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h+and   ~ I want to throw away ~

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バッグは2個 →1個

2020.09.04
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考えが違う人って、考えが違うだけよ。

 悪人でも、敵でもないの。  

      精神科医Tomy先生のTwitterより






いつか、という日。


バッグが「ひとつ」で大丈夫になる日が、きたりして。


そんな日は永遠に来ないのかもしれないし、

本当にそうなる日がくるのかもしれないし、

自分のことであってもわからないし、


だから


もしもずっと来なくてもいいように
「いつか」「もしも」という曖昧な表現で濁して。

目指しているわけじゃないからね!というような、
憶測的願望であるような弱い言い方をして。

そうやって自分で自分に「保険」をかけていました。

自信がなかったんですね。



けれど。  「いつか」は、来ました。



お出かけのバッグは、ついに「ひとつ」になりました。






ぽつーん。








「あの、おかーさん、四角い顔したあの子が、今朝は見当たらないんだけれど・・・」




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わたしがかつて「最後の砦」という気持ちで握りしめて

もうずっと長いこと出番もなくなっているのに、
たまに持っても大きくて重くてしんどいのに、

それでもなかなか手放すことのできなかった「セリーヌ」のバッグのことを、

読者さまは、覚えていてくださいますか?



全く使っていないのに、手放せない。

それは高かったから。それは「セリーヌ」だから。

もうわたしには二度とこれを買えないかもしれないから。

いざという時に持つ「ちゃんとしたバッグ」がないと、大人なのに恥ずかしいから。



自信のないわたしを守る「盾」であり、


「見栄の象徴」だったのでした。


セリーヌのバッグ持ってないとセリーヌの店にも入れない!というような。

百貨店の2Fの絨毯のフロアを歩けないし、ショップにも入れない、というような。


わたしにとっての「ブランドバッグ」は。


まるで、特選サロンの通行手形・・・?




 




とうとう、ひとりぼっちになってしまったね。 これからは「ひとり力」を心に!! 
 


 *****************************************



なにそれ「通行手形」とか w

「そんな気持ち、全く理解できません。」と思われる方と。

「ああなんかわかるかも。」

「持ち物や服装で自分を品定めされてるのをひしひしと感じる、独特のあの感じ。」

と思われる方と。


きっと、分かれるのでしょう。






考えが違う人って、考えが違うだけよ。



悪人でも、敵でもないの。





 ****************************************



昨日の日記を書きながら。

このバッグ手放すの怖いなあ、と、いよいよ思いながら。


昔、セリーヌのバッグを手放す時に一番強く感じたあの気持ちを、

どこか懐かしく思い出したのです。


これを持っていないと、恥ずかしい目に遭うかもしれない、というあの気持ち。

みじめな思いをするのは嫌だ。怖い、というあの気持ち。

デパートの2階の絨毯のフロアを歩けなくなるかも (;_;) というあの気持ち。


今ここに列挙してみても、
本当にくだらないとしか言いようのない、これらの気持ち。


これを、昨日は、全く感じなかった。


わたしは、そういうところ、少しは「変わる」ことが


成長することができたのかなあ。









「ひとり」だけれど。「ひとり」だって大丈夫! あなたにはいつだって仲間がいる!!

財布「このストラップは、本当は兄さんの付属品なんだよ!忘れたの?」

カーニバル 「弟よ・・・(;_;)!」



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そういう「見栄云々」への囚われ・執着を脱することができた その代わりに、


昨日のわたしが感じていたのは、


今度は「ブロガー云々」への囚われ、でしたね。


これ手放したら読者さんはどう思うのだろう、とか。

これから洋服の写真を撮る時、バッグが足らなくて困るんじゃなかろうか、とか。


何かを手放そうとして、

最後の決断をしようとして、

最後の最後まで引っかかる、足を引っ張る、

変わろうとしている自分を邪魔してくるものがあれば。



それこそが。



あなたの。

そしてわたしの「執着」の正体、なのだと思います。




ふだんは鳴りを潜めていても、
手放されそうになったとき、それは必ず暴れ出す。


手放させまい、と暴れ出す。 

執着が牙を剥く。


わたしは 昔は「ハイブランドのバッグを持つわたし」に執着していた。



今は、じゃあ・・・




「ブログに執着してる」ってことか・・・





あああ・・・  



ああ・・・






 。・゜・(ノД`)・゜・。









「ひとり」はいいぞ!本当の自分になれるぞ! なにも怖くないし、自由だぞ!!
ふだんの買い出しやでかいもののある時は、いざとなったら俺らがちゃんと助けるから!

カーニバル 「ううう・・・み、みんな(;_;)!!」






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昨日の手放しは。


ブログのために持っていないと。

ブログのために手放しにくい。

これ手放したら、わたしはどう思われるのかな。


そういう自分ごと、捨てました。


その「執着」を捨てました。


いえ、昨日捨てたんじゃなくて、


手放して、ようやくここから始まるんですね。



ここから わたしは 変わってゆくんですね。





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コロナの前の。

元どおりの日常が、すぐに戻ってくるかもしれない。

どうか戻ってきて欲しい。

そしたら読みかけの本の入ったこのバッグを持って、
大好きなあのカフェに行くんだ。

そんな日常は、きっとすぐに戻ってくる。


もうすぐ。もうすぐ。 きっともうすぐ (;_;)



昔が戻ってきてほしい。


そう願っていた気持ちも、一緒に捨てました。


元どおりを目指すのとは全く別の、


新しい時代は、もう始まっているのだから。


もう戻れないのだから。


世の中が変わってしまったせいだけでなく、


これは、わたしの気持ちが変わったんですね。




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今回のバッグの手放しには、

恒例の「買取査定額の発表です!!」は ありません。
    (もしかして楽しみにしてくださってましたか?)


発送の準備をして、
ダンボールに大切に納めて、
申込書をプリントして記入して、
集荷の依頼もしたのですが。

キャンセルをしました。

買い取りには出さないことになりました。

バッグは、お友達の元に旅立つことになったのです。

この展開も、かつてのセリーヌの時とは全く違いますね。

わたしの使っていたこのバッグを「ぜひ欲しい」と思ってくださる人のいることの、有り難さ。


とても嬉しかった。


セリーヌの時は、いなかったわ(汗)




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昨日と今日とでは。


もう、なんだか全く異なる気持ち。


やったぞ! ついに手放したぞ! でもなく。


ああ不安!バッグ1個でやって行けるのかな ( ;∀;) でもなく。



いい意味で「なんともない」。


高揚とも違う。 不安とも違う。



手放すまでは、苦しいです。

もう考えたくないとさえ思う。

けれど、そんな己と、とことん向き合ったなら。


恥ずかしいからと目を背けず、自分をごまかさず、

「執着の正体」を見破り、それを認めたなら。



心はこんなに晴れやかだ。



なんともない、という、この無敵な気持ち。




このバッグがあってもいいし。


なくても、いい。



わたしはわたし、だ。





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このブログを始めてからも、


バッグ手放したり、時には買ったり、また手放したりしてきましたけれど。


いちばん最初から、
このブログ始めるずっと前から持っていたバッグが、


今、こうしてたったひとつだけ、残りました。


おとーさんからプレゼントされた、このバッグだけ、が残った。


わたしは、これ1個あれば良かったのかな。


しみじみ触れる。










バッグはひとつだけ。


「いつかそんな自分になれたらいいなあ」と。


ぼんやり描いていた、

曖昧な憶測で、頼りない願望だった「いつか」が。


なれはしないだろうと思っていた憧れの「いつか」が。



いつの日にかそうなりたかった わたしの姿が。



今、ここにあります。





不思議な気持ちの朝です。







                                      おわり






今日もお読みくださって ありがとう


↓ ポチっをしていただけることに「執着」はありません。けれど、いつも、本当に嬉しい!

