一瞬の風になれ2.3 佐藤多佳子
一瞬の風になれ 読了しました。いやぁ~本当に面白かった。本を読めない時間がもどかしく、続きが読みたくてしょうがなかった。新人の頃は試合前に必ずお腹をこわし精神的に脆かった新ニが、連という良きライバルとともに、いろいろな経験を積みアスリートとしても人間としても成長していく姿に素直に感動できた。十代の子供達が若竹が伸びるかのごとく成長する姿は、中年の私から見て本当に眩しかった。羨ましく頼もしく、愛おしかった。エリート選手を集める強豪私立とは違う、ごく普通の公立校春野台高校陸上部が、お互いの個性を尊重し全員でいい雰囲気を作り(そこまでくるのには本当にいろいろあるが)、その中でそれぞれの夢に向かっていく姿。指導者である三輪先生の「夢は自分で見つけろよ。俺はお前らの夢までは面倒みきれんぞ。」と、自分の果たせなかった選手としての夢を彼らに無理やりに託すようなことはせず、おおらかに温かく長いスパンで見守る姿勢。欠点を責めることはせずに、選手にいいイメージを抱かせ、常に良いところをみつけ伸ばしていく教え方には、難しい思春期の子供を持つ私にも得ることが多い。親は子に過度の期待をし、自分の夢を託しすぎる。無理が生じてこじれる。若き可能性を伸ばしてやりたいし、野放しも出来ない。加減の難しさは常に感じている。1.2.3巻と読み進み彼らとの付き合いが長くなるうちに、春高陸部の一人ひとりが自分の大事な子供みたいな錯覚に陥る。新ニも連も、根岸や桃内、守屋や浦木、鳥沢や谷口など、部活帰りにもし我が家に寄り道して来てくれたら、思わず必死で冷蔵庫あさってでもご飯を作ってあげたくなるような愛すべき存在だ。(笑)目標に向かって「今何をすればいいか?」「チームの中で自分が出来ることは何か?」を常に意識し、ぎりぎりまで妥協せずに自分も人も励まし高めあっていく。とても謙虚で聡明な高校生達だ。主人公の新ニや連以外の春野台高校陸上部の他メンバーにもきちんと光をあて、彼らの人間性や切磋琢磨する姿も手を抜かず、しっかり丁寧に綴る著者の工夫も上手い。他校の選手の個性の描きかたも秀逸。仙波や高梨のクールさ格好良さは際立っていたし、キティ赤津には思わず吹きだす。するどいつっこみ&ボケ役(最高!)の桃内には笑わされた。そして、根岸には泣かされたなぁ。胸をぎゅっとつかまれた感じ。一人称文体で進むので、新ニの心境が手に取るように読者も伝わり(自分も一緒に走っているような気になるし)とても臨場感もあり効果的だ。その反面、一番肝心なレースの展開など、新ニの目線でしか表現されないために読者が試合状況を客観的に読みとれず不明瞭さがぬぐえない。レース結果や詳細は新ニが走り終えて、彼が落ち着くまでわからなくて読者は本当に心配でドキドキする。この作風、不安感・ドキドキ感は小説を盛り上げるのに効果的なのか?否かの判断は人によって様々だろう。私には、陸上やってた子供を通しての経験と重なる部分が非常に多く(4継ではなくマイルリレーが主だったが)本当に身近に感じた小説だが、違った立場の人にも充分に楽しめるものだと思う。彼らが、アスリートとして今後どんな成長をとげるのか、また新ニと若菜の未来も覘いてみたいし、健一のその後も気になる。終わりのページが来るのが本当に辛く寂しかった。人から人へ繋ぐバトン、そしてリレーは、人と人との心のこもった交流、先人の想いや伝統・世代を繋ぐ命のリレーも暗示してるような気がする。この本を読み終えて、もうすぐ開催される世界陸上がますます楽しみになった。開幕後、大阪長居競技場にはしっかり新ニや連が駆けつけて、観客席で興奮しながら世界のトップアスリートの走りを見学してそうな気がしてならない。