山ガールならぬ 異形の山大名中川久清 小説「登山大名 上下」
登山大名上下諸田玲子日経BP日本経済新聞出版豊後国岡藩の第3代藩主中川久清は、日本人離れした容貌と言われている。なぜそういわれるかというと、かなり目鼻立ちがくっきりした肖像画が残されているからだ。キリシタン摘発を目指しての絵踏みを行なった。久住連山の一つ大船山を愛し、「人馬鞍」と呼ばれる鞍を屈強の男性に担がせて何度も登山した。墓所は、自身が愛した大船山中腹1,300メートルを超える台地上に作られ、入山公墓と呼ばれる。岡藩中興の英主・天下の七賢将と称えられ、プライベートも充実していた、幸せな人生を送った大名のように見える。 ところが、諸田氏が描き出した久清は、これらの事実を全て裏返して作られた人物だ。 中川家には家紋があり、一つは抱柏である。もう一つの家紋は中川クルスと呼ばれている。イエズス会の紋章はアルファベットのIHSであり、中川クルスにはこのIHSが巧妙に隠されているのではないかと言われている。九州は島原の乱にもある通り、キリシタンが多く、そのため弾圧の史実も多い。苛烈な取り締まりを行った当主が、なぜイエズス会の紋章を含んだような、怪しい家紋を採用するのか。キリスト教弾圧とキリスト教保護の二つの顔を持った理由は?彼の系図が冒頭に紹介されているが、有名人のオンパレードだ。賤ヶ岳の戦いで敵味方となり戦った中川清秀と佐久間盛政を曾祖父に持つ。祖父・秀成は、高山右近と従弟どうしで、父・秀成は、父親と戦った佐久間盛政の娘・虎姫と結婚した。母親紀為君は家康の異父弟・松平定勝の娘で、後に家康の養女となる。第四代将軍家綱のもとで老中となった酒井忠清や岡山藩主の池田光政とも、姻戚関係にある。更に、豊臣政権下で切腹に追い込まれた古田織部とも縁続きだ。敵が味方に、味方が敵になる関ケ原を経て徳川将軍五代目になっても、譜代と外様が分かれても、徳川家の粛清の嵐は、遠く九州にまで及ぶ。縁で結ばれた彼らが助け合って、岡藩と久清を救おうとするヒューマンドラマ的要素、久清と不思議な魅力を持つ娘らんとのラブストーリー、久清の出生の謎というミステリ要素、それらと史実を上手く絡めた歴史小説。日経新聞朝刊にて連載。登山大名 上 [ 諸田玲子 ]登山大名 下 [ 諸田玲子 ]楽天ブックス