JEWEL
日記・グルメ・小説のこと716
読書・TV・映画記録2729
連載小説:Ti Amo115
連載小説:VALENTI151
連載小説:茨の家43
連載小説:翠の光34
連載小説:双つの鏡219
完結済小説:桜人70
完結済小説:白昼夢57
完結済小説:炎の月160
完結済小説:月光花401
完結済小説:金襴の蝶68
完結済小説:鬼と胡蝶26
完結済小説:暁の鳳凰84
完結済小説:金魚花火170
完結済小説:狼と少年46
完結済小説:翡翠の君56
完結済小説:胡蝶の唄40
完結済小説:琥珀の血脈137
完結済小説:螺旋の果て246
完結済小説:紅き月の標221
火宵の月 二次創作小説7
連載小説:蒼き炎(ほむら)60
連載小説:茨~Rose~姫87
完結済小説:黒衣の貴婦人103
完結済小説:lunatic tears290
完結済小説:わたしの彼は・・73
連載小説:蒼き天使の子守唄63
連載小説:麗しき狼たちの夜221
完結済小説:金の狼 紅の天使91
完結済小説:孤高の皇子と歌姫154
完結済小説:愛の欠片を探して140
完結済小説:最後のひとしずく46
連載小説:蒼の騎士 紫紺の姫君54
完結済小説:金の鐘を鳴らして35
連載小説:紅蓮の涙~鬼姫物語~152
連載小説:狼たちの歌 淡き蝶の夢15
薄桜鬼 腐向け二次創作小説:鬼嫁物語8
薔薇王転生パラレル小説 巡る星の果て20
完結済小説:玻璃(はり)の中で95
完結済小説:宿命の皇子 暁の紋章262
完結済小説:美しい二人~修羅の枷~64
完結済小説:碧き炎(ほむら)を抱いて125
連載小説:皇女、その名はアレクサンドラ63
完結済小説:蒼―lovers―玉(サファイア)300
完結済小説:白銀之華(しのがねのはな)202
完結済小説:薔薇と十字架~2人の天使~135
完結済小説:儚き世界の調べ~幼狐の末裔~172
天上の愛 地上の恋 二次創作小説:時の螺旋7
進撃の巨人 腐向け二次創作小説:一輪花70
天上の愛 地上の恋 二次創作小説:蒼き翼11
薄桜鬼 平安パラレル二次創作小説:鬼の寵妃10
薄桜鬼 花街パラレル 二次創作小説:竜胆と桜10
火宵の月 マフィアパラレル二次創作小説:愛の華1
薄桜鬼 現代パラレル二次創作小説:誠食堂ものがたり8
火宵の月腐向け転生パラレル二次創作小説:月と太陽8
火宵の月 人魚パラレル二次創作小説:蒼き血の契り1
黒執事 火宵の月パラレル二次創作小説:愛しの蒼玉1
天上の愛 地上の恋 昼ドラパラレル二次創作小説:秘密10
黒執事 BLOOD+パラレル二次創作小説:闇の子守唄1
FLESH&BLOOD 二次創作小説:Rewrite The Stars6
PEACEMAKER鐵 二次創作小説:幸せのクローバー9
黒執事 韓流時代劇風パラレル二次創作小説:碧の花嫁4
火宵の月 BLOOD+パラレル二次創作小説:炎の月の子守唄1
火宵の月 芸能界転生パラレル二次創作小説:愛の華、咲く頃2
火宵の月 ハーレクインパラレル二次創作小説:運命の花嫁0
火宵の月 帝国オメガバースパラレル二次創作小説:炎の后0
薄桜鬼 昼ドラオメガバースパラレル二次創作小説:羅刹の檻10
黒執事 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧の騎士2
薄桜鬼ハリポタパラレル二次創作小説:その愛は、魔法にも似て5
黒執事 現代転生腐向けパラレル二次創作小説:君って・・5
薄桜鬼 現代妖パラレル二次創作小説:幸せを呼ぶクッキー9
黒執事 転生パラレル二次創作小説:あなたに出会わなければ5
薄桜鬼 現代ハーレクインパラレル二次創作小説:甘い恋の魔法7
薄桜鬼異民族ファンタジー風パラレル二次創作小説:贄の花嫁12
火宵の月 現代転生パラレル二次創作小説:幸せの魔法をあなたに3
火宵の月 転生オメガバースパラレル 二次創作小説:その花の名は10
黒執事 異民族ファンタジーパラレル二次創作小説:海の花嫁1
PEACEMAKER鐵 韓流時代劇風パラレル二次創作小説:蒼い華14
YOI火宵の月パロ二次創作小説:蒼き月は真紅の太陽の愛を乞う2
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の巫女0
火宵の月 韓流時代劇ファンタジーパラレル 二次創作小説:華夜18
火宵の月 昼ドラ大奥風パラレル二次創作小説:茨の海に咲く華2
火宵の月 転生航空風パラレル二次創作小説:青い龍の背に乗って2
火宵の月×呪術廻戦 クロスオーバーパラレル二次創作小説:踊1
火宵の月×薔薇王の葬列 クロスオーバー二次創作小説:薔薇と月0
金カム×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:優しい炎0
火宵の月×魔道祖師 クロスオーバー二次創作小説:椿と白木蓮0
薔薇王韓流時代劇パラレル 二次創作小説:白い華、紅い月10
火宵の月 遊郭転生昼ドラパラレル二次創作小説:不死鳥の花嫁1
火宵の月 現代転生パラレル二次創作小説:それを愛と呼ぶなら1
鬼滅の刃×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:麗しき華1
薄桜鬼腐向け西洋風ファンタジーパラレル二次創作小説:瓦礫の聖母13
薄桜鬼 ハーレクイン風昼ドラパラレル 二次小説:紫の瞳の人魚姫20
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:黄金の楽園0
火宵の月 昼ドラ転生パラレル二次創作小説:Ti Amo~愛の軌跡~0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:鳳凰の系譜1
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:鳥籠の花嫁0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:蒼き竜の花嫁0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:月の国、炎の国1
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧き竜と炎の姫君0
コナン×薄桜鬼クロスオーバー二次創作小説:土方さんと安室さん6
薄桜鬼×火宵の月 平安パラレルクロスオーバー二次創作小説:火喰鳥6
ツイステ×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:闇の鏡と陰陽師4
陰陽師×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:君は僕に似ている3
黒執事×ツイステ 現代パラレルクロスオーバー二次創作小説:戀セヨ人魚2
黒執事×薔薇王中世パラレルクロスオーバー二次創作小説:薔薇と駒鳥27
火宵の月 転生昼ドラパラレル二次創作小説:それは、ワルツのように1
薄桜鬼×刀剣乱舞 腐向けクロスオーバー二次創作小説:輪廻の砂時計9
F&B×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:海賊と陰陽師1
火宵の月×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想いを繋ぐ紅玉54
バチ官腐向け時代物パラレル二次創作小説:運命の花嫁~Famme Fatale~6
FLESH&BLOOD×黒執事 転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:碧の器1
火宵の月 昼ドラハーレクイン風ファンタジーパラレル二次創作小説:夢の華0
火宵の月 現代ファンタジーパラレル二次創作小説:朧月の祈り~progress~1
火宵の月 現代転生パラレル二次創作小説:ガラスの靴なんて、いらない2
黒執事×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:悪魔と陰陽師1
火宵の月 吸血鬼オメガバースパラレル二次創作小説:炎の中に咲く華1
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:黎明を告げる巫女0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:光の皇子闇の娘0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:闇の巫女炎の神子0
火宵の月 戦国風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:泥中に咲く1
火宵の月 和風ファンタジーパラレル二次創作小説:紅の花嫁~妖狐異譚~2
火宵の月 地獄先生ぬ~べ~パラレル二次創作小説:誰かの心臓になれたなら2
PEACEMAKER鐵 ファンタジーパラレル二次創作小説:勿忘草が咲く丘で9
FLESH&BLOOD ハーレクイン風パラレル二次創作小説:翠の瞳に恋して20
火宵の月 異世界ハーレクインファンタジーパラレル二次創作小説:花びらの轍0
火宵の月 異世界ファンタジーロマンスパラレル二次創作小説:月下の恋人達1
火宵の月 異世界軍事風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:奈落の花2
FLESH&BLOOD ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の花嫁と金髪の悪魔6
名探偵コナン腐向け火宵の月パラレル二次創作小説:蒼き焔~運命の恋~1
火宵の月 千と千尋の神隠し風パラレル二次創作小説:われてもすえに・・0
薄桜鬼腐向け転生刑事パラレル二次創作小説 :警視庁の姫!!~螺旋の輪廻~15
FLESH&BLOOD ハーレクイロマンスパラレル二次創作小説:愛の炎に抱かれて10
PEACEMAKER鐵 オメガバースパラレル二次創作小説:愛しい人へ、ありがとう8
FLESH&BLOOD 現代転生パラレル二次創作小説:◇マリーゴールドに恋して◇2
火宵の月×天愛クロスオーバーパラレル二次創作小説:翼がなくてもーvestigeー0
黒執事 昼ドラ風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:君の神様になりたい4
薄桜鬼腐向け転生愛憎劇パラレル二次創作小説:鬼哭琴抄(きこくきんしょう)10
魔道祖師×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想うは、あなたひとり2
火宵の月×ハリー・ポッタークロスオーバーパラレル二次創作小説:闇を照らす光0
火宵の月 現代転生フィギュアスケートパラレル二次創作小説:もう一度、始めよう1
火宵の月 異世界ハーレクインファンタジーパラレル二次創作小説:愛の螺旋の果て0
火宵の月 異世界ファンタジーハーレクイン風パラレル二次創作小説:愛の名の下に0
火宵の月 和風転生シンデレラファンタジーパラレル二次創作小説:炎の月に抱かれて1
火宵の月×刀剣乱舞転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:たゆたえども沈まず1
相棒×名探偵コナン×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:名探偵と陰陽師0
薄桜鬼×天官賜福×火宵の月 旅館昼ドラクロスオーバーパラレル二次創作小説:炎の宿1
火宵の月×薄桜鬼 和風ファンタジークロスオーバーパラレル二次創作小説:百合と鳳凰2
火宵の月 異世界ファンタジーハーレクイン風昼ドラパラレル二次創作小説:砂塵の彼方0
