国境の南、太陽の西 村上春樹
自分の世界から出てこようとしない孤立しがちな自我と、それを唯一理解してくれる女性との遅すぎた再会。叶わない恋への切ない思いを込めた恋愛小説だった。周囲と上手く馴染めない、また馴染もうとしない主人公の孤独な世界。一人っ子で育った少年時代の生い立ちから、常に孤独と喪失感に溢れる心の揺れを、きめ細やかく丁寧に綴っている。人生半ば、周囲から見ると充分な社会的成功を掴み、幸福な家庭生活に恵まれているはずなのに、何故か満たされない心の渇き。過去への後悔と失ってしまったモノへの執着が、日常を襲う時の言いようの無い寂寥感。手が届かないからこそ、渇望する男の夢を追う姿。この小説では、どうしても掴めない、手の届かない対象を「恋愛」として描いているが、読む人によって、対象物を他のものとして入れ替えれば(勿論、恋愛でもいい)、如何様にもとれて、面白く読めるのではないかと思う。自分が努力し、実際に人生で手に入れることの出来た成功とは裏腹に、自分が掴めなかったもの、果たせなかった夢を(他者を不幸にしてまでも)いつまでも追うのは、人間の我侭な欲だと思う。しかし、そんなみじめで格好悪く未練たらたらな人間の姿にも、何故かすごく共感できる自分がいた。手の届かないものへの未練と、自分が築き上げた日常の平凡な生活との狭間で、どう折り合っていくか、これからの人生を生きていくか? 主人公の選択も、興味深い。この小説の中の、イズミの存在は、過去の自分が未熟であるがゆえに生んだ消すことの出来ない挫折や失敗を暗喩し、また、島本さんの存在は、どんなに手を伸ばしても届かなかった夢を象徴しているように思える。私も、今、人生半ばで、自分の才能のなさや努力の足りなさ故に、手に出来なかった多くの事を後悔しながら、でも、それなりに幸せに暮らしている一人だと気付いた。