カテゴリ:詩、俳句、短歌、川柳、都都逸等
無限に広がる宇宙には、文字通り星の数ほど恒星が存在し、その周りを惑星が回っているに違いない。太陽と地球のような恒星と惑星の組み合わせは、何も太陽系だけに限ったことではないだろう。ならば、地球上に生きる人類のような高等生物が存在してもおかしくない。 よしんば高等生物ならずとも、広い宇宙にはきっとどこかに何がしらかの生命体がいるはずだ。 このほど地球外生命の探査では、太陽系を超えて探す必要はないかもしれないという研究論文が二つ発表されたということです。 何と土星の衛星エンケラドスに、メタン菌生の生息の可能性があるというのです。 また、雨が10年に1度降るか降らないかの南米アタカマ砂漠(Atacama Desert)に生存する微小な細菌や微生物は、火星に同様の生命体が存在する可能性を示唆するという研究結果も発表されています。 どうも我々人類は寂しがりなのでしょうか、広い宇宙に友を求めたがるようです。 今私は、谷川俊太郎の有名な詩を思い起こしています。確か高校1年の4月に買い求めた現代国語の参考書の冒頭に載っていました。 二十億光年の孤独 人類は小さな球の上で 眠り起きそして働き ときどき火星に仲間を欲しがったりする 火星人は小さな球の上で 何をしてるか 僕は知らない (或いは ネリリし キルルし ハララしているか) しかしときどき地球に仲間を欲しがったりする それはまったくたしかなことだ 万有引力とは ひき合う孤独の力である 宇宙はひずんでいる それ故みんなはもとめ合う 宇宙はどんどん膨らんでゆく それ故みんなは不安である 二十億光年の孤独に 僕は思わずくしゃみをした 当時16歳を迎えようとしていた純真な青年( ← 私のことです)は、この詩が谷川俊太郎17歳の時に作ったものであることを知り、大いに驚いたのでした。 冒頭にあげた二つの研究が正しいとすれば、我々の知らない生物体が、この宇宙のどこかで、(或いは ネリリし キルルし ハララしている)のかも知れません。 このとき二十億光年の孤独に思わずくしゃみをした17歳の谷川青年は、やがて米寿を迎えようとしておられるはず。半世紀以上経ってもいまだに宇宙に仲間を求める人類に、齢九十年の人生を歩んでこられた谷川翁は、いかなる思惟をめぐらしておられるのだろうか? にほんブログ村 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2018年03月03日 16時38分35秒
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