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(はぁ、何だか調子狂うなぁ・・) 布団に寝転がりながら、歳三は隣で陸と千尋が楽しそうに話している声を聞いて溜息を吐いた。千尋が何かと自分達の住むアパートに来ては食事や陸の勉強を見てくれたりしている事は有り難いのだが、どうも調子が狂ってしまうのだ。「お父さん、大丈夫なの?」「ああ。どうした陸?」「夜、千尋さんと三人で何か外で食べようよ。」「わかったよ。」 その日の夕方、歳三は陸と千尋と三人で近くにあるファミレスへと向かった。「お前は何食べたい?」「別に僕、何でもいいよ。」「おいおい、それじゃぁ決まらねぇだろう。」陸は目玉焼きハンバーグ定食に決めたので、千尋はイタリアンチーズハンバーグ定食を、歳三はサーロインステーキ定食を店員に注文した。「それにしても、こういう所に来るのは久しぶりだなぁ。」「そうなんですか?わたしは時々来てます。」「あんまり金がなくてな。それに、一人暮らしだから・・」歳三はドリンクバーで注いだコーヒーを飲みながら、そう言って溜息を吐いた。「今まで仕事ばかりで、家庭のことなんて全く顧みなかった。けど3年前の火事で仕事を失って・・死ぬ事ばかり考えてた。」「土方さん・・」歳三の手を、そっと千尋は握った。 今まで彼が自ら過去を話したことは一度もなかったが、こうして話してくれたということは、何か理由がある筈だ。「あの火事で、親友も、俺の戦友だった愛馬も死んだ。俺に残ったのは、醜い火傷の痕だけ・・」歳三はそっと、ケロイドの残る左腕をTシャツの上から擦った。「これからは、息子の為に生きようと思う。だから、お前ぇにも助けてくれねぇか?」「はい、喜んで。」千尋がそう言って微笑むと、歳三は照れ臭そうな顔をした。「陸君の様子はどうですか?」「学校には元気で通ってるよ。友達も何人かできたようだしな。」「そうですか、それは良かったですね。」店員が歳三と千尋が注文した料理を運んできた。「久しぶりに食う肉は美味いなぁ。」「ええ、そうですね。それよりも陸君、戻って来ませんね。」陸はトイレに行くと席を離れたきり、戻ってこなかった。「少し様子を見て来ます。」「済まねぇな。」 千尋が陸を探しに男子トイレへと入ると、そこに陸の姿はなかった。陸の携帯に掛けると、店の裏口から着信音が鳴った。「陸君?」「千尋さん!」千尋が裏口のドアを開けると、陸が怯えた顔をして彼に抱きついた。「あ~あ、いい所を邪魔されたよ。」裏口には、いかにも柄が悪そうな高校生たちがヘラヘラと笑いながら二人を見ていた。「あなた達、陸君に何をしたんですか?」「ただお金頂戴って言っただけ。あ、あんたでもいいから金くれよ。」「お断りします。それ以上近づいたら警察呼びますよ!」「へぇ~、やってみせろよ!」彼らの中でリーダー格と思しき体格のいい高校生が一人千尋の前に出て来た。「さっさと金寄越せよ!」高校生が千尋の胸倉を掴んで殴って来たが、彼は怯まず高校生の向う脛(ずね)を勢いよく蹴り上げた。「誰か来て下さい、強盗です!」裏口から店員が駆けつけてきて、ほどなくして高校生達は警察に連行された。にほんブログ村
2013年03月30日
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「ねぇ千尋ちゃん、この病院今月末で閉鎖されるんだってさ。」「そうですか。火事があってから、色々とありましたものね。」「そうだねぇ。まぁ、こんな病院潰れてもいいんだけど。もう再就職先も決まってるし。」 昼休み、千尋が総司とカフェテリアで昼食を取っていると、総司はそう言いながら石焼ビビンバをスプーンで弄った。「再就職先は何処なんですか?」「隅田川の近くにある病院。あそこの院長は変態趣味がない人だから、安心して働けるね。千尋ちゃんは?」「同じ病院です。また、宜しくお願いしますね。」「こちらこそ。あ、携帯鳴ってるよ。」「失礼します。」千尋が携帯を胸ポケットから出すと、液晶画面には“土方”と表示されていた。「あっれぇ、いつの間に土方さんのケー番ゲットしたの?隅に置けないなぁ。」「もしもし、土方さん?」『あの、岡崎千尋さんですか?』耳元から聞こえてきたのは、歳三の息子・陸の声だった。「どうしたの、陸君?」『あの、お父さんの様子が変なんです。今日はお仕事休んで、朝から寝てばかりで・・身体を掻いて辛そうなんです。』「そう。じゃぁ住所教えて?後でお家に行くからね。」『わかりました。』千尋はサンドイッチを食べながら、歳三の事ばかり考えていた。「千尋ちゃん、落ちたよ。」「あ、すいません・・」「今日は何かおかしいね、千尋ちゃん。もしかして、土方さんのこと考えてたの?」「沖田先輩・・」総司に図星を指され、千尋は顔を赤くした。「ふぅん、やっぱりね。土方さんの事好きなんだねぇ。」「そ、そんなつもりじゃ・・」「素直になりなよ、千尋ちゃん。“忍ぶれど、色に出にけり我が恋は”って昔の人も歌っているじゃない。土方さんのことが好きなら、ちゃんと自分の想いを相手にぶつけた方がいいよ。」「はい・・」 その後、千尋は陸から聞いた住所を頼りに、歳三達が住んでいるアパートを訪ねた。「陸君、居る?」「岡崎さん、すいません。お仕事忙しいのに来て下さって。お茶の用意もできなくて・・」「いいんだよ。それよりもお父さんは?」「奥で寝ています。」 千尋が奥の和室に入ると、そこには歳三が布団の中で横になっていた。「なんだ、どうしてここに来た?」「陸君から電話を貰いまして・・それよりも、どうなさったんですか?身体を掻いていて辛そうだと聞いたものですから。」「ああ、今朝起きたら蕁麻疹(じんましん)がこんなに出ちまって。塗り薬を塗っても良くならなくてな。」「病院には行かれましたか?」「今、うちにはそんな余裕はねぇ。家賃と陸の学費を稼ぐだけでも精一杯なんだ。」「駄目ですよ。無理をしたら倒れてしまいます。すぐに病院に行きましょう!」「・・わかったよ。」半ば強引に千尋に病院に連れて行かれた歳三は、そこでストレスから来る急性蕁麻疹であることを告げられた。「余り無理されないように気をつけてください。喘息の発作が度々起きているのも、ストレスが原因でしょう。」「わかりました、肝に銘じます。」歳三は溜息を吐き、千尋と共に病院をあとにした。「済まねぇなぁ。」「いいえ。それよりも土方さん、ちゃんと病院行ってくださいね。」「わかってるよ、うるせぇな。」千尋に憎まれ口を叩きながらも、歳三は彼の事が気になりはじめていた。 清掃員の仕事にも漸く慣れてきた頃、陸が塾に通いたいと言いだした。「お父さん、僕塾に行きたいけど、お父さんがまた入院でもしたら・・」「心配すんなって。俺が働いてお前ぇには決して苦労させねぇから。」陸の塾代を稼ぐため、歳三は弁当屋でバイトを始めた。独身時代、食費を節約するために自炊した経験があった為、弁当屋の仕事は苦ではなかった。「土方さん、もうあがっていいよ。」「わかりました。お疲れ様です。」エプロンを外した歳三が従業員用出入り口から外へと出ると、東弁護士が彼を待っていた。「またあんたか。」「土方さん、今日こそいい返事を聞かせて貰いますよ。」「何度あんたが来ても、俺の答えは変わらねぇ。陸の親権を俺に譲るっていうことで、決着はついた筈だろう?」「ええ、そうなんですよ。ですが、わたしの父が納得いかないようなので、一度父に会っていただきませんか?」「お断りだ。さてと、もう行くぜ。」歳三は東弁護士に背を向けると、自転車に跨りアパートへと向かった。「ただいま。」「お帰りなさい、お父さん。岡崎さんが来てくれたよ。」 玄関先に見慣れない靴を見かけた歳三が部屋の中に入ると、キッチンから良い匂いがしてきた。「すいません、お邪魔しております。」「いや・・それよりも悪いな、昼飯を作りに来てくれて。」「いいえ。土方さん、体調の方はどうですか?」「少しは良くなった。ちょっと奥で横になるわ。」歳三はそう言うと照れ臭そうな笑みを浮かべ、和室へと入っていった。にほんブログ村
2013年03月28日
「何でしょうか?」「トイレの床が汚れてるぞ。もっと丁寧に磨けよ!」男は歳三に対して横柄な口調でそう言うと、トイレから出て行った。(なんだ、偉そうに!)一瞬男を殴ろうかと思った歳三だったが、仕事を失くしたら路頭に迷ってしまう。「土方さん、あんた今朝、言いかがりをつけられたんだって?」「篠塚さん・・」 昼休み、篠塚に誘われて近所の蕎麦屋で昼食を取った歳三は、蕎麦を食べながら思わず彼を見た。「いつ知ったんだって顔してるな。まぁこの仕事やってりゃぁ、嫌な事ばっかりあるさ。けどよぉ、生活の為なら我慢しないといけねぇことは沢山ある。お前ぇだって息子の為に我慢したんだろ?」「ええ。俺ぁ息子とは長い間会ってなかったんですよ。別れた女房に任せっきりで、父親らしいことをひとつもしてねぇんです。それでもあいつはぁ俺のこと慕ってくれるんですよ。」歳三はそう言いながら、煙草を吸った。「まぁ、頑張れよ。」「はい・・」篠塚に励まされ、歳三は陸の為にも頑張ろうと思いながら、蕎麦屋から出て行った。 はじめはキツかっただけの仕事だったが、身体が慣れて来ると徐々に要領よく仕事ができるようになった。「土方さん、はいこれ。余ったからあげるわね。」「すいません。」職場の同僚とも仲良くなり、おばさん達からは時々菓子のお裾わけを貰ったりしていた。「ねぇ土方さん、もうすぐ息子さん中学の入学式なんですって?」「ええ。公立でも、制服と体操服代が高くて・・これからどうしようかと思いましてね。」同僚の江藤さんと歳三が話していると、事務所のドアが開き、篠塚と社長の江田が入って来た。「土方さん、ちょっと。」「はい、何でしょうか?」「実はねぇ、この前取引先から苦情が来たんだよ。何でも君が、社員に対して生意気な態度を取ったとかで・・」江田の言葉を聞きながら、歳三の脳裏には数日前男子トイレで言いかがりをつけてきたブランドスーツ男の顔が浮かんだ。「土方さんはきちんと仕事してますし、社員の方に対しても礼儀正しいですよ。一体どういう苦情なんですか?」「それがだねぇ・・君が、臭いと。」「社長さん、俺ぁ毎日風呂入ってますがね。それに身だしなみには気ぃ使ってるんですが。」「とにかく、一緒に来てくれないか?」「わかりました。」 数分後、社長と共に取引先へと向かうと、そこにはあのブランドスーツ男が待っていた。「初めまして、海外事業部主任の蔵内です。本日はお忙しい中来ていただきありがとうございます。」「いえいえ、こちらこそ・・それよりも、うちの社員に言いたい事があるとかで・・」江田はそう言いながらブランドスーツ男を見ると、彼は眼鏡のフレームを調整すると歳三を見た。「実はですね、お宅の社員が煙草を吸っているのを見たという報告を受けたんですよ。」「うちの社員には、煙草は休憩時間内にと言い聞かせてますよ。」「そうですか・・どうやらこちらの勘違いのようだったようですね。では、お帰り下さい。」「は、はぁ・・」 歳三達は若干戸惑いながらも、蔵内のオフィスを後にした。「社長、すいません。俺の所為で・・」「謝るなよ、歳。誰だって間違いはあるもんだよ。さてと、気を取り直して仕事頑張ろうか!」江田はそう言うと、歳三の肩を叩いた。「ただいま。」「お父さん、お帰りなさい。」その日の夜、歳三が疲れた身体を引き摺りながらホテルへと戻ると、陸が読んでいた本から顔を上げ、彼に駆け寄ってきた。「お仕事、どうだった?」「今日も忙しかったぜ。それよりも陸、ちゃんと風呂入ったか?」「うん。ねぇお父さん、入学式には来てくれるよね?」「ああ、勿論だ。」 数日後、歳三はスーツを着て中学の入学式に出席した。「良く似合ってるぞ、陸。」「そうかなぁ?だってブカブカじゃん。」「すぐにデカくなるから、心配すんな。それよりも、勉強頑張れよ。」「わかった。」陸が中学生となり、ホテル暮らしは何かと金がかかるので、歳三は休みの日を利用して不動産屋を回り、二人で暮らせるアパートを探していた。「陸、気に入ったか?」「うん!」苦労した末に歳三が見つけたのは、隅田川沿いのアパートだった。近くに安い銭湯があり、風呂がなくても気にしなかった。「お父さん、これからずっと二人で暮らせるね。」「ああ。お前の弁当、毎日作ってやるからよ。」「そんな、無理しなくてもいいよ。お仕事で疲れてるのに。」「コンビニ弁当はもう飽きただろ?」銭湯の脱衣所で服を脱ぎながら歳三が陸と話していると、誰かに肩を叩かれた。「久しぶりだね、土方さん。」「誰かと思ったら東さんじゃねぇか?こんな所でのんびりしてる暇はねぇんじゃねのか?」「その事で、君と話がある。」東弁護士はそう言って歳三を見た。にほんブログ村