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いや、それは嘘ですね (;_;)
一生懸命に書いた日の日記であればあるほど、やっぱりちょっとはあるのです(笑)
そういう気持ちも、捨てていけたらいい。 
もう何にも囚われず、わたしはただただ楽しく書きたいのです。
「すずひ読んだよ」といつもポチッと知らせてくださるお気持ち、本当に、ありがとう。

今日は暮らしブロガーさんの「1・2・3」で・・・ 嬉しい! ヽ( ´▽`)ノ





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↓ 自宅用と、敬老の日用と。クーポン使ってうれしく「鰻」を買おうと思います ( ´▽`)ノ




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↓ お米 























最終更新日  2020.09.06 14:22:35


2020.07.15
長らくリモートだったお仕事が、通常の勤務形態に戻ったり。

営業自粛をしていたお店が、一斉に営業を再開したり。


小学校も、中学校も、高校も。

幼稚園や、保育園も。

みんなみんな再開されたようなご様子ですのに。

近くの高校からは、始業・終業のチャイムや
校庭で活動される生徒さんの元気なお声なども聞こえてまいりますのに。

それぞれの「新しい生活」が始まっているかのように見えますのに。


自粛生活の中に、今も尚、置き去りにされたままの学生がいます。 



大学生たちです。






自粛生活において、このバッグは、かわいそうに。今のところ「負け組」。



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9月中頃(前期・夏季休暇含む)までの登校停止はもうとっくに決まっているのですが、

東京の有名私立5大学「 MARCH 」の中の A大学におかれましては、
後期の講義もリモートにいたします、の決定が
早くもアナウンスされてしまったそうです。

1年生の中には、いっそ1年休学して
1年生をちゃんともう一度最初からやり直したい!という思いを抱く学生さんもあるそう。


無理もないです (´;Д;`)


あの異常な渦中の受験生活にひた耐えて、
念願の合格をその手に掴み、
夢にまでみた憧れの「キャンパスライフ」。

どうして大学生だけ自粛のままなのでしょう。
衛生や感染防止に対しては、
もっとも分別のつく年齢に達しているようにも思うのに。

講義ごとに学生がそれぞれの教室へ移動してしまうことや、
出身地が様々な学生が一堂に会する、ということにやはり問題があるのでしょうか。

リモート講義であっても、

講師陣のお給料にはあまり影響がないのだ、というようなことを小耳に挟みましたが・・・


学食のおばちゃんたちのお給料は、一体どうなるのー (;_;)






こちらは「勝ち組」。どちらも「お出かけ目的」の物なのに・・・明暗が、くっきり。



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自衛隊の定年というのはとても早くて、
平均で55歳という「若年定年制」が採用されているそうです。

厳しい規律の中で働いてこられて、
定年後は、さぞ「規律から解放された自由」を謳歌されるのかと思ったら、
意外とそうでもないらしい、というインタビュー記事を読みました。

自衛隊は規律正しい組織です。
真面目な人が多く、職務自体もストレスフル。

自衛隊員さんはその規律の厳しさゆえ、
常にストレスが大きいと思われてしまいがちですが、
意外とそうでもない、というところもあるのだそう。

全部が決められていることは「楽だ」と。


・服装が決まっているから、
   今日は何を着ていこうかと悩まなくて済む。
・日課も、仕事の内容も全て決められている。
・階級別に職務の範囲が細かく定められている。
・決定権を持っている人が誰なのかも明確なので、
   従いさえすれば責任は全てその人にとってもらえる。


「決めなくていい、という点から見れば楽だよな」という見方もできるわけです、とは

55歳での定年を間近に控えた自衛隊員さんのお話。


「楽だよな」か・・・。


楽なわけないです!と傍目からは見えるのに、


そこに関しては「楽なのだ」と。 しみじみと。



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ミニマルライフは楽だよな、と 思うのです。

自衛隊員さんのおっしゃる
「服装が決まっているから、今日は何を着ていこうかと悩まなくて済む。」は、
まんまそのままですし、

日課も、仕事の内容も全て決まっているし、

うちの場合は「献立」も決まっているし、

残念ながら「若年定年制」は、ないですけど(笑)


定年制、作っちゃおうかな(笑)!








「勝者」と、「敗者」。 シュールな「持ち物ヒエラルキー」の、画(笑)



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なにごとも。

毎日いちいちどうするかを考えるのは大変なのだ、ということですね。

決めるまでは大変でも、苦労や失敗があっても、

決まってしまえば。慣れてしまえば。

それは、楽だ。

管理されることは、ある意味「楽」なのです。


大学生が「自粛生活」に置き去られてしまっているのは。

出身地うんぬんもあるでしょうけれど、

自分で学習できることを見込まれているからかもしれませんね。

毎日登校してがっちり管理されなくても
与えられた環境の中で、
自分のために自分で勉強できてこそ大学生の姿だ、
大人なのだ、ということ、なのかな。

けれど、大学生活の楽しみは勉強だけじゃないですし、
  (楽しかったことのすべては、わたしは「勉強以外」だったです。)

リモートの講義ばかりを受け続けるしんどさたるや、計り知れない。

大学生活の楽しいことが、ほとんど無しになってしまって・・・どんなにか切ないだろうに。


こんなこと、初めて、ですものね (;_;)



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少ない服や物で暮らしていると。
すべての持ちものを必ず使っている、というのがとにかく嬉しいですし
「快感」でもあったりするんですけれど。


少ない持ち物の中に。少ないバッグの中に。

こんなに長い間つかわなかったものがある、ということも、まさに「初めて」なので、


心の持ちように、今、いささか苦労をしています。


使っていないなら手放したい、という血が暴れ出すからです。


いや待て、これは違う、使ってないのは「自粛」だったからだ。


出番がなかったのは「自粛のせい」なのだ! 早まるな!!  と。


ちゃんと思い直すんだけれど・・・


本当にそれだけ? 

本当に、本当に、本当に自粛のせいだけ?

とも思えてきて・・・・






バッグ 「おかーさん、そんなに毎日、睨まないで (;_;)」





「半年も使わないバッグが家の中にあること」に慣れていないわたしは。

ふつうにバッグの出番のあった日々は「楽だったよな」と・・・


これが「ミニマリスト・ニューノーマル」か、と。


使わなくても要るものって、もちろんあるんだけれど。


こういうケースは初めてのことなので、

半年使っていないバッグを出してきては睨み、

またそのままそっと いつもの場所にしまう。

また出してきては睨む、を・・・ 繰り返しています。


要るのか要らないかを考えることに、


そして「睨むこと」に、疲れてきました(笑)


「慣れていないこと」は・・・なにごとも、疲れますね ( ;∀;)ノ






                                     おわり







今日もお読みくださって、ありがとう。

↓ 今日はくもりだけれど、なんとか乾きそう!
    バスタオル乾け!のポチっと、ありがとう!

