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日本のこと 世界のこと

2019/08/22
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何気なく、昔書いた自分のブログを見ていて、たまたま2007年の【「二宮金次郎」って誰だ?】という記事が目に留まった。
なにしろ10年以上前なので、私自身が書いたものなのだが、私自身も忘れていて「?」と思って読んでみると、自分の書いたものにまたまた共感してしまった。
まあ、自分の書いたものだから、共感するのは当たり前だが。
気になる人はこちら
⇒​「二宮金次郎」って誰だ?

二宮金次郎と言えば、すでに50才を迎えた私の世代であっても、名前は知っているが・・・・、という程度の人が大いに違いない。
今の若い人は名前も知らないかもしれない。
かつては日本中の小学校にあった、薪を背負って本を読んでいる銅像の人物である。
当然、戦前の教育を受けた人だったら誰でも知っている人物だ。
しかも、短期間であったが、戦後に発行された1円紙幣の肖像にもなっているという。
でも、今では、知る人も少ない。

なぜ、二宮金次郎の話を学校で教えないのか?
かつて書いたことなので、詳細は割愛するが、結果、「やっぱり、道徳って必要だよな」と思った。
道徳に関しては、戦前に「修身」という授業があり、それが天皇崇拝につながって、戦争の原因になったということになり、今でも右翼的なイメージを持っている人が多い。
そのため、国が「道徳教育」というと、「戦前に戻るのか」といった議論になってしまう。

国を愛することは、その国の歴史に誇りを持つことでもある。
戦後、日本人は、自らの歴史を否定することで、国を愛せなくなってしまったように思う。
歴史というのは、単に年表を覚えることではなく、そこに生きた自らの祖先に思いを馳せることでもだ。
それは決して「日本史」の授業ではできない。

「修身」という授業の内容には、確かに天皇崇拝や正当化に偏った部分もあったと思われるが、たとえば二宮金次郎の話のように、「自らの利得ではなく、公に尽くすことの美学」というものを、小さなときから当たり前の話として習っておくことは大切であるように思う。

国民性という言葉があるが、それは、その国民が「何を美しいと思うか」ということでもある。
裏返すと、何を「恥」と思うか、ということでもある。
東日本の大震災において、自分の命さえ危うい非常時でさえ、我先に行動せず、人に「譲る」という行為を整然と行ったことは、全世界で驚かれた。
それは、終戦後の日本にも通じるし、明治維新の時にも通じ、おそらく、そのずっと前から日本にあった「美学」なのではないか。
今でも、日本人のDNAの中に残っている美学も、このままいけば、だんだんと希薄になってしまうのではないか。
そういう不安も感じてしまう。

しかし、一方で、その美学を強要することが「自由の侵害」である、という人もいる。
二宮金次郎でさえ、肯定的にとらえる人と、否定的にとらえる人がいるとすれば、やっぱり「道徳」を学校で教えることは難しい。
「人にやさしくしましょう」と総論ではみんな合意しても、自分の空腹を我慢して、友達に食べ物を分け与えることになると、賛否両論でてくるに違いない。
日本人の美学としては「武士は食わねど高楊枝」なのだと思うのだが・・・。
結局、今の日本では、「日本人の美学」とひとくくりにしてしまうことはタブーなのだろう。

結論。
学校で道徳を教えることは難しい。






Last updated  2019/08/22 12:52:39 PM
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2019/02/25

祖母の13回忌の法事が、ありました。
家族にとっては大事なことですが、まあ、家族でなければ全く関係のない話です。
本日はそれに絡めてちょっと書いてみます。

今回の法事は、祖母の13回忌。
祖父はもっと早く亡くなっているので、祖父母の代はもういません。
親がいなくなると、兄弟とはいえ、なかなか集まる機会もなくなってきます。
ましてや、いとこ同士となると、親戚の葬式くらいしか会う機会もなくなったりします。
今回、数名のいとこに会いましたが、前回は、5年前の母親の葬式の時だったりしますね。
おそらく、祖母の法事も13回忌で終わりだと思うので、次に会うのは、誰かの葬式・・・・。
なんて、笑えない現実です。

もともと我が家の先祖は、太田川流域の立岩ダムの底に沈んだ地域に住んでいて、戦前に今の場所に引っ越してきたとのこと。
ダムの底に沈んだ家の材料を持ってきて建てたらしいです。