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「じゃぁ陸、元気でね。」「うん・・」 数日後、歳三と陸は理紗子に見送られながら、東京へと戻って行った。「お父さん、これからは一緒に暮らせるんだよね?」「ああ、そうだ。一緒に暮らせるんだ。」「やったぁ!」東京へと向かう特急電車の中で陸が歓声を上げると、周囲の客が訝しげな視線を彼に送った。「静かにしろよ。」「うん、わかった。ねぇお父さん、あの看護師さんと住むの?」「いいや、出来るだけ仕事を早く見つけて、二人で住む部屋を決めようと思ってるんだが・・」 陸と暮らす為には、早く仕事を見つけて彼と二人で住める部屋を見つけなければならないが、この不景気の中、そう簡単に仕事が見つかる筈もないことくらい、歳三もわかっていた。(まぁ、何とかなるさ。)そう思った歳三だったが、現実はそう甘くはない事を、すぐに思い知らされることとなった。「すいません、そちらに数日前履歴書を送った土方と申しますけど・・」『すいません、うちは人手が足りておりまして・・』 仮住まいである安いビジネスホテルの一室で、求人広告を膝の上に置きながら歳三は携帯で履歴書を送った会社に連絡をすると、案の定断りの返事が先方から来た。「そうですか・・では、失礼致します。」(これで、20社目か・・)また赤ペンで求人広告の上にバツ印をつけながら、歳三は溜息を吐いた。 予想はしていたものの、超氷河期といわれるほどの就職難に陥っている大学生達ですら正社員となるのも難しいというのに、32歳となる歳三を何処も雇ってくれる会社などなかった。何度か心が折れそうになるものの、中学に入学する息子に対して何かをしてやりたい一心で、歳三は朝から晩まで就職活動に精を出した。 しかし、履歴書を郵送するも、目星をつけていた会社から全て送り返されてしまう始末で、なかなか面接にはこぎつけないでいた。「お父さん、大丈夫?」「陸、ごめんな。」 その夜、コンビニで買ってきたおにぎりという質素な夕食を親子二人で食べながら、歳三は己の情けなさと陸への申し訳なさで彼に謝った。「僕なら大丈夫だよ。それよりもお父さんの方が心配だよ。最近、寝ていないんでしょう?」「ああ・・忙しくてな。」「僕、一旦山梨の方に帰ろうか?東さんと一緒に住むのは嫌だけど・・」「俺の所為でお前ぇがもう我慢するこたぁねぇんだ。もうこれ食ったら歯磨いて寝ろよ。」「うん、わかった・・」(情けねぇな、俺は。)己の不甲斐なさを嘆きながら、歳三は陸が寝た後も目を皿のようにして求人広告を見つめていた。『もしもし、嵯峨野(さがの)クリーニングサービスですが・・』「お忙しい所、申し訳ございません。そちらの求人広告を見てお電話いたしました、土方と申しますが・・」『ああ、土方さんですね?一度面接を行いたいので、履歴書を持参して本社の方まで来て下さい。』「はい、是非伺わせていただきます。はい・・では、宜しくお願い致します。」仕事が漸く決まったのは、ビジネスホテル暮らしがもうすぐ一週間目を迎える頃だった。 嵯峨野クリーニングサービスは、主にオフィスの清掃などを行う清掃会社で、会社を定年退職し再就職した中高年世代の社員が大半を占めていた。「土方さん、若いのに何でうちに来たんだい?あんたほどの年なら、引く手あまただろう?」制服に着替え、仕事へと向かうバンの中で、篠塚という古参の社員が話しかけてきた。「近頃は不景気でね・・何の資格もない俺を雇う会社なんか何処にもありゃしませんよ。」「最近はどこも厳しいからねぇ。リーマンなんちゃらショックみたいのが起きて、今行こうとしてる会社だってひぃひぃ言ってんだと。俺らの時とは時代が違うねぇ。」篠塚はしみじみとした様子でそう呟くと、歳三に缶コーヒーを差し出した。「今日は冷えるから、これ飲んで温っまりな。」「ありがとうございます。」「わからねぇことがあったら俺に聞けよ。」 数分後、バンはある大手商社の前に到着し、後部座席に積んである掃除道具を下ろした歳三達は、エントランスへと入っていった。「今はまだ人は多くねぇけど、昼を過ぎたらここの社員の邪魔にならねぇようにするんだぜ、いいな?」「わかりました。」「そいじゃぁまず、電球の交換といくか。俺についてきな。」篠塚は重い脚立をひょいと肩に掛けると、非常階段を上っていった。「エレベーターは使わないんですか?」「使いてぇのは山々だが、ここの社員様は俺らがエレベーター使ってるのを見ると、嫌そうな顔をするんだよ。あんたも最初は戸惑うと思うが、次第に慣れてくるさ。」篠塚の言葉に一瞬首を傾げそうになった歳三だったが、慌てて彼の後を追った。 男子トイレの電球を交換し終え、歳三が額の汗を首にかけていたタオルで拭っていると、仕立ての良いイタリアンブランドのスーツを着た男が入って来た。「失礼します。」「おい、待てよ。」トイレから歳三が出ようとした時、男が不意に彼の左肩を掴んできた。にほんブログ村
2013年03月26日
「話って何だ?」「陸の親権についてよ。今日の事で色々と考えたんだけど・・あなたに親権を譲ってもいいと思ったの。」今まで自分に対して憎悪をぶつけていた理紗子が突然そんな事を言ったので、歳三は虚を突かれて思わず彼女を見た。すると彼女は、突然笑い出した。「おい、理紗子・・」気が触れてしまったのかと思った歳三が彼女の肩に触れようとした時、彼女は俯いていた顔を上げた。 彼女は、泣いていた。「ごめんなさい、何だか感情のコントロールが出来ないみたい・・ホルモンの所為かしら。」「ホルモン?」歳三が怪訝そうな表情を浮かべているのを横目で理紗子は見ながら、次の言葉を継いだ。「さっきあなたには言っていなかったけど・・わたし、妊娠しているの。」「それは、確かなのか?」「ええ。体調が優れないことがあって、一度病院に行ったのよ。そしたらもう3ヶ月に入ったところだって言われたわ。」「産むのか?」「ええ。東さんにもそうしてくれって言われた。またわたしは順序を逆にしてしまったけれど、両親はわたし達を祝福してくれているわ。」理紗子が言わんとする事が、歳三は次第に解ったような気がした。 彼女は東弁護士と再婚し、彼との間の子で家族になろうとしているのだ。その為には、前夫との子である陸が邪魔なので、自分に厄介払いしようとしているのだ。「そうか。お前ぇらにとっちゃ、陸は邪魔者ってわけか?まぁいい、あの東って野郎は、陸に辛く当たってるようだし・・血が繋がらない親子の間で揉めるより、実の父親と暮らした方がマシってもんだろう。」「誤解しないでちょうだい、あなた。わたしはもうこれ以上、陸を傷つけたくないの。だから、わたしは敢えて憎まれ役を買うのよ。」「それでお前ぇは納得できるってのか?言っておくがな、陸にとって母親はお前ぇひとりだ。それを忘れるなよ。」歳三はそう言うと、理紗子の部屋から出て行った。「お父さん、どうしたの?」「あ、何でもねぇよ。それよりもまだ起きていやがったのか?先に寝ろって言ったろう?」「だって、寝たらお父さんがまたどっか行っちゃうもん。」 歳三が陸の部屋に入ると、彼は正座して歳三が入って来るのを待っていた。「馬~鹿、俺はもうどこかへ行ったりはしねぇから安心しろ。」「本当!?」陸の顔がパァッと輝いたのを見て、歳三はこの子に今まで辛い思いをさせてしまったのだと気づいた。 ふと過去を振り返れば、スター騎手としての栄光と名声に固執し、稼いだ金を家には一銭も入れず、毎夜銀座で派手に遊んでは浮名を流し、家庭を顧みることはなかった。それが、あの火事を境に変わったのだ。誰も見舞いに来ない特別室のベッドの上で、歳三は毎日死を渇望していた。かつての栄光は地に堕ち、唯一無二の親友は鬼籍に入ってしまった。絶望という名の断崖絶壁に追いやられ、毎日神経をすり減らしながらその淵を歩く日々に限界が来ていたのだ。 だが千尋と会って、何かが変わった。この世に大切なものーそれは地位でも名誉でもなく、家族であるということに歳三は漸く気づいたのである。「お父さん、おやすみ。」「ああ、おやすみ・・」息子の頭を撫でながら、歳三も深い眠りについた。にほんブログ村
「お父さん、僕・・」「馬鹿野郎、親に心配かけさせんじゃねぇよ!」歳三はそう言うと、陸の頬を殴った。「ごめんなさい、僕、僕・・」「お前が無事でよかった。もし死んでたらどうなるかと・・」歳三は陸をしっかりと抱き締めた。「心配かけてごめんなさい。」 川岸では、千尋が陸のテディベアを抱えて二人を待っていた。「これ、水に濡れただけだから大丈夫だよ。」「ありがとう。心配掛けてごめんなさい。」「いいんだよ。家に帰るぞ。」歳三がそう言って陸の手を引こうとすると、彼はその場に根が生えたかのように動こうとはしなかった。「どうしたんだ?」「帰りたくない・・お父さんと一緒に東京で暮らしたい。」「俺はお前とは暮らせねぇんだ。お前を引き取って育てたいけど、それができねぇのは・・」「お父さんは僕の事、嫌いになったの?僕、お父さんの事が大好きなのに!」「陸・・」歳三が息子を見ると、彼は涙で顔をグシャグシャにしていた。「新しいパパなんて要らない、お父さんだけでいい!」彼の言葉を聞いて初めて、歳三は自分の愚かさを恥じた。現実から目を逸らし続け、死を望んでいた自分に。「陸、無事だったのね!」 高岡邸へと戻った三人がリビングに入って来るのを見た理紗子は、陸を見るなり嬉しそうに彼を抱き締めた。「全く困った子だよ、問題ばかり起こして。」「お義父さん、心配なさることはありません。今から僕が厳しく躾けますから。陸君、おいで。」理紗子の父・政男と話していた東弁護士は、そう言って陸の方へと歩いて逝ったが、彼は歳三の背に隠れてしまった。「陸、どうした?」歳三は訳がわからず、陸を前に行かせようとしたが、彼は必死に歳三のシャツの裾を握って離さなかった。「あなたが、歳三さんですね?理紗子さん達からお話は聞いてますよ。何でも、陸君を引き取って育てたいとか・・」「あんたか、高岡家の顧問弁護士ってのは。あんたにも言っておくが、陸は俺が育てる。」「無収入の身で、どうやって陸君を育てるというのですか?第一、あなたは理紗子さんを妊娠させて責任を取ったものの、父親としての義務は果たしていらっしゃらない。それなのに12年ぶりに会った息子を返せとおっしゃる・・そんな自分勝手な言い分がまかり通るとでも思っていらっしゃるんですか?」「あんた、理紗子と再婚するそうだな?」「ええ。わたしは無責任なあなたとは違って、理紗子さんや陸君を幸せにする自信がありますよ。現に、陸君はわたしによく懐いていますし・・」「嫌だ、この人は僕のお父さんなんかじゃない!」陸はそう叫ぶと、東弁護士を睨みつけた。「突然何を言いだすの、陸!あなた、東さんによく勉強を見て貰ったじゃないの。東さんのお蔭で、あなたはイギリスに留学できるのよ!何が不満なの!?」理紗子は陸を睨み付けると、彼は歳三に抱きついた。「陸、どうしたんだ?」「あの人怖いよ、お父さん。僕の事、殴ったりするんだ。」「まぁ、嘘はいけませんよ。さ、お勉強の時間だからお部屋に戻っていなさい。」京子が陸を歳三から引き離そうとすると、彼は泣き叫んだ。「僕もうここには居たくない、東京でお父さんと暮らす!」「陸、駄目よ!わがままは許さないわよ!」「やめろ、陸が怖がってるだろ!」歳三は泣き叫ぶ陸を落ち着かせようと、彼の背中を擦った。 数分後、歳三と千尋が帰ろうとした時、陸がテディベアを抱いて玄関先にやって来た。「お父さん、泊まらないの?」「ごめんな陸、まだ病院に居なきゃいけないんだ。また会えるから。」「嫌だ、泊まっていってよ!あの人と一緒に寝たくないんだよ!」「泊まっていってはいかがです?病院の方からはわたしが連絡しますから。」「済まねぇな。」「お父さん、一緒にお風呂入ろう!」「ああ、わかったよ。そんなに手ぇ引っ張んなって。」脱衣所で服を脱いだ歳三は、左半身に醜く残るケロイドを鏡で見た。かつては透けるように白かった肌は、今や赤くひきつれてまるで別の生き物がそこに居るかのようだった。(これが、今の俺か・・)「お父さん、痛くない?」「痛くねぇよ。それよりも陸、熱はねぇか?」「うん、大丈夫。」陸と湯船に浸かりながら、こうして彼と風呂に入ったのは何年ぶりだろうかと思った。「なぁ陸、本当に俺と暮らしたいか?」「うん。」「なぁ、どうして川に入ったんだ?テディベアなら俺が新しいの買ってやるよ。」「だってあのテディベア、お父さんが僕の誕生日に買ってきてくれたやつだもん。お父さん、忘れたの?」「ああ、そうだったな・・」騎手としてそこそこ売れ始めた頃、陸の3歳の誕生日に奮発してデパートのおもちゃ売り場であのテディベアを買ったのだった。「陸、お前には色々と寂しい思いをさせたな。済まなかったな。」「お父さん・・」今にして思えば、自分は良い父親ではなかった。だが、これからは陸の幸せを一番に考える父親になろうーそう思いながら歳三は我が子を抱き締めた。「あなた、お話があります。」「ああ・・」 陸の部屋へと向かおうとした歳三は、理紗子に呼び留められ、彼女の部屋へと入っていった。にほんブログ村
