意識のベースができてきたのだなあということを
つくづく思います。

当時、3人でよく遊んでいた私たちですが

ある時、Fちゃんは、ニューヨークでの任期が切れて

日本に戻ることになり

私は迷った挙句、彼と日本で結婚することに決めて

一緒に日本に戻りました。

Dさんは、私たち二人の結婚の仲人をしてもらう予定でした。

でも、Fちゃんの家庭のこともあり、思ったようにスムーズにいかず

2年半かけて、結納まで行ったものの

最終的に、私は結婚することを諦めて、彼と別れ

一人ニューヨークにまた戻ってきたわけです。

で、半年ぐらい経った頃だったか、

その頃は、もう日本に帰国していたDさんが

ニューヨークに出張でやってきてお会いしたのですが

その時にDさんが

「のりこの選択は、全てよかった。

あいつを愛して、結婚を決めて日本に戻ったことも。

そして、結婚を諦める選択をして、ニューヨークに戻ったことも。

全てが、完璧だったよ」

そう言ってくれた時に、ものすごく救われた気持ちになったのを

今でもよく覚えています。

当時、私はちょうど、オスカーブラウンと知り合って

音楽のCDを制作したいと思っていた時で

Dさんに「CD制作のための3万ドルを出資してください」

とお願いしたのでした。

後から思えば、例え出資しても

彼にとって、何の得にもならないのに

そんなことをお願いした自分に呆れるのですが

Dさんは、ほとんど二つ返事がオッケーしてくれて
そのおかげで、私は、またたくさんの経験をすることができたのでした。

私の人生の豊かさに関わる大切な人だったなあと。

Dさんのお葬式は、身内だけで行われるとのことでした。

Fちゃんとも、もう10年ぐらい連絡は取り合ってなかったのですが

「伝えるかどうか迷ったけど」と前置きしつつ

彼の旅立ちを私に連絡してくれたことに、感謝で一杯です。

Dさんと出会ったこのニューヨークで、私は彼のご冥福を祈ります。

彼のことだから、きっとあの世でも
ジョークを飛ばしつつ、最高に楽しんでいることでしょう。


親愛なるDさんへ。
私はまだあと40年ぐらいは、こっちにいて
やりたいことやってると思うけれど
そっちに行った時には、また一緒に酒飲もうねハート(手書き)

ありがとう🙏









最終更新日  2021年04月16日 16時36分46秒
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2021年02月10日
カテゴリ:つれづれ

明後日は、リトリート配信の日で

今回は女性性がテーマなのですが

そのプログラムを作る過程の1週間で

私の中で、様々な気づきや変化が起こっています。

女性性を真に理解するためには、男性性への理解が必須なので

今回、女性性、男性性のキーワードをあげながら

私なりの女性性、男性性の意味を捉え直しているのですが

そのプログラムを作るプロセスそのものが

私にとっての癒しや変容になっていると言うことに気づきました。

女性性に関しては 少なくとも15年以上は私のテーマだったし

宇宙系遺伝から女性性を紐解いて、調整していくことは、ここ何年かやってきたのですが

今回、自分の中の男性性に注目して、それが女性性にどう関わっているのか?

と言うことを紐解いてゆくにつれて

これまでは、私は男性性が強いが故に、女性性が上手く発揮できない

と思っていたのですが

むしろ「私の満たされている男性性が、女性性をケアし、守ってきた」

と言うことが、はっきりと理解できて

「私の中の男性性は、なんと頼もしくて、満たされているのかしら」と

自分の中の男性性に感謝する、ということを

生まれて初めてやりました。

私は、女性性が低いと言うよりも

私の中の男性性が、完全に満たされているが故に

どうしても、女性性が遅れを取ってしまっていて

でも、私の中の男性性はそこを(論理的に)理解していて

私の中の女性性の感覚を押さえつけることなく
(ちょっと待ってて、後でケアするから、と後回しになることはあっても)
いつも私の女性性を守り、導いてくれていて

ああ、だから私は基本に人への親密さや自分への信頼が持てるのだなあと。

で、どうして、私の男性性はここまで満たされているのかしら?と見ていくと

やはり、両親との関係で

私は両親に、子供の頃からずっと、ものすごく認められたのだと言う

ことを改めて思いました。

母は、認めるを超えて、私を尊敬してくれていて

例え、私にとって、特に大したことではないことであっても

「あなたは、ほんとすごいね~」としみじみと尊敬の眼差しを

私に向けていて、今でもそれは変わらないです。

父は、言葉で褒めると言うことはあまりしない人でしたが

子供のころ、一緒に将棋をしたり、キャッチボールしたり

難しい数学の問題を、どちらが早く解けるか競争したり、

そんな遊びや学びの中で、私のことを

とても認めてくれていることを感覚として実感していました。

そして、私自身も父を尊敬し、小学校の頃
「最も尊敬する人」というテーマで作文を書いた時に
私は、迷いなく、父を選んだことを思い出しました。

男性性は「認められること」によって満たされ

女性性は「愛されること」によって満たされます。

なので、子供の頃から、周りに認められてきた私の男性性は

満たされることができたのだなあと。

一方、子供のころ、私は認められることの方が大きかった故に
実際は、とても愛されていたにも関わらず

女性性の「ありのままの自分が愛されている」と言う実感を

なかなか持つことができず

そのことに、もう10代の頃から気付いて

無意識に、できるだけ認められないようにしよう、と頑張っていました。

そして、高校の頃の恋愛によって

ただ女性として愛される、と言うことの喜びを知ってから
いつの間にか

「男性に愛されるためには、ダメな自分、弱い自分、できない自分を

出してゆく必要がある、男性に認められてしまったらおしまいだ(愛されない)」

という、私なりの信念体系みたいなものが出来上がっていました。

少し前に、私の30年来の親友と話したのですが

彼女が

「のりこちゃんが当時(20代前半の頃)よく言っていたのは

『S君(当時の彼)に私のダメなところをいくら話しても

彼は最終的にいつも「のりこはすごい」になってしまうのよ』

とがっかりして言っていたのよ」

と私に話してくれて、ああほんとそうだったわ~

と当時の感覚を思い出しました。

大学1年から5年ほど付き合った彼がいたのですが

その彼は、何かに付けて

「のりこは本当にすごい、度胸がある、チャレンジ精神がすごい」

などと、私を認め、尊敬してくれていて

そのことは、もちろん、嬉しいのだけれども

一方で、何か満たされないものがありました。

で、20代、30代、40代、50代と進むにつれて

私の中の女性性と男性性は、その時々の仕事や彼との関係で

女性性優勢となったり、男性性優勢となったり

いろんな経緯を得てきたのですが
やはり、仕事をしていなかった頃は、女性性が大きく発揮されるのですが

仕事をすればするほど、男性性優位になってしまいがちで

そこは、かなり女性性を意識していかないと
バランスが取れないことも実感してきました。

そして、最近、少しずつ、このバランスを取り戻している感じがしています。

先日、元パートナーが私のセッションを受けに来た時に

「1年近く会ってなかったのに、よく、私のセッションを

受けようと言う気持ちになったね~。(男のプライドとかも)色々あるだろうし

普通は、離婚した彼女のところにセッションとか行かないよね~」

と言ったら

「そんなプライドはとっくに手放した。

セッションを受けるなら、のりこしかいないと思っていた」

と言ってくれて、わ~セラピストとして信頼してくれているというか

私が、彼に対しして完全にわだかまりを持たず
彼に必要なセッションを行うことを信頼してくれているのだなあと

とても嬉しかったのですが、一方で、これってやっぱり

私の中の男性性の強さ所以だなあと。

愛されるより、認められてしまう性(さが)というのか。

もし、私の持っている信念体系の通りに「現実」が作られてしまっているのなら
これから、私の意識にある信念体系を変化させて
「認められても愛される」に変えてゆく必要があるのだなあと。