田舎の家にいくと、亡くなった先祖の遺影が長押の上に掛けられていますよね。
「家」とは、祖先から連なる人の歴史でもあります。
「家」の概念が希薄になって、「個」の力が相対的に大きくなるということは、歴史の重みが希薄になることでもあるかもしれません。
この土地を守ってきた先祖への感謝とか、苦労に対する畏敬とか、そういったものがなくなっていくのはちょっとさびしいですね。

うちは、もともと農家で、廿日市市吉和(旧佐伯郡吉和村)に昔の家が残っているので、親戚が集まることもできますが、古い家も、人が住まなくなればほどなく壊れてしまうものですし、ましてや、東京や大阪に行ってしまえば、墓参りさえもおぼつかなくなってきます。

お坊さんに「立派な仏壇で」と言った頂けるのはいいのですが、大きな仏壇では、町の家には置けません。
家が朽ちていくと同時に、仏壇も一緒に朽ちてしまうのか・・・・。
せめて、私が生きている間はなんとか、とは思うものの、我が家も二人の子供たちは東京方面に就職してしまい、今のところ、広島に帰ってくる見込みなし。

これは、別に我が家に限ったことではなくて、日本全国各地で、起こっている問題。
この家の周囲もすでに空き家がいっぱいです。
私は写真を撮るのが趣味だったりするので、棚田などにもよくいきますが、棚田を作るために積んだ石の一つさえ「家の歴史」であり、「先祖の遺産」であったわけですね。

今は、長男である、うちの父親も生きていて、なんとかこの古い家の面倒も見ていますが、父がいなくなってしまうと、どうなるのかな、なんて思ってしまいます。
なにしろ、買い物一つするにも苦労する過疎地。
うちの父親も、普段は便利のいい場所に住んでいて、畑の面倒をみるために、週末訪れる程度。
それでも、3年くらい前に、瓦をぜんぶやり替えました。
父のとっては、自分の育った懐かしい家です。
ただ、不便だし、さらに年を取れば今のように行ったり来たりもできなくなるでしょう。

父がいなくなると、この家も時の流れに押しつぶされるように崩れてしまうのかな、なんてさびしい気持ちになったりします。
おそらく、父も、それが心残りの一つだと思います。
子供のころには、この家に、いとこがいっぱい集まって、わいわいガヤガヤしてました。

せめて、なんとか寝泊りができる状態をキープして、親戚が自由に使えるようにできないものか、なんて思ったりしますが、なかなか難しいでしょうね。
お金もかかります。

親孝行だと思って野良仕事の手伝いには行きますが、おそらく、父親がいなくなれば、この家の周りに野菜を植える人もいなくなって、荒れてしまうのかな・・・。
おそらく父は、そういうことまで心配なんだろうなあ、なんて思います。

どうでもいい話ではありますが、おそらく、そういった漠然とした寂しさを日本人の多くが持ちながら、都会で働いているんだろうなあ、とも思うわけです。

心の中で思えばいい程の戯言、失礼いたしました。






Last updated  2019/02/25 07:23:58 PM
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2018/12/18

お堅いタイトルですが、この問題は大きな問題ですね。
私の周辺では、実感が少ないものの、東京に行けば、コンビニの店員はほとんど外国人だし、会社のある工業団地でも、あきらかに中国系と思われる赤やピンクのジャケットをきた人たちが歩いて通勤しているし、広島市でも東側の自動車関連の工場の多いところでは、外国人が増えているというし、いつの間にか外国人労働者なしでは社会がなりたたなくなった、という印象です。

冒頭の写真は、私がよく写真を撮りに行く地御前。
堤防の下にいる若者たちは、話している言葉からすると日本人ではありません。

話している内容が分からないので、あくまでも推測ですが、牡蠣打ち場で働いている「研修生」だと思われます。
そして、彼らが堤防の下で探しているのは「貝」かなにかの食べられるものなのだと思います。
私の知り合いに、広島市の江波というところで牡蠣打ちをしている人がいるのですが、「若い子はほとんど中国人」と言ってました。
朝早くから起きて、寒く冷たい環境の中で牡蠣打ちをするような仕事は、今の日本の若者ではなり手はないでしょう。