2013年03月23日
「あらあなた、久しぶりね。この人も連れてきたのね。」山梨県甲府市の市街地から少し離れた高台の一等地に、理紗子の実家はあった。 この近辺を管理している地主とあってか、荘厳な武家屋敷の門の中から、理紗子が出て来た。この前病院で見かけたような狂乱振りはどこへやら、シフォンのツーピースを着た彼女は、ジロリと歳三の隣に立っている千尋を睨んだ。「陸が何処かへ行きそうな場所は知らねぇか?」「さぁ。あの子ったらまた拗ねているのよ。あなたと会えなくなるから。」「会えなくなるって、どういう事だ?」「わたしね、東さんと再婚しようと思ってるのよ。彼、ロンドンに来年移住する事になったの。それで、親子三人渡英しようと思ってね。」理紗子は人を馬鹿にしたような笑みを歳三に浮かべると、そう言って笑った。「陸には、その事を話したのか?」「ええ。もうあなたのことを忘れろって言ったわ。もうあの人とは赤の他人なんだからって。」「お前ぇ、それでも母親か!?」「何よ、わたしを責めるよりも自分が陸の父親としての義務を果たしていなかった癖に!」「表が騒がしいと思ったら、あなただったのねぇ、歳三さん。」門の中から和服姿の理紗子の母・京子が出て来て、歳三を睨みつけた。「陸の親権のことなら、何も話し合う事はありませんよ。あの子は高岡家の跡取りです。あなたみたいなろくでなしの父親なんて、あの子には必要ないのよ。おわかりかしら?」京子からあからさまな悪意を投げつけられ、歳三は歯噛みするしかなかった。「あなた、岡崎さんとおっしゃったかしら?土方の事を好いているの?」「わたしは・・」「理紗子、お前が何と言おうと陸は俺が育てる。」「馬鹿なことを言うものじゃありませんよ! 陸はわたし達が育てます!」「俺が貧乏人だから、息子を育てられないとでもおっしゃりたいんですか?」そう言った歳三の目は、怒りに滾っていた。「あなたみたいな碌でもない男に娘は騙されて、孕まされたんですよ!それだけでも屈辱なの! だからせめて、陸だけは立派な人間にしようとしているんです!」「陸君は、お父さんと暮らしたいとおっしゃっています。」千尋の言葉を聞き、京子と理紗子の顔が怒りで赤く染まった。「本当にあの子がそう言ったの?あなたがけしかけたんじゃないの?」「いいえ、違います。陸君は自分の所為で二人が離婚したのだと思い込んでいます。その上、大好きなお父様と二度と会えないとわかったら、ショックを受けるに決まっています。」千尋はそう言うと、三人に背を向けて走り出した。「おい、何処行くんだ!」「陸君を探しに行きます!まだ遠くには行っていない筈です!」「俺も探す!」 歳三と千尋が高岡邸の周辺を探している頃、陸は町外れの川辺でテディベアを抱えて座っていた。“どうしてお前は出来ないんだ!”脳裏に浮かんでくるのは、自分を孫の手で叩く東弁護士の顔だった。彼が母と再婚すると聞いて、陸は目の前が突然真っ暗になった。あんな怖い人を“お父さん”と呼びたくない。陸にとって父親は、この世でたった一人だ。「あっれぇ、陸じゃん。こんな所で何してんの?」頭上から突然声が聞こえて陸が俯いていた顔を上げると、そこにはいつも自分をいじめているクラスメイトが自転車に跨っていた。「お前、何持ってんだよ。」「やめろよ、離せ!」「いい年してぬいぐるみかよ、キモ~!」「返せ、返せよ!」いじめっ子達からテディベアを取り上げられ、陸は必死に取り戻そうとしたが、無駄だった。「うるせぇな、返してやるよ!」リーダー格の少年が、そう言ってテディベアを川の中へと放り込んだ。「なぁ、あれはヤバいんじゃねぇの?」「別にいいじゃん。こいつもうじき居なくなんだし。それにぃ、こいつが居なくても誰も困らないじゃん。」「それ言えてる~」いじめっ子達の言葉に、陸はゆっくりと川の中へと入っていった。「ったく、陸の奴何処に行きやがった。」「まだ遠くには行っていない筈・・」千尋が橋を渡ろうとした時、欄干の隙間から何かが動いていることに気づいた。「どうした?」「あそこ、何か動いているような気が・・」歳三が橋から身を乗り出して下流を見ると、陸が冷たい川の中へと入っていくのが見えた。「陸、やめろ!」流されそうになっているテディベアを拾おうとした陸は、誰かが自分を呼んでいる声が聞こえて振り向いた。 すると、そこにはスーツ姿で川に入って来る父親の姿があった。(お父さん、どうして・・)陸が呆然とそこに突っ立っていると、歳三は激しい水音を立てながら自分の方へと近づいて来た。にほんブログ村
「陸君、どうしてここに? ママは一緒じゃないの?」「お父さん、お父さん!」千尋の問いには答えず、陸は一心不乱に集中治療室のガラスを平手で叩いていた。「お父さん、ねぇ起きてよ!」「陸君、お父さんは今お薬を飲んだから眠っているだけなんだよ。そんなにガラスを叩いたらお父さんが起きちゃうから、あっちに行こうね。」「やだぁ、お父さんと話すんだあ~!」千尋が陸をなだめようとすると、彼は半泣きになりながらガラスを叩いた。「ね、もう行こう?」「僕が行ったら、お父さん死んじゃう!」陸は頑として、集中治療室の前から離れようとはしなかった。ふと周りを見ると、看護師や患者が迷惑そうな視線を彼に送っていた。「お父さんは死なないから、お兄さんと一緒にジュースでも飲もう?」「本当に、死なないの?」「死なないよ。」千尋が差し出した手を、陸は握ってきた。 数分後、病院内にある食堂で、二人は遅めの昼食を取ることにした。「陸君は何食べたい?」「僕、オムライス!」「そう。」食券を買った千尋が陸と手を繋ぎながら食堂に入ると、そこには仕立ての良いスーツを着た男が彼らに気づいて近づいて来た。「岡崎千尋さん、ですね?」「ええ、そうですが・・あなたは?」「申し遅れました、わたくしはこういう者です。」男は千尋に一枚の名刺を取り出した。“弁護士 東恭介”と、そこには流麗な文字で書かれていた。「弁護士さんが、一体何の用ですか?」「あなたに、お話があります。陸君の親権について。」「陸君の親権は、奥様が取られたと伺っておりますが?」千尋がそう言った時、陸が千尋の背中へと隠れた。「陸君、久しぶりだね。」東弁護士は笑顔を浮かべながら陸に近づこうとしたが、彼は千尋の腰にしがみついて俯いたままだった。「ここでは人目があります。」「では、後日改めて伺います。それでは。」東弁護士はそう言うと、食堂から出て行った。「あのおじさん、嫌い。」「東さんのこと?何か陸君に、ひどい事でもしたのかな?」「僕、お父さんと暮らしたかったのに、あの人がお父さんが貧乏だから僕を引き取れないって言ったんだ。お祖父ちゃんも僕がお父さんと暮らしたら、碌な人間になれないって・・みんなお父さんの悪口ばっかり言ってる。」スプーンを握り締めている陸の手が、小刻みが震えていた。 歳三と彼の妻との間で、陸の親権について激しく揉めたと総司は言っていたが、実際は想像できぬほど陸は両親との間で板挟みとなって苦しんでいたのだろう。「陸君は、どうしたいの?」「仲直りして欲しい。3人で一緒に暮らしたいよ。ねぇ、僕が居るから、二人は仲直り出来ないの?」「えっ・・」「昨日お母さんとお祖母ちゃんが喧嘩してるの、聞こえたんだ。お祖母ちゃんは、“あんたが妊娠していなければあんな男とは結婚させなかった”って言ってたの、聞いちゃったんだ・・僕の所為で、二人が喧嘩してるんだよね?」自分の存在を否定されることは、子どもにとって一番つらい事だ。「お父さんね、陸君が居るから死ねないって言ったんだよ。今は無理だけど、お父さんに会おうか?」「いいの?」歳三達夫婦の間に何があったのかは知らないが、陸が父親の事を大好きなのはわかる。 だからこそ、千尋は歳三と陸を会わせたかった。「陸、来てたのか?」歳三と陸が会えたのは、彼が一般病棟に移ってからーあの火災から数日後のことだった。「陸、お前塾はいいのか?」「行きたくないもん。ねぇお父さん、僕お母さんと暮らさないと駄目?」「陸は俺と暮らしたいのはわかるんだけどな、お母さんには陸しか居ないんだ。わかるよな?」「わかんないよ、そんなの。お父さんと一緒に暮らしたいんだもん!」陸は癇癪(かんしゃく)を起こし、歳三に抱きついた。「済まねぇな、お前にこんなこと・・」「いえ。それよりも、一体どうして・・」「離婚したかって聞いたいんだろ?少し長い話になるだろうが・・」病院から外泊許可を貰った歳三が、電車で千尋と共に歳三の妻・理紗子の実家へと向かう途中に、理紗子との馴れ初めを話し始めた。「あいつとは、俺がまだ下っ端選手の頃に知り合ってな。あいつは旧家のお嬢様で、向こうの両親は身分違いだ何だのってそりゃぁ交際に反対されたさ。けど、理紗子の腹ん中に陸が居るって判った時、正直逃げちまおうかと思ったぜ。」歳三は貧乏ゆすりをしながら、溜息を吐いた。「けど、あいつは産みたがってた。子どもが出来たからって向こうの親は許しちゃくれなかったさ。それどころか、“子どもが女なら孫とは認めん”とか抜かしやがったんだ。あいつの実家は古臭い考えがあってな・・」歳三は滔々と、理紗子の両親との確執を話し始めた。「それで、土方さんはどうしたいんですか?このままだと、陸君を更に傷つけることになりますよ。」「俺は、出来る事なら陸を引き取りたいと思ってるさ。だが・・」歳三がそう言った時、スーツの上着に入れていたスマートフォンが鳴った。「もしもし、俺だ。何だって、陸が居なくなった!?」「一体どうされたんですか?」「陸が居なくなった。家政婦が目を離した隙に、裏庭から出て行ったらしい。」「そんな・・」陸の身を案じた二人を乗せた電車は、理紗子の実家がある駅へと着いた。にほんブログ村
2013年03月20日