そして、最近、改めて気付いたことは、私の男性性が満たされている故に

相手の中から

「男性の中の女性性」が出てきた時には、とても居心地よく感じる

ということでした。

例えば、男性が弱さを出したり、甘えたり、頼ったりするのは

私にとって、とても自然に楽にいられます。

でも、一方で、男性の中の男性性、しかも「満たされていない男性性」

が出てきた時には、上手く対応できないのです。

満たされてない男性性、つまり自分は認められてない、認めて欲しい
というエネルギーが相手から強く出てくると

私自身が「認められてきた」が故に、そこに寄り添う方法がわからなかったというか

私の中の感覚としては

「え?もう十分、認めているのに??」となってしまうのです。

実際、言葉に出して、最大限に相手を認めているつもりでも

その人自身が自分を認めない限り、エネルギーは変わらないことが多く。

これは、男性だけでなく、女性に対しても同じで

私に対して、認めて欲しいオーラを強く出してくる人は

セッションを行うのは大丈夫でも

プライベートでの付き合いは、避けたくなります。

この「満たされていない男性性」に対して、どう対応するのかが

私にとってテーマの一つだったのですが
今回、私の男性性がどれだけ満たされているのがよく理解できたので
これから何かが変化しそうな気がします。

そんなプロセスをやっている中、一人のリトリートの参加者の方から

メールを頂きました。

それには、その方は、最近、他の方のセッションを受けた後

デトックスが出て、とても苦しくなり、絶望していた時に

なぜか、私の絵を描いてみた、というのです。

その方のメールの一部から。

私はアセンテッドマスターのエネルギーをまだ感じられないこともあり

まだ悲しみから抜けられなかったのですが

思い立ってのりこさんの絵を描いてみることにしました。

(えっ?て感じですよね、すみません・・)


12
月に私をリーディングしてくださったときの

聖母さま、女神さまのような慈愛に満ちたのりこさんを描いていると

段々と落ち着いてきて、描き終わった頃には絶望感がなくなっていたのです。


何年もずっと縛られていた後悔ですし、抜けられた訳ではなく

今ただ忘れることができているというだけなのかもしれませんが、すごく楽になりました。
数時間ずっとのりこさんのエネルギーを感じようとしていたからなのか

なぜなのか分かりませんが、のりこさんのおかげだということに変わりないと思います。

素人の、下手の横好きでお恥ずかしいレベルですが、完璧主義を手放して添付します。

そして、描いてくださった絵がこちらです。




これを見た瞬間から、もう涙が溢れて止まりませんでした。
こんなにも優しく暖かく、女性性全開に、私を描いてくださるなんて。



私が持っている自己イメージや、私の女性性が男性性に追いついてない感覚が
この絵を見ていると、溶けていって

まるで「あなたの女性性は、大丈夫だよ」と天からのメッセージとして

伝えてもらったかのようで

ああ、これは、今の私にとって、最高のギフトだなあと。

これは、もちろん、私の中に

こんな女性性のエネルギーを見出すことができる

彼女自身の優しさや女性性であって

これは、彼女自身でもあるのでしょう。

私に大きな癒しを与えてくださってありがとう手書きハート

この方は、アセンテッドマスターのエネルギーを’感じれない、のではなくて

多分「こういう風に感じることが、感じるということだ」と定義をされている

と思うのですが、まさにこの絵を受け取ることや
絵を描くことを通じて、体感しているプロセスがあ
アセンテッドマスターのエネルギーを受け取っていることだあなあと。

ということで、様々な癒しや感覚を受け取りつつ
リトリートまで、後2日。
まだプログラムはできてないのですが

今回は、できる限り、目標達成型の男性性優位の仕事のやり方だけでなく

その時々で柔軟に変化してゆく女性性のやり方で

進めて行けたらなあと思っています。







最終更新日  2021年02月11日 11時28分49秒
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2020年10月08日
カテゴリ:つれづれ

「教えることは、最大の学びである」

というようなことを、よく言われますが、このリトリートのスタートしてから

これまで以上に、学んだり、研究することが多いです。

多次元キネシオロジーを教える時もそうですが
今回は、また違う角度から、いろんなことをお伝えすることになったので
改めて、学んでいます。
私自身が、これまで漠然とわかっていたことや理解していたことでも

人に教えるとなると、もっと明確に理解する必要があるし

時には、本当にそうなのか?と改めて見直してみたり

あれこれ試してしてみたり。

例えば、今回、参加者から
水の浄化や浄水器とペットボトルの波動の違いについての質問があって

それに関して、感覚的なことだけでは説明できないので

店に出かけて、いろんなペットボトルの水の波動レベルの違いを調べてみたり

または、いくつかの方法でエネルギーチャージした水を

どのぐらい波動レベルが違うのか比較してみたり。

やってみると、なるほど、そうなのか~と

初めて知ることもあったりして面白いです。

「~~は~~です」とか

「~~は~~の傾向があります」

というような、たった一文を伝えるのにも、たくさんの時間とエネルギーを

かけて検証してゆく必要があるので

そうなると、本当どこまでも追求してゆくことができるんですね。

今は、とにかく時間がいくらあっても足りない感じです。

さて、それはいいとしても、ここ最近、迷いも多くなって

どの方向性でやれば、みんなにとっての恩恵につながるのか

わからなくなることもあって

このリトリートが始まってから、これまで以上に

ガイドやアセンテッドマスターに質問することが増えていました。


昨日も、あることに関して

「これは私にとっては必要なことだけど

他の人にとっては、これが必要かどうかはわからないし

これを伝えるのはどうなのかしら?』と

思うようなことがあって、ガイドに聞いたのですが

ガイドからカードを引けと言われたので

引いたら、このカードが出てきました。

「先駆者となりなさい」

​もしあなたが、道が完全に敷かれるまで待っていたら

あなたは、自分の道を切り開いてゆくことはできません。

道を示してくれる人がいないことを、自分が先に進まないことへの

言い訳にしないでください。

むしろ、あなた自身が他の人にとって『あの人がそうしているから』

という理由になってください。

勇敢で優れたリーダーは、誰かの許可など必要としません。

準備ができていないからと言って、先延ばしにしたりもしません。

ただ深呼吸をして、一歩を踏み出し

進みながら良い方向を探ってゆくのです。

自分で自分を率いるのです。

これはリーダーに向けたカードです。

先駆者となってください。

最初の一歩を踏み出し、他の人を導いてください。

あなたのような独特の技術、才能、経験を兼ね備えた人は

この地球上にはいません。

過去のやり方に頼らないでください。

リーダーは、自分自身の道を切り開く必要があります。

あなたの後を、他の人はついていくでしょう。

けれど、あなたは誰かのあとに続くのではなく、先に進んでください。

あ~ショック

これはすべてことをガイドに聞く必要はない

ということだなあと。

別の時にも、そう言われたのですが

リーダーシップを取ることに対する抵抗というか

私が間違った方向に導いてしまうへの恐れは

過去世のトラウマとしてかなり持っていて

これまで何度か調整したのですが

まだ、小さなことでも、いちいちガイドに聞いてしまうのは

その恐れがまだあるからなんですね。

は~やっぱ鍛えられますなあ泣き笑い

ということで、第3回目のオンラインリトリートは

あと4日後に開催です。







最終更新日  2021年04月24日 10時13分22秒
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2020年06月09日
カテゴリ:つれづれ
​「豊かさとお金のワークショップ」の前は忙しくて
ニュースは、全く見ていなかったのですが