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自粛生活だから要らないのか。そうではなくて要らないのか、の見極めができません。
いつ頃はっきりするのかも、わからない。
いつになったら大学が再開されるのかも、わからない。 
「わからない」ことって・・・「わかる」よりも、ずっとしんどいことなんですね (;_;)












最終更新日  2020.07.15 22:39:24
2020.03.12
イタリアのコンテ首相は。

COVID-19(新型コロナウイルス)の感染拡大を抑えるためとして、
これまでに打ち出していた全土での不要不急の外出を控えるよう求める措置に加え、
薬局と食料品店といった生活必需品を取り扱う店以外はすべての商店の営業を禁止する、という
新たな対策を発表したそうです。

これはコンテ首相の11日夜のテレビ演説によって、明らかにされました。

薬局と、食料品だけ!?   えー!!すごい決断だ!って驚いたんですけれど、


わたし自身、よくよく考えましたら・・・


この新型ウイルス騒動の勃発以降、その2ケ所しか買い物に行ってない。


この2つしか営業しないの!? 無理!!! っていう気持ちよりも、
この2つさえやっててくれるのなら、
ここ最近の日々の暮らしは確かになんとかなってきた、と気づく。

生きるのに必要なお店の種類って・・・ 本当はとっても少ないんだ、と気づく。



ちょっと、呆然となる。



「生活必需品を取り扱わないお店」で生計を立てておられるイタリアの方々のお気持ちは、


一夜明けて、いま。  ああ、如何ばかりか。






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このバッグと暮らした1周年を記念して、
今朝、ひととおりのいつもの家事をすませてから記念の撮影をしました。









1年使っても、とってもきれいです。 なんだか嬉しくなります。
最後にバッグを購入した時から、この3月で、ほぼ1年が経過したことになります。


バッグ買ってない記録「1年」です ヽ( ´▽`)ノ


靴も1年いけるかな、と思っていたのだけれど、
前倒しの「備蓄型購入」しちゃったので・・・ 残念ながら、達成ならず。



バッグに関しては、まだまだ余裕さえある気持ちのままでの「1年達成」です。

この先も、買う予定は当分ない気がしてます。

なぜならば。   わたしは、入れる中身がないからね  ヽ(;▽;)ノ →




 **************************************



本当はもう、いつも「手ぶら」でも大丈夫なのだろう、と うっすら気づいているのです。


けれど人って不思議なもので、完全なる手ぶらって、なんだか歩きにくくないですか?

目のやり場、ではなく「手のやり場」に困る、というか(笑)

中学生の時とか、いつも大荷物なのに、
卒業式とか入試結果の報告とかで、「セーラー服で手ぶら」でたまに学校へ行く時、
なんかわたし手の振り方がわからなくなって、うまく歩けなかったような記憶があるよ (;▽;)



ウォーキングとか、登山とか、ガチの歩行の場合は絶対に「手ぶら」がいいのでしょうけれど、

街の中をぶらぶら散策、とか、お店の中をふらりと歩く、とかですと
何にも持ってないと、どこか怪しい、というか(笑)

この人手ぶらで何しに来たの? 何してるの? 
何にも買う気ないくせに、うろうろしに来たの?
バッグどこかに置き忘れてきた?みたいに・・・なんかちょっと怪しまれそうじゃないですか?

服を見ています。 靴を見ています。 お財布もちゃんと持ってきてます!!
わたしはれっきとした「買い物客」です! 決して怪しいものではありません!!

のために、バッグはあったほうがいいような(笑)












お財布ポシェットは、本当にそういう意味では「有能」ですよ。
お財布そのもの、ですからね。 

「お財布ちゃんと持ってます!」が、火を見るよりも 明らか(笑)



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バッグ2個と、お財布ポシェット。 こうして「3つ」並べて思うのは。










必需性においても、利便性においても、
ダントツの第1位は、結局は「お財布ポシェット」であること。

支払いの時に、バッグの中から財布を出してまた収める、という一連の動作や、
「バッグの中の財布を探す」という行為が、実はとてもストレスだったことを知るのです。


また、


出先のお手洗いやパウダールームなどにおいて、
「バッグの置き場所」や「バッグの引っ掛け場所」を探さなくていい。



バッグをどこにも置かなくていい。


これが、このちょっとしたことが、わたしにとって実はどれほど快適であるか、ということ。




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ご存知、わたしは若干の潔癖の気を持ち合わせております人間ゆえ、
お手洗いなどはもちろんのこと、そこらへんにバッグを置くことが、
とても苦手だったんだなあ、ストレスだったんだなあと つくづく気づきます。


今、世の中がこんなことになっていて「一億総潔癖」みたいなことになってますが、
わたしは元々からしてそういう気質でありますゆえに、

暮らし的にも「除菌的」にも、やることも、立ち向かう気持ちも、
騒動の前と今とで、心情的にはあまり変わっていない、というのが正直なところ。

急激に高まった除菌の必要性に対しても、さほどストレスを感じていない自分に驚く。


「もともとそうである」ということの、これが「強み」なのか。



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そうはいっても この「パンデミック」なのです。
いつかは感染してしまうのかもしれないですけれど、もう、その時は、その時です。

怖がっていても、いなくても。


罹る時には、誰もが罹ってしまうのでしょう。




 ************************************



ああ、薬局と、食料品と。


それだけ許可します! あとのお店は営業停止! と。


「経済全体」を一旦あきらめる、というような覚悟。 人命第一! 首相のこの決断。


「ファッションのイタリア」の首相が 堂々とそんな宣言をすると。


バッグ! とか 服! とか、 なんて・・・・
生活必需度ランキングから言ったら、
もう、下位も下位もいいところなことを まざまざと突きつけられる。


そんなことに悩んだり、喜んだり、一喜一憂していられることが、
どれだけ平和で、贅沢で、ありがたいことなのか、にも 改めて気づく。


3.11 と向き合ったなら。


いつも通りの明日が来ることが決して当たり前ではないことを、何度も思い知らされる。


それに気づきなさい。 そして忘れるな、と。


住むところがあって、食べ物があって、着るものがあって、家族があって。 


そして「明日」があって。



行ってらっしゃい!と送り出した家族が、無事に家に戻ってくることを、

当たり前のこと、ふつうのこと思ってしまうのは、本当に間違っているのだ、と気づく。


何よりも感謝すべきことなのだと気づく。




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バッグや、靴や、お出かけ用の服は、生活を彩るための「お楽しみ」です。
必需品なのではなく、「娯楽」なんだな。
わたしはいつも「娯楽」をどうするかで、いちいち大げさに悩んでいるだけなんだな。 ああ。


わたしの持ち物は、かなり少ないけれど。


それでも実際には「なくてもいいもの」を、まだいっぱい手放せずにいるんだろう。


まだまだ、ぶざまに握りしめているんだろう。



 **************************************



バッグ2つでも、もはや多い気さえしてきた。

服9着でも十分に足りているのは、本当は、そんなの きっと「当たり前」のことなんだ。 


これまでがあまりにも多すぎたから「少ない!」と自分比において興奮しているだけで、


きっと、当たり前にできて然り、のことなんだ。


わたしは一人だし、体は一つなんだから。










本当に必要なものは何か。 「必需品」って、なんなのだろう。

それを考えさせられるようなことばかりが 世界中で、今、次々と起こる。


平和のありがたさとか、健康のありがたさとか、人と人とのつながりとか、助け合いとか。
行きたい外国に行きたい時に自由にいけることだって、全然当たり前のことじゃなかったんだ。

これまでは「紛争」とか、「戦争」とか、そういうことでしか感じたことがなかった。


そう思ったら。


トイレットペーパーが買えないことくらい、まじどうってことないや、と、


どれほど「些細なこと」なのかを、


わかっているようで、わたしは全然、まったく、わかっていなかった。


なんであんなに怖がっていたんだろう、と。


今、やっと。  本当に、心の底から。  そう思えてきました。


この世に生きるための必要なものを、本当にとことん、究極まで突き詰めたなら。


きっと最後は「命」だけ。  なのでしょうね。









                                     おわり







Tomy先生の本に。「人との食事は大切になさいね」ってありました。
できればスマホなんか見ないで。顔を見て「美味しいね」って言い合いましょうね、って。

↓ ちょっと勇気の必要だった昨日の日記に、
      とてもたくさんの「読んだよ!」のポチを・・・ ありがとう。

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その人との食事がいつできなくなるかわからないのだから。と。

本当にそのとおりだと感じた 昨日は9回目の「3.11」でした。

今日も最後まで読んでくださって、ありがとう。













最終更新日  2020.03.12 17:24:31
2020.01.12
わたしの「もちもの」を。

「バッグの中身」というタイトルで、
今日はわたしのバッグの中身を、はりきって撮影しようと思ったのですが。


はて。


中身・・・・とは?





