「処理水」放出は、やはり回避できた
今回は「振り返り検証」、半ば結果論的な記事です。 フクイチ(東京電力・福島第一原子力発電所)では、2023年8月24日から、「ALPS処理水」(※)の、海洋への希釈投棄が開始され、11月20日までに、約2.3万tの「処理水」が放出されました。※「ALPS処理水」:正確には「ALPS(多核種除去設備)で放射性核種の濃度低減処理を一度でも実施した、相対的に低濃度の放射性液体廃棄物」。簡略化の為、当ブログでは「ALPS処理水」又は「処理水」と記載。(関連記事/設備概要の略図含む)●フクイチの「処理水」放出開始までの経緯・2012年11月~23年8月 フクイチ構内のタンクに貯留されている汚染水は、希釈投棄が開始されたことで、発災以降、初めて、貯留量が減少に転じました(下記グラフ)。資料理由の一つが「敷地利用の妨げ」 政府・東京電力が、「処理水を放出する理由」の一つとして上げていたのが、「タンク容量がフクイチの敷地を占有し、効率的な敷地利用の妨げになっている」ということでした。(経産省のWebサイトでの説明文/太文字は春橋)「東京電力福島第一原子力発電所の敷地内でALPS処理水を貯蔵している巨大なタンクは増え続け、タンクの数はすでに1,000を超えています。これからより本格化する廃炉作業を安全に進めるためには、新しい施設を建設する場所が必要となり、ALPS処理水を処分し、タンクを減らす必要があります。また、「災害発生時の漏えいリスク」や「大量のタンクの存在自体が風評の原因となること」を心配するご意見もいただいています。そのため、ALPS処理水を処分し、数多くのタンクを減らすことは、廃炉と復興に向けて必要な作業となっています。」(東電の「処理水ポータルサイト」でのQ&Aでの説明)「今後、・・・リスクを低減するための廃炉作業を計画的に進めていくにあたり、・・・整備に必要な敷地を、現在タンクが設置されているスペースも含めて発電所内に確保する必要があります。敷地内での長期保管については、政府の「多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会(ALPS小委員会)」においても検討されました。同委員会は、タンクの増設にあたりタンクの大型化やタンク配置の効率化などの工夫を行ってきたことを確認した上で、「現行計画以上のタンク増設の余地は限定的」とし、また、「更なる大型タンクによる保管等については、保管容量が大きく増えないにもかかわらず、設置や漏洩検査等に長期間を要するとともに、万一破損した場合の漏洩量が膨大になるという課題があり、実施するメリットはない」としています。ALPS処理水の処分は、福島第一原子力発電所の廃炉作業の一環であり、廃炉の完遂や地域の復興に向けて不可欠な作業です。」(文章引用元リンク)●経産省のサイト ●東電の「処理水ポータルサイト」 要するに、簡潔に言い換えてしまうと、「増える一方のタンクが敷地を圧迫し、他の設備を作る余地が無くなる」ということでしょう。 ですが、この説明は本当に正しいのでしょうか?汚染水増加量は年々減少 汚染水発生量がゼロに出来ていない以上、貯留用のタンクを増設し続けなければいけないのは、その通りでしょう。 ですが、上に掲載したグラフでも明らかなように、汚染水発生量は年を追う毎に減少しています。 グラフに掲載した事との重複を厭わずに、タンク貯留水の増加量を年毎に追っていくと、以下の数字になります。これは、東電の水処理週報から計算しているものです。2012年:増加量14.7万t(約1.2万t/月) 13年:15.4万t(1.3万t) 14年:18.4万t(1.5万t) 15年:18.3万t(1.5万t) 16年:17.8万t(1.5万t) 17年:10.3万t(8600t) 18年:7.4万t(6200t) 19年:6.9万t(5700t)2020年:6.1万t(5100t) 21年:4.7万t(3900t) 22年:3.1万t(2600t) 増加量が最も多かったのは2014~16年で、月間1.5万tにも達しています。 ですが、2017年以降は着実に減少に転じ、2022年の増加量は月間2600tにまで抑制できています。 これは、サブドレンの稼動・凍土方式陸側遮水壁の造成・敷地内のフェーシング(耐水舗装)・建屋開口部の閉塞(雨水流入の抑制)等の複数の汚染水増加抑制策が進捗したことが理由と思われます(各対策の個別の評価については、本稿での言及は避けます)。放出されなかった場合の、2023年のタンク貯留量を計算 では、「処理水」の希釈投棄が無かったと仮定した場合、2023年のタンク貯留水の増加量はどうなっていたのでしょうか? これも、東電のデータを基に計算します。 2023年には3回の希釈投棄が行われ、累計2万3351tの「処理水」が放出されました。 この2万3351tがタンクに貯留され続けていると仮定した場合の、2023年末の貯留総量は135万2573tです(2023年12月末の実際の貯留量132万9222t+放出量2万3351t)。 2022年12月末の貯留総量が132万5641tですから、2023年末の仮定の貯留量増加量は、2万6932tです(135万2573t-132万5641t=2万6932t)。 