その間に、アメリカは、ジョージフロイドの事件をきっかけに

全国的なデモや暴動など起こっていて

ニューヨークでも一時期、夜間外出禁止令になっていましたが

暴動も落ち着き、昨日から夜間外出禁止令も解除されています。

私が知ったのは、ワークショップが終わった直後に

ズームで飲んでいて、メンバーから聞いたのですが

これは、間違いなく何らか勢力による、意図的な動きだろうねと

最初から、友人たちの意見は一致していました。

ここまで一気に、アメリカ全土に抗議デモ運動が広まったことも

平和なデモだけでなく、明らかに人種差別とは関係のない
略奪や放火などの暴動が起こったことも

また抗議デモが行われる場所に、あらかじめ投石用のレンガが準備されていたり

また、大手メディアのトランプ大統領へのパッシングなども含め

人種差別を利用した、政治的な動きとみる方が、自然な感じがします。

そういう何らかの組織が、この事件によって
黒人の悲しみや怒りを煽る一方で

過激化したデモを展開し

CNNや大手メディアがその暴動を放映することで

(多分、日本でもそのまま放映されていたのでしょう)

今度は、人々の、そういう黒人たちへの不信感を高めて、分断を強めてゆく

さらには、トランプを大統領再選を阻むために、この事件を元に

メディアが様々なデマや嘘をでっちあげてゆく

(もう、このメディアの嘘には、ほとほと呆れますが)

アメリカで人種差別がいつまでもなくならないのは

白人と黒人の対立が起こるように

仕掛けている人たちがいるからなんですよね。

だから、実際は、何が起こっているかなんて、わかりようもないわけで

報道されていることのどこまでが本当かもわからないなあと。

例えば、亡くなられたジョージフロイドと警察官は
17年も同じナイトクラブで働いていた同僚だったこととか

警察官の奥さんは、アジア人女性だったり

また、事件の一部始終を携帯で録画されていることをわかっていながら

警察官があそこまでやったのも、不思議です。

と、事の真偽は、わかりようもないのですが

この騒動が起こってから、急に気になって

この2年ほど連絡を取ってなかった黒人の友人である
オスカーに連絡をしました。

彼は音楽プロデューサー&作曲家で
私は25年ぐらい前に一緒にプロジェクトをやっていたので

当時は、毎日のように会っていたのですが
彼は、私が最もケンカした友人かもしれません。

ケンカと言っても、大抵、一方的に怒っていたのは、私でしたが

とにかく、オスカーは、時間を守ることができない人で

何か約束しても、2、3時間遅れるのはざら。

当時は、携帯電話もなかったので

彼と一緒にプロジェクトを進めるのは、大変でした。

でも、暖かくて、人情深いオスカーのことは大好きで

例え、ケンカしても、次の日にはまた元どおりになっていて

当時は、オスカーの家族や友人たちも含め

ファミリーみたいな感覚でした。

二人でタクシーに乗る場面になると、いつもオスカーは

「のりこがタクシー拾って。僕が手をあげても、乗車拒否が起こるんだ」

と言っていました。

そういう差別は、いまだに起こっているのだということを

当時、彼を通じて知ったことでした。

一方で、黒人は、暴力や犯罪を起こす人が多い、というイメージから

傷つけられるのが怖くて、黒人を避けてしまうという人たちがいて

だから、当時、乗車拒否なども起こっていたのだろうなあと。

あの頃は、ニューヨークは、まだ治安もよくなかったし

オスカーのように身体がでかくて、いかにも強そうな黒人であれば

なおのことそういうことが起こったのかもしれません。

(実際は、すごく繊細で優しい人ですが)

当時、オスカーはよく

「黒人へ差別をする奴ら(白人)は、すぐにわかる。

彼らは、馬鹿丁寧な話し方で僕らと話をするんだ」

などと話していました、

オスカーは、彼の両親や祖先が受けた差別の歴史を

子供の頃から聞かされて育ってきた人ですから

その痛みや’悲しみをそのまま意識の根底に持ってて

相手の言葉や態度だけでなく、微妙な表情やしぐさの中にも

敏感に黒人への差別意識を感じ取っていました。

今になって思えば、差別による悲しみや怒り、抑圧は

多くの黒人が、DNAレベルで持っているものだと思います。

そんなオスカーのことだから、きっとこのデモにも参加しているんだろうな

と、久々にオスカーに連絡したら、なんとコロナに

親子でかかってしまって、大変だったとのこと。

もっと早く知っていれば、遠隔ヒーリングでも

何かできたかもしれなかったのにと思いましたが

今は、親子ともに回復したとのことで、ホッとしました。

やはり、今回のデモには参加していましたが

オスカーがリツィートしたのを見て
正義感が強くて人情深いオスカーらしいな、と。

「アメリカの全ての良い警察官たちへ。

私たちは、あなたたちを愛し、サポートしています。

安全でいてね❤️」

 





そうなんですよね。

今回、人種差別だけでなく、警察の暴力も問題となっているわけですが

一方で善良な警察官もたくさんいるわけですから。

私は昔、警察に対するイメージが、すごく悪かったのですが、ボブという
当時、ニュージャージーの警察署長をしていた白人の友人ができてから

かなりそのあたりの感覚は変わったように思います。

これは以前も書いたのですが

ボブは、以前、私がひき逃げの交通事故にあった時に

真っ先に病院に飛んできてくれた人で
病院のベッドの上の私に

「のりこ、ニューヨーク市のタクシーを相手に訴えを起こそう。

僕が弁護士を紹介してあげるから」

と言ってくれて、当時、ビザがなくて不法滞在だった私は

「ボブ、知っての通り、私は不法滞在なのよ。

市を相手取って訴えるなんて、無理なんじゃない?」

と躊躇したのですが

「大丈夫、そのあたりの人権は、アメリカでは守られているから」

と手続きしてくれて、彼のおかげで

私は当時かかった3万ドルほど治療代を支払うことができたわけなんです。

もともとは、ボブとは、最初は、私が彼に日本語を教え

彼が私に英語を教えるというランゲージエクスチェンジをやっていたのですが

いつの間にか、ただの飲み友達となってしまい泣き笑い

結局、彼が日本語を話せるようになることも

私の英語が上達することもなかったのですが

彼との出会いがあったから、私の警察へのイメージは変わったなあと。

彼は、もうリタイアして、今はアメリカには住んでないのですが

たまに懐かしく思い出します。

こういう人種差別にしても、警察への不信に関しても

その人が、個人レベルで、どういう経験をしたかによって

全く違ったものになるんですよね。

そして、今回のデモを通じて感じたことは

「暴力を見たら、警察に通報しよう」と呼びかけている黒人のデモの人や

白人警官が「平和にデモをしてくれるのならサポートする」と

声をあげて、周りの人たちと感動を共にしている場面を見ると

ああ、DSの思惑のように、白人対黒人、警察対市民という

対立を生み出そうとする試みも

もううまくいかなくなる時代になってゆくのかもしれません。

(希望的な見方かもしれませんが)

私自身は、アメリカに長く住んでいて

アジア人として差別されたことは一度もないですが

例え、もしこれから、そういうことが起こったとしても

「自分の現実は、自分が(無意識に)作っている」と思っているので

差別されたという認識そのもの変化させることを

選択するのだろうなあと思います。

でも、一方で、ファミリーのようなオスカーを通じて

彼らの痛みも怒りもよくわかるし、彼らの選択も尊重したいなあと。

全ては、それぞれの学びのプロセスなので

どれが正しいあり方なんてないんですよね。


今回、黒人だけでなく、多くの白人も、このデモに参加しているのiは
「差別された」「権力から抑圧された」「不当に扱われた」
という意識や感覚は、例え、自分は今生でそういう体験をしたことがなくても
前世や集合意識として、ほとんどの人が意識の根底に持っているものだから
共感しやすいからです。
その集合意識が変化した時に
私たちの次なる世界が開けてくるのかもしれません。

