カテゴリ:The B-52's
Ricky Wilson (March 19, 1953 – October 12, 1985)
The B-52'sの設立メンバーであり、その独特な変則チューニングで初期B'sサウンドを支えていた革新的ギタリスト、リッキー・ウィルソン(Ricky Wilson)の足跡を辿る、全く需要がないであろう無謀な試みの第8回。 今回この物語を書くにあたり、ひたすらB'sの曲を聴きまくっているが、やはり私はリッキーのセンスとギターがあってこそのB-52'sだったように思う。勿論後に転向したキースのギターは申し分なく、フレッドの怪しげなヴォーカルも、ケイトとシンディの独特な歌声や髪型もB'sの象徴として十分魅力的で、リッキー亡き後彼等は世界的な大ヒットを飛ばすことになるのだが、4人組になってからのB'sの音楽は何というか、良くも悪くも洗練されて上手くまとまり過ぎているように感じる。とはいえ仮にリッキーが生きていたとしても同じだったかもしれないが…。 リッキーの力強くてどこか奇妙な、一度聴くと耳にこびりつくようなギターリフこそが、私にとってはB'sそのものであった。 1975年10月にスタートした「サタデー・ナイト・ライヴ(Saturday Night Live。以下SNL)」は、毎週土曜日の23:30~25:00に生放送されている米国のバラエティ番組だ。ジョン・ベルーシ(John Belushi)、ダン・エイクロイド(Dan Aykroyd)、チェビー・チェイス(Chevy Chase)、ビル・マーレイ(Bill Murray)、エディ・マーフィ(Eddie Murphy)等、数多くのコメディアンを輩出した番組として日本でも知られているが、同様に音楽番組としても、MTV以前は非常に貴重な全国放送の場であった。 80年1月26日、その伝説的番組・SNLにThe B-52'sも遂に出演を果たした。演奏したのは“Dance This Mess Around(ダンスはやめて)”と“Rock Lobster”の2曲である。 その時の貴重な映像がYouTubeにアップされている。(下記タイトルをClick!) Dance This Mess Around - The B-52's ついでに80年1月6日放送に放送された、オランダの音楽番組「Toppop」の映像より。 Give Me Back My Man - The B-52's 春の間、B'sは再びナッソーのCompass Point Studios(コンパス・ポイント・スタジオ)に戻り、2ndアルバムの製作に取り掛かった。当初「Urgentisimo」(“緊急”という意味)となる予定だったアルバムタイトルは「Wild Planet(禁断の惑星)」に変更となった。 前作ではそれまでコンサートの中心曲だった“Davil in My Car”や“Private Idaho”、“Strobe Light”などが、プロデューサー兼レコード会社オーナーのクリス・ブラックウェルの決定により外されてしまったが、今回はそれらの曲も収録されることに。更に、より完全な音響を求めてプロデューサーにはRoxy Musicの「Manifest(マニフェスト)」やTalking Headsのデビューアルバム「Talking Heads: 77(サイコ・キラー'77) 」でエンジニアを務めたレット・デイヴィス(Rhett Davis)を招き、またB's自身もプロデューサーとして、そしてブラックウェルは製作総指揮として名を連ねた。 Private Idaho - The B-52's B'sは豪州の人気音楽番組、「Countdown」に出演。これが功を奏したのか5月には“Rock Lobster”が豪州チャートで3位に入り、B'sは6月半ばからの1ヶ月間、地球の反対側でサマーツアーを行うことに。 このツアーに際してのアイランド・レコードのプレスリリースはお茶目なもので、B-52'sの侵略が差し迫るという軍の警告を偽装したものだった。それには事態の波及がこのように明記されていた。 “5隻艦隊は攻撃手段として大量のロック・ロブスターを用い、豪州の穏健のみならず漁業にも脅威となるよう狙いを付けた” 豪州及びニュージーランドでのツアーはソールドアウト続出という大盛況ぶりで、無事任務を完了した5隻艦隊は一路帰艦の途についたのであった。 「Countdown」出演時の映像はこちら↓ Rock Lobster - The B-52's 8月23日、バンドはカナダ・モスポートで開催されたフェスティバル、“Heatwave”に出演。 