沙漠に花が咲くかぎり 小説「草花とよばれた少女」
みなさんこんばんは。アメリカのIT大手、アップルの上級副社長がNHKの単独インタビューに応じ、12年ぶりに刷新するスマホの基本ソフトのデザインについて、デジタル情報を現実世界に融合させることを意図してつくられたゴーグル型の端末のソフトからヒントを得たことなど開発の舞台裏を明らかにしました。今日はシンシア・カドハタさんの作品を紹介します。草花とよばれた少女Weedflowerシンシア・カドハタ白水社1941年。交通事故で両親を亡くした12歳の日系少女スミコは、弟のタカオとともに叔父夫婦の花農場に引き取られていた。日本からの移民である祖父と、叔父夫婦の息子で三世のイチローとブルも一緒に暮らしていた。いつか自分の花屋を持つ夢を抱いていたスミコの日常は、12月6日を境に一変する。祖父や叔父と離ればなれになり、収容所で暮らすスミコは、ネイティヴアメリカンの少年フランクと知り合う。著者がニューベリー賞を受賞した前作『きらきら』では、1950年-60年が舞台だった。その時点でも日系人に対する差別はあったが、今回は太平洋戦争真っただ中。差別の厳しさは段違いだ。ナチスドイツのユダヤ人差別が槍玉に挙げられるが、自由と平等の国アメリカにも恥部はある。イタリア系移民もドイツ系移民もいたのに、財産を没収され収容所に入れられたのは、日系移民だけだった。「良い行いこそが悪いことをたくらんでいる証拠として受けとられる」視線を浴びていきる生活は、決して心安らぐものではなかった。「みんなががんばりとおせたのは、『アメリカ』という一語のためだったそうだ。その言葉こそ、家族のもっともたいせつなものであり、ただひとつの財産だった」これは、日系一世であるスミコの祖父の言葉だ。自分達はアメリカこそ祖国で、アメリカ国民だと思っていたのに、当の祖国が拒絶し、「敵性市民」と呼ぶ。祖父達が本当にショックだったのは、家や財産の強奪より、「ただひとつの財産」=アメリカへの信頼が無惨に裏切られた事だったのではないか。どんな葛藤があったか知らないが、やがて祖父は一つの日本語を手紙に書いてくる。「シカタガナイ」-諦めること。だが怒りや不安を抱えた諦念は、やがて自分のコントロールが不能になる瞬間-『究極のたいくつ』へと、少しずつ人々を追い込む。スミコの閉塞を解いたのは、花を育てる事。過酷な環境の中で、種が芽を出し根を張ってゆくように、スミコは互いに少数派であるネイティヴアメリカンの少年・フランクと新たな縁を築く。マイノリティ同士に共同戦線を張らせたくない米国側の事情があったのか、迫害された者同士というより、「自分の居場所を奪う者」として出会ったネイティヴアメリカンと日本人。「おれの未来はここにある。おまえの未来は、べつの場所にあるんだ」と泣きながらスミコを促すフランク。国の思惑により生じた溝を、一人の少女と少年は強い絆で乗り越えた。この可能性がある限り、砂漠に花が咲く限り、国際協調への希望は捨ててはならない。【中古】 草花とよばれた少女 / シンシア カドハタ, Cynthia Kadohata, 代田 亜香子 / 白水社 [単行本]【ネコポス発送】価格:803円(税込、送料別) (2025/7/6時点) 楽天で購入