汚染土バラマキは国会と環境省の「共謀」
※ 当記事は2020年2月6日にアップした記事の一部を切り出して加筆・編集したものです。環境省が進めようとしている、除染土の再生利用実証試験 環境省は、フクイチ核災害に伴う除染事業で生じた汚染土壌(除去土壌)が膨大な量であるとして(2022年12月末時点で、中間貯蔵施設への搬入量は約1340万立米)、減容・減量しようとしています。 その減容・減量の柱が、「『8000ベクレル/kg以下』の土壌を公共事業等で再利用する」ことです。 具体的には、「堤防等の盛り土」「道路や駐車場等の土台」等での利用を想定しているようです(除染土壌の上に汚染されていない土やコンクリートを被せる)。 その為の実証事業を、東京都新宿区の新宿御苑と、埼玉県所沢市の環境調査研究所で実施することを検討しているとのことで、「環境省環境再生・資源循環局」が、2022年12月に地元住民に対する説明会を開催しました(説明会の資料も含めて、詳細は下記リンク)。(リンク)●福島県外での除去土壌の再生利用実証事業 説明会への参加可能者が限定的であったことや、撮影等が認められなかったなど、説明会の在り方自体にも問題が山積みですが、多くの地元住民が寝耳に水の状態だったそうで、早速、多くの個人・団体が、実証事業の実施に反対・懸念の声を上げています(詳細な紹介は省きます。ネットで検索すれば、SNS含めて多くがヒットする筈です)。「8000ベクレル/kg以下」なら再生利用できるとする根拠「8000ベクレル基準」に関する環境省の説明は、下記リンクに掲載されています。(リンク/環境省の説明)●放射性物質廃棄物汚染処理情報サイト (真ん中の「指定廃棄物の処理方法」のフロー図を参照。8000ベクレル/Kgで扱いが分かれている)●放射能濃度が8,000Bq/kg 以下の廃棄物の処理について(2016年3月の資料/PDF)●100Bq/kg と 8,000Bq/kg の二つの基準の違いについて(環境省廃棄物・リサイクル対策部の資料) 具体的な数値は、「平成二十三年三月十一日に発生した東北地方太平洋沖地震に伴う原子力発電所の事故により放出された放射性物質による環境の汚染への対処に関する特別措置法(平成二十三年法律第百十号)の規定に基づき、及び同法を施行するため、平成二十三年三月十一日に発生した東北地方太平洋沖地震に伴う原子力発電所の事故により放出された放射性物質による環境の汚染への対処に関する特別措置法施行規則」(2011年12月14日/細野豪志環境大臣[当時])で指定されています。施行規則第十四条:「法第十七条第一項の環境省令で定める基準は、事故由来放射性物質についての放射能濃度を第五条に規定する方法により調査した結果、事故由来放射性物質であるセシウム百三十四についての放射能濃度及び事故由来放射性物質であるセシウム百三十七についての放射能濃度の合計が八千ベクレル毎キログラム以下であることとする」「法第十七条第一項」の「法」とは、「平成二十三年三月十一日に発生した東北地方太平洋沖地震に伴う原子力発電所の事故により放出された放射性物質による環境の汚染への対処に関する特別措置法」を指します(以下、「特措法」と略。詳細は後述)。特措法・第十七条第一項:「環境大臣は(中略)廃棄物の事故由来放射性物質による汚染状態が環境省令で定める基準に適合しないと認めるときは、当該廃棄物を特別な管理が必要な程度に事故由来放射性物質により汚染された廃棄物として指定するものとする」従来のクリアランス基準は「100ベクレル/kg」 日本には、元々、クリアランス制度があり、核施設の解体で発生する金属やコンクリート等を破砕・裁断した結果、その表面線量が年間0.01mSv(10μSv)なら、再利用して良いという事になっていました(具体的には、核種毎に濃度を計測することで被曝線量を割り出します。セシウム134・137なら、基準値は「100ベクレル/Kg」以下です)。(リンク)●クリアランス制度(電気事業連合会) 放射性廃棄物をむやみに増やして、保管容量・保管場所を食い潰したり、リスクが極めて低いものの為に管理や警備の手間をかけるのは不合理ですから、クリアランス制度そのものは否定されるべきではないでしょう(被曝線量を年間0.01mSvに設定して良いのかという議論はあるかも知れませんが、ここでは踏み込みません)。 