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欧米映画

2016.02.26
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カテゴリ:欧米映画
スイスの小さな村で
夫を亡くしたばかりの80歳のマルタが
昔の夢だった手作り&刺繍入りランジェリーの店を開くまでのお話―



お年寄りがメインの物語だと
どうしても“死”が付きまとうものが多いと思われる。
どうもそれは苦手。

でも、今作はそうではないので良かった。

勿論、一般的な見方からして
お年寄りの方が“死”は身近なものだろうし
そうして人間という存在や人生の悲哀を描くのは“あり”

でもさ
80歳からでも90歳からでも
新たな夢に向かって進んでいくなんて
もっともっと素敵だよね?


まあ、マルタの場合
行く手を阻むのは年齢よりも
派手な下着なんてハシタナイ!
…という古い概念だというのが、ちょっと面白い。

しかもそう主張するのは
マルタの息子@牧師と
友人の息子@村の有力者。

マルタの息子は不倫中だし
友人の息子は村での権力を追い求めている。
夢というよりも
もっとドロドロした現実的な欲望に囚われている。


友人は息子に頼らず自分の足で歩こうと
自動車免許取得に挑戦するし
別の友人はマルタの店を宣伝&販売経路を広げるために
インターネットを学び始めるし
ついでに新しい恋もゲットするし
さらにもう一人の友人は
そもそもマルタに店を開くことを勧めてくれた人だし
モデルまで勤めてくれる。

このおばあちゃま達が集まって
アップルパイとキルシュ(?)片手にお喋りする姿が
とても可愛い


ちゅーことで
単純な勧善懲悪。
分かり易い構図。

だから最後は少しスカッとして終わる。

でも、本音を言うと
スカッと具合は足りない感じ。
そこがちょいと残念(^^;)


マルタの息子は改心するんだけど
お話的には2人の悪役の片方が善の側につく
というのはバランスが良いと思うし
主役@マルタの息子が悪のままで終わったら
後味悪いと思うし
そういう意味では正解なんだろうけど…

彼は牧師でありながら不倫という罪を犯していたわけだし
母親@マルタに対してもさんざん嫌がらせしてきたんだしなあ…

まあ、世の聖職者は私生活ドロドロなのが多いらしいけど
それを告発するとかいう感じじゃないものなあ。
不倫相手とハッピーエンドになっちゃうんだもの。
奥さん、結構良い人っぽかったのになあ。

それとも、皮肉として描いているのかな?

それに、マルタの友人の一人が亡くなるのだけど
心臓の発作とか何とかでアッサリ済ませちゃってたけど
その直前に彼女はマルタの息子に罵倒されたんだよ?
それが何故、問われないわけ?

しかも、不倫相手は彼女の娘なんだものなあ…


…と
私的には気になる部分もあったけれど(笑)
全体的には楽しく可愛い映画でした。





『Die Herbstzeitlosen』 2006年/スイス
監督/原案:ベティナ・オベルリ
脚本:ザビーネ・ボッホハンマー
撮影:ステファン・クティ
音楽:ルック・ツィメルマン、シュトゥーベムースィヒ・レヒシュタイナー
出演:
シュテファニー・グラーザー(マルタ)
ハイジ・マリア・グレスナー(リージ)
アンネマリー・デューリンガー(フリーダ)
モニカ・グブザー(ハンニ)







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Last updated  2016.02.26 20:59:35
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2013.11.24
カテゴリ:欧米映画
人間には
誌的な人と散文的な人の二種類がいると
言っていたのは『赤毛のアン』。

前者にとって空想は呼吸と同じくらい自然であり重要な行為。
楽しみを増幅させ、苦しみを軽減するために。


前者は支持するけど
後者は辛いことだよね。

それだけ過酷な現実の中にいるということであり
それから抜け出す術がないということだから。

でも、そんな悲しい空想を駆使するしかない人々
特に幼い女の子達のことを描いた物語は少なくない。

『パンズラビリンス』も『ローズ・イン・タイドランド』も
そしてこの『プレシャス』も。


Precious(貴重)と名付けられながら
幼い時から虐待を受けてきたプレシャスは空想の世界に逃げ込む。
父親からレイプされている時
母親から嫉妬や憎しみをぶつけられている時
意識だけ現実から抜け出す。
喝采を浴びてステージに立つスターの自分と
自分を優しく迎えてくれるハンサムな恋人を夢見る。



舞台は1980年代後半。
『そしてエイズは蔓延した』(ランディ・シルツ)の頃。
その脅威は知られ始めたものの、まだ間違った捉え方が主流だった頃。

Life is real...(byフレディ・マーキュリー)


私は虐待とは程遠いノホホンとした少女時代を過ごしてきたけれど
空想の世界はやはり拠り所だった。
大人になれば卒業するものだと思っていたけれど
寧ろ年齢を重ねるにつれ、切実にその世界を必要としている。

だから、プレシャスの空想世界は
切なくて痛々しくて観ているのが辛かった。

現実に直接的な反応を示して泣きわめいてくれたりした方が
まだ耐えられたかもしれない。


でも、勿論それだけでは終わらない。

プレシャスは
あまりにも無知であったため、現実を変える力がなく
空想に逃げていただけで
教育が彼女を強く変え、空想の世界に決別する。


教育の大切さと楽しさを教えてくれた先生は
スタイルが良く輝くばかりの美人で
同じ黒人系なのにプレシャスとは正反対の人。

これはステロタイプというよりも、まさに象徴なのだろうな。


ただ、先生がレズというのはどうなのかなあ…
そうしたことへの偏見からも自由、ということを表しているのかもしれないけど
逆の意味にも取れそうで、そこが気にならないでもない>個人的感覚デス

原作者も映画の監督もゲイであることをカミングアウトしている人なので
そのせいで入れた要素なのかもね。


物語的には最後の方での
母親@モニークの長台詞が素晴らしかった。
アカデミー賞助演女優賞も納得の演技。

人間的には
何て酷い母親だ!
てのと同時に
何て哀れな女性なんだ…
と、やりきれない気持ちになった。


プレシャスは、そうした母親の陥った所から
教育の力で飛び立っていく。
知識が彼女に道を示す。


そこまでだったら、爽快な結末になっただろう。
そんな単純な結末を許してはくれない作品だった。

それでも
こんな暗くて重い内容なのに
後味は悪くない。

ところどころに滲むユーモアと
プレシャスが自分の足で立って行く様が実感できるからだろう。

Life is real...

