父の詫び状 向田邦子
年を重ねてから読み返すとますます面白くなる本がある。向田邦子のエッセイはまさにそれだ。[父の詫び状]を久しぶりに読み返してみた。初めて読んだのは学生の頃。その後、就職し社会人となり結婚し母となってから読み、父を病で看取った後や、自分も予期せぬ病を経験した後など、その度にこの本がより味わい深くなった。父の詫び状は、昔気質で頑固だった父との想い出が鮮やかな切り口で綴られる。優れた心理描写と見事な情景説明、彼女らしいユーモラスな挿話がふんだんに盛り込まれている。子供時代に過ごした鹿児島での暮らし、諸々の出来事がねずみ花火のように次々と飛び火して回想され、読者を最後まで飽きさせない。彼女は、自分の身の丈にあった何気ない生活の中の素材を、女性にありがちな過剰な情緒に溺れたりせず、極めて冷静に視覚的に書いている。女性的な鋭い嗅覚を持ちながら、ペンを持つと極めて男性的な視野で記憶を綴るので読んでいてすごく爽やか。悲しい話も充分に涙を誘うのだが、女々しい感じが後に残らないのが不思議である。この作品は、彼女が乳がんになり術後、輸血が原因の血清肝炎になり後遺症で右手が十分に動かなかった時期に書かれものだ。原稿は左手でゆっくり書かれたらしい。後にその原稿が見つかっているが、力強くしっかり書かれていたそうだ。その背景も考え合わせると、ある程度人生の中での気持ちの踏ん切りが出来たからこそ、この初エッセイを書き残そうという気持ちになったのかもしれないと思う。向田邦子は昭和一桁生まれで私の亡父と同世代、戦火もくぐり抜け、昭和の時代を彼女らしく自由に力一杯生きた人だ。今で言うキャリアウーマンの走りだった。お洒落で美人で猫と料理好き、面倒見が良くておっちょこちょいで、やっぱり長女らしい凛とした姿勢の女性で、あの飛行機事故で亡くなって四半世紀も経つというのにいまだにファンは多い。[向田邦子の恋文]を読むと、彼女とN氏との秘められた恋の話に人間らしい興味を惹かれるし、妹和子さんから語られる姉邦子像もあわせると、ますます彼女の魅力に嵌ってしまう。彼女は苦労して左手で書き上げたこの一冊を「病気がくれたささやかなお釣り」でもあったと言っている。私はこの先もずっと、時々に彼女の作品を繰り返し読むと思う。51歳で亡くなった彼女の年齢を越えたとき、自分がどんな読後感を持つのかも想像してちょっと楽しみにしてる。