真夏の死 三島由紀夫
表題作の「真夏の死」が、やはり一番印象的だった。この作品は、高校三年生の時に一度読んでいるが、いま読み返すと、改めて感情表現の巧さ・奥深さに驚かされる。まだ独身で子供を生み育てたことがない(高校生だから当然だが)その当時には、読み取れなかった主人公の感情の機敏に、今ならごく自然に感情移入でき、深く味わうことが出来た。ある夏、伊豆の海水浴場で不慮の事故により二人の子供・親族を同時に失った母親の複雑な心境が綴られる。絶望・後悔・怒り・猜疑心・妬み・幸せな人への呪詛、など、事故後の様々な状況が、揺れ動く心理と共につぶさに書き綴られる。実際に起こった事故を下書きに書いたとはいえ、事故後の経緯・残された遺族の苦悩はリアリティーに富み、当事者でないと計り知れない心理的葛藤を、見事な想像力で補い、再現している。母の「朝子」と、父親の「勝」の感情の推移の対比が見事だった。「母性と父性の違い」というのだろうか、その身に命を宿し、血を分け肉を分け体内で育くみ、命懸けで産み、深い愛情を溢れんばかりに注ぎ育てる母性と、あらゆる現象を社会的・客観的・論理的に捉える傾向にある父性との違いが、「子供の死」というフィルターを通すことによって、生々しく浮き彫りになる。「子宮でものを考える」と言われる女性特有の感情の際立たせ方が独特であるが、その感情の推移も、文面では論理的に捉えて説得力もある。この理不尽な悲劇を経験した主人公は、時間の経過と共に、徐々に宿命を受け止め癒されいくのだが、癒えきったその後に味わう、言いようの無い空虚感の意味までを問う。人間の心の闇に潜む深層心理に迫る。エンディングの数行に著者の眼目が、見事に凝縮されていて興味深い。