刑法2
【第 2 問】一 1項詐欺 甲が、オーダースーツの製作販売を装い、Bから合計20万円を受け取った行為につき、1項詐欺罪(246条1項)が成立する。1 構成要件該当性 甲が、Bに対し、Bのためにオーダースーツを製作する意思がないのに、(1)製作販売契約の意思があるかのように申し向け、Bに好みの生地を選ばせたり、Bの身体の寸法を測るなどして、あたかも製作するかのようによそおい、(2)その4週間後、オーダースーツを引き渡すつもりがないのに電話で「完成した」と言って来店を申し向け、来店したBに既製品のスーツをあたかもBが注文したオーダーメイドのスーツであるかのように見せかけて手渡した行為は、Bをして処分行為に向けた錯誤に陥らせる行為であるから、「欺」く行為にあたる。 その結果、Bは、存在しないスーツの製作販売契約があるものと錯誤に陥り、甲に対し、はじめ内金として7万円、4週間後に残金として13万円、都合20万円の現金という「財物」を交付した。そうすると、甲の「欺」く行為とBの処分行為との間に因果関係も認められる。2 損害の要否 そうしても、Bは、甲から、20万円と引き換えに販売価格20万円の既製品のスーツ1着を受け取っている。そこで、Bには損害がないのではないか。詐欺罪の成立に「損害」が必要か、必要としてもその性質をどう考えるか、1項詐欺罪の性質と関連して問題となる。 詐欺罪も財産犯であるから、その成立には財産的損害の発生が必要である。246条1項が「財物を交付」とするのも、1項詐欺を個別財産に対する罪として「損害」の発生を必要とする趣旨である。 本件では、たしかにBは、相当対価のスーツを受け取っている。しかし、日ごろから既製品のスーツに物足りなさを感じていたBは、オーダースーツなら注文してもよいと考え、注文し、現金20万円を支払ったのである。そうすると、既製品であれば支払わなかったはずの20万円を「交付させ」られたことが、 損害 にあたる。3 罪数 よって、甲の行為につき、Bに対する詐欺罪(246条1項)が成立する。 なお、甲の欺く行為とBの処分行為・被害の発生は、契約時と4週間後の2時期に分けて各別に存在するとみれば、詐欺罪2罪が成立しそうにも思われる。しかしながら、甲は、当初より20万円の契約を持ちかけ、内金として7万円、残金として13万円を詐取する一連の計画であり、それにしたがって実行したと認められるから、詐欺罪1罪が成立する。4 不可罰的事後行為 甲が、7万円をパチンコに費消した行為、13万円を自分個人の飲食代として費消した行為は、不可罰的事後行為として別罪を構成しない。 自己の占有するA社(「他人」)の金を領得した横領罪(252条1項)が成立しそうにも見えるが、BがA社に払ったつもりの金員も甲自身が契約をよそおって詐取したものであり、「他人の物」ではないから、横領罪は成立しない。二 窃盗(235)1 1項詐欺の成否 甲が、A社の倉庫から、スーツ1着を持ち出した行為につき、1項詐欺罪(246条1項)が成立するか。(1) 甲が、同倉庫の商品を統括管理しているCに、そのつもりがないのに、「チラシの写真撮影用にスーツを1着借りて行くよ。」と申し向けた行為は、「欺」く行為にあたる。その結果、甲の言葉を信じたCは、錯誤に陥っている。(2)処分意思の要否 では、Cが甲の持ち出しを認めた行為は、「財物を交付」する処分行為にあたるか。Cは、甲がすぐに返すと信じており、客観的には財物を移転させているが、主観的には、占有の移転に伴って少なくとも一定時間以上の長時間にわたって使用収益することを認める「処分意思」が存在しない。そこで、処分行為には「処分意思」が必要か。 被害者の意思に反して占有をうばう犯罪類型である「窃盗罪」(235条)とは異なる詐欺罪(246上)の構成要件的特徴は、「欺」く行為により錯誤に陥った被害者自身の意思により処分行為をさせる点にある。したがって、処分意思が必要である。そして、その内容としては、たんに占有を移転するだけでは足りず、それに伴って少なくとも一定時間以上の長時間にわたって使用収益することを認める意思であることが必要である。 Cは、甲の申し向けを措信し、スーツの持ち出しは認めつつも「すぐ返して下さいよ」と釘を刺しており、せいぜい徒歩数分の店舗かそこらで撮影後すぐ返却されるものと考えており、一定時間以上の長時間にわたって使用収益することまで認める「処分意思」まであったとは認められない。したがって、処分行為にはあたらない。(3) よって、1項詐欺罪は成立しない。2 窃盗罪(235条)(1) 甲が、A社の倉庫から、スーツ1着を持ち出した行為は、欺く行為を手段として、A社の既製服部門の責任者であり、かつ、倉庫における商品の出入庫を統括管理しているCの意思に反し、同スーツに対するCの占有を侵害し、自己に占有を移す行為であるから、Cに対する窃盗罪(235条)が成立する。(2) CがBにスーツを引渡した行為は、不可罰的事後行為となる。(3) なお、BがCからスーツを受け取った行為は、盗品の認識を欠き、盗品等罪(256条)は成立しない。三 結論 以上により、甲には、1項詐欺罪(246条1項)と窃盗罪(235条)が成立する。 本件では、後者の盗品が前者の手段として用いられてはいるが、社会通念上後者が前者の「手段」(54条1項後段、牽連犯)とまではいえず、併合罪(46)となる。 以 上