ハンカチは「まっ白」が好き。 いちばん長くきれいに使えるのって、意外と「しろ」です。






このようなもの&スマホを、持ち歩くといえば持ち歩くのですが、








ふだん、もう 98%のお出かけは、わたしは「お財布ポシェット」ばかりです。

久々に「バッグの中身」というのをやろう! と思い立ったのに、


あれ、あれれ、バッグって・・・  何を入れたらいいんだっけ (゜∀。) ?



 ***************************************




並べてはみましたけれど、ハンカチはポケットですし、









わたしは 「折り畳み傘」を持たない人間(絶対的長傘派人間)だし、











食材もまとめ買いなので、日頃マイバッグも持ち歩かないですし、


わたしには、「持ちもの」というのが・・・ もはや、「ない」のではないか。


持とうと思えば、いくらだって用意することもできるのでしょうが、
ほんと、なくてもいいものを「わざわざ持つ」。 持つために持つ、という感じしかない。



バッグの中身・・・  バッグの中身が・・・・ な、ないぞっ!












バッグは、とってもお気に入りなのを、この通り「2個」持ってます。

わたしにとって「バッグ」は。 もはや。

モノを入れて持ち運ぶための道具ではなく、バッグという名の「可愛らしい物体」だ。

ふくろもの、というよりも、
ブレスレットやネックレスと同じような、コーディネートのための1アイテムみたいに感じてる。


物体化してしまった ヽ(;▽;)ノ あーれー



******************************************



バッグを持ち始めたのって、いつころだろう。

うんと子供の頃って、友達と遊ぶのにも「手ぶら」だったでしょう?
ポケットに50円玉入れて駄菓子屋さん、とか。

中学生ころも、まだ、メイクするでもないし、基本、わたしは手ぶらでした。

なんか、その頃の感覚に近くなってしまっている。

出先で必要なものなんて、今のわたしには、別にないわ。 少しも怖くないわ。



 ***************************************


昨日はね、
お楽しみのリラクゼーションマッサージ100分コース(オイルハンドマッサージ付き)に
いそいそ嬉しく出かけ、
その後ちょっと一人で軽い食事して、スパークリングワイン1杯飲んで、
帰りには、家族にお土産のいちご大福を買ったんですけど、

一度も現金を触りませんでした。

現金派・キャッシュレス派 の どちらを名乗る気も特になく、
その時その時の支払いやすい方法を選んでいるだけ、なのがわたしなのですが、

現金使わないこと、本当に増えました。  ああ、「お財布」とは。 「銭」とは。



↓ もう、お財布はこういうのが主流になるのでしょうね。薄くて可愛いですし、ね ( ´▽`)







 *************************************


ステキな「フラグメントケース」は・・・「モノ」としてとても魅力的ですが、


わたしは当分、これでいきます。









こんな小銭入れは恥ずかしいような気もしないでもないですが、とにかく便利なのです。
スタバの女の子にも「それどこで買えるんですか!?」って聞かれて教えて差し上げたばかりですし、意外とこれ、あちこちで人気なのです。

やっぱりね、小銭入れが「透明」って めっちゃ便利なんだよ。

普通の透けてないお財布から小銭探すの、
あの レジ前での「早よしろや」という無言の圧を受けながら小銭をすみやかに正確に出すの、
もう、見えづらくて、時間かかって、もう、もう・・・おばはん、無理だわ(泣)


レジの人にイラつかれるのって、なぜあんなに惨めな気持ちになるんでしょうか ヽ(;▽;)ノ



 ***************************************



叶姉妹の、妹のほうの美香さんが。

「姉はね、何にも入らないような小さなバッグばかり持つんですよ」と たいそう呆れていて、

そしたら姉の恭子さんは。


「あらやだ美香さん、美香さんはバッグにモノを入れようだなんて思っているの?」と。



なんか、みんな笑ってましたけれど・・・ 恭子さんのおっしゃること、なんかわかる。


バッグには何か入っていなければならない、というのは 
もしかすると人類(庶民ね・笑)の思い込みであって・・・


空っぽで持っていたって、もしかしたら 全然いいのかもしれない。


バッグの存在そのものを好き! なのなら。 コーディネートの「要(かなめ)」なのなら。



 ****************************************



街を歩いていて、あなたのバッグの中身見せて下さいという取材に、もしも出くわしたとして。

昔なら、整った中身を、色合いの揃った中身を「どや!」と見せたいところでしたけれど・・・


空っぽを見せるのもいいな。空っぽ見せたろか! などと思い始めているわたしですが、


じゃあもうバッグ手放しておしまいなさいよ! などと誰かから叱られても、手放しません。



もちものがなくても。 「中身」なんて入っていなくても。



叶 恭子さんと同じで (レベル・笑)



バッグそのものが わたしにとっては大切な大切な「もちもの」 なのだから!    



今は、ね!  ( ←えっ!?)









                                     おわり







こういう感じの写真を取りたかったのだが、もうわたしには、できないのかもしれない(笑)

↓ ほんとそうかもしれないね! のポチッと、ありがとう ヽ(;▽;)ノ

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昨夜のお月さま、とてもきれいでしたね。
寝る前に南東の夜空で見て、朝起きて、北西の空でも見ることができました(5時起きです!)

遠くにお住いの読者さまと、同じ時に同じ月を見られていること、嬉しかったなあ ( ´▽`)













最終更新日  2020.01.12 12:15:18
2019.11.26
先日手放したバッグの 査定額が出ました。








この度、同じダンボールにてジャケットとスニーカーを手放したおとーさんとともに、
査定額に「快・快・快諾です!」の喜びのお返事を差し上げましたから、
きっと明日か明後日には、お振込の手続きをしていただけるのでありましょう。 



 *************************************



今日は、ちょっと珍しい気持ちで 1日を過ごしていました。

このブログを、わたしはいつまで続けることができるんだろうなあ、という。

いつも思っているのは。

わたしの伝えられることを ひと記事、ひと記事、精一杯心を込めて書こう、という気持ちと、

あとどのくらい書けるのかな、という気持ちです。 


ふと、「引き際」について、考えた1日でした。



  *************************************



だから、明日の予告を ( ´▽`)


自分で自分に、 そして読者さまに。   「あした書く約束」を、しよう。






「1年間アイスコーヒーを持ってゆくと、このくらいボロくなります画像」その1(笑)


 **************************************



良いものを購入し、大切に大切に使い、「価値のある」うちに、手放すのか。

気負いなく使える価格のものを購入し、価値なきところまで、使い尽くすのか。



これは ミニマルな暮らしを続ける中での、永遠のテーマのひとつであると考えます。






「1年間アイスコーヒーを持ってゆくと、このくらいボロくなります画像」その2(笑々)






明日は、そのことについて、あらためて、「いまの気持ち」で 考えてみようと思います。



お楽しみにしてくださったら、嬉しいです ( ´▽`)ノ





                                     おわり












あれ? 今日は、すずひの日記は お休みなのかな? と。

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何度も確かめにいらしてくださった 優しいあなたさま。  ありがとうね。







 

 ↓ なんかちょっと、黒くて怖いよー、このバナー ヽ(;▽;)ノ







最終更新日  2019.11.26 22:09:51
2019.07.22
とっても短く書こうと思います。 (すぐ読めます)

小さいバッグで出かける日の すずひの持ち物です。








このバッグの写真を撮る時にいちばんに気をつけていることは、










ステラの丸いチャームに わたしの顔面が写り込んだ恐怖写真にならないように、です(笑)










ハンカチ。 ティッシュ。 鍵。 予備の現金と楽天カード。 リップクリーム。









そして、時々 お扇子。

スマホで撮ってるので ここには写りませんが、あと、スマホ。

ハンカチのレースの段差のあたりのアイロンの甘さが 撮れば撮るほど 気になります。




小さいお財布を手放したら、小さいバッグを使う回数が 俄然増えた、という不思議。


お金をその都度 移すのが・・・ 本当は無意識のうちに手間、だったのかな  ヽ(;▽;)ノ



とっても短く書いた日の方が、読んでくださる方が多いことを わたしはちゃんと知っています。



知っているのです。



それなのに。


ああ それなのに!


