カテゴリ:認識の誤り
2019年9月号の生活の発見誌に、「何かを選択するときに、間違えて不幸になるのではないかという気持ちが起きて、恐ろしくて決めることができない」という相談が寄せられています。
何か月も延々と調べたり、何回も下見に行ったり、誰か他の人に決めてもらいたいと思ってしまいます。 例えばどこの歯医者にすればよいのか選択ができないそうです。 これは20代で失敗や挫折が何度かあり、それまで持っていた人生に対する楽観的な信頼が崩れてしまい、不安が強くなり、気分が落ち込むようになったそうです。 この方は自分が考えて決断・実行したことは、1度のミスや失敗も許されないという信念を持っておられるようです。そうなると、実践や行動することは、ミスや失敗を誘発することになるので、次第に手も足も出なくなってきます。仮に行動するにしても、ビクビクハラハラして、いつも逃げ腰になります。 すると気分的にはいつも憂鬱で、漠然した不安感が付きまといます。 生きていくことが苦しくて、楽しいことなんか何もないと思うようになります。 森田理論では、不安の裏には、必ずそれと同等の欲望があるという考え方です。 この方の欲望は、自分が決断、決定することはすべて間違えないようにしたいということだと思います。 この欲望自体は問題ないと思います。 そういう欲望を持っている人は、慎重の上にも慎重であるために危険な目に遭うことがない。 また取り返しのつかないミスや失敗を起こすことも少なくなります。 仕事などもやりっぱなしにしないで、自分のやった仕事を振り返ってみて、間違いがあれば、事前に修正することもできます。 森田先生も完全を目指さない人にろくな人はいないといわれています。 完全を目指す人はそんなにいませんので、貴重な人材だといえます。 ですから完全欲が強いという特徴は、これからもどんどんと鍛えて伸ばしていく方がよいと思います。 では不安に押しつぶされて苦しい状態はどうすればよいのか。 これはまず森田理論の「かくあるべし」の弊害をよく学習してもらいたいと思います。 完全を目指すことはよいのですが、自分はいつも完全無欠でなければならないと考えることは百害あって一利なしです。「かくあるべし」を掲げて、現実の自分を見下しているとどうなりますか。 問題点、欠点、弱点ばかりが目に付くようになります。 そして自己嫌悪、自己否定するようになります。 理想と現実の乖離による葛藤や苦悩が発生してくるのです。 これが強迫神経症の原因となっているのです。 実際には、少しずつ「かくあるべし」という考え方をゆるめていくことです。 「かくあるべし」少なくしていくと言い換えてもいいでしょう。 そのために、森田理論では、事実本位の生き方を目指していくことになります。 現実、現状、事実を素直に認めて受け入れていくということです。 誰でも実践、実行、行動した後で「あんなことをしなければよかった」「あんなことを言わなければよかった」ということは、日々何度もあります。取り返しがつかないと後悔することもたびたびです。 でも普通の人はそんな自分を毛嫌いして見捨てていると思いますか。 問題行動をした自分を「あの時はこの選択が一番よいと思ったんだ」と納得させていますね。 それはその現実を素直に認めて受け入れているということです。 そして今度同じような出来事があったときの教訓として活かしているのではありませんか。 これは「かくあるべし」で自分を徹底的に痛めつけているのではなく、問題行動を起こした自分に寄り添って自分を許してあげているということなのです。 自分は自分の一番の理解者となっているのです。 間違った選択をして不幸になるのではないかと悩むよりも、間違った選択をした自分を許して受け止めてあげる自分に変身することがより重要だと思います。 この事実を素直に認めていく態度を実践によって少しずつ身につけていくのが森田理論なのです。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2019.10.14 06:40:35
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