今回、声を’あげよう、黙ってみているのをやめよう

というメッセージがよく見られますが

でも、声を上げない=無関心ということではなく

声を上げる先がどこに向かうのかを見極めることが大切だし

それが逆に対立を生み出す方向に行ったり

政治的な動きに利用されるような形にならないように

静かに見守って’いることも、大切だなあと私は思っています。

とても複雑な問題なので、一概には言えないこともたくさんあるのですが

今回の事件で、なんとなく感じていることを

書いてみました。







最終更新日  2020年06月11日 02時55分55秒
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2020年03月22日
カテゴリ:つれづれ

今朝、アメリカの別の州に住んでいる友人からメールがあり

「この騒ぎ、絶対何かがおかしいと思って調べていたら

アメリカ人の友人が、これを聞いたら?と送ってきたの。

とてもわかりやすかったから聞いてみて」

と、デービットアイクの​​インタヴューのポッドキャスト​を
送ってきてくれました。
英語ですが、ゆっくり話してくれるので
英語がわかる方はぜひ聞いてみてください。


実は、この直後に、同じ内容でユーチューブの画像を見つけて

そちらをリンクしようとしたのですが
なんと、私がこのブログを書き終わる前には
その映像は削除されていました。
その映像は、3月18日にアップされて、44万回の再生があっていましたが
ユーチューブは、情報コントロールがすごいらしいので
よく削除されてないなあと思った矢先のことでした。
(私がそれをリンクしようとしたら、楽天からもアップできないと注意が
ありました。この記事も削除されないことを祈ります)

デービットアイクは、随分前

私が911に関する情報を探っていた時に、本を読んだことがあり

その時は、この方の言っていることは、ある部分は納得できるけど

レプ脳とか、さすがに行き過ぎているよな~と、半信半疑だったので

そこからは一旦離れていたのですが

ここ数年、キネシオロジーでレプ脳の調整に取り組んできた今となって

彼の話を聞くと、いや~この人は30年前からトンデモと言われつつ

そう行ったことを言い続けてきたのは、改めてすごいなあと。

いわゆる爬虫類脳は、生存のための反応なので

パニックや鬱を引き起こすのは

このレプ脳から来ていることは

ここ2年ぐらいで、私が理解してきたことの一つです。

そして、彼がここで言われている他の話は
正しいかどうかはわからないし、あくまでも保留ではありますが
なるほどなあと納得はできます。
WHOとロスチャイルドの繋がり
1%の人たちの望みを叶えるためのAIの世界
強制ワクチンの真実

政府とメディアによって動かされた世論によって

彼らの目的を果たすように進んでいると言うこと。

例えば、WHOや他の国の首相の呼びかけがありましたが

それらを受けて、先日、あるアメリカ人の有名人の発言で

「若い人たちは、コロナに対する認識がなさすぎます。

若ければ、免疫があるから、ウィルスを持っていても発症しないからと言って

そういう若者たちが外に出れば、お年寄りは感染して死んでしまうのです。

そう言うお年寄りの状況も考えて、若者は外に出るのをやめるべきです」

というコメントがあったのですが

一見、こういう発言は「最もなこと」のように見えるし

私も決して、間違いだとは思いませんが

もしそれを言うなら、これはコロナに限らず、風邪でもインフルエンザであっても

若者たちは、いつでもお年寄りにとっては、脅威となり得るわけで

それなら、若者が外に出ないのではなくて、免疫力のないお年寄りが

外に出なくても生活していけるような仕組みにしてゆく方が、健全な対策だよね、

と私は思っていたのですが

(もちろん、それがこの場合の正しい解決法とも思ってないですが)

デービットも、このインタビューの中で、そのことについて触れていました。

つまり免疫が弱い人だけではなく、この経済政策によって

健康な人も、生きて行けなくなるような世界を
作り上げようとしている可能性があるわけです。

デービットは、これをProblem Reaction Solution(PRS)

と呼んでいました。

このPRSの第一段階として、支配者たちは、自ら問題(テロやウィルスなど)を作り出し

第2段階として、それをメディアを使って大衆に拡散することで

それに対する恐れや怒りを植えつけ

第3段階として、支配者たちの都合の良い解決法に導くように

世論を誘導してゆくというものです。

そのPRSの典型的な例が、911で、これはまさにテロへの恐怖と怒りが

アメリカ人に植え付けられ、アフガニスタンとイラクへの戦争賛成への世論へと

繋がったわけですね。

(911に関しては、山ほどありますが
8分ぐらいの映像のアーロンルッソの日本語字幕付きインタヴュー​をリンクします)

先日、友人とも話したことですがが

911は、ある意味、私たちの意識的な「目覚め」にもつながった出来事だったので

911​についてよく知っている人は、今回のコロナ騒ぎに対して

メディアにコントロールされずに、冷静に判断されています。

今回のことも、敵はコロナだと人々に思わせるように

世論を誘導しているのが、わかりやすく見えてくるのです。

デービットも言われていましたが

とにかく、恐れによってコントロールするのが、彼らのやり方ですから

まず大切なのは、メディアの情報から離れて

個々の恐れを手放していくことです。

毎週のように、ホロセットのリチャード博士から送られてくる

ビデオニュースレターで

「24時間、リベラル派(ユダヤ系)メディアはごちゃごちゃと騒いでいるが

とにかく、そこから離れて、恐れをレットゴーすることだ。

何もあなたを傷つけるものはないのだから。

風邪やインフルエンザと変わりない。

そんなことより、もっと人生を楽しみなさい」

と言われていましたが

私たちが、認識する必要があるのは

基本的に、大手のメディアからの情報は

起こっていることを正確に報道しているように見えて

実際は、ある政治的、または経済的な意図から

発信されているということ。

テレビの情報は、もう無駄だと理解している人は

多くなってきましたが、ネットの情報もしかりです。

というのも、そういった世界をコントロールしようとしている人たちにとって

都合の悪い情報は

通常の検索ではなかなか上がってこない仕組みになっていたり
もしくは、削除されてしまうとのことでした。

(まさに、今日、紹介しようとしていた映像が削除されたように)