ところが、除去土壌の「再利用構想」は、最大8000ベクレル/Kgまでなら使用を許容するものです。従来の基準の最大80倍です。 しかも今回は、従来のような建築資材やベンチ等への再加工とは違い、土壌そのものの利用です。覆土するとは言え、水害等で流出する可能性もあり、何処に流れていくのか、溜まるのか、分かりません。将来的に掘削する必要が生じた場合は、どうなるのでしょうか? 私は、環境省の進めようとしている「再生利用」には反対です。リスクが大きすぎるからです。 どうしても、減容・減量を進めたいなら、例えば、クリアランスの基準を「200ベクレル/kg」に引き上げるなど、全体の基準に関する議論をすべきでしょう。それをせずに、土壌の再生利用だけ、別基準を用いるのは、一方的で都合の良い二重基準と指摘せざるを得ません。 ですが、この問題は、「環境省だけを叩いて済ませられる」ものではありません。 以下、それを書きます。残念ながら、環境省の進めている政策は「合法」 繰り返しですが、クリアランス制度を守る限り、最大「8000ベクレル/Kg」での除去土壌の再利用は出来ません。それなら、どうしてそれが可能になったのか。 それを可能にしたのが、上でも紹介した「特措法」(第177通常国会で成立)です。 この法律の本文と、制定過程概略は次の通り。(リンク)●平成二十三年三月十一日に発生した東北地方太平洋沖地震に伴う原子力発電所の事故により放出された放射性物質による環境の汚染への対処に関する特別措置法◆2011年8月23日:衆議院環境委員会にて委員長提出(議員立法)◆同日:衆議院本会議で賛成多数により、可決◆8月26日:参議院本会議で賛成多数により、可決・成立◆8月30日:公布(一部を除いて即日施行)◆2012年1月1日、完全施行 環境省は、特措法に基づいて「8000ベクレル/kg以下の汚染土を、遮蔽し、飛散・流出の防止を行った上で、全国の公共事業で利用する」方針を決定し、8000ベクレル/Kg超のものは、放射性廃棄物として扱うことを決めました。 ここで重要なのは、「環境省の進めている政策は合法」 という事です。 上記リンクをクリックし、特措法を読んでみて下さい。 特措法には、「協議しなければならない」「伝えなければならない」と、手続きのことは書いてありますが、数値目標や基準は一切書かれていない のです。 環境省が定める政令・省令で自由にコントロールできます(今回の場合は「施行規則」)。 環境省が、クリアランス制度との整合性を無視して基準を策定したとしても、違法ではありません。 この法律は、除染土壌に関する「環境省への全権委任法」と言えます。最大「8000ベクレル/Kg」の再利用を認めた最大の責任者は誰なのか 上の見出しに関する結論を先に書くと、除去土壌再利用問題の最大の責任者は、特措法を立法した国会にあります。具体的には、賛成した会派・国会議員です。 では、誰が、或いはどの会派が賛成したのか。 幸いなことに、参議院本会議は押しボタン式ですから、議員個々人の賛否が参議院のWebサイトに公開されています。 この特措法が採決された際の参議院本会議の投票結果のリンクとキャプチャが、以下です。(リンク)●2011年8月26日・参議院本会議投票結果(投票総数236/賛成:230/反対:6) この結果が全てです。 日本の議会は党議拘束が認められていますから、同一政党(会派)の賛否が衆参で別れることは、ごく僅かな例外を除いて有り得ません。 特措法に反対したのは、日本共産党のみです。「8000ベクレル/Kg」基準は、審議の段階で議論されたのか とは言え、採決結果だけで、賛成した議員・政党を批判するのは不公平でしょう。審議のプロセスも見なければいけません。 参議院の環境委員会では、2011年8月25日・木曜日に、この特措法の趣旨説明と審議が行われています。(リンク) ●国会会議録・検索システム(検索のウィンドウに、「2011年・8月・第177回常会・参議院・環境委員会」と指定して、カレンダーの26日をクリックすると、議事録へのリンクが表示されます。テキスト版・PDF版が選べる) この点も結論を先に書くと、「8000ベクレルが一つの基準になる」という考え方は、審議の段階で登場しています。 以下、市田忠義議員(日本共産党)の質疑をコピペします。読み易さを考えて段落は変更し、漢数字はアラビア数字に改めています。