「ねぇ千尋ちゃん、聞いた?特別室に居る土方さん、明後日に退院するんだって。」
千尋がナースステーションに戻ると、総司がそう言って彼を見た。
「本当ですか?」
「うん。リハビリで怪我が快復したし、日常生活には支障がないって先生が言ってたし。どうしたの、どこかさびしそうな顔をしてるけど?」
「そ、そんなことは・・」
「もしかして、土方さんの事、好きなの?」
総司に顔を覗きこまれ、千尋は羞恥の所為で赤くなった顔を両手で覆い隠したが、無駄だった。
「二人とも、サボってないで、仕事して!」
「はい、わかりました。」
「あ~あ、邪魔が入っちゃったな。今夜、色々と詳しく聞かせてね。」
総司は千尋の肩を叩くと、ナースステーションから出て行った。
千尋が特別室の前を通ると、中から苦しそうな歳三の声が聞こえた。
「土方さん、どうされました?」
ドアをノックした千尋だったが、中から返事がなかった。
「入りますよ?」
千尋が病室に入ると、ベッドには血を吐き意識を失っている歳三の姿があった。
「誰か、誰か来てください!」
ナースコールを押した千尋は、歳三の脈拍と呼吸を確かめた。
数秒後、特別室に医師と看護師が入って来た。
「心拍、戻りません!」
「土方さん、駄目です!まだ死んではいけません!」
千尋は歳三に心臓マッサージを施しながら、彼の耳元で必死に呼びかけた。
―トシ。
歳三が目を開けると、そこには今は亡き親友の姿があった。
ということは、自分が今居る場所は天国なのだろうか。
ふらふらと覚束ない足取りで歳三が親友が居る場所へと歩こうとした時、彼は首を横に振った。
「なぁ、そっちに行ってもいいんだろ?」
―駄目だ、トシ。
「何でだよ、勇さん!俺だけ一人で生きろっていうのかよぉ!」
必死に前へと進もうとした歳三の足元の地面が、急に崩れ始めた。
「土方さん、わかりますか?」
「う・・」
再び目を開けた歳三は、自分の顔を心配そうに覗きこんでいる千尋に気づいた。
死にかけていたのに、歳三は千尋によって命を救われた。
いつまで続くのだろう、後少しで苦しみから解放されそうだったのに。
千尋を睨みつけて何か恨み事でも言おうかと思っていた歳三だったが、急激に胃の底から何かがせり上がって来る感覚がした。
「吐いていいですよ。」
千尋と数人の看護師が歳三の身体を横向きにさせ、歳三は鉄の盥(たらい)の中に吐いた。
一旦治まったかと思ったら、すぐにまた吐き気が込み上げてきて吐くという繰り返しで、歳三は苦しそうにゼェゼェと息をした。
千尋は彼の背中を優しく擦っていると、歳三が不意に千尋の手を握ってきた。
「後はわたしが。」
「そう。じゃぁお願いするわ。」
医師と看護師達が特別室から出て行くと、歳三は千尋の手を掴んだかと思うとベッドに押し倒した。
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