月間平均にすると約2200tで、増加量が最も多かった時期に比べると、実に約85%の減少です(月間1.5万t→2200t)。 東電の汚染水の増加抑制策(≒タンク貯留水の増加抑制策)は、着実に効果を上げていると言えるでしょう。 台風や集中豪雨等の変動要因も有りますから断言できませんが、この調子で増加量の抑制が進むなら、2024年は月間2000tを切ることも可能かも知れません。「放出が無ければ」という仮定の数字に基づいて計算すると、2023年末時点での「処理水+処理途上水」の貯留量は131.3万t、タンク容量は136万t容量です。空き容量は4.7万t容量です。 大雨・タンクの破損等に備えたリスク対応分として、半年程度の余裕を見たとしても、単純計算で約1.5年分程度の空き容量は確保できていたと言えます。 タンク容量にこの程度の余裕があるのなら、敷地を確保してタンクを増設しつつ、更なる汚染水増加抑制策を実施する方法もあったのではないでしょうか?汚染水増加抑制策 現に東電は、建屋間の隙間を埋めることで、更なる地下水の流入を防ぐ「局所止水」を準備中です。最も流入量の多い3号建屋で実施を予定しており(地下水流入量の約4割[月間1200t程度?]が3号タービン建屋への流入[21年度の計算値])、5・6号建屋で施工成立性の確認も含めて検証中です(5・6号建屋での検証は24年2月に完了予定)。 1号建屋では大型カバーの設置工事が進められています。カバーがかけられれば、少なくとも、1号建屋への雨水の流入は無くせるのではないでしょうか?敷地確保策 敷地確保も見込みがない訳ではありません。 2基の焼却設備が稼働していることで、使用済み保護衣は2024年度に、伐採木は2025年度に、屋外保管が解消される見通しです。(リンク)●福島第一原子力発電所の固体廃棄物の保管管理計画 2023年11月版 24年度には、瓦礫・伐採木類の一時保管所(屋外保管所)の解消に向けて、4箇所のエリアで試験的な撤去が開始される予定です。(リンク)●福島第一原子力発電所における実施計画の変更認可申請(一時保管エリアの解消作業)(23年12月21日資料) 又、フランジタンク・約4.9万t容量分を撤去したEエリアの跡地利用計画が未公表です。このエリアに最大限効率的に溶接タンクを設置したら何万t容量になるでしょう? その他、私は「乾式キャスク仮保管所を敷地外に移転させる」「原子力災害対策本部がイニシアチブを取って、周辺の中間貯蔵施設用地の利用目的を転用する」等を、22年9月に経産省の担当部署に申し入れしています。(リンク)●フクイチの汚染水等に関する、経産省への申し入れと回答(2022年10月)結論―「放出ありき」だったのではないか 振り返って検証してみると「物理的に放出が不可避だった」とはとても言えません(念の為に断っておきますが、物理的な限界があったとしても放出には反対です。敷地を拡大するなど、「放出しない」為にあらゆる手段を講じるべきです)。 フクイチの敷地は約3.5ヘクタール(約350万平米)ですし、廃炉作業に伴う放射線量を敷地境界で年間1ミリシーベルト(評価値)以内にとどめるという規制上の要求が有るのは承知した上で、それでも尚、「敷地を拡大せずとも、出来ることは他にもあったろう」というのが私の結論です。 ましてや、ALPS処理水の扱いは、ALPSが稼働を開始した2013年3月の時点から課題だと分かっていことです。約10年も有って、効率的な溶接タンクの設置や敷地拡大など、「あらゆる手段を検討し、試みる」こともせず、汚染水増加抑制策の更なる進捗も待たずに放出に踏み切るのは、最初から「放出」を目標に動いていたとしか思えません。 ALPS小委員会や、汚染水処理対策委員会の議論は、壮大なアリバイ作りだったのかも知れません。「放出が無ければ」という過程で計算したように、海洋放出が無かったとしても、約4.7万t容量のタンク空きが確保されているのですから、これに加えて約4万t容量程度のタンクを確保すれば、年間平均増加量が2.2万tと仮定しても、リスク対応分を含めて約3.5年分程度の余裕は確保できていた筈です。 その間に、更なる汚染水増加抑制策を進め、使用済み保護衣や固体廃棄物の屋外保管の解消を進めることで敷地内の整理を進めるなどの手段も取れたでしよう。 現にEエリアは空いているのですから、4万t程度の増設が物理的に不可能だったとも思えません(繰り返しですが、用地を拡大して乾式キャスク仮保管所を移転させる方法もあったでしょう)。放出は愚策の極み 現時点では私は、「数万t程度のタンク容量の確保に真剣に取り組まなかったが故に、『処理水が海洋放出』された」と評価します。数万t程度のタンク増設を渋ることで、壮大な核のモラルハザードを世界史に刻んでしまったのです。愚策の極みです(◆)。◆私が「処理水放出」を「核のモラルハザード」と評価する理由は、経産省への申し入れにも記載しているので、本稿では割愛します。 政府・東電が「放出」にこだわる理由の推測にまで踏み込みむと長くなるので、本稿では触れるのは避けます。 今後も、建屋止水の効果など、汚染水増加抑制策の結果は追っていきます。春橋哲史(ツイッターアカウント:haruhasiSF)