図書館で『草原からの使者 沙高楼奇譚』という文庫本を、手にしたのです。
浅田さんの傑作短編集とあれば、まず「外れ」はないだろうし、期待できそうやでぇ♪
ところで、帰って調べてみるとこの本を借りるのは2度目であることが分かりました。(またか)
【草原からの使者 沙高楼奇譚】
浅田次郎著、文芸春秋、2012年刊
<「BOOK」データベース>より
ロンドンの超高級カジノの一夜は夢のように過ぎたー。大資産と才気、家柄、すべてを持った青年の驚愕の告白とは。総裁選の真実、大馬主が体験した運命の勝負、そしてアメリカ人退役軍人たちの「もう一つの戦い」。金と名誉を得た者だけが味わう甘美と戦慄を、浅田次郎が精緻に織り上げた傑作短編集。
【目次】
宰相の器/終身名誉会員/草原からの使者/星条旗よ永遠なれ
<読む前の大使寸評>
浅田さんの傑作短編集とあれば、まず「外れ」はないだろうし、期待できそうやでぇ♪
ところで、帰って調べてみるとこの本を借りるのは2度目であることが分かりました。(またか)
rakuten草原からの使者 沙高楼奇譚
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「星条旗よ永遠なれ」の続きを見てみましょう。
p241~244
早起きは歳のせいではありません。長い間の習慣。夜明けとともにベッドからはね起きてニマイルのジョギングをし、それから車で海岸に向かいます。ハルコさんは朝寝坊なので、朝食はボードウォークのカフェと決めていました。
アトランティックシティの浜辺にはボードウォークが長く続いていて、徹夜明けのギャンブラーと早起きの退役軍人のためのカフェが、朝っぱらから店を開けています。中でも「星条旗カフェ」は、その名の通り私たち専用のクラブみたいなものでした。
何しろ朝の6時には、店先のポールに大きな星条旗が掲揚され、スーザのマーチが鳴り響きます。私が到着するころには、店内のカウンターにもボックス席にも、ボードウォークに据えられたテーブルにも、見知った顔が勢ぞろいしていました。
リタイアしてしまえば、階級なんて関係ありませんね。ただ、経験が違うと話が合わないので、海軍は海軍、陸軍は陸軍というふうに、自然とテーブルは分かれました。ことに、陸軍と海兵隊が一緒に酒を飲まないのはアメリカ軍の伝統です。なぜかって、酔えば喧嘩が始まるから。
私たちは日がな1日「星条旗カフェ」で過ごします。酒を飲み、キャンプのランチみたいなプレートで食事をし、フットボールのテレビ中継に興奮し、ときどきカジノに出かけては、貴重な年金の無駄づかいをしてまたカフェに戻ってくる。
どうも私たち軍人にとっては、家庭というものが居心地悪いのです。世間なみのアメリカ人のように、何をするのもワイフと一緒というのも、実はいただけない。で、どいつもこいつも目が覚めたらさっさと家を出て、星条旗のもとに集まるというわけです。
私と仲間たちのテーブルは、店の軒先の白いパラソルの下と決まっていました。
いつも古ぼけたギャルソン・キャップをかぶって朝から酔っ払っているのは、自称ノルマンディーの英雄、サミュエル・ウォートン大尉。帽子の正面にはこれ見よがしに、第34歩兵師団のワッペンが縫いつけてありました。英雄伝は少々大げさにしても、シルバー・スターを二つ持っているのはたしかですから、英雄にはちがいありません。大戦中に陸軍を志願してヨーロッパ戦線に参加し、叩き上げの将校になってからはベトナムにも参戦したという歴戦のつわものです。
「おはよう、アレックス。せがれは立派にエレクトしているか」
ま、大声でそういう朝の挨拶をするような男です。
「ああ立派なものさ。そんなことより、君には上官に対する敬意というものがないのかね。カーネルと呼びたまえ」
「だったら俺のことも、サムじゃなくってキャプテンと呼べ。いいか、アレックス。ヨーロッパの大尉(キャプテン)と太平洋の大佐(カーネル)は同じ階級だ」
根はけっして悪い男ではないのですが、ともかく古い南部人を絵に描いたような差別主義者でしてね。柔軟なものの考えがこれっぽっちもない頑固者です。
彼は内心、日本人を妻にした私を軽蔑していました。ハルコさんもサムのことは大嫌い。だから近所に住んでいても、家に来ることはほとんどなかった。
アメリカ兵と結婚した日本人女性は後ろ指をさされたでしょうけれど、実は日本人をお嫁さんにしたアメリカ人も、あんがい陰口は叩かれたものなのですよ。だからむしろそうした感情がわかりやすい分だけ、サミュエル・ウォートンは悪い人間ではなかったと言えますがね。
しかし、ハルコさんのことはともかくとしても、マッカーサーについてとやかく言われると喧嘩になりました。それは私の軍人としての誇りを傷つけられるのと同じでしたから。
「マックはうまいことやったよな。ニミッツに戦争をさせておいて、手柄だけひとりじめにしやがった」
と、そんなふうに言われれば喧嘩にもなりますよ。海軍のニミッツ提督が対日戦の主役であることに異論はありませんがね、太平洋を隔てた戦争なのだから当たり前でしょう。つまり、ドワイト・アイゼンハワーの熱烈な信奉者であるサミーは、アイクのライバルとしてのマッカーサーを敵視していたのです。そういう点では、悪い人間ではないが狭量なやつでした。もっとも、そんなことを言われてむきになる私も似た者ですけれど。
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この作品には、もっと下品で過激な言葉も出て来る個所もあるけれど、その部分は大使判断で回避しております(笑)。
それにしても、アメリカ軍の陸軍と海兵隊との不仲を題材にするとは、著者の守備範囲の広さに驚いたのです。
『草原からの使者 沙高楼奇譚』2:宰相の器p15~18
『草原からの使者 沙高楼奇譚』1:星条旗よ永遠なれp236~238