====市田忠義議員の質疑、ここから(抜粋/数字は議事録に記載の発言番号)====076 市田忠義議員(以下、「市田」と略):(前略)この法案でも、地域外の汚泥や焼却灰なども指定廃棄物として国が処理することは私も承知しています。しかし、この法案では、対策地域内廃棄物及び指定廃棄物を除いた汚染された廃棄物は、いわゆる廃棄物処理法上の一般の廃棄物とみなして処理することになっております。 そこで、環境省にお聞きしますが、(2011年)6月23日付けの福島県内の災害廃棄物の処理の方針では、8000ベクレル以下と以上の埋立処分の取扱いについてはどうなっているか。簡潔に。077 環境大臣官房廃棄物・リサイクル対策部長(伊藤哲夫):焼却灰のうち、1Kg当たり8000べクレル以下の主灰につきましては、管理型最終処分場で埋立可能としております。ただし、跡地は住居等の用途に供しないということとしているところでございます。 一方、飛灰及び8000ベクレルを超える主灰につきましては、国によって処分の安全性が確認されるまでの間、管理型最終処分場などで一時保管することとしているところでございます。078 市田:8000ベクレル以下は一般の廃棄物とみなして埋立処分可能だと。これ自体、私は問題だと思いますが。 今度は法案提案者にお聞きしたいと思うんですけれども、指定基準だとか処理基準、これは法成立後に環境省が決めることではありますが、現時点では8000ベクレル以上の地域や廃棄物が対象になるということですか。079 衆議院議員(馳浩):最終的には法案成立後に環境省が決めることですが、その8000という数字については参考にすべき数字だと思っています。ただし、最新の科学的知見に基づいて定められるべきであるというふうに考えています。080 市田:(2011年)8月10日の第5回災害廃棄物安全評価検討会で環境省は、8000ベクレル以上で10万ベクレル以下の焼却灰などの廃棄物について、作業者の被曝対策や跡地利用の制限、公共用水域や地下水への汚染の防止さえあれば、一般の廃棄物処分場への埋立処分が可能という提案をしておられます。しかし、一般廃棄物最終処分場では、屋根はないし、容器も使用しない、排水処理などの放射性物質への対策も取られていません。 こういう地方自治体の最終処分場に基準を緩和して最終処分を押し付けると、これはあってはならないと思うんですが、これは大臣の見解はどうでしょう。081 環境大臣(江田五月):一定の基準以下の廃棄物は、これは平常時に廃棄物の処理を行っている市町村等の処理施設あるいは技術によって対応は可能だと考えて、この法案で、このようなものについては廃棄物処理法を適用して、同法の枠組みの下で処理を進めることとされているわけで……082 市田:いいです。分かりました。 ただ、どれだけの汚染濃度の廃棄物をどのように処分するのかという具体的な最終処分方法は示されていません。それを示さずに、東日本大震災や原発事故での大量の放射能に汚染された廃棄物を口実にして、処理基準を緩和しながら、原子力災害を受けた地方自治体の汚染レベルの高い廃棄物まで廃棄物処理法上の一般廃棄物とみなして処理されるようなことがあっては絶対に私はならないと思うんです。(後略)====質疑(抜粋)、ここまで==== 市田議員の指摘は、2023年時点でも通用します。 法案が提出された段階で、処分や再利用の濃度基準は曖昧なままで、法案に書き込まれず、提案者である馳浩衆議院議員(当時/2022年3月から石川県知事)も、「最終的には環境省が決める」ことを認めています。除染土壌バラマキは、国会と環境省の「共謀」 事実経過は以上の通りです。まとめると、①環境省への「全権委任法」に等しい特措法は、日本共産党以外の全政党の賛成で成立した。②審議の段階で「8000ベクレル/Kg」という数字が語られ、「最終的には環境省が決める」ことを提案者である衆議院議員が認めている。 のです。 国権の最高機関は国会であり、国の唯一の立法機関です(日本国憲法・第41条)。その立法機関で制定された法律に基づいているのですから、除去土壌の再利用に関して環境省の進めていることは、賛否はともかく、違法ではありません。 最も責任が重いのは、環境省への「全権委任法」に等しい特措法を制定した国会であり、賛成した議員です(そもそも、責任が問われないなら、「最高機関」とは何ぞやということになります)。 