ケッヘル 中山可穂
中山可穂のケッヘル読了。とても読み応えのある作品で、圧倒された。読み終えてからしばらく胸が一杯でレビューが書けなかった。題名のケッヘルというのは、モーツァルトの作品番号のこと。ケッヘルという名前の研究家が、モーツァルトの膨大な数の作品を作曲年代順に並べ替え、番号を振付けたことからケッヘル番号と呼ぶ。(例えば、525番目作品アイネ・クライネ・ナハトムジークなら、EINE KLEINE NACHTMUSIK K.525 と表す)題名から予想できるように、熱烈なモーツァルティアンが登場し、モーツァルトの楽曲がstoryと寄り添うように展開していく。せっかくだから、家にあるモーツァルトのCDを話に合わせて聞きながら読んでみた。このBGM付き読書、映画のようなが雰囲気が楽しめて盛り上がった。中山可穂作品らしくビアン小説であるが、その描写は少なく、ミステリアスでドラマティックな話が主軸なので、同性愛者じゃなくても抵抗なく読める。各登場人物も魅力に富み、半分以上がヨーロッパが舞台となっていることもあり重厚な雰囲気がある。幾重にも折り重なる愛憎劇を、著者お得意の繊細で緻密な文体により、情熱的に描き出す。殺人事件も絡み、謎解きを楽しむミステリの要素もあり、飽きさせない。会話もセンス良く、ヨーロッパ各地を旅するようなお洒落な雰囲気が漂っているし、次はどうなる?とページをめくるのも楽しかった。ある事情により、日本を追われヨーロッパを3年間放浪した木村伽椰が主人公。カレーの海辺で一人指揮棒を振っていた遠松鍵人と伽椰が知り合い物語は始まる。遠松の経営するアマデウス旅行社で添乗員の仕事をすることになった伽椰。初めて付き添った個人旅行の顧客が不審な死を遂げ、その後もミステリアスな事件に巻き込まれていく。遠松鍵人の特殊な生い立ちを描く過去の物語も織り込んで、予想もつかない展開へと読者は引きずりこまれていく。相手を滅ぼしてしまう程激しく燃える恋愛感情、深い絆で結ばれた親子の情念、湧き上がる憎しみなど、様々な人間の感情を見事にあぶりだし、愛憎ドラマとしてもミステリとしても楽しめる。エンディングも夢を繋げるような終結で、暗くないのがいい。希望とは、モーツァルトの音楽のようです。万人に等しく与えられ、耳と心を開きさえすればいつでも享受でき、人生を豊かにしてくれる。いくつかの曲は長い人生に寄り添ってくれるかけがえのない友になりました。 このメッセージに、著者の熱い想いがこめられている。この作品はモーツァルト生誕250年にあたる2006年に照準を合わせて書かれたようだ。この年は世界各地でモーツァルト記念演奏会が活発に行われ盛り上がった。子供が少年少女合唱団に所属してる関係でモーツアルト記念オペレッタや演奏会があり、私達も何度もコンサートに足を運び楽しんだ。作品の中にも登場するが、モーツァルトが死の半年前に書き上げた アヴェ・ヴェルム・コルプス K618 と 彼の絶筆となった ラクリモーサ が、特に好きでリフレインしながら読んだ。混声合唱曲で天使が舞い降りてくるような旋律が美しく、何度聞いても飽きることのない心が洗われるようなメロディーである。長い年月を経ても色褪せることなく楽しませてくれるモーツァルトの音楽を見事に小説の世界に取り組んで独自の世界を描き出したこの作品に拍手を贈りたいと思う。