歩いていかなくちゃ
そう思わせられた。



『Precious:Based on the Novel Push by Sapphire』 2009年/アメリカ
原作:サファイア『プッシュ』
監督:リー・ダニエルズ
出演:ガボレイ・シディベ(クレアリース・プレシャス・ジョーンズ)
   モニーク(メアリー:母親)、ポーラ・パットン(ブルー・レイン先生)
   マライア・キャリー(ワイス夫人)、レニー・クラヴィッツ(ナース・ジョン)





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そしてエイズは…







Last updated  2013.11.25 12:36:12
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2013.07.28
カテゴリ:欧米映画
森の緑に映える赤いコート
夜の道を走る赤い靴

精神病院を脱け出してきた青年イヴォンと
犬舎から救い出した犬のナッツと
彼らを守りたいと願った10歳の少女ベティのお話―



★☆★☆ネタバレあり☆★☆★



ベティ一家が住むのは精神病院の隣にある家。

一番の親友でもある姉は自分のことなど忘れた様に嬉しそうに寄宿舎へと移っていき
独りぼっちで眠るベティの耳に入ってくるのは口論する両親の声。

ちょくちょく外出していた母は、それでも帰ってくるのはベティのためだと
ベティに罪を負わすかの様な言い草で浮気を続け、ある日とうとう家を出て行き
ゲーム機を買って納屋をゲーム室に改装することが贖罪になるかの様な態度でいる。

病院長の父は忙しく、家庭においては妻の一件でイッパイで
ベティが可愛がっている殺処分間近の犬@ナッツを犬舎から引き取ることを拒否し
代わりに子犬を買ってやるとズレたことを言う。

顔に大きな痣がある故に誰も近寄ろうとしなかった転校生の男の子に
ただ一人話しかけ、秘密を教えようとさえしたのに>つまりそれだけ心を許したのに
実は皆と示し合わせてベティをからかうという酷い仕打ちをされる。

ベティの孤独を癒してくれた
ベティが心から守りたいと思った
ナッツとイヴォンと共にベティは旅に出る。

―という、お話


興味深いのは
現在、大人になっているベティが過去の経験として語っていること。

でも、現在のベティの姿は出てこないし、何をしているかも説明なし。
物語の最後に現在との繋がりも、詳細な事の顛末も描かれず
ただ冒頭で「とても昔」の事だと語られるだけ。


その冒頭は
ベティと姉が空き家を探検しようとしているシーン。

何もしていないのにドアがゆっくりと開き始め
怖くなった2人は一目散に逃げ帰る。
何と姉は妹を振り返りもせず、一人さっさと自転車に乗って走り去ってしまう。

「おいおい」と思ったけど…
無理矢理コジツケるなら
姉の方が確実に先に大人になっていき、自分の人生を歩んで行く。
ベティもまた誰かに頼るしかなかった子供時代に別れを告げ
自分の恐怖は自分で克服し、生きていかなければならない…という象徴?


ベティが怖がった主なものは
家と病院との境にあるドア
家の中の使われていない部屋のドア
お化け屋敷と噂される空き家のドア


病院のドアを抜けて病院側に入ったベティは
男性患者に追いかけられたりして実際に怖い思いをするのだけれど

そうした患者の一人で家政婦代わりに通ってきているローズは
誰よりもベティをよく見ていてくれたし

最初は仲良くしながらもどこかで怖がってもいたのに
色々な事に追いつめられたベティが抱きついたのはローズだった。

部屋のドアと空き家のドアは何故開いたのかさえ分からず仕舞いだったけど
あれはもしかして、ベティの心象風景だったのかも?


未知なる世界へと通じるドア。
でもそれは、まだ世間の狭い子供の目には未知なだけであって
中身を知れば何と言う事もないものかもしれないし
好きになれるものかもしれないし
嫌悪を催すものもあったとしても
以前の様に盲目的に恐がるのではなく対処の仕方を学べるかもしれない。

そうやって世界を受け入れていくことが
大人になるということなのだろう。


ベティは小さな納屋にイヴォンを匿っていたけれど
そこを出て森を抜けて、怖かったはずの空き家に行き
まさにそのドアから中へと入って行くのだ。


ラストの屋根のシーンも象徴的と言える。

イヴォンを助けようとしたのに
逆に助けられる。
死にそうな思いを潜り抜けて
上に上がる。

「エリザベスと呼んで」

小さな少女から大人の女性へと成長した瞬間。
だから、今現在のベティの姿が映されなかったのだと思う。


たださ…

「もう何もかも大丈夫だ」みたいな父親の言葉で終わったけど
何が大丈夫なんだよ!?
という疑問はちょっと残ったな。

ベティの一世一代の大冒険が
父や母や姉の問題を全てクリアしたとは思えないじゃん。

つーか

これもまた“象徴”?

もしかしたら現実は全く変化ないままかもしれない。
でも、それに対するベティの気持ちや対処の仕方が変わって
まさに大人の行動が出来る様になって
「大丈夫」となったってことなのかもしれないね。



『JE M’APPELLE ELISABETH/CALL ME ELISABETH』 2006年/フランス
監督:ジャン=ピエール・アメリス
脚本:ジャン=ピエール・アメリス、ギョーム・ローラン
出演:アルバ・ガイア・クラゲード・ベルージ(ベティ)
   ステファーヌ・フレス(父親)、マリア・デ・メディロス(母親)
   ヨランド・モロー(ローズ)、バンジャマン・ラモン(イヴォン)





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Last updated  2013.07.28 19:22:37
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2013.02.03
カテゴリ:欧米映画
高い塀で囲まれた“学校”に赤ん坊の時から閉じ込められ
外界とは一切の接触もないまま成長する少女達。


★★★ネタバレあり★★★


取り合えず『エコール』を観てみよう!
という気持ちになった(笑)

原作は同じ。

といっても未読なので>いつものことだが(^^;)
どちらが原作に忠実なのか、どちらもアレンジが激しいのか分からないけど
聞くところによると『エコール』は
ミステリアスというか、真相を明らかにしないまま終わってしまうらしいのだが
こちらの『ミネハハ』はアカラサマというか“まんま”。

『エコール』はロリコンとの見方もある通り
登場してくる少女達は年長でも12歳までらしいのだけど
『ミネハハ』は中心となる少女達は、少女というより大人に近い。
まあ、せいぜい高校生くらい?