『緊急車両が通ります、道を空けてください。』歳三と千尋達を乗せた救急車は、本来ならば10分足らずで着く筈の市民病院へと向かっていた。だがこの日、付近の交差点で通り魔事件が起き、彼らの行く手を警察車両や事件を報道するマスコミ車両によって阻まれ、道路は大渋滞を起こしていた。「心拍が下がり続けています!このままでは・・」千尋は焦燥感に駆られながらも、苦しそうに息をする歳三の手を握った。その時、彼は口を動かして何かを言おうとした。「土方さん?」「どうしたの、千尋ちゃん?」“まだ、死にたくない。”歳三は、意志の強い瞳で千尋を見ると、手を握り返してきた。「すいません、ちょっと失礼します。」「千尋ちゃん、何処行くの!?」救急車から出た千尋は、一目散に事件現場である交差点へと向かった。そこには、マスコミ車両が陣取り、カメラの前でリポーターが事件を報道していた。「すいません、ちょっといいですか?」「あの、今これ生放送中なので・・」「今重症患者を運んでいるんです。あなた方が事件を報道している間にも、彼は危険な状態に晒されてます。お願いですから、道を空けてくださいませんか?」「そ、それは・・」リポーターは困惑したように、カメラマンの背後に立っているディレクターらしき男を見た。「重症患者というのは、どの程度のものですか?」「詳しくは申し上げられませんが、10分以内に病院に到着しなければ彼は死にます。どうか道を空けてください、お願いします!」千尋は歳三の命を助けたいが為に、恥も外聞も捨てその場に土下座した。「わかりました、今移動します。」「ありがとうございます!」 マスコミ車両が迅速に移動してくれたお蔭で、10分以内に歳三を病院に搬送する事ができ、彼は一命を取り留めた。「千尋ちゃん、良くやったね。」「もう、土方さんを助けたいが為に必死で・・」「君のお蔭だよ、千尋ちゃん。土方さんはもうすぐ目を覚ますから、会って来たら?」 総司に言われて千尋が歳三の元を訪れると、彼はゆっくりと目を開き、紫紺の瞳で千尋を見た。その目にはいつものような翳のある暗いものではなく、何処か温かいものが宿っているように見えた。歳三は酸素マスクを付けたまま、口をゆっくりと動かした。“ありがとう。” 看護専門学校時代、実習で何度か患者に感謝の言葉を贈られたが、歳三に感謝の言葉を贈られた千尋は、それまでの緊張感が弛んでしまった所為なのかその場で泣き出してしまった。感謝の言葉と比例して、実習中患者から罵倒されたこともあったし、反りが合わない同期生との関係に悩んだ時期があり、歯を食い縛って国家試験への勉強に励んだ。 その努力が、今報われたのだと思うと涙が止まらなくなってしまった。「お父さん、お父さん!」バタバタと慌ただしい足音が廊下の向こうから聞こえてきたかと思うと、歳三の息子・陸がランドセルを揺らしながら集中治療室の前へと駆けてくるところだった。にほんブログ村
「何か焦げくさくないですか?」「そうかなぁ?」 昼休み、総司が同僚達とカフェテリアで昼食を食べていると、突然サイレンが鳴り響いた。「三階の特別室が燃えてるぞ!」「早く外に避難しろ!」総司達病院スタッフは、入院患者達をすぐさま外に避難させた。「沖田先輩、土方さんが居ません!」「もしかして、まだ特別室に居るんじゃ・・」千尋と総司が特別室に入ると、そこには炎の中で蹲(うずくま)ったまま動かない歳三の姿があった。「土方さん、わかりますか?」「・・うるせぇな・・」千尋が歳三の身体を揺さ振ると、彼は低い声で呻いて目を開けた。「立てますか?」「俺はもうここで死ぬ。」「何を言ってるんですか!?」「もう、生きてたって仕方ねぇんだ・・俺みたいな人間は、死んだ方がいいに決まってる・・」歳三がそう言った瞬間、彼は千尋に頬を張られた。「馬鹿な事言わないでください!息子さんに会いたくないんですか!?」(陸・・)歳三の脳裡に、息子の笑顔が浮かんだ。もう二度と会う事もないだろうが、息子を残して死ねない。ふと周りを見ると、病室は炎に包まれ、今にも歳三と千尋に向かってきようとしている。「行きますよ、さぁ!」千尋に身体を支えて貰いながら、歳三は病室から脱出した。 一方、外では病院スタッフたちや入院患者達が炎に包まれていく病院を為すすべなく見守っていた。(遅いな、千尋ちゃん・・まさか、間に合わなかったとか・・)総司が最悪の事態を思った時、黒煙の中から二つの人影が見えた。それは千尋と、歳三だった。「千尋ちゃん、大丈夫なの?」「はい・・でも土方さんが、先程から苦しそうで・・」総司が歳三を見ると、彼は顔を青白くさせながら地面に倒れ込んでしまった。「土方さん、ちょっと失礼しますね。」彼は歳三の前に跪き、彼の口に熱傷があることに気づいた。「千尋ちゃん、今すぐ先生呼んで来て!」「沖田先輩、一体何が・・」「土方さんは気道熱傷を起こしているかもしれない。急がないと手遅れになるよ!」「はい!」千尋は医師を呼ぶ為、一目散に駆けだした。「気道を確保するから、患者を上へ向かせろ!」「はい!」医師が駆けつけた時には、歳三の顔は土気色になりつつあった。「近くの病院に搬送しろ!」「わかりました!」千尋達は歳三を、片道10分かかる病院へと搬送した。だが、彼らが予測できない事態が起こった。にほんブログ村
「肛門の裂傷が酷い。一ヶ月位入院した方がいいだろう。」「そうですか。」千尋が病室のベッドに横たわっていると、医師と総司が何かを話しているのが聞こえた。「じゃぁ、わたしはこれで。」「ありがとうございました。」医師との会話を終えた総司が、病室のカーテンを開けた。「千尋ちゃん、もう起きた?」「ええ・・すいません、沖田先輩。」「謝る事ないって。それよりも、あそこで一体何があったの?」「土方さんが吐血して意識不明に陥りまして・・心肺蘇生を行って血圧と脈拍が正常に戻ってきたので、簡単な処置をして特別室を出ようとした時に襲われて・・」そう言った千尋の顔には、歳三に殴られた時に出来たと思われる青痣が出来ていた。「千尋ちゃん、土方さんのことはどうするつもり?被害届は出す?」「出します。」「そうだよね。ちょっと面倒なことになるかもしれないけれど、泣き寝入りするよりはいいよね。」総司はそう言って笑った。 翌朝、総司が出勤すると、ナースステーションでは看護師達が何かを話していた。「どうしたんですか、先輩方?もうカンファレンスの時間ですよ?」「沖田君、ちょっと。」そう言って総司の前にやって来たのは、看護師の加賀美だった。「何でしょうか、加賀美先輩?こんな人気のない所に呼び出して。」総司が加賀美に呼び出されたのは、先月末に閉鎖された小児科のナースステーション前だった。「あなた、あの子に色々と焚きつけたそうね?」「焚きつけたなんて滅相もない。僕はただ、彼に泣き寝入りはするなと言っただけですよ?」「土方さんの状態、あなたにだってわかっているでしょう?怪我は治ったけれど、精神状態が不安定なのよ。今回の事で彼が自殺でもしたら・・」「したらどうだっていうんです?さっきから先輩、土方さんを擁護してばかりいますよね?もしかして、土方さんを“焚きつけた”のは先輩なんじゃないんですか?」「何を言うのよ!」加賀美の顔が怒りで赤く染まったのを見て、総司はにやりと笑った。「先輩、ボロを出してしまいましたね。僕が少しカマをかけただけで、そんなに怒るだなんて・・スパイには不向きですね。」「単刀直入に言うわ。あの子に被害届は出さないって言って。」「嫌ですよ。あ、もうカンファレンスに遅れそうなんで、もう行きますね。」総司はそう言うと、加賀美に背を向けた。「ごめんなさい、あの子に・・」「出てけ。もうお前ぇに用はねぇ。」「そんな・・次はもっと上手くやるから!」「出て行けって言ってるんだよ!」作戦が失敗することを加賀美が歳三に告げると、彼は激怒した。「ったく、使えねぇ女だな。」歳三はサイドテーブルから煙草とライターを取り出すと、一本の煙草を口に咥えそれに火をつけた。「次からはもっと上手くやらねぇとな・・」煙草の火を灰皿に押し付けて消そうとした時、喘息の発作に襲われた歳三は煙草を持ったままベッドから転げ落ちた。 その拍子に、まだ火がついていた煙草の火が、シーツに引火した。にほんブログ村
性的描写あり。苦手な方はご注意ください。「余計なことしやがって。」「土方・・さん?」怒りに満ちた紫紺の瞳で、自分を睨みつける歳三は、先程まで生死の境を彷徨っていたとは思えぬほどであった。「どうして余計なことをしてくれたんだ。やっと楽になれる筈だったのに。」「どうしてあなたは死にたいんですか?一体何を悩んで・・」「うるせぇ!」歳三は怒りの余り、千尋の首に両手を掛けた。「やめてください・・」千尋が暴れると、丈の短いナース服の裾が乱れ、下着があらわになった。「・・何だお前、男か。」頭上で歳三がそう言って笑う声がして、羞恥で千尋は顔を赤くした。「やめてください、離して!」「うるせぇ。」歳三は乱暴に千尋の下着を剥ぎ取ると、指に唾をつけて彼の菊門にそれを挿れた。「ひぃ!」「暴れるな。それよりも、締まりが良いなぁ。」歳三は指を千尋の中に入れたまま、激しくそれで中を掻きまわした。「いや、あぁ・・」はじめは嫌悪感と羞恥心で身を捩らせていた千尋だったが、執拗な歳三の愛撫に対し、徐々に妙な感覚が身体の奥底からせりあがって来ていることに気づいた。「さてと・・もう頃合いかな。」歳三はパジャマのズボンとともにブリーフを脱ぐと、怒張した自分のモノを千尋の腰に押し付けた。「それだけはやめてください!」千尋は自分を犯そうとする歳三に恐怖を感じ、助けを呼ぼうとナースコールを押そうとしたが、その手は歳三によって払いのけられてしまった。「溜まってんだよ。お前も男ならわかるだろ・・」歳三は千尋の腰を掴むと、彼の菊門に自分のモノを挿入した。 「千尋ちゃん、遅いなぁ・・」夜勤に入る前、仮眠しようと仮眠室へと向かおうとした総司は、千尋の姿を探したが、彼の姿は何処にもなかった。さっさと帰ってしまったのだろうかーそう思いながら総司が特別室の前を通りかかろうとした時、中からくぐもった声が聞こえた。(何だろ?)忍び足でドアの前に来た総司は、ゆっくりとドアをスライドさせて中を見ると、ベッドの上で千尋が歳三によって後ろから激しく犯されている姿を見てしまった。「土方さん、やめてください!」慌てて土方を止めようと特別室の中へと入った総司だったが、歳三はそれに構わず腰を振り続けた。彼に組み敷かれた千尋は枕に顔を押しつけ、声を漏らさぬようにきつく唇を噛み締めていた。やがて歳三は千尋の中で達した。「千尋ちゃん、大丈夫?」「沖田先輩・・」下半身を血で染めながら、千尋は総司の腕の中で気絶した。「土方さん、どうしてこんな酷い事を!」「うるせぇ。もう疲れた。」歳三は汚れたシーツを床に放り投げると、総司にそっぽを向いて目を閉じた。にほんブログ村
2013年03月14日
「ねぇ千尋ちゃん、聞いた?特別室に居る土方さん、明後日に退院するんだって。」千尋がナースステーションに戻ると、総司がそう言って彼を見た。「本当ですか?」「うん。リハビリで怪我が快復したし、日常生活には支障がないって先生が言ってたし。どうしたの、どこかさびしそうな顔をしてるけど?」「そ、そんなことは・・」「もしかして、土方さんの事、好きなの?」総司に顔を覗きこまれ、千尋は羞恥の所為で赤くなった顔を両手で覆い隠したが、無駄だった。「二人とも、サボってないで、仕事して!」「はい、わかりました。」「あ~あ、邪魔が入っちゃったな。今夜、色々と詳しく聞かせてね。」総司は千尋の肩を叩くと、ナースステーションから出て行った。 千尋が特別室の前を通ると、中から苦しそうな歳三の声が聞こえた。「土方さん、どうされました?」ドアをノックした千尋だったが、中から返事がなかった。「入りますよ?」千尋が病室に入ると、ベッドには血を吐き意識を失っている歳三の姿があった。「誰か、誰か来てください!」ナースコールを押した千尋は、歳三の脈拍と呼吸を確かめた。数秒後、特別室に医師と看護師が入って来た。「心拍、戻りません!」「土方さん、駄目です!まだ死んではいけません!」千尋は歳三に心臓マッサージを施しながら、彼の耳元で必死に呼びかけた。―トシ。 歳三が目を開けると、そこには今は亡き親友の姿があった。ということは、自分が今居る場所は天国なのだろうか。ふらふらと覚束ない足取りで歳三が親友が居る場所へと歩こうとした時、彼は首を横に振った。「なぁ、そっちに行ってもいいんだろ?」―駄目だ、トシ。「何でだよ、勇さん!俺だけ一人で生きろっていうのかよぉ!」必死に前へと進もうとした歳三の足元の地面が、急に崩れ始めた。「土方さん、わかりますか?」「う・・」再び目を開けた歳三は、自分の顔を心配そうに覗きこんでいる千尋に気づいた。死にかけていたのに、歳三は千尋によって命を救われた。いつまで続くのだろう、後少しで苦しみから解放されそうだったのに。千尋を睨みつけて何か恨み事でも言おうかと思っていた歳三だったが、急激に胃の底から何かがせり上がって来る感覚がした。「吐いていいですよ。」千尋と数人の看護師が歳三の身体を横向きにさせ、歳三は鉄の盥(たらい)の中に吐いた。一旦治まったかと思ったら、すぐにまた吐き気が込み上げてきて吐くという繰り返しで、歳三は苦しそうにゼェゼェと息をした。千尋は彼の背中を優しく擦っていると、歳三が不意に千尋の手を握ってきた。「後はわたしが。」「そう。じゃぁお願いするわ。」医師と看護師達が特別室から出て行くと、歳三は千尋の手を掴んだかと思うとベッドに押し倒した。にほんブログ村
