秋のよき日の仏さま 影向寺
2024/11/20/水曜日/本日の最高気温8度!影向寺と書いてヨウゴウジとよむ。正しくは、威徳山 月光院 影向寺 薬師三尊像が十日まで見学できるれる聞き、好天に恵まれた中、散歩がてら出かけた。ここはなかなかの古刹である。寺縁起によると夢告を受けた聖武天皇が、目を患った光明皇后のために、この地に行基を使わし祈願させたところ平癒したという。それで翌年お堂を建てたのが始まり、というもの。ところが発掘調査で、その起源は百年近く古い、7世紀半ばから後半には既に古代影向寺は既に創建されていたという。今は江戸時代に再建された薬師堂に前立仏がいらして、ご本尊の薬師如来さまは、その裏の庫リに保管され、折々の記念に開陳されている。薬師瑠璃光如来印象は、お顔の優しさの割に身体は奈良時代の仏像のようにがっしりとしていること。古代と平安時代が混ざり合っているような。角度によってお顔も変化する。説明では11世紀後半の制作で、おそらく地元では武州の仏師の手によるものだろう、とのこと。この仏さまの中に胎蔵仏があったそうでそれも展示されている。仏像制作を発心した女人像であろうか。展示には胎内女神像、とある。青銅器文明、すなわち、お互いを殺戮するような武器が発明されるまで、人類信仰の対象は女神であった。生命を産み出す女性が畏怖の対象であった。そのことを考慮すれば、菩薩の胎内に女神像を宿しているのは歴史認識に即している。しかし、もう一体、これは明らかに仏さま。女神像よりだいぶ小さい。薬師如来はお一人ではなく、日光、月光の菩薩さまを脇に従えている。お顔の感じは如来に近く、身体はほっそりとした立像で、背後には十二神将立像などの眷属が控えて迫力がある。これらも平安後期の作。力のある新しいであったことが理解される。寺内には太子堂が新築なって、中に南北朝時代、14世紀作の木造聖徳太子立像が安置されていた。小さいながら非常に優れた太子像で、こちらもお堂に合わせ修復されたらしく、何というか近代的ともいえるようなお姿を見せている。