このフェスは“Punk Woodstock(パンク・ウッドストック)”或いは“New Wave Woodstock(ニュー・ウェイヴ・ウッドストック)”とも呼ばれ、詰掛けた10万人近い観客はうだるような暑さと立ち込める砂埃に耐えながら、B'sを始めThe PretendersやElvis Costello、Talking Heads等の音楽を楽しんだという。 B'sは2つの新曲“Darty Back Road”と“Party Out of Bounds(月影のパーティー)”を含む14曲を演奏した。これ程までの大人数の観客を前に演奏するのは、彼等にとって今回が初めての体験であった。 このライヴを収録したブート盤「Party Out of Bounds」は私のお気に入りの一枚だ。特に中盤、“Give Me Back My Man(恋のお願い)”から“Strobe Light”、“Private Idaho”、でもって“Runnin' Around”へと続くあたりのリッキーのギターが、とにかくめっちゃ格好いい!やっぱりB'sはライヴがいいなぁ…と聴く度につくづく実感するのである。 Heatwave Festival 1980 B'sは2'35~。リッキー、見えない…(T T) Heatwaveの4日後、8月27日には2ndアルバム「Wild Planet」をリリース。 そして9月からは2ヶ月に亘る全米ツアーを敢行。10月半ば迄の一月間前座を務めたのは、以前日本ツアーで一緒だったPlasticsだ。NYのブロードウェイにある有名な劇場、Beacon Theatre(ビーコン・シアター)で全米ツアーを締め括ったB'sは、ゆっくり休む間もなく欧州へ飛び、英国・エディンバラ公演を皮切りに西欧各国を回った。最終のベルギーでは、Talking Headsと一緒に公演した。 続いて御紹介する映像はドイツの音楽番組、「Rockpop」に出演した際のもの。リッキーが腰掛けて演奏している姿は、ちょっと珍しいかも!? 音楽が鳴り終わってもギターを弾き続けようとしているリッキーがいじらしい…(^^; Dirty Back Road - The B-52's 12月12日にNYに戻ってきた彼等は、ジョン・レノン(John Lennon)射殺というショッキングなニュースに迎え入れられた。 その後Rolling Stone(ローリング・ストーン誌)に掲載されたトリビュート記事で、B'sはジョンが自分達にちょっと変わった賛辞を呈していたことを知るのである。インタビュー記事の中で、ジョンは少し前に体験したバミューダ旅行におけるダンス・クラブでの出来事について語っていた。前回にも書いたが、そこで初めてB'sの“Rock Lobster”を耳にしたジョンは、再び音楽に対する情熱を取り戻したという。だが、そうして80年11月にリリースされた彼の5年ぶりのスタジオアルバム「Double Fantasy(ダブル・ファンタジー)」は、残念ながらジョンの遺作となってしまったのであった。 Simon & Garfunkelで知られるポール・サイモン(Paul Simon)が脚本と音楽を担当、尚且つ主演もした「One-Trick Pony」なる映画が、この年の10月3日に米国で公開された。 この映画にB'sメンバーもちょっとだけ本人役で出演している。ほんの僅かではあるが楽屋でのリッキーの姿も!鳴呼、リッキーの控えめな微笑みが眩しい…(^^) B'sの登場シーンに興味のある方は、10'40あたりから御覧いただきたい↓ One-Trick Pony お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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tamotsukojimaさん、こんばんは。
詳細は物語その7に書きましたが、どうやらジョンには “Rock Lobster” が「それはまるでオノ(小野洋子)の音楽のように聴こえた」そうで。 実際、The B-52'sはオノさんの音楽をリスペクトしており、“Don't Worry, Kyoko” をカヴァーしていたりするのですが、個人的にはどうもオノさん&彼女に感化されてからのジョンが苦手でして…。 Wikipediaの「Double Fantasy」を見ると、Backgroundにサラリと書かれています。 「Double Fantasy」はオノさんの曲が不快なので、一度聴いたきりです…(><) (2021.03.16 00:42:53) |
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