『緊急車両が通ります、道を空けてください。』
歳三と千尋達を乗せた救急車は、本来ならば10分足らずで着く筈の市民病院へと向かっていた。
だがこの日、付近の交差点で通り魔事件が起き、彼らの行く手を警察車両や事件を報道するマスコミ車両によって阻まれ、道路は大渋滞を起こしていた。
「心拍が下がり続けています!このままでは・・」
千尋は焦燥感に駆られながらも、苦しそうに息をする歳三の手を握った。
その時、彼は口を動かして何かを言おうとした。
「土方さん?」
「どうしたの、千尋ちゃん?」
“まだ、死にたくない。”
歳三は、意志の強い瞳で千尋を見ると、手を握り返してきた。
「すいません、ちょっと失礼します。」
「千尋ちゃん、何処行くの!?」
救急車から出た千尋は、一目散に事件現場である交差点へと向かった。
そこには、マスコミ車両が陣取り、カメラの前でリポーターが事件を報道していた。
「すいません、ちょっといいですか?」
「あの、今これ生放送中なので・・」
「今重症患者を運んでいるんです。あなた方が事件を報道している間にも、彼は危険な状態に晒されてます。お願いですから、道を空けてくださいませんか?」
「そ、それは・・」
リポーターは困惑したように、カメラマンの背後に立っているディレクターらしき男を見た。
「重症患者というのは、どの程度のものですか?」
「詳しくは申し上げられませんが、10分以内に病院に到着しなければ彼は死にます。どうか道を空けてください、お願いします!」
千尋は歳三の命を助けたいが為に、恥も外聞も捨てその場に土下座した。
「わかりました、今移動します。」
「ありがとうございます!」
マスコミ車両が迅速に移動してくれたお蔭で、10分以内に歳三を病院に搬送する事ができ、彼は一命を取り留めた。
「千尋ちゃん、良くやったね。」
「もう、土方さんを助けたいが為に必死で・・」
「君のお蔭だよ、千尋ちゃん。土方さんはもうすぐ目を覚ますから、会って来たら?」
総司に言われて千尋が歳三の元を訪れると、彼はゆっくりと目を開き、紫紺の瞳で千尋を見た。
その目にはいつものような翳のある暗いものではなく、何処か温かいものが宿っているように見えた。
歳三は酸素マスクを付けたまま、口をゆっくりと動かした。
“ありがとう。”
看護専門学校時代、実習で何度か患者に感謝の言葉を贈られたが、歳三に感謝の言葉を贈られた千尋は、それまでの緊張感が弛んでしまった所為なのかその場で泣き出してしまった。
感謝の言葉と比例して、実習中患者から罵倒されたこともあったし、反りが合わない同期生との関係に悩んだ時期があり、歯を食い縛って国家試験への勉強に励んだ。
その努力が、今報われたのだと思うと涙が止まらなくなってしまった。
「お父さん、お父さん!」
バタバタと慌ただしい足音が廊下の向こうから聞こえてきたかと思うと、歳三の息子・陸がランドセルを揺らしながら集中治療室の前へと駆けてくるところだった。
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