いっつもあんなに おびただしく長ーくなっちゃうのは どうしてなのでしょー  ヽ(;▽;)ノ






                                   おわり






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↑ 超絶に服が減り、 3日に1回着ているこの格好に、ポチッとありがとう ( ´▽`)ノ









↓ こういうアイロンって、レースのきわ、段差みたいなところも上手にまっすぐになるのかなー。

















最終更新日  2019.07.22 12:36:00
2019.04.30
斜めがけっていいですね。「クロスボディ」っていうかっこいい呼び名も あるそうですね。

両手が空いてるって、いいですね。

手ぶらの気分、になれますからね ♪( ´▽`)







カフェに行っても、そのまま着席。 置き場所いらず。
貴重品が肌身離れていないおかげで、おしゃべりにも集中できる。

両手を振って 元気に歩ける感じも好きですし、
パンやケーキ、なにかしらの かさばるものを買う予定のある時なども、
バッグが「斜めがけ」であると、ストレスがないです。


最初から 手がふさがっておりますと、 何かを買うのって 買いづらい。
レジかご下げるのだって 邪魔くさい。

特に「食べ物」を買う予定があるなら・・・ 
あと、ソフトクリームなどを食べる予定などがあるなら、その日わたしの選ぶバッグは、
まず たいていの場合「斜めがけ」です。








ですが。 今日お話ししたいのは、そんな「斜めがけ万歳!」のお話、ではないのです。

自転車乗る時などにも とても安全だし、斜めがけがとにかく万歳なのは万歳なのですけど。


そう。  そうなんです。   わたし、気づいたんです。 平成最後のこの日に。








この新しいバッグを買ってから・・・ ある傾向に、気づいたの。


わたしね、手に下げるバッグを持って出かけた時って、出かけた先でお金を使わない。
「何も買わなくなること」が すごく多い。

ハンドバッグを持っているのに。
さらに何かしら(の、買ったもの)を手に下げて歩く、ということが嫌だ! と
強く感じる自分を発見しました。


それは、まずはもちろん持ちづらいし重たいし、手が痛くなるから嫌、なのですけれど、
いろんなものをたくさん手に提げて歩いている「見た目の格好悪さ」が嫌、でもあることに 
気づいた。


バッグに収まるような本や、小さなコスメなどなら買うこともあるかもしれない。
けれど、バッグに入らないような 別の袋物を下げなきゃならないようなものは どうも買う気が起こらない。

このバッグには食べ物は入れたくないから、飴ちゃんとかも 買わない。







 ↓ すずひは 小さなサイズの 「MINI VIVI」 ( ´▽`)ノ



 ↓ こちらは ちょっと大きい 「VIVI 」 ( ´▽`)ノ






「お気に入り」の「(自分にとって)上等」な「しっかりとしたジップ開閉」の「ハンドバッグ」って・・・


こんなこと期待してなかったんですけど、まさかの。 


まさかの。  予定外の無駄な「散財」を、防ぐ。


財布の口の紐が・・・ ではなく

バッグの口のジップが かたい  という現象が 己の中で巻き起こることを 知った!




ややや、ほんと、これは確かにある!



わたしね、ミニマリストになる前、バッグを超・大量に持っていた頃ってね、
大量にあるくせに、上等なのもちゃんと持っているくせに、とにかく一時期、
ちょっとした買い物も、学校行事とかでも、どこへゆくのにもこのバッグばかり使っていたの。





定番のカラーはコンプリートしていましたし、
ホリデーシーズンの限定のチャリティートートも、毎年必ず購入していました。


この形って、なんか、本当に使いやすくて。

そもそも DEAN&DELUCAのことは 根っからの大好きですし、
このトートって、お持ちの方にならお分かりいただけると思うのですが、
意外とたくさん入って、マチも十分で、ほんとにちょうどいいサイズで、
コンビニ行くのにも、スーパー行くのにも すごく使い勝手が良くて・・・ 
何回も 何回も。 そして何色も買い替えながら、気に入って使っていました。


これの「使い勝手の良さ」って。
いま思うと・・・ 中身の、特に「お財布の出し入れの楽さ」が 大きかった。

ティッシュやハンカチ(や、飴ちゃん)も さっと出せるんですけど、
とにかく財布の出し入れが楽で、何か買おうと思った時、めっちゃ サッ と お財布が出る。 
ジップやスナップやかぶせの開閉がなく、口が大きく開いていてくれているから・・・
レジ前での支払い時の動作が とてもスムーズ。 財布! 財布! ってならない。


そこを すこぶる気に入っていて「なんて使いやすい!!」って思っていたんだけれど・・・


あれって。 いま思うと。


「気軽にお金を使ってしまいやすい」ということでも あったのだわ Σ(゚д゚lll) 


だって、ほんとお財布が 悲しいくらいに 簡単に出せちゃうから ヽ(;▽;)ノ

全くためらいなく買っちゃうんですよ。  
例えば自販機の飲み物とか。 レジ横のフリスクとか。
スーパーの出入り口に催事できている和菓子屋さんのいちご大福とか草餅とかみたらしとか。


バッグからお財布を出すことが ちょっとだけ面倒くさい。 


これって・・・ なにも買う予定のないお出かけの時には 実は意外と重要なことなのかも。


人混みで盗っ人にすられたり 落としたり、っていう心配を回避できるだけでなく、
自分自身もまた、お財布などの貴重品を、ある程度「取り出しにくい」ってこと (笑)









それを「使いづらい」と 感じた頃がありました。

セリーヌのラゲージ持ってた時には、特にそう感じていました。 
この大きな、そしてジップ付きのバッグの これは だから「短所だ」と。



ラゲージよりも、うんと小ぶり。 そして 軽いのが、この 新しいバッグ。







↓ すずひ史上最高に足首が華奢に見えるサンダル。足の老いが目立ちにくいサンダル(笑)




お財布の出し入れに、ちょっとひと手間かかる感じ、というは 変わらないのに、
なんか なぜか それを「長所」と感じられるようになっちゃった!


そっか、昔はなんでもすぐに買ってしまっていたから、
そこに、その「財布がすぐに出てこないこと」に対し、すごくイライラしたんだ。


このバッグで出かけた時って、ほんと そもそもの目的以外の出費を 驚くくらいしないです。
「満足なバッグ」をたずさえている、ということの 心理的満足効果も相まって・・・
いろんな新しい別のものが そして美味しそうな食べ物さえも、あれこれ欲しくならない。

この満足効果は、ちょっと、すごい。  

不満足なバッグを提げている頃は・・・ 他のバッグに 目移りばかりしてしまって。

「これよりももっといいバッグが他にあるんじゃないかしら!」っていう、ハンターの目(笑)


いつも、無意識に 狩っていた。 
どうりで出かけるたび、疲れるわけだ。 さまよいながら、狩猟してるんだもの。
すぐに疲れて、カフェで休む。 そこでも1500円くらい、すぐに飛んで行ってしまう。

ちゃんと満足していると・・・「狩猟本能」も 大人しくなるんだな  ( ´▽`) 

財布があまりにも簡単に取り出せてしまわないタイプのバッグって・・・ なんか、いいぞ!

