テーマ:癌(3513)
カテゴリ:父の看護
夏に帰った時から父の首のリンパが腫れていた。固さといい平成15年の癌と同じだと思った。再発、、とわかった。今まで日記に書こうか迷ったけど、私書箱に1通のメールが届いていてその方もNNEWAYS 愛用者と仰っていた。
それと同時に偶然辿り着いたページが、末期癌と戦って、本人が他界され残された家族がそのあと書込んだ日記を見つけた。 私も時々事実を綴っていこうと思う。 癌、、、か。 当時の癌は、下咽頭がんステージ4、頚部リンパ節転移3 余命3ケ月、 手術をすすめられ断わり、放射線を33回。 抗癌剤は服用せず、 1年後 放射線性骨髄炎をおこし、再び死ぬといわれた。 今回も心の中で、西洋医学の領域ではもう、ドクターがするべき事はないでしょう。見守るのも治療ですと、、、仰るだけだとおもう。 前にかかった市立病院から、父の尊敬するドクターがいらっしゃる医師会病院をへて、労災病院にカルテや今までの経過が届くまで1ケ月かかった。(かかり過ぎじゃない?)それから初めて診察した労災病院では、治療は出来ないと断わられた。従姉妹夫婦に事情を話して貰いなんとか受け入れてもらった。 もっとも治療は望んでいない。本の題名じゃないけれど ”日本の医者は癌を治せない”勝手にそう思っているから。 治るってその先何年生きられたら治ったなのかしら? 常に再発、転移との恐怖におののいていきている以上治っていないと思うの。戦っていらっしゃる。 ここの病院でで、最期のモルヒネだけは行なってくれるとこれまた先走った御意見を頂いた。 父の事を、おにいちゃんとよぶ私の従姉妹夫婦が 前回と同じに面倒を見てくれている。彼女も日本でいう高齢者の枠に届いている年齢。とても御世話になっている。 11月始め(よりによって前回と同じ時期、、)再び告知を受ける。 あの時の私と違って、今直ぐ電話をとって主治医にいろいろ聞くような事はしていない。 ドクター曰く見守るだけ。 、、、、、だそう。 こうして癌難民になっている多くの人がいると思う。 これを宣伝だと思わないで欲しい、父はニューウエイズ製品の力で命拾いをした。健康雑誌しゃきっとにも取材された。 癌と診断されても、 父も全く気にしていない。毎晩晩酌をして、御近所さんと温泉にいっている。私はとめない。 母は 年のせいか軽い認知障害でよく話しがわかってない。前回の癌も誤診だったのよ-といっているくらいだから。私とは全く正反対でチョ-天然でおっとりしているので慌てる事がないぶん父も穏やかでいられると思う。 今日も電話で、父に、”ちゃんとサプリメント(語弊を生じる言葉)飲んでる?””はいはい、おかげさんですっかり元気だよ。。。” 状態が良くなってからは殆ど飲んでいなかった。何度も油断すると癌に負けるよ!と言ったのに。 当時のドクターが仰った言葉を思い出す、”この癌で必ず死にます。遅いか早いかです。放射線を当てるのは死際をきれいにするためです。根治が目的ではありません” やはり癌には勝てない。。。。と 思う。5年生存率。癌の患者にとって5年は健常者の10年いや20年にも値するかも。肉体が滅びても、癌は残るような気がする。そんな事はないだろうけどね。 主治医に今さら面会して相談する気もしない。 いや、、そのためのパワーを貯えているのかも。 実際、癌の人と向き合うのは凄くパワーがいるのです。 今はあの時の余裕とパワーがありません。 あの時は”これ以上放射線治療をやめて下さい!”と医者にくって掛かったものだけど。。。 父にまた、、春は来るのか。それだけを祈る冬になりそうだ。 父自身が行動を起こしてくれなくてはお話にならない。 癌は根治しなくても、進行が遅いのは高齢と言う事と、ニューウエイズのおかげかなと思う。もう本当にこれしかないから。 この日記のあと、また、いろんな宣伝がトラックバックされるのかしら? 私が信じているものはニューウエイズだけなので御遠慮頂きたい。 あの固い大きな腫れが首に根付いている。 憎らしい。 来春で83歳。 春が来るといいな。 新型のインフルエンザも流行るらしい。。体力をつけておかなくてはね。 全く自分のことかまっている場合じゃないわ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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