これは、キネシオロジーでも必要な認識でもあるのですが

情報を受け取る時に、まずは全てを疑ってみるという姿勢です。

その報道されていること自体は事実であっても

人々が、こういう印象を抱くように、そこを切り取って報道する

というのが、日常的に行われている以上

私たちは、その意図を知った上で、情報を受け取る必要があります。、

ですから、本当に何が起こっているのかを知るためには

特定のワードで検索をかけて、絞り込んで検索しないと

上がってこないのですが

どちらにしても、今の状態でどの情報が正しいのかの判断は

とても難しいです。

私は好奇心が強くて、こういう検索をするのは楽しいこともあって

ちょっとしたゲーム感覚でやることはありますが

もし、それによって、恐れを抱くのなら意味がないし

それより、今、自分が何をしたいのか?とか
自分にとっての喜びにフォーカスする方が大切だと思います。

この恐れというのは、何か外からの要因によって

自分や家族など大切な人が傷つけられる可能性があり

それに対して、自分は無力である、という感覚です。

リチャード博士も言っている

「私たちを傷つけるものは何もない」という真理に

目覚めてゆくことが必要な気がします。


さて、このデービットのインタビューで司会者が

「では、私たちはこれからどうしたらいいのか?
みんな未来が見えなくて絶望している。何か
私たちがポジティブに捉えられることはないのですか?』

ということをデービットに聞いたのですが
その答えとして、デービットから出てきたのは

私たちの自己アイデンティティを変えるということです。
自分が何の仕事をやっているかとか
宗教とか人種というラベルによる自己アイディティを変えるということ。
もし、私たちが、その自己アイディティを変えて
これをただ経験している、永遠のAwarness (目覚めた意識)として認識し
そして、その見解から世界を見ることができたら
恐れはなくなるでしょう。
近視で世界を見るのではなく、パノラマ的に見ることができたら
それは、ただ違った経験として認識するだけなのです。
私たちの知覚(認識)が、私たちの経験となります。
全ては、周波数です。
全ての現実と言われるもの、それがコロナウィルスであっても、何かの考えや
恐れであっても、それは周波数に過ぎません。
それらは、愛や喜びの周波数とは違うものです。
私たちは、ありとあらゆる周波数の海の中にいるようなものです。
それは例えば、コンピューターのようなもので
そこにはありとあらゆるものがあるWIFIの海であり
あなたは、自分のスクリーンに何を写すこともできます。
もしあなたが、恐れの周波数にフォーカスするなら、あなたの経験は
最大の恐れに基づいたものとなるでしょう。

私は、自分の現実を変えるために、自分の知覚(認識)を変えるということを
この人生をかけてやってきました。
私はひどいリウマチでしたが、その「認識」を変えることで
今は完全に痛みはなく、何の影響もなくなりました。
医者も薬も必要なく、ただ認識を変えただけです。
たくさんの人が医者の「診断」通りに亡くなってゆくのは
その診断が、彼らの認識となってしまうからです。
マインドはとてもパワフルで、それが私たちの現実となって行きます。
支配者たちが、どうして人々の認識をコントロールしたいと願っているのか
それは、人々の認識が、人々の経験となることを知っているからです。
私たちの周りには、恐れのタネが溢れていて
もしそこにいれば、その恐れの現実は最大になってゆくでしょう。
でも、もし私たちが違う認識を選んだなら、
私たちは違う社会を形成してゆくことができるのです。
彼ら(一部に支配者)ではなく、私たちが世界を作ってゆくことができるのです」

と言われていました。
(ざっと訳したので、正確には違うところがあると思いますが)

私たちの「現実」を変えるためには
ただ、そこにある恐れからの認識を変えてゆくだけなんですよね。

それにしても、日本という国は、やっぱり他の国とは違っていて​

不思議な国だよね、と今回のコロナのことで

アメリカ在住の友人たちと話していました。

最初にコロナでパニックになったのは、日本でしたが

それから、日本の情勢は一旦、落ち着いて

(これは、彼らにとっては、想定外だったと思うのですが)

今度は、アメリカや世界がパニックになり

今のところ、世界のメジャーな都市で、ロックダウンしてないのは

東京だけで、他は全て、ロックダウンなのですから。

これは、オリンピックのことがあるからであるだろうし

オリンピックが延期、または中止になった途端に

間違いなく、東京もロックダウンになるだろう、というのが

世界情勢に詳しい人たちの見解で

私たちも今後、どうなるのか見守っているわけですが

どちらにしても、この不思議な現象は

逆に言えば、日本人の底力でもあるのかもしれないなあと。


ということで、状況は、刻一刻と変化してゆくので

どうなるかはわかりませんが
例え、何が起こったとしても
私たちそれぞれが選ぶ「認識」によって
それぞれの「現実」が生まれてゆくということには変わりないです。

昨日、今日とお伝えしたような情報は
ここ何年も私はブログでは伝えてこなかったし
そのつもりもなかったのですが
ある程度、これらの情報を知らなければ
人々の目覚めには、つながらないのかもしれないと
お伝えすることにしました。

これから、多くの人たちの目覚めと
新たな時代への幕開けにつながってゆくことを心から祈って。







最終更新日  2020年03月30日 22時32分06秒
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2020年03月21日
カテゴリ:つれづれ
NYは、春一番の暖かい風が吹いて

すっかり過ごしやすい気候になりました。

春の訪れは、ウキウキするところですが

ここ最近の劇的変化で、それを楽しんでいる余裕もないぐらい

この1週間で、いろんなことが劇的に変化しました。

ニューヨークの状況も目まぐるしく変化して

まずは、先日17日に、NYのレストランやバー、映画館などは強制的に閉鎖となり

10人以上の集会は行わないことなど市からの指示がありました。

それで、来週から予定していた多次元キネシのベーシッククラスは

サンフランシスコや日本から申し込まれていた方たちがキャンセルされたので

参加されるのは、NY在住の方のみ7名になり

サポートとして、一人参加予定の人と私を含めて、計9名となったので

これはクラス開催できそう、と思っていたのですが

昨日、NY州で、全ての企業が在宅勤務となり

外出禁止とまではいかないけれど

市民は出来るだけ自宅待機することと要請があり

さらには、アメリカ’在住の人の渡航禁止令まで出て

それを受けて、私のアパートの住民との話し合いの結果

とうとう、クラスもキャンセルせざるを得なくなってしまいました。

厳重な外出禁止ではなく、友人への面会などはオッケーとのことなので

対面の個人セッションは、これからも続ける予定ですが

例え、7、8名であっても、集団で集まることは難しく

いつもは穏やかなアパートの住人でさえ

こんなに恐れたり、神経質になっていることに改めてびっくり。

キネシオロジーで免疫を高めることや
恐れや不安を解消することの大切さなどもお伝えしたのですが

アメリカ政府の対応やメディアの情報を鵜呑みにしている人たちにとっては

それは響かないわけです。

ガイドに、これはどうしたらいいの?と聞いたら

「他の人の問題を認識して、受け入れること」

と言うのが出てきて

一般の人たちの認識と私の認識がいかに大きく違うかも

改めて理解することになりました。

ここ最近、クラスやセッションを受けられた方達からは

「周りの人たちが恐れが強い中、不思議と私はとても落ち着いています」とか

「自己ヒーリングで、今回のコロナで感じていることを紐解いていったら

予想していなかった気づきがありました」

などというご報告を頂いたりすることが多く

とても嬉しくて、よし、クラスがんばろ~っと

さらにモチベーションが高まっていたところでした。

私としては、こう言う時こそ、キネシを活用して

不安や恐れを解消したり、これからの可能性を開いていったりする人たちが

少しでも増えて欲しいと願っていただけに

クラスができなくて、とても残念ということとともに

一般の人たちとの認識の違いが、カルチャーショックでした。

さて、そもそも、最初にガイドがクラスをやれと指示があったから

クラスをやることにしたわけで

こんなことはこれまでになかったことだったのもあり

昨日は、一瞬、ガイドに文句を言いたくなり

「これって、どう言うことなの?

クラスが開催できないとわかっていて、クラスをやれって言ったの??