恐らくラストシーンのためだろう。
幼女だったら非常にマズイから(^^;)


つまり、真相はハッキリ描いている。

その真相に向かってまっしぐらに話は進んで行く。
その衝撃度を見せたいのだろうとは思うのだけど>『エコール』への答?
結構最初の方からバレバレなので
捻りがないな…と思ってしまう。

その真相の向こうにあるものを見たかったと思う。
つーか、細かいところは謎のまま。
謎のままの方が効果的な作品もあるけれど
今作の場合どっちかっちゅーと辻褄を放置したって感じ>言い過ぎ?


映像は美しい。

緑に囲まれ
ミネハハ(笑う水)と名付けられた滝が流れ
石像で飾られたクラシカルな建物の中で
白いドレスを纏った少女達。

なんだけど

少女達は…
あんまり綺麗とは思えなかっ…>スミマセンスミマセン

最終的に選ばれるヒダラより
彼女に恋愛感情を抱くイレーネの方が
満島ひかりにちょい似で可愛いと思ってしまった。

映画の中では
ヒダラ=美しい
イレーネ=美しくない
という図式。

ヒダラ=金髪&ぽっちゃり
イレーネ=黒髪&痩せ型
なので、まあ、そーいうことなのかもね(^^;)


物語は秘密に殺人に同性愛
そして、それらが集約された“真相”

もうちょいサスペンス要素を盛り上げるか
ホラーにしてしまうか
耽美主義に徹するか
してしまった方が良かった様な気が…

はっ

もしかしたら、それが『エコール』だったりして?

(作られたのは『エコール』の方が先だけどね)


同性愛に関しては
女ばっかりの環境なのだから仕方ない
年頃なんだから仕方ない

と思うけど

無垢な少女の世界で互いの魂に惹かれ合って
…みたいな描き方なら美しかったかもしれないのに

そういう精神性のものではなく
年頃ゆえに性欲が芽生えてきて
それの向かう場所が女性しかいないだけで
いわば疑似恋愛
…という風に受け取れて>私だけ?

何ちゅーか

うっとりする様な憧れの少女世界
というイメージとはちょい違った。

いやまあ、自分自身も女なので
少女って、そんなに美化出来る様なものではござんせん!
なんて実も蓋もない思いが消せないからかもしれないけどね(^^;)


本当は、それを消せるほどの“世界”を見せてほしかったんだな。
でも、そういう物語ではなかった。

無垢な少女達が未知の世界に触れる
…というものではなく

純粋培養された少女達でさえ性欲は抑えられないのなら
お金と暇を持て余している大人の男達は尚更だよな
…って感じで>ぉ

あの“真相”は衝撃ではなく必然っていうか
所詮そんなもんでしょ、人間なんて!
ってところ(悲


それにしても
幾ら男爵だからって
あそこまで手間暇かけて磨き上げて
結局あれだけの使い道?

しかも選ぶのは一人だけじゃ
残りはどうするのだろう?

映画やドラマとかで観た限りでは、
日本の芸者とか韓国のキーセンとかだって
随分と苦労して芸や教養を身に付けなければならないし
ちゃんと自覚して、それなりの誇りや目標を持って励んでいる様子。

こちらの少女達は何も知らされないままなわけで
教えられるのはバレエと礼儀作法程度で
頑張るのは外の世界に出たいから…って感じ。

そこが哀れ…と涙するところなのかもしれないけど
何だか“製造工場”という言葉が浮かんできてしまった(酷

でもって、その品質云々は
実は大して意味なし…みたいな。

結局、好みの問題みたいに見えちゃう上に
あれでオシマイなわけじゃん?>即物的


オープニングは血を流して踊るトウシューズのアップ。

爪先から血がだんだん滲んでくるところは、かなりハッとする。
美しくもあり怖くもあり、って感じで
映画全体の中で一番良い出来っていうか
これだけで良かったんじゃないの!?
と言えなくもない>いや、言い過ぎ

つーか

これ単体ならそうなんだけど
ラストでヒダラが自分の股間に手を触れ
その手が血に染まるシーンと重なってしまって
やっぱ、ナンダカナ…と思う。


じゃあ、駄作かっていうと
印象に残って消えないし
妙な魅力はあると思う。

まあ、取り合えず
『エコール』を観てみるつもり(笑)



『The Fine Art of Love:Mine Ha-Ha』 2005年/イタリア・イギリス・チェコ
原作:フランク・ヴェデキント
監督:ジョン・アーヴィン
出演:ジャクリーン・ビセット(校長)、ハナ・テイラー・ゴードン(イレーネ)
   メアリー・ナイ(ヒダラ)



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Last updated  2013.02.03 13:31:28
コメント(0) | コメントを書く
2012.10.31
カテゴリ:欧米映画
何故、彼女にだけ奇跡は起きたのか?

サスペンスという紹介文に惹かれて観てみたのですが
ちょっと違う気がしました。
まあ、観る気を起こさせるという意味では正解なのかもしれないけど(笑)


ルルドの泉については昔、遠藤周作の著書で知りました。

ベルナデッタという少女の前に聖母マリアが現れ
そこに泉が湧き
泉の水には病気や怪我を癒す力があり
以来、大勢の人々が奇跡を求めて集まる様になった―

と。


現代では巡礼ツアーが組まれ、観光地みたいになっている様子ですね。
首から下が完全麻痺した状態の主人公@クリスティーヌは
そのツアーの一つに参加し、ルルドを訪れます。


主人公といっても彼女の内面に踏み込むことはなく
モノローグやナレーションもなく
ドキュメンタリータッチで淡々と映画は進んでいきます。

奇跡が起きるのは終わり近くになってからで
それまでは、ツアーの様子が内から外から描かれます。

内から…といっても上記の様に心情が直接語られることはないので
大勢が移動する様子や各スポットの様子が俯瞰的に描かれ
主人公周辺の少数の人々の言動が凝視的に描かれる
って感じ?