「何だか、はーくんが辞めちゃって寂しいなぁ・・」総司は溜息を吐きながら、窓の外を眺めた。「今更何言ってるんですか、沖田先輩。笑顔で斎藤先輩のこと、送り出した癖に。」「そりゃぁ、あの時は止められないってわかってたからさ、はー君のこと。はー君は一度決めたらそれを貫くタイプだからね。」「いつも一緒じゃないですか、斎藤先輩と。」「あ~、それ言っちゃうの?実はねぇ、はー君アパート出ていっちゃったんだ。実家に帰るってさ。」「そうなんですか・・それで、沖田先輩はどうするんですか?」「う~ん、どうしようか考え中。それよりも千尋ちゃん、この前のこと、気にしないで。」「わかりました。じゃぁ、カルテの整理をしてきます。」 千尋がナースステーションへと戻る途中、ランドセルを背負った男児を見かけた。こんな時間帯に、一体誰の見舞いに来たのだろうか。「ねぇ僕、誰かに会いに来たの?」男児を怖がらせないように、千尋は腰を屈めて彼と同じ目線になると、彼はじっと千尋を見た。「お父さんに。」「お父さんのお名前、わかるかな?」「特別室の人。」“土方さん、子供の親権のことで揉めてたんだって。”脳裏に、総司の言葉が過ぎった。「そう・・じゃぁ、お父さんに会いに行こうか?」「うん!」 千尋が男児とともに歳三の病室に入ると、彼はそこには居なかった。「すいません、土方さんは・・」「ああ、土方さんは屋上ですよ。」「ありがとうございます。」男児と手を繋ぎながら、千尋は屋上へと向かった。「陸、そこで何してるの!?」屋上へのドアを千尋が開けようとすると、数日前自分に殴りかかってきた女性がつかつかと千尋達の方へと向かってくるところだった。「お父さんに作文を見せたくて・・」「そんなもの、見せなくていいの!わたしとおばあちゃん達にだけ見せたから、それで充分でしょう!?ほら、塾に遅れるわよ!」嫌がる男児の手を、女性は無理やり引っ張った。「お父さんにどうして会えないの?」「駄目、あの人に会うのは止しなさい!あの人は赤の他人なの、わかった!?」今にも泣き出しそうな顔をしている男児を、千尋は放っておけなかった。「この子の言い分も聞いてあげてください。そうじゃないとこの子が可哀想・・」「あんた、人ん家の事情に口を挟まないで!もしかしてあんた、この子をあたしから取り上げようと、あいつに頼まれたの?」「そんな、誤解です!」「今後あたし達に近づかないで、次は警察呼ぶからね!」女性がそう怒鳴ったとき、屋上へのドアが開いた。「いい加減にしねぇか、この前も騒ぎを起こしたくせに、まだ騒ぎ足りねぇのか!」「うるさいわね!陸、帰るわよ!」 女性はそう言って歳三を睨むと、男児の手を引いて病院から出ていった。「悪ぃな、お前に聞かせる話じゃなかったな。」「いいえ・・では、戻ります。」歳三に頭を下げると、千尋はナースステーションへと戻った。にほんブログ村
2013年03月04日
「酷くやられたね、千尋ちゃん。」土方の病室から斎藤に連れ出された千尋は、レクリエーションルームで総司から怪我の手当てを受けていた。「いきなり殴りかかるなんて酷いよね、あの人。被害届、出した方がいいよ?」「あの女性は・・」「あの人、土方さんの別れた奥さん。何でも子供の親権で色々と揉めているらしいよ。離婚になかなか踏み切れなかったのも、子供のことがあるからだって。」「そうなんですか・・」「ここで言ったことは秘密ね。患者のプライベートはトップ・シークレットだからね。」「解りました。忙しいのに怪我の手当てをしてもらってありがとうございます。」「いいんだよ。さてと、患者さんに笑顔を届けよう!」「はい!」 数分後、千尋は総司とともにナースステーションに戻ると、斎藤が同僚達と何かを話していた。「はー君、どうしたの?」「総司、いつも言うが職場ではその呼び方は止めろと・・」「はいはい、わかったよ。で、さっき何を話してたの?」「実は、この病院が雑誌の取材を受けることになってな。何でも、個性豊かな制服を採用している病院とか・・」「あの人、マスコミ対策は上手いよねぇ。でもこんなふざけた制服の所為で僕達の仕事を誤解されちゃ困るよねぇ。」「確かに。それで今から皆と院長の元へ抗議しようと話し合っていた。」「何か面白そうだから、僕も行くね。千尋ちゃん、君も来なよ。」 総司達とともに千尋が院長室へと向かうと、中から誰かの話し声が聞こえた。「院長、失礼致します。」「ああ、入ってくれ。」斎藤がドアを開けると、雅信は数人の女性達と談笑していた。「彼女達は?」「ああ、彼女達は僕の遊び仲間さ。用件は手短に頼むよ。」「取材についてですが、断っていただきたい。我々は真面目に患者さんと向き合って仕事をしております。その仕事を、こんなふざけた制服の所為で世間に誤解されるのは心外です。」斎藤の言葉を聞いた雅信の眦が上がった。「この病院の話題づくりになるのに、取材を断れとはどういうことだ?」「今申した通りです。みんなも同じ意見です。」「そうなのか?」「はい。前々から思っておりましたが、この制服は機能性も悪く、廊下を歩いている時に患者さんたちから嫌らしい視線を送られます。中にはあからさまにお尻や胸を触ってきたりする方がいらっしゃいます。」「ここは病院であって、風俗店ではありません。院長先生の風俗好きは周知の事実ですが、公私の区別を弁えていただきたいです。」看護師たちは日頃院長に対して抱いていた不満を一斉にぶちまけ、それを聞いていた雅信の顔が怒りで徐々に赤くなっていくのを千尋は見ていた。「お前ら、俺に逆らったらどうなるかわかっているんだろうな?」「そうおっしゃるかと思って、退職届を皆書きました。」「本日限りでわたし達、辞めさせていただきます。」「お世話になりました。」皆に退職届を突きつけられ、今度は顔を蒼くした院長が倒れそうになるのを尻目に、斎藤達は院長室から出て行った。「斎藤先輩、本気なんですか?」「俺は本気だ。これ以上、生き恥を晒すようなまねはできん。」「まぁ、君がそう決めたなら僕は止めないよ。寂しくなるね、はーくん。」総司はそう言って斎藤を見た。「達者でな、総司。」 斎藤達が院長に退職届を突きつけたことは、あっという間に病院中に広まった。「斎藤さん、本当にやめちゃうの?」「ああ。皆には申し訳ないが、今後のことは宜しく頼む。」 斎藤は皆から惜しまれながら、数日後に病院から去っていった。にほんブログ村
「沖田先輩、おはようございます。」更衣室に千尋が入ると、総司がじろりと彼を睨んだ。「千尋ちゃん、外でマスコミに取り囲まれてたでしょ?」「はい。一体何がなんだかわからなくなってしまって・・」「多分、これが原因だと思う。」そう言って総司が千尋に見せたのは、今日発売の週刊誌だった。その特集記事には、騎手時代の土方の写真と、何処から手に入れたのか、専門学校時代の千尋の写真が並んでいる。“かつてのスター、現在バツイチ、入院先で天使と熱愛中!”という派手な見出しとともに、事実無根の内容が書かれていた。「こんなの、事実無根です!」「そりゃそうさ。僕達は君と土方さんがこんな関係じゃないって信じてるよ。でもね、世間ではこの記事を鵜呑みにする連中が多いってことさ。」総司とともにナースステーションへと向かった千尋は、そこで同僚達の刺す様な視線を浴びた。「岡崎君、ちょっと。」事務局長が手招きしているのを見た千尋は、彼の部屋へと向かった。「実はね、今朝うちの病院のホームページのサーバーがダウンしたんだ。」「原因は、あの記事の所為ですか?」「恐らくそうだろう。だがわたし達はこの記事が事実無根の内容であることは信じているよ。ただ、医療現場は患者の命を預かる場であり、人間同士が繋がる場所だ。ゴシップや噂でこの病院の印象が悪くなったら困るからね。」事務局長が自分に何を言いたいのかがわかった。「俺に、辞めろってことですか?」「いいや。君に辞めさせるつもりは全くないよ。君は優秀な看護師だし、記事のことなど気にせず普段どおりにしていなさい。」「わかりました。」事務局長に頭を下げ、彼の部屋から出た千尋が廊下を歩いていると、違う科の看護師達がひそひそと何かを囁き合っていた。恐らく、記事のことだろう。「岡崎、行くぞ。」「はい。」いつものように千尋が患者の検温をしに病室を巡回していると、ある男性患者の家族が斎藤に詰め寄っていた。「あの人はいつ辞めるんですか?スキャンダルを起こす看護師に診て貰うのは不安です!」「申し訳ありませんが、岡崎は優秀な看護師です。彼を解雇するかは、院長の判断がありませんと・・」「そうですか。」その家族は不満そうにそう言うと、斎藤に背を向けた。「あんなのは気にするな。」「はい・・」千尋が特別室の前を通ると、中から男女の言い争うような声が聞こえた。「あたしと離婚したがってたのは、この子が原因だったのね!」「違うっつってんだろうが!」歳三がそう言って離婚した妻を睨みつけた時、突然喘息の発作に襲われ、彼は喉元を掻き毟(むし)った。「土方さん、どうされましたか?」明らかに尋常でない土方の様子を見た千尋が病室に入ると、女性が彼を睨んだ。「この泥棒猫、うちの人を返してよ!」女性はそう叫ぶなり、千尋の頬を叩いた。「土方さん、ゆっくり呼吸してください。」千尋が吸入器を土方の口元に持っていこうとすると、女性が彼を突き飛ばした。「この人に触らないでよ!」「やめてください、何するんですか!」「この人を陰で誘惑して、わたしから奪い取ろうとしてるんでしょう!」錯乱した女性は口汚く千尋を罵りながら、彼の髪を掴んだ。斎藤が警備を呼んだのか、数人の警備員が女性を羽交い絞めにして病室の外へと連れ出した。「大丈夫か、岡崎?」「はい・・」にほんブログ村
雅信に千尋が連れて行かれたのは、繁華街の中にある一軒のバーだった。「君と土方さんとの関係は?」「別に、特別な関係ではありません。」「ふぅん、そう。」雅信は千尋の答えを聞いて少し面白くなさそうに眉をしかめた。「では、わたしはこれで。」自分のジュース代をカウンターに置くと、千尋はバーから出て行った。時計を見ると、もう夜の11時を過ぎてしまっている。終電にはもう間に合わない。どうしようかと思いながら千尋が歩いていると、一人の女が彼に話しかけてきた。「千尋・・千尋なの?」「母さん?」千尋が煙草を咥えている女性を見ると、彼女は確かに千尋の実母・さなえだった。「あんた、どうしてこんな所に居るの?うちの店に来てよ。」「わかった・・」 さなえは千尋がまだ3歳の時に男と駆け落ちして家を出て以来、消息が掴めなかった。彼女が経営するスナックに入ると、そこにはカウンター席とソファ席があり、カラオケの機械があった。ソファ席はほぼ満席で、カウンター席には一人で飲んでいる男性客だけが座っていた。「何か飲む?」「いいえ。それよりもまだ夕飯を食べてないので・・」「そう。じゃぁここから好きなもの選んで。」かなえが差し出したメニュー表を開いた千尋は、ミックスピザを頼んだ。「ねぇ、今あんた何してんの?」「看護師です。さっきそこの院長先生に絡まれてしまって。」「そう。お父さんはどうしてるの?」「余り実家に帰っていないので、どうしてるかわかりません。それよりも、母さんは今何処に住んでいるんですか?」「ここの近くよ。お店があるからね。それにしてもあんなに小さかったあんたが看護師とはねぇ。」かなえがハンカチで涙を拭った時、左手薬指に指輪をつけていることに千尋は気づいた。「ああ、これ?あたしね、あの時の男とは結婚してないのよ。これはお父さんとお母さんとの結婚指輪よ。あの人には許して貰えるかどうかわからないけどさ、どうしても捨てられなくてねぇ・・」「そうなんですか。」千尋がそう言って水を飲んだとき、携帯が鳴った。「もしもし?」『千尋?』携帯にかけてきたのは兄の聡史(さとし)だった。2年前に結婚し、妻の実家がある熊本で農業をやっている。「兄さん、どうしたの?何かあった?」『明後日東京で用事ができてさ、会えないか?』「大丈夫だけど。」突然の兄からの電話に首をかしげながら、千尋が携帯を閉じるとさなえがカウンター越しに千尋を見つめていた。「今の、聡史から?」「ええ。」「ねぇ千尋、お父さんと聡史は、あたしの事どう思ってんのかな?勝手に家出したあたしのこと、まだ許してくれないわよね・・」そう言ったさなえの横顔は、どこか寂しかった。「それじゃぁ、また来ますから。」「うん、待ってるわ。」 スナックの前でさなえと別れ、自宅マンションに戻った千尋は、部屋に入るなりベッドに横になった。その時、リビングの電話がけたたましく鳴った。「もしもし、岡崎です。」相手は無言のままだった。薄気味悪いので、千尋はそのまま受話器を置いた。すると再び電話が鳴った。「もしもし?」『千尋か?』「お父さん、どうしたの?」『最近帰ってこないが、仕事忙しいのか?』「うん・・今訳ありの患者さんの担当になってて・・少し落ち着いたら実家に帰るから。」『そうか、身体に気をつけるんだぞ。』「うん、おやすみ。」 翌朝、千尋が出勤すると職員用の入り口に人だかりができていた。何だろうなと思いながら彼が病院へと入ろうとしたとき、その人だかりが彼の方へと押し寄せてきた。「あなたが土方さんの噂の新恋人ですか?」「土方さんとはお付き合いされておられるんですよね?」「結婚の約束などはされていらっしゃいますか?」 矢継ぎ早に質問を浴びせる記者達を前に、千尋は逃げるようにしてその場から立ち去った。にほんブログ村
