300.戦艦武蔵の最期(20)彼らはどこにも所属しなかった。人の目から隔離された
(カモメ)その後アメリカの植民地化に反対するフィリピン国民とアメリカの戦争が勃発しました。その結果、六十万人のフィリピン人がアメリカ軍に殺され鎮圧されました。(クマノミ)フィリピンはアメリカの統治領となり、一九〇二年にコレヒドール島にフォート・ミルズ基地を置いたのですね。(ウツボ)そうだね。アメリカ軍は、この基地に巨大な大砲を設置して、大量のコンクリート使用し、内部にトンネルを張り巡らし、頑強な海上要塞に造り上げた。(カモメ)第二次世界大戦が勃発し、一九四一年十二月、日本軍がフィリピンを攻撃し始めると、アメリカ極東陸軍司令官・マッカーサー大将はコレヒドール島に司令部を置き、フィリピン防衛の指揮をしました。(クマノミ)アメリカ国内では、日本軍相手にマッカーサーが勇敢に戦っていると英雄扱いでした。だけど、実際は、日本軍の怒涛の進撃に、防戦一方で、マッカーサーはコレヒドール島に篭城して指揮するだけで精一杯だったのですね。(ウツボ)そうだね。だから、元々、ルーズベルト大統領はマッカーサー大将が嫌いだったが、マッカーサー大将が捕虜になるとアメリカ国民の士気が落ちると判断し、マッカーサー大将にオーストラリアに脱出するよう命令した。(カモメ)マッカーサー大将は屈辱を感じたが、仕方なく「アイ・シャール・リターン(私は必ず戻ってくる)」と言い残し、一九四二年三月十二日、家族や幕僚と魚雷艇でコレヒドール島を脱出しました。一九四二年中には日本軍がフィリピンを占領しました。(クマノミ)そのような歴史のあるコレヒドール島に、戦艦武蔵の乗組員千三百七十六名は移されたのです。乗組員は上陸すると、素足で石だらけの道を登らされ、山腹の仮兵舎に収容されました。(ウツボ)彼らはどこにも所属しなかった。人の目から隔離された。彼らの集団は副長の姓をとって加藤部隊と命名され、さらにいくつかの小集団に分けられた。(カモメ)加藤部隊のうち四百二十名は、昭和十九年十一月二十三日マニラ出港の輸送船「さんとす丸」に乗船、台湾の高雄に向かいましたが、途中バシー海峡で敵潜水艦の魚雷日本を受けて轟沈しました。(クマノミ)戦艦武蔵の乗組員は再び海に投げ出されたのです。漂流中、味方艦船から投じられた爆雷の衝撃で内臓破裂を起こした者も多く、救助された後に五十名が死亡しました。結局生存者は百二十名に過ぎなかったのです。(ウツボ)彼らは、高雄の警備隊に編入された。そのうち半数以上が内地に送還され、瀬戸内海の小島で軟禁同様の生活を強いられた。(カモメ)また、コレヒドール島の、加藤部隊の他の一隊二百余名は、改装空母隼鷹(艦長・渋谷清見大佐・基準排水量二四一四〇トン)で内地送還の途中、十二月九日、野母崎南五〇浬の海面でアメリカ潜水艦の雷撃を受け、艦体傾斜のまま、佐世保港へ十二月十日入港しました。(クマノミ)彼らは、所属もないまま、佐世保から呉へと移動させられ、最後には、久里浜落下傘部隊の仮兵舎に収容され、やがて各地へ分散させられました。(ウツボ)コレヒドール島に残った加藤部隊六百二十名の戦艦武蔵乗組員は、現地軍の要請に基づき、その地に残された。(カモメ)彼らはマニラ防衛部隊、南西方面艦隊司令部、コレヒドール地区隊、クラーク飛行場作業隊などに配属され、ほとんど玉砕しました。(ウツボ)「豊田穣文学/戦記全集第四巻」(豊田穣・光人社)所収「戦艦武蔵自沈す」によると、昭和三十九年十一月二十四日、戦後初めて軍艦武蔵戦没者慰霊祭が、東京の靖国神社で行われた。執行会会長は、戦艦武蔵副長だった加藤憲吉元大佐だった。(カモメ)また、昭和四十六年四月九日から二十三日まで、フィリピン東シナ海方面、海上戦跡巡拝団が旧戦場を回って英霊を弔いました。(クマノミ)使用客船は一二〇〇〇トンの「さくら丸」でした。この中にはシブヤン海も含まれ、戦艦武蔵の猪口艦長未亡人、副長の加藤元大佐をはじめ武蔵乗組員の一部も参加しました。(カモメ)シブヤン海では、猪口未亡人が花束を投げ、観音像を海底に沈め、戦死した戦艦武蔵の乗組員の慰霊をしました。(ウツボ)クマノミさん、おつかれさま。戦艦武蔵の話はこれで終わりだけど、何か感想がありますか。(クマノミ)そうですね、日本海軍が世界に誇っており、不沈戦艦と呼ばれていた戦艦武蔵でも、あれだけ次から次に猛攻撃を受ければ、最後にはやはり沈没するのだなと思いました。武蔵の沈没は日本海軍にとって大きなショックだったのでしょうね。(ウツボ)ええ、本当にそうですね。大ショックだったでしょう。さらに戦艦大和も沈む可能性が証明された訳です。だからこのレイテ海戦以後、昭和二十年四月七日に沖縄特攻作戦で沈没するまで、戦艦大和は内地に帰され温存されました。(カモメ)それは、燃料不足であまり動かせなかったこともありますけど。(ウツボ)ああ、そうだね。ところで、クマノミさん、今回、あなたは、意外と言っては失礼だけど、よく突っ込んで、食いついて、戦史の話を掘り下げてきましたね。感心しています。(クマノミ)いえいえ、そんな。わたくし話が進むうちに興味が湧いてきて、思ったままを口にしただけですけど。(ウツボ)すごいと思います。また、いつか対談やりましょう。カモメさんといらっしゃい。ね、カモメさん。(カモメ)あっ、はい。(クマノミ)ありがとうございます。ぜひおねがいいたします。(今回で「戦艦武蔵の最期」は終わりです。次回からは「帝国陸軍と陸上自衛隊」が始まります)