前者では、自分も客の一人になって巡礼している気分を味わい
癒しを求める、それぞれの事情を抱えた大勢の人々に心痛み
意外にクールに(もしくは即物的に?)彼らを扱う僧職者やスタッフに
複雑な思いが湧きます。

後者では、信仰の場であるはずなのに
迎える側も客側も実は信仰から最も遠く離れている様な印象に
息苦しい思いがします。


その中でもやはり、どうしても目に付き気になるのは
クリスティーヌを担当する介護ボランティア@マリアの存在でしょう。

今迄ずっと楽しみにしていたスキーに虚しさを感じる様になり
何か他人の役に立ちたくてボランティアに加わったというマリアは
最初の内こそ明るく頑張っている様子に見えたんですけど
同じくボランティアに来ているマルタ騎士団の男性達の気を引くことに夢中になり
だんだん仕事がおざなりになっていくんです。

クリスティーヌの具合が悪くなっても気付かなかったり
食べ物を食べさせる手つきがぞんざいになったり
時々姿をくらましたり(勿論、男性達を追いかけるために)…

若いから仕方ないのかなあ…と思ったり
実はちょっと分かる気もしたり>ぉ
でも、やはりイライラして


奇跡が起こることは宣伝文句で分かっていたから
クリスティーヌが介護を必要としなくなり
彼女もマリアも心惹かれていたクノ@マルタ騎士団の一人をゲットし
小気味良いハッピーエンドかな…とチラと期待もしちゃいましたよ。
そういう雰囲気の映画ではないのは分かるのだけれど(^^;)


そう、実際、そういう雰囲気の映画ではありませんでした。

奇跡が起きてメデタシメデタシでは全くないし。
1人にだけ奇跡が起きて「良かった良かった」で終わるわけないですよね。
だって皆が皆、自分に奇跡が起こることを望んでいるのだから。
せめて信仰心が強いとか何度もルルドに訪れているとか
何か秀でたものを持つ人に起きたのなら、まだ諦めもつくものを…

そう、そういう、文句つけようもない人に奇跡が起きたとしても
心から喜び祝福する人は皆無とは言わないけど少ないでしょう。

そういう心境も、凄く分かる気がします。


でもね、宣伝文句にある様に
ここがメインになっているというわけでもないんです。

クリスティーヌを通して
病気に苦しんではいるし、治癒を望んではいるけれど
特別に信仰心が強いわけでもなく奇跡を本気にしているわけでもない
ごく普通の人が巡礼ツアーに参加し、色々見聞きし
ツアーの究極の目的(?)である奇跡に少し触れ
それらを通し人間の嫌な部分にも触れ
また日常に帰って行く―

そうした、コースを辿っただけの話と言えるかも?
勿論、とても多くのものをもたらしてはくれますが。


まあ、ラストは観客の解釈に任せる終わり方なんですけどね。

でも、クノって…
気持ちは分からないでもないけど
人間ってそんなものだとは思うけど

嫌な奴だなあ…
と、どうしても思ってしまいました。

「すぐ戻る」
って、マリアと同じじゃん。

結局、人は皆同じってことかも。


それより注目すべきはクリスティーヌと同室になった年配女性ですよね。

彼女は何者なのか全く語られず
本人も何も喋らず>文字通り台詞無し
誰も彼女に話しかける気配もなく

聖像の傍を通る時は彼女だけが立ち止まって祈りを捧げ

でも、マリアの分もクリスティーヌの世話をし
奇跡後のクリスティーヌが彼女には目もくれずクノに接近した時も
息を切らしヨタヨタと走って追いかけて行くだけで何も言わず
そしてラストも…

もしかして神やキリストは彼女の姿を借りているのかも…
そんな気もしました。

勿体ぶった、曖昧な、物質的な、ムラのある「奇跡」などではなく
黙って寄り添い、さり気なく導いてくれる…

まあ、こんな解釈は話t氏だけかも?(^^;)

ラストで彼女がクリスティーヌの耳元に何と囁いたのかが気になります。
声は聞こえなかったけれど、彼女が何かを話すために口を開いたのは
あれが最初だった様な…



『Lourdes』 2009年/フランス、オーストリア、ドイツ
監督/脚本:ジェシカ・ハウスナー
出演:シルヴィ―・テステュー(クリスティーヌ)
レア・セドゥ(マリア)ブリュノ・トデスキーニ(クノ)エリナ・レーヴェンソン(セシル)





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Last updated  2012.10.31 23:06:57
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2012.10.21
カテゴリ:欧米映画
多分、日本でこの映画を観た人の半数以上が思ったであろう

この邦題はちょっと雰囲気違い過ぎね!?

ということを私も呟いておきます(笑)


★★★ネタバレあり★★★


最初の方と最後に女の子の声でナレーションが入る。

最初は「え?何?」って感じで
最後で「ああ、そうだったのか…」となるのは

ヒロインのハンナの最初の状態、少しずつ変わっていく様子、ようやく語る過去
そして名前を言った時に「ああ、そうだったのか…」となるのと同じ。


工場で働くハンナ
お弁当は、ご飯とチキンと林檎
誰とも話さず、誰とも目を合わさず
仕事が終われば補聴器のスイッチを消し外界の音からも離れて

帰るのはガランとした部屋
洗面所には石鹸の山
ガランとした冷蔵庫
夕食は、ご飯とチキンと林檎
暇な時は刺繍をして

独りぼっちのまま眠るだけ―


真面目過ぎる仕事ぶりと皆と全く交流をしないハンナは
上司から強制的に休暇を取らされ旅行に出かける。

仕事の時と同じ様に淡々と支度をし無表情のまま出掛け
バスの中では刺繍。
それが単なる時間潰しであることを示す様に
目的地に降り立てばゴミ箱に捨ててオシマイ。

後ろの座席に座っていた見知らぬ年配女性は2人連れで
他愛ないお喋りをしてお菓子を食べて目的地に到着すれば「良い所ね」と喜んで
ハンナが“普通”でないことを際立たせている。

ホテルに着けば綺麗に整えられているベッドを
耐えられないものでも見たかの様にグチャグチャにするハンナ。


彼女の“秘密”を知った後で思い出すと、これらの行為の理由が察せられる。
生きていることを喜べない
人生を楽しんではいけない
外の世界に出て行きたいとは思えない
何かをしていなければ自分の思いに耐えられない
ベッドは…きっとベッドは直接的な苦痛の記憶…

「暇に潰される前に暇を潰そう」
そんなハンナが休暇を別の仕事で埋めようと考えたのは無理からぬこと。
油田掘削所で事故があり看護師を必要としていることを知ったのは全くの偶然だけど
そのくらいの奇跡があって良い。

掘削所には少数の人しか残っていないけれど
それでも人と接しなければならない>少人数だからこそ濃密になる部分もある
それは彼女には計算内だったのか計算外だったのか分からないけど
意外にも早く彼女に変化が生じ始める。


ご飯とチキンと林檎にはどういう意味があるのか、よく分からなかった。
質素であり、あまり豪勢な印象はないので、そのためなのか?
“あの状況下”にあった時に食べていたものなのか?