平成最後の、これはなかなかの「ミニマリスト的大発見」!  だぞ!  ヽ(;▽;)ノ




                                   おわり





あの頃のわたしって「買って」たのか。それとも「狩って」たのか。もうわからないです(汗)
きっと 心の中や頭の中は・・・ その両方だったのでしょう。

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もう「狩り」とはおさらばできました。 新しい時代・令和に「狩るわたし」は もういない。
平成は。ものにまみれて生きてしまいましたが。 最後の数年で、覚醒することができました。

さよなら、平成。 さよなら、ハンター・すずひ。

少し成長して新しい元号を迎えられるわたしのことを、しみじみ嬉しく感じる 雨の朝、です。












最終更新日  2019.04.30 11:02:06
2019.03.30
少ない数のもので暮らしていて嬉しいこと。

それは 買ったのに使わなかった、というものが手元に1個もない、ということ。


買ったのに使わないって・・・まさに「悲劇」です。


悲劇の鍋や便利グッズ。悲劇のシャツや、悲劇のニット。悲劇のコートや、悲劇のスニーカー。


そして 「悲劇のバッグ」が生まれない、ということ。






ハンドバッグを、こう持つのが好きなのです。 だから「持ち手」にこだわって探しました。




ミニマリストになる前に買ったバッグには。 
好きで好きで買ったのに殆ど使わなかったり、
タンスにしまいっぱなしにしてしまったり、理由もなく要らなくなるものがたくさんありました。



デザインが。 色が。 重さが。  
使わない理由が何かしらあるのなら、まだマシです。 失敗を次に活かせますから。

訳もなく要らなくなると、また平気で同じような失敗をする。 懲りることがない。

持ち物が多すぎる時は、いつもいつも そうでした。






ハンドルが、こうして「下」を向くもの。 上向きに縫い込まれていないものを探しました。
膝に乗せたときにもハンドルが邪魔でなく、小さなスペースに収納もしやすいです ( ´▽`)






買ったものを、手放す決心をするその日まで、何度も何度も 大切に使う。 
ようやくこれをできるようになりました。


これはね。 ほんとにね。こんなこと、わたしには一生不可能だと思っていたのです。
わたしは、ダメだー・・・と。 本当に 呆れるほどダメだ、と (;_;)


買っても買っても失敗する。 ほぼほぼ失敗しかしないのが わたしでしたから。 
末長く満足できるものを選ぶ能力が、いつまでたっても育たない。
これからもきっとずっとそうなんだ。そういう宿命なんだ。治らないんだ。不治なんだ、と。 

買ったものを。 持ち物を。 
買った意味があった、ああ買って良かった、と思えるところまで使うこと。

なにそれ当たり前じゃないか、と思うのですが。 それがずっとできなかったのです。

30代〜40代初めの頃までは、いろんな格好をしたくてたまらなくて。

わたしは「ひとり」なのに、いろんなわたしになりたくて、ね。

毎日全然違う格好をしたかった。
新しい服を着て友達と1回ランチに行ったら、またすぐ別の服が欲しくなった。 
次のランチに向けて(笑)。  そんな人間に、お金など、たまるわけがない(笑)。

色んなものを買いすぎて、買い続けて、なにひとつ満足に使いこなすことができませんでした。

新しいものをどんどん買うことの中に 幸せなんてなかったなあ。 散財と焦燥。

わたしは「ひとり」なんだから。  持ち物は、ちょっとで良かったんだ。

わたしが何着ていようが、何持っていようが・・・ 元来、誰も、気にしちゃいない。








通帳ケースも余裕でスッキリ収まる!本当にちょうどいい、これぞ求めていたサイズのバッグ。




買ったバッグを、大切にしまいこんでしまったり、すぐに使うことができなかったのは。
とにかくバッグがあり過ぎたから。 どうでもいいバッグを大量に持っていたから。  
好きなバッグであればあるほど、使わなかったです。
こんなに好きで大切なバッグを、普段に使うなんてとんでもない ( *`ω´)! と。

いざという時まで、ここぞというときまで、 大切に大切に しまい込む。
ところがそんな時はなかなか訪れず、結局どうでもいいバッグばかりを持ち歩く、そんな人生。


わたしはね!今日は今日とてこんなバッグ持って歩いてますけどね、クローゼットの中には素敵なバッグがたくさんたくさんあるんですからねっ!わかってんの!? って 
見えない何かに向かって叫びながら。



何なん、それ(笑)







持ち物のテイストが揃っていることは喜びです。 バックの中身は「その人そのもの」だから。





ものを持ちすぎず、買ったものをちゃんと使う暮らし。 わたしにも それができた。 
必要なものがちゃんとわかり、それを買う。 そしてそれをいっぱい使う。
ずっとできないと思っていたことが、わたしにも、ようやく、できた。






いつものお財布ポシェットだって、すっぽり収まる! これは嬉しい!



服がー とか  バッグがー とか 、そういう物質的なことに喜んでいるようでいて

本当は、ずっとできないと思っていたことができるようになれたことが 嬉しいのかな。

すっかり大人になってしまって、
もう今さら、そしてこの先 新たなる成長などできないのだろうと諦めていたから。
40代半ば以降から大きく変わることができたことが わたしは 嬉しいのかな。











そして「本」!このサイズの本に perfect!本の持ち歩きのために買ったようなものだから!

   ↓ 次はこの本を読んでみようかな。 素敵な方が おすすめされていました。






成長することは、人間の普遍的欲求なのだと 愛読の書の中にありました。
自分の中の課題や直すべきことに気づいているのに「このままでいいわ」と心の底から思っている人なんて本当はいないのだ、と。
自分はできていない、という「劣等性」こそが 人間を成長させる原動力なのだと。

「劣等感」は だから とても大切な感情の一つなのだ、と。

が。 同じ劣等感を抱いても。 
向上心持って こつこつと少しずつでも変わってゆこうとする人と、
自分は変わろうとはせず、他人の粗探しや足を引っ張ることに燃えてしまう人とに分かれるのだそうです。

見る人が見れば それはすぐにわかってしまう。

そういう人は「残念な人枠」にカテゴライズされ・・・同じような人ばかりが自然と周りに
寄り集まることになる。 同調しているうちに、ますますそこから抜け出しにくくなる、と。

勇気をくじかれた人はそうなりやすいのだそうですが・・・ それはまた 別の話。






スタッズ大好き。 眺めたり 撫でたりしちゃうくらい、変態的に愛しています。




無駄遣いって、本当に悲しいですね。
無駄って、 何をもってして、どの段階で「無駄」と言えるのか、考えてみたのです。

昔はね、高いもの買うことそのものが「無駄遣い」だと思っていました。
だから、なるだけ安く済まそう、と。 同じようなものなら1000円でも100円でも安いものを。安いものをいっぱい買ってしまっていたのです。倹約しているつもりでした。

心が満足しないものを いっぱいいっぱい 買ってしまった。

買ったことが無駄だった、と はっきりわかるのって。そう認めざるを得ないのって。

買ったのに、使わなかった。  やっぱり、そこだ。  その一点に尽きる。

「せっかく買ったのに」と。 見るたび、自責の念に駆られる、あの苦い気持ち。
自分で買ってきたものに、自分が苦しめられるという皮肉な事態。
そんな自分が、自分で いつも嫌になる。 思い出すだけで 気が滅入ってきます (;_;)


買ったお値段が安ければ、そのときの「自責」がね、いつもちょっと軽くて済んだんです。 
自分を慰める逃げ道にできる。 罪がちょっと軽くなるような、そんな気がして。
己の消費行動に責任を持ちたくなかったんですね。 自分のモノ選びに自信がなかった。

その気持ちを、自分の性格を、わたしがおかしがちな過ちの傾向を、今は、よくわかっている。


満足できないもの買うのなら。 使わないものを買うのなら。
100円でも 10000円でも、もったいないのは同じことなんだ。
安ければいいっていうものじゃない。


適当なものを 気軽に買わない。

テキトーなものに払うお金は 10円だって 1円だって惜しい。 

そこらあたりのケチさは・・・ 散財していた昔よりも、いまの方が むしろ凄いのです(笑)