クラスができなくなることで

「他の人の問題を認識する」ために

私は、わざわざクラスの準備を進めてきたわけじゃないよね?」

と、などと聞いたわけです。

すると

「ガイドを信頼する」
と言うメッセージが出てきたので

「いや、もちろん、信頼してるんだけど。

私はこの一連の流れから、何を学ぶべきだったのか知りたいのよ。

私の中のどんな問題に気づく必要があるの?』

と、わからなくなっていたのですが

そのあと、しばらくして

はっと思い出したのは、最初にガイドがクラスを開催しなさいと言ってきたのは

3月上旬から中旬の時期だったと言うことでした。

でも、その時は、全くこんな事態になるとは予想もしていなかったこともあり

3月上旬だと、少し準備が慌ただしくなるかも?と思って

少々、時期がずれても特に問題ないよね、と

私は、ガイドに聞くことなく、後から3月下旬に変更したのです。

「もしクラス開催が1週間早かったら、大丈夫でしたよね」

と、クラスに参加予定だった方が、メールを下さったのですが

あ~そうだった、これは明らかに私の思考によって

宇宙の流れに沿わなかったからだなあと。

もちろん、すべての現実は、私の選択であることは

十分わかっているのですが、昨日
クラスがキャンセルが決まった直後の一瞬ですが
ガイドのせいにしてしまっていました泣き笑い

まあ、どちらにしても、NYでのクラスはまたいつでも開くことができるし

今回、クラスの参加予定の人たちが、NY在住の方ばかりだったことは

不幸中の幸いだったと言えます。

友人から

「のりこさん、海外からクラスに参加する人たちが来ていなくて

本当に良かったですね。宇宙から守られていますよ」

と言われて、本当そうだなあと、改めて感謝でした。

さて、こういうことが起こった時

私自身は、3つの観点から物事を見るようにしています。

一つ目は、私個人としての気づきや学び

二つ目は、社会的な観点からの気づきや学び

三つ目は、宇宙的視野(スピリチュアルな観点)からの気づきや学び

まず、第一番目が一番大事で、これがあって、次の社会的な観点からの気づきや学びに

つながるし、その二つのベースがあって初めて

スピリチュアルな観点からの理解につながると思っています。

例えば、来月の家賃どうしよう?という不安や恐れがあったとして

その状態で、スピリチュアル的な意味を探っていって

例えば「このコロナが起こったのは、アセンションのためです」

などいう記事を読んで、ああ、そうなのかと納得したとしても

結局、現実は不安を抱えたまま何も変わらないわけです。

自分がそれに対して何を感じているのか?


が、この世界の全てと言っても過言ではないです。

私たちは、それぞれが見たいように世界は見えていて

同じように見ているわけではないのです。

多くの人にとっては「このコロナがあるから、不安になった」とか

「コロナのせいで、こうなった」

と思うわけですが

実際は、このコロナが起こっても、恐れや不安の中にいない人たちもいますし

恐れにしても、不安にしても、怒りにしても

外側の出来事によって感じるのではなくて

もともとその人が持っていたものが

あるきっかけで出てきているのにすぎないのです。

ですから、それぞれが自分が持っている恐れや不安と向き合って

それを変化させていくことしか、それぞれの「現実」

は変わらないとも言えます。

例えば、今回のことで仕事がなくなって、新たな仕事をスタートするにしても

恐れや不安ベースで考えて、新しく仕事をやるのと

喜びベースでクリエイトされた仕事をやっていくことでは

そこから生まれる現実は、全く違ってきます。

さて、2番目の社会的な観点からの気づきですが

例えば、今、社会で何が起こっているのか?を見ても

みんなが同じ情報を共有しているわけではなく

これは、まさに1の個人としての気づきとリンクしているので

その人の意識の広がりによって
同じ情報でも受け取り方が違うだけでなく
受け取る情報そのものも違ってきます。

先日、友人と話していて、彼女の娘さんの学校が休校になったことなどの騒ぎに関して

娘さんが「なぜこんなことになっているの?」

と聞いてきたそうで、彼女は

「子供は、本質的な問いをしてくるからすごいわ~」

と言っていましたが、この問いに「正しく」答えらえる大人は

実は誰もいないのではないかと思います。

もちろん、コロナというウィルスが発生して、それが広がらないように

こう言う自体になった、という表面的な答えはできますが

なぜこうなっているのか?の本当の答えは

そこにはないですから。

ここで、まず問題になるのは

まず、コロナ自体の危険性についてですが

どの情報を信頼するかは人それぞれだし

またある程度、信頼できる情報であっても

それが全てその通りだとは、私は思わないのですが

今朝、見たホリエモンの動画に出ていた新型コロナウィルスについての専門家の意見

と言うのが、わかりやすかったです。

https://www.youtube.com/watch?v=xDBtQCQ6fWk&feature=youtu.be

この専門家の方が言われているように

コロナは、インフルエンザと同じぐらいの感染力で

重症化する確率は、インフルエンザより少し高く(特にお年寄り)

子供は重症化しない

そして、コロナウィルスが変質する可能性は、インフルエンザよりも低い


と言うことで、これは何人もの医者や医療関係の人たちも
言われていたことなのですが

じゃあ、なぜ、これまでのインフルエンザとコロナとでは

これだけ政府や世界の対応が違うのか?

と言う、素朴な疑問が当然、湧いてくるわけです。

私は、最初から、そこにとても違和感があったので

コロナが騒ぎ始められた時

「なぜ、こんなことになっているのだろう?」

と調べだした時に、​いくつかの情報​が上がってきて
こういうことが起こっていることは、ある程度、予想はできていたので
それほど驚かなかったのですが
(実際に起こっているのは、このシナリオの通りではないと思っていますが)
それらに関連した情報として

偶然、ジョンレノンの​2分ぐらいのインタビュー​にヒットしました。

私はこれまで、それほど詳しくジョンレノンのことを知っていたわけではなかったので
このインタビューを見て
ああ、彼はすでにこの時代に、このことを知っていたのだ

ということを、今回、初めて知りました。

それがまだ、インターネットなどが普及してない時代であること

そして、彼が12歳の時に、このことに気づいたと言われていたのが

衝撃でした。

ジョンレノンは、この動画で

「イギリス政府、アメリカ政府、ロシア政府、中国政府は

偏執狂者であって、もし実際、彼らが何をやっているかを僕が言ったなら

僕が狂人だと思われるだろう」

と語っていますが、ちょうど、少し前に、友人たちと
こういう話をしていたところでした。

真実を話す方が、狂人だと思われてしまう社会に

私たちは、今も昔も変わらずにいるのだなあと。

こういうものを陰謀論などで片付けてしまう人たちがいるのも知っていますが
少なくとも、私にとっては、ジョンレノンの感性や視点に共感します。

そして、メディアによって、作り上げられた世論というのが

その偏執狂者の世界を助長しているということを

ここ最近、さらに認識することになりました。
詳しく書けば、きりがないですが
「敵はコロナである」と多くの人たちは思っていますが
本当の敵はコロナではないと私は思っています。

私にとって、今回のコロナでの一番の個人的な問題と課題は

「狂った支配者と、愚かな大衆」という

私が昔から意識のどこかに常に持っていた感覚でした。

ここでの愚かさと言うのは、個人の愚かさではなくて

大衆としての愚かさであって

それは、単に、情報に踊らされて買占めに走る人の愚かさとか

そう言うことだけではなく

権力に左右されていることに気づかず

無意識にコントロールされている人々のことです。

ちょうど、このコロナ騒動が始まる前、年明けてすぐに私は友人たちに

「その感覚が抜けないのよ」と話していたところで

それからまもなくして、次々とその私の中の「現実」

を見せられることになり

まさに、自分が見ているように、世界が見えている

ということになったわけです。

そして、同時に、これは、もう人類が何千年も抱えてきた問題だと
感じるのです。

ここ最近、私の人生において、最高レベルに素晴らしい本を

2冊続けて読んだのですが

その二冊ともに、それについて書かれてあったことも

私の意識にさらに影響していることも間違いないです。

1冊は、ご存知トムケニオンの「マグダラの書」であり

もう一冊はエリザベスハイチの「イニシエーション」です。

この2冊に関しては、本当に素晴らしいので
また後日、シェアしたいです。

ということで、これから私自身のさらなるワークは必要なのですが

ここ最近、「愚かな大衆」と言う感覚は

一部は変わってきたように感じています。
少なくとも、自分が持っている恐れや不安に気づき
そこと向かい合って、変化させることで
それぞれの「現実」を変えようとしている人たちが
私の周りに多くなってきていることが
私にとって、大きな救いとなっています。

