【グレンヴィルのゴーストタウン】
1991年8月 米ニューメキシコ州グレンヴィル
コロラド州デンヴァーを出てからさらに南下、州境のラトーン・パス(ネズミ峠)を越えればニューメキシコ州だ。
途中プエブロに入る直前でLAを出てから総走行距離が6,000キロを越えた。
この辺りは乾燥した気候のせいで赤茶けた砂地が目立つ砂漠地帯だ。植物らしいものはほとんどなく、西部劇を思わせるような荒涼とした風景があちこちに広がっている。
道はダラダラ坂の連続、FMラジオをつけるとスペイン語の放送が入る。陽気で軽やかなラテンミュージックがペダリングのリズムによく合うもの。
強烈な雷雨に見舞われたのは、ちょうど僕がグレンヴィルの街に入ろうとしていた時のことだ。
文字通りつぶれてしまったモーテルの建物で雨宿りをすることにした。雨がやんだら出発するつもりだったが、結局そのモーテルの破れた屋根の下にテントを張ることにした。
この街はほとんどゴーストタウン化してしまっていて、猫の子一匹さえお目にかかることもない。
モーテルの近くにはバーやスーパーマーケットらしきものがいくつかあるのだが、かろうじて看板はついているが、どれもこれもシャッターを下ろしたままで営業している気配すらない。街はもはや死んでしまっているのだ。
そこで僕は完璧な暗闇を体験した。
夜中、目を開けても閉じても全く変わりのない世界。
雨の降る音だけが耳にこびりつくように響く。
破れた屋根から雨のしずくがぽたぽたと落ちてきて、風は壊れたドアをガタガタと鳴らしつづける。
時折稲妻が閃光を放ち、その瞬間だけ辺りがスポットライトで照らされたように明るくなり、自分以外誰もいないモーテルのフロアにテントと自転車の影がくっきりと映し出される。
永く不気味な夜…これほど夜明けが待ち遠しいことはなかった。
まどろみの中で、何を僕は考えていたのだろうか?
ふと、誰かが壊れたドアを開けて、にっこりスマイルを浮かべながら僕の目の前に立っているような気がしたが、それは僕の幻想に過ぎなかった。
雨と風が止んだあとに、静寂の世界がやってきた。
モーテルのこの一室だけが独立した宇宙空間となり、音という音が全て吸収されて、どこか別の世界に持ち去られていくかのようにも思えた。
今、自分がブラックホールにいるといわれても、僕は疑いはしなかったに違いない。
朝、何事もなく、僕の長い夜は明けた。
永遠という時間の一部を体験させられたような気がした。