「土方さん、失礼します。」「ああ、入ってくれ・・」 中学の同窓会から数週間後、千尋はいつものように土方の病室へと向かった。丁度彼は本を読んでいたようで、栞を読んでいたページに挟んで本を閉じた。「何を読んでいらっしゃったんですか?」「『罪と罰』だ。ロシア文学を少し齧ったことがあってな。」「そうなんですか。わたしは、フランス文学に興味があって大学の市民講座をとったことがあるんですよ。」「そうか。どんな本を読んだんだ?」「一通り。スタンダールもバルザックも読みました。最近は忙しくて読書する暇なんかありませんけど。」「そうか。」土方との会話が弾んでいたら、総司が病室に入ってきた。「土方さん、千尋ちゃんだけには心を開いているみたいですねぇ~」「うるせぇ!」「はは、照れちゃって、可愛いなぁ。」クスクスと笑いながら、総司は土方を見た。「それじゃ、僕はナースステーションに居るからね。」総司はそう言うと、そそくさと病室から出て行った。「今度色々と貸してやるよ。」「ありがとうございます。いつ返せるかわかりませんけど。」「いいんだよ。どうせ入院中は暇だから、読書くらいしかすることねぇんだ。」「土方さん・・」千尋は土方に、総司が言っていた“あの事”を尋ねようとして口を開こうとした時、急に女性が病室に入ってきた。「あなた。」「何だ、今更何の用だ?」千尋と話している時とは違い、土方は女性に向かって冷たい視線を送った。「何の用って・・わかってるでしょう。」女性はそう言うと、バッグの中から離婚届を出し、それを乱暴に彼の前に放った。「わたしはもう書いちゃったから、あなたの欄だけよ。さっさと書いてよね。」「わかったよ。もう稼げなくなった亭主はお役御免ってわけか。お前と縁が切れてせいせいするぜ!」紫紺の瞳を怒りで滾らせながら、土方はサイドテーブルに置いてあるペン立てからボールペンを取ると、離婚届に自分の氏名と住所を記入した。「もう書いたから、さっさと役所に持っていけよ。」「ありがとう。」もう用は済んだとばかりに、女性はひったくるようにして土方から離婚届を受け取ると、病室から出て行った。「土方さん、あの方は・・」「ああ、あいつはぁ女房だった女だ。まぁもう他人だけどな。」土方は疲れたようで、ベッドに身を横たえながら溜息をついた。「少し一人になりてぇんだ。」「わかりました・・」 千尋がナースステーションに戻ると、総司が彼の方へと駆け寄ってきた。「どうだった、土方さんとは?」「どうって・・」「まぁ、上手くやってるんならいいけどさ。」「さっき、奥様が来て、離婚届にサインされました。」「そう。まぁ、患者のプライベートに口出ししないほうがいいよ。“見ざる、言わざる、聞かざる”だよ。」 看護学校の実習で、実習先の看護師から“患者のプライベートは詮索しないように”ときつく言い渡されていたにも関わらず、噂好きで患者のプライベートなどをベラベラと喋って実習の合格点が取れずに退学した同期生が何人か居た。誰にだって触れられたくない過去や事情があるし、それを他人に詮索されることは不快だ。“自分にされては嫌なことを、他人にはしない”―千尋は、土方の私生活について余り触れないようにしようと思った。だが、何処にでも噂好きの人間は居るようで、勤務を終えた千尋は更衣室から出るのを待ち構えていた雅信に呼び止められてしまった。「君、特別室の担当だったよね?」にほんブログ村
総司が千尋を連れて行ったのは、ディズニーランドだった。周りにはカップルや家族連れが多く、当然二人は目立っていた。「ねぇ、最初何乗りたい?」「いいえ、別に何も・・」「ふぅん、じゃぁ僕が決めるね!」総司はそう言って入り口で取った地図を広げると、ある場所を指した。「絶叫系とか苦手?」「いいえ。どちらかというと好きな方です。」「それじゃ、行こうか!」 最初に二人が向かったのは、スペース・マウンテンだった。「あ~、楽しかった。」「そうですね。」「じゃぁ次行こう!」「え~!」総司に手を引っ張られて千尋はトゥモローランドから、クリッタカントリーへと移動した。「今日は暑いから、丁度いいかもね。」「はい・・」急流滑りのアトラクションに乗った後、二人は水浸しになりながらレストランへと向かった。「ここ、美味しいんだってさ。何食べる?」「じゃぁこれで。」「わかった。」店員に料理を注文し、総司は水を一口飲んだ後溜息を吐いた。「千尋ちゃん、今朝の電話誰からだったの?」「中学の同級生からです。多分、同窓会に出ろって話しだったんだと思います。」千尋はそう言うと、俯いた。「もしかして君、いじめられてたの?」「沖田先輩、どうしてそんな事わかるんですか?」「だって僕もそうだったから。今朝話したけど、僕戸籍がないんだよね。その事で“お化け”ってからかわれて散々いじめられたよ。」「どうして、そんな・・」「だって戸籍がないのって、死んじゃってる人だけでしょう?殴る蹴るとかの肉体的な暴力は全然なかったけど、小学校の5年間、クラスメイト全員からシカトされたよ。教室に僕が入ったらみんな話すのを止めて、暫くしたらまた話し出すの。勿論プリントも僕の分だけ飛ばして配るし、給食だってそう。あれは精神的にきつかったなぁ。」飄々とした口調でそう言って笑う総司だったが、当時は死ぬほど辛かったに違いない。「まぁでも、一度爆発して僕のことシカトしろって言った司令塔に“やき”入れたから、いじめは小6の夏休み前に終わったなぁ。それで他人をいじめてる奴は、タイマンで勝負できない卑怯な弱虫だってことに気づいたんだ。中学でも色々とからかわれたけどさ、もう吹っ切れちゃったよ。」総司は告白を終えた後、千尋を見た。「で?千尋ちゃんはどんないじめに遭ったの?」「中学のとき、アトピーが酷くて・・その所為で“化け物”とか言われました。」「でも今は綺麗じゃない。多分電話してきた奴らは千尋ちゃんがまだアトピーで家に引き籠ってると思い込んで、それをからかいのネタにしようと思ってるよ?そんな奴らからいつまでも逃げ続けるより、綺麗になって輝いている自分を見せ付けた方がいいよ。過去にいつまでも振り回されるなんて、馬鹿みたいじゃない?」総司の言葉に、千尋はいままで自分が過去に囚われていたことに気づいた。もう終わったことをいつまでもズルズルと引きずるなんて、馬鹿らしいことをしていた。「そうですね。もうあの頃の自分とは違うって、あいつらに見せ付けてやります。」「その意気だよ!」 数日後、千尋は中学の同窓会が開かれているホテルの宴会場へと向かった。「なぁ、岡崎まだ来ねぇの?」「酷い顔してんだから人前に出られないっしょ?」「それもそうだよねぇ~」自分のことをいじめていたグループがそう言って楽しげに笑っている姿を横目に見ながら、千尋はさっさと宴会場へと入っていった。「お久しぶりです、先生。」「あら、岡崎君じゃない。久しぶりね。」元副担任の声で、いじめっ子達が一斉に千尋の方を振り向き、驚愕の表情を浮かべていた。「今仕事何してるの?」「看護師をしています。まぁ昔、辛い経験をしたのでそれを生かせる仕事をしたいなぁって。」元いじめグループの方をちらちらと見ながら、千尋は笑顔で元副担任と暫く近況を話し合っていた。その後、元担任と副担任から挨拶があり、生徒が一人ずつ近況報告と挨拶をすることになった。やがて自分の番となり、千尋はマイクを握って自分の近況を一通り報告した後、こう挨拶した。「いじめられた時誰も助けてくれなかったし、毎日死にたいと思ったけれど、大勢の馬鹿に人生狂わされるのが嫌で看護師になりました。患者さんと毎日接する度に、自分は生きていて良かったと思いました。いじめてる奴らは全く反省せずに同じ事を何度も繰り返しているのが可哀想ですが、俺にはどうすることもできないし、それで酷い目に遭ったとしても自業自得です。馬鹿は死ぬまで治りませんからね。」千尋がそう言ってマイクから手を離そうとして辺りを見渡すと、元同級生達は一斉に俯いていた。「あ、ひとつだけ言い忘れてました。これからあなた達のことは完全に忘れますから、困ったときだけ金の無心とかしないでくださいね。職場に来られても迷惑ですから、その時は即通報しますんで。じゃぁさようなら皆さん、お元気で。」千尋はマイクを床に投げ捨てると、颯爽とその場から立ち去った。にほんブログ村
中学の同窓会がもうすぐだったかと、千尋はそう思いながらも携帯の電源を切った。余り中学時代はいい思い出がなかった。今ではそんなに酷くはないものの、中学の時はアトピー性皮膚炎に悩まされていた。夏は汗を掻くことによってアトピーが悪化し、冬は乾燥する所為で一年中激しい痒みに苦しんでいた。病の苦しみに加え、アトピーへの無理解とそれによるクラスメイト達からのいじめが原因で千尋は何度もリストカットをした。両手首に残るリストカット痕は、未だに残っている。だがそれを消すつもりはない。いじめに苦しみ、乗り越えた過去があるからこそ、今がある。だが自分をいじめた連中を一生許さない。同窓会には一度も行っていない。恐らく自分をいじめた連中は、自分のことを“いじめた”という認識すらないのだろう。だから罪の意識などは持っていないと、千尋は思っている。それがさっきの電話だ。もう過去は振り返らないことに決めたのだ。千尋はシャワーを浴び、ベッドに入って寝た。 翌朝、千尋が携帯の電源を入れた途端に鳴り響く着信音に目を覚ました。『もしもし、千尋ちゃん?』「沖田先輩?」総司の声を聞き、千尋は目を開けた。『あのさぁ、今日君非番でしょ?君んち今から遊びに行っていい?』「ええ、構いませんが・・」数分後、総司が部屋に訪ねてきた。「お邪魔します。」「すいません、大したものがなくて・・」「ありがとう、朝ごはん今朝食べてないから助かったよ。」総司はそう言うと、千尋が作ったスクランブルエッグを頬張った。「どうですか?」「美味しい!千尋ちゃんって料理できるんだねぇ。はーくんも上手だけど。たまに僕にお弁当作ってくれるよ。」「そうなんですか。それでどうしてうちに?」「それがねぇ、はーくん実家に帰っちゃっていないんだよ。一週間位で帰ってくると思うけど、その間ご飯どうしようかと思って。でもよかったぁ~、千尋ちゃんが料理上手で。」「沖田先輩、ひとつお尋ねしたいことがあるんですけれど。」「なぁに?」「沖田先輩と斎藤先輩は、一緒に住んでおられるんですか?」「うん、ルームシェアしてるよ。そっちの方が家賃安いし、何かと助かるし。寮とか入ろうとか最初思ったけどさぁ、色々と面倒な事多いし、あんまり詮索されるの嫌なんだよね。」「そうなんですか・・」「千尋ちゃんは口が固そうだから、特別に僕の秘密を教えてあげるね。耳貸して。」総司はそう言って立ち上がると、千尋の耳元で何かを囁いた。「いい、この事は絶対に誰にも話さないでね?」「はい、解りました。」千尋の言葉を聞いた総司は、彼に笑顔を浮かべた。「良かった、千尋ちゃんに話して。こういうことには信用できる人間に話すのが一番だからね。」総司が食べ終わった食器を洗っている時、千尋の携帯がまた鳴った。「誰から?」「知らない人からです。」「ふぅん。じゃぁ僕が出てもいいよね?」千尋が止める間もなく、総司の手が千尋の携帯に伸びたかと思うと、彼は通話ボタンを押した。「もしもし、あんた誰って・・それはこっちの台詞だよ。朝っぱらから悪戯電話するなんて、相当暇なんだね。」相手が反論する前に、総司は通話を切り上げた。「すいません・・」「いいよ、別に。さてと、この後何処か遊びに行かない?」数時間後、千尋は総司に連れられてある場所へとやって来た。にほんブログ村