こうした個人の気づきや変容とともに

今、何が起こっているのかを、紐解いてゆくと

なぜ、一部の人たちが、このコロナがアセンションへの第一歩であるとか

投資家や経済に詳しい人たちが、これから経済のあり方が大きく変化し

世界が大きく変化すると言われているのかが
深く理解できます。


今日のブログで、最初に​リンクした動画​の中で
ビルライアンさんが

『私たちは、随分前に自分たちの力について忘れてしまった
神のような不死の存在なのです。
意識の可能性は、途方もないのです。
この全体像の中で、自分たちが、どれほど力を持った存在であることに
気づくことは、非常に重要で、それはこの窮地から
私たちを救うことができる唯一最も大切なことかもしれません。
これこそが、ことの全てなのではないかと思います」


と伝えているのが、私の胸に強く響いてきます。

まだまだ、書きたいことは山ほどあるのですが

来週はクラスがなくなったことで、今日から、私は時間に余裕ができたので

これからゆっくり書いてゆく時間ができました。

(メールのお返事も、早急にしますね~)

こういう時こそ、みんなで繋がっていることが大切だと思うので

近いうちに、多次元キネシオロジーのクラスを受けられた方たちと

ズームミーティングしようかと検討中です。

明日は、アルクトゥルスの仲間たちとズーム会議し、

その後は、友人が家に来て、家飲みするつもりで

とりあえず、この2、3日間はゆっくり休んで、次に備えます。

思わぬバケーションとなりましたが

今後、どんな風に世界が変わってゆくのか見守りつつ

自分自身の変容を進めて行きたいな~と思っています。







最終更新日  2020年05月05日 15時26分19秒
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2020年03月15日
カテゴリ:つれづれ

先日、友人たちと4人で、レストランに食事に行ったのですが

その時は、私たちが訪れた、おしゃれなタイレストランは

満杯状態で、大賑わいでした。

その日は、春一番の暖かい日だったこともあって

街にも、たくさんの人が出ていて、中には半袖で歩いている人もいましたが

マスクをしている人は、一人も見かけず

この風景だけ見ると、世の中にコロナでの騒ぎが起こっていることなんて

まるで嘘みたいでした。

ところが、その数日後に、トランプやニューヨーク市長の発言があり

美術館やミュージカルが全て閉鎖となり

市民に、2週間分の食料品も備蓄することを呼びかけたとのことで

そこからニューヨークも一気に、一般レベルで

コロナ警戒モードに入って来ました。

友人曰く、そのトランプの発言の直後から

NY市内のスーパーや店に長蛇の列だったり

一気に棚から商品がなくなったりしているとのこと。

ちょうど、私は、トイレットペーパーが

今、使っているのが、最後の1ロールとなったので

もうそろそろ買いに行かなきゃな~と思っていたのですが

(基本的に、食料も日用品も備蓄するという発想が全くない人だったので)

そのタイミングでNYのスーパーやアマゾンなどで

トイレットペーパーが売り切れるという事態に。

まじか。。。ほえー

アメリカでもトイレットペーパーがなくなるとは。

もちろん、大量に買い占めるような人は、もう通常の精神状態ではなく

混乱状態なのでしょうが、とにかく、世界各国共通して

トイレットペーパーの買い占めというのが、ほんと不思議。

まあ、もしトイレットペーパーがなくなっても

食料がないわけではないので、死ぬことはないし

他の方の中には、最後はインド式でやる、という人もいましたが

そこまでしなくても、普通のティッシュペーパーは売られているので

ペルー式(トイレに流さないで、ごみ箱に捨てる方式)でいくかなと~。

とは言え、私一人だったら、それで問題ないのですが

ウチにはクライアントさんが来られるので

やはりトイレットペーパーはいるよなあと思って

ネットであれこれ探してみたら

アマゾンでほとんど全てが売り切れていた中

一種類だけ、4ロール入りのものが残っているのを見つけて

無事に購入できました。

今日、ホールフーズに行ったら
やはりトイレットペーパーは売り切れでしたが

いつも買っている食料品は、ほとんど手に入り

列も並ぶこともなく、割と普通だったので、ホッとしました。

人は、いつもより少なかったですが

ユニオンスクエアのファーマーズマーケットも開催していました。

ということで、ありがたいことに

私にとっては、今回のコロナでの影響は
トイレットペーパーが買えないぐらいで
他は、今のところ、いつもとほぼ変わらない生活なのですが
(もともとずっと家にいる人なので)

それでもこのコロナが起こってからというもの

私自身の気づきや変化も、日々起こっています。

こういう私でさえ、変化を感じているのですから
他の方で、例えば、子供が休校になったり、在宅勤務になったり

仕事がなくなったりして、生活が変わらざるを得なくなっている方達にとっては

今年は、本当に大きな変化の年になるのだろうなあと想像します。

今のところ、私の周りでは、クライアントさんも含め

コロナに感染することに恐れを感じている方は、少ないのですが

ただ、この経済的危機や、仕事面での不安を感じている方は

何人かいらっしゃいました。

先が見えないことへの不安や恐れがあるのは
自然なことですが、それでも
後から振り返って「あれがいい転機になったね」と思えるような
変化になることを、信頼して進んでゆくということも
必要なのかもしれません。
(必要かどうかも人それぞれですが)
私たちは人生を通じて、自分自身への信頼が試されるんですよね。

さて、私は、内面での気づきや変化もそうですが、実際の行動としても

ここ最近、気をつけていることがいくつかあります。

例えば

1)ネットでの情報を見すぎないこと

2)やりすぎないこと、十分な休息を取ること

2)時間の使い方のバランスを取ること

ここ最近、セッションに来られた何人かのクライアントさんもそうだったのですが

このコロナが起こってから、つい、ネットでの情報を見る時間が

いつもより増えてしまっていました。

もちろん、ある程度の情報を知ることは大切だけど、私の場合

「こういう視点や観点から、発信されている方、いないかな?」とか

「これが起こっているのは、もしかして、この可能性があるのかも?」

などと、好奇心からの検索をかけて、ついあれこれ調べてしまっていて

それは、4の「時間の使い方」とも関係して

余計な情報を見ている時間やエネルギーの無駄だということに

改めて気づきました。

今回、つくづく思ったのは

本当に大切な情報は、検索しても

なかなか上がってこないということもあるし

また、今の段階では、見えてこないことが、たくさんあるということ。

(いえ、後になっても、わからないことも色々あるわけですが)

どちらにしても、何を知ったところで

今、私が集中するべきことに集中することが

何よりも大切なのは変わりないので

これからは、できるだけ最低限の情報を見るぐらいにしようと。

そして、本当に必要な情報は、なかなか上がってこないわけですが
私にとって、何よりも一番幸せだと思うのはこういったことを
なんでも分かち合える仲間や友人が身近にいるということ。

こういう時に一番大切なのは、どういう人と繋がっているか?である
と、ある著名な作家の方が言われていましたが
本当にそうだなあと。

そして、当たり前のことですが、十分な休息が大切だということ。

このところスキャンリストの修正や

新しい宇宙系遺伝の発見や調整などで

睡眠時間が3~5時間ぐらいの日が続いていました。

私は、1日のうちで何度か、

自分の体力レベルと、エネルギーレベルを図っているのですが

やはり、睡眠時間が短いのが続いてしまうと

体力レベルは、自分にとっての最高レベルにはならなくて

すぐに疲れやすくなってしまうので

とにかく、睡眠は十分に取らなきゃなあと。

(短眠に憧れはあるのだけど)