白米が主食の日本ではよく
「パンじゃ力が出ない」なんて言葉を聞くことがある(笑)
それと同じでパンを主食とする人々にとっては
「野菜である米ばかり食べるなんてストイック」てなもんかな?

そのせいか、最初に見られた変化は
ジョセフが残したニョッキや牛肉やアイスクリームを貪ること。


淡々と進む
説明的なことが、ほとんどない映画。

すぐには乗れなくて、ちょっと困ったりもしたけど
ナレーションに感じる何か
ハンナと患者ジョセフがそれぞれ抱える“秘密”
それらが気になるのと

静かで寂しくて
でも、どこかユーモラスでもある掘削所のアレコレ
ちょっと耳触りな音
アヒルのリサの煩いけど可愛い鳴声に
惹かれて観続けた。


掘削所にいる人々が話すことは、それぞれの事情だの事故のことだので
それぞれのキャラや抱える人生が短いシーンで浮彫になって深みを感じさせる。
それと共にミステリーの様にジョセフの事情を示唆するものともなっている。

ゲイ・カップルにはどちらにも妻子がいる
妻子を愛していても思いがけない事態に陥ることはある
…ジョセフは親友の妻を愛してしまった。

「真実を知らせることに何の意味がある」
事故で死んだ同僚は実は自殺だった
でも事故と届け出ることで残された妻子にはお金が支給される
…ジョセフは真実を告げたことにより親友を死なせてしまった

等々

波の調査をしている海洋学者は独自に貝の調査をし
海の汚染を改善したいと考えている。

そんな風に“明日”を見つめている彼をハンナは羨ましいと言う。

ハンナもジョセフも辛い過去により悲しみや罪悪感が心に広がり
明日を失ってしまった気がしている。



泳げないこと
静寂
言葉

それらが積み重なって
ハンナとジョセフの心に奇跡が起きる。


私的にはサイモンが素敵だと思ったし
彼と一緒にハンナがブランコに乗っているシーンも美しかったので
何故、「あなた」はジョセフなんだろう…という気もしないでもなかったけど>ぉ

まあ、ナイチンゲール症候群なる言葉もあるし>身も蓋もない?
ジョセフが話した看護師と15歳の少年の物語が示唆してもいるし
何より一番長く&深く触れ合ったわけだし
ジョセフが使っていた部屋を割り当てられ
ジョセフ宛の留守電メッセージをハンナは繰り返し繰り返し聞いていたし
必然っちゃ必然だね。


それにしても、ハンナの“秘密”は凄まじいものだった。
ジョセフのそれも胸痛むものではあったけど、霞んでしまいそうになるくらい…

一人称で語れないところがまた傷の深さを表している。
友人というのは明らかに自分自身のことだよね…
子供を殺すよう強制された母親も…

ジョセフはちゃんと分かってくれた。
ヘリで運ばれる時、ハンナの名を何度も叫んだことが証明している。

彼が火傷のため一時的に目が見えない設定なのも
冗談めかしながらもハンナが金髪なのを見抜いたのも
彼がハンナの本質を理解してくれる人なんだという事を示していると思う。

決して、傷を舐め合う…なんて関係じゃない。


「僕は泳ぎを練習する」
ジョセフの言葉に涙が溢れた。


台詞でのみ語るというのは演技力や演出力や色々必要で
それなしでは単なる説明に過ぎず映画としてどーよ?
となりそうなところ
これは揃っているから映像よりも却って説得力あり。

内容も衝撃的だけれど
その時のハンナや他の女性達の心情を重く深く感じられた。

勿論、甘ちゃんの私には全部はとても理解しきれないけれど。


ナレーションの子供は去って行った。
ハンナはやっと幸福になれたってことだろう。

ここはファンタジーと言って良いのかもしれない。
救いが得られないままの人の方が多いのが現実だろう。

その“現実”を全く知らないまま
聞き齧っただけでよく知ろうともしないまま
簡単に忘れ果てる私の様な人間の方が多いのもまた現実なのだ。

そこを鋭く突く映画だった。



『The Secret Life of Words』 2005年/スペイン
監督/脚本:イザベル・コイシュ
出演:サラ・ポーリー(ハンナ)、ティム・ロビンス(ジョゼフ)
ジュリー・クリスティ(インゲ)、ハビエル・カマラ(サイモン)




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Last updated  2012.10.22 14:24:23
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2012.08.05
カテゴリ:欧米映画
“もう一つの地球”が空に現れた時
それに見とれたローダは交通事故を起こし幸福だった一家族を破壊する。

低予算、アイディア勝負のインディペンデント映画。

台詞は少なく、ドキュメンタリーっぽいタッチで、アートっぽい雰囲気の作品。
本来そういうのって苦手な方なんだけど、何故かグイグイ惹きつけられ
最後まで面白く観ることができた。

でも、ラスト・シーンは謎(^^;)

つーか、色々な解釈ができる。
ハッピーエンドからバッドエンドまで、それこそ180度の幅。

こーいうのも基本的に好みではないんだけど
気付くと色々考えを巡らしている自分がいた(笑)

なので、このラストについて
アレコレ書いてみマス。


★★★ネタバレあり★★★


ローダは被害者家族の唯一の生き残り@ジョンを訪ねるも
本当のことを言えず清掃サービスだと偽る。

実際に清掃の仕事をしていたので咄嗟に出てしまうのは自然だし
それでジョンとの付き合いが始まってドラマが動き出すわけだけど
それだけでなく、
混乱し汚物が溜まり汚れた部屋を整理し綺麗にするという行為が
まんま心を表しているのだろう。
並行して少しずつ少しずつジョンは人間らしさを取り戻して行く。

2人が男女の仲になるのは、まあ当然の帰結ってヤツ。
でも、ローダの方は自分を隠しているわけだから、この土台は脆い。

ましてや、ローダ自身の救いには結び付かない。


“もう一つの地球”へ行く権利を得たローダを引きとめるジョンは
その時点では新たな人生を歩もうとの決意が生まれていたのだろう。

ようやく本当のことを話すローダだけど、ここでまだ黙っていたら酷過ぎるよね?
それを知っても尚、自分を引きとめてくれるなら…と前置きするところは
彼女の中にまだ甘えがあるということだよね?