適当に作られたような服やバッグを買うことをしなくなった。

テキトーに、いい加減に作られたような料理にお金はらうのも たまらなく嫌になった。
どうでもいいような店での外食や買い食いも、いつの間にか、本当にしなくなりました。


どうでもいいものに対する、財布の口が 固くなった。
どうでもいいものに、この家の敷居をまたがせたくなくなった。
どうでもいいものを 自分の口に、体に入れたくなくなった。 


そうしたら、本当に欲しいものに支払うためのお金が、ちゃんと生まれた。いや、残った。
暮らしや、「心」が 無理なく豊かになり始めました。


無駄なものを買わなければ、ちゃんとしたものが買える。



簡単なようでいて、これが 本当に難しかった。  

文章にしたら、たったの1行、なのにね。 何年かかったかこと。 いくら散財したことか。


ものを増やすんじゃなくて、ものを減らしたら分かるよ、ってこと。  


いちばん大切なそこに・・・ずっと ずっと気づけなかった。 知らなかったですから、ね。






                                      つづく






このバッグのおかげで、「少ない服ライフ」に 新たなる息吹が吹き込まれたかのよう。
今持っている服を、改めて、ますます好きになりました。 満足度が高まりました。

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春にバッグ買うのって なんだかとってもいいですね。  新年度!って感じがして。
新しいバッグのお話 3部作。  次回も、どうぞお楽しみに ( ´▽`)ノ

春休み。年度末。
お忙しい週末にも、こうして最後までお読みくださり・・・ 今日も、いつも、ありがとう。















最終更新日  2019.03.30 18:26:37
2019.03.28
今日は、新しいバッグを選ぶのが、超絶に早かった、そして楽しかった、というお話です。





先ずは全貌。この台形感! J&M DAVIDSON ミニヴィヴィウィズスタッズ MINI VIVI WITH STUDS



迷うかな、難しい買い物になるかな・・・なんていう数多の不安をよそに、
あっという間でした。 比較も他候補もなく、なんの迷いもなく、即決だった、というお話。


少ない服での暮らしを「不安や迷いがなくなるのです」とわたしはよく表現しますが、
それは その日に着る服選び、買い足したり、また、手放したりするときの選択の苦悩や、
足りない不安や、全く着ていないものがあるストレスや、管理全般からの解放、ということを
主に指しているのですが。


こうして。


例えば 靴。 そして 今回のような「バッグ」にも言えること。
服の選び方に「自分らしさ」「自分のポリシー」みたいなものが確立されていると、
それに合わせる服飾小物を買い替えたり買い足すときにも、同様に、迷いがなくなることを知りました。

迷わないし、不安がなくなることを知りました。






お伝えしたい「好きなところ」がいっぱい! 
この南京錠も、キーカバーも、ジップのタッセルも、あと・・・ 荷札(?)も!




服や持ち物が少ないと。 そしてテイストが揃っていると。

自分がすでに持っているあらゆる服・持ち物にちゃんと合うものを、
誰に相談することもなく、上手に、確実に選ぶことができるようになる。

あっちの服には合うけれど、こっちの服には合わなかった (;_;)  とか
今日、あの靴を履くのなら、このバッグではどう考えてみても変だ (;_;)  とか
色が微妙に合わなかった とか なんかバッグだけ浮いてる気がする とか (;_;)


とにかく。

一生懸命に考えて選んで買ってきたのに、なんか違った気がする (;_;)! ということが、極めて起こりにくいのです。


そういう失敗が、まず、起こらない。 


買い物が「得意」か「苦手」か言ったら・・・ 苦手意識の方が、わたしは断然 強いのです。

そんなわたしであっても、失敗を 犯しにくい。

ミニマルな暮らしのおかげです。 ものごとの決断や選択や思考さえも、ミニマルになった。 




もしも側面のこれがなかったら ちょっとわたしにはコンサバ過ぎるし、ジップや装飾のカラーが
シルバーじゃなかったら(ゴールドだったりしたら)ゴージャスすぎる。 すなわち 完璧。






バッグって。「服」に合わせて考える、よりも。

持っている「靴」や、小物類と合うかどうか を 見極めるのが良いように思うのです。
バッグの相棒って。 バッグとの相性が大切なのって、服よりも、むしろ靴、な気がします。



お気に入りのサンダルとの相性! 文句なし!  通年で履けるタイプのサンダルは最高!














手持ちのパンプス、スニーカーとも、この通り、お似合い!







ここで、例えば、パンプスのつま先が丸っこい「ラウンドトゥ」であったり、
スニーカーが ニューバランスやナイキなどのランニング系、
あるいはコンバースなどカジュアルなキャンバス地だったりすると、なんとなくテイストが
ズレてきてしまう気がしませんか?







バッグと靴。 バッグとアクセサリー。 そこのところのテイストが揃っておりますれば、

「自分の持ち物同士が合わない」という悲しいことは まず 起こりにくいです。

せっかく買った新しいバッグと手持ちの服や靴がどうも合わない!という絶望を回避できます。



ああ、今ここに書いてみて、ほんと 思った。 


「自分の持ち物同士が合わない」 という あの絶望といったら。


あっちのバッグも、この靴も、すべて自分で選んで買ってきたものなのに。

誰か知らない人が 好き勝手に選んできたものではないというのに。


こうして自宅でより集めてみると、なんでこんなにバラバラなのか。
自分が身につけてみたときに、統一感が まるでない。 まさに寄せ集めたような感じ。

1個1個を見れば間違いなく素敵なのに、気に入っているのに、なんで合わないの?!

昔はしょっちゅう そんな目に遭い、苛立っていました。  落ち込んでいました。

服や靴がありすぎるせいで、これとこれは合わない。絶対に合わない!という決裂の事案が、 
「自分の持ち物の中同士」で 頻繁に起こる。 

誰かに借りてきたものなら仕方ない。 自分のもの同士、なのに  (;_;)


すると、どうなるか。

買ったのに、着ない。買ったのに履かない。買ったのに 持たない。そういうことが起こる。 



いや、違うんです。  着ないんじゃなくって「着られない」。

履かないんじゃなくって「履けない」。 持たないんじゃなくって「持てない」。 だ。


せっかく新しい何かを買ってきても、ぜんぜん使いこなせない。  「持ち腐れ」と化す。



こんなはずじゃなかったのに・・・  (;_;)   その悲しみは 海よりも深く。



そんなことばっかりだった。  


新しいものを買う時には希望に溢れているのに、
結局使いこなせない自分に、自信を失うことの繰り返し。 ああ、また失敗してしまった、と。



あああ、なんだか暗い話になってしまいましたね(笑)


だからこそ、嬉しいのです。

そういう失敗をしなくなった・・・ 買い物の過ちが うんと少なくなった自分のことが。

少し思い切った価格のものを買う時にも、だから、自信持って決断できるようになった。

このバッグなら 間違いない、 と。


昔は、ほんと 自信がなさすぎて  高額な買い物を1人では決められなかったの。
高いものを買うのが、すごく怖かった。
だからSNS や雑誌を頼り・・・そのせいで余計に自分を見失い、毎度失敗していたのです。


自分のバッグを 自分の服を 自分の靴を 自分の判断で選べなくて どうするの!


自分がお金を払うのに! ね ヽ(;▽;)ノ



いやいやいやいや  ほんと、ついこないだまで。 いい歳して、それができなかった。

だから。  

自立 というか 自律 というか・・・ 
とにかく「自分でちゃんと決められるようになった」ことが 嬉しい。


自分で決めても絶望的な過ちをおかさなくなったことが、心から、嬉しいのです。


バッグ選ぶの、本当に 本当に 楽しかった!


お話は、まだ まだ 続きます。  

次回は「バッグの中身」のお話を。

そのまた次回には・・・「少ない服とのコーディネート」を、さっそくしてみようかな!