このあたり、私はまだ、夢中になってやりすぎてしまう遺伝を

いくつか持っているので、かなり気をつけて、バランスを取らないと

ついやりすぎてしまうのです。

先日、それで大失敗をしました。

その次の日は、昼1時からのセッションだったので

前の日は、夜更かししてもいいという安心感があり

新しい調整法の研究などをやっていて

夜中の4時近くになってから寝たのですが

次の日、朝7時に目が覚めてしまったので

このまま自己ヒーリングをしようと、ベッドの上でやっていました。

10時過ぎぐらいに終わって、ああもう少ししたらご飯やシャワーなど

準備しようと思いつつ、ついそのままベッドでうとうとし

次にはっと目覚めたのは

1時になって、クライアントさんのピンポーンの音でしたショック

こういう時って、ほんと焦ります。

以前の私は、こういう時は、顔も洗わず、ご飯も食べず、トイレにもいかず

起きたままの状態で、そのまま、クライアントさんのセッションを

スタートしていたのですが

ここ最近は、ご飯を食べてないと、エネルギーが持たないので

できればそれは避けたいと思い

たまたま、この時のセッションは、よく知っている方だったこともって

謝って1時間ほど待ってもらって

その間に準備ができたので、助かりました。

その前には、なんと、私のスケジュールミスで

日程を間違えて、スケジュールに記入してしまっていて

クライアントさんが来られてしまったこともあったり

この1週間は、もうダメダメで、人に迷惑かけっぱなしだったのですが

その分、皆さんの温かさや優しさに触れることになりました。

そして、4の時間の使い方

これについては、また長くなるので、いつか書くことにして。


本当は、ここ最近、コロナとは全く関係なく
個人的なことで、魂が揺さぶられるような体験や気づきがあったので
それについて書きたいと思っていたのだけど
今日もコロナの話題になってしまった。

さて、来週からは、セッションの合間に

さ来週からの多次元キネシのクラスの準備をする予定なので

ちょっと忙しくなりそうです。

クラスは、このコロナでの問題で

まだクラスへの参加を迷われている方が2人ほどいらっしゃっるので

最終的に何人になるのかわからないのですが

それぞれのとって、ベストな選択になることを祈りつつ

少人数のクラスも楽しみたいなあと思っています。







最終更新日  2020年05月05日 15時22分35秒
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2020年03月06日
カテゴリ:つれづれ
​あ〜、また続けてコロナの話題になってしまいますが
前回、ブログをアップしてから、多次元を学ばなれた方の中で

何人かの方からメールを頂いて、嬉しかったので

その中から、シェアさせてくださいね。

のりこさーん!ブログ拝見しました。

コロナ、厄介ですよねー

私、いつも〇〇丁目から地下鉄に乗るのですが
黒マスクの中国人を見てギョッとしたり、

アジア系以外の人からあからさまに嫌な顔をされたこと等が重なり
不安でいっぱいでした。

そしてそれを機に、どれだけ自分の中の不安や恐れが強いのかよーくわかりました。

もちろんグランディングはだだ下がり(笑)
自己ヒーリングをしてもブロックして先に進まない。

そんな中、集合無意識に焦点を絞ったところ、

イライラする→満たされない

自分への信頼、たとえ失敗してもうまくいかなくても自分は大丈夫だという感覚。

満たされないからそれを満たすためにお酒で紛らわそうとしたり

物を買ったりしてました。全くの悪循環。
でもわかって本当に良かった。

私、ウイルスによって仕事がキャンセルになるかもしれないということに

対してとっても不安を持っていたのでした。

まあエンターテイメントは一番にカットされるし

大阪のライブハウスでコロナが出たという話もありますしね。

そしてそれを調整したら、嘘のようにニュースが気にならなくなったばかりか

今まで書いたこともないような曲が天から降ってきました!
これにはびっくり。

さっきもラジオで言ってましたが、コロナは新しいウイルスなので

疑心暗鬼になるのはわかるけど

それほどひどい病気ではないと・・・。

ほんとにその通りだと思います。

もし仕事がキャンセルになったらのりこさんが書いていた通り

普段できないことをやったり

私の場合はもっと家の片付けをしたり

練習、そして曲を書いたりしてこの騒動が終わった後に備えようと思っています。

とにかく今回のことで色々学びました。

かつてなかったほどのネット社会。

情報に翻弄されがちですが、「今」を大切にしていきたいと思っています。

何はともあれまずはグランディング!

彼女が今回、自分自身の恐れをちゃんと見ていかれたことも
またそこから学ぶというあり方も素晴らしいし

そしてそれを多次元キネシを活用されて解放されているのも

とても嬉しかったです。

それにしても、こういう時は、本当に集合無意識
繋がりやすいのですよね。

実は、前回のブログをアップしてから、なんかちょっとモヤモヤするなあと思って

筋反射で見て行って、わかったのが

私も、集合無意識の影響が少なからず、あったということでした。
私の場合、ウィルスへの恐れとか、経済的なことに関する集合無意識ではなく

政府やメディアに対する憤りと

それに翻弄されてしまう人々へに対しての悲しさ、虚しさでした。

(メディアに翻弄されてしまう人々に関しては、集合無意識というより
最近、読んだ本の内容が影響していましたが)

私は、911以降、散々、アメリカ政府やメディアのやり方や

情報操作やコントロールの仕方を見てきたこともあって

正直なところ、政府の対応も、メディアの情報も信頼しておらず
そこからの情報は、何らかの意図がある可能性をいつも認識しているし
またSNSなどで人々が拡散している情報も

偽情報が多いと思っているので、ほとんど見ていません。

ただ、致死率や感染率がどのぐらいであるか?とか

他のインフルエンザやこれまでのウィルスとの違いなどの情報や

数値は見のですが
実際、
人々が恐れているのは、そこではないんですよね。


世の中、様々な情報が溢れていますが

それが例え、事実であっても

どういうところにフォーカスして発信しているかによって

受け取る側の印象は、全く違ったものになります。

例えば、アメリカで2万人近くが亡くなっている

インフルエンザウィルスのことについては

これほど大々的には、報道されていないということも
一つの情報でもあります。

コロナには、特効薬やワクチンがないということで

恐れている方もいるようですが

今、アメリカで流行っているインフルエンザは

ワクチンがあっても、こんなにも多くの人たちが亡くなっているわけです。

そもそも、いまだに、だだの「風邪」であっても

特効薬はないのですから。

メディアや政府が「特効薬がない。ワクチンがまだない」というところに

フォーカスして、情報を発信すれば

これは、他とは違う、とても怖いものなのだ、とか

このウィルスを完治させるには、ワクチンが必要である

と人々が受け取ってしまう可能性も高くなると言うことです。

昔、働いていた職場に、毎年、インフルエンザワクチンを打っているのに

毎年、インフルエンザにかかって、重症になっている人がいたのですが

ワクチンは効かないだけではなく、さらに免疫力を下げるし

いずれ、別の様々な病気にかかる危険性も高くなると

私は思っています。

と言うことで、私の集合無意識との繋がりを解除した途端に
その恐れから別の意識に変わったというメールを頂いたり
有益な情報を発信されている方を見つけたり
おかげで、さらに信頼を高めることにつながりました。

今の時代、何かが起こることによって
人それぞれに、いろんな気づきや変化が
加速して起こる可能性があるということを
改めて感じています。








最終更新日  2020年05月08日 17時19分22秒
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