今朝のニュースでは「コンビニの無人化」のことをやっていましたが、確かにハイテクで解決できる分野もかなりあるでしょう。
今は問題になっているトラックの運転手不足も、自動運転が実現すれば、長距離トラックの運転手は不要になるでしょう。
ただ、人がやっていた部分を機械に置き換えていって、それでもやっぱり最後に残る仕事というのは、ローテクであっても、きわめて複雑で機械化やロボット化できない分野、ということになります。
本当に単純な労働であれば、それは容易に機械にさせることができます。

今回の「外国人労働者受け入れ」問題は、介護関係、看護関係、建築現場作業員など、日本人の若者が避けたい仕事や、人材の需要と供給が明らかに崩れている仕事が中心になります。
今まで「技能研修性」という制度や、留学生という制度でもって、人材不足をカバーした結果、就労が目的の留学生や、お金を稼ぐことが目的の研修生がやってきて、結果的に、行方不明になったりして、実態が分かりにくい、という問題がありました。
違法と適法のきわめてグレーなゾーンにいる人たちがあまりに増えてしまってどうしようもなくなった、というのが実態でしょう。

とりあえず、グレーなゾーンをカバーする法律を作って、行政の管理下に置こうというのは、今回の法律改正の目的なのでしょう。
グレーな部分まで覆うようにとりあえず法律の網をかぶせてしまおう。
中身は、これから検討、というようなおおざっぱな形になってしまった、というのが実態かと思います。
それほど実情は切迫している、ということなのかもしれません。

問題点となっているのは、
・「移民政策ではない」と言っているが、明らかに「移民政策」ではないのか
・外国人労働者の待遇もはっきりしないまま受け入れを拡大するのは、外国人労働者の人権を軽視しているのではないか
・外国人労働者に混ざって、スパイなどの犯罪者まがいの人間も入りやすくなるのではないか
・外国人がたくさん入ってくると、犯罪が増えて、治安悪化につながるのではないか
といった点だと思います。

どれも大きな問題ではありますが、とりあえず、法律を変えてから、細かなことは議論する、というスタンス。
その是非については議論の余地があると思いますが、コンビニ、工場、飲食店などに外国人が増えている状況を見ると、細部まできっちり決めてから法律を作るほど悠長なこと言っていられない、ということなのかとも思いますね。

大事なのはこれから、具体的に決まっていくであろう、中身の問題です。
まずは、グレーな部分に光を当てて、しっかりと実態を把握するとともに、日本の将来の形をどうすべきなのか、考える必要がありそうです。
感情論や理想論だけでは解決しそうにありません。






Last updated  2018/12/18 12:43:03 PM
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2018/08/06

今日は、広島に原爆が投下された日です。
私の身近にいた被爆者は、父方の祖父だけでしたが、祖父のそのことをほとんど語りませんでした。
私が聞かなかったということもあるかもしれませんが、父曰く「あまり語りたがらなかった」らしいです。
祖父は中国山地の山間の村である吉和村に住んでいました。
体があまり丈夫ではなかったこともあり、軍隊には入隊せず、原爆投下の直前まで、広島にいて、軍関係の仕事に駆り出されていたようですが、原爆投下の前日、休暇で吉和に帰ってきたとのこと。
そして原爆投下。
「広島で大変なことが起こったらしい」という話はすぐに山間の村にも伝わり、祖父は原爆直後の広島へと向かいました。
そのため、直接の被ばくはなかったものの、原爆投下直後の広島に入りました。

もともと寡黙な祖父ではありましたが、おそらく語るに堪えない記憶になってしまったのでしょう。
祖父はすでに他界し、今となっては、もう聞くこともできませんが、本当はちゃんと聞いておくべきことであったのだろうと思います。

広島に生まれ、広島で育った私たちの中には、「核兵器=絶対悪」という観念があることも事実です。
ただ、この世界に戦争がある間は核兵器がなくなることはないでしょう。
なぜなら、核兵器くらいコストパフォーマンスのいい兵器はないからです。
事実、国民全体が貧困にあえぐ北朝鮮でさえ、核兵器を持っているとされています。
核兵器はその破壊力の大きさゆえに、実際に使うことが極めて困難な兵器である一方、交渉の材料としては極めて有効です。
北朝鮮を見ていると、それがよく分かります。
「核兵器のない世界」というのは、「戦争のない世界」。
あるいは、核兵器さえも意味がなくなるほどの、さらに威力とスピード感のある兵器が生まれた時でしょう。

