管理会社が管理しているマンションには、受付のところに「お客様の声」というハガキが設置されている。お客様が気づいたことを自由に書いてもらっている。
感動を受けるサービスを受けたとき、クレームの事案がある時、このハガキに書いて投函してもらっている。このハガキを見ると、苦情やクレームの内容のものが圧倒的に多い。
ある時、こんな内容のハガキが本社に届いた。
管理人を見かけた時、ふらふらしながら歩いていた。
これはきっと勤務中に酒を飲んでいるのではないでしょうか。
タバコは注意しても、吸っているようです。
エレベーターの周辺にまでタバコのにおいがして気持ちが悪いです。
特定の居住者の人と仲良くなり長話をしている。
そんな暇があるのなら、もっと丁寧に清掃をしてほしい。
埃が溜まっているのに何日も放置されているところがある。
このような管理人に給料を支払いたくない。
こういうハガキが届くと、管理会社としては、そのような不満を持っている居住者がいるということを受け入れる。もしそれが事実ならば、管理人に改善要求をする。あるいは配置換えなどを行う。
そのためにはまずハガキの内容が事実かどうかを電話で管理人に確認をとる。
居住者の言い分と管理人の言い分が一致しているのかどうか、現地に出向いて事実確認を行う。
上記の例で言うと、この管理人さんは酒は全く飲めない人だった。
またタバコは全く吸わない人であった。
つまり酒を飲んでフラフラしているとかタバコの匂いが充満しているという話は嘘であった。
特定の居住者と長話をしているというのは、以前この居住者の方との関係に当てはまる事象であった。
他の居住者の人と5分以上にわたって世間話をするという事はないということだった。
清掃に関しても、点検して歩いても、おおむね会社から指示されている清掃は無難にこなされていた。
管理人によれば、 可燃物のゴミ出しの時に灰汁のようなものを何回か開放廊下に撒き散らされたので注意をしたことがある。
それ以来、それを根に持って何かにつけてクレームをつけられるようになったという。
その居住者の人と管理人の人間関係が悪くなっていたのである。
ただ、それは管理人の言い分であり、それが全く事実通りであるかどうかは疑わしい。
そこで、管理会社はどうするかというと、理事長や理事さんにこのクレームの内容を伝えて果たして事実はどうなのかと確認をとる。つまり客観的に第3者の目で公平に判定するのだ。
この場合、この居住者の人はマンションの中の人間関係で孤立していることが分かった。
消防点検や排水管清掃、大規模修繕工事、来客専用駐車場の使用、ゴミ出しなどで他の居住者と言い合いになることが多数発生していた。
理事長さんや理事さんは、ハガキの内容は事実無根の内容が大半であり、管理人さんに大きな落ち度はないという事だった。従って解雇などの事案には当たらないということだった。
これがもし、管理会社が居住者のクリームを真に受けて、管理人はけしからんと改善要求をしたらどうでしょうか。
管理人は自分の立場を無視されて、居住者の肩をもっている管理会社に対して不信感を募らせたことでしょう。中には腹を立てて、管理人の仕事を辞めてしまう人がいるかもしれません。
実はお客様のクレームに対して、それを間違いないものだと先入観で決めつけて、従業員を責めたてるという事はよくあることです。それでは、従業員はたまったものではありません。
こういう場合は、居住者の言い分をそのまま受け入れるのではなく、従業員の言い分もよく聞いてみることです。森田理論で言うと両面観にあたります。
そしてさらに客観的に第三者の判断を仰いでみることも必要です。
第三者は比較的公平で冷静な目で事実を見ています。
この場合、事実を見極めるためには、クレームをつけた居住者、管理人、理事長さんや理事さんの三者の意見を価値判断なしに聞いてみることが必要です。
そうすれば、本当の事実に限りなく近づきます。
対策を立てたり指導、勧告をしたりするのは、そのあとにすべきです。
言葉で言ってしまえばその通りなのですが、事実を確かめる前に、先入観や決めつけによってすぐに対策に走ってしまう場合が後をたちません。
事実を無視すると、すぐに人間関係が悪化してきます。
事実誤認の上に立って対策を講じることは、時間や労力が無駄になります。
森田でいう事実本位の立場に立つということは、ぜひとも身に付けたいものです。
これは他人との場合ですが、自分自身に対しても、すぐに自分はダメだと自己否定してしまう人は、事実誤認をしているのではないでしょうか。もっと両面観を活用してに事実を見ることが大事です。