向かいに座っただけなのに 映画「クロイツェルソナタ」
みなさん、こんばんは。トルストイの有名な小説を映画化した作品を紹介します。クロイツェル・ソナタKrejtserova Sonata人々の会話から始まる。「トルストイの最新作をご存知ですか?」「主役は独身主義」「まさか 娘達はどうなりますの?」「人類は滅亡でしょうな」「わがロシアの作家まで分別を失うなんて でもなぜ?」 そして列車の中。複数の乗客が「夫婦関係を正しく進行させるにはどうすればよいのか」を話し合っていた。黙って聞いていた公爵ポズドヌイシェフが「女性は不実なものだし、永遠の愛なんてない」と言い出す。驚く皆に、更に彼は告白する。「私は妻を殺してきた男だ。新聞などで見たことがあるだろう?」 乗客たちはほとんど途中の駅で降りていく。ところが一人だけ残っていた。ポズドヌイシェフは彼に身の上話を始める。 原作が“車中で同席した人に語る形式”になっているので、映画もそのスタイルを踏襲。しかし聞いている人は災難だ!おそらく他の乗客は降りる予定がなくても次の停車駅で降りただろう。ところが唯一残った乗客は、公爵の話を話の進行上続けなければならないために残されたのだ。ずーっと映画の間見てたけど、積極的にコメントしようとする振りすらしなかった。原作はそういう設定なのか?語り手が一方的に喋るスタイルは、彼が静かに語ってくれるのならいい。しかし時々何か嫌なことを思い出したのか、叫ぶのだ。それも深夜に。最初の乗客が下りても途中で別の人達が乗ってきて彼等は寝ているのに、「俺は妻のこういう所が厭だったんだ」とか言い出すので「お前の妻なんてどうでもいいんだ!」と落語のヤジみたいなことを言われてしまう。うーん、文学としては一方的な聞き手はありだが、そのまま映像化するとなかなかきつい。例え途中に再現映像があったとしても。あとこの作品で説かれる「だから禁欲的な愛が一番いいんだ」というのも全ての人には当てはまるとは思えない。いやだって、トルストイ自身たっくさん子供いましたよね?それは禁欲的とは関係なし?【中古】 クロイツェル・ソナタ/オレーグ・ヤンコフスキー,イリーナ・セレズニョーワ,レフ・トルストイ(原作),ミハイル・シヴェイツェル(脚本、監督),ソフィア・ミリキナ(監督)価格:2,299円(税込、送料別) (2025/1/4時点) 楽天で購入