そう考えると、「核兵器の廃絶」を訴えること自体はあまり意味のないことのように思えてきます。
こんなことを書くと、非県民ということにもなりかねませんが・・・・。

1945年8月。
広島に投下された原子爆弾は、これまでにない破壊力と、残存した放射能による後遺症を残しました。
その悲惨な光景を目の当たりにしたがゆえに、広島の「核」に対する拒絶意識は絶対です。
ただ、戦争のある限り、核でなくとも人は殺されるし、核で死んだ人と、通常兵器で死んだ人と、人の死というレベルにおいては、核だからダメで、通常兵器だからOKということはないはずです。

オバマ大統領の折った鶴。
オバマ大統領の演説には、実は私もウルウルときました。
ただ、思えば、核兵器の廃絶を考えるより、戦争のない世界について考える方が現実的であるような気もします。

「なぜ戦争をするのか」という問題を一人ひとりがしっかりと理解し、その原因を取り除いていく努力をすることこそ大事なのでしょう。
中東やアフリカではなぜ、人が殺しあっているのか?
ロシアななぜ、クリミア半島を占領したのか?
中国はなぜ、南沙諸島に軍事基地を作ろうとしているのか?
それにはやはり原因、理由があるわけです。
そういう背景を置いておいて、「核廃絶」を訴えるだけでは、ただのお題目になってしまいます。
ある意味、広島の「核廃絶」は、お題目になりつつあるようにも思います。
核が存在する背景をしっかり理解することなく、「戦争反対・核兵器反対」を訴えることは、逆に思考停止を招きかねません。

「人はなぜ戦争をするのか?」という問題は、「人間にとって幸せとは何なのか?」という問題ともつながっています。
奇しくも、西日本豪雨災害で広島が大きな被害を受けてから、今日で1か月。
「日常を取り戻す」という作業に大きな労力を注ぎつつ、「日常」というものがどれだけ幸せなものであったかを気付くきっかけでもあります。
「人はなぜ戦争をするのか?」という一見大きな問題は、「日常という幸せ」という身近な問題の延長線上にあるような気もします。

広島の原爆の日。
そんなことを思いました。






Last updated  2018/08/06 01:14:44 PM
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2017/03/28
日曜日のことですが、用事があって、広島市内へ。
その際、うちの奥様が「オバマの折鶴」が見たい、ということで、平和公園に行ってみました。

原爆資料館と原爆ドームは、トリップアドバイザーでも外国人に人気の観光地、ナンバー2に選ばれていて、さすがに外人の姿が多いですね。

印象的には、半分は外国人ではないか、というくらいです。

原爆資料館に入ると、きのこ雲のパネルが並んでいます。
この資料館で残念なのは、入り口付近のスペースが狭く、かつ、読んだり見たりするのに時間のかかる展示が多いため、人がたまってしまって、混雑することですね。

原爆のがれきの中をさまよう人を再現したコーナー。
皮膚がぼろぼろになって、皮が垂れ下がって、直視できないくらいな状況をマネキンで再現してあります。
あまりに悲惨な状況に、写真も撮れませんが、生々しすぎるので撤去するというような話もありましたが。
子供のころから、このコーナーは怖かったですね。

海外のツアーの方が、説明を聞いておられました。
団体が止まると、通り抜けが困難になってしまうのも、この資料館の弱点です。
入場者も増えているので、もう少しゆったりと作り直した方がいいですね。

原爆投下直後の広島市の模型。
赤い球が爆心地。

狭い資料館を抜けると、通路があり、慰霊碑とドームをまっすぐに見ることができます。

通路スペースには、オバマ大統領が折った鶴が展示されています。
私が前回訪れた時には、資料館に寄贈されたもの2羽と、子供たちに贈られたもの2羽の計4羽が展示されていましたが、今、二羽は貸し出されていて、残る二羽の展示となっています。

