浅虫、大鰐、遠野 和菓子物語
2026/07/11/土曜日/朝から暑し東北旅の間、私の訪ねた町は外国人観光客1人も見当たらず。国内観光客もそんなに多くない。しかし、当地を旅してこそ出会えた素晴らしいプロダクツ、和菓子がそこにはあった。そういえば、浅虫温泉の蛍火醸造だけは、クラフトビール愛飲家が全国から集合している様子。ここはおつまみ↓も半端ではない!やばいうまい、よ、よだれが。そこから歩いて5分ほどの場所にあるのが、浅虫温泉名物◼️永井久慈良餅 明治40年創業。今年で118年!日露戦争後に療養の兵士たちで浅虫温泉は賑わったという。心身の不調を癒しに太宰治も一家を挙げてここで湯治したのだったっけ。そんな兵士たちに喜ばれる何か美味しい物を作りたいと創業者は奮闘した。素晴らしい!↓浅虫水族館創業主人は津軽鯵ヶ沢の鯨餅に習い、久慈良餅へと発展させた。原材料は津軽米、こし餡、さとう、くるみ↑浅虫水族館ところで私はこちらで求めた板かりんとうがすごく気に入ってしまった。ハードな歯応えと控えめな甘さ、香ばしいゴマが何とも言えずに美味しい。未だかつて食べたことのないかりんとうパッケージ、素材全て心義しい。小麦粉、黒ビロードゴマ、蜜翌日6/28には浅虫温泉→新青森まで青い森鉄道で移動し、もやしで有名な大鰐温泉へ快速GO宿の斜め前にあった和菓子屋さんが◼️萩桂堂虎屋 日曜日はお休み。すっきりしているなぁ。観光客より地元、の心意気明治38年創業というから、久慈良餅とほぼ同じ。今年で120年の茶臼餅原材料は白玉粉、砂糖、きなこ、卵、かのこ豆、水あめ地元の方に親しまれているお山、茶臼山から命名された。きなこの味がイキイキ感じられるもっちりさの中にお豆、それがかのこ豆卵まで入っていたとは、栄誉満点いかにも人の良さそうなお二人、お母さんと息子さんらしき方が、朝8時からこまめに働いていらした。↑中の橋の向こうに茶臼山。こう見えて登りは大分キツいらしい。久慈良餅同様に、これも防腐剤や添加物無しなので3日の内には食べ尽くしたい。↑弘前での芸者との心中事件後、太宰治は母親と大鰐温泉で養生のため長逗留した。なんや、キザで優等生インテリかもす若きダザイポートレート大鰐で彼も食べたか茶臼餅もやしは盛大に食べたに違いない。私は季節外れ、あるいは生産者の減少とかでほーんのちょっぴり味噌工場も現役!何より酒好きが三つ星付ける酒屋がある。↑大鰐温泉の由緒ある神岡山大円寺〆縄が不思議で、お寺の方に尋ねたら、これは結界を示すものなので、真言宗(など密教系)では用いるようだ。↓ご本尊は木製の大日如来、重要文化財住職さんが仰るには、これは阿弥陀像であるが、地元で長く大日如来さまと崇められて来た、と。内蔵仏があるのではないかと調査もしたが、何も発見されなかった、とのこと。↑仁王門の像を眺めると、青森のワ・ラッセで見たねぶたの原型を見つけた思い。さて、翌日は大鰐温泉から再び新青森まで 北上して、盛岡経由の新花巻駅着。駅で車をレンタル。 目指すは遠野郷遠野では中心の周縁を訪ねたため、 市内では民宿と、この和菓子屋さんのみの滞在となった。◼️まつだ松林堂明けがらす砂糖、でんぷん、水飴、くるみ、大豆、ゴマ、大豆油元はくるみ糖と名づけられていたお菓子。なんとか子爵が、お菓子の切り口にカラスの飛ぶ景色を見て明けがらすと発した。以来、それを名乗り今年で155年!精進、されもされたり155年この間、歴史はどんなに動いたことか。動かぬ和菓子の味に、時代に翻弄されながらも手習、工程を守り通す人間の勤労というものがある。それが光る。食べる物を照らす。賞味はトルコのロクムの如し、明けがらす