「まぁ、あれほどのイケメンはそうそうお見えにかかれないから、熱狂的な女性ファンが何人か居たみたいだし、そこにマスコミが食いついて一躍時の人になったからね。」総司はそう言うと、バッグの中から一冊の週刊誌を取り出し、千尋に渡した。付箋がついてあるページを捲ってみると、そこには騎手時代の土方の写真が載っていた。“勝負服”と呼ばれる服に身を包み、サラブレットに跨って背筋を伸ばしている土方の姿と、病室で物憂げな表情を浮かべている彼の姿を千尋は思い出し、写真に映っているのが全く別人のように見えた。「全然違いますね、表情とか・・」「まぁ、あんな事があったら、誰だって変わるよね。」「“あんな事”?」「まぁ、それは本人に聞くといいよ。さてと、まだまだ飲み足りないから二次会行こうよ!」「賛成!」千尋達はイタリア料理店を出ると、カラオケBOXへと向かった。 一方、土方は空に浮かぶ月を浮かべながら、昔のことに想いを馳せていた。ひたすら馬と一心同体となり、勝利を得た喜びを身に噛み締めていたあの頃は、楽しかった。あの日までは。炎上する厩舎。業火に包まれ、苦しそうに嘶く馬達。皮膚の上を舐めるように広がる紅蓮の炎と、肺を次第に侵す黒煙。意識を失い、病院のベッドの上で運ばれた彼に告げられたのは、愛馬の死だった。「・・っ!」肺が万力で押し潰されるような圧迫感に襲われ、土方は暫し呼吸を忘れそうになった。まるで海の中へと徐々に沈んでゆくように、息が出来ない。自分の身に一体何が起こっているのか、土方には解らなかった。喘息の発作が納まるのを静かに耐えながら、彼はシーツを握り締めた。「千尋ちゃん、家同じ方向でしょう?送っていくね。」「ありがとうございます、沖田先輩。」二次会が終わり、千尋は総司とともに自宅マンションまで歩いていった。「あの沖田先輩、土方さんのことですけれど・・」「また土方さんの話?千尋ちゃん、土方さんのことが気になって仕方ないみたいだね。」総司はいつものような意地の悪い笑みを浮かべながら千尋を見た。「まぁあの人は余り他人には心を開かないからね。少々厄介なところがあるから、気をつけてね。」「厄介なところ?」「じゃぁ、お休み。」総司と別れ、マンションのエレベーターホールでエレベーターを待っていると、急に誰かに肩を叩かれ千尋が振り向くと、そこには見知らぬ男が立っていた。「あの、どちら様ですか?」「あの・・これ・・」男はそう言うと、手提げ袋を高く掲げた。それは、有名な洋菓子店のロゴが入ったものだった。「すいません、こういったものは頂けませんので。失礼します。」「でも・・」「結構ですから!」男と押し問答を続けている内に、エレベーターがロビーに到着した。千尋は素早くエレベーターに乗り込んでドアを閉めると、安堵の溜息を吐いて床にへたり込んだ。ドアノブを回して部屋に入った千尋は、疲れた身体を引きずりながらソファに横たわった。その時、バッグの中に入れていた携帯がけたたましい着信音を響かせた。(誰だろう、こんな時間に?)千尋が携帯の画面を見ると、そこには中学時代の同級生の名前が表示されていた。にほんブログ村
「岡崎君、だっけ?後で携帯の番号教えてよ。」「あの、それは・・」「いいじゃん、別に。教えてったら。」荒谷はそう言うと、千尋の手を握った。どうすればいいのか解らずに千尋が困惑していると、総司が大部屋に入ってきた。「あれぇ、荒谷さん僕のファンじゃなかったの?どうして千尋ちゃんの手を握ってるのかなぁ?」「総司君、久しぶり。元気だった?」「まぁね。千尋ちゃん、一旦ナースステーションでカルテの整理お願いね。」「はい。では失礼します。」千尋はそう言って総司に頭を下げて大部屋から出て行くと、擦れ違いざまに彼はこう千尋の耳元に囁いた。「後で飲みに行こうね。」「は、はい・・」 ナースステーションに戻ると、そこには看護師長の楠田が居た。「岡崎さん、職場にはもう慣れた?」「はい。でもこの制服には慣れません。」「そうよねぇ。この制服を採用したのは前院長の息子さん・・今の院長先生だから、もう少し前に生まれていればよかったわねぇ。」そう言って笑う楠田は、実用性が高くてシンプルなパンツスタイルのナース服を着ていた。 彼女達がこの病院に看護師として勤務しはじめた時代は、まだ今は亡き前院長が実権を握り、ひたすら合理性と利便性を追求した彼は、旧態依然な病院のスタイルや陋習(ろうしゅう)をよしとせず、病院内で様々な改革を起こし、その結果病院内に新しい風が吹いたー筈だった。前院長がポロの試合中に落馬して急逝し、病院の実権が現院長である息子・雅信に移った時、脳に虫が湧いてしまったのかどうかは知らないが、こんなふざけた制服を採用したのだ。雅信は人の命を預かる病院を何だと思っているのだろう。こんな制服を着たナースに囲まれたいのなら、コスプレ専門店へ行けばいいのだ。「ここに来たのは、総司君に助けられたのね?」「ええ・・」「荒谷さんには気をつけなさいよ。あの人、新人ナースには片っ端から声を掛けるからねぇ。」楠田がそう言ったとき、あの個室からナースコールが響いた。「あの師長、個室の人はどなたですか?」「ああ、土方さん?左半身に火傷を負ってここに運び込まれてきたのよ。岡崎君、悪いけれど包帯の交換お願いできるかしら?」「解りました。」包帯と消毒薬を載せたワゴンを押しながら、千尋は土方という患者が居る211号室へと向かった。「土方さん、包帯の交換です。入りますよ?」「・・ああ、入ってくれ。」「失礼します。」千尋がワゴンを押しながら病室に入ると、ベッドで読書をしていた患者―土方が本から顔を上げた。「見ねぇ顔だな、新人か?」「岡崎です、宜しくお願いします。包帯、交換しますね。」「ああ、頼む・・」千尋が古い包帯を取り外すと、ケロイドが左の首筋から足首に掛けて現れた。「醜いだろう?まぁ、顔だけでも火傷しなかったからいいけどよ。」土方は自嘲気味にそう言って笑うと、千尋を見た。「あの、昨日訪ねに来た・・」「ああ、あれは・・」土方がそう言って次の言葉を継ごうとした途端、彼は喉を押さえて苦しみ始めた。「土方さん、どうしました?土方さん?」千尋はナースコールを押そうとすると、土方は彼の手を払った。「呼ぶな!すぐに治まる・・」「ですが・・」「呼ぶなっつってんだろ!」土方は千尋に怒鳴ると、紫紺の瞳で彼を睨みつけた。「すぐに治まるから、呼ぶんじゃねぇぞ。」だが土方の様子を見る限り、一刻を争うものだと判断した千尋は、ナースコールを押した。「どうしたの?」「土方さんが喘息の発作を起こして・・」「岡崎さん、吸入器持ってきて!」「はい!」 数分後、千尋が吸入器を持って土方の病室に戻ると、彼は看護師を怒鳴りつけていた。「うるせぇ、触るんじゃねぇ!」「土方さん、落ち着いてください!」「薬なんかいらねぇんだよ!すぐに治まるんだから・・」土方は苦しそうに呼吸をしながら、爪で喉元を引っ掻いた。怒鳴った所為か、顔がますます蒼褪めていった。「土方さん、落ち着いてください。ゆっくり呼吸してください。」千尋が土方の口元に吸入器を当てようとすると、彼はそれを拒絶するかのように暴れた。「お願いですから、落ち着いてください!」千尋は無理矢理土方の口に吸入器を当て、彼の両肩を押さえた。土方は千尋を睨みつけていたが、やがて規則正しい呼吸を始めた。「土方さん、落ち着いたようね。」「すいません、余計なことをしてしまって。」「いいのよ。それよりも岡崎君、今日時間ある?」「あの、沖田先輩達と飲みに行く約束がありまして・・」「そう。じゃぁわたしも行っていい?」「え・・それは構いませんけど・・」 数時間後、千尋は楠田師長と総司、斎藤に囲まれながらイタリア料理店で飲んでいた。「ふぅん、千尋ちゃんがあの気難しい土方さんを黙らせたんだぁ。結構やるねぇ。」総司はそう言うと、ピザを一口頬張った。「あの、土方さんってどんな患者さんなんですか?」「ああ、千尋ちゃんは知らないのは当然だよね?実はあの人、あんな事がある前はそこそこ有名な騎手だったんだよ?」「騎手?土方さんがですか?」千尋の蒼い瞳が驚きで大きく見開かれた。にほんブログ村
岡崎千尋、22歳。 この春看護専門学校を卒業して幼い頃の夢であった看護師となり、胸を弾ませながら職場となる病院で順風満帆な生活を送っていた。 ただ、ある事を除いては。「あの、沖田先輩、ひとつお聞きしてもいいでしょうか?」「なぁに、千尋ちゃん?」いつものように、千尋は更衣室で私服から制服に着替える為ロッカーを開けながら、隣でもう着替えを終えている先輩ナース・沖田総司を見てこう言った。「何でこの病院の制服は超ミニ丈なんですか?」「ああ、やっぱり気になるよねぇ。」総司はそう言うとけらけらと笑った。今彼が着ているのは、ピンクのナース服だ。だが問題はそれがワンピースタイプであることと、その丈が太腿あたりしかないことである。そして、それを男女問わず着用しなければならないという変な規則が、この病院にあった。「どうしてこんなものを着なくちゃいけないんです?今やこんなワンピース型のナース服は時代遅れですよ?」機能性が重視されたパンツスタイルのナース服が主流になっている中、この病院では時代遅れのワンピーススタイルのものを採用している。「さぁ、院長の趣味じゃない?あの人さぁ、Hな小説書いてるからねぇ。」「ええ!?」「とか言ったら、千尋ちゃん納得してくれた?」総司がそう言ってくすくすと笑いながら自分を見た時、ああまたこの人にからかわれたと千尋は気づいた。 千尋よりも2年先輩の総司は、何かと新人の千尋をからかうのが好きで、彼が困るところを見るとその日は一日中上機嫌である。「総司、千尋をまたからかうのは止せ。」「あっれぇ、はーくん妬いてくれてるの?嬉しいなぁ。」総司は緋色の瞳を煌かせながら、自分を睨みつけている同僚を見た。「総司、何度も言っているがいい加減“はーくん”と俺のことを呼ぶな。」「いいじゃん、別に。さてと千尋ちゃん、もう行こうか?」「は、はい・・」ナース服に着替えると、千尋は慌てて総司達とともにナースステーションへと向かった。「岡崎、もう仕事には慣れたか?」朝礼が終わった後、そう千尋に話しかけてきたのは総司と同期の斎藤一だった。総司と同い年らしいが、いつも冷静沈着で患者達からは「氷の天使」と呼ばれている。先ほどの更衣室の様子から見て、総司とは旧知の仲であるらしい。「あの、斎藤先輩は沖田先輩とお知り合いなんですか?」「ああ、あいつとは家が隣同士でな。幼稚園の頃からの腐れ縁ってやつだ。さてと、そろそろ検温の時間だ、行くぞ。」「はい!」 ナースステーションを出た斎藤と千尋は、5人部屋へと向かった。その途中、千尋は個室から一人の女性が出てくるところを見た。「もうあなたなんか知らない!」目に涙を溜めながら廊下を走り去る女性の背中が遠ざかり、千尋は中で何があったのかを知りたくて個室のドアへと手を掛けようとした。「何をしている、岡崎。患者のプライバシーは遵守せよと、看護専門学校で教わっただろう?」「すいません・・」「わかればいい。」斎藤は千尋が個室の前から離れるのを確認すると、5人部屋の中へと入っていった。「検温の時間です。」「斎藤さん、後ろの子は新人なの?」そう言って斎藤に尋ねてきたのは、入院患者の荒谷だ。40代後半で、新人のナースに必ずちょっかいを出すことで有名だ。「岡崎です、宜しくお願いします。」「ふぅん・・岡崎君かぁ・・可愛いねぇ。」荒谷は嫌らしい目で、千尋の全身を舐めるように見た。にほんブログ村