90.珊瑚海海戦(10) 損失航空機と戦死者は日本側の方が多かった
(ウツボ)珊瑚海海戦で苦闘して勝利を得た第五航空戦隊司令官・原忠一少将は、東京に帰ってきたとき、海軍省の廊下で、事情を聞きたそうにする顔見知りの士官に会うと、「アメリカは強いですぞ」と自分の方から語りかけたそうだ。(カモメ)そのようですね。けれども、海軍省、連合艦隊は次のミッドウェー作戦必勝の自負を持っていた訳ですね。(ウツボ)空母も第一、第二航空戦隊の赤城、加賀、蒼龍、飛龍、の最強の四隻が出て行く。何も心配もないという雰囲気だった。(カモメ)原忠一少将と対米評価が正反対なのが軍鶏を思わせる源田実中佐でしたね。(ウツボ)源田中佐は南雲艦隊の航空参謀で、当時ときめく人物だった。とにかく源田サーカスとか気違い源田とか、いろいろ言われていた。(カモメ)戦闘機パイロット生え抜きの源田中佐は「それ行け」という時、親指と中指をいい音させて「ピチッ」と鳴らす癖があったそうです。(ウツボ)そうなんだ。ミッドウェー作戦の打ち合わせに上京するとき、「あんなもの赤ん坊の手をひねるのと同じ」大丈夫、鎧袖一触(がいしゅういっしょく)任せておいてくれと、上手に指をはじいて見せたというんだ。(カモメ)かなりの自信家ですよね。源田実は戦後航空自衛隊に入隊し空将にまで昇進し第三代の航空幕僚長になっていますね。(ウツボ)空将になっても自分でジェット戦闘機を操縦していたとか逸話も多い人だ。(カモメ)そのあとは参議院議員ですね。議員仲間からは閣下と呼ばれていた。(ウツボ)話を戻そう。珊瑚海海戦の後、第四艦隊幕僚の顔ぶれが大分変わった。(カモメ)そうですね。機関参謀井上武治少佐のあと山上実少佐が着任しました。山下少佐は東京を発つとき、上司、同僚から四艦隊の悪口をさんざん吹き込まれた。(ウツボ)そうだね。「貴様、とんでもない長官のところへ行くことになったな」そういって同情してくれるクラスメイトもあった。(カモメ)しかし実際に接してみると、井上中将の感じは噂と違っていた。矢野志加三参謀長はじめスタッフの雰囲気も、激戦を指導してきたあととは思えぬ落ち着いたものであったと記されています。(ウツボ)それで山下少佐は不思議に感じ、「東京でずいぶん評判が悪いが」と、離任する一期先輩の井上武治少佐に見解を質したのだね。(カモメ)そうですね。すると井上少佐は次のように答えたのですね。「そりゃ、実情を知らない人の批判だ。司令部の頭には常に燃料の問題がこびりついている上、機動戦はサッと行ってサッと引き揚げるもの。欲を出して同じことを二度やっちゃいかんというのが長官のお考えだから、あのような経過をたどるのも止むを得ないと思う」と。(ウツボ)井上少佐の答えを続けて読んでみる。「それに五航戦の北上にしてもどっちが先に決断したか分からない。自分が命令を出したと責任をすべて引っかぶって知らん顔をしておられる節があるし、井上さんが部下に冷たいなどと言うのも、事実と全然違う。人によってはあんな思いやりの深い長官はいないと言ってるよ。下の者の機嫌取りをされないだけのことじゃないだろうか」ときっぱり言ったのだね。(カモメ)四艦隊で直に井上中将と接した参謀の言だから重みがありますね。(ウツボ)それもあるでしょうが、やはり四艦隊には四艦隊の言い分がある訳だね。しかし井上長官という人は言い訳を一切しない人だから、部下が代弁した。(カモメ)「あの戦争~太平洋戦争全記録上」(産経新聞社編・集英社)によると、珊瑚海海戦について大本営は5月8日、「空母サラトガ、ヨークタウン、戦艦カリフォルニアを轟撃沈、英戦艦一、重巡一大破」とかなりオーバーな戦果を発表しました。(ウツボ)まさに大本営発表だね。空母は実際はサラトガの同型艦「レキシトン」だったけどね。(カモメ)珊瑚海海戦の空母についての結果は、米側、空母レキシントン沈没、ヨークタウン大破。日本側は小型空母祥鳳沈没、翔鶴大破でしたね。(ウツボ)この史上初の空母対空母決戦は、戦術的には日本の勝利であると世界の戦史家は評価している。だがこの戦いにより日本側はポートモレスビー攻略(MO攻略作戦)を断念、やがて、米軍のガダルカナルへの反撃につながっていったことから、戦略的には米軍の成功であると評されている。(カモメ)そうですね。なお、「図解雑学太平洋戦争」(ナツメ社)によると、珊瑚海海戦における日本軍の損害は、撃沈が空母祥鳳、中破が空母翔鶴、損失航空機が約100機、戦死約900名と記されています。(ウツボ)そうだね。一方米軍の損害は、撃沈が空母レキシントン、駆逐艦(シムス)1隻、タンカー(ネオショー)1隻、中破が空母ヨークタウン、損失航空機が約70機、戦死約540名と記されている。(カモメ)結果は、艦船は米軍が日本側より多く沈みましたが、損失航空機と戦死者は日本側の方が多かった訳ですね。(「珊瑚海海戦」は今回で終わりです。次回からは「永田軍務局長惨殺」が始まります。)