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2018年05月18日
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カテゴリ:つれづれ

先日、大切な友人、ちずちゃんが、この世を旅立ちました。

享年47歳の若さでした。

私も、そして他のちずちゃんの友人たちも、彼女が乳がんだったことも

今年1月から入院していたことも、何も知らされていなかったので

突然のお知らせに、頭を殴られたかのようなショックで

すぐには受け入れることができず

どうして、なぜ?と行き場のない悲しみでわんわん泣いたり

ぐるぐる考えてみたりして、丸2日過ごし

今、ようやく少し落ち着いてきたところです。

(たった丸2日間が、もう何ヶ月経ったかのように感じるのだけど)

虫の知らせだったのか、たまたまそのお知らせを受け取った次の日から3日間

私は連休を取っていたのが幸いでした。

バリから戻ってから、ずっとセッション続きだったこともあり

久々に休みを取って、ゆっくりして、余裕があればスキャンリストの修正や

6月のクラスの準備もするための休みだったのですが

おかげで、この3日間に私自身の気持ちの整理を

少しずつやることができています。

(というより、ひたすら号泣しているだけなのだけど)

一体、何がどうなってそんなことになってしまったのか?

最初は混乱する中で

弟さんとのメールのやり取りでわかったのは

彼女が体調を崩したのは、2年前でしたが、原因不明の骨折ということで

それから調べたら、乳がんが見つかったとのこと。

見つかった時には、すでに骨転移していて多発骨折を起こしていたこと。

彼女は、大切な友人を悲しませたくない、と

家族以外の誰にも、本当の病名は話さないと固く決めていたのだそう。

今年になって、入院して、余命半年から1年と医者から宣告されて

弟さんとお母さんが「本当に誰にも伝えなくていいの?』

と何度も聞いたそうですが、頑として拒んでいたとのことでした。

「お悔やみ申し上げます」

という言葉の意味が、今回、初めてわかったような気がします。

これまで私は、起こったことを後悔したり、悔やんだりする性質ではないし

父が亡くなった時も、長年の闘病生活から解放されたことも含め

心の準備もできていたので

決して悔やむことはなかったけど

ちずちゃんのことは、こうすればよかったのではないか

あれがいけなかったんじゃないか

などと、あれこれと悔やんだり、もし~~だったら~~だったかも知れないのに

などとついつい考えてしまうのですね。

ああ、それにしても、いつかあの世で、ちずちゃんに会ったなら

思いっきり、文句を言いたい。

どうして何も話してくれなかったの?

そういうところが水くさいのよ。

どうして、肝心な時に、頼ってくれなかったの?

ガンだと分かっていたら、もっとやれることがあったかもしれないのに。

ガンのためのモジュールが効くかもしれないし

その他の方法だって、あれこれ研究してきたんだよ。

もちろん、それをやって、治るとか治らないかはわからないけど

試してみることぐらいやってもいいじゃない。

私だけじゃなく、周りの人たちに、自分がガンだと伝えることで

治療や癒しに有効な情報が入ってきたかもしれないでしょ?

世の中、末期ガンから生還した人なんて、山ほどいるんだから

ちずちゃんに合う方法が見つかったかもしれないじゃない?

いや、何よりもどうして、一人で問題を抱え込もうとするのよ。

どんだけの思いで、それを言わずにいられるのよ。

家族以外の誰にも何も言わずに逝ってしまうなんて、悲しすぎるよ。

そう文句を言ったら、ちずちゃんは、なんと答えるのかしら。

「いや~、このまま治ると思っていたんだよね~

だから、みんなには、治ってから話そうと思ってたのよ」

なんて、笑って言うのかしら。

私とおさむが彼女に最後に会ったのは、

去年の10月、長野でのクラスの前のことで

一度、東京で会って食事したのですが

その時は、少し痩せて顔色は決してよくなかったけど

それでも、楽しくお酒も飲んでいて

それから1か月後の11月には、マッサージの仕事に復帰したとのことで

よかったなあと思っていたのですが

今年の1月に再び倒れ、救急車で運ばれて、そのまま入院して

4月に容体が悪化したとのことでした。

もし、ガンだとわかっていたなら、絶対に仕事への復帰は

やめた方がいいと伝えていたのに。

マッサージは、人のエネルギーに直接触れるお仕事なので
病気でエネルギーフィールドが弱っている状態では
リスクが大きすぎるから。

悔やんでも、もうあちらの世界に旅立ってしまったちずちゃんに文句を言っても、

何も変わらないこともよくわかっているけど。

ただただ、悲しい。

こういう時に、スピ系のポジティブな理屈は何の役にも立たない。

以前、ちずちゃんと「のりこさんとは前世からのつながりみたいですよ」

なんて、話していたけど、例え、また来世で会うまでの短い間の別れだったとしても
ある次元では、何も変わらずつながっていたとしても

肉体を持ったちずちゃんとしては、もう会うことができないのだから。

「イヤ~ん」と、ちょっとはにかんだように話す仕草も

不自然なくらい、ゆったりと優雅な歩き方も

「それって~~じゃな~い?」とケラケラと笑う笑顔も

もう二度と見れないのかと思うと、本当に寂しい。


(この文をアップしながら、すべてのものは変化してゆくのだから
もう二度と見れないものばかりなのだという真実も
同時に感じているのだけど)