で、結局のところ、彼女の甘えは地に叩きつけられてしまう。


“もう一つの地球”は、この地球のコピーだと思われていた。
だから、そこに行くことを望んだローダが“もう一人の自分”に
今の自分と違う状況を夢見たとは考え難い。

そこには、全く同じ苦悩の中にいる自分がいるだけ…のはず。

ただ、自分を外側から眺める…ということは出来るかもしれない。
自分自身と向き合い、自分の罪と向き合って、
これからの人生の歩み方を模索することができるかもしれない…
と考えたのかな?


でも、お互いの存在を認め合ったことで同調が崩れ
それぞれの地球はそれぞれの状況で動き始めたのでは…
という説を聞き、ローダはジョンにチケットを譲る。

“もう一つの地球”が目に見える様になったのは、ちょうど事故が起きた4年前だから
もしかしたら向こうでは何事もなかったかもしれない。
ジョンの家族は健在かもしれない。
ローダはその4年間を刑務所ではなく無事に大学で過ごせたのかもしれない。

それは救いになるのか?

向こうでのジョンの家族は昔のまま幸福に暮らしているのだとしても
そこには当然“もう一人のジョン”もいるわけだから、
こちらのジョンが家族を取り戻すことにはならない。

それでも、永遠に失われてしまったと思われた家族のその後の人生が
空の向こうでは続いている―
自分の傍からは消えてしまったけれど、向こうでは元気で生きている―
そう知っただけでも心は少し緩むかもしれないね。

そうして、今の自分を受け入れることができたジョンは
今度こそ新しい人生を歩んで行こうとの決意が固まるかも?


勿論、“もう一つの地球”でも事故は起きていて
ジョンは現在の自分と全く同じ状況にある自分を見出すだけかもしれない。

まあ、その場合は、先にローダが考えていた(かもしれない)様に
自分自身を外側から見つめる、という行為に繋がるかもしれず
それは、そのまま救いに繋がるかもしれないから
全くのバッドエンドとは言えないかな…という気もする。


でもなあ、やはり状況は違っていると思うな。
でないと、ローダの行動も“もう一つの地球”の存在も意味を成さなくなっちゃうじゃん。

やはり何かの“罪”を背負っているらしいジェフリーは自ら目を潰し耳を潰して
闇の中に自分を閉じ込めてしまう。
凄く冷たい言い方をすれば、逃げているってことだよね?
ローダが彼の掌に書いたのは「FORGIVE(許しなさい)」。

このエピが生きるためには、ローダも自分自身を許せる様にならなければ…


そしてラスト、ローダは“もう一人の自分”に逢う。

こちらのローダはチケットを譲ってしまったわけだから
向こうのローダがやって来たってことは既に2つの地球が同調していない証拠。
だから、ローダもジョンも変わらない状況にあるとしたら何のための今迄の物語か…
ってことになっちゃうよね?

“もう一人のローダ”が無事に大学@MITを卒業したなら
作文云々に関係なく宇宙飛行ができたと考えられるし。

で、不幸に遭わず、順風満帆に生きてきた“もう一人の自分”に逢っても
それ=救い にはならないと思う。

ちょっと気持ちが晴れる部分はあるかもしれないけど
人生を取り換えることはできないのだから。

だから、“もう一つの地球”=事故は起きなかった地球であっても
まんま救いにはならない。
完全なるハッピーエンドにはならないと思う。

やはり事故は起きていた…という結果=バッドエンドではなく
もしかしたら、何事もなかった…という結果の方が残酷だったりして?



でも、それでも、自分と向き合うということは出来るはず。
結局のところ状況は何も変わらないし罪は拭えないけれど
だからこそ、それらを認めた上で幸福を見出すという方向に進んで行けるはず。

そういう意味でのハッピーエンドだよね、きっと。

であるならば、“もう一つの地球”でも状況がどうであっても
大して関係ないのかもね。
単にローダの妄想と取っても良いかもしれないし
映画的嘘っちゅーか象徴的表現だと見なしても良いのかも。
なのでラストシーンでは空に何も見えなかったのかも…

でも私は小心者だから(?)
やはり“もう一つの地球”では不幸な出来事はなかったのだと思いたい。

どちらにしても、ハッピーエンドであると信じたい。



『ANOTHER EARTH』 2011年/アメリカ
監督/撮影/編集:マイケル・ケイヒル
脚本:マイケル・ケイヒル、ブリット・マーリング
出演:ブリット・マーリング(ローダ)




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Last updated  2012.08.05 23:17:01
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2012.07.17
カテゴリ:欧米映画
『ラブリーボーン』BDをレンタルしてきたはずなのに
家で再生したら何と『ラビリンス』!

ディスクが間違えて入れられたのかと思って確かめたら
ケースの表示も『ラビリンス』!

これはどーいうことだとレシートを確認したら
やっぱり『ラビリンス』!

…私がそそっかしいっちゅーことですねそうですね(^^;)


↑ちょっとショックだったので書き記しておく(笑)


ちなみに『ラビリンス』は昔観た。
今でも結構、好きな映画の上位に入る。

弟を救うためにファンタジー世界に入り込んだ少女の物語。
まあ、よくある設定だし
冒険をメタファーにしての“成長物語”ってのも、よくあるものだけど

それでも、とりわけこの作品が気に入った理由の一つは
成長を終えたことによりファンタジー世界に決別するわけではないところ。

成長っていう程、凄く成長したわけでもないので>少し意識は変わったけど
まだ発展途上、まだイマジナリ―・フレンドの存在は必要…ってところかな。

いや、やっぱり
ファンタジー世界は実在していて
住む世界を超えた友情は続いていく…ってことかな。

ともかくね、無理な“別れ”がないところが好き。


ジェニファー・コネリーは美しく、
デヴィッド・ボウイは麗しい!