全ての服と、この通り、合いますよ! の 証明を・・・ ねっ  ( ´▽`)ノ






                                     つづく








このバッグと わたしの服の全てが合うことは。 
わたしでなくても、読者さまも、すでにはっきり予感してくださっているような気がします。

↓ いつも 「ぽちっ」と、 ありがとう ( ´▽`)ノ
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これって、ちょっとすごいこと。 他の人の服や物なのに、それがわかってしまう、って。
わたしの服って、そのくらい「わかりやすいワードローブ」なのだと思います。

難しかったり 特殊だったり 真似できないような高度なおしゃれなのではなくて・・・
わかりやすくて簡単なミニマル・ワードローブを実現したかった。 ここでお伝えしたかった。

服のお話を楽しみにしていただけることは、だから とても嬉しいのです。 ありがとう。 













最終更新日  2019.03.28 14:58:38
2019.03.21
時々、電車に乗ります。
みんな みんな スマホを見ています。
友達とおしゃべりしている人もいますが、それぞれの手にはスマホ。
それをちらちら見たり、時に操作しながら、目線は主にスマホ、の状態での おしゃべり。

これ、デート中とかも終始こんな感じだったら、
お互いがゲーマーとか 同じようなタイプであったら平気そうですが、
どちらか一方があまりスマホに依存しておらず、顔も心もきちんと向き合ってお話ししたいようなタイプだったりしたら・・・
無視されてるような気持ちになったり、切なくなったり 悲しくなったりしちゃいそうですね。

デートの後のバッテリー残量が多いほど そのデートが楽しかった、充実していた証拠。
仲良しカップルな証拠なんだよっ、って若い子が話しているのを聞いたことがありますが、

本当、それはわかるような気がします。  会ってる意味あるのか!? ってなる気持ち。


そんな中。 

電車の中で、スマホいじらずに姿勢良く立っていたり(スマホ触ってる人は、みな猫背ね・笑)
読書などをなさっておられる方が目にとまりますと、思わず はっとしてしまう。

新人類を、最新の人を見たような衝撃が走ってしまう。 (むしろ旧人類なのに)



かくいうわたしも 少し前までは 電車の中は「スマホタイム」でした。
ここ半年ほど前から・・・ なんかそれが ふとつまらなくなり、読書に戻しました。
電車の中にいても逐一チェックしなければならないような重大な用事ややりとりが、
そもそも、すずひの暮らしの中には 、ないのよー(笑)

そして気づいたこと。

スマホいじっているよりも本を読んでいる方が。
目的地までの時間がね、同じ時間でもなぜか全然違って感じる、ってこと。
「早く着かないかなー」と、途中駅での停車時間を鬱陶しくとか、無駄に思ったりしなくなる。

本を読んでいると、乗り物内での時間ってあっという間だということに気づきました。
時間がありがたく、気持ちも健やかでいられることに気づきました。





次に電車に乗るときのために楽しみにしている1冊。 このカバーが、可愛い ( ´▽`)




電車を利用する場合、目的地まで20分弱くらい乗るようなことが多いです。
それより長いのも、短いのも あまり、ない。
その20分間に途切れ途切れになっても楽しくて、そしてさらりと読めそうな本を、
家用ではなく「電車のおとも専用」に選ぶことが、とても 楽しくて、好きです。 
すぐに読みたくてもね、電車に乗るときまで読まないで、楽しみに楽しみに取っておくのです。




家で読むために選ぶ本と、乗り物の中で読むために選ぶ本って わたしは 全然違います。

気持ちをふわりと膨らませてくれるような本は、家で読んでると、本当にふわふわと眠くなる。
だから公共の場所がいい。ガタンガタンという雑音や、振動の中で読むのがいい。

一方、自分の中にしっかり落とし込みたいような分厚い本は、限りなく「無音」の中で。
なるだけたった1人で、誰からも邪魔されず、寸断されず、集中して、一気に読みたい。 


この、がらーん とした部屋で、1人で 読みたい。









がらーん とした部屋って最高の読書空間です。図書館よりも当然 静かです。家読書、最高!







朝から雨の こんな日は、キャンドルとライトで。


↓ ユーカリ挿しても、キャンドル入れても、本当に可愛いサイズ。「黒」も出た ( ´▽`)ノ






好きな時間にコーヒーや ほうじ茶をいただきながら。 
自宅なら、お茶もコーヒーも無料。 トイレもきれい。(笑) 








本が好きだから。  外出先にも、なるべく本を持ってゆきたい。 本を持参したい。

待合の主婦向け雑誌とかは、もう読む気も起こらないような(御免なさい)表紙ばかりでしょ?
貯金・片付け・ダイエット。 貯める! 収納!からの「痩せる」&「節約レシピ」!

どれも、もう、特に新情報を わたしは求めていない。 なんか足りているし、叶っている。
ちょっと潔癖なので、待合の雑誌は できれば触りたくない気持ちも 若干、有り ( ´▽`;)

噂・ゴシップ系の週刊誌に至ってはもう論外。興味なきことこの上なし。脳が溶け出しそう。


だけど、なんとなく 手持ち無沙汰で ついつい雑誌手にとってしまうことがあるのは・・・


「そこに、本を、持って来れていないから。」


本を、わたしは、持ち歩きたい。  







いちばん買うことの多い このサイズの本が・・・ 入らない。








入るけど、巾着 絞れない。 (文庫ならギリギリ)








無論、入らない。



好きな本を1冊ちょこんと入れられるサイズのバッグがあるといいな、と、ここのところ 
切実に思い始めています。


あの服に合わせたい! このコーディネートの時に足らない! とかじゃなくて。

大切な「本」を 持ち歩きたい。   という理由。 

こんな理由が自分の中から湧き出てくるとは、ちょっと想像できなかったです。
外出先は、スマホでいいや。ミニマルでいいや。 「時間潰せればいいや」って。


でも、なんか・・・それが とてもつまらなくなった。 
「時間潰す」って言葉も 自分で言ってて、なんか 虚しく、悲しい。


生きていられる時間って、とても大切な かけがえのないものなのに。
  (そして「裸眼」で読書できる時間も、あとどのくらいわたしに 残されているのか・泣)



好きな本を読む時間に充てよう。 充てたい。
わたしには「外出先でこそ読みたい」というか、「外出先でしか読めないジャンルの本」というのがあるのだ。(先述のとおり、家だと寝ちゃうから・笑)



春も、夏も。  服も靴も買う予定は 今の所 一切なし、です。 


ならばそれこそ入魂して、「本の似合うバッグ」探し・・・ちょっと 始めてみようかなっ!?


これは迷いそうだな。 こんな観点で選んだことないから、難しいかな!? 


また経過のお話し・・・ 読者さま、どうか、聞いてくれる?





                                     おわり






晴れた日のリビングは 別空間。 
雨の日に本を読むのって・・・ 選ぶ本も変わってくるし、晴れた日に読むよりも、沁みる。

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わたしは「秋」よりも「春」の方が 読書熱が高まるのです。 秋はね、食に走るよっ(笑)
みなさまは、今 どんな本をお読みですか? 好きな人のオススメ本を知るのって 大好き!

「選ぶ本」も 「選ぶブログ」も? きっと、その人そのもの、ですものね  ( ´▽`) 
今日もここへいらしてくださり、わたしのブログを読んでくださって・・・本当に ありがとう。







「伝える」ことって誰にもできる。「伝わる」ことが肝心。 ああ、本当 そのとおり(;_;)







無印は、良品週間の春!

エスプレッソカップにぴったりなサイズのキャンドルは 防災用を兼ねて。MUJIで。

キャンドル・ミニ・無香/12個入











楽天は、お買い物マラソンの春!

カステラ。 リピート ( ´▽`)♪









最終更新日  2019.03.22 09:16:37

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