オバマ大統領の広島訪問は2016年の5月。
まだ1年もたっていないのですが、その間、トランプ大統領が大統領になり、その旋風のせいか、もう相当昔のように感じられますね。
オバマ演説について、私は大変感銘を受けました。
唯一の原爆投下国の大統領ですので、言葉を選びつつではありましたが、戦争で被害を受けた一人ひとりの苦しみにも配慮した、とてもいい演説であったと思います。

世界できな臭いのは、中東と朝鮮半島ですね。
それから、覇権主義中国というのも相当危ういです。
この問題が解決しないと、本当の軍縮も、核廃絶も難しいでしょう。

北朝鮮は、もっと早く国がひっくり返ると思っていたにも関わらず、思いのほか持ちこたえてしまい、どんどん危うさを増してしまいました。
中国にとって、北朝鮮の存在は、中国の存在意義を高める切り札の一つですから、容易に滅びてもらっても困るのでしょう。
そのあたりの事情を背景に、まさにやりたい放題と言ってもいい状況。
中国が北朝鮮を飼い慣らしているつもりだったのが、いつの間にか、野犬になってしまった感じでしょうか。
それでも餌を与えざるを得ないのが中国の事情。

大国でありながら、今なお民主化されていない中国の問題と、前時代的な専制君主国家である北朝鮮の問題というのは、おそらく同じ根を持つ問題なのでしょう。

オバマさんは、ちょっと理想主義が過ぎたのかな、とも思います。






Last updated  2017/03/28 12:41:40 PM
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2016/12/13
12月11日の日曜日、うちの奥様は社員旅行で不在であったので、一人でぶらりと、大野から地御前あたりの海沿いに出かけました。

いろいろ回って最後に訪れたのが、地御前の防波堤。
そこで、寒風の中、引潮が始まった海に若者たちを見つけました。

会話を聞いていると、日本語ではなく、中国語のようです。
地御前は牡蠣の産地ですが、近年は働く人も減ってきて、中国の人を使うケースが増えているようです。
「研修生」ということなのか、不法滞在なのか、それは分かりません。

寒い時期に、まだ暗いうちから起きて行う牡蠣漁の仕事は、相当きつく、日本の若者にはなり手がいないのでしょう。

堤防から浜に降りて、最初の難関である水路越え。

ここを助け合って、超えて行く姿がとっても微笑ましいです。

この日は寒風の吹くかなり寒い日でしたが、エンジのTシャツの彼などは、素足にビーチサンダルで、かなりの軽装・・・。
彼らは浜辺で何かを拾っているようです。

何かなと思ったら、アサリでした。

砂を掘ったら、もっとたくさん取れるよ!と教えてあげようかと思いましたが、やめました。
このあたりは、アサリの養殖も行われているので、「掘ってはいけないけど、落ちているものはいい」という風に言われているのでしょう。

防波堤の上にいる私に気づいた彼女らは「こんにちわ」と、ちょっと妙なイントネーションで声をかけてくれました。
私も「こんにちわ」と返しましたが、素朴な笑顔がとても印象的でしたね。

故郷を離れて、遠く日本に来て、稼いだお金のほとんどは貯金して、そして国に帰っていくのでしょう。
彼らの求める幸せと、日本人の求める幸せの価値には、なんら違いはありません。
こうして集めたアサリは、彼らの今日の夕食になるのでしょう。

牡蠣漁や牡蠣打ちのようなきつい仕事につく若者はおらず、それでも牡蠣漁を続けていくには、外国人を雇わざるを得ないのが実情です。
事業を継続していくためには、背に腹を変えられない問題です。

2013年に、広島県の江田島で、中国出身の外国人研修生に、カキ養殖加工会社の社長と女性従業員が殺されるという事件がありました。

私は、基本的に移民の受け入れには反対ですし、外国人が日本に増えることは好ましいとは思いません。
が、現実の問題として、「現場」では困っているのも事実でしょう。
牡蠣に関わる仕事もそうですが、建設の現場、介護の現場など、肉体的にキツイ仕事ほど日本人のなり手は少なく、しかも、先端技術では効率アップできない部分でもあります。
逆に、「知的」と言われる労働の多くは、かなりの部分、「工学的な技術」でカバーできるでしょう。
日本の人口が減少してきても、日本の技術力で、生産力を保つことは容易です。
しかし、いろんな現実的な問題と生で接する「現場」ほど、技術革新の恩恵を受けられず、慢性的な人材不足となっています。