キャラの一人ホグル(ゴブリン)は鶴太郎に似ているぞ>ぇ



『Labyrinth』 1989年/アメリカ
監督:ジム・ヘンソン
脚本:テリー・ジョーンズ
製作総指揮:ジョージ・ルーカス
音楽:トレヴァー・ジョーンズ
主題歌:デヴィッド・ボウイ




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Last updated  2012.07.17 11:08:13
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2011.12.31
カテゴリ:欧米映画
現実・妄想・さらに妄想…と三段重ねの世界。
その多重構造ぶりが『インセプション』を

過酷な現実世界にあって妄想の世界に逃げ込む少女。
という繊細な設定が『パンズラビリンス』を

連想させる映画です。
私はそれに加えて『ローズ・イン・タイドランド』も思い出しました。

ザック・スナイダーが初めて手掛けるオリジナル作品です。


☆☆☆ネタバレあり☆☆☆


最初に言ってしまうとですね
一応の売りはアクション・シーンだと思うのですが
そこがネックになってもいる、ちょい微妙な作りです。

いや、映像は凄く良いと思います。
最初は萌えました(笑)

戦闘時のコスチュームは最高です。

ヒロインのベイビードールは
金髪のツインテール
セーラー服に日本刀
ミニスカに二―ハイソックス
…と、モロに日本の萌えアニメの萌え要素を取り入れていますし

他メンバーもそれぞれカッコイイです。
スナイダーのオタク魂炸裂って感じです。

でも、パターン化してしまっているので、だんだん飽きてきちゃうんです。
スミマセンスミマセン。



ストレートなアクション・ファンタジー映画にしても良いところを
少女の悲しい妄想物語にしたのと
“主人公”と守護天使というテーマを持たせたのが
私的にはツボでした。

上記したように飽きてしまって
所々で寝てしまったりもしたのだけど(笑)
それでも心に残った、どうしても捨てられない映画となりました。


ベイビードールが継父の策略により精神病院に強制入院させられるところから
物語は始まります。
妄想世界も、そこから始まります。

妄想の一層目では、精神病院は売春宿に姿を変えています。

客を惹きつけるために彼女達はショーを行うのですが
それは現実世界における、自分の経験を芝居にして自分自身が演じる
という精神病院の療法が影響しているのでしょう。

で、ベイビードールはダンスをするのですが、ダンスそのものは画面に出てきません。
その目的からいって非常にセクシーなダンスであることが想像できます。

で、そのダンスは二層目の、アクション・ファンタジーの世界へと彼女を導きます。
この構造からいって妄想の元となる現実は性的虐待なのだと理解できます。

そもそも最初のシーンで、
継父がネクタイを緩めたり
ベイビードールの服のボタンが弾け飛ぶところが強調されたりして
性的虐待を匂わせています。

継父が彼女を精神病院に入れる際、書類に「20歳」と記入するのも意味深です。
20歳過ぎている様に見えないし
アクション・シーンのコスチュームにしても、そもそも「萌え」対象としても
「少女」であることが重要だと思えるから。

性奴隷の状況から何とか逃げ出そうと少女達がもがくのが
華麗な戦いに身を投じる自分達の妄想…というのが悲しいです。


少女“達”と書いたけれど
スイートピー以外は実在していない気がしますし。

スイートピーの妹であるロケットが死んでしまうのは
ベイビードールの妹の象徴でしょうし。

スイートピー自身だって、姉であるベイビードール自身を勝手に重ねているだけで
妄想世界で(一層目でも二層目でも)友情で結ばれるスイートピーとは
全く別人とも思われます。


ベイビードールは“主人公”ではなかった―
という結末が面白いです。

最初に守護天使とは老人の姿をしている場合も少女の姿をしている場合もある
というナレーションが入るところでラストはある程度想像できるんですけどね。
「老人」も登場するし。

だからラストに至った時
ああ、そうか…と納得する部分と
そうだったのか…と少し驚く部分とがあって
ちょっと感動してしまいました。



『Sucker Punch』 2011年/アメリカ
監督:ザック・スナイダー
出演:エミリー・ブラウニング(ベイビードール)、アビー・コーニッシュ(スイートピー)
   スコット・グレン(ワイズマン/賢者/バスの運転手)



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Last updated  2011.12.31 15:27:23
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2011.11.27
カテゴリ:欧米映画
ベネディクト・カンバーバッチ目当てで観た(笑)


ネタバレあり☆


13歳の女の子がついた嘘が
彼女の姉と、その恋人を引き裂き
2人が若くして亡くなる遠因にもなってしまう
…という、やりきれない物語。

ベネディクトの役はその元となる事件を引き起こすポール・マーシャル。
いやん、ベニーったら>ぇ


その13歳の少女@ブライオニーを演じるシアーシャ・ローナンが素晴らしい。
今にも壊れそうな繊細で透明感ある佇まいで、でも意外と芯はシタタカそうで。
まさにブライオニーを生きていると思う。
とにかく可愛い。実に可愛い。  ←アブナイ

彼女が一心にタイプライターを叩いているところから始まり
そのタイプの音が音楽に溶け込んでいくところが良い。

ブライオニーは作家志望で
後に夢を叶えた彼女が最後の作品として仕上げたのが
この自分自身の体験を元にした物語である…という構造になっている。

嘘をつくに至る13歳の頃―
罪悪感を抱えて生きる18歳の頃―
この最後の作品についてインタビューを受ける老年―
と、大きく分けて3部から成っている。


13歳の頃―
ブライオニーの一番の読者であり批評家であるのは使用人のロビーで
ここで既に彼女の初恋が淡い形で始まっているのが分かる。

窓の外、噴水の傍で姉セシリアとロビーの姿を目撃したのが全ての発端となる。
勿論、“事件”はこの後、別の人により別の形で起きるわけなのだけど
ブライオニーの心の中では、この時に始まったと言って良いと思う。
ていうか、“事件”は道具に過ぎなくて、問題は彼女の心の中にある。

