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「訳注静岡県報徳社事蹟」が神奈川県平塚市立図書館で新たに蔵書となった。
平塚市中央図書館 [3階-0 カウンター前書架]に在庫しています。 禁帯 K7157 神奈川県内ではこれまで 伊勢原市、小田原市、伊勢原市、厚木市、藤沢市の各図書館で蔵書となっている。 ●節倹について 二宮先生の訓話 二宮先生がおっしゃった。 どれほど富貴であっても、その家法は節倹に立ち驕奢に馴れることを厳に禁ずるべきである。 そもそも奢侈は不徳の源であり滅亡の基(もと)である。 なぜならば奢侈を欲するから、利を貪るの念が増長し、慈善の心が薄らいで、自然と欲深くなって吝嗇に陥り、それから知らず知らずに職業も不正になっていって、災いを生ずるものである。 実に恐るべきことだ。 論語には「周公の才は美ありとも奢かつ吝なればその余は見るに足らず」とある。 家法は節倹に立って、我が身はよくそれを守って驕奢に馴れてはならない。 何事でも習いが性格となって、馴れてしまって常となてては、仕方がないものである。 遊楽に馴れると面白いこともなくなる。甘いものもそれになれては甘きものもなくなる。 これは自ら自分の歓楽をも滅ぼすのだ。 日々勤労するものは朔望(旧暦の1日と15日)は休日も楽しみである。盆や正月は大きな楽しみである。これは平日勤労に馴れるためだ。この理を明らかにわきまえて、滅亡の基(もと)を断ち去るべきである。かつ若い者は酒を飲むのも、煙草を吸うのも、月々四五度に限って、酒好きとなってはならない。煙草好きとなってはならない。馴れて好きとなり、癖となってては、生涯の損大である。慎まなければならない、慎まなければならない。私の道歌にいう。 飯と汁木綿着ものは身を助く その余はわれをせむるのみなり ◎和三郎謹んで思うに、この訓話は一家を保つ重宝である。我が同盟員たるものは、飯と汁の歌を肝に銘じて実行されたい。ちなみに倹と吝とを間違えないように、真の節倹を以て家法を立てられたい。 ●早起 遠江 同盟員 森下広太郎 故新村豊作翁(翁は同盟員新村里三郎君の父であり二宮大先生の門人である)曰く 人、朝起きを学ばんと欲せばまずは早寝を学ぶべし。 遅く寝て早く起きることは、凡人は永く堪えることは できない。早寝の修行がなるならば早起きはおのずからちかからん。また早起きしても炉ばたで眠っていては無益である、と。 💛最近は、早く寝て早く起きて、精出してパソコン打っているなあ(^^) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2023.04.11 07:06:29
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