外国人が増えれば犯罪が増える、というのも、おそらく、統計的には事実でしょう。

難民受け入れや、労働移民の受け入れを緩めれば、最初から犯罪を犯すつもりで来日する輩も入り込みやすくなります。
また、日本にやってきたものの、日本の文化になじめず、生活が荒んでいく中で犯罪者となる場合もあるでしょう。

力を合わせながら、潮の引いた海でアサリを拾う彼らを見つつ、なんだかとても微笑ましい気持ちと、彼らの幸せを願う気持ちと、日本の将来を不安に思う気持ちが交錯していました。

牡蠣棚の向こうに見える島が宮島です。






Last updated  2016/12/14 11:53:10 AM
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2016/07/22
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7月17日の日曜日、うちの奥様が広島市中区紙屋町に用事があるというので、広島市内に出て、駐車場に車をとめ、奥様は、広島そごうに行き、その間私は平和公園を散策することにしました。

言うまでもなく、世界遺産の原爆ドーム。
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平和公園入口の元安橋のたもとには、外国の街角を連想させる、ちょっとお洒落なレストランがありますね。
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ここはいつもオレンジを大量に並べていて、鮮やかで、目をひきます。
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慰霊碑の前。
欧米系の外国人の姿が目立ちます。
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本郷新の作品で、嵐の中の母子像。
100M道路から平和公園に入ると、噴水の手までに設置されています。
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母の強さを表現した像ですが、母が、こういった究極的な強さを発揮せずに、やさしいままで生きていける世の中を守りたいですね。

噴水越しの原爆ドーム。
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そして、久しぶりに原爆資料館の中に入ってみました。
オバマ大統領が来た影響か、すごい人で、狭い通路では身動きが取れない状態でした。
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ただ、妻との待ち合わせの時間もあるので、ゆっくりと見ることはできず、人をかき分けつつ急いで見学して通路に出ると、そこに、オバマ大統領の折鶴が展示されていました。

冒頭の二羽は、大統領から子どもに手渡されたもの。

こちらが、原爆資料館に寄贈されたもの。
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わざわざ、大統領自ら折鶴を折って持参するというのも、ちょっと心憎い演出ですね。

千羽鶴は、病気快癒を願って作られたものですが、原爆による白血病で入院した佐々木 禎子さんが、病室で鶴を折り続けつつ亡くなったということで、千羽鶴が平和への願いの象徴ともなって、今もたくさんの千羽鶴が広島に届けられています。

原爆資料館から慰霊碑と原爆ドームを望む。
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また今年も暑い夏がやってきました。
そうすると、広島県人は、原爆の日を思い起こします。
小学校の頃は、夏休み唯一の「登校日」が8月6日になっていて、みんなで黙とうして、それから平和学習をして、帰りました。
どうやら、今は違うようですが。







Last updated  2016/07/22 01:04:08 PM
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2016/05/30
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週末をまたいでの話で恐縮ですが、5月27日(金)の夕方、オバマ大統領が広島にやってきました。
テレビでも繰り返し放送され、おそらく日本中の人がそのシーンを見たと思います。

私がオバマの演説を聞いたのは、その日の夜のニュースになりますが、正直、なんだか、うるうるっときちゃいましたね。
年を取ると涙もろくなってきますので、そのせいもあるのでしょうが、想像した以上に踏み込んだ、感情のこもった内容であったと感じました。

これで核兵器がなくなるとは思いません。
オバマも、私が生きている間に無くすことは難しいと言っていましたが、国家同士が争っている限り、他よりも優れた武器を持ちたいと思うのが人間です。
そう簡単に放棄できるものではありません。

戦争のある限り、核兵器はなくならないでしょう。

オバマも言っていたとおり、科学の進歩は、人類そのものに大きな恩恵と、滅亡の危機を同時に与えてしまいました。
科学の進歩は、モラルの進歩を伴わなければ、人類そのものを滅ぼす、というのはまぎれもない事実でしょう。
武器のない時代には、殴り合って決着をつけねばなりませんので、人を一人殴り倒すために、相当の傷を自分自身も追わざるを得ません。
それから、棒や石のような単純な武器から始まり、刃物が生まれ、鉄砲が生まれ、大砲が生まれ、爆弾が生まれ・・・。
結局、どれだけ少ない労力で、どれだけ多くの損害を相手に与えるかという競争を繰り広げてきました。
そして、行き着いた先が核兵器です。