セシリアはロビーの前で服を脱ぎ捨て下着姿になる。
そこで一旦は目を逸らしたブライオニーが再び目をやると
水から上がりずぶ濡れで去っていくセシリアが見える。

当事者の視点で再びそのシーンが繰り返され
セシリアは落ちた花瓶の欠片を拾うために下着になり水に潜ったのだと分かるのだけど
ブライオニーの目には姉がロビーを誘惑したと見えたのかも。

いや、表面上はそうした言い訳が立つシーンてことなんだけど(笑)
ツンデレ・セシリアとロビーの間に言葉にならない愛が既に存在していて
これを機会に2人の仲がだんだん進展していくわけなので
ブライオニーは真実を悟ったと言えると思う(笑)

それに、終盤になって語られるのだが
ブライオニー自身もロビーの気持ちを知りたくて水に飛び込んだ経験があったのだ。
だから、余計に鋭く、この出来事を捉えたのだろう。

思春期ならではの感受性の鋭さ―
作家志望であるだけに豊かな想像力―
“大人”の世界への好奇心と嫌悪感―
芽生えたばかりの初恋を壊された悲しみや怒りや絶望感や嫉妬―
色んな思いが、まだ幼さの残るブライオニーの心に渦巻いたのだろう。


その後、
ロビーが間違えて渡してしまったエロ・レターを盗み見てしまったり
ロビーとセシリアが図書室で愛を交わしているところを目撃してしまったりと
ブライオニーにとって踏んだり蹴ったりの出来事が続くのだけど…

何つーかさ

舞台は少し昔で
服装も家もレトロで
語り口も上品で格調高い雰囲気なのだけど

やってること、現代でも呆れらるほど蓮っ葉じゃね?

ロビーったら―
エロい手紙を書いちゃうのは、若い男なんだから、まあ許そう>何様
でも、それを間違えて渡しちゃうなんて…
それも、セシリア本人にではなくブライオニーに使いを頼むなんて…

アホ過ぎ!

セシリアったら―
ツンデレから愛の告白をするまでは、まあ良いとして
妹が手紙を読んでしまったことを気にしていたくせに
見られる可能性の高い所でイチャつくなんて…

ユル過ぎ!

まあ、映画だから映像的に綺麗なんだけどね。
セシリア役のキーラは本当に綺麗。
存在感もあるし。
胸はないけど>こらこら


でもって“事件”ちゅーのはレイプ事件なわけで…

「噛んで」

ローラを見るなり目の色が変わっちゃって
紳士の顔してロリコンおやじとは…
もうっ、ベニーったらっ>いや、ポールだから

知的で妖精めいたブライオニーではなく
彼女よりも少し大人の入り口に差し掛かっていて
媚を売ることも知っているローラを選ぶとは…
絶妙だわねっ、ベニーったらっ>いや、ポールだっつーの

映画では謎のまま終わっちゃったけど
ローラが弟達に乱暴されたと腕の怪我を見せて泣いていたのは
本当は弟達ではなくポールが相手だったんだろうね。

レイプも本当はレイプではなかったのかもしれない。

結婚式の日、ポールはブライオニーを気にして顔を見ていたけど
ローラは振り向きもしなかった。
彼女はブライオニーの嘘に便乗して意識的にポールを庇ったのだろう。

結果的にローラを妻に迎えたポールは罪を償う気持ちもあったのかな?
いや、少女を誘惑して好みの女性に育て上げたってわけなんだろうな。
紫の上かよっ!?って感じ。
しょーもないわねっ、ベニーったら>だからポールだってば


一瞬とはいえ現場を目撃したブライオニーは
最初からポールと分かっていたのか、その時は誰だか分からなかったのか
それによって彼女の心情が変わってくるわけだけど

多分、後者なんじゃないかな…
ポールの顔が目には入ったけど誰かハッキリ認識してはいなかった。
それが18歳になった時、ポールとローラの結婚を知り
頭の中のパズルが繋がったのだろう。

そうじゃないと辛過ぎるもの…

犯人はロビーだと偽証してしまったブライオニー。
色々と重なって、ロビーはそーいう奴だとイメージが染み付いてしまった?
微妙な年頃ならではの潔癖性が彼を許せなかった?
未知なる“性”への嫌悪感?

それもあるとは思うけど、
彼女はその前にロビーのセシリアへの手紙を最初から盗み読みするつもりでいたし
図書室での出来事をローラに「姉が襲われているところを自分が助けた」と言っているし
清らかな少女…ってわけではないよね。

ロビーへの恋心が歪んでしまったのだろう。
それでも、あれほどの事態になるとは全く想像していなかったと思う。


短い休暇を一緒に過ごすロビーとセシリアの元へ謝罪に行くブライオニー
…という、ちょっと違和感あるシーンの後
老年になったブライオニーは、あそこは創作だと告白する。

ロビーとセシリアは再び逢うこともなく亡くなってしまったから…

謝っても取り返しはつかない。
でも、ブライオニーは謝る機会さえ失ってしまった。
小説の中で謝った上に
セシリアからもロビーからも冷たい態度を取られるというシーンにしたのは
ブライオニーの罪悪感を和らげるため。

同時に
読者の満足感のためにハッピーエンドにしたのだとも告白するブライオニー。

そう、小説の中だけでも2人を幸福にしてやりたい…なんて言っても
肝心の2人に届くわけではない。
読者がホッとするだけ。

それは“つぐない”にはならない。

脳の病気を患っているという老年のブライオニー。
苦悩の人生を歩んで、それでも許しが得られたわけではなく
病気により記憶を失った時に、やっと安らげるのかもしれない。



『Atonement』 2007年/イギリス
原作:イアン・マッキューアン『贖罪』
監督:ジョー・ライト
出演:
キーラ・ナイトレイ(セシリア・タリス)、ジェームズ・マカヴォイ(ロビー・ターナー)
シアーシャ・ローナン(ブライオニー・タリス/13歳)
ベネディクト・カンバーバッチ(ポール・マーシャル)




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Last updated  2011.11.27 23:17:06
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