除去土壌の再生利用(理屈の上では、日本全国で実施可能)は、国会と環境省の「共謀」です。立案・実行は環境省、承認は国会、という役割分担でしょうか。国権の最高機関は国会、国会議員をチェックするのは主権者 私は本会議の賛否の記録を調べていて、社民党まで賛成しているとは思わず、ビックリしました。福島瑞穂議員も、「環境省へ基準作りを丸投げする」法案に賛成しています。 少なくとも、特措法と「8000ベクレル基準での汚染土バラマキ」に関しては、反対の立場から発言や発信する資格が有るのは、日本共産党だけでしょう(誤解の無いように断っておきますが、私は、共産党員ではなく、党派的な誘導を狙っているのでもありません。事実を元に自分の考えを書いています)。 現在、市民運動の側は、所謂「野党議員」と共に、与党や環境省への批判を続けていますが、私が環境省の立場だったら、こんな運動は真面目に相手にしません。日本共産党以外の政党は特措法に賛成しているのです。「国権の最高機関で大枠を決める法案に賛成しておきながら、今更何を言ってるの?」と、あしらうだけです。共産党以外の議員が「脱被曝」と言っても、政治的なスローガンだけで、特措法の廃止法案や修正案を提出するつもりはないでしょうし、そんなことを求める国民運動も有りませんから、怖くも何ともないでしょう。 私は、日本の市民運動は甘いと思います。「国民の代表」(国会議員)と一緒の活動は重要ですが、その前に、主権者として、議員の国会での質疑や議案毎の賛否を確認し、厳しいチェックをかけていくべきでしょう。 政治的なスローガンや発言だけなら、誰でもできます。発言やスローガンが議会での行動と一致しているのか、よく見るべきです。一致していなかったら抗議・指摘し、それも聞かなければ、容赦なく落選させなければなりません。 国会議員は全国民の代表です(日本国憲法・第43条)。友達ではありません。個人的な評価に関係なく、議院での質疑・採決の内容を確認し、全国民の代表に相応しくなければ、国権の最高機関から追い出すのが主権者の役割でしょう。寧ろ、主権者が議員をチェックしないなら、誰がチェックするんですか?という話です。主権者であることを放棄することになります。まさの氏と日野氏の奇妙な著書 話のついでと言っては何ですが、最後に書評を。「8000ベクレル/Kg」までの除染土壌を再利用することについては、その政策の形成過程等を丁寧に取材した本が有ります。 私が読んだ中では、「あなたの隣の放射能汚染ゴミ」 (まさのあつこ/集英社新書/2017年2月初版)と、「除染と国家 21世紀最悪の公共事業」 (日野行介/集英社新書/2018年11月初版) です。 電子書籍にもなっていますから、時間と興味のある方は是非読んでみて下さい。特に、日野氏の著作で、土壌再利用の方針が形成されていくプロセスは、ミステリー小説を読むような思いに捉われ、圧巻です。 まさの氏の著作も、特措法が議員立法となった経緯を良く調べています。 ところが、この2作には、法案を成立させた国会や、賛成した国会議員の責任に全く触れていないという、奇妙な共通点が有ります。 意図的か無意識なのか分かりませんが、憲法に定められた「国権の最高機関」の責任については、何の言及も有りません。 このお二人は、何か弱みでも握られているのか、それとも、日本国憲法・第41条を読んだことが無いのでしょうか? 国会で決められなければ、どんな法律も予算も成立しません。予算や法律を修正する権限も国会にしか有りません。 官僚から上がってきたことを国会議員がただ受け取って、形式的に議員立法として提出し、党議拘束で成立させているなら、それは、国権の最高機関である国会が別の勢力に操られていることを意味します。別の勢力が実質的な「国権の最高機関」として機能していることになり、憲法違反です。又、国会議員は国民の代表であり、議員を選ぶ立場である主権者以外の意向に操られてはいけません。 お2人とも「国会に提出されたもの・国会で成立したものは変えようがない」とでも思っているかのようです。 この2作は、良く調べてあるだけに「国権の最高機関たる国会と、全国民の代表たる国会議員の責任」という視点が抜け落ちているのが残念で奇妙な著作でした。春橋哲史(ツイッターアカウント:haruhasiSF)