「核兵器をなくすこと」そのものは目的ではなく、人間同士が殺しあう「戦争」というものをなくさない限り、核兵器もなくなりません。

オバマの演説の中で、私が泣けてしまったのは、「1945年8月6日のあの日、今の私たちと何ら変わらない暮らしが、ここにもあった」というくだりです。
やっぱり、大事なのは、そいう視点だと思うのです。
戦争というものが、人間として持つべき、幸福を希求する権利を奪うものであるということ。
戦争のない世界=核のない世界
であって、核がなくなろうと、戦争がある限りは悲劇はいつまでも続きます。
逆に、核兵器が生まれたからこそ、人類は、その叡智でもって、戦争を回避するすべを見出していかねばならなくなったとも言えますね。

被爆者の方が、オバマと抱擁しながら泣いていたというシーンも印象的でした。
これまでの長い人生の苦労や、被爆したあの日の事や、いろんな思いが込み上げてこられたのでしょう。
被爆者と直接話がでくきるのもあとわずかだが、その記憶は残していかねばならないといった趣旨の内容もありましたね。
被爆者の方にも、複雑な思いがいっぱいあったと思いますが、オバマが広島に来たことで、自分たちの悲惨な体験が、世界への悲惨な体験になっていくことを実感されたのかもしれません。
被爆者の方の過去の悲惨な体験が、これからの世界の糧になっていくという大きな意味をもった瞬間でもありました。

これから試されているのは、今を生きている私たち、ひとりひとりなのでしょう。

今回のオバマ大統領の広島訪問で、そんなことを感じました。






Last updated  2016/05/30 07:39:13 AM
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2016/04/23
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突然ですが、私たちは意外に「ユダヤ人」について知らないな、と思い、ブックオフで本を買って読んでみました。
100円で買った本ですが、初版は、1986年で、相当古い本でした。

「ユダヤ人」と言えば、まず思いつくのが、ナチスに迫害されて、多くの人が犠牲になったということ。
それから、ロスチャイルドやロックフェラーなど、国際金融資本の親玉であること。
それから、旧約聖書の主役であること。
それから、日本の文化との共通点が多く、「日ユ同祖説」があること。
くらいのイメージでしょうか。

この本は、ユダヤ人の歴史について、その風習などを絡めて紹介しています。

ユダヤ人のややこしいところは、「日本人」とか「アメリカ人」とかいう、国に属した定義でもなく、また、必ずしも民族を表すものでもない、という点です。

この本の内容とは一致しませんが、私なりに流れをまとめてみます。

ユダヤ人は「カナンの地」で遊牧民として暮らしていたが、のちに、エジプトに移住、そして奴隷にされたが、モーゼに連れられて「出エジプト」し、神に与えられたパレスチナの地に移住、古代イスラエル王国を建国。
ダビデ王、ソロモン王の時に、栄華を極めるが、その後、北のイスラエル王国と南のユダ王国に分裂。
北イスラエル王国はアッシリアに滅ぼされ、南のユダ王国は、エジプトに敗れ、その後、バニロニアに囚われた。(バビロン捕囚)
このバビロン捕囚時代に、民族の誇りとアイデンティティを守るために、民族の伝承が成分化され、強固なユダヤ教の教えが形成されたらしい。

その後、バビロニアはペルシア帝国に敗れ、ユダヤ人はエルサレムに帰り、強国の属州として自治権が与えられてきた。
その後、ペルシャからマケドニア、シリア、ローマ帝国と宗主国は変わったものの、ユダヤ人は自治権を持ち、宗教も守って暮らしていた。

そんな中で、イエスキリストが登場。
ユダヤ教に批判的なイエスは、ユダヤ教の一派によってローマ帝国に訴えられ、処刑される。

その後、ローマ帝国は、ユダヤ人の自治を廃止し、迫害に転じる。
迫害から逃れたユダヤ人は、ヨーロッパ各地に移住するも、キリスト教の普及とともに、「反キリスト教者」「イエスを陥れた民族」ということで、迫害は続き、流浪の民となってしまいました。

