臨場 横山秀夫
「終身検視官」の異名を持つ、一匹狼的存在の倉石義男が主人公の警察短編小説。死体発見現場に「臨場」し、独特の検視眼で誰もが見落とすような点に着目し、死に至った状況を正確に見抜いていく。槍のような風貌そのものが、彼に備わる鋭い嗅覚を体現しているように思えた。組織内でも上層部に対して自分の信念を曲げず、怖れることなく物申す彼のニヒルな姿が、とにかく気持ちよく格好良かった。彼の人物造形が優れていて面白い。毒のある人物像ながら、時にはホロリとさせる人間性も滲み出て、読者はそこにも引き込まれる。8つの短編から構成されるが、「鉢植えの女」「餞」「十七年蝉」が特に面白かった。しかし、「声」は女性側の心理描写に「本当にこんなことするだろうか?」という疑問が生まれて打ち消せず、残念ながら珍しく納得いかない作品だった。ちょっとこじつけた様な突飛なプロットだったような気がする。作品全体を通して、男の矜持というか、仕事への情熱・信念のようなものが一本の筋として通っている気がした。プロ意識の高さ、妥協を許さない徹底した思想は、警察という仕事の枠を超えて、全ての職業を通じていえることだと思う。その人なりの仕事の流儀は、長年培った諸々の経験で人には真似できない独自の世界が出来上がっていくのだろう。最後の章でこの小説の続編がないような設定になっているので、残念だった。倉石検視官の仕事ぶりを、もうちょっと見たかった。