弟さんによると、ちずちゃんから家族への手紙が出てきたそうで

その中で

「自由にやりたいことができたので、人生に悔いはない」

と書かれてあったのだそう。

ちずちゃんらしい、潔さだなあと。

でも、弟さんは

「私はそうは思いません。親しい友人に話をしないまま旅立ってしまったことに

後悔しているんじゃないかと思います」

と書かれてありました。

どんなに人に心配かけたって

どんなに人を悲しませたって

どんなに人に迷惑をかけたって

それでも、分かち合って欲しかったし

できるなら、1日でも長く生きて欲しかった。

そのために、少しでも私たちができることをしたかった。

エネルギーを送り、祈ることさえもできなかったよ。

もし反対の立場だったら、きっと、ちずちゃんも同じように思うんじゃないかと思うよ。

なのに、自分はひっそりと逝ってしまおうなんて、ひどいよ、ちずちゃん。

彼女の、何よりも人の気持ちや幸せを思う優しさと

一度決めたら、頑として伝えないという強い意志の力と

弱さや愚痴を言わずに、自分の力で何とかするという自立心とプライドと

いざとなったら、きっぱり諦めるという潔さと

どれも、ちずちゃんらしいけど

その性質がこういう運命に導いたというのか

それともそういう運命だから、そういう性質に生まれたのか。


ちずちゃんは、いつか私のことを侍ヒーラーって言ってたけど

侍は私じゃなくて、ちずちゃんだったよ。

私は侍になるのは、セッションの中だけだけど

ちずちゃんは、生き方そのものが侍なんだよね。

女性は人に甘えて、わがままに、楽して生きるのよ

って、以前、何度も言ったのに、最後までわかってくれなかったんだから。

ガンは自分の細胞を壊す病気だから、ガンになったなら、ひたすら自分に優しく

人に甘えなきゃいけないんだって、ちずちゃん知ってたよね?

なのに、どうしてだよ~~。

ちずちゃんが、私のセッションを最後に受けたのは、もう3年ぐらい前なので
私の宇宙系遺伝の調整は一度も受けたことなかったのだけど
あ〜こんなことなら、無理やりでも
人のために尽くす、自分より人の気持ちや幸せを第一にしてしまう金星遺伝や
自分は大丈夫〜と弱さを出さないシリウス遺伝の調整
やっとけばよかったわ。


と、そんな問題ではないことも、よ〜くわかっているのだけどね。

そして、どんなちずちゃんだったとしても

ちずちゃんとの出会いは、私の人生の中でかけがえがない宝物であることは

間違いないよ。

私は知り合ってから、それほど長い年月ではないけど

その人生において、たくさんの人たちに、素敵な影響を与えてきたね。

ちずちゃんのこと、絶対に忘れないという人たちがたくさんいるよ。

たくさんの人たちが、ちずちゃんから愛を受け取り

そして愛を送っているよ。

本当にありがとう。

この世に生まれてくれて、出会ってくれて、つながってくれてありがとう。

どうか安らかに天に宇宙に戻られますように。

いつかどこかでまた会える時まで

魂の友人、ちずちゃんへハート(手書き)
                

こうしてお手紙を書くと、また気持ちが少し落ち着いてきます。

読んでくださった方々、ありがとうございます。

来週24日に、ブルックリンの自宅で

ニューヨークでちずちゃんと親交のあった8、9名が集まって

ちずちゃんの旅立ちを祈る追悼の会を開くことになりました。

「友人を悲しませたくない」という、ちずちゃんの最後までの強い願いに応えて

ちずちゃんとの思い出を語りつつ(文句も言いつつウィンク)酒を飲んで、楽しい会にしたいなあと。

おさむは、ちずちゃんの旅立ちのためのサウンドヒーリングをやる予定です。

弟さんが

「姉は、本当は寂しがり屋なので、追悼の会を開いてもらうこと

とても喜んでいると思います」

と言ってくださったけど

そう寂しがり屋なのに、大丈夫なふりして、全く素直じゃないんだよね。

弟さんによると、ちずちゃんは、入院中何度も

ハワイにまた行きたい、今度はお母さんを連れて行きたい、と伝えていたそう。

弟さんは、いつかハワイでちずちゃんの骨を散骨したいとのことでした。

もしも、私たちもそのタイミングで、ハワイに行けたなら

ハワイ島でのちずちゃんとの思い出の場所に行きたいと思っています。

ちずちゃんとの思い出は尽きないけど

これは3年前、ハワイ島で最高に楽しかったビーチでの写真。

左側から、おさむ、かずよちゃん、私、ちずちゃん。






キューピットみたいな男の子と遊ぶ、女神様のようなちずちゃん。

あ~写真見てると、また涙止まらなくなる。

       



       








最終更新日  2018年05月18日 07時13分23秒
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