そういう背景もあって、ユダヤ教徒は、都市に近い場所にコミュニティを作ってくらし、生きていくすべとして「教育」を重視してきました。
なにしろ、土地を所有することも禁じられていたりして、できる仕事にも制約があります。
己の才覚だけで生きて行かねばならないという必然性が、「優れた民族」を創り出したのでしょうね。

キリスト教が禁じてきた、「金貸し」はユダヤ人の得意とする仕事ですが、これは、「同胞から利息を取ってはならない」という宗教上の理由から、異端である、ユダヤ人にはそれができた、ということでもあります。
得意なというよりも、生きていくすべとして、せざるを得なかった、という側面もあります。

中世以降、経済に強いユダヤ人は、ヨーロッパ各国の国王にも重宝されたようです。
いわゆる宮廷ユダヤ人と言われる人たちで、国王の財産管理、運用を任されて強い権力を持ちました。
ただ、それは、ユダヤ人の中のごくごく一部であって、ほとんどのユダヤ人は隔離されて迫害の中にあったようです。
国際金融の代表格である、ロックフェラーも、もともとは宮廷ユダヤ人。
が、国王が変われば、全財産没収というリスクもあります。
「自己防衛」として、国際的なネットワークを作り、情報をいち早くキャッチすることが不可欠でした。

中世以降、国家間の争いも多発し、お金が必要な局面が多くなると、否応なく「経済に強い」ユダヤ人の活躍の場面が増えてきます。
産業革命が起こり、新しい経済のありかたとしての「資本主義」が必要とされてきたとき、それはおのずから、ユダヤ人の思惑を強く反映したものにならざるを得ません。

富を生み出す最大の装置は「戦争」ですし、富の拡大において、最大の障壁は「国家」という枠組です。
そういう背景があるからこそ、、「ユダヤの陰謀」が真実味を持って語られ続けるのでしょう。

ユダヤの陰謀の有無や、「資本主義」の是非や善悪はともかく、そういう背景ああることを知っておくことは重要ですね。


















Last updated  2016/04/23 09:58:56 AM
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2016/04/18
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私が書くまでもなく、熊本地方で大きな地震が発生し、今なお余震が続き、40人を超える方が命を落とされ、多くの方が避難されている状況です。
私には、とりあえず遠くから見守ることくらいしかできません。

この週末には姪っ子の結婚式があり、それに出席する息子たちを空港に迎えに行ったり、送ってきたりしましたが、その際にも、被災地に向かうであろう車両をたくさん見かけました。

救急車と消防車10台以上が連なって走っていたり、中部電力の車両が走っていたり、重機を積んだ自衛隊の車両が走っていたり。
最初の写真は、宮島サービスエリアに集まっていた自衛隊の車両です。
「災害派遣」と書いてあります。

日本という国は、本当に「天災」の多い国です。
地震、津波、火山の噴火、台風・・・・・。
それでも、それに負けないくらいの豊かさを持った国でもあります。

みんなで助け合って、みんなでこの国を守って行かなければなりません。
こういう時にこそ、日本と日本人の底力を見せなければ。

今回の地震で、命を落とされた方のご冥福をお祈りするとともに、被災された方々の普通の暮らしが、一日も早く取り戻されますよう、お祈り申し上げます。

そして、本当に微力ながら、WOODPROでも、義援金チャリティを始めることにいたしました。
足場板の「木っ端」の売り上げを東日本大震災の義援金として寄付する活動は今も続けていますが、広島の大規模土砂災害の際に始めた「OLD ASHIBA カードスタンド」の義援金チャリティは、広島の募金活動も一段落したということで中止していました。
今回、熊本地震を受けまして、義援金のチャリティを再開します。
ちょうど、年度も変わったので、4月1日以降の「OLD ASHIBA カードスタンド」の売り上げ金全額を熊本地震の義援金として寄付いたします。
HPの修正は間に合っておりませんが、ご協力の程、よろしくお願いします。

WOODDPRO 本店 「OLD ASHIBA カードスタンド」
WOODPRO 楽天市場店 「OLD ASHIBA カードスタンド」

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Last updated  2016/04/18 12:55:42 PM
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